探索を再開したケビン達は翡翠回廊に停泊していたアルセイユを見つけた。
中を調べたものの、この異空間に関わる手掛かりを見つけることはなく、アルセイユ自体も動かせる状態にはなかった。
しかし、そこで見つけることができた封印石からアルセイユの艦長であるユリア・シュバルツが現れた。
「なるほど、状況は理解した……
私も探索には是非協力させてほしい……それはそれとして――」
ユリアはティータと手を繋いでいる男の子に向き直る。
「彼は……もしかして……?」
「ええ、最初の封印石から解放されたんですけど、見ての通りあの姿な上に俺達のことは覚えてないようですわ……
でも腕の傷を見た限りではあの子は俺達の知っとるリィン・シュバルツァーで間違いないと思います……
ただ、この特殊な場に取り込まれた残留思念の類の可能性もありますので、あまり期待せん方がいいと思いますけど……」
「心遣い感謝する」
忠告するケビンに礼を言ってから、ユリアは膝を着いて幼いリィンと目線を合わせる。
「初めましてリィン君。私はユリア・シュバルツ……
君に心当たりはないかもしれないが、それでも礼と謝罪をさせて欲しい」
そう言ってもリィンは訳が分からずにただ首を傾げることしかできなかった。
*
人数が増えたことで、ユリアには庭園でリィンと待機していてもらうことを頼んだが、一度停泊しているアルセイユを確認したいとユリアは主張した。
リィンを含めた全員でアルセイユまでやってきた。
艦長の目から見ても、アルセイユが動かない理由は分からなかった。
そのまま庭園に戻る手間も考えて、全員で翡翠回廊の最奥に辿り着き、聖典に記された悪魔がケビン達の前に立ちふさがった。
「くっ……はあはあ……」
「あれが……本物の悪魔……」
「こ、恐かった……」
「あんな魔物がこの世に存在しているのか……いったいどういう場所だというのだ」
全力をもって悪魔を撃退した彼らに避難していたリィンが駆け寄ると、彼らは現れた。
「フフ……先が思いやられるな」
「そう言ってやるな。彼らもまだ己の置かれた状況も理解しきれていない様子……
互いにとってのプレリュードとするならば、これくらいが丁度いい幕開けと言えるだろう」
現れたのは二人の男。
一人は長い銀髪に黒い異形の鎧、そして額から目にかけて覆い隠す仮面の男。
もう一人は鎖で装飾された闇色のコートを纏ったまだ少年とも感じる年の背の男。彼もまた顔を隠すゴーグルをしていた。
「お前は!?」
「あの時の……!?」
前者の男に見覚えのあるケビンとリースはすぐさま立ち上がって武器を構える。
「君たちが光に包まれた時に現れたという異形の男か……何者だ、名乗るが良い!」
「フッ……名乗れと言うならまずは自分から名乗るのが礼儀というものではないか?
王室親衛隊、大隊長……ユリア・シュバルツ大尉」
「っ……」
「はは、そんなつれないことをいうものではないだろう?
彼らを招待したのは我らが《王》……ならば俺達から名乗ることが筋というものだ」
生理的な嫌悪を感じる笑みを浮かべ黒髪の少年が銀髪の男を諫める。
「…………ちっ」
仲が悪いのか、銀髪の男は舌打ちをする。
「フ……ならばこちらから名乗らせてもらおう……
俺の名は《影の皇子》。偉大なる《王》に仕える《影の国》の守護者の一人」
「我が名は《黒騎士》。偉大なる《王》に仕える《影の国》の守護者なり」
影の皇子にならって黒騎士も名乗る。
「《影の皇子》に《黒騎士》か……
大層な名前みたいやけど、この事態を招いたんはオマエ達の仕業と判断して良さそうやなっ!」
「ククク……吠えるな、ケビン・グラハム……
お前たちの苦難はまさに始まったばかり……
今、あえて絶望に囚われる必要がどこにある?」
「なに……!?」
挑発めいた影の皇子の言葉に、リースが動く。
素早い踏み込みで影の皇子に迫り、法剣を振り下ろす。
影の皇子は微動だにせず、代わりに黒騎士が大剣で受け止めて、弾き返した。
「……くっ……」
「リースッ! 無茶すんな!」
「七曜教会の法剣か……なかなかの鋭さだが姉に比べるとまだまだ未熟」
「な……!?」
「……どうして……」
黒騎士の言葉にケビンとリースは絶句するが、彼はそれを無視して影の皇子にその場を譲る。
「そう急くな。この《影の国》においての絶望の宴は始まったばかり……
足掻いて、もがいて、のた打ち回ってもらわなければ俺の《王》も喜ばれまい」
影の皇子が告げると、その足元に魔法陣が展開される。
レグルスの方石が引き起こす転移術と同じ気配に、彼らが逃げる気だと察する。
「待てっ!」
「フフ……今回はただの顔見せ、《王》も遠くない内に君たちに挨拶に来るだろう……
その時を楽しみに待っていると良い。そして――」
影の皇子はケビンから視線をその後ろへと移す。
「クク……まさかそのような姿になっているとは思わなかったぞ。リィン・シュバルツァー」
「あ……」
突然向けられた視線にリィンは震えた。
人を見る目ではない、愉悦の悪意を孕んだ眼差しに歯が鳴るのを止められなかった。
「その様子では《記憶》を失っているようだな……ならばこれを受け取っておくがいい」
影の皇子は封印石を取り出すとリィンに向かって放り投げる。
「それを使い、《影の国》に散らばった己の記憶を取り戻すがいい……
そしてその《相克》の末に、俺が貴様の総てを奪わせてもらう」
その言葉を最後に影の皇子と黒騎士は転移で消える。
「くっ……」
「き、消えちゃった……」
「………………」
「何者かは分からないが……一つはっきりした事がある……
どうやら我々には明白な《敵》がいるということだ」
「ええ、そうですね」
ケビンはユリアの言葉に頷く。
「それもどうやらとびっきり厄介そうな敵みたいやな」
*
「うーん……むにゃむにゃ……
可愛いことは正義……可愛いものには福がある……可愛さ余って好きさ千倍……
えへへ…………昔の人はスゴイなぁ……」
渡された封印石から出て来た女性は幸せそうに眠っていた。
「ど、どんな格言やねん……」
「し、幸せそーですね」
「また貴方達の知り合いですか?」
「ああ、リベール遊撃士のアネラス・エルフィード殿だ」
「アネラス……おねえちゃん?」
ユリアが出した名前をリィンは繰り返すと、アネラスの寝言がピタリと止まった。
「…………ん…………」
アネラスは上体を起こし、パチパチと目をしばたかせる。
「起きたようだな」
「そ、その……おはよーございます」
「はは……いい夢見てたみたいやな」
ユリア達が起きたアネラスに声を掛けていくが、彼女はその言葉が聞こえていないのかぼうっとした様子で一同を見回し、リィンを見る。
「様子がおかしいようですが、まさか……」
リースは全く反応しないアネラスに法剣を構える。
「弟君っ!?」
ガバッと立ち上がってアネラスはリィンに向かって突撃した。
「ひっ!」
リィンはその形相に怯え、背中を向けて駆け出した。
「待って弟君っ!」
リィンとアネラスの鬼ごっこが唐突に始まった。
*
「……夢じゃ……ないんだよね?」
諦めたように肩を落とすリィンを抱きしめながらアネラスはケビンのこれまでの事情を説明してもらい、聞き返す。
「まあ、そう思うのは無理もないと思うけど、どうやら現実みたいやな」
「それじゃあこの小さい弟君は?」
「悪いけど、まだ何にも分かってあらへん……
影の皇子は記憶を取り戻したリィン君を《相克》の末に総て奪う、なんて訳の分からへんこと言っておったけど」
「意味は分かりませんが、《奪う》という言葉の時点で穏便ではありませんね」
「そうやな……
あの感じの悪い皇子の思惑に乗るのは癪やけど、とりあえず俺らは《影の国》の探索を進めながらリィン君の記憶を探そうと思ってるけど……
どうする? アネラスちゃんも協力してくれるか?」
「ええ、もちろんです!
こんな異常事態、遊撃士として見過ごせませんよ!
それに弟君を狙う《影の皇子》なんて私がぶっ飛ばします! あ――」
抱き締めていた手で拳を握り締め意気を示すと、その一瞬の隙をついてリィンはアネラスの腕の中から逃げ出した。
「あ……あうあう……」
そしてティータの背中に隠れてしまったリィンにアネラスは伸ばした手を落としてがっくりと項垂れるのだった。
閃の軌跡Ⅳ メインストーリーに集中してひとまずクリアしました。
ですが、感想欄でもネタバレを好まない人もいると思うので程々によろしくお願いします。
ただ、クリアしてこの小説に関わる重大なことが気付いてしまいました。
後々の政治方面やそこに至るまでの問題は一先ず目を瞑るとして、ここのリィン君ってTCでやろうとしていることがうまくはまればパパとママ(仮)も救えるルートを作れるかもしれません。
とりあえず、シナリオの読み込みのために二週目行ってきます。