「いけますぜ、シーマ様」
シーマ艦隊のパイロットが豚丼のレトルトパックをすすりながら感想を言う。
「思わぬ拾いものだったねぇ……」
シーマも豚汁のパックからその中身をすする。
「生存者はやっぱりいないのかい?」
「仏さんならいますけどね」
「そうかい……」
宙域に漂っていた、遭難した貨物船を眺めながらシーマは少し同情するような声を出す。
「まっ……」
空のレトルトをゴミ入れ用のシュートダストへ差し込みながら、シーマが噛みタバコを取り出した。
「死人には必要が無いもんだからね」
「死人に口なしってね……」
そのシーマ艦隊の旗艦のクルーの冗談に皆が声を上げて笑う。
「たまには荒事なしでも良いっていうのも、良いもんですな、シーマ様」
「そうさね」
シーマが食後の紅茶を嗜みながら、クルー達へ笑みを見せる。
「あたし達は貴族様になったんだよ? コッセル?」
「キャプテン・ドレイクですな」
「詳しいじゃないかい?」
「旧世紀の歴史には興味があったもんで」
「人は見かけによらないもんだね、コッセル」
「へへっ……」
照れた笑いを浮かべながら、副官の男もコーヒーをその口へ含む。
「シーマ様」
「エゥーゴと思わしき連中が接近してきますぜ」
シーマはその報告にすぐには答えない。紅茶が入っていたチューブを投げ捨ててから、ポツリとシーマが凛とした声で言い放った。
「一応、臨戦態勢を」
「へい、シーマ女男爵様」
その場にいた数名のパイロット達が軽く肩を回すなどの食後の運動をしながら、ハンガーへ降りていく。
「どうでるさね……」
様々な残骸が浮かんでいる暗礁空域に視線を向けながら、シーマは自分のストレートの髪にポケットに忍ばせてある櫛をあててゆっくりとした手付きで撫で付けた。
「コーストガード、沿岸警備ね……」
「大事なお仕事よ」
「へいへい……」
退屈そうにぼやくカミーユをファが軽くたしなめる。
「しかし……」
自機であるリック・ディアスⅡの両手に握られた巨大な鉄球をため息をつきながら見つめるカミーユ。
「こんな装備はないだろうに」
「質量兵器よ」
同じくリック・ディアスⅡに乗っているレコアがカミーユ機が持つ物と同じ鉄球を軽く持ち上げてみせた。
「モビルスーツの性能に左右はされないわ」
「先月から、アナハイムのエゥーゴへの提供資金が極端に減ったんだって?」
「エゥーゴはティターンズに負けたようなもんだからね……」
「公式には引き分けとなってはいますよ? レコアさん?」
「本当にそう思って? カミーユ?」
「一応、俺にだって現実は解ってはいますよ……」
コクピット内でムラサメドリンクのチューブを口に運びながら、カミーユが少し苛立ったようにその唇を尖らす。
「一時的な物ではあると思うけどね、全く……」
「だからって、こんな武装の節約術はないでしょうに」
カミーユとレコアがハンマー状の武器を見つめながら、二人揃ってブツブツと不満を口にする。
「リック・ディアスⅡでは、ネオ・ジオンの最新鋭機には少し厳しいぞ?」
「こんな所にジオンの人達がいるとは思えないけどねぇ」
ファはそう言いながら、自分やカミーユ機の後に続くリック・ディアスⅡの部隊の姿をぐるりと見渡す。
「Zやパラス・アテネとかがまるごとオーバーホール中とはいえな……」
「このリック・ディアスの後期型も悪くはないわよ?」
「俺はZガンダムに馴れきっちまってるからな……」
そう呟きながら、カミーユはコクピットの中で微かに苦笑をした。
「カミーユ、あれを」
ファのリック・ディアスⅡが前方の暗礁空域を指差す。暗礁空域にはダークブラウンで塗装をされたネオ・ジオンの所属と思わしき数隻の宇宙艦が見られる。
「難破船を漁っているみたいだな」
目を凝らしてその艦達を見つめていたカミーユが首を傾げながら、コクピット内のコンソールに手を置き、その上を神経質そうに指でコツコツと叩く。
「最近流行りの戦場漁りの海賊かしら?」
「艦自体はネオ・ジオンの艦隊らしいがな……」
数隻のネオ・ジオン所属と思わしき艦、そしてその艦の周囲に展開しているモビルスーツを姿が見えるか見えないかという距離の宙域にカミーユ達は留まる。
所属不明の艦隊の背後には巨大な突起があちこちから突き出でている小惑星の姿が見える。
「旧ソロモン基地、コンペイトウか……」
そう呟くカミーユ機の周囲には艦の破片や木材などが散らばっている。フワリと接近してきたそれらの残骸をカミーユはリック・ディアスⅡの手を振って避けようとした。
「昔、ジオンの残党に核攻撃を受けた所ね」
「多くの連邦軍の人達の命が失われたらしいな」
レコアの言葉にカミーユが軽くため息をつく。
「彼岸の島ね……」
ファがそう言いながら、少し薄気味悪そうに宙域中に散らばる残骸を見つめ続けている。
「とりあえず、あの艦に退去勧告は出してみるか」
周囲のスペースデブリの多さにカミーユは軽く眉をしかめながらも、指向性の通信機の周波をその艦隊の旗艦と思しき船へと向けて放った。
「ガキがあたし達に口出しをだって?」
シーマがムサカのブリッジに設置されている豪奢な椅子に座ったまま、怪訝そうな顔をした。
「気に入りませんな……」
シーマ艦隊の旗艦「マロウネ・ディートリヒ」の副官を勤めるコッセルが遠目に見えるエゥーゴのモビルスーツ部隊に目をやりながら不満げな声を漏らす。
「あたしもだよ」
苛立たしげにシーマは両の脚を大股に開いたまま、床へ敷いてある虎皮の敷物を強く踏み締めた。
「見たところ、油断出来ない数ではあります」
「わずかに型落ちの連中が群れているか……」
コッセルの言葉を耳に入れながら、眉をしかめたままシーマが椅子から立ち上がる。
「やりますか? シーマ様?」
「腹ごなしをしてみるかねぇ?」
コッセルに不敵な笑みを浮かべたまま、シーマがムサカのハンガーデッキへ優雅な足取りで向かう。
「了解、シーマ様」
自艦のパイロット達へコッセルが通信機から命令を告げた。
「勧告は無視されたな」
ダークブラウン系統の色をした艦達から発進をしてきたモビルスーツの部隊の姿を目に止めながら、カミーユが自機の武装の様子の確認をする。
「みんな!! ガンダムハンマーは持ったな!?」
「おう!!」
カミーユの掛け声にリック・ディアス隊から力強い声が帰ってきた。
「行くぞ!!」
叫びながらカミーユはガンダムハンマーの伸縮式チェーンのストッパーを解放する。ネオ・ジオンと思われる敵部隊の展開は早い。長大な槍のような武器を小脇に携えているモビルスーツの姿をカミーユは視認をする。
「この距離でも敵の射撃がこない?」
ファが敵機からの攻撃が無いことを訝しんでいる。敵艦隊からの砲撃もない。
「敵は接近戦に自信があるという事か?」
「あるいは、私達と同じくとぅっても貧乏なだけかも」
「ならいいんだけどな……」
レコアのストレートな言い方に苦笑いをしながら、カミーユはハンマーをリック・ディアスⅡの頭上で回転をさせる。
「捻り潰す!!」
カミーユ機を始め、数機のエゥーゴ機からハンマーが放たれる。チェーンを伸ばしながら鉄球がネオ・ジオンの機体へと襲いかかろうと空間を切った。
ガゴォ!!
数機のネオ・ジオンの機体が鉄球の群れの直撃を受けて軽くよろめく。
「当たるもんだな!!」
「偶然が多いと思うわよ、カミーユ」
ガンダムハンマーの低い命令率のレートを知っているレコアがカミーユを嗜めるような声を出した。
「俺はいい気にはなってはいないぞ?」
「男はこういう武器が好きだから、どうかしらねぇ?」
「何だと?」
「カミーユ!! 前!!」
ファの警告の声を聞くと同時にカミーユ機が素早く身を翻す。
シュア……!!
「相手も同じ感じの武器か!?」
鋭い尖端を持った槍がカミーユ機の脇をすり抜ける。かわされた槍が近くの艦の残骸へ深く突き刺さった。その槍の威力に微かに恐怖を感じながらも、カミーユは接近してくる敵機を迎え撃とうとする。
「槍付きのモビルスーツめ!!」
旧世紀の騎兵を思わせる敵機から突き出される槍をカミーユは引き戻したガンダムハンマーで防ごうと試みる。槍の尖端が鉄球の中心にぶつかり、その穂先がリック・ディアスⅡの外側へ押し流された。
「ちっ!!」
敵パイロットが舌打ちをしながら、機体の空いた手にナイフの用な物を握りしめた。そのナイフが赤熱をし始める。
バッバ……
それを見たカミーユはリック・ディアスⅡの頭部に内蔵されている機関砲をそのヒート式のナイフに向けて放つ。ナイフが敵機の手から弾かれた。
「何をやっている!! クルト!!」
女の叫び声と共に、虚空からカミーユ機へビームが飛んだ。
「シーマ様!!」
「おどけ!! クルト!!」
敵のリーダー機らしき褐色の機体がモビルスーツの背丈ほどもある例の長大な槍を抱えながらカミーユの機体へ突進をかけようとする。
「ちぃ!!」
恐れを知らないようなそのモビルスーツの突撃をカミーユは間一髪でかわした。その敵機が急速に旋回をし、再度カミーユ機へ接近戦を挑もうと巨大な槍を大上段に構えなおす。もう片手には大型のビームライフルを抱えている。
「騎兵隊気取りかよ!? ネオ・ジオン!?」
カミーユは呻きながらも、頭部のバルカン砲でその機体を牽制する。両手がハンマーでふさがっているのでリック・ディアスⅡの射撃武器がそれしか使用ができない。
ギィア!!
上方から力任せに降り下ろされた敵機の槍をカミーユは両手のガンダムハンマーをボクサーのグローブの様にして受け止める。
「海賊か!!」
カミーユは頭部のバルカン砲の残数へ目をやりながら、相手の槍を押し返そうとハンマーへ力を込めた。
「一応、ネオ・ジオンの軍属ではあるよ!!」
「ネオ・ジオンの騎士気取りか!?」
「海賊騎士シーマ・ガラハウ様が駆るR・ジャジャのお通りだ!!」
そう叫びながら、シーマと言う女の機体はスラスターを噴出させてカミーユ機から距離を取る。機体を離らかす間際にそのR・ジャジャと言うらしき機体からビームライフルが放たれる。
ブゴゥ!!
ビームライフルが放たれると同時にカミーユのハンマーがシーマ機へ射出される。ライフルの弾がカミーユ機の肩を僅かに削り取った。
「海賊でも使わないような野蛮なトゲ付き鉄球を得物にとは!!」
宙を駆け抜けたガンダムハンマーがシーマ機を吹き飛ばす。悪態をつきながら、シーマがまたしても長槍をカミーユへ向ける。
「突進か!?」
その向けられた槍を見ながら、カミーユがリック・ディアスⅡの挙動へ集中をしようとする。シーマ機が僅かに身動ぎをした。その機体の機動に何かがカミーユの脳裏に走る。歴戦の勘であろう。
シュアァ……!!
「けったいな武器をネオ・ジオンは考える!!」
R・ジャジャの手から低い爆発音を発しながら射出された大槍が宙域を疾る。ハンマーでは受け止める事は出来ない大きさの槍をカミーユは機体を翻して回避をする。
「だが、このデカブツの槍は所詮は単なる!!」
ギュア……!!
「場慣れをしてるじゃないか!! 小僧!!」
「伊達にモビルスーツに乗ってはいない!!」
射出された大槍にいつまでもエゥーゴの若いエースは目を奪われない。カミーユは飛ばされた槍を隠れ蓑としたR・ジャジャの奇襲の一撃に機敏に反応をした。
シーマ機のライフル下部に装着されているヒートサーベルをカミーユはハンマーで強引に受け止める。ガンダムハンマーが音を立ててバターのように切断をされ始めた。
「さすがネオ・ジオン!! やることがあざとい!! やはりあざとい!!」
「あたしはもう心はジオンになんぞは無いさね!!」
「どういう意味だ!?」
シーマが機体の背中から予備の槍を取り出す隙をつき、カミーユはリック・ディアスⅡの脚でR・ジャジャのライフルを蹴り飛ばす。
「海賊貴族様になったんだよ!! あたし達はね!!」
「私掠船のつもりか!?」
「難しい言葉を知っているじゃないかい!! 小僧!!」
R・ジャジャの予備の武器らしき小型の槍がカミーユ機の頭部を狙う。寸前でカミーユは槍の穂先から機体の頭を低くしてかわす。
シーマは器用に穂先をコントロールし、リック・ディアスⅡの頭部に二門あるバルカンの内の一つを削り取った。
「貴族主義だよ!! エゥーゴの少年エース!!」
「最近アンダーで噂になっているブッホ社とやらのお遊び主義か!!」
「遊びならば、呑気に海賊貴族様をやれるってもんだよ!!」
「私欲の為に戦う兵隊め!!」
「悪いかい!?」
「悪いに決まっている!!」
叫びながらカミーユはヒートサーベルで溶解されたハンマーのチェーンを伸ばして振り回す。僅かに回転するその鉄球の威圧感にシーマが機体を再度引かせる。
「盗賊もとい、海賊騎士め!!」
「女騎士シーマ・ガラハウだよ!!」
「お前のような姫騎士は!!」
回転をしていたハンマーがR・ジャジャへ向かう。シーマは相当なスピードで迫る鉄球のチェーンを槍に巻きつかせて防いだ。
「この世にいてはいけない存在なんだ!!」
「姫とまでは言ってないだろ!?」
少し呆れた声を出しながら、シーマは槍に力を込めてハンマーをカミーユ機から引きずり取ろうとする。
「姫騎士って何……!!」
ガンダムハンマーを上手く使えない事に苛立ちながら、ファが額に汗を浮かべながら呟く。
「男のエゴが成した属性の事よ!!」
ファの疑問に答えるレコアは、意外にもガンダムハンマーを上手く使いこなしてある。両手のハンマーを同時に二機へ当てるといった離れ技まで見せている。
「シュツルムランサーが折れたか!!」
カミーユからガンダムハンマーを奪い取りながらも、勢いがあまりシーマ機の手に握られていた小振りの槍が砕け散った。
「どこかにランサーはないか!?」
「ランサー!!」
「ランサー……!!」
近くのシーマの部下達が辺りを見渡している。
「ありました!! シーマ様!!」
「でかした!! クルト!!」
偶然宙域に漂っていたランサーを部下から受け取ったシーマはその槍とライフルをカミーユ機へ向けて放った。
「やらせるか!!」
その同時攻撃に片脚を撃ち抜かれながらも、カミーユは残りのガンダムハンマーをR・ジャジャへ向けて勢いよく投射した。偶然にもスペースデブリがシーマの視界をふさぎR・ジャジャの反応が遅れる。
ハンマーが側面からシーマ機へ接近をし、伸縮チェーンが褐色に塗られたR・ジャジャへ絡み付く。
「くっ!! 殺せ!!」
「その台詞はお前のような歳の姫騎士が言っては!! とてもいけない事なんだ!!」
「捕虜になってもあたし達はろくな扱いは受けられない!!」
「お前のような年増の姫騎士はクズだ!!」
「人の存在を否定するか!?」
「姫騎士を語るのは老人ではない!!」
カミーユは怒りの声叫びと共にシーマ機へ絡み付いたチェーンを締め上げた。
「人を家畜のように扱う小僧が!!」
「屈伏しろ!! エセ姫騎士!!」
身動きが取れないシーマへカミーユはそのガンダムハンマーのチェーンをさらに食い込ませる。
「くっ!! 殺せ!! って何……!!」
ハンマーを操り損ねて、自分の機体へ誤って当ててしまったファが、そのカミーユの叫びに戸惑いの声を上げた。
「男が女を辱しめる事しかしない薄い本が成す言葉よ!!」
レコアがガンダムハンマーのチェーンで器用に二機の敵機を同時に縛りながら、吐き捨てるようにファへ答える。
「カミーユはそのおぞましい非道に怒りの叫びを上げているのね!!」
「人を家畜にする事よ!!」
「その事に怒りを覚えるなんて!! カミーユは男なんだわ!!」
「カミーユは男でありすぎたのよ!!」
顔に汗をながしながら、必死にシーマは機体へ絡み付いたチェーンを振りほどこうとする。
「シーマ様!!」
見かねたシーマの部下がR・ジャジャへ駆け寄り、ハンマーのチェーンをヒートナイフで叩き切った。
「ガンダムハンマーがちぎれた!!」
両手の得物を失ったカミーユが周囲を見渡す。
「どこかにハンマーはないか!?」
「ハンマー!!」
「ハンマー……!!」
僚機が宙域へ視線を巡らせる。
「だめだ、無い!! カミーユ!!」
「くそ!!」
カミーユのリック・ディアスⅡには、あと一門のバルカン砲しかない。
「何だ……?」
難破船の貨物にあったのだろう、カミーユ機の近くに1本の長大な材木が流れてついてきた。
「これならば!!」
丸太を両の手に抱えたカミーユ機がシーマ機を助けた敵機へ接近をする。
「うおぅ!?」
振り回された丸太に敵機が吹き飛ばされる。丸太には特殊なコーティングがされているのだろう、モビルスーツの装甲へぶつけても丸太には傷一つ付かない。
「これは良い材木だな!!」
「くそ!!」
丸太を振り回すカミーユ機にシーマが接近を出来ないでいる。チェーンに絡み付かれたときに変な力が加わってしまったのだろう、R・ジャジャのビームライフルの銃身が歪んでしまい火花を上げている。
「接近戦用の機体であるガズが簡単に吹き飛ばされるとは!!」
放ったシュツルムランサーがカミーユ機の丸太に弾き飛ばされたのを見て、シーマはコクピットの中で歯噛みをした。
「丸太には丸太だ!!」
シーマも故障をした銃剣付きのライフルを投げ捨て、暗礁宙域に漂っていた材木を手にする。
「ふぅん!!」
両手に抱えた丸太を勢いよくカミーユ機へ降り下ろすR・ジャジャ。
ヴォゴォ!!
「やるな!! 海賊年増姫騎士!!」
「姫ではない!! 年増かどうかは微妙なラインだが!!」
つばぜり合いをする二機の丸太が火花をあげる。
「こんなハンマーなんて!!」
言う事を聞かないガンダムハンマーへの苛立ちが頂点へきたファも丸太を振り回し始める。
「ハンマーを捨てたらもったいないでしょ!? ファ!?」
「じゃあどう戦えって言うんですか!? レコアさん!?」
ファのリック・ディアスⅡが抱えた丸太がネオ・ジオンの白兵戦用モビルスーツ「ガズ」を殴り飛ばす。
「背中のビームピストルもバルカンも節約しろってうるさくうるさくうるさいしぃ!!」
「後で必ず絶対にハンマーは回収しなさいよ!!」
そう言いながらもレコアもその両手に丸太を抱え、敵機に槍の様に突きだして攻撃をしている。
「最強の質量兵器なのか!? この丸太は!?」
丸太の有効性に気がついたのだろう、エゥーゴもシーマ艦隊の面々も漂っている丸太を手にし始めた。エゥーゴとネオ・ジオンのモビルスーツ達が丸太同士が殴打をしあう。
「シーマ様!!」
シーマ艦隊の旗艦から通信がR・ジャジャへ飛ぶ。
「貨物船の牽引準備が完了しました!!」
「よっし!!」
シーマが通信士へ応答しながら、丸太を大きく振りかぶった。僅かにカミーユの機体が後退する。
「引き際だ!!」
「逃がすか!!」
カミーユ機へ丸太で牽制をし、後ろを向いたシーマの機体へリック・ディアスⅡから丸太が投げ飛ばされた。
「ガキの癖にさっきからやる!!」
丸太の直撃により、R・ジャジャのブースターが破損する。スピードが落ちたシーマ機へ向かってカミーユが機体を加速させる。
「シーマ男爵様!!」
一機のガズから材木がシーマへ差し出された。
「この丸太に捕まって下さい!!」
「助かる!!」
シーマはその丸太に掴まりながらカミーユ機へ向き直る。去り際に手に持っていた丸太をリック・ディアスⅡへ勢いよく放り投げる。
「くそ!!」
回転しながら接近をしてくる丸太を避けようと、カミーユはサブ・スラスターを使い機体をスライドさせる。回転丸太を完全には避けきれず、リック・ディアスⅡの腕が音を立てて破壊された。
「追うのはまずいか!?」
片方の腕と片脚から火花を上げ続けている自機の状態を確認しながら、カミーユは撤退していく敵モビルスーツ隊を睨みつけている。
「機体性能は向こうが上でしょう!?」
「深追いは出来ないな……」
そう言いながらカミーユ機はレコアが持つ丸太に掴まる。推進剤の残りに少し不安があったのだ。
「クワトロ大尉も同じ事を言うはず」
「里帰りした大尉、シャア・アブナブルね……」
丸太に掴まりながら、撤退の為に艦首の向きを百八十度に変えているネオ・ジオンの艦隊に向かって口ごもるように呟く。
「あの人と戦う羽目になるかな……?」
「それをやれる男よ、あのバカ男は」
吐き捨てるようにレコアが言い放つ。その言葉に耳へ入れながら、カミーユ機は無言でリック・ディアスⅡの腕を丸太にしがみつかせていた。
「豚丼やら何やらが散らばっていたよな……」
「もう一回戻って、拾っていきましょう」
「やってることは同じじゃないですか……」
キッパリとそう言い放つレコアへカミーユが辟易したような声を出す。
「エゥーゴは冷飯喰らいになっちゃったから」
シーマ艦隊が取りこぼしたと思われる食料がコンペイトウ周辺の宙域へ散らばっている事を記憶していたレコアが母艦アーガマへ内火艇を数隻出してくれるように通信を入れる。
「出来れば、漂流している遺体も少しは埋葬してあげたい」
「レコアさんがそんな心遣いが出来るとは」
周囲の宙域の様子をうかがっていたファが驚いたような声を出した。
「んだと? 小娘?」
「いや、別に……」
「薄い本に登場させて、酷い目に遭わせるわよ?」
「薄い本って何ですか? レコアさん?」
「今度、見せてあげるわ……」
ファへ含み笑いを出しながら、レコアは遠くに見える内火艇が放つ信号の光にリック・ディアスⅡの胴体から投射光を放って答える。
「カミーユ、薄い本って何?」
「男が男である為に読む本さ」
「なるほど……」
ファへ本の説明をしながら、破損が激しいカミーユの機体は一足先にアーガマへ帰艦をしようとした。
「格闘雑誌みたいな物かしら?」
「そんなもんだ」
「ブルーさん」
「何、カミーユ?」
豚丼と豚カレーと豚麻婆と豚ミートソースのレトルトを積んだ内火艇をアーガマヘ引き寄せているブルーへカミーユが声をかける。
「親父さんには会いたくありませんか?」
「その質問か……」
予備機であるネモを使って内火艇を引っ張りながら、ブルーが少し顔を曇らせた。
「父の真意を逆の視線で知るためにあえてエゥーゴに入ったけど」
同じく予備機へ乗るカミーユから資材として回収した丸太を受け取りながら、ブルーが淡々と言葉をこぼす。
「結局、意味はなかったわ」
「そうですか……」
コクピット内でカミーユは自分の額を撫でながら、アーガマの通信士であるトーレスが操縦する内火艇をブルーと一緒に誘導する。
「どうも、エゥーゴは近い内に自然分解する可能性が高いと思いますよ、俺は」
「そうね……」
「ブレックスさん自体が、エゥーゴ構成員に対して元の鞘へ収まる事を推奨しているくらいです」
「アポリーやロベルトもネオ・ジオンに行っちゃったしね」
「はい……」
内火艇がアーガマのハンガーへ着地をした。振動が微かにアーガマのハンガーデッキを揺らす。
「でもね、カミーユ」
「はい」
「義理というものがあるわ」
「それについては……」
くすねておいたレトルトパックの賞味期限を確認しながら、カミーユはブルーへ苦笑しながら言葉を返した。
「僕もですよ」
「負けた側の人間は……」
丸太を集めていたリック・ディアス達がアーガマヘ帰投をし始める。艦長のブライトが近くのエゥーゴ艦隊へ支援を要請している。どうもコンペイトウ付近の資材を全部かき集めるつもりらしい。
「流れに従って生きれば良いと思う」
「流れに従えば、自然に道が開けるか……」
ファから丸太を受け取りながら、カミーユが深いため息をつく。
「ティターンズだって、私達と内実は同じだわ」
「エゥーゴと同じく、寄せ集めであることが知れ渡っている……」
「少し前のゼダンの戦いで、ティターンズの一部がネオ・ジオンについた事は知っているわね?」
「はい」
数機のネモがアーガマから発進をした。資材回収の手伝いをしに行くようだ。
「ティターンズの思想からすれば、完全な敵であるネオ・ジオンに与したわ」
「単純な利益でティターンズに入った人間が多かったって事よ」
両手に丸太を抱えているファが二人の会話に割って入る。
「エゥーゴもティターンズ、そしてネオ・ジオンも所詮は寄せ集めよ、カミーユ」
「理想だけでは人は簡単に離れていく? ブルーさん?」
「父ジャミトフの掲げたティターンズの理想は」
ブルーがネモの燃料計へ目を向けながら話を続ける。資材の回収の手伝いに行きたいようだ。
「すでに壊滅しているわ」
「ティターンズも長くはないと……?」
「結局、最後の勝者は」
豚丼のレトルトを眺めながら、空腹の腹を押さえているカミーユへブルーが軽く笑みを浮かべながらゆっくりと口を開く。
「ユウ・カジマのような人間」
「あちこちに振り回されて苦労しながらも、最後まで一つの所に居続けた、サラリーマンたちか……」
「真面目が一番よ」
「俺達が真面目じゃないと?」
「ムードに酔ってエゥーゴに入ったのでしょう? カミーユ君は?」
微かに皮肉が入ったそのブルーの言葉にカミーユは苦笑いを浮かべるしかなかった。