(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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閃ⅣのPVを見て最初に思ったこと。
クロウ、状況は違いますが終わっちまった相手に足踏みしていた奴等のリーダーだった上にまだ弔い合戦を諦めてないあんたが言って良い言葉じゃないと思いました。しかもその相手がミリアムだとしたら、本人の意思ではなかったとはいえその片棒を担がされていたのだからなおさらに。




56話 道化の軌跡

「いいかシュバルツァー、遅滞戦闘の肝は相手にもう少しで倒せると思わせることだ」

 

 林道を歩きながらリィンはランドルフの説明に耳を傾ける。

 

「俺とお前だけでも奴等を蹂躙することは簡単だ。だが、門番を倒したところで中で待機している奴等に人質を利用されたら意味がない。これは分かるな」

 

「はい」

 

「だから俺達はあいつらを引き付けるにあたって重要なのは全力で敵を倒すことじゃねえ、どんなにお前が速く動けても学園に散らばっている全員を一瞬で倒すことはできないからな」

 

「言われなくても分かっています」

 

「だろうな……

 で、肝心の戦闘の仕方だが難しく考える必要はない。要は駆け引きだ」

 

「駆け引き……」

 

「お前さんはこれまで全力を絞り出しての戦いばかりだっただろうが、今回は逆に手加減をする……

 だが、これは格上と戦うためにも有効な戦術だ……

 相手の攻撃を見切って紙一重で躱すことも重要だが、その躱し方一つで相手を自分の意のままに動かすことだってできるんだぜ」

 

「そんなことができるんですか?」

 

「例えば、そうだな……息が上がっている相手と息を乱していない相手ならどっちが攻め易い?」

 

「それは当然、息が上がっている相手ですよね?」

 

「そうだな。だが息を乱すなんて演技でも簡単にできるよな? つまりそういうことだ」

 

 なるほどとリィンはランドルフの言葉に頷く。

 簡単な例だが、それは何も呼吸だけのことではない。

 

「まあ、わざとらしくやって気付かれれば逆に付け込まれるが、それも駆け引きだ」

 

「いきなりそんなことを言われても……」

 

「気楽にやればいいだろ。幸いここに格上はいないんだから、いくらでも試せ……

 それじゃあまあ手本を見せてやるぜ。おおおおおっ!」

 

 ランドルフは突然雄叫びを上げて駆け出した。

 奇襲のチャンスを声を出して台無しにしたランドルフはハルバートを振り被り、校門の前に配置されていた大型機械兵器に斬りかかる。

 ハルバートが装甲を叩いた音が大きく合図の様に響き渡って、中にいた強化猟兵達が一拍遅れてリィン達の存在に気が付く。

 

「ちっ、もう勘付いたのか!?」

 

「見ろ! リィン・シュバルツァーがいるぞ! あいつをやればいい点数稼ぎになるぞっ!」

 

 校門の内側から強化猟兵達が騒ぎ始める。

 リィンもランドルフに遅れて駆け出し、機械兵に一撃を当てる。

 

「ちっ! 下がれシュバルツァーッ! こいつら思っていたよりも硬いぞっ!」

 

 ランドルフが苦渋に顔をしかめて叫ぶ。

 

「逃がすなっ! 追えっ!」

 

「奴らはここで俺たちの手柄にするんだっ!」

 

 機械兵を前面に押し出し強化猟兵達がその背後について進行してくる。

 

「くっ……近付けねぇ……」

 

 苦し気に呻くランドルフにそんなことはないだろうとリィンは言いたくなるのをぐっと堪える。

 集中しすぎている弾幕に機械兵を盾にしているからこそできる死角。

 付け入る隙はいくらでもあるが、リィンは最初の目的を思い出しながら、戦う。

 

「俺が切り開きます」

 

「待てシュバルツァー」

 

 焦った様子を演じてリィンはランドルフの制止を振り切り突撃する。

 弾幕を掻い潜り、大仰に振り下ろした一撃は機械兵の盾に阻まれる。

 

「っ……」

 

「今だ撃てっ!」

 

 動きが止まったリィンに強化猟兵達が一斉に銃口を向けてくる。

 遅い反応。

 強化猟兵達が叫んでいる内にすでにリィンは次の行動に移れるようになっていた。

 その気になれば、《疾風》で蹴散らすことは簡単だった。

 が、リィンはあえて後退する。

 

「くそっ!」

 

 自分を追い駆けてくる銃弾を必死の形相で逃げ回る様にしてランドルフの位置にまで後退する。

 

「くくく、良い演技するじゃねえか」

 

「貴方の真似をしているだけですよ」

 

 小声で声をかけてくるランドルフにリィンは肩を竦めながら答える。

 人を騙すのは忍びないが、それをやった効果はあった。

 敵は気を良くしたのか、校門の守りを固めるのではなく攻め手に転じて進攻してくる。

 

「よし、今の調子で迎撃ラインまで下がるぞ」

 

「はい」

 

 頷いてリィンは攻めあぐねるようにしながら少しずつ時間を掛けて機械兵とそれに従属する猟兵達を校門から引き離す。

 そして十分に校門から距離が取ったところで――

 

「よし、後は頼むぜ」

 

「ああ、任された」

 

「が、がんばります」

 

 カルナのアサルトライフルとティータのガトリング砲が火を吹いて機械兵たちを瞬く間にハチの巣にしていく。

 

「火薬式の銃火器だとっ!? 骨董品を持ち出しやがってっ!」

 

「くそっ……下がれ、校門の防衛ラインまで退却――」

 

「残念、ここはもう制圧済みだよ」

 

「観念するんだな」

 

 茂みを回り込み、最低限の人数しか残っていなかった校門はすでにシャーリィと銀の二人によって制圧されていた。

 機械兵を撃破され、孤立した強化猟兵達はあっさりと鎮圧された。

 

 

 

 

 校門を制圧したと同時に正面の校舎からエステル達が出てくる。

 

「エステルさんっ!」

 

「リィン君、そっちはもう大丈夫なの!?」

 

「はい。外にいた強化猟兵達のほとんどは排除できたはずです」

 

「中にいた猟兵達はみんな無力化したはずなんだけど――」

 

「いや~~~~っ!」

 

「今の声!」

 

「この方向は……学園の裏手からだ」

 

「リストの残りは一人……ちっ、早く追い駆けるぞ」

 

「急ぎましょうっ!」

 

 その背を見送ろうとして、カルナが叫ぶ。

 

「リィン、こっちはもう十分だ。君はエステル達の援護に向かってくれ」

 

「カルナさん……ですが……」

 

 リィンが囮役になったのはまだ完全な信用ができない銀や星座の二人に人質の救出という重要な役割を任せられない上で彼女たちの監視の意味もある。

 

「彼らは十分に働いてくれている。この場で裏切るような真似はしないだろう」

 

 周辺の警戒や残敵の掃討を指示される前に実行して、遊撃士のやり方も考慮して一人も殺していない。

 そんな彼らの姿勢をカルナは認めた。

 

「分かりました。三人とも、以降はカルナさんの指示に従ってください」

 

 そう言ってリィンはエステル達の後を追い駆けて旧校舎へと辿り着く。

 そこではギルバートが女子生徒にナイフを突きつけていた。

 リィンは旧校舎に入らずに、太刀を少しだけ抜いて鯉口を鳴らす。

 それに反応したのはエステルを除いた三人。

 彼らはギルバートと会話をしながらも、足元で靴を鳴らしてリィンの存在に気付いたことを示す。

 リィンはそれを確認してから旧校舎の二階へと侵入し、物陰に隠れてホールに戻る。

 

「ああ、クローゼ君のことか。そういえば拘束した生徒の中には見かけなかったような……………………え゛」

 

「そういう事。灯台でもクローゼ、細剣を使っていたでしょ?」

 

「そういえば…………い、いやッ! ここまでやったのに無駄足だったなんて事は……」

 

「うーん……現実逃避を始めましたねぇ」

 

「はっ……無様だな」

 

「だ、黙れッ! どの道、人質を取っている以上、僕が有利なのは同じことだッ! 傷を付けられたくなかったら全員、すぐに武装解除しろッ!」

 

「…………エステル。言われた通りにしよう」

 

 ギルバートの要求にヨシュアが率先して従い双剣を床に置く。

 

「ヨシュア?」

 

「はは、そうだ。早く言う通りに――」

 

 その瞬間、リィンは駆け出した。

 

「へ……?」

 

 突き付けられたナイフを持つ腕を遠ざけるように掴み上げ、人質との間に割り込むように背中で彼女を押し出す。

 バランスを崩し前のめりに転びそうになった女生徒をすかさずヨシュアが駆け寄って抱き留める。

 

「お、お前は――」

 

「八葉一刀流、無手の型。破甲拳」

 

 腕を取ったまま、リィンはギルバートの腹に拳を叩き込む。

 

「ぐふっ!?」

 

 くの字に体を折り曲げて、ギルバートは泡を吹いてその場に倒れた。

 

「リィン君!?」

 

 いきなり現れたリィンに気付いてなかったエステルが驚く。

 

「助かったよ弟君」

 

「一撃か……流石だなシュバルツァー」

 

「え……え……?」

 

 当然のように受け入れるアネラスとアガットにいっそうエステルは困惑する。

 

「えっと、カルナさんに援軍に行くように言われたんです。人質を盾にされていたようなので、合図を出してから二階から回り込んだんです」

 

「そうなんだ……ともかくありがとうリィン君」

 

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 と、そこでリィンは悪寒を感じた。

 

「それじゃあ……お仕置きの時間だね」

 

 そう呟いて近付いてくるアネラスの顔にリィンは身震いする。

 

「お、落ち着いてください。アネラスさん」

 

 倒れたギルバートを押さえつけているため、その顔を正面から見ることになったリィンは叫ぶようにアネラスを宥める。

 

「フフフ、おかしなことを言うね弟君……私はすっごく落ち着いているよ」

 

「ア、アネラスさん……?」

 

「おい……いきなりどうした?」

 

「えっと……この人は以前、ぬいぐるみに爆弾を仕掛けてアネラスさんの目の前で使ったんです」

 

 要点だけ伝えると、豹変したアネラスに戸惑っていたエステルとアガットは納得がいったとばかりに頷く。

 

「アネラスさんの前でなんて命知らずなことを……」

 

「ま、同情の余地はないな。だがアネラス、喋れるようにはしておけよ」

 

「分かってますよアガット先輩。ちょっとだけ痛い目に――」

 

『力が欲しいかい、ギルバート君』

 

 突然、旧校舎のホールに少年の声が響いた。

 

「この声はカンパネルラ」

 

 いち早くヨシュアが声の正体に気が付くが、当の少年の姿は何処にも見えない。

 

『もう一度聞くよ、力が欲しいかい? 君が本当に望むのなら上げようじゃないか。君だけの特別な力を』

 

「僕は……僕は……」

 

「ちっ、シュバルツァー黙らせろ」

 

 アガットの言葉にリィンはギルバートの口を塞ごうと手を伸ばし――

 

「力が欲しいですっ!」

 

 その瞬間、ギルバートを中心に炎が渦巻きリィンを弾き飛ばす。

 

「くっ……」

 

 リィンはたたらを踏んで、ギルバートと向き直り、次の瞬間それは旧校舎の天井を突き破って現れた。

 

「こいつ……蒼いトロイメライッ!? どうしてここに!?」

 

『《環の守護者》トロイメライのデータを基に《結社》が開発した新型の巨大機械人形ドラギオン……それじゃあギルバート君、頑張ってね』

 

 声はそれを最後に聞こえなくなる。

 そして、いつの間にか当のギルバートは内部にある操縦席に乗り込んでいた。

 

「ククク、どうやら形勢逆転のようだな」

 

 機体の中から彼の勝ち誇った声が鳴り響く。

 

「どうだっ! これが僕が結社で手に入れた力だ。さあ、ひれ伏すが良い」

 

「往生際の悪い……言っておくけど、あたしたちはそれと同じものを前にぶっ倒しているんだからねっ!」

 

「ふ……減らず口を……良いだろう。まずはお前から踏み潰してやるっ!」

 

 蒼のドラギオンはギルバートの意気込んだ声と共に大きく足を踏み出して――踏み出し過ぎてバランスを崩した。

 

「あ、あれ……?」

 

「へ……?」

 

 傾いた機体は頭からホールの壁面に突っ込んだ。

 

「まずい崩れるぞっ!」

 

 その衝撃が伝播して旧校舎全体が揺れる。

 エステル達はすぐに外に出ると、直後にホールは崩落し、大量の石材が倒れたドラギオンに降り注ぐ。

 

「……………………えっと……」

 

 崩落が落ち着いた瓦礫の山の中でドラギオンはぴくりとも動かない。

 何とも言えない空気がそこに満ちる。

 

「どうしようか……?」

 

「俺に聞かれてもな……」

 

「何というか……本当に向いていない人だね」

 

「天罰が下ったんだよ」

 

「ははは……」

 

 それぞれが居たたまれない感想を口にしたところでそれは聞こえて来た。

 

「搭乗者の意識レベル低下……機体のダメージレベル3……MODE:完全殲滅を起動します」

 

「げ……まさか……」

 

 その電子音にエステルは顔をしかめて振り返った瞬間、ドラギオンは瓦礫を押し退けて立て上がった。

 

「これより殲滅行動を開始する」

 

 腕に展開されたレーザークローがエステルに振り下ろされる。

 

「おおおおおおっ!」

 

 その腕をリィンは横から太刀を叩き付け、逸らす。

 

「リィン君!?」

 

「下がってください。俺が時間を稼ぎます」

 

 体に神気を纏わせ、白髪化してリィンは一方的に言ってドラギオンに斬りかかる。

 人を超えた膂力から繰り出した一撃がドラギオンを大きく後退させ、本校舎から距離を取らせる。

 そして、リィンは乱雑に振り回されたレーザークローを掻い潜り、森の中へと走る。

 

「こっちだっ! ついて来いっ!」

 

 その言葉を理解したのか、それともリィンを最大の脅威として認識したのか、正面のエステル達を無視してドラギオンは方向転換してリィンを追い駆け始めた。

 どんな武器を搭載しているか分からない巨大機械人形を民間人がいる本校舎の近く暴れさせるわけにはいかない。

 散漫な攻撃を繰り返し、リィンは逃げに徹する。

 

『ねえ、あれを使わないのかい?』

 

 不意に先程と同じように何処からともなくカンパネルラの声が聞こえてくる。

 

「あれ……?」

 

『君が契約した巨いなる力の一端のことさ。その存在を確かめたくてギルバート君にあれを上げたんだけど……

 フフフ、何だか思っていたよりもずっと面白いことになっちゃったね』

 

 後半の言葉を無視してリィンは考える。

 カンパネルラが言った巨いなる力の一端とは、結社の拠点でゴスペルを介して契約を交わした灰の騎神ヴァリマールのことなのは明白だった。

 だが、彼の存在との繋がりを意識してみても、それはリィンの呼び声には答えない。

 単純に距離があるせいなのか、無理な影の展開によって故障してしまったのか、理由は分からないが騎神を呼び出すことは不可能だった。

 それを馬鹿正直に敵に伝えていいものか迷う。

 

「…………あの程度の相手には必要ないが、もし使えたとしたらどうするつもりだ?」

 

『そうなったら、君の存在が計画の大きな障害になるのは間違いないから相応の対処をさせてもらうことになるかな……

 例えば……そうだね。聖女様に援軍に来てもらおうかな?』

 

「聖女……アリアンロードさんか……」

 

 彼女の姿。そして受けた槍の一閃を思い出してリィンは体を震わせる。

 

「生憎だが、騎神は何かの不備が呼び出すことはできない」

 

『へえ、そうなんだ。それはそれで少し残念だけど。仕方ないか』

 

「満足したなら、こいつを止めて欲しんだけど?」

 

『それはちょっと無理かな。僕が操作しているわけじゃないし、完全に暴走しているから……

 止めるには完全に破壊するしかないけど、騎神のない君にそれができるのかな?』

 

「それなら問題はない」

 

 そう言葉を返して、ドラギオンの最大出力を放出してきた必殺技をリィンは距離を取って空振りにさせる。

 そして、その技の反動で止まるドラギオンに――

 

「奥義・太極輪っ!」

 

「秘技・幻影奇襲っ!」

 

 エステルとヨシュアが連続攻撃を繰り出してドラギオンの足を破壊する。

 

「デススコルピオンッ!」

 

「あはははははははっ!」

 

 崩れ落ちたドラギオンに黒い闘気を纏ったランドルフと、シャーリィが襲い掛かる。

 ランドルフの一撃がドラギオンの腕を肩からもぎ取り、シャーリィは剣が折れる程の一撃を叩き付け亀裂が入った装甲に強化猟兵から奪った導力ライフルをねじ込み内部に弾丸を叩き込む。

 そして、闘気を練ったリィンが太刀を抜く。

 

「終の太刀、暁」

 

 七つの斬撃がその胴体を斬り刻み、ドラギオンは崩れ落ちた。

 

『ははは……お見事』

 

 コンビネーションで圧倒した戦術にカンパネルラは賞賛の声を響かせる。

 しかし――

 

「くそっ! いったい何が!? 動け僕はまだ戦える!」

 

 無力化したドラギオンからギルバートの往生際の悪い声が聞こえてくる。

 

「諦めが悪いわよギルバート! 観念してそこから出て来なさい!」

 

 エステルがそんな彼に向かって大きな声で言い返す。

 

「うるさい! 僕はエリートなんだ! お前たちに負けるなんてあり得ないんだ!」

 

 ガンガンと癇癪を起して暴れる音が声と共にスピーカーから聞こえてくる。

 そんなギルバートの小物ぶりにリィンは溜息を吐いて――

 

「自爆装置を起動します」

 

 何かを叩いた音に続いてドラギオンからそんな電子音声が流れた。

 

「…………へ?」

 

「あ、あんですってぇ!?」

 

 ギルバートの間の抜けた声がもれ、エステルが叫ぶ。

 

「カウントダウン開始します。五…………四…………」

 

「ギルバートッ! 早くそこから――」

 

「ダメだエステル。そんな時間はないっ!」

 

 短いカウントダウンにも関わらず、エステルはドラギオンに駆け寄るがヨシュアはそれを止め、エステルを抱えて無理矢理離脱する。

 リィンも後ろ髪を引かれる思いを感じながらもたった五秒では何もできないと判断してその場から離れる。

 

「……二…………一…………ゼロ」

 

 カウントダウンが終わった瞬間、ドラギオンは爆発四散した。

 

「ああ……」

 

「くっ……」

 

 この爆発の中心に取り残されたギルバートがどうなったのか、想像するのは簡単だった。しかし――

 

「うあああああああああああああっ!」

 

 間の抜けた悲鳴は上から聞こえてきた。

 爆風に吹き飛ばされたギルバートは放物線を描いて飛んできたかと思うと、リィン達の目の前にバウンドして転がった。

 

「う……うーん……」

 

 目を回しているギルバートに一同は言葉を失う。

 

「生きてる……?」

 

「うん。何故か生きてるね……」

 

 呆然としたエステルの呟きに同じく呆然とヨシュアが頷く。

 ところどころ爆風を受けて装備は焼け焦げているが、本人に至っては重大な怪我は何故か見当たらなかった。

 

「あははは、これはちょっと予想外だったなぁ」

 

 その声は今までのように朧気なものではなく、はっきりと耳に聞こえて来た。

 そして、ギルバートを中心に炎が躍り、彼とリィン達を隔てるようにカンパネルラが現れる。

 

「あ、あんた……」

 

「……道化師カンパネルラか」

 

「ウフフ、ごきげんよう。君たちが学園に突入するあたりから見物させてもらったけど……いや~、これが面白いの何のって!」

 

「面白いって……」

 

「それはもうギルバート君の道化ぶりときたら……もしかして僕の二つ名を返上した方がいいのかな?」

 

「知らないわよそんなの……それよりも何で学園を襲わせたのよ?」

 

「僕は王家の姫を攫えなんて命令はしていなかったんだけどね……

 教授ならそう命令していたかもしれないから、言われる前に行動するのはあながち間違っていないかもしれないね。だけど失敗していたら意味ないと思わない?」

 

「それは……」

 

「でも、リィン君の騎神の状況を確かめる機会を作ってくれたから、今回の失敗は大目に見て上げようかな」

 

 カンパネルラが指を鳴らすと、炎が意識のないギルバートを包み込み持ち上げる。

 そして、カンパネルラの周囲にも同じ炎が現れる。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「逃げる気か!?」

 

「あはは、まあ今回は、申し訳なかったと謝っておくよ。今後、《結社》がこの学園に手出しすることはないと誓おう……

 それでは皆様――お騒がせさま」

 

 そう言うと、炎は一際大きくなってカンパネルラとギルバートを飲み込んで姿を消した。

 こうして強化猟兵達による学園占領事件は幕を閉じた。

 王国軍の部隊が到着した頃には学園の内外にいた猟兵達は撤退していた後であり、おそらくはドラギオンを相手にしていた時にカンパネルラが拘束していた彼らを解放していたのだろう。

 

 

 




 おまけ
 その頃の帝国

「やれやれ……蒸気機関による戦車を開発していたとは、まるでこの状況を知っていたと言わんばかりだね」

「そして、不自然なタイミングでの出撃命令とは、宰相閣下は本気でこれを口実にリベールに進攻するつもりなのか?」

「さて、巷ではあれがリベールが開発した新兵器だと噂されているようだが」

「もしそうだったとしても噂話の広がり方が早過ぎる……
 防衛ラインの構築はともかく進行に三日で準備が整うはずがないっ! 叔父上はいったい何を考えているんだ!?」

「まあまあ、落ち着きたまえミュラー……
 その宰相閣下の野望を阻止するためにボク達はここにいるんだから」

 そこで扉がノックされた音が響く。

「皇子殿下。夜分遅くに失礼いたします」

「やあ、レクター。どうしたのかな?」

「実は折り入って、この度のリベールへの進行について皇子殿下に御同行願いたく馳せ参じました」

「ほう……」

「つきましては皇子殿下が持っているはずの《対導力停止現象無効装置》を貸していただきたく存じます」

「やれやれ、宰相閣下はボクの動きは全てお見通しというわけか」

 もしもの時を考えてカシウスから渡されていた《零力場発生装置》を取り出してオリビエは唸る。
 まだ最終調整は済んでいないが、然るべき技術者に任せれば起動できるそれはオリビエにとって切り札でもあるが、同時にリベールと通じている証拠でもある。
 この時点でレクターが牽制しに来たということは、すでに対策を済ませているということだろう。
 鉄血宰相を甘く見ていたつもりはないが、あっさりと上を行かれたことにオリビエは肩をすくめる。

「いえ、これは私の独断です」

「おや?」

 しかし、レクターは宰相の使いではないと否定した。

「私がその装置を使いたい理由。それはオーバルカメラを使いたいからです……
 超帝国人の――ではなく、オリヴァルト皇子の晴れ姿を一帝国市民として記録しなければならないと使命感によるものです。どうか私にオリヴァルト皇子の企みに一枚噛ませていただけませんか?」

「なるほど……確かに超帝国人――ではなくエレボニア帝国の長子たるボクの初めての外交の記録を残すことは重要な仕事だね。うん」

「ええ、それはもう超帝国人の――ではなくオリヴァルト皇子の決定的瞬間を余すことなく記録するのは重要極まりない任務です」

「それでは、君にこの《零力場発生装置》を託すとしよう……
 是非、超帝国人の――いや、ボクの晴れ舞台を形に残してくれたまえ」

「その《要請》確かに承りました」

「ははは……」

「ふふふ……」

「「ハッハッハッハッ!」」

「…………すまん。シュバルツァー」

 楽し気に笑い合う二人にミュラーは遠い地に残った少年に思わず謝った。
 運命の時がすぐそこまで近付いていることをリィンはまだ知らない。


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