夕暁のユウ   作:早起き三文

41 / 100
第41話 新たな蒼を受け継ぐ者

「ブループラウスは大丈夫そうだな」

 

「本当に?」

 

 アルフがブループラウスのあちこちからコードが接続されているコンピュータから目を離してユウへ顔を向ける。

 

「保証できるよ」

 

 そう言いながら、アルフは首をグルリと回して超大型輸送艦「ジュピトリス」の広大な艦内工房を見渡した。

 

「システムにウィルスもバックドアも特に無い」

 

「信じてみるか」

 

「もっとも……」

 

 アルフはコンピュータのモニターをちらりと見やりながら皮肉げな口調をして言い放つ。

 

「どちらにしろ、もう乗らないと決まったからには絶対に実害が発生しない」

 

「だよな」

 

 力強く断言するアルフにユウがそう答えた。ブループラウスの隣に置かれているティターンズカラーに塗られたアナハイム製の最新鋭ジム・タイプモビルスーツ「ジェダ」の姿を見つめながらユウが軽く顎を浮かせる。

 

「新型のマリオン搭載機だな」

 

「そう、対ファンネル用兵器マリオン……」 

 

 そう言いながら、少し哀しげな自嘲の笑みを浮かべるアルフ。

 

「天下のアナハイム社もティターンズに下ったか?」

 

「二股作戦だろうな」

 

 再びモニターへ目を向け、ジェダの新型マリオン・システムの動作チェックを行いながらアルフがユウにそう答えた。

 

「アナハイムはネオ・ジオンへも顔を売っているさ」

 

「エゥーゴとティターンズの抗争初期のようにか」

 

「月のグラナダ方面から、ネオ・ジオンの艦が出航していったという目撃情報もある」

 

「アナハイムは商売熱心だな……」

 

 苦笑しながらユウはジュピトリスの超巨大モビルスーツ工房を眺めまわす。近くにはジェリド達の姿が、少し遠くにはシロッコと彼が作り上げたモビルスーツの姿が、そして顔が見えない位の距離にサマナと搬入された複数のジェダの姿が見受けられる。

 

「別にウィルス等の細かいチェックをする必要は無かったんだがね」

 

 コンピュータからアルフは少し顔を離して、ブループラウスの頭部を見上げた。ブループラウスの頭部はジュピトリスの天井へ届かない。この空間の天井はゆうにモビルスーツの2機から3機分の高さがある。ユウ達が見上げれば、大プロジェクターが設置されているその天井が霞んで見えるほどだ。

 

「廃棄すれば、そういう心配は全く必要ないからな」

 

 そう言いながら、ユウとアルフは共に名残り惜しげな顔をしながらブループラウスの姿を見続けている。

 

「上の命令だったんだ」

 

 乱暴に包装紙をちぎって、中身の菓子パンに噛みつきながらアルフはキーボードに手を這わせた。

 

「ネオ・ジオン側の戦術担当者の心理分析の為にね」

 

「やり口で心理が解るか」

 

「そういう事だ」

 

 シャアやハマーンの顔を思い出しながら、ユウが再びブループラウスに淋しげな視線を向ける。

 

「全部廃棄するのか?」

 

「一度、敵の手に渡っちまったからなあ……」

 

 器用にパンを飲み下しながらコンピュータを動かし続けるアルフ。ユウがそのアルフの姿を眺めながら自分の上着のポケットから紙パックのコーヒーを取り出す。

 

「再利用出来る目処がついたら知らせるさ」

 

「頼む、アルフ」

 

 マリオン・システムが納められているブループラウスの頭部、ジムタイプの特徴であるバイザー型の無表情なその顔を見つめながらユウがアルフへ取り出したパックのコーヒーを渡してやる。

 

「俺の作った中でも、傑作のモビルスーツだったからな」

 

「俺もなんだかんだ言って気に入っていたさ、アルフ」

 

 よほど忙しいのだろう、礼も言わずにアルフはコーヒーを受け取りストローをパックに手荒に差し込む。ユウはアルフの仕事の邪魔をしないようにその場を静かに離れる。ジュピトリスの工房のあちこちから騒音や怒鳴り声がその広い空間へこだまをしながらユウの耳へ届いた。

 

 

 

 

 

 

 

「くれないか? そのジャンパー?」

 

「嫌だよ……」

 

「君と俺との仲じゃないか? ジェリド君?」

 

「やめろ!! 気味が悪い……!!」

 

 量産型ガブスレイのパーツを流用しながら修理を行っている、ジェリドの乗機であるガブスレイの近くでユウがジェリドのジャンパーを引っ張っている。

 

「俺は何回も応募したんだよ? ジェリド……」

 

「しらねぇよ、そんなの……」

 

 ジェリドは懸賞で当たったらしい「ろくでもないムラサメに」というロゴが入ったジャンパーをユウの手から引き離すように身動ぎする。

 

「同じムラサメドリンクの愛好家だろ?」

 

「だからなおさらやらねぇんだよ、ユウさんよ……」

 

 そう言いながらジェリドはムラサメドリンクの蓋を開ける。気持ちの良い音が缶から鳴る。

 

「俺がそのジャンパーを手に入れる為に何個シールを集めたか……!!」

 

「だから知らねぇって言ってんだろ!! 離せ!! オッサン!!」

 

 貴重な休憩時間中にユウに泣きつかれ続けられていたジェリドがついに切れた。

 

「上官筋にオッサンとはなんだ!? ジェリド!?」

 

「ティターンズは皆が二階級上の扱いだ!!」

 

「それでも俺はお前よりは階級が上だぞ!?」

 

「人の物を取り上げようとする、腐敗した連邦に相応しい上官殿だよ!!」

 

「譲ってくれよぅ!!」

 

「絶対にいやだ!!」

 

「もうすぐ、俺は誕生日なんだよ!?」

 

「だから何だよ!? ユウ!?」

 

 怒鳴り合う二人の男達を眺めながら、マウアーがコロコロと可笑しげにその形の良い唇から笑い声を上げ続けている。

 

「おい、ユウ」

 

 書類をヒラヒラと振りながらシロッコが騒いでいるユウ達へ近づいてきた。

 

「少し来てくれ」

 

「まだ話が終わってない……!!」

 

 しつこくムラサメジャンパーを引っ張っているユウが首を激しく振る。

 

「話はもう終わっているぜ」

 

 疲れた声を出しながら、ジェリドが力を入れてようやくユウを自分の身体から引き剥がした。

 

「早くこの人を連れていってくれよ、シロッコさんよ……」

 

「一体何を遊んでいるんだ、お前は……」

 

 呆れた声を出しながら、シロッコがユウの首根っこを掴んで引きずっていく。

 

「着るのに飽きたら、お下がりでもいいぞ……!!」

 

「百年たったら考えてやるよ、ユウ中佐殿」

 

 ジェリドが嘲笑うような笑い声をシロッコに引きずられていくユウへかけた。

 

「変わったわねぇ……」

 

 マウアーが去っていくユウとシロッコを見つめながらポツリと呟く。

 

「誰が?」

 

「シロッコもユウ・カジマも」

 

「そうかな?」

 

「特にシロッコがね……」

 

「まあ、な……」

 

 ジェリドはユウの駄々で伸びてしまったジャンパーを気にしながらも、ムラサメドリンクを口につけながらマウアーのその美貌へ視線を向ける。

 

「以前の毒々しい雰囲気が無くなっているわ……」

 

「確かにそうかもな」

 

 広大なジュピトリスの工房の奥に鎮座されているシロッコが製作したガンダムタイプのモビルスーツを遠目に眺めながら、ジェリドは手で口を拭いてから頷いてみせた。

 

「性格が丸くはなったな」

 

「フラストレーションが解消されたからかしら?」

 

「フラストレーション?」

 

「自分の才能を大勢の人間に認めてもらいたい」

 

 マウアーはジェリドのガブスレイにその手を触れさせながら、顔に微笑みを浮かべている。

 

「多分、シロッコが木星から地球圏へ出てきた理由はそれよ」

 

「辺境で一生を終えたくないからじゃないかな?」

 

「それもあったと思うけどね」

 

 呟きながらマウアーはポケットからタバコを取り出す。自分が吸う前に先に一本をジェリドへ渡してやる。

 

「最大の理由は承認欲求だと思うわ」

 

「承認欲求? シロッコが?」

 

「元々、才能がある男なのは確かだから……」

 

「天才のフラストレーションか……」

 

 ジェリドが口に加えたタバコにマウアーが火を付けてくれる。マウアーもタバコを自分の口にくわえる。

 

「けどな、マウアー」

 

 マウアーのタバコに火を付けてやりながら、ジェリドが疑問を口にする。

 

「何でシロッコのそれが解消されたのかがわからねぇ……」

 

「鈍いわねぇ」

 

「何だよ? マウアー?」

 

「承認してくれる人が出てきたからじゃない、まったくもう」

 

「ああ……」

 

 ジェリドの口から感嘆したような声が上がった。タバコの煙が微かに揺らぐ。

 

「ユウ・カジマか」

 

「そして、あの彼に引かれるように」

 

「シロッコの理解者が増えている、か……」

 

 その目にどこか優しげな色を浮かべながら、ジェリドがそう呟く。

 

「ユウがシロッコを信頼した、そのためシロッコの棘が無くなった、そして棘が取れたシロッコをさらに理解する人間が増えてくる……」

 

 連想の言葉を口にしたあとに、ジェリドは軽くため息のような物をつく。

 

「好循環だな」

 

「シロッコには理解者が必要だったんだわ」

 

「なるほど……」

 

 しばらく無言でタバコをふかし続ける二人。携帯灰皿を懐から出しながらジェリドがおもむろに口を開いた。

 

「理解者がいないシロッコはどうなっていたと思う、マウアー?」

 

「おそらく自分の殻にこもり、その反動でますます人を見下す事になったと思う」

 

「そして最後はこの世から消えるか……」

 

「物理的にか概念的にかは解らないけど」

 

 新型のガンダムの元で何かを話し合っているシロッコやユウ、そしてユウの仲間の技術者達の姿をジェリド達は遠くからじっと見つめている。

 

「人は環境で変わるものよ」

 

「お前は頭がいいなあ、マウアー……」

 

「あなたと釣り合わなくちゃね」

 

「おいおい……」

 

 そう言いながらマウアーがジェリドの頬に軽くキスをした。

 

「変わっていくあなたに」

 

 ジェリド機と同じく修理中のマウアーのガブスレイの機体の方からメカニックが彼女を呼ぶ声がした。そのメカニックの急いでいるような声に慌ててマウアーが自機の方へ早足で向かっていった。

 

「好循環……」

 

 立ち去っていくマウアーの後ろ姿を眺めながら、ジェリドが小さく呟く。

 

「環境が人を変えるか……」

 

 そう呟いたジェリドの脳裏にふと、自分がついに乗り越えられなかった壁であるエゥーゴのエースパイロット「カミーユ・ビダン」の顔が浮かびあがる。

 

「はたして俺はアイツを憎んでいるのかな……?」

 

 首を傾げながらそう一人で言葉を口に乗せるジェリド。灰皿へタバコを押し込みながらジェリドは自分のガブスレイのメカニックに手を貸そうと、奥の方にある半ば分解されている量産タイプのガブスレイの方へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ジオ・メシア」

 

 両肩に巨大な推進器を付けているガンダムタイプのモビルスーツをシロッコがユウへ見せる。

 

「シロッコの作ったガンダムか……」

 

「本当は私はガンダムタイプが好きではないのだ」

 

「何故だ? シロッコ?」

 

「人間を模した顔が気に入らん」

 

 ガンダムタイプの頭部としては相当に歪な印象を受けるジオ・メシアのその顔を見上げながら、シロッコはユウへそうハッキリと言い放つ。

 

「人間の神像仏像、それらの情けない投影だと思う」

 

「ならば、なぜこの機体は?」

 

「グレイス・コンバーターの相性がな」

 

 巨大推進器を指差しながら、シロッコが軽くため息をついた。

 

「ガンダムタイプと一番上手くいくんだ」

 

「グレイス、恩寵ね……」

 

 ユウがジオ・メシアの両肩の推進器を眺めながら、その言葉に相づちのようなものを打つ。

 

「残存ミノスフキー粒子変換器だよ」

 

「自信作のようだな……」

 

「まだまだ不完全な部分も多いがな」

 

 そう言いながらシロッコは紙の書類へ目を落とす。

 

「機能の特徴は?」

 

「戦場の残存ミノスフキー粒子を吸引し、それを自機のエネルギーなどに充てる」

 

「粒子泥棒かよ……」

 

「大海の水をコップ1杯すくって腹を立てる人間がいるか?」

 

「言い様だな、シロッコ」

 

「リサイクル精神だよ……」

 

 そう言って薄く笑うシロッコ。ユウは肩を竦めながらも、少し離れた場所でキーボードを叩いているアルフへ視線を向けた。

 

「シロッコ」

 

「どうした? アルフ技師?」

 

「あんたのお手製のサイコミュ関係器機とグレイス・コンバーター、その二つに変な干渉があるぞ」

 

 シロッコ機の調整を手伝っているアルフがコンピュータのデータを見上げながら大声で叫ぶ。

 

「半分は仕様、もう半分は先に言った不完全な部分だよ」

 

「アイデアも性能も桁外れなんだがな……」

 

「データを全て記録しておいてくれ」

 

 シロッコの言葉にアルフはタバコをくわえながら頷く。

 

「ユウのガンダムにもグレイスを付けたい」

 

「面白そうだな……」

 

 アルフがグレイスのデータを見つめながら、その言葉通りの表情を顔に出した。

 

「ジム・タイプのジェダがガンダム?」

 

「あいつはGタイプのジェダだよ、ユウ中佐」

 

 首を傾げながら疑問を口にしていたユウへ、シロッコの手伝いをしているティターンズの技術者が答えてくれる。

 

「GタイプのGはガンダムタイプのGさ」

 

「高性能量産型か?」

 

「可変機能こそないが、性能はあのZガンダムより上かもしれん」

 

「凄いもんだな……」

 

 少し離れた場所にブループラウスと共に置かれているジェダの姿を興味深げにユウが眺める。

 

「だったら、妙なグレイス・コンバーターとやらはいらないんじゃないかな……?」

 

「絶対にお前の機体にも付けさせてもらうぞ、ユウ」

 

 ユウのこぼした言葉を聞きつけたシロッコが釘をさすような厳しい口調で言い放つ。

 

「勝手に決めるなよ、シロッコ……」

 

 文句を言うユウの顔をシロッコはその細い両目をさらに細くして睨みつけた。

 

「メッサーラ、ポリノーク・サマーン、そしてジ・オ」

 

 シロッコが閉じている右手から指を3本突きだし、その指をユウの目の前にかざしてみせる。

 

「意味は解るな?」

 

「それらを持ち出すのかよ、おい?」

 

 そのシロッコの手製のモビルスーツ達の名前を言われて、ユウが渋い顔をした。

 

「身体で払ってもらうぞ、ユウ」

 

「モビルスーツなんぞ、所詮は戦いで破壊される物だろう?」

 

「プレゼントを全てゴミ箱へ捨てられたり、オシャカにされていい気がする人間はいない」

 

 ハンガー内で遠目に見える、頭部を失って修理中のジ・オやボリノーク・サマーンを見やりながらシロッコはユウへ叩きつけるように言葉を言い放つ。

 

「お前は私のモルモットにもなってもらう」

 

「わかった、わかったよシロッコ博士殿」

 

 シロッコから手渡されたミノスフキー粒子変換器「グレイス」のデータを眺めながらユウが投げやりにそう答えた。

 

「アルフ」

 

「何だ、ユウ?」

 

「マリオン・システムとこのグレイス・コンバーターとの干渉はあり得ると思うか?」

 

「無くては困るよ、ユウ……」

 

 シロッコが口を挟んだ。

 

「お前は私のモルモットなのだからな」

 

「根に持つタイプだな、結構」

 

「ネニモツタイプではなくニュータイプだよ、私は」

 

「あぁ、はいはい……」

 

 いい加減な感じの声でシロッコへ返事をしながらユウは工房内で遠く離れたサマナ達の方へ視線を向ける。

 

「サマナ達との打ち合わせの時間になった」

 

「今日はもうお前は俺達への用事はないかな?」

 

「今スケジュールを入れられても対応が出来ないさ、アルフ……」

 

 最後は早口でそう言いながら、ユウは工房のちょうど反対側のサマナ達の所へ急いで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ中佐」

 

 ユウの部下であるシドレを含んだ連邦のパイロット達が急ぐユウを呼び止める。

 

「シロッコ大佐はどこにいるか分かりますか?」

 

「向こうでご自慢のモビルスーツと格闘をしているよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そのパイロットの一行はユウへ一礼をしてからシロッコの所へやや早足で向かっていく。

 

「隊長」

 

 シドレがパイロット達のリーダーへ一言声をかけてからユウの近くまで寄ってきた。

 

「急いでいるんだよ、シドレ」

 

「後でモンシア大尉達が話をしたいようです」

 

「彼らはティターンズだろう?」

 

「話自体は連邦の機密に関わる物だそうです」

 

「だから、なぜティターンズを通してくるんだって言っているんだ」

 

 少しネチッこく問い詰めるユウへ嫌な顔をしながらも、シドレは律儀に命令を伝えようとする。

 

「旧式のガンダム開発計画、それの機密の解凍に関わる話をユウ隊長へ通しておきたいみたいです」

 

「機密の解凍? それを俺に話を通しておく?」

 

「そうです、そう言ってました」

 

「こういう話が来るとロクな目に遭わない……」

 

 そのユウのため息にシドレが苦笑いを浮かべてみせた。

 

「以前にその計画とモンシア大尉達が少し関わりを持っていたということ、ユウ中佐達が同じ機密保持の義務が発生したEXAMと関係がある連邦の軍人であるということ、あと……」

 

「EXAMは以外と多くの人間が知っているみたいだぞ?」

 

 ユウがその話を遮り、先程まで自分がいたシロッコ達の仕事場を振り返りながらシドレへ言葉を返す。

 

「何故かシロッコも知っていた」

 

「私が知った事ですか……」

 

「まあ、でもシドレ君」

 

 口に皮肉げな笑みを浮かべながら、ユウが冗談めかした口調で肩を竦めながら低い声で言い放った。

 

「俺達のせいでさえなけりゃあ、オールオッケーさ……」

 

「で、ですよねぇ……!!」

 

 そう言ってシドレが一目で作り笑いと見える笑みで相槌を打つ。

 

「自己保身も生きていく上で必要だ」

 

「ハハッ……」

 

「さいごまでたっていたものの勝ちだよ」

 

「あ、あとその機密の話を連邦からユウ中佐へ伝える最後の理由は」

 

 疲れているせいか、ズル賢そうな顔をしてそう言ってぬけるユウへ変な気の使い方をしているシドレが話を本筋に戻そうとする。

 

「隊長がアムロ・レイとお互いの顔を知っている間柄だからだそうです」

 

「アムロに関係があるか?」

 

「じゃ、ないんじゃないでしょうかね?」

 

「ハァ……」

 

 軽く胃を押さえながら、ユウが再びため息を深く吐いた。

 

「エゥーゴやカラバにティターンズそしてネオ・ジオン、全てに顔が利く連邦の軍人に仕立て上げられた俺は何なんだ……?」

 

「今時、苦労しているのは隊長だけでは無いと思いますから……」

 

「わかった、わかったよ……」

 

 手を振りながら疲れきった声でそう言い放つユウ、シドレが懐からムラサメドリンクと栄養ドリンクを取り出しそのユウの手へ握らせてくれる。

 

「だが、俺は部下に恵まれているかな?」

 

 シドレから好物を手渡されたユウは軽く微笑みながら礼の言葉を言う。その言葉に対してシドレは手短に敬礼をし、先程のパイロット達の一行を急いで追いかけて行った。

 

「シロッコ様がドレスを作ってくれるのよ……」

 

「手伝え!! サラ!!」

 

「私はシンデレラ……」

 

 何かうっとりしているらしいサラへサブ・フライト・システムの改造を手伝っているらしい、油まみれになっているカツが怒鳴っている。

 

「そうでもないか……」

 

 ユウは苦笑しながらその二人の部下の側を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

「マリオン・システムはさ……」

 

 ジュピトリスのモビルスーツ工房天井に設置されている大型プロジェクターへ映し出されている夕陽を眺めながら、アルフがユウへ寂しげな顔を見せる。

 

「俺なりのクルスト思想、EXAM思想への回答だったんだよ」

 

「オールドタイプとニュータイプを繋ぐシステム、マリオンか……」

 

「所詮は戦争の道具、人型兵器であるモビルスーツに搭載したのが間違いなんだな」

 

「平和の理想がお前にあったのか、アルフ……」

 

「駄目だったか? 人殺しの兵器、モビルスーツしか作れない俺には?」

 

「全然」

 

 そのユウの言葉にアルフが微かに笑みを浮かべてみせた。

 

「でも、俺には他に能が無いんだ」

 

「悪いもんじゃないよ、マリオンは……」

 

「ニュータイプがオールドタイプの視線を旧いと言ってバカにするのであれば、逆にオールドタイプがニュータイプの視線に並び立てればいいと思っていた」

 

「その理想ならマリオンは別に的外れな装置ではない、上手く出来ている」

 

「しかし、オーガスタ研究所では完全に対ファンネル用、そして相手の行動予測用の特殊装置としてカテゴリーされているよ」

 

「そうなるか……」

 

「マリオンを利用した強力な対ファンネル兵器が鋭利製作中だよ、研究所ではね」

 

 どこか懺悔をするような口調で呟き続けているアルフ、彼への慰めの言葉をユウは頭に思い浮かべる事が出来ない。ジュピトリスの大プロジェクターに映し出される夕陽は作り物とはいえ美しく輝いている。

 

「新人類とか何とか言われているニュータイプそのものだって、戦争の道具になっているご時世だ」

 

 ユウはかろうじてその台詞だけは口から出すことが出来た。

 

「強化人間に携わった罪の償いの気持ちもあったんだよ、俺はな……」

 

「……」

 

 強化人間の人体実験の噂を聞いた事があるユウは、そのアルフの言葉には答えない。

 

「この戦争を終わらせてくれないか? ユウ・カジマ?」

 

「一人の人間にすぎない俺に何をしろと? バカを……」

 

 そう言いながら笑いかけたユウだが、その言葉を絞り出すようにして吐いたアルフの顔から投げつけられる真剣な眼差しを見て、ユウは口に浮かんだ笑みを閉ざす。アルフの顔から目をそらし、しばしの間ユウは言葉を発しない。

 

「新しいマリオンでか?」

 

 沈黙の空間をユウはその言葉で破る。

 

「ダイクンとクルストが唱えた亡霊達を成仏させてやってくれ、頼む……」

 

「アルフ……」

 

 アルフが口にした「ダイクンとクルストが唱えた亡霊達」という言葉、何かユウはその言葉に対して今起こっている戦争の物理的、概念的、主義思想、それらの全ての要素が詰まっているような気がした。

 

「もしかして俺の目標となるべき事なのかもしれないな、それは……」

 

「ユウ……?」

 

 どこか強い口調でそう呟くユウを今度はアルフが不思議そうに見つめる。

 

「再び蒼を受け継いでみようかな……」

 

「……」

 

「もちろん、お前やフィリップ達と一緒にだよ」

 

 そのユウの言葉にアルフの目に輝くものが浮かぶ。

 

「俺はラプラスのユウをやってみるよ」

 

「オールドタイプのお前がジオン・ズム・ダイクンの思想を受け継ぐか……」

 

「何のニュータイプの力も無いけどな」

 

 その言葉に対して、アルフが夕陽を見上げながら呟く。

 

「オールドタイプでもニュータイプと同じ主義や思考、そして行動をすればそれはニュータイプと同じことだ」

 

「何だい? それは?」

 

「ジャミトフが一年戦争の少し後に出版した、持説のニュータイプ論が書かれた本からの引用だよ」

 

「へえ……」

 

「もっとも」

 

 夕陽のプロジェクターが暗くなり始める。夜の光景でも映すのだろう。

 

「ティターンズの理念とは相反するため、引っ込めちまったらしいがね」

 

「ジャミトフ閣下か……」

 

 夜空に変わり始めたプロジェクターをユウも見上げてみる。映し出される月を見つめながらユウはジャミトフ・ハイマンの娘の事を思い出す。

 

「ブルーは元気かな……?」

 

「エゥーゴとは休戦したんだ」

 

「会えるかもな、いつか」

 

「蒼を受け継ぐなら」

 

 アルフがそう言ってニヤリと笑う。

 

「生身のブルーも受け継いだらどうだ?」

 

「マリオンで手一杯だよ、俺は」

 

「マリオン・システムの事を言っているなら、アイツは二次元の者だぞ? ユウ?」

 

「二次元とやらも結構良い物だぜ」

 

「オイオイ……」

 

 アルフの呆れた顔にユウは穏やかに笑って見せる。工房の天井へ浮かびあがる月が新たなるブルーディスティニーを優しく照らしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。