夕暁のユウ   作:早起き三文

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第26話 おでん

 

「暮らしやすいな」

 

「日本がか?」

 

「心地が良い」

 

 炬燵に入りながら、ユウがアムロへこの国の感想を言う。

 

「親父の実家の家なんだよ、ここは」

 

「サンインとか言う地域らしいな」

 

「珍しい名前だろう、ユウ」

 

「日本だからなあ」

 

 ユウは蜜柑の皮を剥きながらアムロに答える。

 

「ユウは日本人か?」

 

「いや……」

 

 ユウは軽く首を振る。

 

「孤児なんだよ」

 

「そうか……」

 

 アムロが指で軽く自分の顔を掻く。

 

「すまないな」

 

「何がだ? アムロ」

 

「デリカシーの無い事を言ってしまって」

 

「構わないさ」

 

「カジマという姓が気になってしまってね……」

 

「日本語らしいからな」

 

 そう言いながらユウはアムロへ笑いかけた。

 

「ニュータイプってのは……」

 

 フィリップが少し酒を飲みながら話に加わる。

 

「もっと人の心を思いやる人間だと思っていたがね……」

 

「おい、フィリップ……」

 

 少し気分を害したらしいフィリップをなだめようとしたユウへアムロは手を振った。

 

「俺は退化したニュータイプだからな」

 

「退化したニュータイプかい……」

 

 その言葉にフィリップが苦笑する。

 

「ニュータイプはもともと宇宙で生きる人間だ」

 

「いつまでも地球にいると、ニュータイプでは無くなる?」

 

「そうかもな……」

 

 アムロは曖昧な笑みをユウへ向けた。そのアムロ達を見ながらフィリップがユウへ訊ねる。

 

「ついでに聞いてもいいか?」

 

「何だ? フィリップ?」

 

「どこで育った?」

 

 ユウは少し天井を眺めながら、その質問に答える。

 

「サイド2、その孤児院」

 

「そうだったのか……」

 

 フィリップが軽く頷いた。

 

「俺には弟がいたらしい」

 

「へえ?」

 

「俺が七、八歳の時に、弟は誰かに引き取られた」

 

「ふぅん……」

 

 話を聞きながら、フィリップはバツの悪い顔をしてユウに口を開く。

 

「俺もデリカシーの無い人間だな……」

 

 酒に酔って変な事を聞いてしまったフィリップは、少し後悔したような顔をしながらユウへ軽く頭を下げる。

 

「別になんともないよ」

 

 フィリップへそう言いながら、ユウは帰りが遅いブルーとサマナの事を気にする。

 

「喧嘩でもしているかな?」

 

 アムロが煎餅を食べながら、首を傾げる。

 

「一応、ティターンズとエゥーゴの人間だ」

 

「まさかだな、アムロ」

 

 ユウは二つ目の蜜柑に取りかかりながら、アムロの心配そうな言葉を笑って否定する。

 

「サマナもブルーも良いやつだよ」

 

「そうかもな」

 

「それを言ったら」

 

 ユウはテレビのチャンネルを変えながら話続ける。

 

「アムロも反連邦のカラバにいる人間だ」

 

「上の連中には許可を取っているさ」

 

「連邦の情報を得る為と言って」

 

「理由はどうにでもなるもんだ」

 

 アムロがそう言いながら肩を竦める。その時、二階からアルフが降りてきた。

 

「コンピュータ、ありがとうな。アムロ・レイ」

 

「俺の家のコンピュータは多分、連邦だかカラバだかに監視されているぞ?」

 

 アムロはタバコを吸い始めたアルフを心配そうに見る。

 

「見られても、どおってことのない奴だけを送ったさ」

 

「杜撰だな、オーガスタ研究所の規則は」

 

「どのみち、どこかの残留ミノスフキー粒子でバクが出る」

 

 アルフはタバコを旨そうに吸いながら、アムロへ答えた。

 

「仕事をしたって証しだけを送るようなもんだ」

 

「不真面目だな……」

 

「真面目過ぎるとバカを見るよ」

 

 アルフがユウへニヤッと笑う。

 

「サマナ達かな……?」

 

 玄関の方からの物音にユウは耳を立てる。

 

「だから、コンビニで買うのは高いって……」

 

 サマナの声と同時にアムロの家の玄関が開く。

 

「ティターンズは金銭感覚までもオールドタイプねぇ……」

 

「スーパーで買わないとだめなんだよ」

 

 呆れた声を出しているブルーへサマナがグチグチと何かを言っている。

 

「帰ってきたか」

 

 ユウは台所へいるローベリアへ声をかけた。

 

 

 

 クシュン!!

 

 ローベリアが可愛いくしゃみをした。

 

「寒いよ、この時季の地球は」

 

「ほらよ」

 

 くしゃみをしたローベリアへユウがドテラを渡す。

 

 ガァン!!

 

「ちぃ!!」

 

 サマナとブルーの箸が交差した。

 

「止めろよ、二人とも……」

 

 ユウは情けない声を出しながら、二人が取り合っていた餅巾着を口へ運ぶ。

 

「人を戦わせておいて、脇から見ているだけの汚い男」

 

 ローベリアがはんぺんを自分の方へ引き寄せながら、ユウを少し軽蔑の目で見る。

 

「戦いってなんだよ……」

 

 アムロが苦笑しながら、隣のアルフへ酌をしてやる。

 

「裏取引の内容はこんなもんで良いかな?」

 

 アルフが一枚の紙をアムロへ見せる。

 

「連邦もエゥーゴも、そしてティターンズにネオ・ジオンのメンバーがいるなかで、裏取引も何もないだろう……」

 

 ユウが二人のやり取りを皮肉げに見ている。

 

「こういう時に」

 

 アルフが自分の胸の録音機を指で叩きながらユウへ答える。

 

「何も重要な事を言わないと、かえって俺が疑惑の目で見られるんだ」

 

「ツボを心得ているな」

 

 アルフの自嘲げな言葉にローベリアが賛同する。

 

「僕もそうではありますよ」

 

 がんもどきを食べながら、サマナが呟く。

 

「ジャミトフに何か言われたか?」

 

「肌で感じる雰囲気を嗅ぎとってこいとね……」

 

 サマナがちらりとおでんの汁を飲んでいるブルーを見る。

 

「エゥーゴと平気で付き合えるティターンズの人間は少ないですから」

 

「良いように使われているわねぇ」

 

 ブルーがサマナへ呆れた声を出す。

 

「閣下にブルーさんと会う機会があると言ったら、即座に行けと言われましたよ」

 

「血というのは、なかなか断ち切れないものね……」

 

 少し酒を飲みながら、ブルーがため息をつく。

 

「あたしと父の事はいい話の種になっているからね……」

 

「ジャミトフとお前の事は、すでにエゥーゴにも知れ渡っている?」

 

 軽く顔をうつむかせているブルーへユウが口に食べ物を含んだまま訊ねる。

 

「ティターンズのスパイではないかと疑われてさえいるわ」

 

「だったらさあ……」

 

 蜜柑で箸休めをしているローベリアが口を挟んだ。

 

「こんなとこにいたら、まずいんじゃないのかい?」

 

「あたしは」

 

 ブルーはローベリアに顔を向ける。

 

「エゥーゴにも失望を感じはじめているの」

 

「やはり、うちのネオ・ジオンと同じような内部分裂に?」

 

「どこもかしこも同じらしいけどね……」

 

 ローベリアへため息混じりで答えながら、ブルーはおでんの鍋に箸を入れる。

 

「ニムバスがネオ・ジオンにねぇ……」

 

 唐突に炬燵から少し離れた場所で横になってテレビを見ているフィリップが呟いた。

 

「オーガスタ研究所からの差し出しものだよ」

 

「ネオ・ジオンへの賄賂としてのモビルスーツのおまけか」

 

 アルフの言葉に、大根を食べながらアムロが答える。

 

「あたしが捕虜となっていたのが、仇となったのかもしれないな」

 

 身に纏っているドテラを気に入ったらしいローベリアが少し声を低くしてアルフへ言う。

 

「あんたの繋ぎがなくても、オーガスタはネオ・ジオンへ繋がりを持とうとしてたさ」

 

「時間の問題だったってだけか」

 

「そうだとも」

 

 ローベリアに答えながら、アルフはおちょこで日本酒を飲み干す。

 

 キィン!!

 

「オールドタイプが!!」

 

 サマナの箸をブルーが振り落とす。

 

「いい大人が何を……」

 

 そう言いながらも、その隙にユウは二人が取り合うちくわを口に入れる。

 

「汚い大人だな……」

 

 アムロがユウに笑いかけながらアルフに再び酌をしてやる。

 

「量産型サイコ・ガンダムの様子はどうだ?」

 

「量産型サイコ・ガンダム?」

 

 ローベリアがたくあんを噛みしめながら首をひねる。

 

「サイコ・ウルフの事だよ」

 

「ああ、あれなら」

 

 ローベリアが窓の外へ顔を向けながら、アルフへ答える。

 

「ニムバスが上手く使っている」

 

 ローベリアはそう言いつつも、窓の外から目を離さない。

 

「雪か……」

 

「宇宙には無いものだな?」

 

 アムロへローベリアは頷く。

 

「地球にしかない色の物だよ」

 

 少し窓を開け、降り注ぐ雪を眺めながらローベリアが穏やかに微笑む。

 

 カッアッ!!

 

「スペースノイドめ!!」

 

「やらせないつもりか!?」

 

 サマナの箸がブルーの箸を押し始めた。

 

「よっと……!!」

 

 ユウが再び餅巾着を二人から奪う。

 

「人を道具にする奴……!!」

 

 ユウに苦笑いしながら、アムロもおでんを食べ始めた。

 

「親父さんは元気か? アムロ・レイ?」

 

「俺の親父?」

 

「テム・レイだ」

 

「ああ、それなら」

 

 アムロは家の外のガレージを指差す。

 

「悠々自適の生活を送っている」

 

「隠居か」

 

「建前上はな」

 

「ふぅん……」

 

 アムロの言葉にアルフが唇を歪める。

 

「元祖ガンダムの開発者何だってな、テム・レイとやらは」

 

 フィリップが首だけをアムロ達に向けて口を挟む。ちょうど、アニメとして制作された「ガンダム・ヒーローズ」がテレビ放送されていた。

 

「俺達のようなモビルスーツ関係の技術者にとっては、テム・レイは一種のカリスマだよ」

 

 燃え上がれと連呼される勇壮なオープニングテーマを聞きながら、アルフがフィリップへ呟いた。

 

 ガラッ……

 

「ただいま」

 

 スーツに身を包んだニムバスが帰ってきた。

 

「お帰り、ニムバス」

 

 ユウとローベリアが玄関まで迎えにいく。

 

「参ったよ……」

 

「ムラサメはだめか?」

 

 ユウが日本にあるニュータイプ研究所の名前を言う。

 

「オーガスタも大概なグレーではあるが」

 

 ニムバスがネクタイを緩めながら愚痴を言う。

 

「ムラサメは待遇も研究内容もブラックだ」

 

「大変だったな」

 

「身体が持たん……」

 

 ムラサメ研究所で強化人間のデータ採取に付き合わされたニムバスは深いため息をついた。

 

「食事と風呂、どちらが良い?」

 

 ローベリアがニムバスに訊ねる。

 

「風呂」

 

 ニムバスはぼそりと言うと、居間へ入る。

 

「土産だ」

 

 ニムバスが寿司折を炬燵へ置く。 

 

「ありがとう、パパ」

 

「だれがパパだ……」

 

 ブルーの冗談に不機嫌そうに答ながら、ニムバスは風呂へと向かう。

 

「ムラサメはサイコ・ガンダムなんて言うバカな物を作るような所だからなあ……」

 

 アルフがポツリと呟いた。

 

「俺の親父も関わっているんだよ……」

 

 アムロが少し暗い顔で言う。

 

「やはりな」

 

「何が?」

 

 我が意を得たりと言うようなアルフの顔をユウがじっと見つめる。

 

「テム・レイ」

 

 少し真面目な顔をしてアルフが低く言う。

 

「今でも連邦で研究をしているんだな?」

 

「そうだよ……」

 

 黙々とおでんを食べながら、アムロが答える。

 

「親父は一度、死んだ人間なんだ」

 

「行方不明になったんだってな?」

 

「サイド6で生きてたよ」

 

 ニムバスが持ってきた寿司を食べ始めたサマナとブルー。その二人の食欲を呆れたように見つめながらアムロがフィリップへ答える。

 

「一度死んだ人間は使いやすいんだ」

 

「ニムバスと同じだな」

 

「そうなるな」

 

 ユウに答えながら、アムロはちらりと風呂の方へ目をやる。

 

「親父はまた新しいモビルスーツを作っているみたいだ」

 

「なるほどな」

 

 アルフは頷きながら、録音機をコンと叩く。

 

「良い情報だ」

 

「フン……」

 

 アムロは鼻を鳴らしながら、酒に手を伸ばした。

 

 

 

 

「ニムバス」

 

「ん?」

 

 その言葉に、暗い寝室の中で布団を被ったニムバスがユウへ振り返る。

 

「ありがとうな」

 

「何がだ?」

 

「この前のジオンとの戦いの時」

 

 オレンジ色の豆電球を眺めながら、ユウは以前にジオンの部隊と戦った時に支援してくれたガンダムの事を言う。

 

「あの大型のガンダムはお前だろう?」

 

「よくわかったな」

 

「マリオン・システムのおかげだよ」

 

 ニムバスはその言葉に無言でいる。

 

「あのな、ユウ」

 

 ニムバスが何かを言いかける。

 

「マリオン・システムの事だが……」

 

「解ってるさ、ニムバス」

 

 ユウは少し布団から顔を出しながら、ニムバスへ答える。

 

「お前のサイコ・ウルフとやらのガンダムにも」

 

「……」

 

「あるんだろう?」

 

 ニムバスは再び無言でいる。

 

「マリオン・システムはオーガスタ全体の産物だからな」

 

「うん……」

 

 ユウは納得したように呟く。

 

「お前も」

 

「使ったさ」

 

 ユウが話の内容を言う前にニムバスが答える。

 

「勘がするどいな……」

 

「騎士だからな」

 

 そう言いながら、ニムバスがあくびをする。

 

「マリオンの感想は?」

 

「おそらく、お前と同意見だよ、ユウ」

 

「そうか」

 

「大した悪女だよ、マリオンは」

 

 ニムバスのその言葉にユウは軽く笑う。

 

「人の心を覗き見るとは……」

 

「ニュータイプの見ている世界かもしれない」

 

「だとしたらな、ユウ」

 

 ニムバスが真剣な声になる。

 

「私達はマリオンを勘違いしているのかもしれないな」

 

「勘違い……?」

 

 ニムバスの言葉にユウは疑問の声を出す。

 

「マリオンがどういう少女だったか、お前は覚えているか?」

 

「どうって……」

 

 ユウにはニムバスの言っている意味が解らない。

 

「私は」

 

 ニムバスが固い口調で言う。

 

「マリオンが私達をもてあそんでいるのではないかと思う事がある」

 

「ララァ……」

 

「何?」

 

 ニムバスがユウへ訊ね返す。

 

「アムロが言っていた」

 

 ユウがアムロから聞いたニュータイプの少女の話をする。

 

「アムロとそのライバル、ジオンのエースパイロットであったシャア・アズナブル」

 

 ユウは一旦言葉を切る。ニムバスは黙ってその話を聞いている。

 

「その二人にもマリオンと同じような、ララァという少女がいたと」

 

「そのララァが?」

 

「アムロもな」

 

 ユウが低く呟く。

 

「そのララァという少女が忘れられないらしい」

 

「ふむ……」

 

「だが、時おりアムロは」

 

 眠くなってきたが、ユウは話を続ける。

 

「ララァが自分をもてあそんでいるのではないかと思う時があるらしい」

 

「なるほどな……」

 

 ニムバスはそう言ったあと、その目を閉じる。

 

「悪女マリオンか……」

 

 ユウも目を閉じながら口の中でその名を呟く。

 

「あの宇宙の心は見てはいけない物だったのかもしれないな……」

 

 隣のニムバスの寝息を聞きながら、ユウは一年戦争時にブルーディスティニーを駆った時に見た「蒼い光」を脳裏に思い浮かべつつ眠りについた。


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