夕暁のユウ   作:早起き三文

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第32話 YOU

「ネオ・ジオンは何と言っていますか?」

 

 ユウが目前に広がるネオ・ジオンの大部隊を眺めながら、ティターンズの大宇宙基地「ゼタンの門」にいるジャミトフへ通信を入れる。

 

「一部の部隊の独断だと言っておるよ、ハマーンは」

 

「独断でこんな大部隊がねぇ……」

 

 ユウが皮肉げに呟いた。

 

「ハマーンと言う女はこういう手をよく使いますか?」

 

「好んで使うだろうよ……」

 

 ジャミトフがゼタンの門の司令室で苦笑する。

 

「エゥーゴとティターンズのパワーバランスを取りたいのであろうな」

 

「今はティターンズが優勢であるからですか?」

 

「うむ」

 

 不機嫌な顔をしたジャミトフが自分が座る椅子の肘掛けをコツコツと叩く。

 

「エゥーゴと我らティターンズの戦闘力が拮抗するばするほど」

 

「その二つが激突したときにお互いが受けるダメージが大きくなりますか……」

 

「そして、ネオ・ジオンが全てをかっさらって終わりだよ、この戦争は」

 

ジャミトフは部下から手渡された報告書を受け取り、ざっとその文書を眺めた。

 

「ニムバス君と量産型サイコ・ガンダムの部隊がいるそうだな」

 

「サイコ・ウルフとニムバスか……」

 

 ユウが昔の仲間の名前とそのモビルスーツの愛称を呟く。

 

「良い手はないかな? ユウ中佐?」

 

「ティターンズの損害を押さえる手ですか?」

 

「それもあるが」

 

 ニヤリとジャミトフが笑う。

 

「戦いになったら、ティターンズ派の連邦軍を盾として前に押し出さざるを得なくなる」

 

「ティターンズを守る為に、自分達を含む連邦の部隊をですか……」

 

「出来れば、避けたい」

 

 ユウはその言葉に軽く笑みを浮かべた。

 

「お気遣いありがとうございます、ジャミトフ閣下」

 

「皮肉が入った世辞を言っている場合ではないぞ、ユウ」

 

 苦々しげに答えるジャミトフに、ユウはコクピット内で肩を竦めた。

 

「ニムバスの奴がどう思っているか……」

 

「そのマリオン・システムとやらでコンタクトが取れないか?」

 

「そうそう便利なものでは……」

 

 ユウはそう答えながらも、何か脳裏に浮かぶ物があった。

 

「失礼、ジャミトフ閣下」

 

「何か策があるのか?」

 

 ユウはそう言うジャミトフからの通信を一方的に切って。マリオン・システムを起動させる。

 

「やはりと言うか、ネオ・ジオンの連中は敵意に満ちているな……」

 

 ネオ・ジオンの部隊から血潮のように流れる敵意の影をユウはマリオンで捉える。

 

「だが、ニムバスは……」

 

 一つだけ、不安げに揺らいでいる影を放っている部隊のリーダー格と思わしき機体をユウは見逃さない。

 

「あれがニムバスだとしたら」

 

 従来の一回りから二回りは大きいそのモビルスーツから放たれる光を、ユウはマリオンを通じてその目で見つめる。

 

「そいつだけでもどうにかなるかな……?」

 

 

 

 

 ネオ・ジオンの部隊がゼダンの門を包むように展開する。

 

「中心にはニムバスか」

 

 ニムバスが乗っていると思われる大型のガンダムの姿を確認した後、その宙域の周囲に視線を向ける。

 

「なんだかんだ言って、ティターンズの奴等も出てはいるな」

 

 ネオ・ジオンの数の多さにジャミトフ、または他のティターンズの指揮官の誰かが不安になったのであろう。ネオ・ジオンと相対する連邦の軍勢の後方にティターンズのモビルスーツの姿が見える。

 

「ユウ中佐とやら」

 

 連邦軍の左翼部隊の指揮官から通信が入った。

 

「何か、立てれる策でもないか?」

 

 最新型の高級量産機であるガンダムMK-Ⅲからの女性パイロットの声にユウは投げやりに答える。

 

「おそらく、主軸となっているサイコ・ウルフの部隊は俺達を狙ってくるはずだ」

 

「変な確信があるんだな」

 

 右翼の連邦部隊のリーダーが皮肉混じりに通信へ割り込んだ。

 

「それだけだよ、敵の動きで解るのは」

 

「歴戦のパイロットである君が言う台詞かね?」

 

 その右翼部隊のリーダー機、重武装タイプのモビルスールであるガンダムMK-Ⅴからは呆れた声が放たれる。

 

「基本的には総掛かりで当たるしかないが」

 

 ユウはそう言いながら、ブループラウスのマリオンを起動させる。

 

「相手が少しでも突出すれば、それを叩ける」

 

「お前さんがそのタイミングを計れるとも?」

 

 ユウが配属された連邦の中核部隊からのリーダーから疑問の声が投げかけられた。

 

「俺の機体にそういう装置がある」

 

「お前さんは後方で高見の見物かな?」

 

 ユウの中央部隊のリーダーがそう言って軽く笑う。

 

「こっちは慣れない機体だというのにな……」

 

 その中央部隊のリーダーが愚痴をこぼしながら、ユウへ話しを続ける。

 

「アッシマーとは感覚が違うんだな、このギャプランの改良タイプは……」

 

「俺たちの後詰めは多いんだ、ブラン隊長」

 

 ユウが後ろのティターンズ部隊を振り返って見つめる。

 

「防衛側の強みは生かせる」

 

「だといいがね……」

 

 不満げに中央部隊のブラン隊長が通信を切る。

 

「聞いていたな、モルモット隊」

 

「了解だよ、ユウ」

 

 フィリップが代表して答える。

 

「間違いなく、ニムバスは俺達を察知してくるはずだ」

 

「そのニムバスにネオ・ジオンの部隊全体の流れが引きずられるか……」

 

「昔の縁を利用する、嫌なやり方だがね」

 

 ユウはそう言って少しため息をつく。

 

「ニムバスさんもこっちの思惑には気づくと思いますが? 隊長?」

 

「気づこうと、気づくまいと」

 

 ユウはサラの機体に振り返る。

 

「俺達のやることには大した違いはない」

 

「所詮、五個の機体しかいない部隊ですからね」

 

 カツがそう言いながらメッサーラのアイドリングを行なう。

 

「遊軍として動くしかないですね……」

 

 ヘビィバーザムの調整を行いながら、シドレが呟いた。

 

「来たぞ、隊長」

 

 母艦ストゥラートの通信士アフラー通信が入る。

 

「さて、と」

 

 ユウはマリオンの目で敵軍の影を眺める。

 

「行きますかね……」

 

 

 

 

「やはり来たな、ニムバス」

 

 ユウは連邦軍のヘビィバーザム隊をなぎ払いながらユウ達の母艦ストゥラートを目掛けて接近してくるサイコ・ウルフの部隊に注目する。

 

「ニムバスは迷いを捨てたか……」

 

 サイコ・ウルフ隊の先頭の機体の影は、微妙に揺らぎながらも、確固とした形を作っている。

 

「やはり、ネオ・ジオンはニムバスの流れに引きずられたな」

 

 ニムバス達に追従してくるように、ネオ・ジオンの軍の編隊が中央へ突出する。その中核部隊を包むように連邦の軍勢が動き出した。

 

「思ったよりも練度が低いのかもしれんな、ネオ・ジオンは」

 

 連邦の後詰めを務めるティターンズの軍勢も同じ事を感じたらしい。あえて当初の防衛陣形を崩して、積極的に攻める態勢に入っている。

 

「とはいえ、油断は出来ない」

 

 そうユウが呟いている内に、ニムバスの部隊がユウ達の間近まで迫ってきた。その部隊からビームの火線がモルモット隊を目掛けて疾った。

 

「答えてやるか、ニムバス!!」

 

 ユウはブループラウスのビームライフルを構える。ニムバスに追従してきたサイコ・ウルフからインコムによる射撃がユウへ飛んだ。

 

「ファンネルほどの意思はないが、その分動きが遅い!!」

 

 叫びながら、ユウはライフルで容易くそのインコムを撃ち落とす。

 

「さすがだな、ユウ!!」

 

 ユウの耳へしばらく聞いていなかったニムバスの声が入ってきた。

 

「元気でやっているか!? ニムバス!?」

 

「見ての通りだ!!」

 

 ユウからのビームライフルによる射撃をニムバスはインコムに衝突させる。

 

「ビーム反射器か!?」

 

 そのインコムから反射されたビームを慌ててユウの機体はかわす。

 

「サイコ・エグザムは芸達者でね!!」

 

「エグザムの名前を入れたか!! 」

 

「復活のジオンの騎士には相応しいであろう!!」

 

 そう言いながら、ニムバスの半サイコミュ制御のガンダムはビームライフルを連射する。

 

「EXAMの味が懐かしくなったのか!? ニムバス!?」

 

「入っているシステムはマリオンだがな!!」

 

 ニムバスからのビームライフルをかわしながら、ユウはモルモット隊の様子を見る。フィリップのヘビィバーザムからのインコムと連携して、サラがサイコ・ウルフを落とす姿を確認した。

 

「お前の部隊は練度が低いのでは!?」

 

「実戦から遠ざかっていたパイロットが多いのだ!! ネオ・ジオンは!!」

 

 ユウの言葉にそう答えながら、ニムバスはカツのメッサーラからのビームをその機体に受ける。

 

「そんな鏡で!!」

 

 メッサーラの高出力のメガ粒子砲は反射器付きのインコムを吹き飛ばしながら、サイコ・エグザムの機体を叩く。

 

「リフレクターインコムが!!」

 

 ニムバスが叫んだ瞬間、サイコ・エグザムを謎の光が包む。

 

「バリアーまであるのかよ!?」

 

 その光でビームを弾いたサイコ・エグザムを見て、カツが驚いた声を発する。

 

「なかなかの腕だな、モルモット隊の新入り……」

 

 バリアーが消滅する。その光が消滅したあとサイコ・エグザムの機体の動きが不安定になり、動作がぎこちなくなる。

 

「やはり、サイコフィールドは負担が大きいな……!!」

 

 ニムバスは機体の制御に苦心しているようだ。その隙をユウは見逃さない。

 

「ニムバス!!」

 

 急接近したユウのビームサーベルをどうにかニムバスは機体を動かしてかわす。

 

「今からでも、連邦へ戻る気はないか!?」

 

「なんだかんだ言っても、私は強化人間だ!!」

 

 サイコ・エグザムから高出力のビームサーベルが形成される。

 

「一人では生きてはいけない男だよ!! 物理的に!!」

 

「仕方がない!!」

 

 ユウはビームサーベルを二刀流にして、ニムバスへ振るう。

 

「俺はお前が友であると、今でも思っている!!」

 

「私もお前が好きではあるよ!! ユウ!!」

 

 ニムバスのサイコ・エグザムの胸部から拡散ビームが放たれる。

 

「腕が落ちたか!? ニムバス!?」

 

 ユウが機体を可変させて、ビームの放射をかわした。

 

「手加減をしている!!」

 

「そうかい!!」

 

 ブループラウスが高速でニムバス機の周囲を旋回する。

 

「だが、私は気づいてしまったのだ!!」

 

「何を!?」

 

「お前には何も無い!!」

 

「何だと!?」

 

 再びユウ機のビームサーベルとサイコ・エグザムの高出力サーベルが交差する。激しい光が舞う。

 

「心から人を憎む事も、愛する事も!!」

 

「お前からそんな台詞が聞けるとはな!! ニムバス!!」

 

「信念も欲望も無い!!」

 

「言葉で俺をたぶらかす気か!?」

 

「まるで作り物だ!! ユウ!!」

 

「どういう意味だ!? 言え!! ニムバス!!」

 

「ならば!!」

 

 ガァーン!!

 

 二機のサーベルが重く重なり合う。

 

「お前の生涯を語ってみろ!!」

 

「俺は孤児院で育ち!!」

 

 キィン!!

 

 甲高い音を立てて、二機のビームサーベルが離れた。

 

「連邦に……!!」

 

 その言葉を最後まで言わずに、ユウは口を閉ざして沈黙する。

 

「連邦だけがお前の人生か?」

 

 一旦、ニムバスが攻撃を中止する。静かにユウへ訊ねかける。

 

「今も、このサイコ・エグザムのマリオンを通じて私には解る」

 

「……」

 

「お前には、何かが欠けているのだ」

 

 ニムバスの言葉に、ユウは身体が硬直して動けない。

 

「ニムバス」

 

 フィリップ機が二人の近くへやって来た。

 

「それ以上、言ってやるな」

 

「フィリップ……」

 

 その言葉にニムバスが顔をしかめながら、フィリップの機体へサイコ・エグザムを向ける。

 

「俺達だって、馬鹿ではない」

 

「……」

 

 ユウが顔だけをフィリップ機へ向けた。

 

「どこか、ユウの俺達への優しさが作り物めいている事は気づいていた」

 

「なるほどな……」

 

 その言葉にニムバスが目を細める。

 

「人を褒めるときも怒るときも、どこか教科書通りの事を言っているなと思ってはいた」

 

「そうだ」

 

 軽くニムバスが頷く。

 

「昔、私とEXAM機の因縁で戦いあった時も、何かユウの怒りに違和感があった」

 

「俺はあの時はマリオンを道具にするお前に怒りを覚えてはいたぞ?」

 

「その怒りの元となる感情や信念などが感じられなかったのだ」

 

「教科書通りの怒りだったとでも?」

 

「単純な作り話の人物のようにな」

 

 淡々としたニムバスの言葉にユウは乗っているブループラウスの向きを変え、フィリップ達モルモット隊のメンバーを眺める。

 

「そうだったのか、みんな……」

 

 ユウはマリオンの目で仲間を見渡した。サラやシドレ、そしてカツ達から見える影にニムバスやフィリップの言葉に同意する意思が感じられた。

 

「だがな、ニムバスさん」

 

 ユウ達の機体の間にフィリップが入り込む。

 

「ユウが本来、どういう人間かは知らないが」

 

 そう言ってフィリップの機体がユウを指差す。

 

「その作り物の優しさが本心から出ているのは確かなんだ」

 

「フィリップさん……」

 

 サラ達がフィリップの言葉をじっと聞いている。

 

「ニムバス、あんたはユウの何がそんなに気に入らなくなったんだ」

 

「決まっている」

 

 ニムバスがハイ・ビームサーベルのスイッチを入れ直す。

 

「その人形のような者に力がありすぎる事だ」

 

「あんたも腕はユウと互角だろう? ニムバスさんよ?」

 

 そのフィリップの言葉にニムバスは軽く首を振った。

 

「意思の無い人間が力を持つことは危険なのだよ」

 

 ニムバスがビームサーベルを大きく構える。

 

「かつての、ニュータイプとマリオンに固執した私のようにな」

 

「あくまでも、ユウと戦うつもりか……」

 

 フィリップ達モルモット隊のメンバーがユウ機の前面へ機体を押し出した。ニムバス機の周囲にも他のサイコ・ウルフ達が集まり、陣形を作る。

 

「ならば」

 

 フィリップのヘビィバーザムが大型ビームサーベルを取り出す。

 

「俺達が相手になる」

 

「そうか……」

 

 ニムバスが少し哀しげに呟く。

 

「戦いのならいと言うことか」

 

「そうでしょうね……」

 

 サラがそう答えながら、シドレ共にフィリップの両脇についた。カツのメッサーラがその三人の上に滞宙する。

 

「下がっていてください、ユウ隊長」

 

「……」

 

 カツの言葉に身体が勝手に従い、ブループラウスはニムバスとフィリップ達から離れていく。

 

「俺は何だ……」

 

 静かに始まったニムバス達の戦いをユウは呆けた顔で見つめている。

 

 ――あなたはYOU(ユウ)よ――

 

「マリオン……?」

 

 その時、ユウは微かに、しかしはっきりとマリオンの声を聴いた。

 

「YOU……」

 

 ユウは自分の名前を口の中で反芻するように呟く。

 

 そのゼダンの戦線はどうにか連邦とティターンズに傾きつつあるようであった。


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