夕暁のユウ   作:早起き三文

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第40話 ラプラスタイプ

「クルスト・ズム・ダイクン」

 

 アルフがクルスト・モーゼス博士の本名を言うかたわらで、テレビからエゥーゴとティターンズの停戦に関する特番ニュースが流れてくる。

 

「ジオン・ズム・ダイクンの兄だ」

 

「偉い人だったんだねぇ……」

 

 フィリップがぼんやりとニュースを見ながら、菓子をつまんでいる。

 

「表舞台には出たがらない人だったのですかね……?」

 

 サマナがそう言いながら、首を捻る。

 

「ガチガチの技術者だったからな、クルスト博士は」

 

 そのサマナの言葉に対してアルフはニヤリと笑った。

 

「俺と同じだ」

 

「弟のジオン・ズム・ダイクンのサポート役ってわけか」

 

 ユウが最近巷で局地的なブームになっている「ムラサメ・ニュータイプドリンク」を飲みながら、その事に関する感想を口にする。

 

「弟、ダイクンの思想、それに対するフィジカル面でのサポート役だったようだな」

 

 アルフは時計に目をやりながら、少し自分の腹の辺りを押さえるような仕草をした。

 

「先に夕食を食べてから話さないか?」

 

「話が気になる」

 

「メシを食いながら話しても?」

 

「かまわないよ……」

 

 苦笑混じりにそう言ったユウの言葉に頷いて、アルフはストゥラートの厨房へ通信をかける。

 

「さて、と……」

 

 夕飯の注文を終えたアルフがテレビの有識者による討論のやかましさに眉をひそめる。

 

「うるさいな、テレビ……」

 

「早く話を続けろ、アルフ」

 

 少し苛立ったようなユウの声に肩を竦めながら、アルフは一つ咳払いをする。

 

「ちょっと前に俺はヤボ用で地球へ降りていたんだが」

 

「俺達がネオ・ジオンの捕虜になっていた最中だねぇ?」

 

 その少し嫌味のようなフィリップの言葉にアルフは少しバツの悪そうな顔をした。

 

「外せない用事でね……」

 

「気にするな、アルフ」

 

 わずかに申し訳なさそうな顔をしたアルフへユウがそう言いながら笑いかける。

 

「気が向いてクルスト博士、そしてEXAMのデータベースやら何やらをオーガスタ研究所で漁ってみたんだ」

 

「何かあったか?」

 

 ユウの言葉にアルフは無言で自分の上着のポケットへ手を突っ込む。

 

「残っていた」

 

 アルフがそのポケットから相当古い、所々黄ばんでいる小さな手記らしきものを取り出した。

 

「クルスト博士のメモだ」

 

「へぇ……」

 

 サマナがポテトチップスを食べながら、しげしげとそのメモ帳を眺める。

 

「サマナ、少しくれないか?」

 

 そのポテトチップスを物欲しそうにアルフが見つめる。

 

「そこまで腹が減っているんですか?」

 

「今日は忙がしくてな」

 

 再び自分の腹の辺りに手をやるアルフ。

 

「朝から何も食っていない」

 

 それを聞いたサマナはポテトチップスをその袋ごとアルフへ渡す。

 

「すまんな、サマナ」

 

「あのな、アルフ……」

 

「分かっているよ、ユウ」

 

 アルフが乱暴に何枚かのチップスを口へ放り込みながら、メモをペラペラとめくってみせる。

 

「断片的ながら、モルモット・プロジェクトの事が記録されていたよ」

 

「そいつだ、アルフさんよ」

 

 フィリップが真剣な面持ちでアルフを見やる。ユウとサマナも少し顔に緊張の色を見せた。

 

「話してくれ」

 

 強い口調で話を促すユウへアルフはすぐには答えない、無言でいる。

 

「モルモット・プロジェクト、そしてラプラスタイプの事をな」

 

 無言のアルフをあえて無視してユウは話を続ける。しばらくアルフは黙っていたが、一つ顔を頷かせた後にその口を開く。

 

「せっかく、一年戦争時の旧モルモット隊のメンバーがそろっていることだしな」

 

(ん?)

 

 ユウはそのアルフの言葉の中で「旧モルモット隊」という部分の所に妙な力を入っていたような気がした。

 

「どうした、ユウ?」

 

「いや、何でもない」

 

 そう言いながら、ユウは菓子を口にほおりこむ。

 

「続けてくれ、アルフ」

 

「ダイクンとクルストはジオンの独立運動のかたわらで、ある孤児院の形式上の責任者でもあったらしいんだが……」

 

 アルフが話をしている最中にフィリップが立ち上がり、冷凍庫へ手を伸ばす。

 

「話を聞けよ、フィリップ……」

 

「せっかくだ」

 

 話の腰を折るフィリップに呆れたような声を出すのを尻目に、そのフィリップは冷凍庫から食べ物を取り出す。

 

「晩飯を取りながら話そうじゃねえか?」

 

「あー……」

 

 ムシャムシャとチップスを食べているアルフがユウ達を見渡しながら軽く声を上げた。

 

「すまない、アルフ」

 

「話を続けるぞ……」

 

 一口コップの水を飲んでから、アルフが再び話を再開する。

 

「その孤児院にミュータントがいたんだよ」

 

「化け物ね……」

 

 フィリップが取り出した大きな冷凍ピザをレンジに入れながそう呟く。

 

「ちょっと、フィリップさん……」

 

 サマナがちらりとユウに視線を向けながら、咎めるような声をフィリップにかけた。

 

「そうだった……」

 

 フィリップはピザを温めながら、ユウへ軽く頭を下げる。

 

「お前もクルスト博士の孤児院にいたらしいんだったな……」

 

「大丈夫だよ、フィリップ」

 

 ユウの苦笑いのような笑顔に対して、フィリップがバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「クルストからその事を聞いたダイクンは彼らをラプラスタイプ、と名付けた」

 

「ラプラスタイプ……」

 

 ユウはあたかも自分の脳裏に刻みつけるかのように、何度かそのラプラスタイプという単語を口の中で反芻をするように呟いた。

 

「最初のラプラスタイプはあのニムバスだった」

 

「あの騎士様か……」

 

 フィリップが温まったピザをレンジから取り出しながらそう口ごもる。

 

「あいつはいわゆるニュータイプ的な能力とやらは無かったが」

 

「ニュータイプ殲滅用OSであるEXAM搭載機に乗れたからな……」

 

 ユウの言葉に対して頷きながら、アルフがメモの1ページを開いてユウ達へ見せた。

 

「人間の限界を超えた、驚異的な外部からの刺激に対する耐性能力」

 

 テーブルヘ置かれたメモのその開かれたページをアルフは指でなぞる。

 

「それがファースト・ラプラスであるニムバスの特徴だ」

 

「スーパーマンか」

 

「内臓や代謝面、それのスーパーマンなんだろうな」

 

 湯気を立てているピザを眺めながら呟いたフィリップへ、アルフが自分の身体の心臓を指差したり皮膚を引っ張ったりしながらそう答えた。

 

「幼いとき、ニムバスは誤って致死量の毒物を飲んでしまった事があったらしい」

 

 ユウ達は黙ってアルフの言葉を聞いている。一際大きな音声がテレビから流れた。そのニュースでは今後のエゥーゴの方針の予測について著名な有識者が得意気に語っていた。

 

「だが、ニムバスは数日入院しただけで快方へ向かった」

 

 ニュースを無視してアルフが淡々とした口調でユウ達へ説明を続ける。

 

「普通の人間ならばどうなってた?」

 

「半身不随ですめば良い方だ」

 

 そのアルフの言葉に、ユウ達はため息とも感嘆とも取れない声をそれぞれの口から漏らす。

 

「タフすぎてそんはないな……」

 

 サマナのこぼした呟きにユウ達が肩を竦めながら同意をする。

 

「EXAMに対する適応能力や強化人間処置につきものの副作用の克服も、その生まれつきの能力に依るところが大きいかもしれんな」

 

「なるほどね……」

 

 ユウが呻くように呟きながら、飲んでいたドリンクを飲み干す。もう片方の手で二本目のニュータイプドリンクに手を伸ばす。

 

「ハマッているのか? そのジュース?」

 

「クセになる味だ」

 

「あのムラサメ研が作った奴だぞ……?」

 

 渋い顔をするアルフへユウはニヤリと笑う。

 

「次に見つかったラプラスタイプはユウだが……」

 

 ドリンクを旨そうに飲んでいるユウへアルフが視線を向ける。

 

「その話しは最後にしよう」

 

「何でだよ……?」

 

 先程からピザを眺めて続けているフィリップが不満げな声を上げる。

 

「先にこっちの話をした方が収まりが良い」

 

 そう言いながら、アルフがピザへ目を向ける。

 

「食べないのか?」

 

「お前さんのメシが来てからにする」

 

「冷めるぞ?」

 

「冷めたピザも旨いもんだ」

 

「変な奴だな……」

 

 そのフィリップに唇の端を持ち上げるような笑みを浮かべながら、アルフはモルモット・プロジェクトの話へ戻る。

 

「ユウの次、三番目のラプラスタイプの名前は記録されていない」

 

「博士が書いていない?」

 

「と、言うよりもな、サマナ……」

 

 首を傾げながら、アルフが自分の顎の辺りを軽く指でこすった。

 

「そのラプラスタイプの名前だけがメモからすっぽり抜けている」

 

「へえ……」

 

 そう言いながら、ユウはクルストのメモへ目を向ける。クルスト博士独自の暗号も含まれているのだろう、メモには一目見ただけでは判別出来ない文字を使っている箇所もある。

 

「そいつの名前の部分のページが破られているみたいだな、アルフ」

 

「文の前後の繋がりが不自然だろう?」

 

「電子のデータの方も?」

 

 そう訊ねるユウへアルフが軽く頷いた。

 

「何者かが名前から経歴まで、相当に改ざんをしてくれた形跡があるよ」

 

「ハッキングかい……」

 

 フィリップの呟きにアルフは再び頷いてみせる。

 

「解っていることは」

 

 テレビのニュースでは一見難解そうに見えるが、あまり実の無さそうな討論をやっている。サマナが気を利かせてテレビのポリュームを下げた。

 

「頭脳面での超人であった事だ」

 

 視線でサマナへ礼を言いながら、アルフはメモのページをめくる。

 

「3、4歳の頃に、好んで難解な聖書等の神学に関する本を好んで読んでいたらしいからな」

 

「天才児か……」

 

「洞察力や直感力も優れていた」

 

 そう言って、アルフがニヤリと笑った。

 

「今風で言うと、いわゆるニュータイプ的な勘と言う奴だ」

 

「ふぅん……」

 

 ユウは何か頭にひっかかる物を感じながらも、アルフへ話を促そうとする。

 

「その他には何かないか?」

 

「主だった情報は無い、な……」

 

 アルフがそのラプラスタイプの事が書いてあるらしいメモの文字の最後の部分まで指を走らせてから小さく呟いた。

 

「今、どこで何をしているかとかは?」

 

「さっき、俺は言っただろうに?」

 

「そうだったな……」

 

「記録が何者かに消されたと」

 

 個室のドアのベルが鳴った。

 

「食事よ」

 

 通信士であるミーリが小さいワゴンを押しながら部屋へ入ってくる。彼女がアルフの食事を作る手伝いをしていたようだ。

 

「夕飯がパンか……」

 

「悪い? アルフさん?」

 

「全然」

 

 アルフは惣菜パンとともにテーブルヘ並べられるスープなどを見ながら首を振る。

 

「多いな……」

 

「ユウ隊長達の分もあるから」

 

「気が利くな?」

 

「隊長たちはこういう事にルーズだからね」

 

「適当に食っている事が多いからな……」

 

 そのユウのぼやきに微かに笑うミーリ。彼女はアルフの方へ心持ちに多めや食事を置いたあと、ユウ達の前へ食事のトレーを置きはじめる。

 

「すいません、気を使わせて」

 

サマナが律儀にミーリへ頭を下げた。

 

「食べてないんでしょう?」

 

「戦争が終わったというのに、ティターンズは全然時間に余裕を持たせてくれない……」

 

 サマナが疲れたような顔をミーリへ見せる。

 

「うちの食べ物は久しぶりでしょう? サマナさん?」

 

「よく味わっていただきますよ、ミーリ通信士」

 

 目の前に置かれたパンにサマナが嬉しそうな表情を見せる。

 

「俺の作るパンよりも旨いからな、ミーリちゃんの作る奴は」

 

「この年でちゃん付けはないでしょうにね……」

 

「何歳だっけな? ミーリちゃんの歳は?」

 

「うるさい、バカ」

 

 ミーリはむっとした顔をフィリップへ見せながらも、丁寧に食事を並べ終えた。

 

「物足りなくなっても、食堂が空いているのはあと一時間位よ」

 

「時間に厳しくなったな? ストゥラートは?」

 

「今は連邦のどこの部隊もティターンズと一緒にピリピリしている時だから」

 

「ネオ・ジオンの小惑星アクシズが変な動きを見せているからな」

 

「そういうこと」

 

 ユウへ微笑みながら、ミーリは空のワゴンを押して部屋から出ていこうとする。

 

「ああ、それと……」

 

 閉まるドアを軽く手で押さえて、ミーリはドアから顔を覗かせる。

 

「明日の早朝に艦長達と会議があるわ」

 

「大丈夫、わかっているよ」

 

「夜更かししないように」

 

 軽くウインクをしてから、ミーリはドアから顔を引いた。

 

「良い子だな」

 

「30過ぎの女で良い子はないだろうに……」

 

 フィリップがパンへ手を伸ばしながら、アルフに顔をしかめてみせる。

 

「嫁さんにどうだ? フィリップ?」

 

「顔が好みのタイプではないんだよ……」

 

「モーリンの方が良かったか?」

 

「いつの頃の話だよ、アルフ」

 

 そう言いながらパンの味を噛み締めているフィリップ。パンの歯ごたえや焼き上がり具合を確かめているようだ。食べながらトレーの上の残りのパンへじっと観察するように眺めている。

 

「パンの技を盗もうとしているのですか?」

 

「こういう時くらいしか、パンの腕を上げる機会がない」

 

「食べただけで上げるもんではないでしょうに……」

 

 からかうようなサマナの言葉に笑っているのだか怒っているのだかわからない顔をフィリップは向ける。

 

「戦争には飽きたな……」

 

「もうすぐ本当に終わるさ、フィリップ」

 

「ああ……」

 

「ミーリを嫁さんにもらって、パン屋を開いたら俺に割り引きをしてくれよ」

 

「だから、彼女は顔がまずいって……」

 

 ユウ達は話を中断して、軽い夕食を取り始めた。

 

「いよいよ、ユウの事だ」

 

 食べ納めに冷えたピザを口へ運びながら、アルフは顔を引き締めながら言う。

 

「これまた、記録がほとんど残っていない」

 

「ここまでもったいつけて、それはないだろう……」

 

 その言葉を聞いたユウはムラサメドリンクを飲みながら不愉快げに眉をひそめる。そのユウへ対して口を拭いながら真剣な視線を向けるアルフ。

 

「俺の見た限りな……」

 

 片手に缶コーヒーをもてあそびながら、アルフが冷静な口調で話す。

 

「最初からクルスト博士が詳しく書いていない可能性が高いように見えた」

 

「何でそうと言える?」

 

「書くのが畏れ多いと思ったからかもしれん」

 

「……」

 

 その言葉にユウ達は無言でいる。フィリップが唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「解っていることは」

 

 アルフの眼鏡が鋭く光る。

 

「肉体的、頭脳的、そして精神的にも」

 

 テレビの番組はニュースからアニメへと変わったようだ。陽気なテーマソングが聴こえてくる。

 

「ニムバスや二番目に言った名称不明なラプラスタイプをはるかに超えた、まさしく人知を超えた人間、存在であったということだ」

 

「神……?」

 

 サマナがうめくように呟く。

 

「地球を守る正義のニュータイプヒーロー!! 彼こそが……」

 

 音量を下げたテレビからアニメ「ガンダム・ヒーローズ」の再放送が流れている。

 

「彼を見て、ジオン・ズム・ダイクンはニュータイプの存在を確信したらしいな」

 

「ニュータイプ?」

 

 ユウがアルフの言葉に口を挟む。

 

「ラプラスではなくニュー?」

 

「ある時、弟のダイクン、ジオン・ズム・ダイクンがクルスト博士に言ったらしいんだ」

 

 缶コーヒーの蓋をあけながら、アルフがクルストのメモをめくる。

 

「改名した方が良いだろうと」

 

「何故?」

 

「ラプラスだと、連邦の奴らの注目を集め過ぎるとか何とか……」

 

「ふむ……」

 

 今一つよく解らない理由にユウはムラサメドリンクを飲む手を止めて、ため息のような声を出した。

 

「まあ、言いにくい名前なのは確かだがねぇ……」

 

 フィリップがそうぼんやりとした口調で呟く。

 

「その特殊な能力を持った子供達の観察、それがクルスト博士のモルモット・プロジェクトだよ」

 

 締めくくるような感じの声でアルフはそう静かに言い放った。

 

「子供をモルモットにか……」

 

 フィリップが最後に残っているピザの切れ端を指でつつきながら言う。微かにその顔に不快感が表れている。

 

「博士の孤児院経営が慈善の心からではないのは確かだろうな」

 

「クルストさんは科学バカの面があったみてえだからねぇ……」

 

「子供達に酷い扱いこそしなかったものの、愛情は無かったようだ」

 

 そのアルフの言葉にユウの脳裏にエグザム・システムを巡っていた時の戦いの記憶が浮かび上がってきた。

 

「だから、ニムバスはクルスト博士を殺すことが出来た?」

 

 ユウのその言葉にアルフは意表をつかれたような顔をする。何かを納得したようにアルフは何回か強く頷く。

 

「あいつは博士を嫌っていたのかもしれんな」

 

 アルフも当時の事を思い出しているようだ。コーヒーをちびちびと飲みながら微かに遠い目をしている。

 

「ただ」

 

「何だ? アルフ?」

 

「ユウだけは可愛がったようだな」

 

 複雑な表情をしながらも、ユウは視線で話の続きを促そうとアルフを見つめた。

 

「その超人っぷりを愛したのかもな」

 

「そのスーパーマン・ユウの弟へは?」

 

「どうもな……」

 

「冷たかったか?」

 

「そいつには性格に難があったらしい」

 

 アルフがメモをパラパラとめくり戻しながら、あるページをユウ達の前へ置く。

 

「幼い頃から、他人を見下す癖か……」

 

 クルスト博士のぼやきともとれる一文がそのページには書きなぐられていた。

 

「当てはまるんだよなあ……」

 

 ユウがある男の顔を思い浮かべながら、誰にも聞こえないように口の中で小さく呟く。

 

「誰かさんみたいですね、ユウ」

 

「うあぅ!?」

 

 突然話しかけてきたサマナへユウがうわずった声を出した。

 

「そ、そうだな、サマナ」

 

「はあ?」

 

 サマナがユウのその変な反応に怪訝そうな声を出す。

 

「僕は誰だとは言ってませんよ?」

 

「あ、ああ、すまない」

 

 自分を落ち着かせるようにユウはムラサメドリンクを口にする。

 

「考え事をしていたんだよ、サマナ」

 

「アルフさんが真面目な話をしているんですよ? ユウさん?」

 

「わかってる、わかっているよ……」 

 

 慌てた素振りを見せるユウへサマナとアルフが少し冷たい目を向ける。フィリップだけはユウの方へ目を向けない。何か考え事をしているようだ。

 

「あのよ、アルフ……」

 

 ユウの顔へちらりと目をやってからおずおずとフィリップが口を開く。

 

「そのラプラスのユウ、そして今俺達の目の前にいるユウ、その事についてなんだがね……」

 

 頬杖をついたまま、ユウの顔へ視線を向け続けるフィリップ。

 

「……」

 

 落ち着きを取り戻したユウは黙ってフィリップへ頷いてみせた。何を言おうとしているか、大体の察しがついたからだ。

 

「確かにユウはエース、そして今ではベテランの歴戦のパイロットだ」

 

 そのフィリップの言葉にアルフは無言でいる。

 

「そして、隊長としての責務もよく果たしている」

 

 そこでフィリップは一旦、息をつく。

 

「ただ……」

 

「分かっているさ」

 

 アルフはフィリップに対して、手を突きだしてその話を制する。

 

「この話だと、このユウ・カジマはあのアムロ・レイやシャア・アズナブルなんか目じゃないニュータイプって事になってしまう」

 

「そうですね」

 

 サマナがアルフの言葉に深く頷く。ユウは黙ってフィリップ達の話を聞いている。

 

「ニムバスも言っていたよ」

 

 しばしの無言の時ののち、ユウが口を開く。

 

「矛盾があると」

 

 その言葉にフィリップ達は何も答えない。テレビのアニメから流れてくる陽気な音楽だけがその部屋に響いていた。

 

 

 

 

 

「一応、最後に聞きたい事もあるな」

 

 別のアニメに番組が変わったテレビを眺めながら、ユウがアルフへ顔を向ける。

 

「だいたい分かるよ」

 

 アルフが眼鏡を手をかけながら、ユウに対して軽く笑った。

 

「マリオン・ウェルチだな?」

 

「彼女にも何か特殊な能力が?」

 

「いや……」

 

 アルフが頭を振った。

 

「一般的なニュータイプだったと思う」

 

「変に矛盾のある言い方だな、おい……?」

 

 そのアルフの言葉に食堂へ食べ物の片付けに行っていたフィリップが、椅子へ腰を下ろしながら笑う。

 

「ノーマルなニュータイプだって意味だ、フィリップ」

 

 フィリップのそのニヤけながらの言葉にアルフが顔をしかめながら苦笑をする。ユウから分けてもらったムラサメドリンクの蓋を開けながらアルフが口を開く。

 

「実の所、彼女にあまりラプラスタイプは関係がないと思うな……」

 

 アルフが缶のドリンクを飲みながらポツリと呟くようにそう言い放った。

 

「普通の味だな、このジュースは」

 

「珍しい感想だ」

 

 アルフが持っているドリンクを見つめながらユウがニヤリと笑った。

 

「今まで旨いか不味いかのどちらかの感想しか聞かないからな」

 

「旨いとは言ってないぞ……」

 

 そう言いながらアルフはその缶ジュースを一気に飲み干した。

 

「んで、マリオンちゃんは?」

 

 少し苛立ったようにフィリップがテーブルを指で叩きながら二人を軽く睨む。

 

「言った通りだよ」

 

 空の缶をテーブルヘ置きながらアルフが気のないような口調で言う。

 

「多分、関係はない」

 

「そうかな?」

 

 ユウの言葉にアルフは黙ってタバコをポケットから取り出しながら答える。

 

「ユウ達とは10年近いタイムラグがあるからな」

 

「ではあるがね……」

 

 そのアルフの言葉に、ユウの脳裏に死んだクルスト博士の顔が浮かんだ。

 

(はたして、クルスト博士はどういう目でマリオンを見ていたんだろうな?)

 

 以前にアルフから聞いたことがある、クルスト博士がマリオンを大事に思っていたという話を思い出しながら、生きていれば20歳は越えていると思わしき少女、いや女性の事にユウは思いを巡らせる。

 

「弟のダイクンも亡くなったし、それに……」

 

 思索にふけるユウに気づかず、アルフはその白髪が混じり始めたボサボサの頭髪へ手を差し込みながら話を続けた。

 

「クルスト博士のニュータイプへの考え方も変化した」

 

「EXAMだな?」

 

 そのフィリップの言葉にアルフがタバコへ火を付けながら頷く。

 

「クルスト博士にとっては、ラプラスタイプやニュータイプが人類の進化ではなく、人類を滅ぼすペイルライダーとしての認識になったのだろうな」

 

「ペイルライダー?」

 

 マリオンについて考えるのをやめ、再びアルフの言葉に耳を傾け始めたユウはその聞きなれない言葉に微かに首を傾げた。

 

「昔の宗教に伝わる破滅の使者ですよ」

 

 新放送のアニメを見ていたサマナがユウへこそっと耳打つように言う。

 

「博識だねぇ、サマナちゃん?」

 

「歳を取った男にちゃんはないでしょうに……」

 

 肩を竦めるサマナへフィリップがニカッと笑いかける。

 

「その他にはラプラスタイプはいなかったのか?」

 

「少なくとも、俺の知っている限りでは無い……」

 

 口から煙を漂わせながらアルフが自分の記憶を探り出すように空いた手の指を頭ヘコツコツと触れさせた。

 

「もちろん、絶対にいないとは言い切れないがね」

 

「どこかにモルモット・プロジェクトとやらの資料が転がってないかねぇ……」

 

「わからんな……」

 

 フィリップのぼやき声にアルフが軽くため息をつく。

 

「その後のモルモット・プロジェクトの記録は、全てジオンのニュータイプ研究所へ行ったらしいんだよ」

 

「元のモーゼス孤児院とやらは…… とっ」

 

 そう言いかけて、フィリップは以前にアルフが断片的ながらもこのユウ達の出身について語ってくれた時の事を思い出した。

 

「最初のコロニー落としの弾頭であるアイランド・イフィシュの中」

 

「オーストラリアの海の底だったな、アルフ」

 

 こめかみの辺りを指で掻きながら、フィリップは微かに眉間にしわをよせる。

 

「でもな、アルフ……」

 

 その場を取り持つような感じの声色でユウが口を開く。

 

「クルスト博士はなんで連邦にその三人の記録だけを持ってきたんだ?」

 

「それについては俺もよくはわからんが……」

 

 あえて他人事のように「三人」と強調したユウのその言葉にアルフは触れない。さりげなくユウへ無言の優しさを見せるアルフは二本目のタバコに火を付け始めた。

 

「ただ、その三人がラプラスタイプの中でずば抜けていたのは確かだと思う」

 

「ずば抜けたニュータイプね……」

 

 サマナがぼんやりとアニメを眺めながら答える。

 

「生きていたか!! ギレン・ザビ!!」

 

「この私の新組織、暗黒ディザスターエゥーゴはジオン帝国の何百倍もの強さなのだ!! アムロ・レイ!!」

 

 アニメにティターンズカラーの主人公の新型ガンダムが登場する。

 

「いつアムロ・レイがティターンズに入ったんだよ……」

 

 額からMの形をした謎の怪光線を放つギレン・ザビを見ながらユウが苦笑をする。

 

「一年戦争の英雄が敵になったらマズイでしょ……」

 

 ユウへ笑いながら、サマナは結構に真剣な目で新アニメを見ている。

 

「モビルスーツ考察は意外とよく出来ているな……」

 

 Zガンダムがモチーフと思われる、全身漆黒の塗装をしていて鬼のような顔をした敵の幹部をアムロ・レイが改心の説得をしているシーンがテレビから流される。

 

「それにしても……」

 

 横目でテレビを見ながら、ユウがぽそりと呟いた。

 

「ザビ家はクルスト博士をよく使ったな……」

 

「側近のデギン・ゾド・ザビがダイクンを暗殺したって噂もあったくらいだけどなぁ」

 

 ユウの呟いた言葉にフィリップも同意をする。

 

「ザビ家によるダイクン派の弾圧があったのは有名ですよね……」

 

 サマナもアニメを見ながらその二人の言葉に頷いてみせる。

 

「利用価値があったんだろうな、ニュータイプ兵士を作り上げる研究者としての」

 

 疑問に思っている旧モルモット隊の三人へ、アルフはタバコを灰皿へ叩きながらそう答えた。

 

「元々、ダイクンとは違ってニュータイプの存在意義うんぬんよりも、その特性のみに興味があった研究者だ」

 

「技術者気質だったってぇのは、はた目から見ても分かる人だったからねえ……」

 

 フィリップがクルスト博士の印象を思い出そうと頭を傾げながらそう呟く。

 

「結局、クルスト博士の作った」

 

 再びタバコがアルフの唇へ吸い付いた。

 

「オールドタイプが装着するように設計された対ニュータイプ用強化外骨格であるEXAM機能付きモビルスーツはな」

 

 冗談のつもりか、珍妙な言い方をしたアルフにユウ達が苦笑いをする。

 

「連邦やティターンズの強化人間の雛形になっちまったからな、全く……」

 

「クルスト博士の意思は地球の人間に引き継がれたっとね……」

 

 ため息混じりに呟いたアルフにフィリップが皮肉げに口の端を歪めながらそう言った。

 

「ユウ!!」

 

 突然サマナが大声を出した。

 

「何だ!?」

 

「ユウとブループラウスがこのアニメに出てますよ!!」

 

「何だと!?」

 

 急いでユウがテレビへ顔を向けた。

 

「俺がハンサムに描かれているな!! 何という事だ!!」

 

「どこでどうモルモット隊の事が伝わったんでしょうね……!!」

 

 テレビへ釘付けになった良い大人の男二人をフィリップ達が呆れたように見やる。

 

「なあ、アルフ」

 

「言うなよ、フィリップ」

 

 指にタバコを挟みながらアルフが軽く首を振った。

 

「これのどこが神のようなニュータイプなんだ? だろ?」

 

「普通の大人以下、だぞ?」

 

「フフ……」

 

 そう言いながらも、アルフとフィリップはお互いの顔を見合せてどこか安心したような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、最後に」

 

「何だ? アルフ?」

 

「一つ思い出した」

 

 ストゥラートの通路を歩きながら、アルフが隣のユウへ語りかけた。

 

「マリオン・ウェルチだかな……」

 

「何か思い出したか?」

 

「クルスト博士が言っていたことがあった」

 

 艦内の消灯時間を気にしながら、アルフが少し早口にユウへ喋る。

 

「マリオンがね」

 

「ん……」

 

「自分の消えた娘に似ていたと」

 

「だから、マリオンを可愛がった?」

 

「かもな……」

 

 その言葉にユウは微かに眉間にしわを寄せる。

 

「消えたって事はなんだ?」

 

「博士が確かにそういう言い方をしたんだ」

 

「家出とか行方不明とか……」

 

「知らん」

 

 艦内の灯りが消え始める。消灯時間のようだ。

 

「博士がポツリと言った事を思い出しただけだよ」

 

「かえって余計に話が複雑になっただけだな……」

 

「悪いな、ユウ」

 

 その言葉に静かに首を振るユウ。通路の分かれ道に差し掛かった。

 

「おやすみ、アルフ……」

 

「俺にはもう一仕事が残っているんだがね……」

 

「気の毒に」

 

「給料は良いんだが……」

 

 ブツブツ言いながら去っていくアルフを見送りながら、ユウは常夜灯に切り替わった通路を早足で歩く。静かな音が艦内に響いた。


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