(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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60話 出陣

 

 

 あの頃……

 俺はひたすらに迷い、焦り、自分自身に憤りと失望を感じていた。

 だけど帝国を離れリベールに来て変わることができた。

 

「リィン君……君は自分で思っているほど、危険な存在じゃないよ」

 

 自身も《闇》を抱えながら、不器用ながらも新しい道を歩き始めたヨシュア。

 

「あたしがリィン君くらいの歳の時なんて、リィン君よりずっと馬鹿なことしてたわよ」

 

 時には豪快に時には優しく見守ってくれたシェラザード。

 

「シュバルツァー……お前は……もう少し自信を持て、少なくても剣の腕前に関しては認めてやる」

 

 最初こそ罵倒されたが、後に認めてくれるようになったアガット。

 

「リィン君はすごいですね。私よりも年下なのにちゃんと自分と向き合って前に進めている。羨ましいです」

 

 質は違っても大きな力に悩み、答えを出したクローゼ。

 

「リィンさん、いろいろありがとうございました」

 

 ただ純粋な眼差しで接してくれたティータ。

 

「個人的には俺もリィン君とは是非とも手合わせしてみたいものだな」

 

 共和国人でありながら、分け隔てなく接してくれてアドバイスさえもくれたジン。

 多くの人達と出会い、色々な経験をした。

 

「受けてみよ、剣帝の一撃を……」

 

 圧倒的な剣技と力を持ってリィンに《鬼の力》を含めて敗北を味合わせた《剣帝》。

 

「私は勝ったよ……だから、リィン君も負けないで」

 

 《鬼の力》に人は決して負けたりしないと証明してくれた姉弟子のアネラス。

 

「…………わたしは……わたしの名前はアルティナ」

 

 共に過ごし、共に成長し、守ることができなかったアルティナ。

 

「リィン君は頑張ったんだね」

 

 絶望から救い上げ、人を好きになることを教えてくれたエステル。

 辛いこと、苦しいことは沢山あった。

 それでもリベールに来てよかったと胸を張って言える。

 それほどまでに眩しかったのだ

 青く瑞々しく全てが輝いていたような日々が。

 

 だがそれは――

 真実を告げる言葉で終わりを告げた。

 

「私はエレボニア皇帝ユーゲントが一子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールという」

 

 彼は堪え切れないと言わんばかりに真面目な顔を張り付けて名乗った。

 その瞬間、リィンの頭は走馬灯のようにこれまでの出来事が振り返る。

 

「うわああああああっ! 八葉一刀流・無手の型、破甲拳っ!!」

 

 リベールに入国した当日、一緒の牢屋に入れられた彼を全力でぶん殴った。

 

「ふっ……古来より眠れる姫君を起こすのは王子様の熱いキスと決まっているのをリィン君は知らないのかい?」

 

 初めて《剣帝》と戦い敗北した翌日。

 目覚めのキスをしようと迫った彼を全力でぶん殴った。

 

「言うねえリィン君。ボクが本当に皇子様だったら不敬罪だよ」

 

 皇子を騙ることは重罪だと。よりによって本人にしたり顔で語った。

 

「もうちょっとだけ覚悟を決めさせてくれるかな?」

 

 恐怖に震える彼をリベール第二位の酒豪に差し出した。

 

「ああ、我が愛しのリィン君。こんなところで君と出会えるなんてまさに運命――」

 

 声をかけてきた彼を無視して通り過ぎようとした。

 

「ヤメテ……しんじゃう……」

 

 二人の酒豪に囲まれ瀕死だった彼を我が身可愛さに置き去りにした。

 

「リィン・シュバルツァーとはお忍びの時に使う偽名でね……本当の名前は……オリヴァルト・ライゼ・アルノールという」

 

 彼に皇族を騙ることは重罪だと指摘しながらも、自分で騙ることになってしまった。

 

「すいませんでしたっ!」

 

 ふざけて自分のことを兄と呼ぼうとした彼に土下座させた。

 

「リィン君……いや、リン・シュバルツァー君……結婚しよう」

 

 人に女装させて求婚してきた彼をぶん殴った。

 

「アルティナ君に似合うのは、ずばりっ! この『ブラックバニーセット』っ!

 そしてジェニス王立学園指定のスクール水着と合わせる事でかわいさといけない背徳感を合わせた究極の美が完成される!」

 

 公衆の面前でアルティナを辱めようとした彼をそれこそ公衆の面前で正座させて説教をした。

 

「甘いですよ。オリビエさんの場合は常に最悪のケースを想定するべきです。あの人は必ずその少し斜め上を行きます!」

 

 彼のいないところで陰口も言った。

 

「あとオリビエさん五月蝿いです」

 

 わざわざ見舞いに来てくれた彼を邪険に扱った。

 

「ふふ……エリゼ君、ボクのことは是非ともお兄ちゃんと呼んでくれたまえ」

 

 義妹に触れようとした彼の手を叩き落とした。

 

「ふっ……甘いねリィン君。いつまでもボクが良い様に殴られてばかりだと――」

 

 出会い頭に問答無用で殴り、そして蹴り飛ばした。

 

「いざ楽園へっ!」

 

 エルモ温泉では彼を簀巻きにして木の上から吊るした。

 

「言い残すことはそれだけですか、オリビエさん?」

 

 アルティナに不埒なことをすると誤解して、本気の殺意をぶつけた。

 

「フッ……みんな感じてくれたようだね。ただ一つの真実……

 それは愛は永遠ということを。今風に言えば、ラブ・イズ・エターナル」

 

 衆人環視の中で飛び蹴りで川に蹴り落とした。

 

「オリビエさんの妹なんてどんな事故物件ですか。謹んで遠慮させていただきます」

 

 紹介すると言って来た妹、つまりは皇女殿下をあろうことか事故物件扱いもした。

 

「人の声音を使って変なこと言うんじゃない!」

 

 いたずらを仕掛けた彼をぶん殴った。

 

「破甲拳――破甲拳――破甲拳――破甲拳――破甲拳――破甲拳」

 

 とにかくぶん殴った。

 脳裏に駆け巡ったこれまでの不敬の数々に加えて先程の渾身の一撃。

 言い逃れできない程の無礼を働きまくった事実にリィンは滝のように冷や汗を流し、あの《道化》と同じことを敢行した。

 

「すいませんでしたっ!」

 

 相手に向かい正座した上で、手のひらを地に着け、額が地に着くまで伏せる。

 それは東方から伝わってきた最上級の謝罪法――土下座。

 

「これまでオリヴァルト皇子に働いた数々の無礼、伏してお詫び申し上げます」

 

「えっと……リィン君……?」

 

「自分にできることなら何でも致します。ここで首を切れと言われればその通りにします……

 図々しい願いだと分かっていますが、どうかそれをもってわたくしめの不始末をシュバルツァー家に類が及ばないよう伏してお願い申し上げます」

 

「いやいやリィン君。ボクはそんなことをするつもりはないから…………ん? 何でも?

 それはつまり、ボクがリィン君に頼めばこれからはリン君となってくれるのかな?」

 

「………………オリヴァルト皇子がそう望まれるのでしたら」

 

 どんな屈辱的な提案であってもリィンはそれを受け入れるしかない。

 ここで彼の機嫌を少しでも損なえば、それこそ自分の不始末をシュバルツァー家に背負わせてしまう。

 だからこそ、リィンは血を吐くような思いでオリヴァルト皇子の言葉を肯定する。

 

「…………ごくり……そ、それじゃあ――」

 

「オリビエ、それ以上言えば流石に俺も庇う気はないぞ」

 

「はは、何を言うんだいミュラー? エステル君やクローゼ君も怖い顔しちゃって」

 

「そういうのは良いから、リィン君にちゃんと言うことがあるんじゃない?」

 

「オリビエさん……もしそれを言ったらわたくしにも考えがありますよ」

 

 頭の上でエステルとクローゼの凄む声が聞こえてくる。

 

「ははは……リィン君、先程言った通り今までのことを咎めるつもりは全くないから顔を上げてくれないかい?」

 

「…………本当ですか?」

 

「もちろん、皇族の名において誓おうじゃないか」

 

 許しの言葉にリィンは顔を上げる。

 そこにはにこやかな、殴りたい笑顔を浮かべたオリビエの顔があった。

 

「ほら、立ちたまえ。せっかくのおめかししたというのに台無しじゃないか」

 

「オ、オリヴァルト皇子、やめてください」

 

 ズボンについた土を払おうとするオリビエからリィンは思わず距離を取る。

 

「ボクのことは今まで通りオリビエと呼んでくれたまえ」

 

「そんな畏れ多い」

 

「何を言っているんだい、君とボクとの仲なのだから遠慮することはないんだよ」

 

 先程まで、帝国軍の矢面に立って凛々しく振る舞っていたはずのオリヴァルト皇子はいつのものように馴れ馴れしく接してくる。

 リィンはミュラーに助けを求めるように視線を送るが、彼は顔をしかめて無駄だと言わんばかりに首を横に振った。

 

「……それならオリビエさん……どうしてこんなことをしたのかちゃんと説明してくれるですか?」

 

「どうしたもこうしたも、見た通りのまんまさ……

 帝国内で怪しげな陰謀が進行していたものだからね。ちょっと一芝居を売って出鼻を挫いてやったわけだ」

 

「一芝居って……」

 

「リィン君には以前にも言ったが、《ハーメルの悲劇》を繰り返すことをボクは許すつもりはない」

 

「……ッ……」

 

 今まで時折垣間見ていた真剣な眼差しを改めて向けられてリィンは息を飲む。

 

「帝国に戻って確信したよ……

 唐突過ぎる蒸気戦車の導入……そして不自然極まるタイミングでの出動命令……

 おそらく《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンは《身喰らう蛇》と通じている」

 

「ギリアス・オズボーン……」

 

 以前に王都で会った彼を思い出す。

 

「もし、それが本当ならオリビエさんはどうするつもりですか?」

 

「フフ……それを語るにはまず目の前の異変を解決してからにしよう」

 

 笑って答えをはぐらかすとオリビエは改めてリィンに尋ねる。

 

「さて、ボク達はこれからアルセイユに乗ってあの浮遊都市を目指すわけだが、君はどうする?」

 

 オリビエの真面目な言葉にリィンは一度目を伏せて、気持ちを切り替える。

 

「もちろん、皆さんが認めてくれるなら同行したいと思っています」

 

 帝国貴族の一人として立つために、すでに臨時の遊撃士のバッチは返上している。

 故に、同行を望むのはあくまでもリィン個人としての理由でしかない。

 

「申し訳ありませんが、俺の一番の目的は《結社》の船の方です……

 だけど、あの《輝く環》を何とかすることを疎かにするつもりはありません。ですから俺も同行させてもらえないでしょうか?」

 

 自分の考えを正直に伝えてリィンはクローゼ達に頭を下げる。

 《輝く環》が引き起こしている導力停止現象がもたらした異変の被害は各地を回ったリィンもよく分かっている。

 しかし、それよりも重要なことがある。

 それはリィンにとって決して譲ることのできない《根拠》だった。

 

「……頭を上げてください。リィン君」

 

 クローゼの言葉にリィンは顔を上げる。

 

「これまで私たちはリィン君にたくさん助けてもらいました……

 これ以上、リベールの問題にリィン君を巻き込んでいいのかと思いますが、あの子のことが気掛かりなのは私たちも同じです」

 

「そうだな。俺も遊撃士とはいえ、あそこにいるヴァルターは個人的にも決着を着けなければならない相手だ……

 そういう意味では俺も遊撃士の使命ではない理由で、アルセイユに乗せてもらうようなものだ」

 

「それを言ったらあたしも二人と同じよ。あそこにはあたしが確かめなくちゃいけない真実がある……

 もちろん私情よりも事件の解決が最優先だけど、あたしもできるならもう一度姉さんと会いたいと思っているわ」

 

 無視できない私情があるとリィンの主張をジンとシェラザードが肯定する。

 

「気にし過ぎだ……

 ジンやシェラザード程じゃねえが、他の奴等も大なり小なりの因縁が奴等にはできてんだ。お前が納得できるように動けばいいだろ」

 

「あう……わたしは一緒に行っても足手まといにしかなれないかもしれませんけど……でもわたしもレンちゃんと話したいです」

 

 アガットはむしろそれで構わないと頷き、ティータはむしろ自分こそ同行するに相応しくないと言いながらもそれでもと主張する。

 

「そうよ。むしろリィン君が来てくれるなら頼もしいわよね、ヨシュア」

 

「うん……今更リィン君の力が足りないだなんて思っている人はここにはいないし、それにリィン君のこれまでの功績を考えればそれくらいの我儘を言う資格は十分あると思うよ」

 

 さらにはエステルとヨシュアも認める。

 

「ボク達はもちろん異論はないよ」

 

「ああ、元より我々は客人扱いなのだから異論を挟むつもりはない」

 

 オリビエとミュラーも頷き、それをまとめるようにクローゼが締めくくる。

 

「リィン君、こちらからもお願いします。この異変を解決するために貴方の力を貸してください」

 

「はい」

 

 クローゼの言葉にリィンは力強く頷いた。

 そして――

 

「ところでリィン君、もしもの話なんですが……

 早まったことを考えてしまったら、いつでも相談してください。リベールはリィン君と御家族を受け入れることはできますから」

 

「おおっとクローゼ君っ! ボクの愛しのリィン君に何てことを!?」

 

「フフフ……あまりひどいことをしていたらリィン君に愛想を尽かされてしまいますよ」

 

「ははは、ボクとリィン君の間の愛は不滅だよ。ねえリィン君?」

 

「ノーコメントでお願いします」

 

 オリビエとの愛を肯定するつもりはないが、正直クローゼの申し出はもの凄く心惹かれるものがある。

 だが、それを口にしてしまえば色々とまずいだろう。

 リィンは自分が原因で王国と帝国が戦争など冗談でも聞きたくなかった。

 

 

 

 

 

 アルセイユに乗り込むとそこには王国軍の軍人とは別にリィンの見知った人たちが出迎えた。

 《零力場発生装置》をアルセイユに取り付けたラッセル博士。

 《輝く環》の正体が浮遊都市そのものではないことを知らせたケビン神父。

 この二人の同行は予想していたが、もう一人リィンが良く知る人がそこにはいた。

 

「アネラスさん、どうしてここに?」

 

「実は昨日、ギルドにカシウスさんから連絡があってね……

 ハーケン門に帝国が進行しているって聞いて、それからアルセイユで浮遊都市に行くとも聞いたから急いできたんだ」

 

「でも、いいんですか? 地上だって疎かにするわけにはいかないですよね?」

 

「うん。そこら辺は先輩たちがむしろ行って来いって言ってくれたから……

 アルティナちゃんのことが気になっているのは弟君だけじゃないんだよ……

 先輩たちもあの時、何もできなかったことを後悔しているんだかからね」

 

「アネラスさん……」

 

「サラさんが援軍に来てくれて人数的には余裕ができたから、地上のことは安心して任せてくれとクルツ先輩たちからの伝言です……

 そして不肖、アネラス・エルフィードはこれよりエステルちゃんのチームに参加させてもらいに来ました」

 

 何とも頼もしい援軍だが、もう一人すでに我が物顔で彼はそこにいた。

 

「何でいるんですかレクターさん?」

 

「はは、おかしなことを言うなシュバルツァー? 俺は誇り高き帝国人の一人、オリヴァルト皇子が戦場に馳せ参じると言うのなら俺も一緒に赴き、剣となり盾となるのが帝国人の役目というもの」

 

 白々しい口上を述べる彼の手にはオーバルカメラが握られている。

 

「そのカメラは何ですか?」

 

「もちろん超帝国人――んんっ! オリヴァルト皇子の勇士を記録するためのものさ」

 

 臆面もなくそう言い切るレクターにリィンは白い目を向け――

 

「ふっ!」

 

「甘いっ!」

 

 カメラを奪おうとしたリィンの手をレクターは軽やかに躱す。

 

「二人とも、それくらいにして座席に着いてください」

 

 二人の攻防はクローゼが溜息を交じりに叱るまで続いた。

 

 

 

 

 カシウスとモルガン、そしてゼクスの三人に見送られてアルセイユは飛び立つ。

 向かう先は《導力停止現象》の原因となっているヴァレリア湖上空に浮かぶ浮遊都市。

 その行く手を阻むように《結社》の高速艇が立ち塞がる。

 五隻の高速艇の内、三隻を撃ち落とし、残りの二隻をスペックの差で置き去りにする。

 初撃を躱した安堵も束の間に、雲を突き破って現れた《紅の方舟》グロリアスのその巨大さからなる無数の砲台、さらにはミサイルに追い立てられたものの何とか振り切り《結社》から先行する形で浮遊都市に辿り着くことができた。

 しかし、着陸をしようとしたアルセイユは黒いドラギオンに乗った男の炎の一撃を受けて墜落した。

 

 

 

 

 

 


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