夕暁のユウ   作:早起き三文

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第33話 海の底の記憶

 

「経歴としては」

 

 そう言いながら、アルフは資料室のコンピュータから顔を上げる。

 

「サイド2、アイランド・イフィッシュ産まれの人間だ」

 

「問題はその次だよ、アルフ」

 

「わかってるって、ユウ」 

 

 背後に立つユウに急かされながら、コンピュータ上のユウ・カジマの経歴をアルフは読み上げる。

 

「モーゼス孤児院から12歳の歳に、連邦政府の支援を受けている全寮制の学校へ入り籍を得る。そして18歳の時に連邦軍に志願した」

 

「それだけか?」 

 

 ユウの言葉にアルフが頭を軽く振る。

 

「確かに、お前の経歴は呆気ないな」

 

「ふむ……」

 

 一言唸ったきり、沈黙しているユウへ今度はアルフが訊ね返す。

 

「軍にいた頃の記憶はあるのだろう?」

 

「ああ」

 

「一番最初の記憶は?」

 

 その言葉にユウは少し首を傾げる。

 

「軍での日課のランニング……」

 

「基地の名前は?」

 

「分からん」

 

 その言葉に隣のフィリップがため息をついた。

 

「こりゃ、本当に病院へ行くべきだとは思うね……」

 

「ふぅむ……」

 

 フィリップのぼやきを無視して、アルフは考え込む。

 

「とりあえず、判明していることは」

 

 アルフがキーボードを軽く触れる。ゼダンの門に設置されてある連邦軍、およびティターンズのデータアーカイブスへアクセスを始める。

 

「故郷が地球の海の底であるということ」

 

「ジオンが行った最初のコロニー落としだな」

 

 ユウの言葉にアルフが頷く。

 

「それと」

 

 キーボードから手を放して、アルフがタバコを一本取り出す。

 

「この経歴自体がシークレットって訳では無いことだよ」

 

「うん?」

 

 タバコを吸いだしたアルフにユウが疑問の声をかける。

 

「俺がアクセスしても、見れなかったぞ?」

 

「それは当然」

 

「もっとはっきりと言ってくれ、アルフ」

 

 そう言うユウにアルフが呆れた顔を見せる。

 

「EXAMの件で見れなかったに決まっているだろうが」

 

「ああ……」

 

 ユウの代わりにフィリップがそう納得の声を出した。

 

「俺のパスでは簡単に見れたからな」

 

 アルフがタバコを灰皿へポンと叩く。

 

「しかしなぁ……」

 

 フィリップがアルフからタバコを一本頂戴する。

 

「まさか、モーゼスってのは偶然なのかい?」

 

 フィリップは口から煙をくゆらせながら呟く。

 

「クルスト・モーゼス博士……」

 

 ユウがEXAMシステムの製作者の名前を口に出しつつ、その顔を思い出そうとする。

 

「偶然とは思えないな」

 

 アルフがそうキッパリと言う。

 

「なぜ?」

 

 ユウの問いにアルフは答えない。しばらくの沈黙の後、アルフが口を開く。

 

「昔、ニムバスの奴からも相談を受けたんだ」

 

「どういう相談だ?」

 

「自分の出身の事だってよ」

 

「ニムバスがか?」

 

「ああ」

 

 アルフの言葉にユウはため息をついた。

 

「あいつも同じ境遇だったのか?」

 

「何から何までな」

 

「どういう意味だ? アルフ?」

 

 ユウの声が険しくなる。そのユウの顔に目をやりながら、アルフは絞り出すように言葉を言い放った。

 

「あいつもモーゼス孤児院の出身だ」

 

「何だって!?」

 

「そして、例のマリオンもそこの出身だった」

 

「ふざけるな!!」

 

 激昂したユウがアルフの胸ぐらを掴む。

 

「やめろ…… ユ、ユウ……」

 

「やめろ!! ユウ!!」

 

 フィリップがアルフからユウを引きはがした。アルフが喉を押さえて咳き込む。

 

「す、すまない、アルフ……」

 

「俺に怒っても仕方がないだろう……」

 

 謝るユウをアルフは軽く睨み付けた。

 

「それを聞いたとき、ニムバスはお前よりも遥かに冷静だったよ」

 

「すまなかったよ……」

 

「その後の対応もな」

 

 アルフがそう言いながら、コキコキと少し首を鳴らした。

 

「ニムバスは大してその事には悩まなかったみたいだったな」

 

「そうか……」

 

「あいつは過去よりも、未来に生きるタイプの人間なのかもしれないぜ、ユウ」

 

 肩を落としているユウへアルフが缶コーヒーを渡してやる。

 

「ニムバスにはこの事は内緒にしてくれとは言われたがね……」

 

 アルフは苦笑混じりに笑いながら、自分の缶コーヒーを開ける。

 

「他に情報はなかったのかい?」

 

「無い」

 

 コーヒーをグビリと飲みながらアルフが簡潔に答える。

 

「クルスト・モーゼスの残した記憶にもその孤児院の事は載ってなかったし……」

 

「その孤児院があったコロニーは海の底か……」

 

 ユウもコーヒーを飲みながら、暗い顔で呟いた。

 

「考えすぎない方が良いかもな……」

 

「ニムバスの奴を見習えって事か?」

 

 そのユウの言葉にフィリップはニヤリと笑う。

 

「確かにそうかもな」

 

 そう言いながら、ユウはコーヒーを飲み干した。

 

「今はそれどころではないかもな」

 

「そうだぜ? 隊長さん?」

 

 フィリップがユウの肩を軽く叩いた。

 

「一年戦争以来の大戦争の最中だ」

 

「そうだな……」

 

 そう言って、ユウは少し無理をして明るい顔をフィリップ達に見せる。

 

「ところで、アルフ」

 

「ん?」

 

 アルフはコーヒーを飲み終えた後、別の仕事の為に部屋から離れようとしていたようだ。椅子から立ち上がりかけたまま、ユウへ顔を向ける。

 

「これから俺は用事があるんだが?」

 

「大した事じゃないんだがな……」

 

 そう切り出したユウにアルフは顔をしかめながら椅子へ座り直した。

 

「言ってみろ、ユウ」

 

「ニムバスには……」

 

 ユウは囁くような声でアルフへ訊ねる。

 

「俺やマリオンが同郷の出身だって事は伝えたのか?」

 

「ああ」

 

 アルフは「何だ、その事か」と言うような顔をしながらユウへ頷いた。

 

「もっとも」

 

「もっとも?」

 

 ユウがおうむ返しに問い返す。

 

「マリオンが自分の孤児院の後輩だということは、前から知っていたようだ」

 

「なるほどね……」

 

「もう話はいいか?」

 

 アルフが自分の腕時計に目をやりながらユウへ訊ねる。

 

「ああ、悪かったな」

 

「また今度、時間があったら話そう」

 

 アルフは少し早足に資料室から出ていった。

 

「ユウ」

 

「ん……」

 

 ユウ達も部屋から出ていこうとして、資料室の自動ドアの前に立つ。

 

「お前さんはお前さんだろ?」

 

「YOUはYOUか……」

 

「はあ?」

 

 その呟きを聞いて、フィリップが怪訝な顔をする。

 

「どこかの芸人の真似か? それは?」

 

「さあねぇ……」

 

 ユウは口笛を吹きながら、宇宙基地ゼダンの重力制御をされた廊下を歩きだす。

 

「ま、いいか……」

 

 右手で少し頭を掻きながら、フィリップがユウとは反対側の通路へ足を向けた。

 

 

 

 

「モルモット・プロジェクトか……」

 

 パソコンのモニターだけが光る暗い部屋の中、一人アルフはコンピュータのモニターを眺めながら呟く。

 

「クルスト博士のEXAM思想の原型だな……」

 

 アルフはクルスト・モーゼスのプロフィールをぼんやりと見つめている。

 

「そして、今の連邦やティターンズの強化人間技術の雛型でもある」

 

 モニターへ映し出されるクルスト博士の本名の意味に、アルフは深く肺の奥底から息を吐いた。

 

「さすがに、ティターンズの拠点だけあって、情報システムは高度ではあるんだがね……」

 

 アルフは頭の中でゼダンの門の内部データリンクの規模を想像しようとする。

 

「地球のジャブローへ行けば、もっと詳しく載っているかもしれないけどな」

 

 そう呟きながら、アルフはゼダンの門周辺に滞留しているミノスフキー粒子の濃度測定図をモニターへ映しだす。

 

「まず通信は無理、とっ……」

 

 ミノスフキー粒子が僅かでも無線の発信経路上にあった場合、無線データ通信の回線維持は極めて不安定になる。

 

「どちらにしろ、ハッキングなんか俺の専門外だがね……」

 

 アルフはそう口ごもりつつ、暗闇の中のキーボードへ手を触れる。

 

「まあ、それよりも」

 

 アルフはモニターのページを切り換える。そこにはある人物の詳細な情報が載っていた。

 

「こっちの情報の方が驚きでもあるがな、俺にとっては」

 

「そうかもしれませんね」

 

 その言葉と共に、暗闇の中からアルフの後頭部へ銃口が突きつけられる。

 

「やはり、来たか」

 

 発光するモニターの前で、銃口を突きつけられたアルフが静かに両手を上げる。

 

「いつかは気づくとは思いましたが」

 

 拳銃を持った人影は静かな声でアルフへ言葉を放つ。

 

「俺をどうするつもりだ?」

 

「どうもしませんよ」

 

 口ではそう言いながらも、人影は銃口を離さない。

 

「口外しない限りは」

 

「へいへい……」

 

 軽口を叩いたアルフの頭へ拳銃が押しつけられる。鉄の冷たい感覚にアルフは顔をしかめる。

 

「モルモット・プロジェクトの件については?」

 

「所詮、過去の遺物ですよ」

 

 アルフの言葉に人影は淡々とした口調で答えた。

 

「EXAMと共にね」

 

「全てはアイランド・イフィッシュと共に海の底か」

 

「その通り」

 

 拳銃がアルフから離れる。

 

「どうしてもと言うのであれば、ユウ中佐達に話してもいい」

 

「それはやらんよ……」

 

 苦笑しながら、アルフは人影へ囁く。

 

「この大事な時期に、ユウ達を戸惑わせて戦死させたくはない」

 

 その言葉に人影は微かに笑みを浮かべたようだ。

 

「ただ」

 

 少し人影からの口調が固くなる。

 

「私を含めた、全ての人物の個人情報だけはただちに消去するように」

 

 その言葉にアルフは黙って頷いた。

 

「では、またお会いしましょう」

 

 人影が部屋から立ち去っていく足音が聞こえた。人影が立ち去ってしばらくしたあと、明かりが灯ってないその部屋の中でアルフは深くため息をつく。

 

「全く……」

 

 アルフは手探りでタバコを探しだす。モニターの明かりを頼りにタバコへ火を点けようとする。

 

「やれやれだぜ……」

 

 タバコを口にくわえながら、アルフはコンピュータのキーボードを叩き始めた。


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