「ネオ・ジオンの総本山、アクシズか……」
ユウはティターンズの宇宙での最大拠点「ゼダンの門」から遠目に見える巨大な要塞化されたアクシズの姿を眺める。
「しかし、あの光は……」
ブループラウスのマリオンを通じて見える、アクシズ全体を包んでいるおぼろげな光をユウは険しい目で見つめている。
「深蒼の諦観の光」
アクシズの光が深い青色に輝く。
「そして、紅い願望の光」
光の色が青から紅い輝きへと変わる。
「しかし、あの時の碧蒼の光はないな……」
そう呟きながら、ユウは一年戦争時にマリオン――EXAMの精霊としてのマリオンだ――が見せた「蒼い光」を脳裏に思い浮かべた。
「ネオ・ジオンの行動原理が連邦への復讐や望郷の想いから来ているせいかな?」
ブループラウスをゼダンの門周辺の宙域で旋回させているユウへフィリップの機体が近付いてきた。
「アクシズの覗き見か? ユウ?」
「まあな……」
「マリオンちゃんはお顔を染めなくても、お会話が出来るようになったんだってな、ユウ?」
「慣れたせいもあるだろうな」
そう言いながら、ユウはブループラウスのバイザー状の頭部をフィリップ機の方へ向けた。
「それでも、やはり」
木のカバーで覆われたマリオン・システムのスイッチをユウはカバー越しに軽く触れた。
「スイッチを入れた方が感度が高い」
「生本番というわけか」
「おいおい……」
ユウは肩を竦めながら、ニヤニヤ笑っているフィリップが乗る機体の隣へつく。
「ネオ・ジオンと戦いになっちまったら」
フィリップが軽くため息をついた。
「ニムバスやローベリアと言う姉ちゃんともやり合う羽目になるのかねぇ……」
「それよりも先に」
ユウが小さく見える地球へ目をやった。
「エゥーゴとティターンズのケリが先かもしれない」
「そうかな……?」
「エゥーゴの一部が連邦とティターンズに吸収されたのは知っているな?」
「ああ」
ユウの言葉にフィリップがやれやれと言った風に頭を振る。
「エゥーゴはもうおしまいかな?」
「さすがに最期の一戦くらいはあるかもだよ、フィリップ」
「かえって、今残っているエゥーゴの連中の結束は高いかもしれねぇな……」
「それである程度エゥーゴが消耗したら、連邦内部の内輪揉めだけは終わりになるかもしれない」
「嬉しいんだか、嬉しくないんだか……」
フィリップがそう呟いたあと、再びユウに訊ねる。
「連邦はどうなるのかねぇ……?」
「わかるもんか、フィリップ」
なげやりに言い放ったユウへフィリップが慌てて言い直す。
「そうじゃない、ユウ」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「俺達の部隊の処遇という意味だよ」
「なんだ、それか……」
ユウは深く息を吐きながら、軽く笑う。
「俺達はティターンズ派の連邦軍だからな」
「上司がジャミトフの旦那だから仕方がねぇか……」
「今まで、世話になりすぎている」
「ツテもあるしなぁ……」
フィリップがサマナ達ティターンズのメンバーの名前を一から口にし始める。
「ジェリドやシロッコ……」
「馴れ合えちまうもんだな、ユウ」
「ああ……」
ユウはその言葉に対して、少し顔に笑みを浮かべた。
「そしてな……」
ユウは遠くに見えるアクシズを眺めながら、フィリップへ話しかける。
「その後のネオ・ジオンの今後の動向に対応すれば、この一連の戦争は終わるさ」
「そうかな……」
「そうさ……」
二人の機体の正面にスペースデブリ(宇宙のゴミ)が広がっている。
「未来の歴史の教科書に……」
ユウとフィリップの機体が離れる、その間に広がるデブリを眺めながら、フィリップが呟く。
「この戦争は何て名前がつけられるのかねぇ……」
「エゥーゴとティターンズだけの戦いで終わったならば」
通り過ごしたデブリ帯を見ながら、ユウは話を続ける。
「単なる大規模な内紛と言うことで片がつけられたかもしれないがな」
「そのわりには地球全体を巻き込んだ戦争だったじゃないかい? ユウ?」
「そうだな……」
フィリップへ気のない返事を送りながら、ユウはブループラウスを母艦ストゥラートの方向へと向ける。
「エゥーゴとティターンズは今後はどう動くかな? フィリップ?」
「どちらも単純に今戦っている相手だけを、どうにかして終わる話じゃないからな……」
ユウの言葉にフィリップがコクピットで腕を組みながら答える。
「エゥーゴとティターンズが潰しあったら、ネオ・ジオンの完全勝利だな」
フィリップのその言葉にユウが頷く。フィリップが続けて喋る。
「それをジャミトフさんや、エゥーゴのブレックスとやらも解っているはずだがね……」
「どの勢力が先手を取るかかな? フィリップ?」
「そうかもしんねぇな……」
そう言いながら、フィリップは機体の中からゼダンの門へと顔を向けた。
「ま、俺達は」
フィリップがユウへ笑いかける。
「給料分の働きをするだけだよな? ユウ」
「そうだな……」
フィリップのストレートな言い方にユウは苦笑した。
「ユウ、お前さんは」
「ん?」
「何で連邦軍に入ったんだ?」
「何でって……」
ユウは首を捻りながら過去を思い出そうとする。
「孤児院から出て……」
ユウはそう言った瞬間、凄まじい寒気に襲われた。
「フィリップ……」
ユウは震える声で隣のフィリップ機へ話しかける。
「どうした?」
「お前は……」
「おい大丈夫か? ユウ?」
ユウは口の中の唾をグッと飲み込む。
「お前は、何のために連邦の軍に入ったんだ?」
「なんだよ……」
フィリップが変な物を見るような目でユウの機体を眺めた。
「驚かすなよ、ユウ……」
「あ、ああ」
ユウは胸の動悸を抑えながら言葉を絞り出す。
「すまんな、フィリップ」
「まあ、俺は……」
フィリップはゼダンの門を眺めながら話をしだす。
「サイド6に産まれて、まあ普通の生活だな、パン屋の親父達を手伝ったりして……」
「そうか……」
「親父の知り合いに軍の人間がいてな、そのツテだよ」
そう言ってフィリップは肩を竦める。
「このままパン屋を継いでも、味気ないとも思ってたしな」
「何となく連邦にか」
「まあねぇ……」
「確か、親父さん達は一年戦争が始まる前に……」
「ああ、事故であの世にな……」
フィリップが微かに寂しそうな顔をした。
「葬式の為の休暇を取った後、昔のモルモット隊への転属命令さ」
「ジオンとの戦時中に休暇を取った事への当て付けかな?」
「そうかもな」
そう言いながら、フィリップがちらりと遠くのアクシズに目を向けた。
「何となくで入った軍だから、除隊して親父達のパン屋を立て直そうとも思ったがねぇ……」
「EXAMに関わってしまったからな」
「へっ……」
ユウの言葉にフィリップは軽く口の端を上げながら皮肉気に笑う。
「まあ、それだけじゃないがね」
「他に理由が?」
その言葉にフィリップが呆れた顔でユウを見つめる。
「同じ釜のメシを食った仲間がいるじゃねえかよ……」
少し照れたようにフィリップは呟いた。
「仲間か……」
「違うのか? ユウ?」
「あ、ああ」
ユウが慌てて返事をする。
「仲間だな、俺達は」
「本当に大丈夫か? ユウ?」
フィリップの声が少し真剣な口調になる。
「なんでもない」
「そうか……」
そう呟いたきり、フィリップは黙って自分が乗る機体のスピードを落とす。
「ゼダンの門の医者にでも、身体の様子を見てもらえばどうだ? ユウ?」
「気を使ってくれてありがとうな、フィリップ」
「なに……」
フィリップの機体がモビルスーツ運用重視型巡洋艦「ストゥラート」の発着カタパルトへ接近する。
「おい、ユウ……」
ユウのブループラウスがついてこない事に気がついたフィリップは後ろを振り返る。
「もう少しだけ飛んでくる、フィリップ」
「全く……」
ゼダンの門から離れていくユウのブループラウスをフィリップが呆れた顔で見つめる。
「俺は……」
ユウは先程の寒気の原因について考えていた。
「どうやって連邦軍に入ったんだ?」
コクピット内にユウの震えた声が響いた。再び口の中の唾を喉に通す。その喉から出た掠れた声が自分のパイロットスーツの頭部バイザーを撫でた。
「記憶がない……」
「焼けたぞ」
シロッコが食堂へパンケーキを持ってくる。
「旨いな」
カミーユがパンケーキをがっつきながら感想を言う。食堂の他のアーガマのクルーもその美味に舌鼓を打つ。
「カミーユ、もう少し上品に食べなさいよ」
「お袋かよ、ファ」
ファと呼ばれた少女が少し怒った口調でカミーユへ注意をする。厨房からシロッコが顔を出した。
「少し、手伝ってくれ」
「あっ、はい」
シロッコの声にファとレコアが椅子から立ち上がり、厨房へ入っていく。
「シロッコのシロップね……」
「指を突っ込むな、レコア」
レコアが鍋のシロップを舐めたのを、シロッコが軽く睨んだ。
「全く……」
シロッコがぶつぶつ言いながら、トッピングの果物を切り刻む。
「乾燥フルーツでよくここまで出来るわね」
「捕虜をこきつかうなど……」
「無駄飯は許さなくてよ?」
「私を誰だと……」
シロッコは不機嫌そうに呟きながら、鍋のシロップの味を確かめた。
「あなたにこんな才能があったなんて、驚きだわ、シロッコ」
「私は天才だ」
「そうだったわね」
そのシロッコの常套句にレコアが苦笑する。
「食事に時間をかけるのは嫌いなのではなかったの?」
「その考えが、料理を作る事が出来ない理由にはイコールにならないだろう、レコア?」
「確かに……」
レコアが笑いながら、鍋のシロップを再び舐めた。
「うーん、美味しい」
「何しに来たのだ、お前は……」
レコアの様子に呆れた顔を見せながら、シロッコはパンケーキを皿に乗せた。
「持っていけ、小娘」
ぶっきらぼうにシロッコはファという少女へ言い放つ。
「捕虜の立場をわきまえた方が良いわよ、シロッコさん?」
「早く持っていけ」
「はいはい……」
ファがテーブルへ追加のパンケーキを持っていく。すれ違いざまにカミーユが厨房へ入ってきた。
「シロッコ、食べ終えたぞ」
「自分で洗え」
「俺は男だぞ?」
「私だって男だ」
冷たくそう言いながら、シロッコが粉を溶き始めた。
「あなたの負けよ、カミーユ」
「ふん……」
レコアの言葉に軽く鼻を鳴らしたカミーユは、自分の使い終えた皿を洗い始めた。
「おい、シロッコ」
「何だ? 小僧?」
「どこでこんな料理を覚えた?」
その言葉にしばしシロッコが無言になる。
「私は孤児院の出身でな」
しばらくしてからシロッコが話を始める。
「そこで習ったのだ」
「なるほど……」
皿を洗い終えたカミーユが頷く。
「私はそこの孤児院に、少し歳が上の兄がいたらしくてな」
「大変!! シロッコ!!」
鍋のシロップが煮詰まり始めたのを見て、レコアがシロッコへ助けを求める。
「少しは自分で何とかしろ!! レコア!!」
「料理なんてしたことないわよ!!」
見かねたファが鍋を掴む。
「冷えたらパンケーキにかけるわね」
「よく冷やせよ、小娘」
「ファと言う名前があるわ」
「どうせ、敵同士だ」
「嫌みな人」
ファがテーブルに向かう。自分のパンケーキを食べるつもりのようだ。その姿を尻目に皿洗いを終えたシロッコは椅子に厨房の小椅子に座って一息つく。
「兄は私のこのパンケーキを喜んで食べていたようだ」
「兄か……」
カミーユが複雑な表情をする。
「会いたいか? シロッコ?」
「別に」
無関心そうにシロッコは呟く。
「大した興味はない」
「冷たいな……」
「お前も肉親に対しては冷たそうだな?」
シロッコのその言葉にカミーユはムッとした顔をする。
「俺の家庭環境の事を知っているのか?」
「私が孤児であると言ったとき」
シロッコが水を飲みながら、口の端を歪める。
「どこか、お前は羨ましそうな顔をした」
「ふん……」
「常人ではあり得ん反応であったな」
そう言って、シロッコは椅子から立ち上がる。
「まあ、お前の家の事などどうでもいい事だ」
「やっぱり、嫌な奴だよ……」
カミーユはそう言いながら、厨房から出ていこうとした。
「おっと!!」
「ごめんなさい!! カミーユ!!」
すれ違いざまに厨房へ入ってきたブルーにカミーユがぶつかりそうになった。
「シロッコ!!」
「何だ!?」
「ラーディッシュの艦から追加の注文よ!!」
「あれだけあったのにか!?」
「ヘンケン艦長とエマさんが沢山食べちゃって!!」
「天才の足を引っ張るだけの俗人が!!」
シロッコはそう悪態をつくと、コンロへ向かう。
「粉が足りなくなるかもしれんな……」
「ラーディッシュから持ってきたわ」
「嫌な気の使い方だな……」
シロッコがブルーへ苦虫を噛み潰したような顔をする。
「その気の使い方をジャミトフにでもしたらどうだ?」
「私の事をしっていて?」
「シャアとクワトロの事ぐらいには有名だな」
シロッコが洗ったフライパンを拭きながら言葉を返す。
「ジャミトフはティターンズの総帥などと言う器ではないな」
「なぜ?」
「離縁した娘の事を切り捨てられない男が大義などを為せるものか」
「父は私を?」
「希に、ジャミトフの頭の内が読める場合がある」
「父がニュータイプとでも?」
「そこまでは言わんよ」
ブルーへそう話をしながら、シロッコが粉の様子を見る。
「小麦ではなく、大麦ではないか?」
「それでは出来なくて?」
「私ならば問題はない」
残った小麦とブルーが持ってきた大麦を計りを使いながらシロッコは混ぜ始める。
「ジャミトフにでも会いにいってやれ、女」
「あなたに忠告される筋合いはなくてよ?」
「お前達の関係を見ていると、私の感性が苛立つのだよ」
「大きなお世話よ!!」
ブルーは怒りながら、厨房を出ていった。
「これだから、俗人は……」
「シロッコ」
レコアが走り去って行ったブルーを変な目で見ながら、シロッコに訊ねる。
「手伝いたいのだけど?」
「お前では太刀打ちできない、レコア」
「皿洗いは出来るわ」
「それは頼む」
皿洗いを始めたレコアにファが大量の皿を持ってきた。
「手伝うわ、レコアさん」
「お願い、ファ」
二人の女の横で、シロッコが何か物思いにふけりながら、パンケーキを焼いている。
「はて……?」
シロッコの脳裏にふとユウ・カジマの顔が浮かんだ。
「何者なのだ、あやつは?」
「パンケーキ!! 美味しいパンケーキ!!」
厨房からアーガマのクルーが追加を催促する。その声にシロッコはため息をつく。
「隠し腕、じゃない。隠し味でもいれるかな?」
シロッコは催促する声に顔をしかめながら、パンケーキをひっくり返した。
「口直しが欲しいなあ……」
カミーユの声に何人かのクルーが賛同する。
「仕方がない、汁物でも作るか」
シロッコが冷蔵庫から玉ねぎを取り出す。
「私も何か作ります」
「頼む、小娘」
「ファですよ……」
ファは口を尖らせながらも、最期のパンケーキを焼き上げた。
「戦うしか出来ないニュータイプの出来損ないよりも」
シロッコはエプロンで手を拭いてから、チラリとカミーユへ目をやる。
「お前の方がよほど役に立つ、小娘」
「そうやってレコアさんを口説いたんですか? 天才さん?」
「どうかな……」
ファへ気のない返事をしたあと、シロッコはまな板へ野菜を乗せる。
「ふう……」
手に取った玉ねぎを見つめながら、シロッコは息を一つ吐く。
「私の製作したジ・オを誰か勝手に使ってないだろうな……?」
そう呟いてから、シロッコが包丁を玉ねぎへ差し込んだ。