「本当にやるんですか?」
第五星層の一角に連れて来られたオライオンはリースに尋ねる。
「セレスト・D・アウスレーゼの探索が済めば、煉獄への道は繋げられると言っていました……
このようなことは非合理的だと判断します」
「分かってます……でも……」
淡々としたオライオンの指摘にリースはその通りだと言葉を返しながらも、やはりやめるとは言えなかった。
「まあ、いいですが」
非合理的な行動だと考えながらもオライオンはリースの行動について、そもそもここに来るまで異論を挟まなかった。
他の人たちはセレストが第七星層への道を作ればすぐに出陣できるように慌ただしく準備を進めている。
それをせずにリースがオライオンに頼んだのは、この回廊の道から飛び降りて第六星層を超えて第七星層へと降りることだった。
そして着地のことを考えて、空を飛べる《クラウ=ソラス》を持つオライオンに助力を求めた。
「感謝します」
頭を下げるリースにオライオンは特に言葉を返さずに促した。
「乗って下さい」
オライオンは《クラウ=ソラス》の左腕に座ると、逆の腕に乗る様に促す。
恐る恐るといった様子でリースが《クラウ=ソラス》に乗ったことを確認すると、オライオンは無言で指示を出して《クラウ=ソラス》を浮かばせて、そのまま回廊の外へ、そして底の見えない下へと下降させる。
「…………」
頭上の回廊がみるみる小さくなっていくが、特に気にせずオライオンは下をじっと見つめる。
リースには非合理的な行動と言ったものの、その提案はオライオンにとっても渡りに船だった。
リィンが煉獄に落ちたと聞かされた時、そして今も疼く胸の中の何か。
その何かに突き動かされるように飛び出そうとしたが、合理的な思考が飛び出したところで意味がないと判断して押し留めていた。
なので、リースの提案はオライオンに待つ以外の行動の指針を与えるものだった。
胸の中に感じる何かの正体を知りたい、そのためにはリィンに会わなければならないと考えてオライオンはリースの提案に乗ったのだった。
「しかし、この方法で次の星層へ降りられる保証はありませんよね?」
「ええ……もしかしたら無駄足になるかもしれませんが、ですが場合によっては可能だと私は考えています」
「……どういうことですか?」
「ここは想念が影響を及ぼす世界です……
ですが、だからといって無秩序に願ったもの全てが反映されるわけではありません」
レンがパテル=マテルを呼び出せるようになったのと、アネラスが思い通りにぬいぐるみを生み出せないのと理屈は同じ。
そこに至るまでの過程の手段のイメージが補強できなければ、想念を結実することはできないのだとリースは考える。
「それに各星層への出入り口は一つではありません……
結社のギルバートが星層を移動した時に呑み込まれた《渦》を私たちが意図的に作ることができれば、第七星層へと道は作れるはずです」
「…………つまり?」
「私たちは星層を渡る手段として回廊を突っ切るという方法を取りました。あとは想念の強さ次第だと思います」
我ながら随分と強引な解釈だと思うが、現状で少しでも早くケビンの下へ辿り着く方法はこれしか思いつかなかった。
「なるほど…………解析完了しました」
「オライオンさん?」
リースの説明にオライオンは頷いて、呟く。
「回廊に残してきたマーカーからの相対座標の変化がなくなりました……
底に到達したわけではないですが、おそらくここが星層の境界だと判断します」
「っ……そうですか」
次の星層へ直接降りることは叶わなかった。
そのことをリースが歯噛みすると、オライオンは淡々とした様子でリースに忠告をする。
「少々失礼します」
「え……?」
何を、と言葉が続く前にオライオンはクラウ=ソラスにリースを落とさせた。
「なっ!?」
そしてリースの目の前でオライオンは自分から《クラウ=ソラス》の腕から飛び降りる。
「ターミネートモード起動……」
《クラウ=ソラス》は一振りの大きな剣へと姿を変えて、上へ向かって大きく旋回する。
「いったい何を!?」
「わたしは想念の結実方法は良く分かりません。なので、こういう方法を取らせていただきます」
端的な言葉にリースは納得する。
「分かりました。私も理屈を述べましたが、元よりそちらの方が好みです」
法剣を抜いてリースは下を向く。
重力の力も上乗せし、さらに加速させた《クラウ=ソラス》をそこに叩き込む気持ちでオライオンは叫ぶ。
法剣に力を込め、さらには気持ちを乗せ、リースは全身全霊を込めて法剣を振り下ろす。
「ラグナブリンガーッ!」
「ヘブンズストライクッ!」
かくして思いが通じたのか、全力の一撃を重ねてリースとオライオンは星層の境界を破ることに成功した。
続く、第六星層と第七星層との境界も破り、第七星層《煉獄》に辿り着いたリースは――
「おっ? 何やリース。お前も落とされたんか?」
気安い言葉で自分を出迎えたケビンにリースは《クラウ=ソラス》の腕を蹴って、飛び膝蹴りをケビンの顔面に叩き込むのだった。
「オライオン……君まで、いったいどうして……って、何で《クラウ=ソラス》をにじり寄らせるんだ?」
煉獄に落とされても、特に問題なくピンピンしているリィンにオライオンは胸に感じていた何かが霧散していくのを感じるが、同時に何とも言えないものが湧き上がってくる。
「問答無用です」
オライオンはジト目でリィンを睨み、《クラウ=ソラス》に一発殴らせるのだった。
*
「ケビン……あの時、姉さまが自分を犠牲にしたのは――」
「あーそのことなんやけどなリース。そこらへんの問答はリィン君とさっきまでやっていて結論はもう出たんやけど、もう一回やらないとあかん?」
そんなことを宣ったケビンにリースは顔を顰めて、ぐーをケビンの顔面に叩き込んだ。
「いつつ……ちょっとオレの扱い酷くないか? いや、恨む気持ちは分かるんやけど」
「はあ……すっかり元に戻って」
そんなケビンの様子にリースは肩を竦めてため息を吐く。
わざとおどけているように振る舞っているが、そこには今まで感じていた取り繕ったものとは違う、自然体と感じられる彼がいた。
「悪い、いろいろ心配かけたな」
「本当にそう思っているんでしょうね?」
リースは疑いの眼差しを向ける。
「ああ、オレは確かに《罰》を望んでいたんやろ……
そして《罰》を受けることで全てが解決すると思い込んでいた……
自分を犠牲にすることによってあの時の姉さんみたいにお前たちを助けられると思った……でも……それは違った」
「うん……あの時、姉様が自分をも犠牲にしてケビンを助けたのだとしたら……
多分、他にそれしか道が無かったからなんだと思う……
気絶した私もいて……いったん退くわけにもいかず、誰か一人が犠牲になるしか本当に選択肢はなかったから……
だから姉様はその道を選んだと思う」
「ああ、姉さんは単なる自己犠牲を良しとする人やなかった。あらゆる手を尽くした上での最後の最良の決断だったんやろ」
「でも、今回はあの時と同じじゃない……私もいれば、他の人もいる」
「リィン君にも言われたよ……
自分たちはただ守られるだけの存在やない。人を舐めるのも大概にしろ、ってね」
「……そうですか」
リースはケビンから聞かされたその言葉を受け止めて、改めてリィンに向き直る。
「感謝します。リィン・シュバルツァー……
あなたはケビンを恨む理由があるはずなのに、責めずに諭してくれて本当にありがとうございます」
「えっと……リースさん……それについてなんですけど、ケビンさんにも言わないといけない重要なことが――」
「ええ、分かっています。頭を下げて許されることではないと……
それにどうやらことはケビンだけの問題ではなく、七耀教会そのものが関わることのようで、そういう意味ではケビンだけではなくわたしも同罪でしょう」
「いえ、それについてはケビンさんから経緯はちゃんと聞いて、納得もしました。俺が言いたいのはそんなことではなくて――」
「リィン・シュバルツァー。敵が近付いてきています」
オライオンが坂の下からやってくる亡者の群れを指して、一足早く《クラウ=ソラス》を展開する。
「さっきも言ったが、改めて詫びを入れるのはここを無事に脱出してからにしよか」
「そうですね。ケビンの想像とはいえ流石《煉獄》……
想像以上の炎ですね……こうして話をしているだけでも息苦しい。早急に蹴散らし、脱出しましょう」
ケビンとリースも《煉獄》の炎の熱気に汗を流しながら向かってくる亡者たちの群れと戦い始める。
「…………はぁ」
リィンはため息を吐き、涼し気な表情で太刀を抜いた。
*
長い坂を歩く。
《煉獄》の炎に当てられて、体力を消耗していく一方なケビンとリース、そしてオライオン。
そのオライオンは《クラウ=ソラス》に乗るのではなく、リィンの背中に負ぶわれていた。
「不覚です。リィン・シュバルツァー、不埒なことをしたらこの首を絞めます」
「そういう言葉が言えるなら、まだ大丈夫そうだな」
照れ隠しのようなオライオンの言葉を軽くあしらってリィンは笑う。
その背後、追従してくる《クラウ=ソラス》は困ったような電子音を響かせる。
ずっと登り坂が続き、亡者の襲撃、煉獄の焔。
ろくな休憩が取れない中の強行軍は当然、子供の体躯のオライオンには無理があり、いくら彼女が特別な訓練を受けていたとしても限界を超えていた。
移動だけでも《クラウ=ソラス》に乗っていればいいのではないかと思ったのだが、煉獄の熱のせいで機能不全にはならないが《クラウ=ソラス》の装甲が熱を持って触れなくなってしまったので必然的に歩かなければならなくなってしまった。
なので体力に余裕があるリィンがオライオンを背負っていた。
「大丈夫ですか。ケビンさんにリースさん?」
「……ああ……まだ大丈夫や……」
「………………お腹空きました……」
二人は肩で息をしながらリィンの言葉に応える。
「というか、リィン君は全然平気そうやな」
「ええ、だってこれくらいの炎なんて執行者の焔と比べれば全然大した事ありませんよ。まあそれでも少しは暑いと感じていますけど」
「執行者……それってリベル=アークの総力戦でリィン君が戦った《劫炎》とかいう執行者のことか?」
「はい。あの時は戦わなかったんですが、彼も《影の国》に取り込まれていたみたいで、少し手合わせしたんですよ」
「そ、そうか……強がりじゃなくて、ほんまにリィン君には余裕やったんやなあ……」
リィンの後を追って決死の覚悟で《煉獄》に飛び込んだケビンはあまりの認識の差に敗北感を味わうことになる。
「はは、ともかく終点が見えてきましたからもう少しの辛抱です」
限界が近い二人を先導するように歩いていたリィンは坂の上に見え始めた巨大な門を見上げて、二人を励ます。
「《煉獄門》……『かの門は歪にして堅牢。生者と亡者を隔てる関所なり……』」
「聖典に記さているのとまんま同じイメージやな……問題はコイツをどうやって開くかやけど」
「フフ……残念だけどそれは叶わないわ」
「え……」
「この声は……」
聞こえてきた声に俯いていた二人は顔を上げ、最後の坂をリィンを追い抜き駆け登る。
「遅かったわね。ケビン……それにリースも一緒だとは思わなかったわね」
「姉様……」
「来たで、ルフィナ姉さん……俺が滅した連中がうろついているから、てっきり《白面》あたりが待ち構えていると思うたけど、予想が外れたみたいやな」
「ここはあなたを罰するための煉獄……
あなたが最初に滅したオーウェン元司教……
狂信的な悪魔崇拝の教団に利用され、人喰いの化物になった子供エルマー……
そしてあなたと心中を計った母親……
みんな、あなたにとっては意味のある配役だけど、彼だけはそうではないのでしょ?」
「そうやな……あんな外道、滅し直したところで清々するだけやな」
「フフ……勇ましいことね……それほどまでにリィン・シュバルツァーの言葉が効いたのかしら?」
「ああ、これ以上ないってくらいにな……恨み言なんて聞き飽きておったし、亡者のそれだって覚悟の内やったけど……
滅した奴に、それもオレよりも一回りも年下の子供にあそこまで言われたら、いつまでもヘタレているわけにはいかんやろ」
「はぁ……」
自信に満ちた言葉を返すケビンの背後でリィンはため息を吐く。
「どうかしましたか?」
「何でもない……何でもないから気にしないでくれオライオン」
リィンの背中から降りて、戦闘の準備をするオライオンは肩を落とすリィンに首を傾げる。
そうしている間にもケビンとルフィナの会話は続く。
「そういう割には息も絶え絶えのようね……リィン・シュバルツァーには通用しなかったのは予想外だったけど……
やはりあなたの想念で作り出された《煉獄》は苦しかったようね」
「ま、母さんを滅し直したのは流石に堪えたけどな……」
「その割には穏やかな目をしているのね?」
「オレがヘタレで臆病なのは相変わらずや……
でもな、リィン君と一緒に《煉獄》に落ちて、そんなオレなんかをリースが追い駆けてきてくれて、今までのオレがなんてちっぽけな存在やったか改めて思い知らされたんや……
姉さんが自分を犠牲にしてオレを救った真意も考えず、母ちゃんから逃げずに何をしてあげられたかも考えず、リィン君を殺さないで済む方法も考えず……
ただ《罰》を求めるだけで、赦してもらおうとした甘ったれなガキみたいなオレ……
そんな……ありのままのオレが見えてきた」
「ケビン……」
「リースを遠ざけていたのも、オレが背負った業に巻き込みたくなかったからやない……
自分を痛めつけることで《罰》を得ようとするオレの姿を見せて、失望されてその絆まで完全に断たれることが怖かったからや」
「だから私と戦えると? あなたの《罪》の象徴である私にもう一度矢を穿つことができるというのかしら?」
「確かに……もう一度ルフィナ姉さんを射るのは抵抗があるが、それはあんたが本当にルフィナ姉さんやったらの話だ」
「……な……」
「もう……あんたの正体は判ってる……
ズル賢くて傲慢で、人と人とも思わないような冷血漢のロクデナシ……
そして、誰よりもオレを殺したいくせに、怖くて姉さんの手を汚させようとしている臆病者のヘタレ……
お前は姉さんという概念を纏ったオレ自身だっ!」
《影の国》は想念によって成り立つ世界。
自分を殺したいほどの自己嫌悪を抱え、そのくせ罰を下すのは最愛な人がいいと我ながら本当に女々しいとケビンは自嘲する。
しかし――
「フフ……惜しいわね。それでは満点を上げられないわ」
「あれ……外した?」
ルフィナの採点に自信満々だったケビンは耳を疑う。
「ケビン……」
「ケビンさん」
背後でリースとリィンが白い目を向けてくるのが分かる。
どうにか誤魔化そうとケビンは思考を巡らせるが、それよりも先にルフィナの横に二体の悪魔が現れる。
「アスタルテとロストルム……《煉獄門》を守る悪魔どもか!」
「どうやら私直々に罰を与える必要がありそうね」
そう言ってルフィナは法剣とボウガンを手に取る。
「姉様……」
「ルフィナ姉さん……」
そんな彼女にリースとケビンもそれぞれ法剣とボウガンを構えるが、やはり彼女と戦うのに抵抗があるようだった。
「……二人とも、悪魔の相手をお願いします。あの人は俺が相手を――」
「いや、リィン君の方こそ悪魔たちの相手を頼めるかな? まあ、相手するって言っても時間を稼ぐだけでええけど」
「ケビンさん。でも……」
「ルフィナ姉さんはオレとリースで相手をする……そこから逃げるわけにはいかん……
リィン君や他のみんなが守護者たちを乗り越えて来たみたいに、オレらもルフィナ姉さんを乗り越えなくちゃならんのや」
「…………分かりました。オライオン、君は俺と一緒に悪魔を彼女から引き離す、いいな?」
「了解しました。《クラウ=ソラス》」
方針が決まり、それぞれが身構える。
そして、それぞれの戦いが始まった。
………………
…………
……
リィンとオライオンが二体の悪魔に対して奮戦するのを横目にケビンとリースはルフィナと激しい攻防を繰り広げていた。
煉獄に体力と気力を奪われて消耗したケビンとリースは長期戦は不利だと判断して、出し惜しみなしで最初から全開で攻撃を繰り出す。
「フフフ……」
しかし、そんな二人の猛攻をルフィナは笑っていなす。
「何がおかしいっ!?」
法術を使うリースに代わり、ボウガンに仕込んだ刃でルフィナの法剣と切り結びながらケビンは叫ぶ。
「大したことじゃないわ……あの頼りなかったケビンとリースとこんな風に手合わせできる日が来るなんて思わなくて」
「やめてくれよ。そういうこと言うんのは」
こっちは覚悟を決めて戦っているのに、気楽な言葉をかけてくると調子が狂う。
何より、ルフィナの言葉はケビンとリースにとっても同じだった。
出来ることなら対峙するのではなく、肩を並べて戦いたかった。
「あら? でもこれはそれだけ余裕ということよ……
あなたのボウガンと、リースの法剣、どちらも教会由来の私が良く知るもの……それじゃあ私の予測を上回ることはできないわよ」
仕込んだ刃を壊す勢いで弾き飛ばし、リースの法術をルフィナは躱す。
流石に手の内が知られ尽くしているだけに戦いにくい。
「あなた達が勝つ最善手は、あの子が言った通りあなた達が悪魔と戦うべきだったのよ」
「分かっとる……せやけど、オレ達にも譲れんものがあるんや」
「くだらない感傷ね。私情は判断を鈍らせるわよ」
手厳しい言葉にため息を吐き、勝つためにケビンは覚悟を決める。
「砕け、時の魔槍っ!」
「グラールスフィア」
《聖痕》の力を使った千の矢をルフィナの防御結界がそれを防ぎ切る。
「まさか……これも防ぐなんて……」
「ふふ、五年前と同じように済むと思ったら大間違いよ」
「言ってくれるやないか……」
何とか、あの時のトラウマを呑み込み、《魔槍ロア》をルフィナに使ったが、あっさりと防がれケビンはため息を吐く。
「ケビン……」
「分かっとるリース……」
肩で息をしながら呼んでくるリースにケビンは頷く。
お互いに体力の限界が近い。
少し離れた戦場ではリィンが元気よく二体の悪魔の内の一体を斬り殺し、怒涛の勢いでもう一体を仕留めにかかっている。
自分たちの体力は限界だが、もう少し粘れば彼が援軍に来てくれる。
短期決戦を凌がれてしまった以上、自分たちが取るべき戦術はそちらだろう。
しかし――
「そんな情けないことできるわけないやろっ!」
ケビンは胸を押さえて咆哮を上げる。
その背には禍々しい色合いの聖痕が浮かび上がると、その色彩を青白い清浄な光へと塗り替わる。
「ケビン!? それは!?」
「説明は後や! リース合わせろっ!」
ケビンの言葉にリースは疑問を呑み込み、聖典を開く。
「我が深淵にて煌めく蒼の刻印よ……天に昇りて煉獄を照らす光の柱となせ」
「天の眷属たる女神の僕よ……昏き大地を清めんがため、今こそ来たれ」
宙空に展開される聖なる千の矢の一つ一つに電撃が付与されていく。
「「轟けっ! 雷槍っ! 千の雷!!」」
即興で作り出したコンビクラフトがルフィナの防御結界を突き破り、雷を纏った無数の聖なる矢があの時と同じようにその身を穿った。
*
ケビンとリースのコンビクラフトによって巻き上げられた粉煙が晴れると懐かしい姿のルフィナが光に包まれてそこにいた。
「あ……」
「騎士装束……姉様……まさか……」
「ええ、ようやく《影の国》の強制力から解放されたわ」
膝を着いていたルフィナは立ち上がって、《影の王》だった時とは違う笑顔を二人に向ける。
「二人ともよく頑張ったわね……さすが私の自慢の弟と妹ね♪」
「姉様……」
「はは……ホンマ、相変わらずやな……
どうやらオレの《聖痕》はちゃんと消えたみたいやな」
「フフ……ちゃんと正解に辿り着けたようね……
そう《影の王》の正体はケビンの《聖痕》の意志とも呼べるもの……
それが《輝く環》が失われた時、その代替としてコピーされ、この世界が自律的に存続するための核となったのよ」
「そういうことやったのか……」
「そして今は、あなた達が勝ったことで力が抑えられているけど、このまま放っておけばすぐに力を取り戻すでしょうね」
「そうか……」
半ば予想していた答えをケビンは落ち着いて受け止める。
「だからね、ケビン。最後はあなたの手で止めを刺して欲しいの」
「ね、姉様っ!?」
「そうすれば、この世界にコピーされた《聖痕》は完全に消滅するでしょう……
セレストさん……だったかしら? 彼女の力も戻るはずだからきっとあなた達全員を元の世界に帰してくれるはずよ」
「待って姉様! そんな折角また会えたのにっ!」
「ごめんなさいリース」
再会を喜んだ矢先に、別れを突き付けられてリースは子供の様に叫ぶ。
しかし、これはどうにもならないことなのだとルフィナは目を伏せることしかできなかった。
「なあ姉さん……それが必要なんやな?」
「ええ……それ以外の選択肢は存在しない。五年前のあなたは、暴走して殆ど意識もなかったけれど……
今度は、あなたは自分の意志でそれを行わなくてはならないわ」
ルフィナの答えにケビンは黙り込む。
「姉様……ひどいよ……ケビンにまた……そんな事をさせるなんて……それに……それに……そうなったら姉様は……」
「ごめんね、リース……
でも、これだけはどうしても私が言わなくてはならないから」
泣きじゃくるリースをあやすような優しい顔からルフィナは星杯騎士としての顔でケビンに向き直る。
「ケビン・グラハム――最後にもう一度だけ言います……
私を滅して、皆と共に元の世界に還りなさい。姉として、騎士の先輩として、あなたのお母様の代わりとして……
私にできる最後の忠告です」
そんな言葉にケビンは笑みをこぼした。
「はは……ホンマ……優しいくせに誰よりも厳しい姉さんやな……でも……それでこそルフィナ姉さんや」
ケビンはボウガンに矢を番えて、構える。
ルフィナは立ったまま、両手を開いて、その矢を待ち構える。
「ケビン、待って。だったら私も一緒に――」
それが避けられないのなら、自分も一緒に背負うとリースが声を上げた瞬間――その声は聞こえてきた。
「いいや、《王》にはまだしてもらわなければならないことがある」
手を広げケビンの最後の介錯を待つルフィナの背後に、それは転移で現れそのまま剣をルフィナに突き刺した。
「――かはッ――」
「あ――――」
何が起きたのか、理解できずにケビン達は呆然と固まる。
そいつは根元まで突き刺した剣をゆっくりと引き抜く。
一瞬、彼女の背後にケビンと同じ《聖痕》が浮かび上がると、それは光の粒子となって彼の下へと集まっていく。
「ククク……ようやく手に入れたぞ」
呆然とするケビンとリースを無視し、彼は手に入れた《聖痕》の力に喜ぶ。
崩れ落ちるルフィナの体をリースは飛び出して受け止め、ケビンは――
「貴様ああああああああッ!」
遅れた激昂と共に矢を放つ。
彼は後ろに跳んでルフィナ達から距離を取ると共に撃たれた矢を難なく切り払う。
「姉様っ! しっかりして姉様っ!」
ルフィナに必死に呼びかけるリースを横目に、ケビンは歯を食いしばる。
「貴様っ……生きとったんか!?」
第四星層の終わりで、《時の魔槍》で針ねずみにして崖から落ちたはずの男をケビンは憎悪が篭った目で睨み付ける。
「フフ……あの程度で死んだと思われるのは心外だな」
余裕ぶった態度がさらに気に障り、ケビンはボウガンに新しい矢を番えるのを忘れて構える。
「今更オレの《聖痕》の力を奪って何が目的だっ!」
「クク……決まっている」
彼は闇色のコートを翻し、宣言する。
「《影の国》はこの《影の皇子》が乗っ取らせてもらう」
ワイスマンの活躍を期待していた人、申し訳ありません。
3rdの決着を前倒しにして、影の皇子の復活から、ルーファス、セドリック、オズボーンの三連コンボをさせていただきました。