(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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 連休が終わりましたので、連投はこれにて終わりになります。
 最終局面に向けて一度頭をクールダウンさせたいので明日の投稿はおそらくありません。
 お付き合いいただきありがとうございます。

 また、誤字脱字が多くてすいませんでした。




65話 《槍の聖女》

 呼吸を整え、昂った気持ちをリィンは落ち着ける。

 

 ――大丈夫だ……体は動く……

 

 琥珀の塔で相対した時は恐怖に震えて動けなくなってしまったが、今はそうではない。

 予定は狂ってしまったが、言っても仕方がない。

 前日にヨシュアから可能な限り聞いていたマクバーンの情報を一度忘れる。

 

「さあ、覚悟はいいですね」

 

 聖女のその言葉を合図にリィンはむしろ後ろに跳んで距離を取る。

 言葉を交わす意思はない。

 そして何故、かすかにとはいえ彼女に怒りを向けられているのか分からない。

 それでも敵意を向けられた以上、目の前の存在は敵だと割り切って、リィンは戦術オーブメントを操り導力魔法を展開する。

 

「クリムゾンレイ」

 

 効果範囲の小さいが高威力の火の導力魔法。

 対象は聖女ではなく自分の太刀。

 さらに――

 

「焔よ」

 

 赤い焔を太刀に纏わせ、アーツの爆発を絡めてその規模を一気に広げる。

 翼の羽ばたきを思わせる焔を太刀に宿し、リィンは駆ける。

 

「鳳凰烈波っ!」

 

 あの時と同じ技に対して、聖女は正面から槍を構え――高速の三連突きで焔を吹き飛ばし、リィンも弾き返した。

 

「っ……」

 

「何かしましたか?」

 

 涼し気な顔で聖女は膝を着くリィンを見下ろす。

 思わず笑いが出そうな程の差を感じずにはいられなかった。

 あの時もそうだが、あれから少しは強くなった今の方が絶望的な開きを感じる。

 

「いや……」

 

 短く言葉を返してリィンは立ち上がる。

 あの時は無様に一撃の打ち合いで気絶してしまった。

 今回は不完全な《鳳凰烈波》をあえて使ってみたが、彼女はあの時の技さえ使わずにいとも容易く迎撃した。

 

 ――自信なくすな……

 

 冗談交じりにそんなことをリィンは考える。

 

「どうしました? もうおしまいですか、ならばこちらから行きます」

 

 言うやいなや、聖女は騎兵槍を前に構え雷光を纏って突撃してくる。

 

「蒼き焔よ」

 

 その一撃にリィンは太刀に焔を宿し迎え撃つ。

 突撃を下から振り上げた刃をぶつける。

 

「おおおおおおっ!」

 

 雄叫びを上げ、リィンの太刀をものともせずに突き出される騎兵槍の一撃を力任せに弾く。

 が、その反動で跳ね上がった腕の勢いをそのままに聖女は体を回す。

 

「食らいなさい――」

 

 その動きにリィンは《剣帝》のそれを思い出す。

 

「――滅っ!」

 

 薙ぎ払いの一撃をリィンは上に跳んで回避する。

 落下の勢いに任せ、蒼焔を宿したままの刃を全身の力を乗せて振り下ろす。

 

「蒼炎撃っ!」

 

 聖女は難なく騎兵槍でリィンの渾身の一撃を受け止める。

 リィンは技の衝撃に弾かれて、少しだけ距離を開けて着地するやいなや、納刀した太刀を抜き放つ。

 

「四の型。紅葉切り」

 

 すれ違い様の蒼い焔を乗せた一撃もまた引き戻した騎兵槍によって防がれる。

 全ての攻撃に蒼焔を纏わせているにも関わらず、聖女は小動もしない。

 強烈な殺気を感じ、身を捩ると同時に顔の横を重い騎兵槍の一撃が頬を擦過する。

 

「っ……」

 

 見るからに重い騎兵槍を片手で軽々振り回す膂力に舌を巻きながら、逃げたくなる衝動を抑え前へと踏み込む。

 

「ほう……」

 

 感嘆の息遣いを聖女は漏らし、リィンを迎え撃つ。

 

「おおおおおっ!」

 

 聖女の三連撃の突きを蒼焔の太刀の三連撃で相殺する。

 さらに返した刃と振り下ろされた槍が激突し、リィンは弾き飛ばされた。

 

「何のつもりですか? あの力を使わずに私に届くと思っているのですか?」

 

 《鬼の力》を使わないリィンを聖女は睨みつける。

 

「どんな方法で起動者の資格を掠め取ったのか知りませんが、随分と増長が過ぎるのではありませんか?」

 

「起動者……? 騎神の関係者だったのか?」

 

 聞き慣れない言葉に理解が一瞬遅れる。

 増長も何も、あれが何なのかよく分かっていないリィンがそれについてなじられるのは少し理不尽に感じる。

 

「貴方には関係のないことです」

 

 聞き返した言葉にはやはり棘を感じる。

 が、増長と思っているのならそれはそれで構わない。

 彼女はデュバリィとの戦闘を見ていただろうが、リィンは一撃を交わしただけで彼女の戦い方など武器くらいしか知らない。

 今まで通り初手から全力を出していては通用しない相手だと、リィンは冷静な思考で考えていた。

 そもそも増長も何もない。

 今も一杯一杯で、むしろ《鬼の力》を使った瞬間、彼女は確実にリィンを潰しに来る予感がする。

 その存在を警戒しているからこそ、聖女も深く踏み込まず、探りを入れているのだろう。

 その探り合いは聖女の力を知らないリィンにとっては重要なやり取りだった。

 

「とは言っても、使わないままではいられないか」

 

 温存も過ぎれば、使い処を見逃すことになる。

 彼女の言う通り、もう使うべきかとリィンは考えると、聖女はおもむろに騎兵槍の切先を空に掲げた。

 

「荒ぶる神の雷よ……戦場に来たれっ!」

 

 雷撃を空に放ったと思った瞬間、頭上からそれがリィンに降り注ぐ。

 

「っ……」

 

 咄嗟にその場を飛び退き、雷を回避するが、そうしている間に聖女は雷撃を空に向けて何発も撃つ。

 降り注ぐ雷撃は瞬く間にその量を増やし、リィンだけではなくその一帯に散らされて降り注ぐ。

 

「くっ……」

 

 堪らずリィンは大きく後退して聖女から距離を取る。

 聖女の雷撃はリィンを追い駆ける。

 

「二の型《疾風》」

 

 落ちて来た雷を躱した瞬間、続く雷撃を放った瞬間を狙い澄まし、リィンはその場に残像を残して離した距離を一気に駆け抜ける。

 雷撃を撃ち放ち、それは当たらないものと判断して聖女は素早く迎撃の体制を整える。

 リィンは万全の態勢で迎える聖女に対して、小さく言葉を作る。

 

「神気合一」

 

 髪は一瞬で白く、瞳は紅く染まる。

 しかし、纏う気は今までの禍々しい陰の気ではなかった。

 正確には陰の気は残っている。

 だが、それはだいぶ鳴りを潜め、漆黒だった鬼気は半端な灰色に変わっていた。

 

「伍の型《残月》」

 

 駆ける速度を一気に上げたリィンに対応して騎兵槍を繰り出す聖女の一撃をやり過ごし、太刀を納刀すると共に背後を取ったリィンは遠心力を乗せた一撃を聖女の背中へと叩き込んだ。

 が、振り返りもせずに聖女は篭手でその一撃を受け止めてリィンに向き直る。

 

「それが《鬼の力》ですか…………以前のものとは随分と違いますね」

 

 聖女の言葉にあの時は導力魔法による《神気合一》を使っていたことを思い出す。

 

「あれからいろいろあったからな」

 

 とても一言では説明し切れないものだとリィンは応じ、仕切り直す。

 

「いいでしょう……どうやら手加減の必要はなさそうですね」

 

 そう聖女が言って、黄金の闘気をその身に纏う。

 

「っ……」

 

 リィンは叩きつけられる覇気に息を飲み――次の瞬間、聖女はリィンのすぐ目の前にいた。

 

「なっ!?」

 

 油断もしていなければ、集中を切らせたわけでもない。

 確かに速かったが、それよりも意識の隙間を縫うような歩法にリィンは出遅れる。

 《鬼の力》で身体を満たしているにも関わらず、先程以上の速度と感じる高速の突きにリィンが寸でのところで反応し太刀で受け止める。

 しかし、あまりの衝撃に手から太刀は弾かれた。

 飛んでいく太刀に意識を持っていかれそうになるが、目の前の脅威がそれを許さない。

 騎兵槍が容赦なくリィンを責め立てる。

 見る間にリィンは傷だらけにされるが、紙一重で致命傷だけは避ける。

 《鬼の力》を使っているにも関わらず、こうまで一方的にされたのは初めての経験だった。

 だからと言って、リィンもされてばかりではいられない。

 突きと斬撃を織り交ぜた猛攻の中、その一つを見極めて穂先を両手で受け止める。

 

「ほう……それは東方の妙技《真剣白羽取り》ですか。初めて見ましたよ」

 

「はっ……はっ……そうですか……」

 

 わずかな攻防でもう息が乱れ始めているリィンに対して、聖女の顔は変わらずに涼しげだった。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 ともあれ攻撃の手が止まった好機を逃さないためにもリィンは力を燃え上がらせる。

 

「む……」

 

 穂先から改めて掴み、引き寄せる。

 それに拮抗するように聖女が持ち手に力を込める。

 だが、いかに聖女の膂力でも片手で今のリィンの両手の力を抑えることはできなかった。

 聖女がわずかに遅れて柄を両手で握るがすでに遅い。

 リィンは己の膂力を全開にして聖女を頭上へと持ち上げ、そのまま騎兵槍を振り回して天高くぶん投げた。

 ダメージは期待しない。

 聖女は当たり前のように危なげなく着地する。

 

「なかなかやりますね」

 

「貴女にそう言ってもらえるのは光栄ですね」

 

 回収した太刀を構え直して、リィンは改めて実力差を実感する。

 《鬼の力》を使ってもまだ足りない。

 そしてこれ以上の戦闘はおそらく消耗をするだけだろう。

 

 ――使うか……?

 

「まだ何かあるのなら早々に全てを出し切りなさい」

 

 リィンのわずかな迷いを聖女は即座に指摘する。

 その上でリィンの全てを否定すると言わんばかりの眼光に睨みつけられて、リィンは覚悟を決める。

 

「…………少し時間をもらえるか?」

 

「どうぞ」

 

 一応断りを入れると、すんなりと了承された。

 なのでリィンは目を伏せて自己に埋没する。

 胸の中の焔を意識し、異能から更なる力を引き出しリィンの体の至る所に紋様が浮かび上がる。

 

「ほう……」

 

 その様に遠くから見物していたマクバーンが嬉しそうに口端を釣り上げた。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 更にリィンはそこに《戦場の叫び》を使って、神気を高める。

 

「それで終わりですか?」

 

 灰色の焔を全身に宿したリィンに聖女は目を細め尋ねる。

 

「…………いや、まだだ」

 

 リィンは首を横に振り、懐から小さな蒼い錠剤を取り出した。

 

「それは――」

 

 聖女の呟きを無視してリィンはそれを口に含み、飲み込む。

 

「出し惜しみはしない。使えるものは全て使って貴女を倒す」

 

 クスリは即効性と聞いていただけあってすぐに変化を自覚できた。

 体に力が漲り、視界は異様なまでに広く感じる。

 湧き上がる衝動があるが、そんなものは以前の《鬼の力》の方がずっと強い。

 クスリがもたらす全能感に酔いしれそうになるが、目の前の相手は酔って戦えるほど甘い相手ではないと気を引き締める。

 

「待たせたな」

 

 そう言ったリィンに聖女は目を伏せた。

 

「愚かな選択をしましたね……やはり貴方は彼の後継に相応しくありません」

 

 失望をその目に宿し、聖女は騎兵槍を構える。

 

「せめてもの手向けです……この一撃に散りなさい」

 

 騎兵槍を掲げ、聖女は嵐を起こす。

 放たれた嵐がリィンを飲み込み、その動きを――

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 聖女の風をリィンは蒼を纏う灰色の焔で強引に焼き尽くした。

 

「っ……」

 

 この戦闘で初めて聖女は顔をしかめ、槍を止める。

 

「それ程の力を持ちながら、何故自分を信じずにクスリなどに手を出したのですか?

 あと数年もすれば貴方は素晴らしい剣士になれるはずだったのに」

 

「何か勘違いしていないか?」

 

 聖女の言葉にリィンは落ち着いた言葉を返す。

 

「数年後? そんなものに何の意味がある?

 俺が貴方と戦っているのは《今》だ……将来性なんて関係ない……

 俺は《今》、《ここで》貴女を打ち倒さなければあの男の所に辿り着けない……

 だったら、今までの《過去》もこれからの《未来》も全部を賭けて剣を振るうだけだっ!」

 

「…………命は賭けないのですか?」

 

「それは最後だ……俺には俺を待ってくれている人がいる……例えどんな姿になったとしても……

 それこそ剣を捨てることになったとしても、必ず帰るという約束の方が俺にとっては大切だ」

 

 はっきりと言い切った言葉に聖女は押し黙る。

 

「それからもう一つ……

 俺は貴女の御機嫌伺いのために戦っているんじゃない……倒すために戦っているんだ」

 

 リィンの言葉に聖女は目を伏せる。

 

「どうやら愚かなことを言ってしまったのは私の方ですね」

 

 胸の高鳴りを抑え、聖女は平静を装って言葉を紡ぐ。

 こんなに真っ直ぐ自分を打倒すると言い切った人間はいつ以来だろうか。

 長い時を生き、勝つことが当たり前になり、戦う前から畏怖されるような存在になってしまってからは久しく感じていなかった、強者を前にした時の高揚感。

 数年後、改めて完成された彼と剣を交えてみたいと思っていたがとんでもない。

 この無謀と紙一重の蛮勇さは若さゆえの衝動でもある。

 数年後では相応に分を弁え、こんな前のめりな戦いをする気概はなくなってしまうだろう。

 

「リィン・シュバルツァー……いえ、これは無粋ですね」

 

 今更ながら彼の元服さえもしていない歳を思い出して聖女は恥じる。

 彼にクスリを使わせるほどの決意をさせたのは間違いなく自分たち《結社》にある。

 それを忘れ、なじるなど確かにリィンの指摘通り、勘違いも甚だしい。

 

「私もまだ未熟ですね」

 

 妙に晴れやかな気持ちになるが、次の瞬間聖女は黄金の闘気を更に迸らせた。

 

「いいでしょう。ならば、その貴方の全てをここで捻じ伏せさせてもらいますっ!」

 

 もはや試しなど関係ない。

 聖女は目の前の男を敵と認識して身構える。

 

「望むところだっ!」

 

 リィンは叫び、次の瞬間分け身で三人に増える。

 聖女が身構えると同時に、三人のリィンはその場で剣を振るった。

 

「孤影斬・三連ッ!!」

 

 極大の鎌鼬が同時に三つ放たれ、聖女を襲う。

 眼前でぶつかり合った鎌鼬は巨大な竜巻に姿を変えて、その暴威を周囲に撒き散らす。

 

「くっ……」

 

 風の暴力が周囲の無秩序に抉り、景観の良い庭園だったそこは一瞬で荒れ果てる。

 

「螺旋撃ッ!」

 

 その台風の中に飛び込んできたリィンは足の止まった聖女に追撃を仕掛ける。

 騎兵槍で受け止めるものの、抑え切れずに聖女は大きく吹き飛ばされた。

 

「…………ふふっ」

 

 しかし、聖女が顔に浮かべたのは驚愕ではなく微笑みだった。

 自分を正面からそれも力任せに弾き飛ばすなど、それこそ《剣帝》にもされたことはない。

 

「はあああああああっ!」

 

 聖女は力を込めて騎兵槍を前に突撃する。

 リィンはそれを正面から迎え、太刀の切先で穂先を捉えて抑え込む。

 その神業に聖女はいっそう笑みを深め、穂先を外し、騎兵槍を剣に見立てて振り下ろす。

 紙一重で避けられ、騎兵槍は地面を大きく抉る。

 背後に回ったリィンを追い駆けるように薙ぎ払い、それを掻い潜ってきたリィンの下からの斬撃に聖女は後ろに一歩退く。

 リィンの刃が鎧を掠め、確かな傷を刻む。

 その事実に聖女はまた笑う。

 

「ああ……くそっ……やっぱり譲るんじゃなかった」

 

 遠くから楽しそうに初めて見る顔で戦う聖女にマクバーンは後悔を呟く。

 激しい剣戟に鎧は徐々に砕けていく。

 対してリィンはその体を血に染めていく。

 しかし、どちらも全く退こうとしない。

 彼らが巻き起こす斬撃や刺突の余波で庭園は見る影もなく崩壊し、その余波はマクバーンの足元にまで及んでいたが彼はその場から動こうとはしなかった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 拮抗が崩れたのは唐突だった。

 時間を忘れて打ち合っていた聖女はついにこの時が来たのかと、寂しい思いを胸に感じた。

 リィンの力が落ちていく。

 地力こそ変わっていないが、太刀筋にわずかに乱れが生じて来た。

 どれほどの決意で望んでもリィンの力はクスリに頼ったものでしかない。

 その効果時間が過ぎれば、当然その揺り戻しが発生する。

 繊細な力の配分で振るわれていた刃に乱れが生じ、芯に響かない斬撃が一つ、二つと紛れ始める。

 

 ――どうしましょうね……

 

 聖女は迷う。

 彼の力が果てるまでこの時間を続けるか、それともまだ振り絞れるものがある内に一撃の勝負へと変えるか。

 だが、その迷いを打ち消すように失速したはずのリィンの剣に更なる熱が篭った。

 

「え……?」

 

 その一撃を騎兵槍で受け止め、地面を滑らされた聖女は何が起きたのか一瞬分からなかった。

 

「まさか、追加投与?」

 

 その可能性が頭に過るが、あり得ないと否定する。

 リィンからは一瞬たりとも目も意識も離していない。そんな素振りがあれば見逃すはずはなかった。

 では、何故と疑問に固まっているとリィンの斬撃が襲って来た。

 それを受け止め、やはり不十分な一撃だと、先程の一撃はまぐれだったと割り切ろうとして、またもや力のある一撃が繰り出されてきた。

 

「…………まさか……」

 

 その考えに至り、聖女は戦慄した。

 

「壊れた感覚をこの場で再構築しているのですか?」

 

 リィンはその言葉に応えない。

 極限まで集中した意識が全ての雑音を無視して新たな斬撃を作り出す。

 確かに一の実戦は千の鍛錬に勝るという言葉があるが、それにしてもおかしい。

 模索しながらの刃は必ず迷いを生じさせるはずなのに、リィンは迷わず最適な答えを重ね、熱の篭った斬撃を確実に増やし、さらには聖女の反撃を先程以上に見切り始めている。

 

「何故……至宝の力が……」

 

 何度目の驚きだろうか。

 リィンの奥底に感じるかすかな残滓ともいえる力はこの場にはあり得ない《幻》の力。

 それに加えて《鬼の力》、《幻の至宝》とも違う別の何かも感じる。

 

「まさか……先程のクスリは《グノーシス》ッ!?」

 

 二年後のクロスベルの実験に関わるものとしてすでにその存在を聖女は認知していたが、まさかリィンが今ここでそれを使うとは完全に想定外だった。

 《鬼の力》がリィンの体をクスリのダメージから守り。

 効果という毒を出し切ったクスリの《叡智》がリィンに力を与え始める。

 そんなリィンの体内の動きを聖女は把握し切れるはずがないが、一度壊し、新たに生まれ直そうとする剣士に聖女の胸は高鳴る。

 

「リィン・シュバルツァー……試しなどもはや不要……この時代の《灰の起動者》は、貴方以外に私は認めないっ!」

 

 一つ刃を交える度にリィンはそれまでの経験を積み直す。

 今まで試行錯誤していた感覚を自分に必要なものを取捨選択してより最適化して純度を高める。

 自分の身に起きていることなど、トランス状態になったリィンは目を向けることもなく、そして自分が何をしているのか自覚もせずに、ただ目の前の存在を超えるそのためだけに突き進む。

 そして、どちらともなく二人は示し合わせたように距離を取った。

 

「我は《鋼》……全てを断ち斬る者……」

 

「八葉一刀流――」

 

 聖女が騎兵槍を深く構え、リィンは太刀を抜刀術の構えを取る。

 合図はマクバーンが打ち上げた火球が弾けた瞬間。

 互いに神速の歩法で間合いを詰め――リィンが聖女の一撃に吹き飛ばされた。

 

「今のは……?」

 

 リィンが繰り出した奇妙な一撃と手応えの少なすぎる感触に聖女は顔をしかめた。

 最高潮に高めた闘気を込めた一撃のぶつかり合いだと思っていたが、リィンの繰り出した太刀には闘気など一欠片も乗っていなかった。

 この期に及んで力尽きたとは思えない。

 そう思い、吹き飛ばしたリィンを目で追い、聖女は次の瞬間目を疑った。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 納刀した太刀を抜き、雄叫びを上げるリィン。

 その太刀に感じる闘気は今までを遥かに凌駕し、その中には自分のそれも含まれていた。

 

「まさか――先程の一撃で私の闘気を奪った?」

 

 そういえば魔獣には相手の闘気を吸い取る個体がいたことを聖女は思い出す。

 その原理こそ解明されていないが、人にはそれに類似する自分の闘気を他者に分け与える戦技も存在している。

 だが、敵の戦技を直接取り込み自身の攻撃力に転換し上乗せするなどという荒業は聖女も初めてだった。

 リィンは黄金の焔を太刀に宿し、聖女に斬りかかる。

 

「是非もない」

 

 相対するのはリィンと自分の力だと分かっていても、聖女は怯まない。

 上段からの振り下ろしと、薙ぎ払いを聖女は何とか捌くが、二撃目で騎兵槍ごと腕を大きく弾かれて無防備な隙を晒す。

 

「――斬ッ!」

 

 その無防備な聖女にリィンは太刀を構え直し、渾身の一撃を振り下ろす。

 

「――惜しかったですね」

 

 しかし、強引に態勢を戻した聖女が紙一重のタイミングでリィンの太刀を受け止め、その衝撃を完全に抑え込んだ。

 

「うぐ……」

 

 リィンはそのまま力尽きたように聖女の横をすり抜けるようにしてその場に膝を着き――そうになったのを太刀を杖にしてリィンは拒む。

 聖女はそんなリィンを横目に、痺れる腕に心地良さを感じながら澄み渡った空を見上げる。

 

 ――さて、どうしましょうか……?

 

 思う存分に戦った聖女はこの状況に少し困る。

 リィンは全てを出し切り、聖女はそれを受け切った。

 互いに少し休めば、リィンは息を整え、聖女も腕の痺れから回復するだろう。

 しかし、最高潮を過ぎた後で、これ以上の戦闘は蛇足にしか感じなかった。

 

 ――最後の一撃、わざと受ければよかったでしょうか……いえ、ですがやはり自分から負けを受け入れるなどあってはなりません……

 

 終わり時を見失った聖女は無表情のまま、この静まり返った空気の中で困り果てる。

 しかし、その静寂をリィンが破った。

 

「…………すいません。やっぱり最後の手段……使わせてもらいます」

 

「え……?」

 

 空を見上げていた聖女はその言葉に視線をリィンに戻す。

 彼の手には掌大のスイッチが握られており、リィンは躊躇いなくそれを押し込んだ。

 次の瞬間、周囲で爆発が起き、聖女の体が傾いた。

 

「なっ!?」

 

「はぁっ!」

 

 周囲では爆発が連鎖し足元が激しく揺れる。そこにさらにリィンは螺旋撃を叩き込む。

 傾いていた体が一気に宙へと投げ出され、聖女は滑落していく瓦礫の雪崩の中に飲み込まれる。

 さらにリィンはそこに追い縋り、聖女を下から強撃して浮かせる。

 

 ――しまった……

 

 いくら聖女が達人だったとしても、空中での身動きは大幅に制限される。

 《銀》とのやり取りで覚えた知識。

 人である以上は物理法則に縛られるのは超人であっても変わらない。

 先程の騎兵槍を弾かれた時以上に致命的な隙を晒すことになった聖女にリィンは――

 

「心頭滅却――我が太刀は――」

 

 《叡智》によってもたらされた技をぶっつけ本番で繰り出す。

 

「灰ノ太刀――《絶葉》っ!!」

 

 周囲の瓦礫を足場に全方位から分け身を交えて襲い掛かる。

 

「っ……!?」

 

 守りを固めた聖女だが、リィンの最後の疾走に耐え切れずとうとう騎兵槍をその手から弾き飛ばされた。

 

「――取ったっ!」

 

 止めの一撃にリィンは上段から聖女に太刀を振り下ろす。が――聖女はその一太刀を両手で挟むように受け止めた。

 《真剣白羽取り》。

 リィンは自分が見せた技を返されて、驚きに目を見開く。

 次の瞬間、聖女は左手で刃を掴み、引き寄せ、右手を拳に固めてリィンを殴り飛ばした。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 聖女は息を乱し、手に残った太刀を投げ捨てる。

 

「くっ……」

 

 リィンは折り重なる瓦礫を押し退けて立ち上がり、二人は睨み合う。

 

「出でよっ!」

 

「来いっ!」

 

 どちらともなく叫ぶと、二人の目の前に太刀と騎兵槍が光を伴い空間転移して現れる。

 

「はああああああああああああっ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 言葉は不要。

 それぞれの得物を手に、二人は更なる闘気を練り上げる。

 二人の間に一際大きな瓦礫が流れ落ちる。

 その瞬間、先に動いたのはリィンの方だった。

 

 ――若い……

 

 その向こう見ずな姿勢に聖女は愛しさを感じながら構える槍には一切の手加減を含めない。

 

「聖技――グランドクロスッ!」

 

 万全の状態とは程遠い一撃だが、それでも今日の戦いで最高の一撃だと自負できる一撃がリィンを貫いた――そして、そのリィンは次の瞬間背面から千切れる様に両断された。

 

「なっ!?」

 

 本物としか思えなかった分け身が《符》に姿を変える。

 空撃ちすることになった聖女の一撃にリィンは添わせるように刃を騎兵槍の表面を走らせ、そこに込められた聖女の闘気を削ぎ落し、太刀に飲み込ませて納刀する。

 鞘に予め溜めておいた自分の闘気で彼女のそれを抑え込み、自分の焔を混ぜ合わせる。

 再び抜き放った刃には黄金の焔が宿されていた。

 

「…………見事……」

 

 その焔に聖女は万感の思いを込めて呟き、リィンの至高の一撃をその身に受けた。

 

 

 

 

「ぜっ……ぜっ……ぜっ……」

 

 落ちていく浮遊感をその身に感じながらリィンは息も絶え絶えにその場にうずくまる。

 リィンの考えたマクバーン用の策は単純に浮遊都市から落とすというものだった。

 そのため外縁近くを戦場にするために呼び出し、ヨシュアには前夜の内に爆薬をセットしてもらった。

 相手が変わってしまったが、人である以上《劫炎》も《聖女》も飛べるはずはないと割り切って、最後の手段に踏み切った。

 

「早く……戻らないと……」

 

 当然のことだが、爆破する時は自分を安全地帯に置き、彼の頭を抑えて突き飛ばし、浮遊都市から退場を願うつもりだった。

 しかし相手が変わり、未知数の力の聖女を相手にリィンは戦術を切り替えた。

 足場を崩し混乱させ、《銀》からもらった《符》で精度の高い分け身を作って騙し、無理矢理隙を作って最高の一撃を先に叩き込む。

 先程の戦いで正攻法では届かないと思い知らされ、相打ちを覚悟で臨んだ最後の賭けは見事にはまってくれた。

 後は瓦礫が滑落し切る前に、浮遊都市に戻ればリィンの勝ちなのだが、全てを出し切ったリィンはそこから一歩も動けなかった。

 そして――自分の前に立つ気配に寒気を感じながらリィンはゆっくりと顔を上げた。

 

「一つ……聞きたいことがあります」

 

 鎧の残骸を纏い、額から血を流しながらも聖女はまだ立っていた

 リィンはそれに驚くよりも、そんなボロボロのざまでも損なわれない美しさに思わず目を、意識を奪われる。

 

「…………何ですか?」

 

 どうやらまだ戦いは続いているのだと、リィンは浮遊都市に戻ることを諦め、虚勢を張って彼女の前に立つ。

 

「あの……私の闘気を奪う返しの技……あれは何という名の技ですか?」

 

「あれは……」

 

 言い淀むリィンに聖女は首を傾げる。

 

「八葉一刀流の技ではないのですか?」

 

「いや……元は伍の型《残月》なんですが……怒りません?」

 

「はい」

 

「あれは……思い付きで……即興で作った技で俺のオリジナルというか、行き当たりばったりで、技と呼ぶにもおこがましいものです……はい」

 

 異様に冴えていた戦闘中の思考が嘘のように鈍り、うまい言い訳をリィンはすることができなかった。

 自分の力では足りない。だから別のところから力を借りる。

 それこそ、敵の力を借りる技など思い付きとしてはひどい絵空事の技だろう。

 そんな適当な技を受けた聖女はお怒りになるかとリィンは首を竦めて彼女の言葉を待つが、かけられた言葉は穏やかな言葉だった。

 

「鏡火水月の太刀……というのはどうでしょうか?」

 

「…………え?」

 

「先程の技の名前です。どうでしょうか?」

 

 無表情のまま、聖女はリィンに有無を言わせないプレッシャーをかけてくる。

 

「いや……でも……あれは……」

 

「次に相まみえる時までにその技を完成させておくように」

 

「は、はい…………え、次?」

 

 押し切られて頷いたリィンは聖女の言葉に首を傾げると、その首根っこをネコを掴むように聖女に掴まれた。

 

「くっ……」

 

 気を抜いて油断していたリィンは――

 

「最後に一つ、リィン・シュバルツァー……貴方の勝ちです」

 

 そう宣言して聖女は抵抗するリィンをその剛腕で浮遊都市に投げ飛ばした。

 

 

 

 




《道化師》
「いやーすごい戦いだったね」

《劫炎》
「まさか、あそこまでヤル奴だと思わなかったぜ。見ているだけであんなにもアツくさせられたのは初めてだ」

《鋼の聖女》
「素晴らしい一時でした」

《怪盗紳士》
「……………」

《痩せ狼》
「……………」

《神速》
「あり得ませんわ。あり得ませんわ。あり得ませんわ」

《道化師》
「まさかあそこであんなことをするとは思わなかったね?」

《劫炎》
「だな。それにあの決め手になった技――」

《鋼の聖女》
「鏡火水月の太刀ですね?」

《道化師》
「へえ、そんな名前の技なんだ」

《劫炎》
「あれはやべえな……俺と相性最悪だ……ちっ……剣術か……気は乗らねえが少し齧ってみるか」

《鋼の聖女》
「おや、貴方がそんなことを言うなんて珍しい。よろしければ私が指南しましょうか?
 私も一から自分の《武》を見直したいと思っていたところですから、ちょうどいいですね……
 デュバリィ、そういうことですので当分鍛錬は自習にします。アイネスとエンネアの二人にもそう伝えておいてください」

《神速》
「マスターァァァァァァァッ!?」

《怪盗紳士》
「なんたる失態っ! 目先の輝きに目を奪われ、本当に見るべきものを見逃すなどっ! 私はっ! 私はっ!!」

《痩せ狼》
「…………くそっ……タバコがまずい……」





NGもしもあの時に――

「出でよっ! アルグレオンッ!」

「来いっ! ヴァリマールッ!」

『《リベル=アーク》の崩壊の危機を感知……
 危険因子を影の国へ隔離……最適なバトルフィールドを仮想化して顕現……《煌魔城》……設定完了……以上』

《道化師》
「ええっと……教授に代わって《福音計画》完遂をここに宣言させてもらうよ……
 それから《幻焔計画》も……その……達成されちゃった」

《蒼の深淵》
「…………え?」

《鉄血宰相》
「何だとっ!?」

《零の御子》
「ええっ!?」

《蒼の騎士》
「いよっしゃあぁぁぁぁっ!」



 追記
 被害報告:リベル=アークの公園区画の一部が完全に破壊される。
      破壊の原因は《劫炎》でも《聖女》でもなく、リィン・シュバルツァーでした。



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