最後の小型戦術殻を叩き壊したエステルにワイスマンは感嘆の言葉を投げかける。
「ほう、これは驚いたぞ。まさか貴様らごときがここまで喰いさがるとは」
「……教授ってばどんどん口調がぞんざいになっているんじゃない?」
息を整えながら、エステルは上からの物言いに対して余裕の言葉を返し、ヨシュアもそれに続く。
「流石の貴方も余裕がなくなってきたようだね」
「ククク……哀れなことだ。自分たちが既に死地にいると気付かずに……」
ワイスマンはそんな彼らの余裕を嘲笑い、《輝く環》の真下に転移術で移動する。
「このまま《盟主》に献上するつもりだったが気が変わった……
貴様らが歯向かった相手がどのような存在か思い知らせてやる」
そう宣言をして、ワイスマンは頭上の《輝く環》に取り込まれ、その姿を巨大な異形へと変貌させる。
「まさか……《環》と融合しとるんか!?」
エステル達の戦いをいつでも援護できるように構えていたケビンは驚く。
「ククク……この感覚……思った以上に悪くない……
さて、まずは試させてもらおうか……人を新たな段階へと導く《天使》の巨いなる力をね」
「そんな図体が大きくなったところで怯むもんですかっ!?」
対峙するだけでも息苦しくなる霊圧にエステルは怯まずにエステルは突撃し、ヨシュアもそれに続く。
「あかん……わいもエステルちゃん達に加勢してくるから、殿下はリィン君と一緒にできるだけ離れていてください」
「ケビン神父……」
その言葉にクローゼは迷う。
「俺なら大丈夫です。クローゼさんも加勢に行ってください」
そんなクローゼの背中をリィンは押す。
「リィン君……でも……」
「相手は尋常じゃない相手です。今の俺は足手纏いにしかならないですけど、邪魔にならないようにするくらいなら自分でできます」
血を失ったせいで意識は朦朧とするし、表面的に繋がった右腕は握り込むこともできない。
対して変貌したワイスマンの圧倒的ともいえる威圧感に戦力を出し惜しみしている余裕がないことは一目瞭然だった。
「…………分かりました。リィン君は通路へ避難していてください」
わずかに逡巡してクローゼはリィンの提案に頷き、戦闘に参加しにいく。
「…………くそ……」
そんな彼女の背中を見送ってからリィンは最後の戦いに参加できないことに毒づいた。
エステル達はもうリィンは十分過ぎる程に働いたと言うかもしれないが、それでも思わずにはいられない。
正確には戦闘に参加できないことを憤るよりも、あのにやけた悪人面をこの手で殴れないことがやるせなかった。
自分がもっと強ければ、腕を斬られることなんてなかったのに。そう思わずにはいられない。
「力が欲しい?」
どこからともなく声がリィンに語り掛けてくる。
振り返ってもそこには誰もいない。
「きゃあっ!」
エステルの悲鳴にリィンは慌てて顔を前に戻す。
「そんな……どうしてこっちの攻撃が全然当たらないのっ!?」
「何らかの障壁を展開し続けているんだ……でも……ここまで通用しないなんて……」
エステルの棒も、ヨシュアの分け身を駆使した全方位からの攻撃も、ケビンの矢、そしてクローゼの導力魔法。
ワイスマンはその場から動かずにその身を無防備にさらしているが、エステル達の攻撃は何一つ彼に届かない。
「クク、七至宝の中でも《輝く環》は空間を司る存在……
導力魔法とは比べ物にならない圧倒的な《絶対障壁》を展開できる……
もはや私と君たちとでは存在の次元が違い過ぎるのだよ」
勝ち誇った異形のワイスマンは腕を一振りしただけで無数の光の槍が宙に展開され、雨の様に降り注ぐ。
「あかんっ! グラールスフィアッ!」
広域展開した結界をケビンが張るが、槍の雨は瞬く間にそれを削り突き破る。
「エステルさんっ!」
範囲外にいたリィンには叫ぶことしかできなかった。
剣群が起こした煙が晴れると、そこには倒れ伏した四人の姿があった。
「うぐ……」
幸いなことに身じろぎする様子はあり、見た目にも致命傷を負ってはいない。
しかし、すぐに動けない彼らにワイスマンは一瞥をくれると、ヨシュアが不可視の力場に捕らわれて浮き上がった。
「……ワイスマン……貴方は……」
「クク……その目……やはりお前は殺すには惜しい……
じっくりと調整しながら再び《聖痕》を埋め込んでやる……
そしてまた希望を与えてからその芽を摘み取ってやろう……希望が絶望に変わる表情……今から楽しみだよ」
笑うワイスマンにリィンはそれ以上耐えられなかった。
未だに感覚のない右手と太刀を飾り紐で固定してリィンは踏み出す――
その瞬間、黒いドラギオンが現れた。
「やれやれ……もはや悪趣味と言うよりも病気と言った方がよさそうだな」
呆れた言葉を呟いたレーヴェは、ドラギオンを操作して両腕のレーザークローを突き出すが、障壁に阻まれた。
「フン……止めを刺しておくべきだったか?
しかし、レーヴェ。君が来たところで何ができる? いかにドラギオンといえど《環》の障壁を破ることは不可能だ」
「…………それはどうかな?」
レーヴェは練り上げておいた闘気を解放し、渾身の一撃を障壁に叩き込んだ
「…………何……?」
しかし、障壁は当たり前のようにレーヴェの一撃を受け止めた。
「フフ……確かに《外》の理で造られた魔剣ケルンバイターならば《絶対障壁》を破ることはできたかもしれん……
現に君は《輝く環》の恩恵を得た灰の騎神が使っていた《障壁》を一度破っている……
しかし、だからこそ《輝く環》はあの時を上回る《絶対障壁》を作り出したのだよ……
そして君の一撃で私は確信したよ。例えリィン・シュバルツァーが何かをしたところでこの《絶対障壁》を破る力はないとね」
唐突に向けられた視線にリィンは悔しさに歯を食いしばる。
ワイスマンの言葉は正しい。
今のガス欠寸前のリィンでは《剣帝》の一撃さえ防ぎ切った《絶対障壁》を破ることはできないだろう。
「それにしてもレーヴェ……君は本当に《結社》を抜けるつもりなのかね?」
「ヨシュアが俺の欲しかった答えを出した以上、もはや協力する義理はない……
ワイスマン、こちらからも一つ聞いておきたいことがある……
《ハーメルの悲劇》……貴様はどの程度、関与していた?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。あれはあくまでも帝国内の主戦派が企てた事件だろう?
どうして私が関与しているのかね?」
「それは貴様が《蛇》だからだ……
弱味を持つ人の前に現れて破滅をもたらす計画を囁く……
そして手を汚すことなく、自らの目的を達成してしまう……それが貴様のやり口だろう」
「っ……」
レーヴェの説得力のある言葉にリィンは息を飲む。
「実際、主戦派の首謀者たちは当時にあったという政争に敗れて後がない者たちばかりだったと聞く……
もし10年前の戦争すら今回の仕込みだったのなら……全てのことに説明が付くと思ってな」
「クク……なるほどな。まあ、概ね君の指摘通りと言えるだろう……
もっとも私がやった事は、彼らに猟兵くずれを紹介してハーメルの名を囁いただけさ……
それだけで事態は動き出し、瞬く間に戦争へと発展してしまった……
クク……人間の業を感じさせる実験結果だったよ」
悪びれもなく笑うワイスマンにリィンは眩暈を感じた。
「許せない……貴方は……最低です……」
「……吐き気がしてきたわ」
クローゼとエステルはそんなワイスマンの笑みに思わず顔を背ける。
「なるほど……大方、予想通りということか」
「おや、意外と冷静だね……私としてはもう少し、憤ってほしいところではあるが」
「俺の心はとうに冷め切っているからな……しかし――」
「ああ、そうだった」
レーヴェの言葉を遮って、まるで今それを思い出したかのようにワイスマンは声を上げる。
「《結社》を抜けるというのなら、餞別として君の暗示を解くとしよう」
「…………何………?」
指を鳴らす音が響いたかと思った瞬間、レーヴェは頭に衝撃を受けたように仰け反って、膝を着いた。
「レーヴェ!? 教授、レーヴェに何をしたっ!?」
「何をしたとは人聞きの悪い……私は彼が支払った代償を返して上げただけだよ」
「代償……それは――」
「フフ……ヨシュア、私は一言も暗示をかけたのは君だけだと言った覚えはないよ」
「なっ……」
絶句するヨシュアにワイスマンは嬉しそうな声でネタ晴らしを始める。
「十年前のあの日、私は彼にヨシュアを治すことを条件に彼と取引をした」
「それは僕の――」
「おかしなことを言うね。君はあの時、私とは一言も言葉を交わしていなかったはずだが?」
「……あ……」
「分かったようだね……そう、取引を交わしたのはあくまでも私とレーヴェであり、代償を支払う義務があるのは君ではなくレーヴェだったのだよ……
まあ、君を私の都合の良いように調整したことは否定しないがね」
「っ…………それじゃああんたはレーヴェに何をしたって言うのよ! 代償ってなんなの!?」
顔を蒼白にして愕然とするヨシュアに代わるようにエステルが問う。
「大したことはしていないよ……
ヨシュアと違い、レーヴェの心は原型を保っていた、だから少々その復讐の目的を決めさせてもらっただけさ」
「まさか――」
「フフ……気付いたかな?
そう、帝国や王国への復讐の手段として《修羅》になるようにしたのだよ」
《修羅》、それはレーヴェが目指していたはずの境地。
そして、ワイスマンが語る超人の一つでもあった。
「故郷を失った彼はその憎しみを昇華して、さぞ素晴らしい《修羅》になってくれると思ったのだが、結果は期待外れだったよ」
誰もが言葉を失っている中で調子が出て来たのはワイスマンの饒舌に拍車がかかる。
「敵対者と落としどころを探り合い、理由がなければ人が斬れない……
どうやら聖女の影響を受けてしまったようだが、それを差し引いても使えない失敗作だったよ……
まあ、超人を作り出すには心を一から再構築した方が効率がいいと分かっただけ、役に立ってくれたがね……
さて、改めて今の気分を聞かせてくれるかね、《剣帝》レオンハルト」
「気分か……そうだな……悪くない」
「何……?」
期待した答えが返ってこなかったことに、ワイスマンの声に不満の感情が乗る。
「ふっ……」
レーヴェは不敵に笑みを浮かべると、魔剣を無造作に一閃して障壁に叩き込んだ。
その一撃が障壁に小さな傷を刻んだ。
「何っ!?」
ワイスマンが驚きの声を上げている間に、レーヴェはさらに斬撃を重ねてその傷を大きくする。
「馬鹿なっ! さっきは傷一つ付けられなかったはずっ!」
「分からないだろうな……貴様のような人間には……」
狼狽するワイスマンに対して、レーヴェはどこまでも落ち着いた言葉を返す。
「ええいっ! 離れろっ!」
光の槍が放たれ、ドラギオンが破壊される。
レーヴェは危なげなくその上から飛び降りてワイスマンに振り返る。
「貴様……何故……」
「心が折れたとでも思ったか? 確かに貴様に誘導させられて歩んだ道かもしれない……
だが、例えそれが選ばされたものだったとしても、俺たちはここまで辿り着くことができた。ならば今はそれだけで十分だ」
レーヴェは剣を構えて、全身に《鬼の力》に似た陰の気を纏う。
「覚悟はいいな、ゲオルグ・ワイスマン」
「っ……触るな痴れ者がッ!」
レーヴェが踏み込むに合わせてワイスマンは正面から光の槍を放つ。
レーヴェはそれを斬り払うでも、躱すこともせずにその身に受けた。しかし――
「オオオオオオオオオッ!」
走る勢いは一切緩まず、障壁に剣を叩き込む。
亀裂が入る大きな音が響き、先程よりも遥かに大きな傷が刻まれる。
「ええいっ! 失敗作の執行者風情がっ!」
「レーヴェッ!」
レーヴェを取り囲むように光の槍が展開され、一斉に撃ち出される。
が、そんなものに構わずレーヴェは剣を振り、さらに傷を広げる。
「な……な……何故倒れないっ!」
全身に光の槍を貫かれ、おびただしい血を流しながらもレーヴェは剣をさらに振り、障壁に傷を刻む。
その斬撃は衰える所か、斬撃を重ねる度に重く鋭くなっていく。
「貴様には……俺の《修羅》を止めることはできん」
傷だらけになりながら、一切怯まず衰えない覇気を纏った背中にヨシュア達は言葉を失って見入ってしまう。
そこにいたのはまさに《修羅》と呼ぶに相応しい者だった。
「はああああああああああっ!」
炎でも氷でもない至高の一撃が振り下ろされ、《絶対障壁》は音を立てて砕け散った。
「道は拓いたっ! あとはお前たちが切り開けっ!」
《絶対障壁》を破壊したレーヴェはそこで自分の仕事は終わったとばかりに、エステル達に向かって叫ぶ。
「レーヴェ……」
「俺に構うな……お前は今自分がすべきことをやれ」
「……うん」
血みどろのレーヴェの下に駆け寄ったヨシュアだが、彼の言葉に頷くと双剣を構えてワイスマンに向き直る。
「やってくれたな。まあいい……《絶対障壁》など《環》の力のほんの一端だ……
全ての力を解放して貴様らに絶望を味わわせてやる」
「それはこちらの台詞です……」
ワイスマンの言葉にクローゼが言い返して、エステルとヨシュアが続く。
「遊撃士として! リベールの市民として! そして何よりも人として!」
「ワイスマン……僕たちは貴方を倒す!」
*
天使と化したワイスマンとの最終決戦が始まる中でリィンは格好つけて仁王立ちして戦況を見守っていたレーヴェの首根っこを掴んで安全な距離まで下がる。
「馬鹿かあんたは!? あんな無茶な戦い方をしてっ!」
戦術オーブメントを手に治癒術を発動させながら怒る。
「手当てなら不要だ……」
「そんなわけあるかっ!」
言葉では拒絶するも、レーヴェはされるがままに大人しくしている。
少なくてもちゃんと受け答えができている以上、命に別状はないのかもしれないとリィンは一先ず安堵する。
「リィン・シュバルツァー……俺は――」
「それを聞くつもりはない」
レーヴェの言葉を遮って、リィンは先に拒絶をする。
もしその先を聞いてしまえば、状況を忘れてリィンは自分が何をするか分からなかった。
「そうか……」
レーヴェはそれに頷いて言葉を飲み込み、エステル達の戦いに目を向けた。
「…………どうやら芳しくないようだな」
「そうですか? 今のところエステルさん達の方が押しているように見えるけど」
「一見すればそうだが、ヨシュア達はそれぞれ執行者たちとの戦いで消耗している……
ワイスマンはそれが分かっているからこそ、積極的な攻撃を避けて長期戦になるようにしている……
おそらくは奴等の体力が尽きてから嬲るつもりだろう」
「っ……」
相手は無限の力を持つ《環》と融合している存在。
対するは有限の体力しかない人間ではどちらが先に息切れするか、考えるまでもない。
傍から見ていても、エステル達に決定打はなく、地道な攻撃を繰り返して少しづつ削っているが果たしてそれがどれほど有効なダメージになっているか分からない。
「もう十分だ」
おもむろにそう言うとレーヴェは立ち上がった。
「何をするつもりだ……?」
「人任せはやはり性に合わない……この手で奴を斬る」
「それなら俺が――」
「やめておけ、その右腕では無理だ」
太刀を握る様に固めた手を一瞥してレーヴェは首を振る。
「それはあんたも同じはずだ」
しかし、リィンも譲らない。
見た目は大丈夫かもしれないが、レーヴェはそれこそ小突いただけで死んでしまいそうなほどに消耗している。
二人は睨み合い、譲らない。
そんな二人に横から声が掛けられた。
「どうして貴方達は奇蹟を望まない?」
「君は……夢に出て来た」
《輝く環》の意志がリィンに語り掛ける。
「リィン・シュバルツァー……
貴方は私に言った《見守ってほしい》と……だから――どちらが正しいのか確かめさせてほしい」
そう言って、《環》の意思はリィンの手を取った。
*
「ここまで粘るとは……だが所詮……無駄な足掻きというものだ」
「このっ!」
勝ち誇ったワイスマンの声にエステルは棒を杖にしながら自分を奮い立たせようと喝を入れるが上手くいかない。
ここに来てレンと戦った消耗がエステルの体を重くする。
そして、それはエステルだけではなかった。
ヨシュアもクローゼもケビンも、それぞれ執行者達との激しい戦闘を潜り抜けてきた。
相手は普通の人間ならともかく、無限の力で攻撃や回復を繰り返す存在との戦いではこうなることは当然の帰結だった。
しかし、エステル達とは無関係に突然アンヘルワイスマンの体がビクンと跳ねた。
「な、なんだ……《環》が……私の中の《環》が……」
現れた大蛇のような何かがアンヘルワイスマンに噛みつくと、力が増したかのようにその異形の姿をさらに膨張させ、十枚の翼を開く。
「て、天使……!?」
「くっ……なんて霊圧や……ここにきてまだパワーアップするんかい」
「グッ……おおおおおおお!」
しかし、聞こえてくる声は苦悶に満ちたものだった。
それを前向きに捉えたエステルは自分を鼓舞するように叫ぶ。
「どうやらこれが最後の悪あがきみたいね……」
しかし、エステルもまた限界寸前だった。
疲労と圧力の増した威圧感にそこにいるだけで体力が削られていく。
「それでも――」
叫んでエステルは勢い良く立ち上がり――
「え……? リィン君?」
目の前にリィンの背中を見た。
「また貴様かリィン・シュバルツァーッ!!」
その姿を見てワイスマンが怒声を上げる。
「リィン君、下がっているように言ったのに」
「すいません……でも頼まれてしまったんで」
咎めるようなクローゼの言葉にリィンは苦笑を返す。
「リィン君……その太刀は……?」
エステルは呆然と黄金に光り輝く太刀に目を奪われて尋ねるが、リィンよりも先にワイスマンが答えを口にする。
「それは《環》の力……貴様が何故……」
「《環》の意志に頼まれた。正しいのはあんたか俺たちなのか、片方が好き勝手に《環》の力を使うのは不公平だと言って貸してくれたよ」
「《環》の意志だと? 何を馬鹿な……《環》はただ求められるままに奇蹟を与えるだけの存在。《環》に意志などあるわけがない!」
「それをここであんたと問答するつもりはない」
「フン……まあいい……エステル・ブライト達には少々飽きてきたところだ……
《環》より力を与えられた君は奇しくも私と同じ次元の存在となった。ならばどちらが《環》に相応しいか決するとしようじゃないか」
「リィン君……ダメよ……一人で戦うなんて」
「…………分かっています」
エステルの言葉に応え、リィンは太刀を上に翳す。
「《輝く環》よ……これが俺の願いだ」
太刀に宿った黄金の光は一際大きく輝き、光をエステル達に浴びせる。
「体が……動く……」
限界寸前だった体に活力が漲ってエステル達は立ち上がる。
「何と言う愚かな! 与えられた力を劣等種になどに分け与えるとは、貴様……自分がしたことが分かっているのか!?」
「生憎だが、俺はあんたの言う超人じゃない……
俺はどこまで行ってもただの人だ……一人では生きられない、そんな弱い存在でしかない。それにこの戦いは俺だけのものじゃないから」
「フン……口だけは良く回る……
いいだろう。貴様が捨てた《環》の力、後悔しながら死ぬが良いっ!」
ワイスマンが高らかに宣言した瞬間、通路から撃たれた導力砲が着弾した。
「ぬおっ!?」
「ガハハッ! カプア一家の御到着だっ!」
大きな声を上げて乗り込んできたのは大柄な男、ドルンだった。
「ええ!? ドルンさんっ!?」
彼の登場にエステルは驚くが、彼の背後から仲間たちが次々と最奥の間に雪崩れ込んでくる。
「お待たせ弟君っ! あれが敵だね?」
「はい」
並び立つアネラスにリィンは頷くと、最初にオリビエが応えた。
「ふふ……それでは僭越ながら最初はボクから行かせてもらうか!」
オリビエはどこからともなく取り出したバラの花をワイスマンに投げつけ、おもむろにリュートをかき鳴らす。
「この曲は君に捧げるレクイエムさ」
そのリュートに仕込んだ導力マシンガンを乱れ撃ち、さらには榴弾を撃ち込む。
「ぬおっ!?」
「か、覚悟してくださぁい! い、行きまぁす! やああああああ!」
そこにティータのカノンインパルスの銃弾が降り注ぐ。
「万物の根源たる七耀を司るエイドスよ、その妙なる輝きをもって我らが脅威を退けたまえ」
クローゼの詠唱に合わせて、シェラザードとジョゼットが導力魔法を駆動する。
「光よ! 我に集いて魔を討つ陣となれ! サンクタスノヴァ!!」
「風よ! ラグナブラストッ!」
「大地よ! ジオカタストロフッ!」
光と電撃、そして現出した大岩がアンヘルワイスマンを捉える。
「ええい! 雑魚共がっ! 鬱陶しいっ!」
「我が右手にありし星の杯よ。天より授かりし輝きをもって我らが盾となれ。グラールスフィア!」
放たれた光の槍をケビンの結界が弾く。
「我が主と義のために……覚悟! チェストォーーッ!!」
その隙に陣を引いたユリアの一撃が炸裂する。
「行くぜっ! ドラゴンダイブッ!!」
「ぬおぉぉぉぉぉ……泰山玄武靠ぉぉっ!!」
龍気を纏ったアガットの一撃と、ジンの不動なる体当たりが極まり――
「我が全霊を以て無双の一撃を成す! 奥義! 破邪顕正!!」
「はああああああああああっ! 光破斬っ!」
ミュラーの剛剣とアネラスの剣閃がそれに続く。
「調子に乗るなっ!」
アンヘルワイスマンは翼を広げ――
「秘技・幻影奇襲っ!!」
「七ノ太刀――刻葉っ!」
九人のヨシュアとリィンがその翼を縦横無尽に斬り裂く。
そして――
「とっておきを見せて上げる」
炎を纏って助走し、勢いつけて来たエステルが飛ぶ。
「奥義・鳳凰烈波っ!!」
炎の一撃がアンヘルワイスマンを飲み込んだ。
*
アンヘルワイスマンの胸にコアとして有った《輝く環》は勝敗が決したと言わんばかりに彼の胸から離れ、浮かび上がると消えてしまった。
「そ……そんな……《輝く環》が……き、消えてしまっただと……馬鹿な……」
「どうやらあたしたちの勝ちのようね」
狼狽えるワイスマンにエステルが勝ち誇るとワイスマンは狂気を孕んだ目でエステルを睨む。
「小娘がっ!?」
これまでの余裕を見せつけていたワイスマンは喚き散らして、エステルに向かって雷撃を放つ。
「あ……」
アンヘルワイスマンを倒して気を抜いてしまったエステルは手加減抜きの全力で放たれたそれに反応できず――
「全く世話が焼けるな」
エステルを庇ってレーヴェがその一撃を受けた。
「レーヴェッ!」
ヨシュアの悲鳴が響き渡る。
「ああっ! そんな馬鹿なああああああっ!」
錯乱したように叫んだワイスマンは杖を掲げ、転移術で姿を消した。
「に、逃げた……」
呆然とクローゼは呟く。
「あんなヤツ、どうだっていいわよ! それよりも――」
「レーヴェッ!!」
エステルの言葉を遮ってヨシュアが倒れたまま動かないレーヴェに縋りつく。
「どうやら……限界のようだな……」
大の字に倒れたまま、レーヴェは満足げに呟いた。
「レーヴェ……しっかりして! 今……すぐに手当てをするから!」
「……その必要はない……」
ヨシュアの言葉にレーヴェは落ち着きを払った言葉で返す。
先程の一撃で超えてはいけない一線を越えてしまったことを感じた。
自分の中の何かが壊れ、取り返しのつかない何かが零れ始めているのを自覚してしまう。
しかし、レーヴェの胸中に畏れはなかった。
「イヤだ……そんなのイヤだ! レーヴェまで……姉さんみたいに……そんなの……そんなの酷すぎるよ」
「フフ……そんな顔をするな……幼い頃のような……泣き虫に戻ったみたいだぞ……」
「そうだよ! 僕は弱くて……甘ったれで……まだまだ……レーヴェが必要なんだ……だから……お願いだから……」
「やれやれ……なあ……ヨシュア……
納得できないのなら……お前は俺達のようになるな……大切なものを……守るために……死ぬのではなく……守るために……生きろ……
それからエステル・ブライト……頼みがある」
「うん……なに……?」
「こいつは強いようで……芯が脆いところがある……全ての呪縛が解けた今……本当の意味で……強くなる必要があるだろう……
だから頼む……これからもこいつを……俺たちの弟を……支えてやってくれ……」
「えへへ……言われなくてもそうするつもりだったけど……でも……今ここでちゃんと約束する。でもね……あたしたちはまだ諦めるつもりはないわよ」
「…………なに?」
「戦術オーブメントの調整終わったぞい! アガットよ、さっさと《鬼》のマスタークォーツを出さんかい」
「わーってるよっ!」
次の瞬間、戦術オーブメントとのリンクが切れたと思うと、すぐさま繋ぎ直されて力を失っていくはずだった体にわずかな活力が戻って来る。
「大きな傷は一通り処置しました」
いつの間にかその場でできる限りの手当てを済ませたクローゼがすかさず答える。
「それじゃあ――リィン君。あとはお願いね」
「はい。先行してアルセイユに戻ります。そこならここじゃできない処置ができるはずですから」
リィンは言われるがままにレーヴェを背負い、アネラス達がレーヴェの体を紐で結び付けて固定する。
「神気――」
リィンは残りカスのような力をかき集めて――
「――合一」
変化こそないがなけなしの力で身体能力を上げる。
「よし……それでは皆、これより撤退を開始する」
ユリアの号令に一同は根源区画からアルセイユに向かって撤退を始める。
リィンはその中から一人だけ突出して抜け出して、レーヴェをちゃんとした医療機械があるアルセイユへの道のりを急ぐ。
《輝く環》が消えたことは浮遊都市を維持していたエネルギー源もなくなったことを意味しており、リベル=アークは崩壊を始める。
戦いが終わった直後の高揚によるものなのか、それとも何か別の思惑があったのか。
一同は自分たちが無事にアルセイユに着くことに集中し、一番早い足を持っていると言っても、何故一番消耗しているはずのリィンを一人にしたのか、その選択の落ち度に気付いている者はまだいなかった。
*
七耀歴1203年三月。
先月より出現した浮遊都市は出現と同様に突如として崩壊した。
エステルとヨシュアが崩壊の際に都市に取り残されたものの、カシウス・ブライトが古竜レグナートと共に颯爽と現れて二人を救出した。
アルセイユで先に脱出していた仲間たちは二人の無事を喜び、安堵した後――何かから覚めたようにそれに気が付く。
「あれ……弟君は?」
先行したはずのリィンと運び込まれるはずだったレーヴェの二人の姿はアルセイユのどこにも存在していなかった。
「悪いなあリィン君……君の事嫌いじゃなかったんやけどな……」
彼らを探して騒然とする艦内を尻目にケビンは誰もいなくなった甲板に一人佇み、崩壊するリベル=アークを暗い目で見つめていた。
to be continued 閃の軌跡0 Third Chapter
これにて閃の軌跡0《SC》は終了となります。
閃本編の如くの途中でのぶった切りですが続きはTC編になります。
本当ならここでTCの予告を書く予定でしたが、閃Ⅳの発売が迫っているので本編の投稿を優先しました。
なので後日、ここを編集して付け加えるか、短い予告だけを投稿するかもしれません。
ここまでお付き合いいただいた読者様、ありがとうございます。
つきましてはリィン君に作者がSC編を書いて思ったことを一言代弁してもらいたいと思います。
リィン
「ワイスマン超うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」