夕暁のユウ   作:早起き三文

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第17話 EXAMの墓標

「緩衝地帯か」

 

 大きな夕陽が地面を赤く照らす中、ユウが荒れた荒野の中にポツンと立つ基地を見渡しながら呟く。

 

「交渉用の場所だな……」

 

 フィリップがそう言ったあと、少し離れた場所にいるアルフに呼ばれてそこから離れていく。

 

「因縁の場所でもあるがな……」

 

 濃い橙色の光の中、ユウは一年戦争時に作られた古い作りの小さな基地を少し懐かしそうに眺めた。

 

 

「連邦とカラバは必ずしも完全な敵対はしてはいない」

 

 ユウの目の前に立つ地上のエゥーゴとの同盟組織「カラバ」の男がそう言いながらユウと握手をする。二人の手を夕陽が赤く染める。

 

「俺たちは形式的にはジャミトフの揮下の部隊だ」

 

 ユウが握手をしたまま呟く。

 

「形式的にはエゥーゴも連邦の派閥の一つだろうに」

 

 そのカラバの男も手を握ったまま話す。

 

「その理屈ならカラバと連邦の軍は敵対していないかな?」

 

「ティターンズとエゥーゴも形式上は単なる連邦軍内部の派閥抗争だよ」

 

「そう、形式的、にはね……」

 

 そう言いながら、ユウとその男は笑い合う。

 

「まさか、一年戦争の英雄と会うことになるとはね……」

 

「連邦の宣伝に使われただけさ」

 

「ホワイトベースのアムロ・レイか……」

 

 ユウは目前に立つ男の顔を見ながら微笑む。

 

「あのアルフとか言う技術屋から聞いた」

 

 アムロ・レイが夕陽で赤く染まる、眼前の廃墟とも見間違える位に古い連邦軍基地を眺めながらユウへ口を開く。

 

「何を?」

 

「シミュレーションで俺に勝ったんだって?」

 

「一年戦争の時の話だよ……」

 

 アムロが自分よりも年下と分かって、ユウはあえて敬語を使わない。かえって失礼だと思ったからだろう。

 

「EXAMシステムか……」

 

「アルフから?」

 

「俺を仮想敵として開発されたシステムらしいな」

 

 アムロが夕陽に目をやりながら軽く苦笑する。

 

「結局、全部おじゃんだよ」

 

「良いんだか、悪いんだか……」

 

ユウの言葉にアムロは指で顔をなぞる。

 

「俺が一年戦争で戦っていた時は……」

 

 アムロは今見える夕陽が気に入ったらしい。ずっと眺めながら話を続ける。

 

「ホワイトベースだけで戦争をやっていると思っていたんだがな」

 

「実際には英雄アムロ・レイの影に多くの兵士がいたってことさ」

 

「だな……」

 

 ユウもその美しい夕陽を眩しそうに眺める。

 

「後の世になればなるほど、一年戦争の時の戦いの歴史が解ってくる」

 

「まるで、話が増えていくみたいにな……」

 

「ああ……」

 

 二人は薄く笑みを浮かべながら夕陽に目を向けている。

 

「Zプラスはありがたく受け取っておく」

 

「まさに裏取引だな……」

 

「カラバの捕虜はすぐに釈放されるだろう」

 

 ユウとアムロはあらかじめ渡された割り符を交換しあう。

 

「俺も今日はここにお泊まりだな」

 

「護衛は任せておけ」

 

「裏取引ゆえにかえって安全とはね」

 

 ユウに対してアムロは肩を竦めた。

 

「では……」

 

ユウは少し離れた場所にいる男に目を移した。

 

 

「懐かしいだろう?」

 

 ユウがその基地を見回して呟く。

 

「ああ……」

 

 ニムバスがどこか複雑な顔で頷く。

 

「私がブルーディスティニーの二号機を奪い去った場所だ」

 

「……」

 

「そして、クルスト博士を殺した場所でもあるな」

 

 無表情のニムバスからユウは少し目をそらす。

 

「あの辺りで博士を殺したな……」

 

 ニムバスが今は更地になっている場所へ目を向ける。

 

「お前は基地や俺達の部隊の人間も殺したな」

 

「ああ」

 

 二人の男は目を合わせないまま、話を続ける。

 

「私が死者を弔っても」

 

 ニムバス達を夕陽が強く照らす。

 

「彼らは喜ばないだろうな」

 

「まぁな……」

 

 ユウ達に夕陽で照らし出された人影が近づく。ユウがその近寄ってくる人影に気がついた。

 

「ブルー……」

 

 エゥーゴのパイロットであり、元モルモット隊のメンバーでもあったブルーが二人の男の元へ近寄ってくる。

 

「ジャミトフ閣下が心配しておられた」

 

「縁は切ってあるわ」

 

「心の縁は切っていない」

 

「詩人ね……」

 

 ブルーが微笑み、近くにある瓦礫へ腰をかける。

 

「なぜ、エゥーゴに」

 

 背後に人の気配を感じながらも、ユウが単刀直入にブルーに訊ねる。

 

「父の真意を確かめたいが為にね」

 

「なら、ティターンズの方が?」

 

「あえて、ティターンズと逆の勢力に入った方が」

 

 ブルーがポケットからタバコを取り出す。

 

「より父の真意が解るような気がして」

 

「ふぅむ……」

 

 ユウは溜め息をつきながら、ブルーの話に頷く。

 

「バラバラになっちまったな……」

 

「モルモット隊がか? ユウ?」

 

 夕陽にフィリップとサマナの影も映る。

 

「一本くれないか」

 

「どうぞ……」

 

 ブルーがフィリップにタバコを手渡す。

 

「僕はブルーさんとは戦いたくありません」

 

 サマナがブルーの隣に座り、はっきりと言う。

 

「ティターンズのくせに甘いわね、サマナ」

 

 ブルーの口から煙が漂う。

 

「次に会うときは戦場かな……」

 

 ユウの言葉に皆、無言でいる。

 

「では、ブルーさん」

 

 サマナがブルーの顔を見る。

 

「ジャミトフ閣下へは特に言う事はないと?」

 

「わざわざそれを聞く為にやってきたの?」

 

「閣下の私情からきた命令ですね」

 

 呆れたように言うブルーにサマナは軽く顔をしかめる。

 

「恐ろしい我らがティターンズのトップも人の親という事でしょうね」

 

「変わらないわね……」

 

 ブルーの言葉はサマナの事を言ったのか、ジャミトフの事を言ったのかはその場にいる者達には判断できない。

 

「少し疲れたな……」

 

 フィリップがボツリと呟く。

 

「俺もだ」

 

 ユウが暗くなってきた空を見上げながら答える。

 

「俺は最近、何の為に戦っているのか解らなくなってきている」

 

「最近なぁ」

 

 フィリップがユウを見上げながら笑う。

 

「新兵がよくかかる病気になっちまってるんだよ、ユウは」

 

「軟弱だな」

 

 ニムバスが少し鼻で笑うように言い放つ。

 

「お前達は何か戦う理由があるのか?」

 

 ユウが旧モルモット隊の皆を見渡して尋ねる。

 

「俺はパン屋を開く為の退職金目当てだな」

 

「僕は地球圏の平和のため」

 

「私はニュータイプを越える騎士になるためだ」

 

「あたしは父の真意を確かめるため」

 

 皆がハッキリと言い放つのに、ユウは苦笑する。

 

「俺だけが甘いのか……」

 

 その言葉に旧モルモット隊の皆が笑う。

 

「では……」

 

 サマナが立ち去っていく。

 

「もともと、軍務の合間をみて来ただけですので……」

 

「あなたと戦わない事を祈ってるわ、サマナ」

 

 ブルーのその言葉にサマナは苦笑いしながら立ち去る。沈んできた夕陽がサマナの影を長く伸ばす。

 

「では、あたしも」

 

「元気で……」

 

 ブルーの影も夕陽は長く照らす。

 

「俺はアルフに報告をしなくちゃならねえ」

 

 フィリップが落ちてきた夕陽に背を向ける。

 

「フゥ……」

 

 ユウはその場で腕を組みながら考える。

 

「人間はその道が別れるものなのかな……」

 

「最初から人間の生きる道は違うものだ」

 

 ニムバスがユウと共に兵舎へと歩いていく。

 

「解り合えないものなのか?」

 

「解り合える」

 

 ニムバスが強く言い放つ。

 

「私がお前とここにいる事が証明している」

 

「そうだな……」

 

「だがな」

 

 ユウは兵舎の灯りを見ながら、ニムバスの言葉を聞く。

 

「解り合うからこそ、人は道を分かつ物だとも思う」

 

「ニムバス……」

 

 ユウがニムバスの顔をまじまじと見る。

 

「何だ? ユウ?」

 

「お前はもうすでにニュータイプを越えているのでは?」

 

「なんの……」

 

 ニムバスは笑いながら兵舎のドアを開ける。

 

「まだまだ、マリオンの呪縛が続いている」

 

「呪縛するブルーか……」

 

「私の脳裏からマリオンが消え去った時に」

 

 ニムバスは食堂へと足を運ぶ。

 

「私はニュータイプを越えるのであろうな」

 

「他者を越えるか……」

 

 ニムバスと別れて自室へ戻るユウはニムバスの言葉を反芻している。

 

「ニュータイプへ近づこうとしているオールドタイプは何と言うタイプなのだろうな……」

 

 自分でも何を言っているのかはっきりとは分からないユウは少し自室で休もうと思った。変な疲れを感じたのだ。


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