(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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87話 残されたもの

 

 

 第二陣が第六星層の攻略に乗り出している中でリィンはその攻略から離れて第二星層に来ていた。

 

「すいません。三人とも、攻略に忙しいのに付き合ってもらって」

 

「気にしないでいいよ、僕達は最後の試練に指名されているから今回は探索チームから外れるのは最初に決まっていたからね」

 

「フフ……レンもせっかくだから《影の国》で遊びたかったから構わないわよ」

 

「いや……レン……君は……」

 

 気にするなと言ってくれるヨシュアと違って、レンはまるで散歩を楽しむように笑う。

 そんな彼女にリィンは肩を竦めてため息を吐く。

 事の発端は第二陣のチームの編成を決めようと石碑にみんなで集まった時のことだった。

 

「っ……」

 

 オライオンはリィン達を見た瞬間、シャイニングポムの様に逃げ出した。

 それはもう見事な逃げっぷりだった。

 しかも第一星層への転移陣に入ってしまったので、第二陣は今回二チームで構成され、それとは別にオライオン探索チームが結成された。

 

「それにしても迂闊だったな……」

 

 あの戦いから拠点に戻った時はそれまでと変わらない態度だった。

 しかし、休憩の間にオライオンは仲間たちからアルティナのことを聞くという、珍しい自発行動を取っていた。

 アルティナの存在に何か思うことがあったのだろうと、彼女のその変化の芽生えをリィンは見守ろうと思っていた矢先に逃げられたのは少なからずショックだった。

 

「でも、どうしたんでしょうね? オライオンちゃんはさっきはアルティナちゃんとリィンさんの話をわたしのところにも聞きに来たのに」

 

「あらティータは鈍いわね……むしろだからこそ逃げ出したんじゃない」

 

「え……?」

 

「その時のあの子の存在に触発されて人格が芽生えたのかしら?

 今までは気にも止めていなかったけど、みんなに可愛がられていたあの子を殺したことの意味を自覚して、怖くなっちゃったんじゃないかしら……

 フフ、おバカさんね」

 

「レン……そんな言い方は――」

 

「だってそうでしょ? 確かにあの子は致命傷をアルティナに与えたけど、レンだってその片棒を担いでいたのよ?

 責めるならレンの方が先でしょ?」

 

「レンちゃん……」

 

 悪ぶったレンの言葉にティータとヨシュアは言葉を失う。が、リィンはそんな彼女に尋ねる。

 

「レン、俺がクラウ=ソラスで逃がされた後はどうなったんだ?」

 

「大したことは起きていないわ……

 あの後すぐ、あの子は隠れ家と湖の間に大きな火の壁を作ってリィンを追い駆けられないようにしたの……

 その壁が消えた時にはもう死んじゃっていたわ」

 

「そうか……ありがとう」

 

 目を逸らして答えてくれたレンの頭をリィンは軽く撫でる。

 そんな行動にレンは少しだけ頬を膨らませる。

 

「リィンはどうしてレンのことを責めないの?」

 

「どうしてって言われてもな……」

 

 記憶を取り戻すまではオライオンへの蟠りを感じていたが、思い出したら彼女への蟠りはそのままゲオルグ・ワイスマンへの憤りにすり替わってしまった。

 《リベル=アーク》でレンに声をかけられたのも同じような理由だったりする。

 

「一言で説明すると、全部《教授》のせいだとしか思えなくて」

 

「「ああー……」」

 

 彼をよく知っているヨシュアとレンの二人は納得の声をもらしてしまうのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 第二星層に辿り着くとオライオンはすぐに見つかった。

 彼女が排除した魔物のセピスが足元に散乱している中で、建物のガラスに写った自分の姿をじっと見つめている。

 声を掛けるのに憚れる雰囲気にリィン達はとりあえずそのまま距離を取って観察していると、オライオンはおもむろに両手を頬に当てると挟むように持ち上げた。

 唇がすぼまった顔がガラスに写るが、納得ができなかったのか、手を放すと頬をつまんで引っ張る。

 そのままオライオンは手を上下に動かして口元を動かすが、やはり納得がいかないようで首を傾げる。

 そうしていると突然彼女の背後に黒の戦術殻が現れる。

 

「くふぁう=ほふぁす?」

 

 頬をつまんだままオライオンは振り返るとリィンと目が合った。

 

「えっと……何をしていたんだ?」

 

 バツが悪そうにリィンは頬をかいて尋ねるが、オライオンは応えずに手を顔から放すと《クラウ=ソラス》の腕に飛び乗って、その場から飛び去ってしまった。

 

「あ……」

 

 止める間もない素早い逃げっぷりにリィンはため息を吐いて、オライオンを追い駆けることになった。

 しかし、自由に飛び回れる《クラウ=ソラス》がいるオライオンを捕まえることは難しかった。

 レンは鬼ごっこと思って楽しんでいたが、振り回されるリィンを見兼ねて、一つの作戦を提案した。

 かつてリィンも参加した武術大会の会場になったグラン=アリーナの中央でリィンは銀のハーモニカを吹く。

 

 ――結局、この約束は果たせなかったか……

 

 曲名は《空を見上げて》。

 いつか彼女がそれを上手に吹けるようになったら一緒に合唱するという約束は一度も果たすことはできなかった。

 そんなことを考えていると、レンが予測した通り音に誘われて観客席の入り口からひょっこりと黒い兎が顔を出した。

 武術大会の時の様に観客が溢れているならともかく、無人の観客席ではすぐに見つかってしまうのに、それに気付かずにオライオンは顔を出しては引っ込める。

 まるで小動物のような仕草にリィンは苦笑しながらそのままハーモニカを吹くのに集中する。

 そして――

 

「はい。捕まえた」

 

 演奏が終わると同時にオライオンの背後に気配を消して忍び寄ったレンがオライオンに抱き着いて捕まえた。

 

「っ!? クラウ=ソラス」

 

 咄嗟に叫ぶが黒い戦術殻は現れた瞬間、ヨシュアが制圧する。

 そうして、アルティナ・オライオンの逃亡は終わりを告げた。

 

 

 

 

「いったいどうしたんだオライオン?」

 

 観客席のベンチに腰を下ろしリィンはオライオンに尋ねる。

 しかし、リィンの問いかけにオライオンは俯いて口を開こうとしない。

 その仕草だけでも今までのオライオンから考えると、ずっと人間らしいものだった。

 

「君が十分な戦闘力を持っているのは認めるが、だからって単独行動をされるとみんなに迷惑がかかるんだぞ」

 

 とりあえず軽めに怒るがやはりオライオンはそのままの姿勢で動かない。

 

「……何か思うことがあるなら言ってくれ。そうしないと何も分からないだろ?」

 

 そう言葉をかけてリィンはオライオンの返事を待つ。

 

「オライオン、手を出してくれないか?」

 

「…………何ですか?」

 

 聞き返してきたオライオンにリィンは手を差し出す。

 オライオンは首を傾げながら差し出された手から小さな包みを受け取った。

 

「これは……?」

 

「飴玉って言って分かるか?」

 

「それくらい分かります。何のつもりか聞いているんです?」

 

 ジト目で睨んでくるオライオンに苦笑を返してリィンは答える。

 

「とりあえずそれでも舐めて落ち着こう」

 

「……子供扱いしないで欲しいのですが」

 

「あら、いらないならレンがもらって上げようかしら?」

 

 そんなことを言うオライオンの横からレンが手を伸ばす。

 しかし、オライオンはその手をさっと躱して包装を解いて口に入れる。

 

「フフフ……」

 

「何ですか?」

 

「何でもないわ。ねえリィン、レンにもちょうだい」

 

「ああ、いいよ」

 

 言われるがままにリィンはポケットから別の飴玉を取り出してレンに渡す。

 それにオライオンはムッと顔をしかめたが、リィンはあえて無視してティータやヨシュアにも尋ねる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「僕はいいよ」

 

 ティータは受け取り、ヨシュアは苦笑しながら遠慮する。

 そうして無言で子供たちが飴を舐め終わるのをリィンは静かに待つ。

 

「…………《OZ70》……彼女はいったい何だったんですか?」

 

 そしてようやくオライオンは口を開く。

 

「わたしたちはボタン一つで生成することが可能な、製作費数十万ミラの人造人間です……

 人間として必要な知識などはインストールされますが、彼女はわたしたち《OZ》シリーズからは明らかに異なる仕様をしていました……

 それこそまるで本物の……」

 

「それがあの子が俺達と過ごして手に入れたものだよ」

 

 言葉を詰まらせるオライオンの意図を汲み取ってリィンは答える。

 

「あの子も会ったばかりは君の様にお人形さんみたいだった……いや君以上だったかもしれないな」

 

 リィンはその時のことを思い出しながら続ける。

 結社から監視の命令を受けてリィンの下にやって来るように仕向けられた女の子。

 余計なことは何も話さなければいい、という命令を愚直に守って一言も話そうとしなかった。

 それを心の傷だと思って、いろいろとアネラスと一緒にやったことは取り戻した記憶を反芻してリィンは苦笑をこぼす。

 

「そんなあの子が自分の意志を持って、結社の命令に逆らって助けてくれた……

 いや、その前からあの子は変わり始めていたんだ……

 そして最後には自分の命を引き換えにしてまで俺を守ってくれた」

 

「その命を奪ったのはわたしです。人間ならば大切な人を奪われれば《復讐》をするのではないですか?」

 

「その復讐ならもう――いや、えっと……」

 

 そういえばあの最終局面にワイスマンに逃げられたことをリィンは思い出す。

 

「それなら安心して良いよ。教授はあの後ケビン神父が始末をつけたそうだから」

 

「そうでしたか」

 

 ヨシュアの助言にリィンは頷いて、改めて言い直す。

 

「もう復讐は終わっている。確かに直接あの子を手に掛けた君に、全く思うところがない……

 なんて簡単に割り切ることはできないけど、一番悪いのは《教授》だった。少なくても俺やアネラスさん達はそう思っている」

 

「ですが、復讐をするのならおそらくこれが最後のチャンスなのではないでしょうか?」

 

「それはいったいどうして?」

 

「わたしは最初に説明した通り、初期化プロセスの最中に《影の国》に取り込まれました……

 例えここから解放されたとしても、わたしは新たな戦術殻との同期するために初期化されることは決定事項です……

 そうなれば《OZ70》を殺したことを忘れ、今のわたしは便宜上死ぬと表現できるでしょう……

 そうなっては復讐の意味も半減するのではないでしょうか?」

 

「それは……」

 

 淡々と自分の存在の終わりを語るオライオンにリィンは目を伏せる。

 記憶の初期化。

 アルティナが結社の戦術殻を得るための条件として提示された代償だったのだが、現実の《クラウ=ソラス》を徹底的に破壊したのが自分であるため何とも言えない罪悪感に苛まれる。

 そういう意味ではすでに彼女に対しての復讐も謀らずも終えてしまっているのかもしれない。

 

「なのにみなさんはどうしてわたしに笑いかけてくるのですか?」

 

「オライオン……」

 

「わたしは前任と同じ存在ではありますが、似て非なる存在であり、命じられるままにアルティナ・シュバルツァーを殺した存在です……

 あの時……貴方はわたしを殺そうとしたはずなのに、今貴方はどうしてわたしをそれをしないのですか?」

 

 不安に揺れる眼差しを向けてくる少女にリィンは目を瞑り、あの時のことを思い出す。

 アルティナを助けるためならば、それこそ悪魔に魂を売ってもいいとさえ思い、ゴスペルに願い力を得た。

 しかし、蓋を開けてみれば暴走する感情に振り回されてする必要のない戦闘を行ってしまった。

 騎神の力でアルティナを確保して逃げに徹すればよかったのではないのか、今振り返ってもあの時の自分の浅はかさに自己嫌悪が募る。

 

「それは……」

 

「何故ですか?」

 

 答えあぐねるリィンにオライオンは追究する。

 結局はアルティナの死は自分のせいだと、そう結論に達するのだがそれをどんな言葉で言えばいいのか、リィンは分からなかった。

 

「まあまあ、それくらいにしてあげなよ」

 

 そこにヨシュア達ではない第三者の声が響いた。

 

「ふえっ?」

 

「あら、この声は……」

 

 唐突にリィン達の目の前の欄干に炎のサークルが現れ、そこに《道化師》が現れる。

 

「カンパネルラッ!?」

 

 すぐさまヨシュアが双剣を抜いて身構えるが、カンパネルラは気負う様子もなく言葉をかける。

 

「やあ久しぶりだねヨシュア、それにレンも。元気そうで何よりだよ」

 

「フフフ、まさかあなたまで取り込まれていたなんて《影の国》は本当に面白いわね」

 

「いやー参っちゃったよ。まさか《輝く環》の副産物がこんなことを起こすなんて僕達にとっても完全に予想外だったよ」

 

 ヨシュアの警戒を他所に、和やかに話し始めるレンとカンパネルラ。

 

「君たちの冒険も見物させてもらっていたけど、中々面白いことになっているみたいだね……

 それに一緒に取り込まれたギルバート君の道化ぶりときたら本当に面白すぎて飽きないよ……

 ともかく君たちと争うつもりはないから、その物騒な得物はしまってくれないかなヨシュア」

 

 そう言われて、ヨシュアは渋々と双剣を納める。

 

「《福音計画》の時の様に見届け役を気取るなら、どうして僕たちの前に姿を現したんだ?」

 

「それは勿論、君たちに挨拶をするためさ……

 それに今のままだとすこし公平じゃないからね。だからとっておきの企画を用意させてもらったよ」

 

 カンパネルラはおもむろに右腕を上げて指を鳴らす。

 

「くっ」

 

 ヨシュアは双剣を構え直すが、次の瞬間には彼らの前に太陽を刻印された扉が現れてリィン達を中に飲み込んだ。

 そして、扉の中でリィン達を出迎えたカンパネルラはマイクを片手に宣った。

 

「その名も《軌跡でポン》――いわゆるクイズゲームってやつなんだけど、豪華賞品も用意してあるから付き合ってくれるよね?」

 

 最初は抵抗したものの、カンパネルラが用意した賞品はこの先の戦闘のことを考えるとどれも有用なものだった。

 《ゴルディアス級実験計画書》に《オーバルギア開発計画書》。

 まずこの二つによって、レンは想念を強化してパテル=マテルを呼び出すことができるようになり、同じくティータもツァイス工房で造られている新型の兵器を想念体として呼び出すことができるようになった。

 他にも各種の上位クォーツにゼムリアストーンのインゴット。

 さらにはリィンが浮遊都市でアネラスに貸し、今はシュバルツァー家にあるはずのゼムリアストーンの太刀まで賞品の中にあった。

 そして――

 

「裏武術大会参加証・VIPカード?」

 

 最後の賞品として渡されたそれにリィン達は煉獄を垣間見ることになったのだった。

 

 

 

 

 






 補足説明
 前回の他の試練について触れることができなかったので、ここで少し説明させてもらいます。

 アガットの試練
 機械仕掛けの塔――ツァイス中央工房
 前座にレイヴンの三人 (原作ではクローゼの試練で出てきますが、ここでは変更しました)
 次がラッセル博士が率いる機械人形の軍団 (異変の時に回収した結社の機械人形を回収・改造したもの)
 そして守護者がオーバルギア(対アガット専用カスタマイズ)搭乗のエリカとダン・ラッセルの二人。

 別の案でラッセル博士による八色のオーバルギア軍団と戦わせて、それぞれのギアから獲得できるチップをティータの導力砲に組み込んで強化する。
 みたいな試練を考えましたが、アガットではなくティータの試練になってしまうので却下しました。


 ジョゼットの試練
 霧の中の砦――霧降りの谷の砦
 前座に空賊団の下っ端。
 次がキールとドルンが率いる空賊団。
 そして守護者? として2Pカラーになった山猫号を本物の山猫号に乗り込んでの飛行艇戦。


 第二陣
 遊撃士たちの試練
 参加者はエステル、アネラス、アガット、シェラザード、ジン。
 鏡の隠れ家――結社の湖畔の隠れ家。
 ここは原作通りです。

 クローゼの試練
 無色の学舎――ジェニス王立学園
 参加者はクローゼ、ユリア、リシャール、ケビン、リース。
 アガットの試練でレイヴンを使ったので前座が原作から変更されます。
 前座は王国軍の軍人たち。
 次がアルセイユ乗務員の親衛隊員。
 そして守護者は若い頃のアリシア女王(おそらく強い)が率いる同じく若返らせた執事フィリップと女官長ヒルダ夫人。(前者は言うまでもなく、王宮勤めのメイドなのできっと強かったはず(偏見))




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