(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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 前話の副題が被っていたので《影ノ星杯》に差し替えさせていただきます。







93話 《空ろなる黄昏》

 

 

「《ゴルディアス零式》……十三工房が開発した《パテル=マテル》の原型とも言える機体だわ……

 ひょっとしたら、パワーはそれ以上かもしれないわね♪」

 

 レンは楽しそうな笑みを浮かべると《パテル=マテル》を呼び出す。

 

「行きましょう。《パテル=マテル》」

 

 こいつは自分の遊び相手だと言わんばかりにレンが《パテル=マテル》を操作して零式に突撃する。

 二つの巨人の衝撃に大気が揺れ、《パテル=マテル》はそのまま突き進み、他の二体とエステル達から零式を引き離して殴り合いを始める。

 

「来るぞっ!」

 

 リィンの生存と死。

 それを聞かされた一同がまだその精神を立て直せていないが、タイクーンは吠え、ゲシュペンストが動き出す。

 

「くっ……」

 

 咄嗟に反応ができたのは半数のリィンを含めた五人だけだった。

 全員を庇い切れないと判断した彼らは、二つの脅威に向かって必殺技を繰り出し、その注意を自分に向けさせる。

 

「リィン君っ!?」

 

「シュバルツァー、大丈夫なのか!?」

 

 紅い聖獣、タイクーンに一撃を加え広間の端へと移動するユリアとミュラーは共に来たリィンに言葉をかける。

 

「俺なら大丈夫です。それより……その……」

 

「その話は後だ。今はこの場を凌ぐことに集中するぞ」

 

 言い出せなかったことを申し訳なさそうにするリィンにユリアは一言で自分を含めた三人の気を引き締める。

 

「……はい」

 

 その言葉に頷きながら、リィンは他の者たちの様子を素早く確認する。

 ゲシュペンストにはジンとリシャールが先陣を切り、自分たちと同じように広間の端へと誘導している。

 オライオンは遅れながらも、リィン達の戦場に向かって来ているが他の者たちまだ中央。

 動揺が納まっていないこともあり、どの戦場に加勢に行くべきなのか迷い浮足立っていた。

 そして、《影の皇子》はというとケビン達の前から消え、壁際の一角に造られた壇上で高みの見物を決め込んでいた。

 

「みんなは……大丈夫ですかね?」

 

「分からん。だが、今のあの様子ではかえって戦われる方が危険だ」

 

 リィンが漏らした言葉にミュラーは冷静に、動揺が抜けない彼らを戦力から外して考える。

 

「リィン君……ここは俺達に任せて、君は《影の皇子》を抑えてくれ」

 

「え……でも……」

 

「高みの見物をしているとはいえ、奴を自由にさせておくのは危険だ」

 

 ミュラーの言葉にリィンは一理あると押し黙る。

 

「…………分かりました。二人とも無茶だけはしないでください」

 

「ふ……言われるまでもない」

 

「リィン君、後で改めて話をしよう」

 

「はい」

 

 短いやり取りをしてリィンはその場から離れて一直線に《影の皇子》が佇む壇上の階段を駆け上る。

 

「フフ……来たかリィン・シュバルツァーッ!」

 

 それを《影の皇子》は剣を抜いて出迎える。

 

「その身体っ! 返してもらうぞっ!」

 

「はは、君にそれができるのかな?」

 

 同じ顔で不快な笑みを浮かべる存在に嫌悪感を露わにしてリィンは切り結ぶ。

 

「螺旋撃っ!」

 

「螺旋撃っ!」

 

 同じ技がぶつかり合って弾かれる。

 

「っ……」

 

 第四星層で刃を交わした時は力任せに再現していたようにも見えた。

 あれから自分の存在を取り戻したリィンにも引けを取らない洗練された一撃に目を見張る。

 

「フフ……不思議なものだな、剣を使うというものは……

 ケビン・グラハムや君には感謝し切れないよ。私が追い求めた《超人》に私自らがなれるとは思いもよらなかった」

 

「ふざけるなっ!」

 

 《影の皇子》の人の神経を逆撫でする言葉にリィンは叫ぶ。

 まるで自分が《八葉一刀流》を穢しているような気になり、リィンは殺意を高める。

 

「二の型《疾風》」

 

「伍の型《残月》」

 

 疾走を待ち構えられ、カウンターの刃をリィンは仰け反って皮一枚で回避に成功する。

 

「フフ……残りカスでしかない君に私に勝つことは不可能だろう……

 《八葉一刀流》の技はもちろん、《鬼の力》さえも私のもの。そして――今ではこんなこともできる」

 

 そう言うと《影の皇子》はその背中に聖痕を浮かび上がらせる。

 

「千の棘をもってその身に絶望を刻み、塵となって無明の闇に消えるが良い」

 

「っ……」

 

 《影の皇子》の周囲に浮かび上がった無数の矢にリィンは息を呑む。

 そんなリィンに《影の皇子》は笑みを浮かべる。

 

「砕け、《時の魔槍》」

 

 天にかざした剣を振り下ろすことを合図にして、一斉に矢が放たれた。

 

「っ……孤影斬っ!」

 

 後ろに飛び退くと同時に剣閃を放つが、風の刃を突き破り魔槍はリィンに殺到する。

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 カグツチの焔を乗せた二度目の孤影斬が今度こそ焼き払うが、相殺し切れなかった槍がリィンの腕に数本突き立っていた。

 

「フフ……良く凌いだ。では、もう一度だ」

 

 そう言うと新たな魔槍が浮かび上がり、今度はそこに焔が纏われる。

 

「焼き尽くせ――」

 

「アルカディスギアッ!」

 

 それが放たれるより一瞬早く、リィンの横をアルカディスギアを纏ったオライオンが全力の加速で駆け抜けた。

 魔槍が放たれるよりも速く、オライオンは《影の皇子》に肉薄し、腕と連動した浮遊ユニットを拳と見立てて振り上げ――拳を叩き込まれた。

 

「かはっ……」

 

 《アルカディスギア》の拳を紙一重で避けた《影の皇子》はカウンターでオライオンに《破甲拳》を叩き込み、弾き返した。

 

「っ……」

 

 打ち返されて宙を舞うオライオンの体をリィンは反射的に受け止めようとして、その奥で《影の皇子》が嫌らしい笑みを浮かべていることに気が付く。

 

「焼き尽くせ、《焔の魔槍》」

 

 再び、千の矢が放たれる。

 距離は十分にある。

 回避に専念すれば、今度は無傷で凌げるだろう。

 しかし、それをやれば目の前のオライオンは無事で済まないのは明白だった。

 

「くっ……」

 

 迷わずリィンは魔槍の狙いの中心に飛び込み、オライオンの体を左腕で抱え込み、右腕で太刀を振る。

 焔を纏った斬撃が、空間を削り取る様に殺到する魔槍を焼き払うが、数が圧倒的に違い過ぎた。

 さらにはオライオンを抱える左側の防御が薄く、リィンの焔から逃れた魔槍は次々にリィンの体に突き立っていく。

 

「ぐうっ……鬼炎斬っ!」

 

 溜めた力を一気に解放して、殺到する魔槍を一気に焼き払いリィンは膝を着いた。

 

「ハハハ……流石は残りカスとはいえリィン・シュバルツァー。やはり侮ることはできないか」

 

 拍手と共に《影の皇子》はリィンの健闘を称え三度、《魔槍》を展開する。

 

「次のは悪魔から拝借した力を乗せた一撃……フフ……どこまで耐えられるかな?」

 

 せめてあと五秒あれば、尻尾を巻いて逃げ惑うことができるだけの息が整う。

 しかし、それを正しく把握している《影の皇子》は攻め手を一切緩めずに雷を宿した魔槍を放つ。

 

 ――ダメか……

 

 覚悟を決め、リィンはせめてオライオンだけはとその身を盾にしようとして、彼女は光り輝いた。

 

「え……?」

 

 オライオンと合体していた《クラウ=ソラス》が分離すると同時に前に出て障壁を展開する。

 

「轟け雷槍、《千の雷》」

 

 電撃を纏った槍は《クラウ=ソラス》が張った障壁を意図も容易く貫通し、黒い装甲を穿つ。

 しかし、無数の矢をその身に受けながらも《クラウ=ソラス》は少しも退かずに千の矢を受け切った。

 

「ほう……これも凌ぐか。相変わらず悪運に恵まれた存在のようだな」

 

 流石に四撃目はなかった。

 《クラウ=ソラス》はノイズを漏らして浮力を失い床に落ちた。

 顔は半分抉れ、右腕は根元からちぎれ胴体も半ばから失い全身は皹だらけで無事なところは一つもない。

 

「フフ……どうやら向こうも盛り上がっているようだ」

 

 《影の皇子》は追い打ちを掛けずにリィンに背後を見るように促す。

 警戒しながら振り返ると三方では激しい戦闘が行われていた。

 

「レン……」

 

 零式は《パテル=マテル》を掴むと壁に叩き付ける。

 そこにレンのアーツやオーバルギアに乗ったティータ。そしてエステルとヨシュア、ジョゼットが加勢しているが、彼らの攻撃など知らぬと言わんばかりに零式は何度も鋼の拳を《パテル=マテル》に叩き込む。

 

「リシャール大佐、ジンさん……」

 

 ゲシュペンストもまたその巨体と防御力を合わせて好き勝手に暴れていた。

 シェラザードとアガットが戦列に加わっているが、彼らの高い攻撃力を持ってしても効果的なダメージは与えた様子はない。

 

「ミュラーさん、ユリアさん……」

 

 そしてリィン達がいる壇上の前に陣取るようにいるタイクーン。

 オリビエとクローゼ、そしてアネラスが加勢し、というよりも突破しようとしているが無謀な突撃を諫めることもあってうまく連携できていない。

 ケビンとリースに至っては、煉獄の消耗もあり、また《影の皇子》から受けた傷の手当てに集中して動いていなかった。

 

「なかなか善戦しているようだが無駄な努力だとは君も分かっているだろ?」

 

「っ……」

 

「彼らと私の僕では想念の密度が違い過ぎる……

 唯一の対抗手段になるであろう《パテル=マテル》の相手の零式には他の二体以上の想念をつぎ込んでいる……

 いかにレンが天才とはいえ、それを覆すのは並大抵のことではないだろう」

 

 リィンは唇を噛んで《影の皇子》を睨み付ける。

 

「さて、リィン・シュバルツァー……君はこの状況をどうにかできるものを持っている」

 

 唐突な《影の皇子》の言葉にリィンは訝しむ。

 

「何のつもりだ?」

 

 確かにリィンはその存在を持っている。

 《煉獄》が《影ノ星杯》に変わったことで、その存在をより明確なものとしてリィンは自分の中に感じている。

 流石に本物を呼び出すことはできないが、あの時と同じように《影》としてこの場に呼び出すことが可能だろう。

 しかし、敵である《影の皇子》がそれを促すことに罠を警戒する。

 

「そう警戒するな。別に罠というわわけではない……

 私の目的はリィン・シュバルツァーの核であるお前を取り込み、この存在を現実世界でも確立させることが第一目標なのは変わらないが……

 私の――ワレの求めるものは《超人》の先……《神》に至ることだ」

 

「《神》!?」

 

 突然出て来た言葉にリィンは思わず聞き返してしまう。

 

「そうっ! 《超人》こそが私の悲願だった!

 しかし、リィン・シュバルツァーとなることで私はその位階に上り詰めることができたが、同時にそこから先の領域を垣間見ることができた!」

 

 興奮した様子で語る《影の皇子》の様はリィンから見れば狂人以外の何物でもなかった。

 

「リィン・シュバルツァーの核だけでは足りない!

 その巨いなる力の欠片を得ることで私は《神》へと至る道の一歩を踏み出すことができるのだっ!」

 

「お前は……正気なのか?」

 

 ワイスマンの影響が強いとはいえ、自分の半身でもある存在の狂信ぶりにリィンは自分の目と耳を疑う。

 

「もちろん正気だとも、根拠もある……

 しかし、いきなり《神》に至るのは難しいのは確かだ。オリジナルとてそれを願っているのだから……

 まずは彼の遊戯盤を作り変える必要がある。そのためにも私はこの《影の国》を使ってオリジナルを超えなければならないのだよ」

 

「オリジナル?」

 

 意味の分からない言葉にリィンは首を傾げる。

 

「それを知りたくば、私に全てを委ねるがいい。そうすれば私たちは《超帝国人》を超えた存在……

 《影の国》という魔界を統べし皇帝、そう《魔界皇帝リィン・シュバルツァー》となることができるだろうっ!」

 

 その言葉は激しい戦闘の中だというのに、大きく響き渡り反響した。

 自信満々に手を差し出してくる《影の皇子》からリィンは視線を外し、振り返る。

 何故か、戦闘は中断され、三体の僕は大人しくなっている。

 しかし、そこに攻撃を仕掛けようとすることもなく仲間たちはその視線を壇上のリィン達に集中させていた。

 

「さあ、どうするリィン・シュバルツァー?

 君がどのような道を選ぼうとそれは自由だ……しかし、君が意地を張らずに私を受け入れるというのなら、ここにいる君の仲間は無事に解放することを約束しよう……

 フフ……安心したまえ、私にとっても彼らは大切な仲間、決して無下にしたりしないよ」

 

「すー……はー……」

 

 リィンは息を大きく吸って、吐く。

 そして、振り返ると同時に気絶したオライオンを抱えたまま、拳を振り被る。

 

「フ……」

 

 余裕の笑みを浮かべて《影の皇子》は一歩退いて、難なくその拳を躱した――はずだった。

 

「なん……だと……?」

 

 気が付けば、《影の皇子》は膝を着いていた。

 避けたはずの拳は当たったが、何の痛痒も感じさせない無意味な攻撃だった。にも関わらず、全身に力が入らない。

 

「リィン・シュバルツァーッ! 貴様っ! いったい何をしたっ!」

 

「死ね」

 

 激昂する《影の皇子》にリィンは凍てついた眼差しを向け、動けなくなっている彼を壇上から蹴り落とす。

 

「ぬおっ!?」

 

 そして階段を転がり落ちていく《影の皇子》からリィンは視線を切り、リィンはそれを呼ぶ。

 

「来いっ! 《灰の騎神》ヴァリマールッ!」

 

 リィンの背後に光が結実し、灰色の機械人形が《影の国》に顕現した。

 

 

 

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 オライオンを抱えたまま、ヴァリマールに乗り込んだリィンは何かを振り払う様に雄叫びを上げてタイクーンに襲い掛かる。

 飛び蹴りで崩し、その尻尾を掴んで力任せに振り回して零式に叩き付ける。

 そして騎神を顕現させるついでに持たせた、騎神サイズの魔槍ロアを手にゲシュペンストを一突きし、風穴を開けて壁まで突き飛ばす。

 

「リ……リィン君……」

 

 その戦いぶりに、初めて見る《巨いなる騎士》という帝国の伝説の存在だということを忘れて慄く。

 

「みんなは下がっていてください!」

 

 その言葉には有無を言わせない強さがあった。

 そして、蹂躙が始まった。

 エステル達が全力で倒そうとした存在を灰の騎神は二体をまとめて相手に一方的に立ち回っていた。 

 零式の巨腕はもちろん、タイクーンの爪も牙、そしてブレスも《灰の騎神》には触れることもできない。

 

「止めだっ!」

 

 焔を宿した槍の一撃がそれぞれを穿ち、戦いは終わった――かに思えた。

 次の瞬間、胸に風穴を空けたはずのゲシュペンストが背中に翼を展開し、ヴァリマールを強襲した。

 

「何!?」

 

 それはもう原型のトロイメライではなく、《結社》が改良したドラギオンの姿に変貌していた。

 

「まさか――」

 

 その可能性を考えて、リィンは倒したばかりの金の巨人と紅い聖獣に目を向ける。

 ゲシュペンストと同じように致命傷を受けたはずの体は見ている間に修復されていき、同時に巨人は一回り大きくなって立ち上がり、聖獣は全身に黒いオーラを纏う。

 

「ハハハ! 無駄だリィン・シュバルツァー!

 その僕たちは《影の国》の想念を練り集めて作り上げた特別製!

 いかに騎神が強力であっても、倒すたびにその存在は強化されていくそいつらを滅することは不可能だっ!」

 

 いつの間にか、壇上に戻っていた《影の皇子》は高笑いを上げて勝ち誇る。

 

「くっ……」

 

 正面から零式はヴァリマールを押し潰さんとその巨体で襲い掛かる。

 タイクーンは空中から火球のブレスの雨を降らせ、それを掻い潜ってゲシュペンストがヴァリマールの死角から強襲する。

 ヴァリマールが反撃し、傷を作るたびにそれは修復され、更なる力を付けて追い詰める。

 

「フフ……どうやら私の勝ちのようだな」

 

 追い込まれ、ヴァリマールの傷が増えていくことで《影の皇子》は自分の勝ちを確信する。

 しかし、そこに声が上がった。

 

「そこまでよっ!」

 

 次の瞬間、ヴァリマールを背後から飛んで強襲したゲシュペンストが《パテル=マテル》に捕まり、全身を使って圧し掛かる。

 

「ほう……」

 

 《影の皇子》が封じ込まれた竜機に目を細めると、エステルを先頭にして一同は《影の皇子》の前に立つ。

 

「おやおや、みなさんお揃いで……

 私が《魔界皇帝》となる瞬間を見に来てくれたのかな?」

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 おどけた言葉にエステルは激昂を返して棒を構える。

 

「あの戦いに僕達が介入するだけの力はない。だけど、ワイスマン……あなたはそうじゃない」

 

「多勢に無勢だけど、なりふり構っていられないからね」

 

「覚悟してもらうよ」

 

 エステルの言葉にヨシュア、アネラス、オリビエが続き、さらにその背後の仲間たちが武器を構える。

 

「フフ……私も舐められたものだ……私に挑むのなら、その倍は持ってこい」

 

 次の瞬間、《影の皇子》の背後に魔眼が浮かび上がり、エステル達を空間ごと束縛する。

 

「なっ!?」

 

「くっ……またこれか!?」

 

「ハハハ……君たちはそこで大人しく見ていると良い。この歴史的瞬間をな!」

 

 ヴァリマールが槍を突き出す。

 タイクーンはそれを肩で受け止めると、身体を変質させ、その部分を口にして槍に噛みつく。

 

「なっ!?」

 

 いよいよ化物じみてきた存在にリィンが目を見開くと、次の瞬間槍はその口に噛み砕かれた。

 

「っ……」

 

 次いで、零式の体当たりがヴァリマールを壁に叩きつけた。

 

「がっ……」

 

 零式の巨体の衝撃のフィードバックを受けたリィンの意識が飛びかける。

 何とか意識を繋ぎ止めるが、零式はすぐに動けないヴァリマールの首を左腕で持ち上げ、いつの間にか右腕に装備されていた杭打機をヴァリマールに向ける。

 

「があっ!」

 

 射出された杭がヴァリマールの胸を穿つ。

 全身ゼムリアストーンの合金である騎神の装甲はそれを受け止めるが、その衝撃はリィンを激しく揺さぶった。

 へし折れた杭は目の前で修復され、さらに強固なものとなってもう一度ヴァリマールを穿つ。

 その度にリィンの悲鳴が聞こえてくるが、エステル達が何もできない自分たちに怒りを燃やす。

 

「こんのおおおっ!」

 

「フフ、無駄だ。ワイスマンの時とは違う。本物の悪魔の魔眼の力に人如きが抗えるわけがない」

 

 《影の皇子》が言う通り、エステルや他の誰かがどれだけ闘気を練り上げても魔眼の拘束は揺るがない。

 

『――――なくちゃ――――』

 

 己の無力さに打ちひしがれたアネラスは不意に声を聞いた。

 

「え……?」

 

『……ザ……守らな――ザザ――きゃ…………』

 

 他の誰も気付いた様子はなく、アネラスは目を動かして声の主を探す。

 

『まも――ザザッ――らなきゃ……』

 

 ノイズに紛れた声は女の子の声。

 アネラスの視界の隅で、それはゆっくりと体を起こした。

 

『……リーンを……アネラス……ティータに他のみんなも……』

 

「あ……ああ……」

 

 少し動くだけで破片が零れ落ちていく、半分に抉れた顔が痛々しいがそれでもなお起き上がった《クラウ=ソラス》が飛び上がり残った腕で背後から《影の皇子》を殴りつけた。

 

「何っ!?」

 

 その衝撃に辛うじて繋がっていた左腕は砕け散る。

 余程意外だったのか、その衝撃に魔眼が途切れ、エステル達は自由を取り戻す。

 が、《影の皇子》のことなど忘れて、両腕を無くしても飛び出した《クラウ=ソラス》に向かってアネラスはその傀儡とは違う名前を叫んだ。

 

「アルティナちゃんっ!」

 

 繰り返されるパイルバンカーを受けて、とうとう装甲が砕けたヴァリマールに零式は最後の一撃を見舞おうとした瞬間、横から小さな物体の体当たりを受けて質量差があるにも関わらずよろめいた。

 

「……う……あ……」

 

 何度も杭を受けたリィンは朦朧とする意識の中で手を伸ばし、そのヴァリマールは《太刀》を掴んだ。

 

 

 

 

 《クラウ=ソラス》が変形した《太刀》を手に取ったヴァリマールは吹けば飛ぶような有様にも関わらず立ち上がり、襲い掛かってくるもはや聖獣とは呼べない化物を一閃する。

 更に立ち上がろうとした零式を一刀両断し、《パテル=マテル》が抑えていたゲシュペンストの頭部を突き刺す。

 それだけで、あれほど復活を繰り返していた三体の大敵は崩壊していく。

 

「ククク……ハハハ……アーハッハッハ!」

 

 そんな様を《影の皇子》は狂ったように哄笑を上げる。

 

「何がおかしいのよっ!?」

 

 その尋常ではない様に息を呑みながらもエステルは叫ぶ。

 

「あんたの手駒はリィン君が全部やっつけ――」

 

「これが笑わずにはいられるかっ! 何だこの奇蹟は!? どんな因果が働いている!? 」

 

 目を剥いて叫ぶ様は理不尽に対する怒りによるものではない。

 むしろ歓喜に打ち震えているようにも見える。

 

「もはやこれは《空ろなる黄昏》ではない……」

 

 《影の皇子》はおもむろに自分の手を剣で突き刺し、血を撒き散らす。

 

「出でよ――」

 

 撒き散らされた血はこれまで彼が溜め込んだ悪魔たちとなって巨人に、聖獣に、竜騎に群がりその亡骸を貪り喰う。

 

「な、何を……?」

 

「うわ……グロ……」

 

 あまりの光景に言葉を失い、目を背けるものもいる。

 

「穢れし聖獣が終末の剣に貫かれ、その血が星杯を充たす刻――《巨イナル黄昏》は始まらん」

 

 朗々と《影の皇子》は謳う。

 三体の亡骸を喰いつくし、黒く染まった悪魔たちが次に行ったのは同士討ちだった。

 一匹減るたびに、それが溜め込んだ穢れた霊力が解放されて黒い瘴気となって立ち昇る。

 

「顕現せよ――」

 

 数多の悪魔、そして三体の僕を生贄にし、場に満ちた《黒》い瘴気を纏め上げ、《影の皇子》は《黄昏》に必要なオリジナルの姿を想念で結実させる。

 

「《黒の騎神》イシュメルガ」

 

 ここに《黒》が顕現した。

 

 

 

 


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