「居心地はどうだ? ユウ?」
「悪くはない」
ネオ・ジオンの弩級戦艦「グワダン」の一室に監禁されているユウは、読んでいた本にしおりを挟んでからきちんと畳み、ニムバスから食事を受け取る。
「シャアは俺を嫌っていたはずだがね……」
「私が知るもんかよ、ユウ」
ニムバスは雑風景なその部屋をぐるりと見渡してから、フィリップとカツへもランチプレートを渡していく。
「サラちゃんとシドレちゃんは大丈夫か?」
ニムバスから食事を受け取りながら、フィリップがそう訊ねる。
「隣の部屋へほおりこんであるよ」
「食事は?」
「ローベリアの奴が世話をしている」
そう言いながら、ニムバスはユウが先程まで読んでいた本へ目を向ける。
「興味があるか? ユウ?」
「別に……」
ベッドの上へ無造作に放り投げられた本へちらりと目を向けた後、ユウは受け取った食事を食べ始める。
「宇宙世紀の騎士道、ねぇ……」
ユウが読んでいたその本のタイトルを見て、フィリップが少し呆れたように呟いた。
「私が読んだ後の古本だよ」
「退屈しのぎに本を用意してくれるのは、気が利いているんだかいなんいだか……」
カツも質素な食事をしながら、読みかけの文庫本へ軽く目をやる。
「テレビとかを用意するわけには、さすがにいかないよ……」
「そりゃそうだわな……」
肩を竦めるニムバスへフィリップが気の無い返事をする。ニムバスは先程から時間を気にしているようだ。しきりに自分の腕時計を見ている。
「ユウ」
ニムバスが腕時計から映し出される時間を確かめたあと、ユウへ口を開く。
「何だ?」
「食事が終わってしばらくしたら、ローベリアがお前を迎えにくる」
「あの女が?」
ニムバスのその言葉にユウは少し首を傾げた。
「シャアが会いたいそうだ」
「もう夜中になるぞ?」
ユウは部屋の中の時計に目をやりながら少し不満げに言った。
「シャアが捕虜の都合を気にする男か?」
「俺がシャアの細かい性格を知るわけがないだろうに、ニムバス」
そのユウの言葉にニムバスがニヤッと笑う。
「忙しいんだろうな、シャアは」
「だから夜更けにか?」
その言葉に対してもニムバスは笑って答えるだけである。
「そうかいそうかい……」
投げやりにユウはため息混じりの口調で言い放った。
「一応、粗相の無いようにな」
微かに皮肉の色をその笑みに浮かべながら、ニムバスは最後に首を回してユウ達を一瞥してから部屋を出ていく。
「シャアもローベリアも……」
癖のある人工甘味料で甘味をつけられたプリンを少し顔をしかめながらユウは喉へ流し込む。
「俺の事を恨んではいるはずだな……」
「大丈夫ですかね……」
カツが不安そうな顔をする。
「かとかいってもなぁ……」
手早く食事を口へかきこんだフィリップが、読みかけの雑誌へ手を伸ばしながらカツの方へ顔を向ける。
「俺達は所詮捕虜だよ、カツ」
フィリップが何かをいう前に、ユウがそう吐き捨てるように呟いた。
「んだな……」
ユウの言葉に気だるげにフィリップはそう答えたあと、雑誌の紙面から顔を上げユウへ目をやる。
「神様へ無事を祈っておくよ、ユウ」
「そうしてくれ」
そう言いながら、ユウはあてがわれたベッドへ横たわりながら軽く目を閉じた。時間まで少し休んでおくつもりなのだろう。
「ユウ」
「何だ?」
「あのシドレとやらは」
自分と同じ位の背丈はある、女性にしては背が高いローベリアの後ろをユウは歩調を合わせてついていく。
「男なのか? 女なのか?」
「分からん」
「呆れた話だ……」
その言葉通りに呆れた表情を見せるローベリア。
「サラとは昔馴染みらしいがな……」
「だから間違いはないと?」
「と、思ってはいるよ」
「無責任な連邦の士官だな」
そう言って少し笑みを浮かべるローベリア。自分の少し長めの栗色の髪に軽く手を撫でつけながら二人の男女は早足でグワダンの通路を歩く。
「ローベリア」
「何?」
グワダンの長い通路を歩くローベリアの横へユウが脚を前に出す。
「あんたがジオンの為に戦う理由はなんだ?」
「フフ……」
ユウよりも5つあたり歳が下、25歳前後という歳の割には若く見えるローベリアはその言葉に軽く笑う。
「出世だよ」
「一応、理由にはなっているな……」
「あたしはジオンのサイド3、そこで名だけはあった良い家の出身でね」
グワダンの窓から見える漆黒の宇宙へ目をやりながら、ローベリアは話を始めた。
「戦いで名をあげて、家の再興を目指そうとしたんだが……」
「お家の再興とやらか……」
「ジオンの軍に入ったと同時に、一年戦争が終わりに向かってきてしまったんだ」
少し笑いながらローベリアはそう言ったあと、その足を止めて通路のサイドバーへ身体を寄りかからせた。腕を軽くバーへ乗せる。
「おい、シャアと会う時間は……?」
「少し早すぎたわ」
「ふぅん……」
そう頷きながら、ユウもローベリアの横でグワダンから宇宙を眺め回す。
「その後、レッド・ジオニズムなどの旧ジオンの組織を転々としてはいたんだけど」
そう言って、ローベリアは少しため息をついた。
「上手くいかないわ」
「今のネオ・ジオンでは?」
「なかなか運が向いてこないんだ」
そう言ってローベリアは皮肉げにユウへ微笑んだ。
「この前、お前にキュベレイを潰された為に、再興の夢がより遠ざかったよ」
「悪かったな……」
肩を竦めるユウに鼻を鳴らしながら、ローベリアは自分の髪に手をやり撫で付けつける。その仕草は彼女の癖なのかもしれない。
「まあ、どちらかと言うと」
「何だ?」
「家の再興ってのは、あたしの成り上がろうとする野心の大義名分の部分が強いけどね」
「どっちにしろ、立身出世が目的か」
「そうだな」
ローベリアは腕時計に目をやってから、グワダンの通路のサイドバーから身体を起こした。
「もうそろそろ、行ってもいいだろうな」
「分かったよ」
二人は再び通路を歩き出した。
「ただなぁ……」
再びユウの少し前を歩くローベリアが微かに呟く。
「ジオンの名を引きずる組織では、そういった立身出世は難しいのかもしれないな」
「なぜだ?」
ユウの言葉にローベリアは答えない。無言で夜更けの通路を歩く二人。
「ジオンはな」
しばらくしてから、ローベリアがポソリと言う。
「所詮、ジオンへの懐古主義、そして宙へ浮いた主義主張の集まりなんだ……」
「……」
「私やニムバスとは相容れない」
「ニムバスも?」
そのニムバスの名前が出たローベリアの言葉にユウは眉をひそめる。
「ついたぞ」
ユウのその言葉にローベリアは答えずに、食堂の前で立ち止まる。
「食堂だぞ?」
「ここでいいんだ」
そう言ってローベリアは一つあくびをしながら立ち去っていった。
「ニムバスね……」
そう口ごもりながら、ユウは食堂の中へ入っていった。
「良い顔ではないか、ユウ・カジマ」
「シャア?」
ユウは最近よく戦場で自分の耳へ入る事の多かった、その低い男の声に反応する。
「少しやつれたか? シャア・アズナブル?」
「気のせいだろう? ユウ・カジマ 」
薄暗い食堂の明かりに照らされるシャアの顔は確かに少し骨が浮き出て細くなったようにユウには見えた。
「それと……」
ユウが食堂の中央テーブルへ座っている残りの人影に目を向けた。
「こちらの方々は……?」
ユウは常夜灯に照らされながら、シャアと共にカップラーメンを口へかきこんでいる女と少女の姿をその目で見る。
「挨拶の前に……」
二人の人影のうち、大人の女からユウへ声がかかる。
「まあ座れ。ユウ・カジマ」
二十前後の歳と思われるその女が穏やかな声でユウへそう言った。
「その声はハマーン・カーンか?」
「捕虜の分際でネオ・ジオンのトップ格の人間達を呼び捨てとは良い度胸だな……」
ユウはハマーンの言葉にどうしたものか分からないような表情をしながらも、とりあえずシャアの横一つに椅子を置いた距離でテーブルへつく。
「たしか、こちらの方は……」
「口調に神経をつかっているな? ユウ」
シャアがそう言いながら面白そうにユウへ笑いかける。見ればシャアはサングラスを外し素顔を見せていた。
「ネオ・ジオンの指導者、ミネバ・ラオ・ザビ様だ」
そのシャアの言葉にユウは少し姿勢を整え、ミネバと呼ばれた少女へ一礼をする。
「地球連邦軍中佐、独立部隊隊長ユウ・カジマであります」
「ネオ・ジオン代表、ミネバ・ラオ・ザビである」
ミネバはカップラーメンを食べる手を止めて、ユウへ微笑みかける。
「よしなに、ニュータイプとオールドタイプを繋ぐ使命の者よ」
「そ、そのような……」
全くどういう反応をして良いかわからないユウへミネバが近くのポットからジュースを差し出す。
「ありがとうございます、ミネバ、様……」
「ミネバ様に気に入られたかな? ユウ」
困惑しきったユウをからかいの色を含んだハマーンが笑いながら見つめる。
「我々は今日は忙がしくてな」
シャアがラーメンのカップを箸でポンと叩いた。
「何も食っていない、失礼をするよ」
「ミネバ様はこの様な食事でいい…… 」
そう言いかけてから、ユウは一つ咳をして言葉を正す。
「いや、食事でよろしいのか?」
「ハマーンの影響だよ」
そのシャアの言葉にハマーンが渋い顔をする。
「お前が出ていったせいで、全責務が私に降りかかったのだぞ?」
ハマーンがカップラーメンのスープを飲み干そうとする。
「ストレスが溜まる、ついこれに手が伸びてしまう」
「ハマーン、インスタント物のスープを飲むのはまずいぞ?」
「塩分が全く足りぬのです、ミネバ様」
そのハマーンの言い分にミネバは苦笑する。
「ミネバ様はこのようなハマーンを見習ってはいけませぬぞ?」
「カップラーメンのスープは美味であるぞ? シャア?」
「だからいけないのですな、カップラーメンは」
「たまには良い物だろう? シャア?」
「毎日はいけません」
「さすがにハマーンが許さない」
「それはなりより」
そう言いながらシャアはラーメンを食べ終えて箸を置く。スープを飲まないシャアを見習ったのか、ミネバはちゃんとスープを残した。
「ユウ・カジマ」
スープを飲み終えたハマーンがユウへ訊ねる。
「お前の戦う理由は何だ?」
「その質問ですか……」
「お前は強すぎる」
ハマーンがコップの水に口をつけながら、静かにユウへ語りかける。
「あそこまでオールドタイプに押されたのは久しぶりだったよ……」
「機体性能のお陰ですよ」
ネオ・ジオンの指導者が目の前にいる影響からか、自然とユウの言葉が礼儀正しくなる。
「ハマーンやシャアに対抗出来る程のモビルスーツの腕をその身に付けたのは」
ジュースを飲みながらミネバがハマーンの代わりにユウへその質問を続けた。
「何か信念や理念があっての事であるか? ユウ・カジマ?」
「ニムバスにも聞かれましたね」
ハマーンとミネバの顔をユウは交互に見やりながら、静かにその質問へ答えようとする。
「自分の職務に忠実であるだけの人間ですよ、わたくしユウ・カジマは」
「理念がない人間か? ラプラスよ?」
「ラプラス?」
ミネバの言葉に首を捻るユウ。
「可能性という意味でその言葉を使った」
「先程からあなたの言葉は自分の頭では完全には理解が出来ていません……」
「嫌がらせを兼ねて、あえて煙にまくように言っている」
「わたくしユウ・カジマが嫌いと?」
「我らがネオ・ジオンのパイロットを何人も落としておる」
「確かに」
そのミネバの言葉にユウは顔をしかめながら、ジュースへ口をつけた。
「私やマリオン・システムの事はニムバスから?」
ユウは水を飲んでいるハマーンへ顔を向ける。
「全て聞いておるよ」
「ニムバスはネオ・ジオンの人間になりましたからね」
「そうでもない」
「と、言うと?」
ハマーンのその言葉にユウが疑問の声を上げた。
「もはや、あのニムバスめの心はとっくにネオ・ジオンにはない」
「再び連邦やティターンズに戻るつもりでありますと?」
「違うな、そちらにも眼中にない」
ハマーンがぼんやりした声でユウへ答える。
「既存のジオンや連邦にも、そしてニュータイプやその概念にもな」
「ニムバスが、ですか?」
不思議そうな顔をして、ユウは目を細めた。
「ニュータイプを越える事に執着しているあいつが……」
「もうすでに、完全にニュータイプを越えているよ」
黙って聞いていたシャアが二人の話に口を挟んだ。
「私やハマーンと互角か、それ以上だ」
「まさか……」
ユウは最初、その言葉を冗談だと思い笑おうとしたが、ハマーンやシャアの真剣な顔を見て、一つわざとらしく咳をして身動ぎする。
「ハマーン達……」
ミネバが苦笑しながらハマーンとシャアの顔を見渡す。
「捕虜とは言え、あまり誠実な者を困らすではない」
「ハッ……」
含み笑いをしながら、ハマーンが微かにミネバへ頭を下げた。
「強すぎるんだ、ニムバス君はね……」
ハマーンとミネバの顔を困惑しながら見つめているユウへシャアがそうポソリと呟く。
「強化人間の力でしょう? ニムバスは?」
「彼にはいつの間にか、強化人間の調整設備が必要なくなってしまったんだよ、ユウ」
「そんなバカな……!!」
そのシャアの言葉にユウは絶句する。
「俺の知り合いの技術者が言うには、強化人間とはそんな易しいものではないと……」
「事実は覆せない」
「……」
「一種のミュータントだ」
沈黙しているユウへシャアがそう断言する。
「ニュータイプでもオールドタイプでも」
シャアが水を飲み干しながら、独り言のように呟く。
「ましてや強化人間でもない新しい人種だと思うよ、私はね」
「すぐには信じられませんね……」
「すぐに解る事になるよ、ユウ」
「どういう意味ですか? シャア?」
シャアはすぐには答えずに菓子の袋へ手を伸ばし、その中身をテーブルの上へばらまく。
「シャアは私の嗜好を覚えていてくれたか」
ミネバが嬉しそうに、包装紙に包まれたゼリーへ手を伸ばした。
「君に勝ちたいそうだ、ニムバス君は」
「今更……」
「一度、君はニムバスを負かせたようだね」
「一年戦争時の話ですよ? シャア?」
ユウが苦笑いをしながらシャアへ答える。
「昔の話だ」
「必ずや再燃する事だよ」
何か感慨深そうにシャアがゼリーを口へほおりこみながら微笑んだ。
「私はニムバス君の気持ちが解るよ、とても、とってもね」
「……」
ユウはそのシャアの言葉にある男の顔が脳裏に浮かんだ。
「一年戦争時のアムロ・レイとシャア・アズナブルの因縁……」
ユウは連邦軍内でよく噂話として持ち出されるその二人の男の名を口に出す。
「見事に正解だ」
ユウのその言葉に笑いながら、シャアがゼリーをユウへ渡す。
「ご褒美だ」
「ふざけないで下さいよ……」
ユウはそう言いながらも、ゼリーを口へ入れる。
「逆襲のニムバス君だ」
からかうようなそのシャアの言葉に、少しユウはムッと顔をしかめる。
「あなたもアムロ・レイに対して考えている事でしょうに?」
ジュースを飲み干したユウへミネバがおかわりを渡してくれる。
「果報者め、ユウ・カジマ」
ミネバにジュースを入れてもらったユウに、目を細めながら口の端を歪ませるハマーン。
「勝てるか? ニムバス君に?」
「あなたやハマーンよりも強い……」
「面白そうな戦いだ」
そう言って笑うシャアにユウは再び不愉快そうな顔をする。
「映画にでもすれば、良い収入になる」
「それはあなたとアムロ・レイの方が良いでしょうね」
「逆襲のシャア・アズナブル?」
その言葉にミネバが口を開く。
「見てみたいものだ、ハマーン」
「どうせシャアが負けるに決まっています」
そのハマーンの皮肉混じりの言葉に苦笑するシャア。
「やはり、男というものはみんなこのような勝った負けたの考え方をするものなのか? ハマーン?」
「そうでありましょうね、ミネバ様」
二人の女の会話にシャアは肩を竦めた。ユウの方は少し憂鬱そうな顔をしている。
「最近、ニムバス君はある思想に興味があるみたいだがね」
ユウのその顔色を見て気を使ったのか、シャアが少し話題を変えてきた。
「ある思想?」
「ブッホ何とかという会社が主張しているらしい物だ」
「はあ……」
曖昧にシャアに答えるユウ。
「確か、貴人主義だか貴族主義だか何だか……」
「貴族主義?」
「世の中は高貴な者が統治すべきだとかいう思想らしいな」
「聞いた事もない……」
そう言いながら、ユウはジュースで唇を濡らす。
「ジオンの選民思想のマイナーチェンジでは?」
「それとは少し違うらしい」
「ふむ……」
考え込むユウにシャアは話を続ける。
「ニムバス君にとっては、新たな目的なのかもしれないな」
「ラプラス」
唐突にミネバが強く宣言するように言う。
「可能性を求める男だ」
その言葉が四人の間に不思議な沈黙を作った。
「目的を常に作る男、ニムバスか……」
「君とは違うな、ユウ」
シャアはユウの呟きに対してそう言い放つ。
「その言葉では、もう俺は腹を立てませんよ……」
ユウの疲れたような声に、シャアが腕時計の時刻を見ながらハマーンへ問いかける。
「ミネバ様はそろそろ御就寝に?」
「そうだな……」
ミネバがハマーンの顔をちらりと見ながらシャアへ答えた。ハマーンが微かに頷く。
「過去の清算をしたいのだろうな、シャアもニムバスも」
ハマーンが食べた夜食の片付けをしながら、誰へ言うともなくそう呟いた。
「私達のは男の意地だよ、ハマーン」
「理解が出来んよ」
シャアへそう吐き捨てながら、片付けが終わったハマーンはミネバへ顔を向ける。
「話はお楽しみになれましたか? ミネバ様?」
「面白い話であったよ」
そう言ってミネバは席を立った。
「面白い話を感謝する。捕虜ユウ・カジマ」
「ああ、なるほど……」
ユウは何か合点がいったようだ。
「ミネバ様への単なる楽しみの為に俺を呼びましたな?」
「明日は良い食事を支給してやる」
「ハハ……」
ハマーンのその言葉にユウは軽く笑った。
「では、さらばである」
そうユウへ言い残して、ミネバはハマーンに連れ添われながら食堂を出ていった。
「ユウ」
席から立ったシャアがユウへ口調を正して言葉を放つ。
「ニムバスは強敵だよ」
「俺には彼と戦う理由がない」
「ハッーッ、ハッハッ……!!」
「何がおかしい……!!」
突然、大声で笑いだしたシャアをユウは睨みつける。
「理由などは作ればいいのだよ、ユウ・カジマ……」
「何だって……?」
「土俵へ引きずりだすのさ、相手をな……」
「何だよ……?」
何か決意を込めたようなシャアの言葉にユウは困惑する。
「うぅ……!!」
突然シャアが片手で自分の頭を押さえ始める。
「どうした、シャア?」
「いや、なんでもないさ……」
シャアは荒い息でユウへ返事をする。その顔から軽く汗をにじませながらシャアはユウへ口を歪ませて微笑んだ。
「ニムバス君はよくこんなレベルの強化人間処置を受けて平気でいられるな……」
「何……!!」
単なる偶然か、ユウは瞬時にその言葉の意味を理解出来てしまったようだ。
「シャア、あなたは強化人間に?」
「さあてな……」
シャアの呼吸が徐々に整ってきた。
「部屋へ戻れ、ユウ」
いつも通りの端整な面持ちへ戻り、ユウへそう言い放つシャア。
「しかし……」
困惑するユウを残したまま、シャアは静かに食堂から立ち去っていった。
「シャアはいったい何をやろうとしているのだ……?」
薄暗い食堂の中、ユウはシャアの言葉や行動の数々に何か不気味な物を感じていた。
「ユウ」
食堂のスピーカーからニムバスの声が聞こえてきた。
「お前は捕虜なんだぞ? ユウ」
「早く部屋へ戻れというんだろ?」
スピーカーの奥でニムバスの笑い声が聞こえる。
「10分以内に戻れ」
一方的にそう言って、ニムバスは笑いながら放送を切った。
「こんな悪趣味をするニムバスが貴族であるもんかよ……」
そう呟きながらユウは薄暗い通路の中、急いで部屋へ戻っていった。