夕暁のユウ   作:早起き三文

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第24話 ネオ・ジオンの艦

「事前通達ぐらいしてほしかったな……」

 

「私達に目が行かなかったんでしょうね」

 

 隣の席同士のユウとブルーが肩を竦め合う。

 

「お互いに小さい部隊の小さい小競り合いだったから」

 

「所詮はお偉方だな」

 

「皮肉が上手くなったもんねぇ」

 

 呆れたようにブルーがユウを見る。

 

「ブルー」

 

「何?」

 

「久しぶりに父に会った感想はどうだ?」

 

「だから、縁は切っていると言っているでしょう……」

 

 ネオ・ジオンの超弩級戦艦「グワダン」の謁見の間にある客席の最後尾にいるユウとブルーは、最前列にいると思われるティターンズ指導者「ジャミトフ・ハイマン」の姿をどうにかして見ようとする。

 

「しかし、広いな……」

 

「アーガマどころか、ティターンズのドゴス・ギア級すら凌ぐわね……」

 

 グワダンの謁見の間はあまりにも広く、その上に人で埋まってもいるため、玉座へ座るネオ・ジオンの総帥「ミネバ・ラオ・ザビ」の姿は見えない。

 

「俺たちは場違いだな……」

 

「一応、お情けで参加させてもらったようなもんだから……」

 

「サマナの奴は出世したなあ……」

 

 ジャミトフの近衛の一人を務めているサマナの姿を見たユウは軽い溜め息をついた。

 

「ティターンズは得だねえ」

 

「情けない事言わないでよ、ユウ」

 

 少し前の方が騒がしくなる。どうやらネオ・ジオンの「謁見」とやらが始まったようだ。

 

「拡声器ぐらい使えよ……」

 

 静まり返った謁見の間にミネバの側近らしい女の声がするが、ユウ達には届かない。

 

「本当になんのためにここにいるのか、分からないな……」

 

「ユウ、うるさい」

 

「はいはい……」

 

 ブルーに睨まれて、ユウは口を閉ざす。しばらく前方でやりとりがあったらしいが、もちろんユウ達にはわからない。

 

「ん……?」

 

 何やら騒ぎが起こったようだ。

 

「クワトロ大尉……?」

 

「エゥーゴの代表の一人だな?」

 

「ええ」

 

 ブルーがどうにか最前列のその声を聞いたようだ。何か怒鳴りあっている様子だ。

 

「喧嘩か?」

 

 ユウはどうにかして、その声を聞こうとする。しばらく騒ぎがあったあと、最前列のエゥーゴ代表達が謁見の間の中央通路を早足で立ち去っていく。

 

「クワトロ大尉よ」

 

ブルーがそう呟く。

 

「どうする、ブルー?」

 

 見ると、エゥーゴ側の人間がクワトロと続いて立ち去っていくのが見える。

 

「あたしも帰るわね」

 

「ああ……」

 

 ブルーは足早にクワトロ達の後を追っていく。

 

「交渉が決裂でもしたか?」

 

 ユウは人波が少し無くなってきたため、見やすくなった謁見の間を眺め回す。

 

「ジャミトフ閣下とシロッコか」

 

 ティターンズ側の二人の男がネオ・ジオンの代表格の人間と話し合っているのをユウは見る。

 

「一応、連邦の人間もいるな」

 

 太った感じの連邦の高官の姿をユウは目の端で捉えた。しばらくすると、ネオ・ジオンの人間がユウ達後方の席の者へ近寄ってくる。

 

「貴官たちはもう退出するように」

 

 ネオ・ジオンの男はやや高圧的に言う。

 

「これから、上層部同士のみの話し合いがある」

 

 その言葉を受けて、後方の席の人間が謁見の間から出ていく。

 

「俺も帰るか……」

 

 ユウも足早に謁見の間を出ていこうとした。

 

 

 

「ネオ・ジオンの連中は何を考えているんだか……」

 

 ユウはグワダンの中で何故か食堂だけ連邦やティターンズ、エゥーゴの人間に開放されていることに苦笑いをする。

 

「まあ、良いか……」

 

 ユウはせっかくなので、グワダンの食堂で食事を取ることにした。

 

「俺と同じことを考えている奴は多いんだなあ……」

 

 ちらほらと連邦だかティターンズ、エゥーゴの人の姿が見える食堂を見渡しながら、ユウは蕎麦をすする。

 

「自白剤でも入ってないだろうな?」

 

 意外と美味い蕎麦をすすりながら、ユウは妙な独り言を言う。

 

「入ってないぞ」

 

「うん?」

 

 目の前のジオンの人間と思わしき男が答える。

 

「それは失礼……」

 

「久しぶりだな」

 

「何?」

 

 ユウは蕎麦をすする手を止め、男の顔を見つめる。

 

「悪い、誰だ?」

 

「無理もない」

 

 男はラーメンを食べる手を止めて微笑む。

 

「直接、顔を会わせたのは初めてだからな」

 

「うむ……?」

 

 ユウは首を傾げながら考える。

 

「ブレニフ・オグスという名に聞き覚えは?」

 

「ああ……」

 

 ユウは軽く微笑む。

 

「久しぶりだな」

 

「まあな……」

 

 初めて実際に顔を見るジオンのエースはユウと同じか少し上の歳に見えた。

 

「一年戦争のア・バオア・クーから、どういう生き方をしていた?」

 

「ええと……」

 

 オグスはラーメンをすすりながら答える。

 

「レッド・ジオニズムでお前に捕虜にされた事は覚えているな」

 

「ああ」

 

 ユウも再び蕎麦をすする。

 

「そのあと、捕虜収容所を脱走して」

 

「ふむ……」

 

「しばらくはカラバにいた」

 

「なるほど」

 

 ユウはコップの水を飲む。

 

「言うまでもないが、俺は元ジオンの人間でな」

 

「わかっているよ」

 

「カラバへは充分に礼を返した」

 

「それで、宇宙へ上がってきたか」

 

「ジオンが恋しくなったのさ」

 

 ラーメンを食べ終えたオグスはそう言いながら席を立つ。

 

「戦場で会わない事を祈っているよ……」

 

「こっちこそな」

 

 オグスは食堂のカウンターへどんぶりを返しに行った。

 

「ジオンの再興か……」

 

 ユウは伸びた蕎麦をすする。蕎麦を食べながら、ユウの脳裏にふとニムバスの顔が浮かんだ。

 

 

 

「何でゲームセンターまで開かれているんだ?」

 

 ユウは苦笑しながら、ゲームセンターの中へ入っていく。明るい店内に入ったユウはそこで信じられない顔を見た。

 

「ジャミトフ閣下……」

 

「ユウ中佐ではないか」

 

 数人の護衛に囲まれたジャミトフがゲーム機の前に立っている。

 

「何をしておられるので……」

 

「視察だよ」

 

 ジャミトフは含み笑いをしながら、並んでいるゲーム機を眺める。見ると、サマナがゲーム機の前に座っていた。

 

「こういう肌で感じる空気が大事なのだよ」

 

 よく見ると、ジャミトフの目は笑っていない。周囲の環境を観ているようだ。

 

「失礼……」

 

 ユウはジャミトフに一礼をして、サマナの近くへ来る。

 

「調子はどうだ?」

 

「冗談じゃありませんよ……」

 

 ゲームをやりながら、サマナが顔を歪める。

 

「後ろに自分の組織のトップがいて、ゲームをやる以上の拷問がありますか?」

 

「ジャミトフ閣下がやれと?」

 

「一言、ゲーム機の名前を呟いたのが運の尽きでしたよ……」

 

 コソコソ話し合う二人をジャミトフとその護衛が面白そうに眺めている。

 

「ジャミトフ閣下」

 

 奥からシロッコがやってくる。

 

「やはり、艦全体が盗聴器の塊のような感じですな……」

 

「全ての話は筒抜けか」

 

「今の我々の会話もですよ……」

 

 シロッコがユウに気づいたようだ。

 

「ユウではないか?」

 

「あなたまで来ていたとはな……」

 

「フン……」

 

 シロッコは鼻を鳴らしながら、ジャミトフの方へ顔を向ける。

 

「少し彼と話をしてもよろしいですか?」

 

「あまり時間はないがな」

 

 ジャミトフが自分の懐中時計を眺める。

 

「少し来てくれ」

 

 そう言いながらゲームセンターから出ていくシロッコにユウはついていった。

 

 

 

「いるか?」

 

 シロッコがチョコレートバーを差し出す。

 

「何ですか、これは?」

 

 一応、ユウよりもシロッコの方が上官にあたる。ユウは敬語で答えた。

 

「クレーンゲームで手にいれた」

 

「呑気ですな……」

 

「クレーンゲームとは難しいものだな」

 

 少し不満げなシロッコをユウは面白そうに見つめる。

 

「メッサーラとボリノーク・サマーンの様子はどうだ?」

 

「役にたっていますよ」

 

 ユウはシロッコがくれたチョコレートバーを食べながら、部下のサラが言っていた事を思い出した。

 

「シロッコはエゥーゴへも機体を?」

 

「まぁな……」

 

 シロッコは窓の外の宇宙を見ながら、悪びれる様子もなく答える。

 

「エゥーゴの中に、なかなか気になる女がいたのでね」

 

「大丈夫なのですか?」

 

「単なる裏取引だよ」

 

 シロッコが軽く微笑む。

 

「エゥーゴからも見返りは頂いた」

 

「なるほど……」

 

 ピリリッ……

 

 シロッコの時計が鳴る。

 

「もう食事の時間か」

 

 シロッコが懐からカロリードリンクを取り出す。

 

「好きなのですか? それは」

 

 以前にもシロッコがそのドリンクを飲んでいた事をユウは思い出す。

 

「食事に手間や時間をかけるのは好きではないのだ」

 

 シロッコがユウと並んで、カロリードリンクを飲み始める。

 

「お互い不作法ですな……」

 

 チョコレートバーを手にユウが呟く。

 

「構うもんか」

 

 シロッコは不敵に笑い、ドリンクを飲み干す。

 

「どうせ、艦内の全ての会話や行動はハマーンに筒抜けなのだよ」

 

「ハマーン?」

 

「ネオ・ジオンの実質的な指導者の女だよ」

 

「ふむ……」

 

 ユウはシロッコの言葉を耳に入れながら、辺りを見渡す。

 

「全て監視されているのか」

 

「今の地球圏の人間の事を知りたいのだろうな」

 

 ゲームセンターや食堂を指差しながら、シロッコが呟く。

 

「なにしろ、七年も地球から離れていたからな……」

 

「なるほど……」

 

 ユウとシロッコはドリンクなどのゴミを屑籠へ捨てながら艦内を歩く。

 

「先ほど、ジャミトフ閣下達とエゥーゴのブレックス代表の一行がすれ違ってな」

 

「大丈夫だったか?」

 

「お互いに、見てみぬふりをしていたよ」

 

「ハハ……」

 

「見物だった」

 

 シロッコはユウに面白そうに笑いかけた。

 

「ところで、ユウ」

 

「はい」

 

「そのエゥーゴの一行の中にいた女兵士に、ジャミトフがあえて目を合わせないようにしていてな」

 

「ん……」

 

 ユウはその言葉に軽く唸る。

 

「彼女はジャミトフ閣下の娘らしいな」

 

「知っていたのですか?」

 

 ユウの驚いた顔をシロッコは意外そうに見つめる。

 

「そうだったのか、ユウ?」

 

 その言葉でユウはシロッコの意図に気づいた。

 

「俺を嵌めましたな……」

 

「カマもかけてみるもんだな……」

 

 シロッコが薄く笑った。

 

「閣下の娘がエゥーゴにね」

 

「言わないでくださいよ……」

 

「フフ……」

 

 シロッコの思わしげな笑いにユウは肩を竦める。

 

「映画館か……」

 

 シロッコが開放されている映画館を眺める。

 

「一緒に見ないか、ユウ?」

 

「嫌ですよ……」

 

「さっきの貸しがあるぞ?」

 

「本気ですか……?」

 

「冗談だよ」

 

 シロッコは笑いながら、時計に目を向ける。

 

「ジャミトフ達の所へ戻る」

 

「元気で、シロッコ」

 

「サラによろしくな」

 

「女好きですな……」

 

「可愛い奴だったからな」

 

 苦笑するユウを尻目にシロッコが足早に去っていった。

 

「全く……」

 

 ふとユウが映画館を覗きこむと、暗い灯りの中にラブロマンス映画を見ているブルーの姿があった。

 

「なんだかなぁ……」

 

 ユウは呆れたような声を出す。

 

「図太いよ、皆……」

 

 ユウは映画館の中へ入っていった。


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