「お前……本当に大丈夫なのか? 別にもうアルセイユに戻ってのんべんだらりしていても文句は言われないはずだぜ」
「そういうわけにはいかないですよ」
レクターの怠惰な意見をリィンは間髪入れずに却下する。
「レクターさん……いくら戦えないからってオリヴァルト皇子も戦っているんですから」
「って言われてもな……こうやってぶっ倒れたお前を運んで手当てまでしてやってるんだから文官にしては十分じゃねえ?」
「まあ……助かっていますが……」
レールハイロゥに乗り、中枢塔へと到着するまでの時間、レクターはリィンに治癒術をかけていた。
そもそもそのレールハイロゥに乗り込むのもレクターに肩を貸されてやっとのことで辿り着いたほどにリィンは聖女との一戦で消耗し切っていた。
はっきり言えば、マクバーンという存在が後に控えていたことさえ忘れていたのだが、幸いなことに彼は何も言わずに去って行った。
もしも彼と戦うことになっていれば、それこそ何もできずに殺されていただろう。
「それにしても、あの時の小僧が立派になったものだな……」
「あの時……そういえば初めて会った時も、同じように助けてもらいましたね。はは……あまり進歩してないですね」
「いやいや、進歩って何言ってんだお前?」
そんなにおかしなことを言っただろうか、とリィンは首を傾げる。
最初の出会いはルーアンの学園祭。
その帰りに特務兵とやり合って、通りかかったレクターに助けられた。
「そういえば……」
「うん?」
ある程度体が動くようになりリィンは試すように手を握っては開いてを繰り返し、調子を確かめる。
そして太刀を抜刀し、レクターの首に突き付けた。
「……驚かないんですか?」
「いやいや驚いているぞ。びびりまくりだ。何か俺、お前の気に障ることをしたか?」
とてもそうとは思えない態度でレクターはリィンの意図を尋ねる。
「ミリアム・オライオン……あの子は何者ですか?」
「何でここで、あいつの――」
「クレアさんから聞いているはずですよね? 俺がアルティナという女の子と一緒にいたのを」
「まあな……それが何の関係があるんだ?」
「その子は《結社》が戦術殻という機械人形を操作するために作られた人造人間です……
その子ではないですが、その後にアルティナ・オライオンと名乗る女の子と戦うことになりました……
それからその場にはミリアム、あの子のお姉さんのような面影もある女性もいました」
「…………なるほどな」
リィンの言葉にレクターは納得する。
「帝国政府は本当に《結社》と繋がっているんですか?」
オリビエはそうだと確信していたが、リィンはすぐに受け止めることができない話だった。
しかし、タイミングが良過ぎる蒸気機関の戦車を製造していたことといい。
そして導力が停止しているにも関わらず、迅速にリベールに侵攻してきた帝国軍を考えれば、どうしても疑ってしまう。
「ま、繋がっているというか、おっさん――宰相閣下は《結社》を利用できる駒として付き合っているのは間違いないな」
「…………そうですか……すいませんでした」
その言葉に一抹の失望を感じながらリィンは刃をレクターから離す。
「いいのか? 今のだけで?」
「ここでレクターさんを責めても仕方がないですよ……
いや……個人的にはオリビエさんの正体を知っていたことについては追及したいですが」
ジト目で睨むと、レクターは明後日の方向を向いて口笛を吹いて誤魔化す。
「クレアさんやアンゼリカさんも知っていたんですよね?」
「まあ、クレアは鉄道憲兵隊のまだ下っ端だが宰相閣下直属でもあるから顔くらいは知っていただろ……
アンゼリカって奴がログナー侯爵の娘のことを言っているなら当然知っていただろうな」
レクターの答えにリィンはがっくりと肩を落とす。
母とエリゼもオリビエとミュラーとは面識があったことを考えれば、帝国人で知らなかったのは自分だけだったという事実に愕然としてしまう。
「気にしなくていいんじゃねえか?
オリヴァルト皇子は公式の場に出てくるのは滅多にないからな、むしろリベールに来て知っている帝国人にピンポイントで遭遇しているお前に驚きだぜ」
「全然慰めになっていないです」
「ククク……それよりも帝国に帰った時の覚悟をしておいた方が良いんじゃねえか?」
「え……?」
「オリヴァルト皇子にその護衛役のミュラー・ヴァンダールの両名による皇室親衛隊への推薦……
ついでにギリアス・オズボーン宰相から目をかけてもらっている期待の新星。帝国に帰ったらたぶん大騒ぎになるぜ」
「そんな大袈裟な。いくらオリビエさんがオリヴァルト皇子本人だったとしても、男爵位の養子を取り上げるなんてあるはずないじゃないですか……
親衛隊の話はあくまでも帝国軍の動きを抑えるためのその場限りの手札ですよ……ええ、そうに決まっています」
そう現実逃避するリィンにレクターはそれ以上いじるのはやめておく。
どちらにしても結末は近い。
ここで覚悟を決めさせるよりもそれこそ帝都で現実を突きつけられた時のリィンの顔を想像してレクターは笑う。
「まあ、そう落ち込むなって。帝都に来たら俺が良い店を紹介してやるから元気出せよ」
「レクターさん……俺は未成年です」
「そんなこと言っていられる立場じゃねえぞ。今から少しでも酒に慣れておかないと大変だぜ騎士様」
「そう言われても……」
「安心しろ。お前好みのお姉さんがいる店に心当たりが――」
「へえ……何の話をしているのかな?」
恐ろしい殺気を漲らせた声が二人の間に割って入った。
レールハイロゥはいつの間には中枢塔最寄りの駅に到着し、扉を開いていた。
そしてその前には腕を組んで仁王立ちしたアネラスが笑っていた。
その笑顔にリィンとレクターが竦み上がる。
アネラスの背後ではシェラザードとジンがやれやれと肩を竦めていた。
――あ、死んだ……
リィンは聖女と戦っていた時と同等の死の予感に身を震わせるのだった。
*
幸いなことに、お説教は程々に切り上げられてアネラス達と合流したリィンは中枢塔への道を走っていた。
「それじゃあ、みんな無事に執行者達を退けることができたんですね」
「うん。向こうも自分たちの因縁を優先してくれたのか、私たちが想定していた通りに戦えたから」
「……そうですか……でもシェラザードさん、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
ジンの佇まいはそれこそしっかりしていて勝ってきたのだと分かる。
しかしシェラザードの様子はそうではなかった。
「大丈夫よ。勝負にはちゃんと勝ったから、ただちょっとその後にショックなことがあっただけ。気にしなくていいわ」
「そうですか……」
虚勢を張っているように見えたが、無理をしているようではなかったので、リィンはそれ以上追究はしなかった。
「それで《怪盗紳士》を退けてオリビエさん達はそのまま上を目指してケビン神父はそっちに一緒に行って、私たち三人は弟君が気になって戻って来たの」
「それはすいませんでした」
「謝ることじゃない。塔から見ていたが都市の一部が崩壊するほどの戦闘だったのだろう?
執行者最強というのは伊達ではなかったようだが、そんな男相手によく五体満足で無事だったな」
「あ……あははは……」
ジンの賞賛の言葉をリィンは笑って誤魔化す。
戦った相手は《執行者最強》ではなかったが、遜色ない相手だっただろう。
ついでに言えば、その都市を壊したのはリィンの策によるものなのだが、それを事細かに説明すると間違いなく隣を走る姉弟子のお説教になるので全力で話題を変える。
「ところでまだエステルさん達の戦いは終わってないんですか?」
「ごめん。エステルちゃん達は私たちよりも上の階の方で戦っていたみたいだから――あ……」
アネラスは空を見上げて声を上げる。
それに釣られてリィン達も顔を上げると、塔から機械の巨人がブースターを吹かして降りて来た。
「パテル=マテル……」
巨人はそのまま着地すると思いきや、ブースターの向きを変えて横に滑るように塔から離れていく。
「あの様子を見た限りじゃ、エステル達もうまくやったようね」
「……はい」
シェラザードの言葉にリィンは頷く。
それ程までにパテル=マテルの有様は酷かった。
《結社》のアジトで騎神を使って破壊した肩の導力砲はともかく、各部にも焼き焦げた跡もあれば装甲も亀裂が入った部分やへこんでいる部分が見て取れた。
「確かサテライトビームだったけ? ラッセル博士が開発した対パテルマテル用決戦兵器って」
「ええ、アルセイユの主砲を空に打ち上げて滞空させて、端末からの座標誘導で目標を上空から撃つものですが……」
なんてものを開発しているんだとラッセル博士に問い詰めたくもなるが、それくらいしないと退けられなかったと思うとあまり責めることはできない。
「ん……?」
離れていくパテル=マテルの横姿を見送っていると、その腕の中にいたレンが顔を上げるのをリィンは見た。
「どうしたの弟君……?」
「いえ……」
アネラスが反応していなかったので見間違いかと思った。
現にパテル=マテルの掌の上のレンは顔を伏せてしまっている。
「すいません。すぐ追い付きます。先に行っていてください」
「え……あ、弟君!?」
戸惑うアネラスの声を置き去りにしてリィンはパテル=マテルへと駆け出した。
速度を出していないおかげで、追い付くことは容易かった。
走る勢いを助走にして、一気にパテル=マテルを駆け上がってレンの前にリィンは辿り着く。
「…………その様子だとエステルさんに完敗したようだな」
「……リィン・シュバルツァー……」
膝を抱えた女の子は弱々しく顔を上げてリィンの名前を呟く。
「何をしにきたの? レンはもう帰るところなんだけど」
「それならいいけど、最後にちゃんと顔を合わせておきたいと思っていたんだ」
「レンは……別にリィンの顔なんか見たくなかったんだから」
「そうか……」
そういうものの、レンはリィンを排除するために傍らに置いた大鎌に手を伸ばすそぶりも見せなかった。
「…………ねえ……あの人がリベールに来ていたって本当なの?」
「ああ……本当だ」
リィンの肯定にレンは何も答えずに俯く。
そんなレンにリィンは考えていた言葉を掛ける。
「なあ、レン……この戦いが終わったら、一緒にクロスベルに行かないか?」
「…………何も知らないくせに……エステルもリィンも……レンのこと何も知らないくせに……」
「ああ、俺にはレンがどうしたいか分からない」
「レンはあの人達が言っていた言葉をちゃんと覚えているんだからっ!
昔のことは忘れようって! レンの知らない赤ちゃんを抱いて! 幸せそうに……しあわせそうに……」
上げた声は尻すぼみに消えていく。
レンの目から涙は零れることはなかった。
それが強がりではないことをリィンは分かっている。
「レン……俺は捨てられた時の父さんの言葉を思い出した……どんな理由で俺を雪山に捨てたのかは分からないけど、俺はたぶん愛されていたんだと思う」
「だから何? レンにはそんなの関係ない」
「でも気になっているんだろ?」
その質問にレンは押し黙る。
「ハロルド・ヘイワースは君の目撃情報を理由にしてリベールに来たのは確かだ……
レンが聞いた彼らの言葉がどんな意味があったのかなんて分からない……
でもレンがその言葉を受け入れることができていないなら、それはまだレンにとっての真実には足りえないじゃないか?」
「それは……」
不安で瞳を揺らすレンの頭をリィンは撫でる。
「あ……」
「レンが望むなら、代わりにハロルド・ヘイワースから話を聞き出すだけでもいい。それでどうかな?」
「…………それでもし……本当にレンがいらない子だったら……どうするの?」
「その時は……そうだな。俺の家の子にならないか?」
「…………え?」
「アルティナの代わりだなんて言うつもりはない……
俺の今の父さんも母さんも、《鬼の力》なんてものを持っていた俺を受け入れてくれた人たちだ。きっとレンのことも受け入れてくれるはずだ」
突拍子のない提案にレンは呆けた顔をしてリィンの顔を見上げる。
そして、いたずらっぽい笑顔を浮かべてクスクスと笑い出す。
「お兄さんってば随分手馴れているみたいだけど……レン、こんなにリィンがナンパな人だったなんて知らなかったわ」
「別にナンパをしているわけじゃないんだけど……
とにかく《結社》だけが君の前にある道じゃないということだ。それだけは覚えておいて欲しい」
撫でていた頭を最後にポンポンと軽く叩いて、手を放す。
「その気になったらユミルに来ると良い。そうじゃなくても遊びに来るだけでも構わないけどな」
「……気が向いたらそうするわ」
リィンの言葉にレンは小さく頷いた。
思い詰めた顔を振り払ったその顔にリィンは安堵する。
「ねえ……リィン……」
「何だ?」
「名前を呼んで……レンじゃない、レンの名前を……」
「レニ……レニ・ヘイワース……それが君の一番最初の名前だ」
「…………うん…………うん」
聡明な彼女はそれだけで本当にハロルド・ヘイワースがリベールにいたことを受け止めた。
「……ねえ、リィン……その名前、エステルには教えないでね」
目元をこすり、レンはにっこりと小悪魔な笑みを浮かべて言った。
「もちろんエステル以外の誰にも教えちゃダメなんだからね」
「ああ、分かった」
どうして、と続けるのは無粋な質問だろうとリィンは言葉を止めた。
「それじゃあ、またな」
「うん……」
ぎこちない笑みを浮かべて手を振るレンに手を振り返して、リィンはパテル=マテルから飛び降りた。
外へと向かって飛んでいくパテル=マテルの背中を見送って、リィンは改めて中枢塔を目指すべく踵を返す。と、そこにはアネラスが息を切らせて走ってくる。
「アネラスさん、先に行っていてって言ったのに」
「うん……シェラザード先輩たちにはそうしてもらって……私も気になっちゃったから……それでレンちゃんは?」
「…………後はあの子次第だと思います」
協力を惜しむつもりはないが、結局最後に進む道を決めるのは彼女自身の意志が一番重要だろう。
「大丈夫だよ。きっと」
「アネラスさん」
「レンちゃんが幸せになれる未来はちゃんとあるはずだよ……何たってかわいいは正義なんだから!」
ぐっと拳を突き出して宣言するアネラスの言葉にリィンは苦笑する。
何の根拠もない支離滅裂な言葉。
しかし、それにどれだけ救われてきたことか。
「…………行きましょう。アネラスさん……
早くしないと《教授》に落とし前をつけることができなくなってしまいます」
「うん。そうだね……
あの人にはアルティナちゃんに酷いことした報いをしっかりと思い知ってもらわないと」
そうして二人は中枢塔へ向けて駆け出した。
*
リィンとアネラスがそこに辿り着くと、そこではエステル達が紅蓮のドラギオンと戦っていた。
しかし、何故かそこにはヨシュアの姿はなく、彼の代わりであるかのようにレーヴェが戦線に混じっていた。
「弟君は右を! 私は左!」
「はいっ!」
状況は分からないがそれでもやることを理解した二人は一気に駆け出す。
「はあああああっ!」
「おおおおおおっ!」
二人の渾身の一撃の不意打ちがそれぞれのドラギオンを大きく揺るがす。
「これはどういう状況ですか!?」
「ごめん説明はみんなから聞いてっ!」
状況説明を求めるリィンにエステルはそれだけを返すと、揺らいだドラギオンの足元を駆け抜けてその先の祭壇に向かう。
それを阻むようにドラギオンが動く。
「抑え込め! エステル君達の邪魔をさせるなっ!」
ユリアの号令にそれぞれがドラギオンに向かって必殺技を繰り出し、その場に釘付けにする。
そうしている内に、リィンが祭壇だと思った壇上のプレートがエステル、クローゼ、ケビンの三人を乗せて降下を始めた。
そこで陣形が突破するものから防衛するものに代わり、ドラギオンをエレベーターに近づけない戦術に切り替わる。
「エレベーターだったのか?」
「遅かったなリィン・シュバルツァー」
「レーヴェ……」
声をかけてきた男にリィンは思わず身構えるが、戦意はこちらに向いていない。
どころか先程からエステル達と一緒にドラギオンと対峙していたところを見ると、今は敵ではないようだった。
「どういう状況ですか?」
「簡単に説明する……」
ヨシュアと和解してレーヴェは《結社》に協力する義理はなくなった。
だがワイスマンはかつて壊れたヨシュアの精神を再構築の際に深層意識に組み込んだ《絶対暗示》を使い彼の身体制御を奪い操った。
ワイスマンはヨシュアを奪われてもなお挫けないエステルを嘲笑い、ヨシュアを従えて《根源区画》へと転移術を使ってその場から消えた。
「エステル・ブライト達はワイスマンとヨシュアを追って《根源区画》へと向かった」
「そう……ですか……」
レーヴェの説明にリィンは複雑な気持ちで言葉を返す。
「俺の協力が気に入らないならば、遠慮はいらん。背中から斬れ」
「そんなことしません」
リィンの胸中を見透かすようにそんなことを言うレーヴェにリィンは一先ずその気持ちを飲み込んだ。
そんなリィンにレーヴェは以前とは違う様に感じる笑みを浮かべると、さらに言葉をかけてくる。
「それにしてもあのマクバーンを退けてくるとはな……泣き喚いて俺から逃げ出した男が大きくなったものだ」
「うるさいっ!」
やはり変わったレーヴェの雰囲気に違和感を覚えながら、ドラギオンの攻撃を躱していく。
「期待に沿えなくて悪いけど、乱入があって《劫炎》とは戦わなかったよ」
「何……? ではいったいお前は誰と戦って来た?」
レーヴェには隠す必要ないと思ってリィンは応えた。
「槍の……いや《鋼の聖女》アリアンロードさんです」
「…………………………………………何……だと?」
結社側の通り名で応えるとレーヴェは絶句した。
そういえば、《劫炎》が《執行者》最強とは聞いていたが彼女が《結社》の中でどれほどの実力なのかは聞いていなかった。
《劫炎》が最強なことを考えれば、その下なのだろうから《劫炎》を退けてきたと思っていたレーヴェがそんなに驚いているのかリィンには分からない。
「あわわっ! み、みなさん敵の増援ですっ!」
後方から導力砲を撃っていたティータが階下から現れた、機械獣の群れに悲鳴を上げる。
さらには空から紅蓮のドラギオンが現れ、エステル達が降りて行ったエレベータに近付いていく。
「行かせるかっ!」
ドラギオンがエレベーターシャフトに突入する寸前に、リィンは三体目のドラギオンに追い縋り、飛行ユニットの片翼を斬り飛ばす。
しかし、それでドラギオンは止まらず、半ば倒れ込むようにエレベーターシャフトに突っ込んだ。
「くっ……」
リィンが太刀を突き立てると同時に、ドラギオンはリィンを巻き込んで落下した。
………………
…………
……
フラフラと安定しない飛行でエステル達を追うドラギオンに取り付いたリィンは、そのエレベーターシャフトのあまりの深さに身を震わせていた。
底の見えない深さ。
どうやら中枢塔の高さよりも深い縦穴のようで、浮遊都市の中心が底なのかもしれない。
振り落とされたら一巻の終わり。
リィンは装甲に突き立てた太刀にしがみ付く。
幸いなことに片翼になったドラギオンは落下することはないが、速度も出ないためエレベーターに追い付く様子はなかった。
最下層に辿り着くと、リィンの存在を無視して通路へと歩みを進めようとしたドラギオンを斬断して破壊する。
「ふう……」
無事に地に足を着けることができたリィンは安堵の息を吐く。
先に降下したプレートにはもうエステル達はおらず、リィンがそこに着いたところでプレートが上昇を始めた。
退路がなくなったがリィンは気にせず、通路を走る。
そこは《根源区画》と呼ばれるに相応しい圧倒的な力が溢れた場所だった。
とにかくリィンは長い通路を走り抜け、最奥の広間に辿り着く。
そこでは――
「それではヨシュア、エステル・ブライト以外の者たちを皆殺しにしたまえ」
金縛りにあったように動かないエステルとクローゼにケビンの三人の目の前でワイスマンは趣味の悪い笑みを浮かべてヨシュアに命令を下した。
焦点の合わない瞳でヨシュアは双剣を手に、ワイスマンに言われるがままにまずクローゼの前に立つ。
「フフ……その二人を始末したら、まだ上にいる君たちの仲間たちも全てヨシュアに殺してもらうとしよう……
しかる後、暗示を解いて元に戻した時、君はどんな顔をヨシュアに向けるのか? そしてヨシュアはどんな表情を浮かべるのだろうか?
ゾクゾクするとは思わないかな?」
「あんたはっ!」
「はは……今度こそ完全に心が砕け散ってしまったとしても、また私が新たな心を造ってやれば済むことだ……
それに安心したまえ、もし君の心も一緒に砕け散れば、それこそヨシュアと共にいる君の願いを叶えてあげようじゃないか」
「何てことを……貴方は最低です」
「最悪の破戒僧、ゲオルグ・ワイスマン……まさかここまでとは思ってあらへんかったなぁ」
「うぐぐ……ヨシュア、お願い目を覚ましてっ!」
エステル達の苦悶の表情を堪能してワイスマンはヨシュアに命令を下す。
「さあ、ヨシュア。まずはリベールの王太女の首をはねたまえ」
ワイスマンの命令にヨシュアは剣を振り上げ、刃は躊躇なく振り下ろされる。そして――
「させるかっ!」
振り下ろされた刃を、間一髪のところでリィンが割って入り受け止めた。
IF
リィン
「レン、家の子にならないか?」
エステル
「よろしい、ならば戦争よっ!」
リィン
「え……?」
アルティナ
「やはりリーンは不埒な人だったようですね」
リィン
「いや、そういうのじゃないから……」