夕暁のユウ   作:早起き三文

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第34話 前夜

「やはり、エゥーゴとの決戦にはティターンズの主力であたると……」

 

「当然でしょう?」

 

 ユウの言葉にサマナが軽く首を捻った。

 

「つまりは、俺達の部隊のこの配置は」

 

「ネオ・ジオンに対する備えですよ」

 

「そうだろうな……」

 

 ユウはサマナへ答えながら、付近の宙域のティターンズと連邦の艦隊を眺めまわした。

 

「ティターンズはやっぱりエゥーゴを完全に壊滅させるつもりなのだろうかねぇ?」

 

「ジャミトフ閣下は言っておられましたよ」

 

 フィリップのぼやきにサマナは少し顔を上に向けながら話す。

 

「筋書きではエゥーゴを押し込んだ時点で停戦条約を結ぶ」

 

「かつて、連邦がジオン公国へしたようにか」

 

「その後、ティターンズが主導とした体制下でネオ・ジオンにあたる」

 

 サマナの淡々とした言葉に、遠くのメッサーラからカツが口を挟んだ。

 

「連邦はもちろん、降伏したエゥーゴ、それにカラバも戦力として使いますか……」

 

「地球圏の覇者はティターンズになるね」

 

 難しそうな顔をするカツへシドレがそう深く頷きながら答える。

 

「ですが」

 

サマナは少し口調を低くして話す。

 

「閣下は筋書き通りにはいかないだろうな、とも言ってました」

 

「自信がないと?」

 

 ユウは自分の乗る新鋭機のコンソールを眺めながら、サマナへ聞き返した。

 

「と、いうよりもですね」

 

 サマナはユウへ話をしながら、自機のマラサイ・フェダーインをユウが乗るジ・オの近くへ寄せてくる。

 

「流石に相手が自分の思い通りに動いてくれるはずはないという……」

 

 そこまで言って、サマナは自分の両肩を軽く上げる。

 

「まあ、ジャミトフ閣下の一種の人生経験からでしょうね」

 

「なるほどなぁ」

 

 そのサマナの言葉を聞いて、ユウから借りたブループラウスのシステムチェックを行っているフィリップが納得したような声を上げる。

 

「ネオ・ジオンは動くかなぁ?」

 

 ぼんやりとユウはモルモット隊の隊員達で模擬戦でもしようかと思いながら、そう口ごもるように呟く。

 

「シャアとハマーンですからねぇ……」

 

「油断などもっての他か」

 

 ユウが母艦であるストゥラートのカタパルトからジ・オをゆっくりと出しながら、そのサマナの言葉に深くおもてを頷かせる。

 

「ところで」

 

「はい、ユウさん」

 

「シロッコがエゥーゴの捕虜になったって噂は本当か?」

 

「僕の口からは言いませんね」

 

 そう言って、サマナは軽い口調で言葉を続ける。

 

「箝口令がひかれてますから」

 

「そうか……」

 

 ユウはため息をついてから、ジ・オを軽く揺らすような動きをさせる。

 

「このジ・オはシロッコが作ったのだろう?」

 

「勝手に使うのに引け目でも?」

 

「シロッコはこういうのに神経質そうだからな」

 

 そう言って笑うユウにサマナが笑い返した。

 

「大事な局面ですよ、ユウさん?」

 

「高性能機を眠らせて置くことは出来ないってことか?」

 

「そうですよ」

 

「シロッコが許してくれれば良いがね……」

 

 サマナがモルモット隊の先頭を行くジ・オの隣へついて行けるようにマラサイ・フェダーインのスピードを上げる。

 

「扱いづらいですか? その機体は?」

 

「やはり、このジ・オは」

 

 ユウがジ・オのスタスターを機体のあちこちから噴かした。

 

「ニュータイプ、いやシロッコが乗ることを前提とした機体だ」

 

「パプテマス様の専用機であると?」

 

 サラがジ・オに乗るユウを少し羨ましそうに見ながら声をかける。

 

「シンプルな機体ではあるが」

 

 ユウがジ・オの専用ビームライフルを持つ腕を少し上へあげた。

 

「機体の制御処理にとんでもない労力が必要だと思う」

 

「なにしろ、パプテマス様ですからねぇ……」

 

 サラがそう言って軽く笑みを浮かべる。

 

「だいたい……」

 

 ユウが小出力でビームライフルを虚空へ放った。

 

「出力や速度が可変するシステムのビームライフルっていうのは何だよ……」

 

「そんな性能が……」

 

 カツがジ・オのライフルを興味深そうに見つめる。

 

「サーベルだってそうだ」

 

 ユウはジ・オのビームサーベルを取り出し、その形状や出力を変化させてみせる。

 

「ニュータイプの戦場への適応能力がないと扱いきれない……」

 

 百変化のように変化するジ・オのサーベルの光を見ながらカツがボソリと呟く。

 

「だろうな、カツ」

 

 サーベルの基部をしまいながら、ユウはカツへため息混じりの声を出した。

 

「そんな瞬時の判断がそうそう出来るものか……」

 

「僕なら出来るかも……」

 

 そんな言い出したカツへサラが乗機のコクピットから睨み付ける。

 

「あんたがシロッコ様の専用機へ乗るなんて、一万年は早いわよ」

 

「僕だって、腕は上がっているさ!!」

 

「メッサーラでもあたしにもてあそばれているくせにさ!! 坊主!!」

 

「坊主!? 坊主だと!? 坊主と呼んだな!? 坊主と言っちまったな!?」

 

「小僧、坊主、半人前、どれで呼んでほしい!? 小僧!?」

 

「隊長!!」

 

 カツがユウへ叫ぶ。

 

「サラの奴と模擬戦をやりますよ!!」

 

「勝手にしてくれよ、カツ……」

 

「あいつに坊主を刻み込んでやる!!」

 

「俺をハゲさせるという意味かよ? カツ……?」

 

「何訳の分からない事を言っているんですか!? 隊長!? ねえ隊長!?」

 

「いいから、早く俺の前から消えてくれ……」

 

 ユウは怒気に身を包んだカツへそう投げやりに言い放つ。

 

「チビの恐ろしさを思い知らせてやる!!」

 

「チビとは言ってないでしょ!?」

 

「ニュータイプ的な勘でチビと言った事に僕は気づいている!!」

 

「生えてないと言うこともぉ!?」

 

「そんなことを思っていたか!! サラ!!」

 

 喧嘩をし合うその二人を眺めながら、ユウは最近また胃の痛みが再発してきた事に嘆いていた。

 

「ユウ」

 

「なんだよ、フィリップ……」

 

 バイザーを上げて胃薬の錠剤を噛み砕きながら、ユウが気だるそうに呻く。

 

「何だかんだ言って、みんなお前を信頼しているんだ」

 

「……」

 

 ユウは胃薬の苦味を口中へ感じながら、フィリップの言葉を耳へ入れている。

 

「ジャミトフの旦那も、そしておそらくはシロッコさんもな、ユウ」

 

「ん……」

 

「お前さんの過去なんぞ、興味はないだろうよ」

 

 いつになくフィリップから真面目な口調で言われているその言葉に、ユウは無言で耳を傾ける。

 

「今、この場にいるユウ・カジマを信じているんだよ」

 

 フィリップの言葉に対してユウは黙り続ける。旧モルモット隊の三人の間にしばしの無言の時間が流れた。

 

「ユウさん」

 

 しばらく静かにフィリップの言葉を聴いていたサマナがユウへ囁く。

 

「模擬戦、僕達もやりましょうか」

 

「ああ……!!」

 

 そのサマナの言葉にユウは明るい声で答えた。

 

「シドレ、手伝ってくれ」

 

「はい、隊長!!」

 

 シドレのヘヴィバーザムがユウ達の側へ近づいてくる。

 

「俺とシドレちゃんがペアになるかね……」

 

 フィリップがそう言いながら、ブループラウスをウェイブライダー形態へ可変させる。

 

「では、ユウさん」

 

「おう」

 

 サマナの声に答えながら、ユウはジ・オのコンソールで装備武装を演習モードへと変更させた。

 

 

 

 

 

「世話になったな」

 

 エゥーゴのモビルスール運用艦「アーガマ」のハンガーデッキで、シロッコは簡単な修理をされたメタスの前に立つ。

 

「やはり、エゥーゴの料理人にはならないようだな、シロッコ」

 

 アーガマの艦長であるブライト・ノアが少し名残惜しげにシロッコへ手を差し出した。

 

「ふざけるな、馬鹿者」

 

 そう言いながらも、シロッコは少し躊躇いつつではあるがブライトのその手を握り返す。

 

「バスク・オムが交渉に応じてくれたよ」

 

 ブライトはすぐに手を放したシロッコに微笑みながら、ティターンズのナンバー2の名前を口に出す。

 

「あの品性の無い男に借りが出来てしまったか……」

 

「見返りに、あんたやあの条件だけではなくこちらのモビルスーツも要求されたがね」

 

 カミーユのその言葉にシロッコは苦笑する。

 

「まるで、トロッコだな……」

 

 そう呟きながらシロッコは、モビルスーツ用自走機動大型メガ粒子砲システム「メガ・バズーカランチャー」に掴まっている自分のメタスの姿をやや自嘲げに見つめている。

 

「こいつに引っ張られてティターンズへ帰るの、シロッコ?」

 

 二基のメガ・バズーカランチャーに引っ張られているメタスを面白そうにレコアがみつめる。

 

「トロッコに乗ったシロッコね……」

 

「うるさい、レコア」

 

 シロッコはそう言いながら、メタスの後ろに繋がれているコンテナをその手で触る。

 

「大盤振る舞いだな……」

 

「必ずブレックス准将の親書はジャミトフに渡せよ?」

 

「解っているさ、ブライト艦長」

 

 シロッコが胸のポケットを軽く叩く。

 

「だから、私を解放してくれた上にこんなオマケを付けてくれたのだろう?」

 

「まあ、そうだな」

 

 ブライトはそう言って肩を竦めた。

 

「その親書をあんたが確実にジャミトフへ渡すことを前提に、そのあんたの身柄とエゥーゴの技術を渡すんだ」

 

「この紙切れには、それだけの価値があるということだな? ブライト艦長?」

 

「ティターンズの気鋭であるあんたがアーガマへ流れ着いたのは」

 

 タバコを片手にブライトはニヤリと笑った。

 

「天から切り札が舞い降りたようなもんだよ」

 

「フン……」

 

 シロッコはその言葉に不愉快そうに一つ鼻を鳴らしてから、メタスのコクピットへ片手をかける。

 

「私が戦場へ出たとき、お前達には手加減はしてやるよ」

 

「ありがたいねぇ……!!」

 

 ピュウ……!!

 

 シロッコのその言葉にカミーユは口笛を吹いて茶化した。

 

「どこまでも生意気な小僧だな、カミーユ……」

 

「あんたは大人げない大人だよ、シロッコ」

 

 カミーユがそう言いながら、シロッコに手を差し出した。

 

「旨いメシ、ありがとうな。シロッコ」

 

「フム……」

 

 シュ……

 

 シロッコはそのカミーユの手を握らずに、手の甲を軽く撫でた。

 

「素直じゃない人……!!」

 

 そのシロッコの手の振り方にレコアが高い声を出して笑う。そのレコアの笑い声につられて、その場にいるアーガマのクルー達が笑みを浮かべた。

 

「さらばであるよ……」

 

 複雑な表情を浮かべながら、シロッコはメタスのコクピットへ飛び乗る。増設燃料タンクを搭載したメガ・バズーカランチャーのエンジンが入り、シロッコはアーガマから飛び去っていった。


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