(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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 原作のレンがこのタイミングで言う黒のグロリアスを使った鬼ごっこのイベントをやろうかと思いましたが、上手くまとまらず休憩なしで本編を進ませます。





90話 懺悔の時

 

 

 エルベ周遊道。

 離宮へと続く道は結界によって阻まれていたが、全ての試練を終わらせたことでそれは解け、モヤが立ち込めていた。

 

「リース……それにリィン君……

 すまんけど、ちょっと手伝ってくれへんか?」

 

 ある種の確信を持ってケビンは今度の探索のメンバーに二人を誘う。

 もしもの時を考えてそこにヨシュアにも同行を願う。

 そして、他の人たちでは超えることができなかったモヤを超えた先にはエルベ離宮ではなく、星杯の紋章を刻んだ門が彼らを出迎えた。

 

「ここは《紫苑の家》。オレとリース……そしてルフィナ姉さんが一緒に暮らしてきた場所や」

 

「ルフィナ姉さん?」

 

「ああ、リースの実の姉で俺にとっても姉代わり……

 それで、五年前に殉職した星杯騎士の正騎士でオレらの先輩だった人や」

 

 憂いに満ちた表情でケビンは星杯の紋章が掲げられた門を見上げる。

 

「本物としか思えへんな。なんちゅうか……空気の匂いまで同じ感じや」

 

「…………うん」

 

 ケビンの呟きにリースは頷いた。

 

「《紫苑の家》……さしずめ、七耀教会の施設といった所でしょうか?」

 

「ああ、教会が運営しとる《福音施設》……ま、修道院に近い孤児院みたいなもんや」

 

「それじゃあ、もしかしてケビンさんも……」

 

 ヨシュアの疑問に答えたケビンは続くリィンの呟きに頷いた。

 

「ああ、孤児っちゅうヤツや……

 ま、色々あってここの世話になったんやけど。それにしてもここに帰って来るんはちょうど五年ぶりくらいかな」

 

「ケビン……」

 

 遠くを見るケビンの眼差しにリースは言いようのない不安に駆られる。

 

「いずれにせよ……《第七星層》への手掛かりはここにあるはずや。まずは敷地の中を一通り調べてみることにしよう」

 

 まるで思い出に浸る様にそれぞれの部屋や施設を見て回り、最後はいつの間にかリースのポケットの中に現れた鍵を使って礼拝堂の中へと入ることになる。

 だが、その前にケビンは彼女に忠告する。

 

「リース、一つ言っておく……その扉を開いたらもう後戻りできへんぞ」

 

「え……?」

 

「あの日、起こった真実をお前は全て知ることになる……その覚悟はあるか?」

 

 長い沈黙の末にリースは頷いた。

 

「望むところ……

 この五年……私はずっと納得いかなかった。あの後、私を含めたみんなは他の施設に引き取られて、従騎士の修行に入る前にここに行ってみたらすでに取り壊されていて……

 だから……とっくに覚悟は出来ている。何よりも……姉様とケビンに近付きたいと思っているから」

 

「そっか……分かった」

 

 リースの覚悟にケビンは納得して頷く。

 

「もしかして、込み入った事情があるなら俺達はここで待っていた方がいいですか?」

 

 ただならない雰囲気にリィンが尋ねるが、ケビンは首を横に振った。

 

「いや……構わんて……それにリィン君にも聞いて欲しいこともあるからむしろ一緒に来てもらえるか?」

 

「それなら良いですけど……」

 

 妙に清々しいケビンの雰囲気にリィンは一抹の不安を感じながら、礼拝堂に入る。

 

「五年前……何者かに雇われた猟兵団がこの《紫苑の家》を占拠した」

 

 礼拝堂に入ったケビンは訥々と語り始め、リースに問いかける。

 

「なあリース。お前、その時のことどれだけ覚えとるんや?」

 

「わ、私は……突然、黒い男たちが門を破って入ってきて……みんなを縛り上げて、先生を二階に連れていって……それで……」

 

「……気付いた時は街のベッドやった……

 そこでオレとルフィナ姉さんが助けに来たことと……そして姉さんが殉職したことを聞かされた……そんなところか?」

 

「うん……ねえ、ケビン……あの事件はいったい何だったの?

 教会に敵対する何者かの仕業だって聞いたけど……ケビンとはあれから一度も会えなかったし、セルナート総長に聞いてもぜんぜん教えてくれなくて……」

 

「ま、総長の立場になると流石に簡単に話せへんやろ……

 まさかこの施設が封印指定された古代遺物の目眩ましに使われてたなんてな」

 

「…………え」

 

 意味が分からないと答えを受け止められずに呆けるリースを他所にケビンは歩き出す。

 

「ここや……」

 

 祭壇の横、女神のレリーフが刻まれた壁にケビンが触れると、カチリと音がして壁がスライドして開く。

 

「隠し扉か……」

 

「…………あれ?」

 

 彼らと一歩引いてついてきたヨシュアは軽く驚き、リィンはその存在に既視感を覚えた。

 ケビンは無言で開いた通路へと入っていく。

 

「待ってケビン!」

 

 リースは慌てて彼を追い駆けて声をかける。

 

「封印された古代遺物……まさかこの下には!?」

 

「その通りや」

 

 取り乱したリースに対して、ケビンはむしろ不気味とも思えるほどに落ち着きを払った言葉を返して肯定する。

 

「この下にはグランセル大聖堂の地下にあったのと同じ場所……古代遺物の封印に使われる《始まりの地》がある」

 

 長い螺旋階段を下りていく間にケビンの語りは続く。

 その日、ケビンとルフィナが帰省する予定だったこと。

 先に着いたケビンが一人で猟兵団を制圧することができたこと。

 しかし、リースだけがまだ残っていた猟兵に連れ去られて、この地下の施設に連れて行かれたこと。

 

「なあ、リース。初めて会った時……オレがどんなだったか覚えてるか?」

 

 そして唐突に話は飛んで、ケビンは自分と彼女たちの出会いの話を振る。

 そこでケビンは自分が母親を殺したことを告白した。

 正確には見殺しにした。

 心中を計った母を拒絶し、その場から逃げ出し、落ち着いて家に戻ってみれば、そこには命を断った母親の変わり果てた姿がケビンを出迎えた。

 

「はは、すまんな……しょうもない話を聞かせて……

 せやけど、多分……その時なんやと思う。オレの中に《聖痕》が刻み込まれたのは」

 

 ケビンは星杯のメダルを何もない壁に向かって突き出すと、ただの壁だった場所に扉が現れる。

 そのままケビンは扉を開いて中へ入っていき、リース達も慌ててそれを追い駆ける。

 地下にあるとは思えない巨大な広間に圧倒されながらも、リィンが先程から感じていた既視感はさらに強くなる。

 そして、ケビンの昔語りが続く。

 追い詰められてた猟兵は、当時そこに封印されていた《ロアの魔槍》を不用意にも手に取った。

 手にする者の肉体を《化物》に変えてしまう槍によって、異形の怪物となった猟兵にケビンは叩きのめされた。

 しかし、ケビンの《聖痕》が魔槍の力をその場で取り込み、その力を十数倍に増幅して怪物になった猟兵を逆に蹂躙した。

 その湧き上がる力に我を忘れたケビンはその衝動の捌け口に気絶したリースにボウガンを向けた。

 遅れて駆け付けたルフィナのおかげで、その矢が放たれることはなかった。

 しかし、ケビンが我に返ると、ルフィナはケビンを抱き締め、無数の魔槍に穿たれて事切れていた。

 

「ま、そういう事や。オレはルフィナ姉さんを助けられなかったんやない……

 このオレが……お前の目の前にいるこのロクでもない疫病神がお前の姉さんを殺したんや」

 

「で、でも……でもケビンは……」

 

「殺すつもりはなかった……そんなのはタダの言い訳や……

 あの時のオレは《聖痕》の力に翻弄されて血と暴力に酔いしれていた……

 オレの心がリィン君みたいに強かったら……こんなことにならんかったやろ」

 

「ケビンさん……」

 

 引き合いに出されたリィンは彼が向けてくる羨望の眼差しに何かを言いかけて、やめる。

 大きな力に翻弄される苦しみはリィンは誰よりもよく知っている。

 むしろその評価は買い被りも良いところだった。

 自分とて一歩間違えれば《鬼の力》を発現した最初の時に、その刃をエリゼに向けていたかもしれない。

 それにリベールに来た直後には暴走させてそれこそエステルとヨシュアに襲い掛かった。

 《鬼の力》によって間違いを犯さなかったのは偶然でしかないのだが、ケビンもそれは分かっているのだろう。

 

「それにな……オレはな、あの時姉さんが自分の母親のように見えてたんや……

 オレの首を絞めてきた……あの時の母ちゃんと同じように……

 そして……裏切られた腹いせを込めて《魔槍》を叩き込んでやった……

 どっちも大好きで……オレの手で守りたかったのに……ククク……母ちゃんとルフィナ姉さんをまとめて殺したも同然や」

 

 自嘲するケビンにリースは言葉を失ってしまう。

 

「そしてオレはまた罪を重ねた……リィン君……

 君をあの浮遊都市で置き去りにするように仕向けたんはオレや」

 

「え……?」

 

 突然の告白にリィンは虚を突かれた。

 

「君の存在を危険視した教会の一部の人間からの任務で……ってそれは言い訳やな……とにかく君を殺したんはオレや」

 

「ケビンさん……えっと……」

 

 殺したと言われてもリィンは何と言葉を返せばいいのか分からず、大いに困る。

 

「ヨシュア君が君に渡したクスリがあったやろ? それの処置をした時にオレの力を混ぜさせてもらったんや……

 それだけやない。武術大会が終わった時、君を襲ってワイスマンが刻んだ《聖痕》に便乗して暗示も仕込んだ」

 

「っ……ケビンさん……貴方は……」

 

 自分が用意した手段が利用されたことにヨシュアは絶句する。

 

「それじゃああの時……急に力が抜けたのは……」

 

「元々はリィン君がワイスマンに操られることを考えての処置だったんやけどな……

 《白面の遺産》を教会は残しておきたくなかった。せやから君の死をうやむやにできるあの場で君を始末させてもらったんや」

 

 傍から見ると、突然の真実にリィンは戸惑い言葉を失っているようにケビン達には見えた。

 しかし、真実は異なる。

 アルティナとの最後の別れを経て、何故自分が想念体になっているのかという不明な部分もあるが、ほぼ全ての記憶を取り戻したリィンは自分が、そしてレーヴェも生きていることを自覚することができた。

 しかも、自分達の体を診断した者の言葉を信じるのなら、アルセイユに戻れたとしても自分もレーヴェも助からなかった可能性の方が高かったのだ。

 それを考えると、むしろケビンが殺すために打った一手に救われたと言っても過言ではない。

 

 ――どうしよう……

 

 懺悔のような空気を作っているケビンにリィンはひたすらに困る。

 生存を告げられる雰囲気でもなければ、ケビンが打った一手に結果的に助けられたと言える雰囲気でもない。

 そしてそんなリィンに追い打ちをかけるようにリースが声を上げた。

 

「どうして……どうして黙っていたのっ!

 姉さんのことも……私に一言も話さなかったこともそうだけど、リィン・シュバルツァーのことだって総長がそんな人道を無視した任務を許すはずないのに……」

 

「ああ……ホンマ悪いと思っている……

 でも、話したからにはオレにも覚悟は出来てるわ。お前……か、リィン君、君やったら仇を討たれても本望やし」

 

「バカっ!」

 

 一喝してケビンの胸倉を掴んだ。

 

「ふざけないで! ケビン・グラハム!

 私が怒っているのはそんなことじゃない!

 どうして……なんでそんな重いものを抱て一人ぼっちで生きてきたの……?

 あなたの家族のこの私に……一言も相談しないで……一緒に抱えさせもしないで……」

 

「リース……オレはさっきも言った通り、何の罪もないリィン君も滅した……もうお前にそんなことを言ってもらえるような人間じゃないんや」

 

「それは……私のせいなんでしょ?」

 

「っ……」

 

「やっぱり……ずっと疑問に思っていたことがあるの……

 セルナート総長が春から突然、私を引き抜いて直々に鍛えてくれた……

 ルフィナ姉さんの妹だから、って言われていたけど、そうじゃない……私の存在を使えばケビンを好きに動かせることが知られたから総長は私を引き抜いて、そしてケビンの従騎士にさせた、そうでしょ!?」

 

「……リース……それは考え過ぎだ……」

 

 否定するも、彼女から目を逸らすケビンの様が何よりも雄弁に真実を語っていた。

 

「ごめんなさい。リィン君……殺された貴方を差し置いて、こんなことを言って良いはずないのは分かっていますが……」

 

「あ……はい……どうぞ、ご自由に……」

 

 激情に駆られながらも、ちゃんとこちらを気遣ってくれるリースにリィンは余計に居たたまれなくなる。

 

「ありがとうございます」

 

 リースはリィンに感謝を伝えてから、ケビンに向き直る。

 

「やっと分かった……ケビンがどうして《外法狩り》をしているのか……

 姉様を死なせてしまった償いのためじゃなかったんだね?」

 

「な……!?」

 

 その一言にケビンは図星を突かれたように呻く。

 

「もう……私にはわかる……償いのためなんかじゃない……罪悪感を消すためでもない……ケビンは……ケビンは……っ!」

 

「その通り……《罰》を受けたがっているのさ」

 

 リースの言葉を引き継ぐように新たな声が響いた。

 その声と共に地下のドームの一角に《影の王》が現れる。

 

「フフ……よくぞここまで来た。ここより先は《第七星層》……

 私が生まれた場所にして全ての星層の礎となる場所さ」

 

「やはりそうか……」

 

 影の王の言葉にケビンは頷く。

 

「その地に通じるのがこの場所であるという意味……どうやら俺の《確信》は間違いなかったみたいやな」

 

 そう言うケビンに影の王は笑い声を返して問いかける。

 

「それでは改めて問うとしようか。どうかな、ケビン・グラハム……

 そなたは本当に私の素顔を知りたいのかな?」

 

「……言うまでもない。とっとと、その悪趣味な仮面を外してもらおうか……《影の王》――いや、ルフィナ・アルジェント!」

 

「え……?」

 

「その名前は……」

 

「まさか……」

 

 ケビンの出した名前に一同が驚く中で、影の王は声を上げて笑う。

 

「ハハハ、いいだろう!」

 

「っ……ね、姉様……」

 

 そして仮面を外し、素顔を見せる。ケビンを除いて彼女の顔を知るリースは現れたその顔に言葉を失った。

 

「久しぶりね、リース。そしてケビン……よく私の正体を見破ったわね」

 

「いや……答えは最初から明らかやった。思わせぶりな言動……

 そして挑発的な台詞の数々。今まで確信できなかったのは……オレが気付きたくなかったからや」

 

「ふふ、そうね。あなたは昔から弱虫だから……でも、ここまで辿り着いた以上、私の目的は判っているのでしょう?」

 

「ああ……覚悟は出来ている。連れて行くならとっとと連れて行ってくれ」

 

「ま、待って! なにを……二人とも何を言ってるの!?」

 

「あなたも判ったのでしょう? ケビンはね……《罰》を受けたがっているのよ……

 私はケビンに《罰》を与えるためにこの地に生み出された存在……

 そのために私はこの《影の国》を造り変え、あなた達全員を迎え入れた。それもこれも全て望んだのはケビン自身なの」

 

「う、嘘……!」

 

 信じたくないと叫ぶリースにケビンは静かに首を横に振る。

 

「残念やけどその通りや。なぜ、そうなってしまったのかはっきりとは判らへんけど……姉さんが言っていることが真実であることは間違いない……

 おそらく《第七星層》とはこのオレを罰し続けるための地……

 母親を見殺しにし、姉さんをこの手で殺めてしまい、リィン君を殺して超えてはいけない一線を越えてしまったオレに相応しい場所のはずや……

 そして……オレさえそこに落ちればこの事件は無事、解決するやろ」

 

「ケビンさん……本気でそう思っているんですか!?」

 

 それまで黙って見守っていたヨシュアが口を挟むが、ケビンは黙ってそれを肯定する。

 そして、リィンは緊迫している状況なのは分かっているのだが、どうにも話に乗り切れずに沈黙を保つ。

 

「……っ……」

 

 次の瞬間、リースがルフィナに向かって突進し、法剣を振る。

 しかし、ルフィナは伸びた蛇腹剣が触れる前に一瞬で消えて、空中に出現する。

 

「うふふ、どうしたのリース?

 姉さんに向かってそんなおいたをするなんて……」

 

「黙りなさいっ! あなたが姉様のはずない! 姉様がケビンにこんな事をするはずがない!」

 

「リ、リース……」

 

「ケビン、思い出して! ケビンは私に……姉様が哀しむようなことは絶対にしないって誓った!

 本当にそんなことをして……自分一人が犠牲になって姉様が喜ぶと思ってるの!?」

 

「っ……」

 

 先程、覚悟を決めたと言ったはずのケビンの顔がリースの言葉によって歪む。

 

「どうかしら? 確かに《私》は本物のルフィナではないけれど限りなく近い存在ではある……

 ケビンが《罰》を望むのなら叶えたくなるのではないかしら?」

 

「そんなこと、ないっ!」

 

 ルフィナの優しい言葉をリースは躊躇うことなく否定した。

 

「本物の姉様なら、そんな風にケビンを甘やかしたりしないもの!

 思い出して、ケビン! 初めて会った時のことを!

 絶望して……自分から消えようとしていたケビンを姉様は決して許さなかった……

 問答無用でチョコレートを食べさせてこちら側に連れ戻した!」

 

「…………あ……」

 

 リースの言葉にその時のことを思い出したケビンは思わず呆ける。

 

「ふふ……驚いたわ。まさかあなたがそんな物言いができるくらい成長していたなんてね……

 でも、リース。あなたは肝心なことを忘れているわよ」

 

「肝心なこと?」

 

「リィン・シュバルツァーを殺した罪。それはどうするつもりなのかしら?」

 

「あ……」

 

「待て、それは――」

 

「この《影の国》で奇蹟的な再会を果たせたとしても、ケビンが行った非道な行為そのものが消えるわけじゃない……

 これまではそれこそ、外法や引き返せない者の引導という汚れ仕事を引き受けてきたけど、一度箍を外してしまったケビンが次に同じことをしないという保証がどこにあるのかしら?」

 

 リィンの言葉を封じるようにルフィナは言葉を重ねる。

 ことここに至っては、リィンが生きていることは重要ではない。

 問題なのはケビンがそれを実行した事実だけだった。

 

「《外法狩り》が《外法》に堕ちたなら、それを狩るのがケビンの最後の勤めではないのかしら?

 それをできないというのなら、今までケビンが積み上げてきたものは、それこそ全て無意味なものへとなってしまうのではないかしら?」

 

「っ……」

 

「そして、この真実をあなた達の仲間が知ったらどんな顔をするかしら?」

 

「あ……」

 

 法剣を握る手から思わず力が抜ける。

 底抜けのお人好しのエステルを始めとしてリベールの人たちは誰もが良い人であり、死なせてしまったリィンのことを心の底から悔いていた。

 この《影の国》での一時の再会に喜んでいた人達を思い出す。

 果たして、いくら彼女たちがお人好しだったとしても、リィンを殺したケビンの裏切りを許してくれるだろうか。

 彼女たちの罵倒や失望の眼差しを想像して、リースは蒼褪める。

 

「そういうことやリース……もうこれ以上の落とし所は存在しないんや」

 

 ケビンは震えた手でそれでも法剣を構え続けるリースの手を取って、下ろさせる。

 

「すまんなリィン君……」

 

「ケビンさん……俺は――」

 

「謝って済む問題じゃないのは分かっとる……むしろこんな事件が起きる前にさっさとケジメをつけておけばよかったんやろな」

 

「いや、そうじゃなくて――」

 

「ルフィナ姉さん、もう問答はええやろ、とっととオレを煉獄に落としてくれ」

 

 当事者のこと話を聞こうとしないケビンにリィンの中で何かが切れる音がした。

 

「人の話を――」

 

「へ……?」

 

「――聞けっ!」

 

 下から抉り込むような破甲拳の一撃がケビンを仰け反らせて宙を舞わせた。

 

「がはっ!?」

 

 数秒、空を飛んだケビンは背中から床に叩きつけられる。

 

「リ……リィン君……?」

 

 残心を取るリィンの異様な雰囲気にヨシュアは顔を引きつらせて呼んでくるが、リィンは手を上げるだけでそれに応えて殴り飛ばしたケビンに歩み寄る。

 

「何を勝手に一人で盛り上がっているんですか?」

 

「い……いや、でもリィン君、オレは――」

 

 リィンはケビンの胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせる。

 

「ふざけるな! ケビン・グラハムッ! 煉獄に落ちれば全て解決する? ここにいる人たちがそんなことをされて喜ぶと本気で思っているのか!?」

 

「それは……」

 

「それに俺はケビンさんが言うような強い人間なんかじゃない……

 自分の手を汚さなかっただけで、俺だって、女の子一人救えなかったちっぽけな人間でしかない……

 それでも俺がここまでやってこれたのは、みんながいたから……あの子の存在がちゃんとここにあったからだ」

 

 リィンはケビンの胸に拳を当てて問いかける。

 

「俺のこと、教会のこと、色々なしがらみがあることは分かる……

 もう生きているのが本当に辛くて嫌なら俺には何も言えない。その気持ちだって俺は分かる……

 だけど本当にお姉さんを殺したことや、俺を殺したことに責任を感じて、後戻りできないと勝手に思い込んでいるのなら、それはただの《逃げ》だ」

 

「っ……」

 

「…………そうだね……」

 

 その言葉に頷いたのはケビンではなくヨシュアだった。

 彼もまたリィンの言葉に思うことはあり、耳が痛かった。

 

「何が《償い》だ……誰がそんなもの受け取ってやるものか……」

 

「…………リィン君……」

 

「償うというならちゃんと生きろ!

 未熟者のくせに他人の心配をするなんて十年早いっ!

 まずはエステルさん達にちゃんと怒られて、その十年をちゃんと自分と向き合って足掻いて生きて、出直して来いっ!」

 

 そう言葉と共にリィンはもう一度ケビンを殴り飛ばした。

 そんな様を見せつけられたルフィナはため息をこぼした。

 

「まさか君がそんなことを言える人間だったとは思わなかったわ」

 

 ケビンは呆然として反応こそ鈍いが、こちら側に傾いていた心が逆に揺れ戻っていた。

 おそらく、彼はもう自分から煉獄へ飛び込むことはしないだろう。

 

「でも、そうね……ならば代わりにあなたを招待してあげることにするわ」

 

 そう言ってルフィナが手を前に差し出すと、次の瞬間リィンの足元に紅い亀裂が走り、そこから瘴気が溢れ出す。

 

「姉様、何を!?」

 

「ふふ、そこで黙って見ていなさい」

 

 ルフィナの背後に魔眼の術が浮かび上がると、それは禍々しい光を放ちケビン達の動きを縛る。

 

「あの時の影の皇子が使ったのと同じ……」

 

 第四星層で《影の皇子》が使った悪魔から奪った力を思い出してヨシュアは不覚に歯噛みする。

 そうしている内に、亀裂は徐々に大きくなり、煉獄の炎が漏れ出て、リィンは呑み込まれるように身体を沈み込ませる。

 

「くっ……」

 

「やめろ姉さんっ! リィン君は関係ないやろっ!?」

 

「これも《罰》の一つよ。この子があなたの代わりに永劫苦しむとしたら……さぞ、あなたの苦しみも一層深まることでしょうね?」

 

「うそ……姉様……そんな……姉様がそんな……無関係な人を巻き込むはずが……」

 

「言ったでしょ? 私はケビンに《罰》を与えるために生み出された存在だと……

 そういう意味ではこの第六星層であなた達が戦ってきた人たちと同じ、私も役割に縛られている存在でしかないの」

 

「な……」

 

 返って来た言葉にリースとケビンは言葉を失う。

 身動きは取れず、ただリィンが煉獄に落とされる様を見ていることしかできないのは確かにケビンにとってはこの上ない罰だった。

 

「やれるものならやればいい」

 

「あら……?」

 

 しかし、リィンの落ち着いた言葉にルフィナは首を傾げた。

 

「俺がこれまで潜り抜けてきた修羅場と比べれば、ケビンさんが考えた程度の煉獄なんて大したものじゃない」

 

「フフ、よく言ったわ。それではせいぜい頑張ることね」

 

 リィンの言葉を虚勢と笑い、ルフィナが力を込めると亀裂はさらに広がって、リィンは落ちるようにその中へと消え、亀裂が閉じていく。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 ケビンは遅れて《聖痕》の力を解放し、呪縛を吹き飛ばし、そのまま閉じていく亀裂の隙間に身を投げ出した。

 

 

 

 







 腹ペコヒロイン
「……………………あれ?」




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