「本当なら、アムロも同席したかったらしいが」
ユウは隣に立つ男と共に窓の外の雪を眺める。
「どうしても手が離せなかったらしいです」
「カラバは寄せ集めの部分があるからな……」
ユウの隣に立つ、黒いサングラスをかけた金色の髪をした男がそうボソリと呟いた。
「忙しかったのだろうな、アムロの奴は」
「あなたも忙しいでしょうに、クワトロ大尉」
「茶飲み話をする位の時間はある」
クワトロと呼ばれた男はそう言いながら、窓から離れる。
「君の名前はブルー君から聞いている、ユウ・カジマ君」
「どのような?」
「ニュータイプに理解があるオールドタイプと」
「少しバカにされているような……」
「気のせいだろう?」
男の笑顔に対して少し不満げな顔をしながらも、ユウも窓から目を離す。
「今度、ダカールでの連邦の総会があってな」
クワトロは軽く肩を竦めながら、ユウへ話しかける。
「そこでのエゥーゴの発言力を増すために、キリマンジャロのティターンズ基地を攻める」
「連邦の俺には関係のない話ですね」
ユウの苦笑にクワトロは声をあげて笑う。
「ダカールでどうなるかまではわからんよ」
「議会で武力行使でもするつもりだと? クワトロ大尉?」
「今後のエゥーゴとティターンズの行く先を決める天王山にもなりかねないからな」
「そうならない事を願ってますよ、クワトロ大尉」
ユウはそう言いながら、客室の椅子へと座る。
「エゥーゴで二番目に強いと言われているあなたとは戦いたくない」
「私は二番目か? ユウ・カジマ君」
「一番目はあのカミーユとか言うガキでしょう?」
「ガキ?」
クワトロはその言葉に堪えきれないといった感じで笑いだす。
「何かあったのか?」
「大人の事情を知らない小僧だと言う事ですよ、大尉」
「そうかもな、アイツは……」
クワトロも肩を竦めながら椅子へ座った。
「では、ユウ・カジマ君」
「ユウで良いですよ」
「馴れ馴れしくないか? それでは?」
クワトロが苦笑いをしながら、コーヒーに手を伸ばす。
「私よりも、ユウ・カジマ君の方が少し歳が上だろう?」
「アムロが俺をあなたに会わせたのは」
そう言いながらユウもテーブルの上のコーヒーカップに手を触れる。
「穿った意見を交換しろという事だと思いますが?」
「名前の尻にこだわっては、余計な気を使うかな……」
またしてもクワトロは肩を竦める。
「では、ユウ君」
「はい」
「君は今の地球圏での争いをどう見るか?」
「簡単な答えですよ」
ぬるくなったコーヒーを気にしながら、ユウははっきりとクワトロへ告げる。
「予測などつきようがない」
「そうかな?」
「違うと?」
クワトロは頷きながら、コーヒーを飲み干した。
「地球が戦いを引き込んでいると思わないか?」
「意味が解りませんが……」
軽く首を振ってからクワトロは椅子から立ち上がり、窓の外の雪景色を眺める。
「美しいものだな」
「まあ、確かに……」
ユウは曖昧に答えながら、ポットからコーヒーを入れ直す。
「だか、この美しさが」
クワトロが少し窓を開ける。凍えるような風が部屋へ入り込む。
「寒いですよ、クワトロ大尉……」
「フフ……」
笑いながらも、クワトロはその冷たい風を身体に受ける。
「ティターンズもエゥーゴも」
話しながらクワトロはパタンと窓を閉めた。
「そして、ネオ・ジオンと連邦も」
何を思い立ったか、クワトロはラジオをかける。
「この地球の美しさゆえに争うのだ」
「……」
ユウは無言でクワトロの話を聞いている。
「今日の絵画の時間はバスク・オムさんの絵を紹介しようと思います……」
ラジオから教養番組の音声が流れる。
「ティターンズの対テロ対策の責任者であるバスク・オムさんは一年戦争前に画家としても名を馳せ……」
ラジオを聞き流しながら、クワトロは話を続ける。
「美しさとは罪だな……」
「美女の自慢みたいな事を……」
クワトロの言い方にユウは軽く笑う。
「争いの元凶は絶たねばならないと思わないか……」
「それは……」
ユウは難しい顔をしてクワトロの言葉の意味を考えている。
「バスク・オムさんは一年戦争時に目を負傷して以来、筆を置きましたが……」
ユウはラジオを聞きながら、壁に飾られている絵を眺める。
「あの絵がバスク司令が描いた絵らしいですよ、クワトロ大尉」
「あの強面の男が描いたとは思えないな……」
二人は壁に飾られている美しい山脈の絵を眺める。
「美しさのゆえに、地球はその罪が深いのだよ」
感心したように絵を眺めながら、クワトロは一人頷く。
「クワトロ大尉……?」
ユウは妙なフラストレーションを感じながら、二杯のコーヒーを飲み干す。
「私にとってはな」
クワトロが椅子へ座り直し、ユウの顔を見つめる。
「エゥーゴもティターンズと同じ穴のムジナだと、最近になって気づいたよ」
「同じとは?」
「ともに地球に魂を引かれた者達だ」
クワトロの深い意味に聞こえる言葉にユウは首を傾げる。
「エゥーゴから離れるとでも言うのですか?」
「ああ」
ユウがその反応に困るほど、クワトロはハッキリと言い放つ。
「ネオ・ジオンにでも戻るのですか?」
「なぜ?」
「赤い彗星であったから……」
「知っていたか」
「公然の秘密でしょうに……」
ユウの呆れたような声にクワトロは微笑んだ。
「争いの根は完全に絶ちたいからな」
「フム……」
ユウはクワトロの真意が解らない自分に少し苛立つ。
「飲み過ぎは胃をおかしくするぞ?」
「とうにおかしくなっている」
ポットから三杯目のコーヒーを入れようとしたユウをクワトロはやんわりと止めた。
「あなたがハッキリと言わないからですよ、クワトロ大尉」
「ハッキリと言ったら、君は私を狂人だと思うだろうからね、ユウ君」
その言葉にユウは深いため息をついた。
「俺はオールドタイプですから」
「そうかな?」
「オールドのタイプですよ」
ユウがややなげやりに言う。
「アムロは君がニュータイプの目を持ったオールドタイプと評していた」
「買いかぶりですよ……」
「私はアムロの評価を信じたいがね」
ユウの近くにやってきて微笑むクワトロに少しユウはうんざりしたように話す。
「しかし、俺にはあなたが理解できない」
ユウは少し疲れたように言う。
「何か、あなたの存在に恐怖を感じる」
「私が嫌いかね?」
「どこかが解り合えない」
「そうか……」
クワトロは少し失望したようにユウを見やった。
「邪魔をしたな」
クワトロはそう言いつつ、部屋を出ていこうとした。
「クワトロ大尉」
「ん?」
部屋を出ていこうとしたクワトロが足を止める。
「俺はあなたと同じくらい傲慢な男と解り合えた」
「私も君に嫌われたもんだな……」
苦笑するクワトロをユウは無視する。
「だが、その彼をしてもお互いの道が別れてしまいましたがね……」
「人は所詮、道を違えるものだとでも?」
「さすがはニュータイプ」
ユウは皮肉をこめてクワトロに言う。
「クワトロ、あなたは人と解り合う気持ちがありますか?」
「アムロのような事を言うな、ユウ……」
「あるかと聞いている」
詰問するような口調になったユウの言葉を背中に受けつつ、クワトロは口を開く。
「アムロにでも聞くんだな、ユウ」
不機嫌そうな声でクワトロはそう言い放つと、そのまま部屋を出てドアを閉める。強く閉められたドアが大きな音を立てる。
「ふう……」
ユウは自分の身体が妙な疲れに包まれている感じに深く肺から息をついた。
「昔のニムバスだ……」
クワトロが立ち去ったあとのドアを見ながら、ユウは吐き捨てるように呟く。
「あそこまで人は自分が一番偉いと思えるものなのか?」
何かむしゃくしゃしてきたユウは酒を飲みたいと思った。
「ちっ……」
部屋の冷蔵庫に酒がなかった事に舌打ちをしながら、ユウは売店へと足を向けた。