夕暁のユウ   作:早起き三文

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第29話 ダカールの日

「これにて、災害被害国への援助資金の配分は決定されたものとします」

 

 ダカール議会の進行役の男が木槌を台へ降り下ろす。乾いた音が議会場へ響く。

 

「次の議案は……」

 

 

 

 

 

「いよいよ、エゥーゴへバトンタッチだな」

 

 ダカール議会の警備をしているユウがモビルスーツの中から議会のラジオ放送を聞いている。

 

「もうすぐ交代だぜ、ユウさんよ」

 

 豪華な装飾をされたガンダムから、ヤザンが声をかける。

 

「そうか」

 

 ユウはラジオのチャンネルを切る。

 

「せっかく、良いところだったのに」

 

「良いも悪いもあるか……」

 

 ヤザンが不満そうに愚痴を言う。

 

「つまんねぇ仕事だぜ……」

 

 ヤザンが大きくため息をつく。

 

「カッコいいガンダムに乗れるじゃないか?」

 

「お前さんはこんな飾り物に乗って嬉しいか?」

 

「実はあんまり……」

 

「だろう?」

 

 ユウのゴージャスなジムを指差しながら、ヤザンが軽く笑う。

 

「暇な仕事の次は暇な休憩だぜ……」

 

「議会のラジオでも聞いたらどうだ?」

 

「興味がないな」

 

 ヤザンは無関心そうに言い放つと、ジャズの番組にラジオのチャンネルを合わせた。

 

「モビルスーツから出ても、面白い事はねえしなぁ……」

 

「各組織のエースにでも会いに行けばどうだ?」

 

「へっ……」

 

 軽く肩を竦めるヤザン。

 

「こんな呑気な場所で会っても、嬉しくも何ともないね」

 

「全く……」

 

 ユウは自分のジムをヤザンの機体とすれ違わせながら、警備の担当場所へと歩いて行こうとする。

 

「ティターンズで一番のパイロットと認められたんだぞ?」

 

「ありがたいねぇ……」

 

 皮肉げにヤザンがそう吐き捨てた。

 

「議会の護衛用に特別に作られた……」

 

 ユウが金銀、そして人工ダイヤで飾り立てられたガンダムを眩しそうに眺めながら言葉を続ける。

 

「オンリーワンのガンダムに乗れたということは最高の栄誉の証しではないかな?」

 

「栄誉だかなんだか知らねえが……」

 

 ヤザンは目を閉じながらジャズを聞いている。

 

「俺は戦いの空気を吸わないと、酸欠になっちまうんだよ」

 

「酸素欠乏症になるってことか?」

 

「もう、なっているかもな……」

 

 そのヤザンの言葉に苦笑しながらも、ユウは警備場所へジムを向かわせた。

 

 

 

「私はエゥーゴのクワトロ・バシーナと言うものだ」

 

 発言台へ手をつきながら、クワトロがそう切り出した。

 

「しかし、本当の名前はシャア・アズナブルと言う」

 

 

 

 

 

「誰だって知っているさ……」

 

 オープン回線で勝手に聴こえてくるクワトロの演説にジェリドがジムのコクピットから皮肉混じりに呟いた。

 

「そうでしょうね」

 

 隣のエゥーゴカラーのジムに乗るブルーがそう答えた。

 

「エゥーゴの分際がティターンズに口を聞くんじゃねえよ……」

 

「みっともないわよ、ジェリド」

 

 少し怒ったようにブルーへ言い返したジェリドへ、少し後ろにいるマウアーの機体から涼やかな声が飛ぶ。

 

「ごめんなさいね、エゥーゴ」

 

「何ともないわよ、ティターンズ」

 

 マウアーの言葉にブルーは微かに笑う。それを受けてマウアーも口元を綻ばせる。

 

「女は仲良くなるのが早いねぇ……」

 

 ジェリドが呆れた声で言った。

 

「だから、シロッコさんとやらは女が世界を統治すべきだとか、よくわからん事を考えたのかな? マウアー?」

 

「違うわよ、あの男は」

 

 マウアーが吐き捨てるように呟く。

 

「それは単なるパフォーマンスよ、ジェリド」

 

「そうか?」

 

「あの男が好きなのは、人々が自分の足元に這う姿を見る事だけ」

 

「言うねぇ、マウアー……」

 

 ジェリドが辛辣なマウアーの言い方に苦笑する。

 

「あなたは自分が人の上に立つ、そのための急な階段を必死で駆け上がるのが何よりも楽しい」

 

「そ、そうなのか?」

 

「男の器の違いよ」

 

 うろたえるジェリドをマウアーが微笑みながら見つめた。

 

「見せつけないでよ、ティターンズのカップル」

 

 ブルーが少しやっかんだ感じの声を上げた。

 

「うらやましくて? エゥーゴの方?」

 

「誰が……」

 

 拗ねたブルーを見ながら、マウアーが軽く笑い声を上げた。

 

「あんたら二人を見ていると……」

 

 ジェリドが二人に聴こえないようなくらいの小声で呟く。

 

「女が世界を統治すべきだという考えを少しは理解できるな……」

 

「何か? ティターンズ?」

 

「何でもねえよ、エゥーゴ」

 

 ブルーの耳の良さに呆れながら、ジェリドはぶっきらぼうに言い放った。

 

 

 

 

 

「そもそも、本来地球は地球で生まれ育ったもの全ての聖地とすべき物であった。しかし、地球に魂を引かれたもの達がいつまでも地球に座り込み、ついにはティターンズという組織まで生み出してしまった」

 

 

 

 

「悪かったな、スペースノイド」

 

 スパゲッティーを食べながら、ティターンズの軍事面の責任者「バスク・オム」は不機嫌そうに顔のゴーグルを拭いた。

 

「粉チーズが足りんぞ、おい!!」

 

 バスクは近くの兵へスパゲッティーの味について文句を言った。

 

 

 

 

「我々エゥーゴはその地球に魂を引かれた者達の象徴とも言えるティターンズを無くす為に宇宙に生まれた物であったが」

 

 

 

「雄弁だねぇ、クワトロ大尉は」

 

 カミーユはポテトチップスを口へ運びながら、テレビを見ている。

 

「少しちょうだい、カミーユ」

 

「台所へ取りに行けよ、ファ」

 

「ケチ!!」

 

 ファと呼ばれた少女はエゥーゴの強襲艦アーガマの食堂へと去っていった。

 

 

 

「そのエゥーゴも地球に魅了され、第二のティターンズとも言うべき物へと変質しつつある」

 

 

 

 

「何か、議会の雲行きが怪しいぞ」

 

「仕事中にラジオを聞いているのか?」

 

「何か、回線がオープンになっているんだよ、ニムバス」

 

 装飾をされたザクに乗りながら、オグスが隣のニムバスへそう声をかける。

 

「私は議会の内容よりも、この居心地の悪さを何とかしたい」

 

 ジム達に囲まれて、二機だけ警備用のザクがいるという状況にニムバスが嫌な顔をする。

 

「所詮、我々ネオ・ジオンは仮想敵だからな」

 

「お情けで出席させてもらっているだけか」

 

 そう言いながら、ニムバスがため息をついた。

 

「私は少し前までは連邦の人間だったのにな」

 

「何はともあれ、ジオンへ出戻ったのだ」

 

 オグスが笑いながらニムバスへ答える。

 

「頑張って馴染んでほしい」

 

「わかっているよ……」

 

 ニムバスは眉をひそめながらも、再び警備に集中した。

 

 

 

 

 

 

「私、シャア・アズナブルはここにエゥーゴから離脱することを表明し、宇宙、そして地球の摂理に従おうと思う」

 

 その言葉に議会場がざわめいた。

 

 

 

 

 

 海辺でラジオから放送されているダカールの演説を無言で聞いている女がいる。

 

「キャスバル兄さん……」

 

 女はシャアの演説を聞きながら哀しげに呟き、海を眺めながら一口紅茶を飲んだ。

 

 

 

 

 

「ブレックス代表、今までありがとうございました」

 

 クワトロが発言台から降りていき、初老の男へ頭を下げる。

 

「うむ……」

 

 エゥーゴ代表であるブレックス・フォーラはそう言ったきり、何も答えない。

 

「……」

 

 その二人の様子をティターンズの代表であるジャミトフとシロッコが黙って見つめている。

 

「シャア・アズナブル」

 

 唐突にシロッコが席から立ち上がった。その無遠慮な行動にダカールの議会に参加している者達から非難の声が上がる。

 

「あなたはこれからどこへ行くのだ?」

 

「のんびりと宇宙旅行にでも……」

 

「フフ……」

 

 シロッコはそう言い、ニヤリと笑う。

 

「私も行きたいものだ、シャア・アズナブル」

 

「ついて来るかい?」

 

「遠慮をしときますよ……」

 

 シロッコはシャアへそう答え、周囲へ一礼をしてから再び席へとついた。

 

「では……」

 

 シャアは丁寧な仕草で礼をし、足早にダカールの議会場を立ち去っていく。

 

「コホン……」

 

 議会の進行役の議員が一つ咳をしてから、議会を再開させる。

 

「……ブレックス代表」

 

 進行役に呼ばれたブレックスは軽く頭を振って、低い声で言葉を放つ。

 

「私の発言権はクワトロ・バシーナに一任している」

 

 その言葉に議員達が微かに騒いだ。

 

「クワトロ代表はエゥーゴの事について、何一つ語っていませんぞ?」

 

「構いません」

 

 ブレックスはそうハッキリと言った。その言葉に進行役の男が頷いた。

 

「では、次に」

 

 彼は議会を進行させる。

 

「ティターンズ代表、ジャミトフ・ハイマン」

 

 ジャミトフが軽く頷いてから、席を立ち上がる。そのまま、中央の発言台へと歩いて行く。

 

「ブレックス」

 

 ジャミトフが途中の席にいるブレックスへ顔を向けずに話しかけた。

 

「飼い犬に手を噛まれたな?」

 

「いずれはこうなると思ってはいた」

 

「そうだろうな」

 

「エゥーゴの内部分裂は私の目から見ても面白いものだよ、ジャミトフ」

 

「そうか……」

 

 ジャミトフは軽いため息をついたようだ。

 

「まあ、もっとも……」

 

「何だ? ジャミトフ?」

 

「ティターンズも同じだがな」

 

 ジャミトフはやや哀しげに呟き、発言台へと歩いていった。

 

 

 

 

 

「シャア……」

 

 アムロはジュースを飲みながら、暗い部屋で黙ってラジオを聴いている。

 

「何を考えている……」

 

 その言葉に答えるものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「始まりだな……」

 

 ネオ・ジオンの旗艦「グワダン」のブリッジから一人の女が宇宙をその鋭い目で見つめながら呟いた。

 

「シャアが帰って来ることに、ミネバ様はお喜びになるかな……」

 

 ネオ・ジオンの形式上の少女の顔を思い浮かべながら、女はその顔に少し笑みを浮かべた。


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