夕暁のユウ   作:早起き三文

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第39話 未来を見る騎士と過去を見る兵士

「連邦側が解放する捕虜はこれで全て」

 

「そうだな……」

 

 ネオ・ジオンの軽巡洋艦「ムサカ」のハンガーデッキでユウ達の身元を引き取りにきたサマナとネオ・ジオンの士官が書類に目を落としたまま話を続ける。

 

「ユウ・カジマ中佐たちは?」

 

「あそこにいるよ」

 

 ネオ・ジオンの士官は無重力状態のハンガーデッキに備えつけられてある身体の固定用マグネットへから身を離して、デッキの上部へ張り出ているブロックを指差す。

 

「あそこのモニターから私達を見ているかもしれないな」

 

「呑気なもんだ……」

 

 サマナは軽く愚痴めいた口調でそう言いながら、連邦側の宇宙艦「ストゥラート」から運ばれてくる貨物に目を移す。

 

「彼らは形式上はまだこちらの捕虜だ」

 

 その女性士官はそう言いながら、皮肉めいた笑みをサマナへ向ける。

 

「我々を手伝う義務はない」

 

「忙しいのにな」

 

「知り合いならば、後で文句でも言ってやるといい」

 

「そうしましょうかね……」

 

 不満げにそう呟きながらサマナは、物資搬入の手続きのために担当者の元へ宙を泳いで行った。

 

 

 

 

 

「よくあったな、このジュース」

 

 ユウがムラサメ・ニュータイプドリンクを飲みながら、傍らで椅子に座りながら大判の本を読んでいるニムバスへ語りかける。

 

「鹵獲した物資に入っていたらしいんだが」

 

 本から目を離さずにニムバスがユウへ答える。

 

「最近よく飲んでいたんだよ、俺は」

 

「よく飲めるな、ユウ……」

 

「嫌いか? このジュース?」

 

「味の調整が無いバリウムの方が旨いとすら感じるな、私は」

 

「損をしているよ、お前は……」

 

「損で結構だ」

 

 にべもなく言うニムバスへ肩を竦めながら、ユウはハンガーデッキへと目を移す。

 

「ブループラウスも返してくれるのか?」

 

 ユウはハンガーで忙しそうに働いているサマナ達を眺めながらニムバスへそう語りかける。モニタールームの四方を囲む壁に備えつけられたモニターがハンガー内の映像をガラス張りの窓のように映し出す。

 

「持っていても仕方がないとハマーンが言っていたよ」

 

 ニムバスは集中して本を読んでいたせいか、少し疲れたような声でユウへそう答える。

 

「マリオン・システムはな……」

 

「うん?」

 

 ニムバスはユウへ話しかけながら読んでいた本を畳む。少し伸びをしてから、静かに椅子から立ち上がる。

 

「所詮はニュータイプに成りかけている人間の補助装置に過ぎないんだ」

 

 ニムバスが新しく使い始めたらしい、外見からは全く普通の脚と見分けがつかない義足でムサカのハンガーの床を軽く叩くように踏みながら話を続ける。

 

「どうもマリオンはパイロットがある程度のニュータイプ能力とやらに近づいてしまうとかえって邪魔になるんだ」

 

「へえ……」

 

 ユウはハンガーに立っているストゥラートへ格納される予定のマリオン・システム搭載機「ブループラウス」の姿を眺めながらニムバスへ返事を返した。

 

「強力なニュータイプだと、その機能を発揮しない……?」

 

「何回かマリオン搭載のサイコ・ウルフをハマーンが使ってくれて実証してくれたよ」

 

 ストゥラートから連結レーンを伝わってコンテナがムサカのハンガー内無重力ブロックへ流れてくる。その光景を見ながらニムバスが苦笑混じりの声でユウへそう言った。

 

「かとか言って、全くニュータイプの素質が無い人間にも作動しないんだよ、ユウ」

 

 ムサカの艦内へ連邦からの取引として譲られた物資のコンテナがハンガーへ接地する。振動が艦を伝ってユウ達が立っている辺りまで響く。

 

「ニュータイプ用のバイオセンサーが元のシステムらしいからな、マリオンは」

 

「ってえ、ことは……」

 

 ハンバーガーを食べながら艦外部のモニターを通して自分達の母艦であるストゥラートの外観を眺めていたフィリップが話に入ってくる。

 

「マリオン・システムはニュータイプの試験紙に出来るって事か?」

 

 そのフィリップの言葉にニムバスが少し驚いたような顔を見せる。

 

「そういう考えも出来るか……」

 

「個人差もあるかもしれねぇがねぇ、ニムバスちゃん?」

 

「かもな」

 

 フィリップの「ちゃん」付にニムバスは怒った様子は無い。ニムバスはそのままぼんやりとハンガーデッキの様子を見る。ハンガーを見た限りでは、艦同士の荷運びはまだまだ終りそうに無いように見えた。

 

「私は未だにマリオンを使っているよ」

 

「シャアとかに並ぶ強化人間なのにか?」

 

「不思議と私とは相性が良いらしい」

 

「特別な強化人間らしいからな、お前は」

 

「だれがそんな事を?」

 

「シャアとハマーンが言っていたよ」

 

 そのユウの言葉にニムバスは軽く笑い声を上げる。

 

「過大評価だよ、過大評価……」

 

 その言葉と共に、もうすぐ三十の半ばを過ぎようとしている歳にもなろうとするニムバスはその年に似合わない無邪気そうな笑みをその顔に浮かべた。

 

「ところでさ……」

 

 ハンバーガーにかぶりついたままのフィリップが、その口をもごもごさせながらニムバスへ訊ねる。

 

「貴族な主義、そうその貴族主義とやらは一体全体何なんだい? ニムバスさんよ?」

 

 フィリップがそのバーガーの残りを頬張りながら、にやにやとした笑いをニムバスへ向けた。

 

「そうだな……」

 

 そう言いながらニムバスはその顔を少し上げる。どう言うべきかを考えているようだ。

 

「王道と騎士道を主軸にした統治方法を説く思想だよ……」

 

「まるで時代劇じゃねえか……」

 

 フィリップが呆れたような顔をしながら、ユウの方へ顔を向けた。

 

「そう思わねえか、ユウ?」

 

「ジオンの騎士、だからな」

 

 ユウもフィリップに調子を合わせるように苦笑する。その二人の笑いに対して肩を竦めてみせるニムバス。

 

「騎士たるものはな……」

 

 ニムバスが片腕に抱えている本を重たそうにもう片方の手で自分の頭の辺りまで持ち上げる。

 

「教養も必要だ」

 

「本気と言えば本気なんだな」

 

 ユウがその本の「君主機関説」という題名を読み上げながら微笑んだ。

 

「お前のその入れ込みようを見る限りは」

 

 難解そうな題名の本をしげしげと見つめながら、少し感心したように呟くユウ。

 

「EXAMもマリオンも、そしてあるいはニュータイプの概念も過去の物になりつつある私にとってはな」

 

 ニムバスがそう言いながら本を下ろす。下ろした分厚い本の表紙をニムバスは軽く手で叩いた。

 

「騎士ニムバスとして生きるのも悪くはないと思っている」

 

「ロマンチストになっちまったなぁ……」

 

 脇のコーラに口を付けながら、フィリップが不思議な物を見るような目でニムバスを眺めた。

 

「でもな、ニムバス」

 

「何だ?」

 

「ジオンの騎士、というのはどういう意味合いで名乗り始めたんだ?」

 

 そのユウの言葉に少し考えながら、ニムバスは口を開く。

 

「自分を鼓舞するためだろうな……」

 

「奮い立たせる為……」

 

 ユウが呟いたその言葉にニムバスが軽く頷く。

 

「孤児であった私は、自分の力でモビルスーツの腕を磨いてきたからな」

 

「向上心の維持か……」

 

「何事にも、常に壁を設定していた」

 

「ニュータイプもそうかな?」

 

「まあな」

 

 その言葉にニムバスは少し遠い目をした。

 

「だからここまで強くなったのかもな、お前は」

 

 そのユウの言葉にニムバスは少し照れたような顔をした。

 

「だがな、ユウ」

 

 ニムバスは真剣な顔でユウの顔をじっと見つめる。

 

「私はもっと上を目指したい」

 

「だから、ブッホなんとかと言う会社の貴族主義か?」

 

「騎士になる、ということを新しい目標にするならば」

 

 パラパラとニムバスが自分の抱えている本のページをめくる。

 

「やはり、教養も必要なのだろうと思う」

 

 再びニムバスは先程の言葉を繰り返した。

 

「今の自分に満足が出来ないか? ニムバス?」

 

「私は目標を立てないといけない」

 

 そう言って、ニムバスはユウの顔から目を離し、ハンガーデッキにちらりと目をやった。

 

「でないと」

 

「でないと、何だ?」

 

「何も中身が無い……」

 

 ニムバスが少し寂しそうに笑う。

 

「脆弱な自我の人間だからだよ、私はね」

 

「へえ……」

 

 その少し自嘲げなニムバスの言葉にユウが意外そうな顔をする。

 

「俺と同じか?」

 

「以前に私に言われた事を根に持っているな? ユウ?」

 

「当たり前だ」

 

 そのユウの言葉にニムバスではなく、フィリップの方が笑い声を上げた。ユウもつられるように笑みを顔に浮かべる。

 

「努力で修めた力だな、ニムバス」

 

「そうともさ」

 

 悪びれる風もなく堂々とした口調でユウへ答えるニムバス。

 

「しかしな、ユウ」

 

「しかし、何だ?」

 

「私の場合は……」

 

 ハンガーデッキに鎮座させられている、最後に貨物として運ばれる予定のモビルスーツ達の姿を眺めながら、ニムバスが苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

「生まれつきの才能と言う面もあるだろうな」

 

「言ってくれるねぇ、騎士様……」

 

 手に付いたハンバーガーのソースを舐めながら、フィリップが少し皮肉げに口笛を吹く。

 

「才能。ね……」

 

「ああ、そうだ」

 

「……」

 

 ユウは軽く自分の頬を人差し指で掻きながら、ニムバスの顔をじっと見つめる。

 

「どうした、ユウ?」

 

 怪訝そうにユウの顔を見やるニムバス。

 

「今後、お前と会う機会はあるだろうか?」

 

「戦場以外でか?」

 

「ああ」

 

 その言葉の真意を確かめるようにユウの顔の額の辺りを実として見つめるニムバス。

 

「ないだろうな」

 

「言い切ったな、ニムバス」

 

「だから」

 

 ユウはニムバスのその声に少し力が入ったように感じた。

 

「聞きたい事があったら、今の内に私に聞いておけ、ユウ・カジマ」

 

「そうか……」

 

 そのニムバスの言葉にユウは気になっていたことを訊ねようと、思い切ってその口を開く。

 

「俺と同じ孤児院の出身だってな? ニムバス?」

 

 そのユウの言葉にニムバスは表情を変えない。フィリップも無言のまま二人を眺める。しばしの間、沈黙の間がモニタールームに訪れた。

 

「知っていたか」

 

「アルフから聞いたよ」

 

「クルストの孤児院の事は?」

 

「それもアルフから聞いた」

 

「そうか……」

 

 そう呟いたきりニムバスはしばらくの間無言でいる。ニムバスの目はモニタールームに飾られた地球の風景画に注がれている。

 

「まあ、私達ラプラスタイプと言えども、完全な超人とまでは言い切れないからな」

 

「ん?」

 

「だから、自分で出来る事をやるしか……」

 

「ちょっと待て、ニムバス」

 

 ユウが慌ててニムバスの言葉を遮る。

 

「ラプラスタイプ?」

 

 そのユウの言葉にニムバスは怪訝そうな顔をした。

 

「アルフから聞いただろう?」

 

「何の事だ、それは?」

 

 ユウのその返事にニムバスの眉が軽くしかめられる。

 

「モルモット・プロジェクトの事は?」

 

「初耳だよ」

 

 ユウの声が心なしか不安そうな調子を帯びる。

 

「そんな名前のプロジェクトは」

 

「アルフめ……」

 

 ニムバスが腕を組んで、唸るような声を上げた。そのニムバスの様子を見て、ユウはある程度の事の察しがついた。

 

「アルフが俺達に話して無いことがあるのだな?」

 

「そのようだな……」

 

 その言葉を吐き捨てるように言った後、苦々しげな口調でニムバスは話を続ける。

 

「特にユウ、お前の事はな……」

 

 そのニムバスの言葉にユウの片方の眉が軽く上げられる。

 

「俺がそのラプラスタイプとやらと何とかプロジェクトに関係が?」

 

「大いにある」

 

 強くその言葉を言い放つニムバス。

 

「後でアルフに聞いてみるがいい」

 

「ああ……」

 

 ユウは首を傾げながらニムバスへ頷いてみせた。

 

「もっとも……」

 

 ニムバスが微かにため息をつきながら、絞り出すように言葉を発する。

 

「アルフが全てを知っているという事は、まずないだろう」

 

 その言葉にユウ、そしてフィリップも眉をひそめた。

 

「なぜそう言い切れる?」

 

「内容に矛盾があるからだよ」

 

「矛盾?」

 

「主にお前の事だ、ユウ」

 

「……」

 

ドゥ……

 

 ハンガーから大きな振動が響いて来た。何かトラブルがあったようだ。サマナ達が何か怒鳴りあっている声が聞こえた。

 

「アルフに聞いてみるよ、ニムバス」

 

「それが良い」

 

「ニムバス」

 

 モニター室から立ち去ろうとしたニムバスをユウが呼び止める。

 

「何だ? ユウ?」

 

「やはり、俺達は雌雄とやらを決しないといけないか?」

 

 ニムバスはユウ達に背を向けたまま、しばらく無言でいる。ユウが続けて何かを言おうとしたとき、ニムバスが口を開いた。

 

「人生のけじめだよ、一種のな」

 

「お前は俺が憎いか? ニムバス?」

 

「憎くはない」

 

 ニムバスはユウへ振り向かない。

 

「信頼をしている」

 

「……」

 

 ユウはニムバスの言葉を耳へ入れながら、その背中に隠れて見えないニムバスの表情を読み取ろうとするように彼の背へ視線を注ぎ続ける。

 

「アムロ・レイとクワトロ……」

 

 ハンガーデッキでモビルスーツの運搬が始まったようだ。振動がモニター室まで伝わる。

 

「もとい、シャア・アズナブルとの関係くらいにはな、お前を信じている」

 

 どこか自分を納得させるように発せられたニムバスのその言葉にユウは軽くため息をつく。

 

「俺は出来れば、お前とは戦う事を避けたい」

 

「何故?」

 

 素っ気なくニムバスはそう返事を返した。

 

「戦う理由など……」

 

「アムロ・レイもシャアに対してそう言うだろうな」

 

 ニムバスが軽く肩を竦める。

 

「だか、それはな……」

 

「……」

 

「勝った側の人間が持つ理屈と気持ちなんだよ、ユウ」

 

「執念や憎しみとかではない感情の次元か……」

 

 ユウはニムバスの後頭部がその自分の言葉に対して、あたかも返事をするように前へかがんだように見えた。

 

「ケリ、そう言うのが一番しっくり来るだろう」

 

 最後にニムバスはユウに対してそう言い放った。ニムバスはそのままユウ達を振り返らずにハンガーを見渡すモニタールームから足音高く出ていく。

 

「騎士様、ニムバスか……」

 

 フィリップがガムを口へほおりこみながら、少し険しい声で呟く。

 

「ニムバスの旦那が騎士とやらの道を進むには……」

 

「俺を越えなくてはならない……」

 

 そう言いながら、憂鬱そうな顔でいるユウへフィリップがニカッと笑った。

 

「大変だな、色男……」

 

「胃痛のタネがまた増えた……」

 

「ハハッ……」

 

 ユウは無責任に笑うフィリップを恨めしそうな顔で睨み付ける。

 

「夢か……」

 

 フィリップが少し羨ましそうに呟く。

 

「俺も早くパン屋を開きてぇな……」

 

「みんな、夢があるんだな」

 

 フィリップのその言葉を耳へ流し入れながら、ユウはフィリップに聴こえないような小声でひそかに呟く。

 

「俺には過去も未来も……」

 

 ユウの視線が漆黒の宇宙へ注がれる。

 

「そう、夢も持っていない……」

 

 ユウのその呻きにも似た呟きは、捕虜交換の手続きが終了したとスピーカーから響いてきた巡洋艦ムサカの士官の声でかき消された。


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