「インコムねぇ……」
フィリップが改良されたネティクスのコクピットから呟く。
「単なるオモチャじゃねぇの?」
「オールドタイプでもニュータイプの戦術が使える品物、らしい」
「あのくそ重いサイコミュが取り外されたはいいがね……」
フィリップが有線式サイコミュの変わりに取り付けられたインコム・ユニットを僅かに動かす。
「機体の性能も上がっているぞ? フィリップ?」
「単に余計な重量が減っただけじゃねぇかいな……」
苦笑しながらフィリップはユウのブループラウスにネティクスⅡを随伴される。
「オーガスタ研究所の新型ガンダムとやらのデータフィードバックがそいつにされている」
「ありがたいねぇ」
ユウの言葉にフィリップがやや皮肉気に答えた。
「確かに一年戦争の時の機体がベースでは、今どきの戦いでは持たないだろうよ……」
新調されたコンソールを眺めながらフィリップがそう呟く。
「ニュータイプ専用ガンダム、だったかな? 元の機体は?」
ユウの問いにフィリップが肩を竦めたようだ。
「すまんね、ユウ。よくわからん」
「ああ、気にしないでくれ、フィリップ」
原型機よりも洗練されたネティクスⅡの姿を眺めながらユウは笑いかける。
「性能面で問題は無いと言いたかっただけだよ、フィリップ」
「旧式の機体構造でも、やればなんとかなるもんだねぇ」
「ムーバブル・フレームではなく、昔のジムやガンダムとかのモノコック構造だな」
「懐かしい言葉だぜ……」
ユウの言うモビルスーツの名前をどこか懐かしげにフィリップは口の中で反芻する。
「たとえ、一年戦争時のニュータイプ用ガンダムと言っても」
「今では単なる旧式に過ぎねぇな……」
「俺達と同じだ、フィリップ」
そう言いながら、ユウとフィリップが笑い合う。
「ロートルでも頑張れるってことでいいかい? ユウ?」
「まあ……」
今度はユウが肩を竦めた。
「予算が下りないだけかもしれんがな」
「世知辛い話だぜ……」
フィリップが口の端を歪めながら、話を本題へ戻す。
「で、その敵さんとやらは何だよ?」
「主流派のネオ・ジオンに反抗的な立場を取っている」
そこでユウは一呼吸を置いてから口を開く。
「ネオ・ジオンの部隊らしい」
「ややこしいな……」
ユウはフィリップのその言葉に笑いながら、前方へ目をやる。
「そのやっこさん達に問題が?」
「武装した連中がコロニーの回りをうろついているだけでも充分な問題だろ? フィリップ?」
「違いない」
そう言いながらフィリップは高い声を出して笑ったあと、少し声を真面目な語調へ戻してユウへ疑問を投げかけた。
「ネオ・ジオンも一枚板ではないかのな……?」
「どこもかしこも、その内実は同じだろうな」
ユウがそのフィリップの疑問へ首を竦めながら答える。
「嫌々、小惑星アクシズへ行った奴もいるだろうしな」
「ジオンの兵には他に行く所がないからなあ……」
「それか、潜伏してゲリラやテロリストになるかだ」
ユウはため息をつきながら吐き捨てるように言い放った。
「エゥーゴには元ジオンの人間が多いらしいけどな、ユウ?」
「ティターンズ嫌いの連邦軍人だけでは頭数がしれているからな」
「来るものは拒まずかいなぁ?」
「それもあるかも知れないが……」
ユウはブループラウスの様子を確かめながらフィリップへ話を続ける。
「ジオン残党の良い再就職口という事もあるかもしれん」
「その分、テロに走る元ジオンの奴等が減るって寸法か」
「その意味では」
少し皮肉げにユウが言う。
「ティターンズの建前上の思想にエゥーゴは協力していると言える」
「やはり、歳を取ると」
ニヤリとフィリップが笑う。
「皮肉が上手くなるな、ユウ中佐殿」
「フン……」
軽く笑うユウとフィリップの視界に旧式の戦艦の姿が見え始める。
「あれかな……?」
ユウは少し後ろの部下達へ注意するように通信を入れた。
「隊長」
「ん?」
「マリオンとやらを使うので?」
サラの言葉にユウは少し強ばった声で答える。
「アルフの奴が太鼓判を押していたからな」
「EXAMのようにはならなきゃ良いがな……」
「俺もその点はアルフにしつこく確かめたさ」
ユウがブループラウスのマリオンシステムのスイッチを眺める。
「何かを視覚化させる機能らしい」
「全く……」
フィリップがぼやく。
「EXAMと同じくらい曖昧だな……」
「アルフの奴を信じてみるよ」
答えながらも、ユウは前方に見えはじめた敵機に視線を集中させた。
「旧式と新型の混成部隊か……」
ジオンの旧式であるリック・ドムの放ったバズーカ砲をブループラウスは軽々とかわす。
「良い機会だ」
ユウはカバーで覆われたマリオンシステムのスイッチを押そうとする。
「これからマリオンを起動させる」
「へいへい……」
フィリップが心なしか緊張した声で答える。
「EXAMのようにはならないさ……」
ユウは半ば自分を納得させるように呟きながら、スイッチを押した。
「うん……?」
特に何も変わった用に見えない感じにユウは少し戸惑う。
「大丈夫か?」
「問題はないが……」
フィリップにユウは首を傾げながら答える。
「顔は赤くなっているな」
「ジム顔のバイザーがか?」
「EXAMと同じだ……」
昔の事を思い出したのか、不機嫌そうにフィリップが呟く。
「敵の分析ができました」
サラの強行偵察モビルスーツから通信が入る。
「旧式が十機、新型も十機です」
「数ではこちらの四倍もあるがな……」
「シドレのマラサイですら、敵の新型と同じ位の性能はありますよ、隊長」
「性能差では俺達が勝っているかな? サラ」
「パイロットの能力を考慮しなければ、メッサーラ一機で旧式全てを相手にできます」
メッサーラを見つめながら、サラは少し馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「パイロットを考慮しなければだって? サラ先輩?」
カツがサラへ食ってかかる。
「あんたの腕では不安って事だよ」
「そんなに僕が嫌いか!?」
「憎たらしい小僧だよ!!」
サラとカツの下らない喧嘩の声を無視しながら、ユウは考え込んだ。
「戦力は互角と見てもいいかな……」
「向こうもそう思ってるかもしれんぜ、ユウ」
フィリップのネティクスⅡが敵部隊の方向へ指を指す。
「相手も警戒しているな」
敵のリック・ドムが一発だけバズーカを放ってからというもの、全く攻撃する気配のない敵部隊を観察しながら、ユウは小声で呟く。
「ん……?」
どうするか考えていたとき、ユウは全天視界モニターから見える敵味方のモビルスーツの異変に気づいた。
「淡い光……?」
両軍のモビルスーツから微かな光が発光しているようにユウに見えた。
「あれは……」
光を見ている内に、ユウは敵部隊のモビルスーツ、それの一つ一つから見える「影」に気がつく。
「揺らぐ影……?」
ジオンの各機体から揺らぐ「影」が見えるのだ。
「連中は迷っている……?」
ユウはふと、後ろのフィリップ達の姿を見渡す。
(堅固な影だ)
フィリップ達からはユウへ向けて強い意思の影が見える。
(信頼の気持ちか?)
その影からは善意の心が感じられた。
「フィリップ達は俺を信頼してくれているのか……」
ユウはどう表現していいか解らない、不思議な気分でボソリと呟く。
「隊長?」
カツの機体が先程からじっとしているユウ機を不審げに見つめる。
「いや、なんでもない、カツ」
ユウは軽く頭を振ると、敵の隊長とおもしき機体へ通信を入れようとする。
「連邦の隊長機」
ユウが通信を入れる直前に、向こうの隊長機から通信が入ったきた。
「交渉したい」
敵のリーダーのモビルスーツからユウへそう提案される。
(違う)
ユウはそのリーダー機から見える不気味な形に揺らぐ影を見ながら心の中で呟いた。
見ると、ジオンの部隊から見える影が堅い形を作っている。
(信頼の心の影だ)
もちろん、その信頼の対象はユウではなく、その敵の隊長に向けられている。ユウは敵の影達からその意思を感じられた。
(不意打ちの作戦をするつもりだ)
隊長の奇妙に揺らぐ影とその部下達の影からユウはそう判断した。
「投降しろ」
「交渉は認められないと?」
「不意討ちを考える人間とは安心して話し合いは出来ない」
「……」
その隊長が唾を飲み込む音が聞こえた。彼のその影が大きく揺らいだ。
「あんたはニュータイプなのか?」
隊長の男が言う。
その時、ジオンの隊長とその部下、そしてユウの部隊。その全員の影が揺らいだ気がした。
「ユウ……?」
フィリップが不安そうにユウの機体を見つめる。ユウはブループラウスの手のひらをフィリップ機へ抑えるような仕草をしながら向ける。
「一戦もせずに降伏したら、沽券にかかわるな……」
敵の隊長が呻くように呟く。
「それが答えと受け取っていいか?」
「ただではやられんよ……」
その言葉にゆっくりと両軍の部隊が陣形を取り始めた。
フォブ……!!
突如、虚空からビームがジオンの部隊へと飛ぶ。そのビームの一撃で敵のリーダー機が撃破される。
「気を付けろ!!」
突然の攻撃に混乱する敵部隊を尻目に見ながら、ユウは味方機へ叫ぶ。
「どこから!?」
シドレの声を遮るように、ビームによる射撃がジオンの部隊を狙い撃つ。
「あそこだ!!」
フィリップが宙域の一点を指差す。ユウはその方向へ目を凝らす。
「ガンダムタイプか?」
かなり大型のガンダムタイプの機体とジオン製と思われるモビルスーツ達が、同じジオンのモビルスーツ部隊を次々と破壊していく。
「攻撃を中止しろ!!」
聞こえるかどうかは解らないが、ユウはその新手の部隊へ通信を入れた。
「……」
その言葉が聞こえたかどうか、新手のモビルスーツ隊は攻撃を中止する。
「何だ……?」
ユウはそのモビルスーツ隊のリーダーと思われるガンダムから、自分への強い信頼の影を感じた。
「俺の知り合いか……?」
その影が何かを頷いたような気がした。謎のモビルスーツ隊はそのまま立ち去っていく。
「見ず知らずのパイロットを信頼する奴はいないだろうしな……」
ユウは首を傾げながらコクピット内で呟いている。
「ユウ隊長」
「ああ、すまない」
シドレの声でユウは現実に引き戻された。
「ジオンの部隊は?」
「そうだったな」
半壊しているジオンの部隊へユウを目を向けた。
「降伏勧告や救助の手筈をしてくれ」
「了解」
シドレが後方のユウ達の母艦「ストゥラート」へ通信を入れる。サラとカツが周囲を宙域を舞い、破壊されたモビルスーツから脱出できた生存者がいるかどうか確かめている。
「連中、降伏は受け入れてくれたぜ」
「わかった」
そう答えたユウにフィリップが少し声を落として訊ねる。
「体は大丈夫か? ユウ?」
「どうにかな……」
ユウの様子を心配そうにフィリップが見つめる。
「マリオンとやらは?」
「何となく効果が解った」
「どんなやつだ?」
心配しながらも、フィリップが興味津々といった感じで訊ねる。
「なんと言うか……」
ユウが先程まで見えていた「影」の事をフィリップへ話す。
「嘘発見器かよ……」
薄気味悪そうにフィリップが呻き声を上げる。
「別の言い方をすれば」
ユウは率直な感想を言う。
「ニュータイプが見ている世界かも知れない」
「やっぱり、気味が悪いな」
「俺もそう思う」
「戦いで有効ではあるがな……」
そう不機嫌そうにフィリップは言い捨てながら、投降したジオン兵を運ぶために母艦からやって来た内火艇を自機で先導する。
「こんな物が宇宙の心の色、ニュータイプが見ているものだと……?」
ユウはマリオンシステムで見えていた「影」に突如として激しい嫌悪感を覚えた。
「人の心を何だと思っているんだよ……」
そう吐き捨てながら、ユウはニュータイプに対してなにか反感を持ち始めてきた自分の心を強く感じていた。