(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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51話 二人の八葉 ―剣聖編―

 

 

「ここ、は……」

 

 目を覚ましたリィンはぼんやりとした頭で呟き、身体を起こす。

 

「俺は、一体……たしか、今まで……戦って……」

 

「あ……目が覚めましたかリィン君」

 

 そんなリィンにすぐ横から声が掛けられて。

 

「クローゼさん? どうしてここに?」

 

 リィンが起きたことに安堵の表情を浮かべたクローゼはそのままリィンの疑問に応える。

 

「覚えていませんか? 昨日、黒い傀儡に抱えられて飛んで来たのを?」

 

「あ……」

 

 フラッシュバックするようにリィンの脳裏にあの時の光景が蘇る。

 

「状況の簡単な説明とアネラスさんを指すコンパスをエステルさんに渡した後で糸が切れたように気絶してしまったんですが――」

 

「アルティナはっ!? アルティナはどう――」

 

 クローゼの言葉を遮って叫んだリィンは全身に走った痛みに身を強張らせる。

 

「ぐっ――」

 

「大丈夫ですかリィン君?」

 

 特に痛むのは斬り落とされた左腕。

 と考えてリィンは首を振る。

 自分の左腕はちゃんとあるし感覚もある。斬られたのは騎神の腕であり自分のものではない。

 

「大丈夫です。それよりあれからどうなったんですか?」

 

 焦るリィンの顔にクローゼは顔を曇らせる。

 

「先程、アネラスさん達を連れてケビン神父達が戻ってきました」

 

「アネラスさん達……」

 

 言われて、薄情なことに遅れて彼女たちも置き去りにしていたことを思い出す。

 

「よかった……それじゃあアルティナも一緒なんですか?」

 

 安堵したリィンの言葉にクローゼは目を伏せ、返答を躊躇う。

 その素振りにリィンは安堵した息を飲む。

 

「リィン君、落ち着いて聞いてください……

 アルティナちゃんはそのアジトにいなかったようです。それから《結社》にエステルさんが攫われてしまいました」

 

「なっ!?」

 

 声を上げてリィンは詰め寄ろうとしたが、寸でのところで堪えることができた。

 クローゼもまたリィンと同じように思い詰めたような顔をしていたからだ。

 

「安心してください。あのコンパスのオーブメントはエステルさんが持っていますからアネラスさんが持っていたものを使って、今シェラザードさん達が軍に協力を仰いぐように動いていますから」

 

 不安に震える手を隠し、気丈に振る舞うクローゼにリィンは自分の衝動をなんとか治める。

 

「大丈夫ですよクローゼさん」

 

「え……?」

 

「《結社》は目的があって行動している集団です。外道ばかりの集まりですが、エステルさんを殺すつもりならわざわざ攫ったりはしないはずです……だから……大丈夫ですよ」

 

 自分にも言い聞かせるようにリィンは彼女の頭に手を伸ばし、慰めるように撫でる。

 エステルを攫ったこと。アルティナを置き去りにしなかったのはまだ利用価値があるとも考えられる。

 そこに一縷の希望の見出して、リィンは疼く焔を宥める。

 そこにはもう焔を抑え込むための聖痕はなくなり、別の何かに変貌していた。

 

 

 

 

 川蝉亭の食堂は昼間とは思えない重い空気に満ちていた。

 

「あっ! 弟君、目が覚めたんだ」

 

 そこで治療を受けていたアネラスは入って来たリィンを目ざとく見つけて駆け寄ってくる。

 

「よかった……アネラスさん達は無事なんですね」

 

 話には聞いていたが、彼女の元気な姿を見られてリィンは安堵する。

 彼女の他にもクルツやグラッツ、カルナもそこにいる。しかし、やはりアルティナの姿はなかった。

 そして、シェラザード達の中にエステルの姿もなかった。

 

「リィン君、すまないっ!」

 

「えっ……ってクルツさん!?」

 

 手当を受けていたクルツは気が付くとリィンの目の前に来て、土下座した。

 

「私たちが不甲斐ないばかりにこんな事態を招いてしまい、本当に申し訳ないっ!」

 

「いや……そんな……

 頭を上げてくださいクルツさん。そういう意味では俺も教授という人物を侮っていました」

 

 さらに言えば慢心もあったのだろう。

 これまでの四つの試練を曲がりなりにも潜り抜けてきたから、今回も大丈夫だと根拠のない自信に付け入られたとも言える。

 

「ともかくリィン君。昨日は簡単にしか聞けなかったが、何があったのか改めて説明してもらえるかな?」

 

 土下座を続けるクルツを立つように促して、オリビエが一旦情報をまとめようと提案する。

 

「そうですね――」

 

 リィン自身の記憶は朧気だが、ここに運び込まれた時に話せたことは多くないようだった。

 胸の中の焔が話すたびに騒めくのをリィンは宥めながら話す。

 教授について、アルティナを預けた目的、これまでの与えられた試練。

 そして、ゴスペルと自分と契約した騎神の存在。

 

「おそらく《空の至宝》は存在します。ゴスペルはそれに繋がっている端末なんだと思います」

 

「ちょっと待ってくれるかしら?」

 

 説明がそこまで行くと、理解し切れなかったのかシェラザードが待ったをかけた。

 

「何か途中からよく分からないものが出て来たけど、騎神って何? もしかして王都の地下にいたトロイメライみたいなもの?」

 

「そうですね……俺も全部をちゃんと理解しているわけではないんですが、物としてはそれやパテル=マテルのような機械の人形です……

 由来は《空の至宝》ではなく、帝国にある至宝みたいですが」

 

「ふむ、もしかして帝国に伝わる巨大な騎士の伝承のことかな?」

 

「知ってるのオリビエ?」

 

「中世――かの《暗黒時代》から帝国各地に伝わる言い伝えでね……

 戦乱の世に《焔と共に輝き甲冑をまといし巨大な騎士》が現れて、戦を平定する……

 地域によっては異なるがそんな言い伝えが帝国各地には存在しているんだよ。リィン君の話から推察するとゴスペルを使ってその正体と契約したことになるのだが……」

 

「何かまずいの?」

 

「一説によると獅子戦役の時に帝国の中興の祖、ドライケルス大帝が率いていたという説もある……

 かの巨人がもしそうならばリィン君はドライケルス大帝の《力》を継ぐ者となるわけだ……

 これはもしかして……玉の輿のチャンス?」

 

「何を言っているんですか?」

 

 いつもの調子を取り戻したようなオリビエの物言いにリィンは呆れる。

 

「事の重要さを分かっていないようだねリィン君……

 もしその力が本物であり、大帝にまつわるものだとすれば、それを受け継いだリィン君はまさに皇位継承権を得たと同じ事じゃないかい?」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「だが、名誉なことには変わりないよ……ああ、リィン君が名実ともに高貴な血筋になってしまうとは……

 ボクはこれからどんな顔をしてリィン君と接すればいいんだろうか?」

 

「それならまず奇行や変態行動を慎んでください」

 

「おや、ボクはこれまで一度もそんなことをした覚えはないのだが……

 はっ、つまりは有りのままのボクでいいということかね? 流石リィン君。ボクと君との間にある《愛》の前には身分の差など――」

 

「破甲拳」

 

「おっとリィン君。病み上がりなんだから――」

 

「破甲拳――破甲拳」

 

「あ……やめ……ああっ!」

 

「破甲拳――破甲拳――破甲拳」

 

 後ろへ後ろへと距離を取って躱すオリビエを壁際まで追い詰めて三発、その腹に拳を叩き込む。

 

「あ……ありがとうございました」

 

 腹を押さえオリビエはそんなことを言い残し崩れ落ちた。

 

「ハハハ、何をやっているんだか……」

 

 そんなオリビエを見てジンは声を上げて笑うと、それに釣られるようにみんな苦笑いを浮かべ重く淀んでいた空気が晴れる。

 

「あの、リィンさん聞いてもいいですか!?」

 

 手を上げてティータが尋ねる。

 

「その騎神っていうのはリィンさんを抱えていた黒い傀儡のことなんですか?」

 

「黒い傀儡…………いや、あれは戦術殻と言って《結社》が作ったものだ」

 

「それじゃあ、その騎神ってどこにあるんですか!? 巨人って言うからレンちゃんのパテル=マテルみたいに大きいんですか?」

 

「えっと……大きさはパテル=マテルの半分くらいだったな……

 どこにあるかって言われても、分からないとしか答えられないな」

 

「え……どうしてですか? リィンさんはその《起動者》になってその騎神に乗ったんですよね?」

 

「乗ったことは乗ったんだけど……

 今回は本物が現れたんじゃなくて、その影ともいうべき存在がゴスペルを通して現れたんだ」

 

「それはもしかしてルーアンで《怪盗紳士》が実験していたものでしょうか?」

 

「はい」

 

 クローゼの補足にリィンは頷く。

 

「もっと言うなら、《空の至宝》は俺の戦術オーブメントのクォーツを作り変えて、その騎神の影を召喚するアーツをその場で作ったんです」

 

 リィンは《鬼の力》のベースにして作り出したマスタークォーツをみんなに見せる。

 赤と黒が混ざった色だったそれは今では灰色の結晶となっていた。

 

「なので本物がどこにあるのかはちょっと分からないな……

 何となく繋がっている感覚はあるんだけど、帝国の方としか分からないな」

 

「そっか……」

 

 ティータはがっかりと肩を落としたかと思うと、次の瞬間にはリィンに詰め寄っていた。

 

「あのあのリィンさん、その騎神が見つかったらわたしにも見せてください」

 

「えっと……」

 

「ダメですか?」

 

 涙目で訴えるティータにリィンは困る。

 助け船を求めて保護者――アガットに視線を送るが、彼は無駄だと言わんばかりに首を横に振った。

 

「とりあえずその話は落ち着いたら改めてしよう」

 

「あう~分かりました」

 

 肩を落として残念そうにするティータに罪悪感を感じるが、どこにあるかも分からない騎神の存在について約束できることではなかった。

 

「そういえば、古代遺物ならケビン神父の回収の対象なんじゃないか?」

 

「え……そうなんですか?」

 

 ジンの言葉にリィンはケビンに向き直る。

 

「まあ、確かに俺ら《星杯騎士団》の仕事は古代遺物の調査・管理・回収やな……

 稼働するアーティファクトを個人で勝手に所有することは教会によって禁じられとる」

 

「フッ、しかし場合によってはアーティファクトの個人所有も許されることもあるんだよ」

 

 ケビンの説明に復活したオリビエが口を挟む。

 

「よく知っていますなぁ……まあ今回のリィン君のケースはかなり特殊なケースやし実物がないから何も言わないけど、一度アルテリア法国に来て欲しいかな?」

 

「それも状況が落ち着いたら改めて考えさせてください」

 

「…………ま、そうやな。急いで決めることじゃないか……

 リィン君、それはそうとその教授がリィン君に付けた《刻印》を後で確認させてもらえるかな?

 新米のオレがどうこうできるかは分からへんけど、少しくらい抑制はできると思うから」

 

「そうですか? それじゃあ…………いえ、今はいいです」

 

 頷きかけたリィンは違和感を感じてケビンの申し出を遠慮する。

 

「いや、でも――」

 

「今のところ実害はありません。むしろ焔を封じていた壁のような存在はなくなっています。だから大丈夫ですよ」

 

「…………リィン君がそう言うならええけど、何かおかしなものを感じたらすぐに言ってくれな」

 

「ええ」

 

 ケビンの気遣う言葉にリィンは頷く。

 そして彼と入れ替わるようにそれまで黙っていたアガットが話しかけてきた。

 

「おい、シュバルツァー。俺を殴れ」

 

「え……? いきなり何を言い出すんですかアガットさん?」

 

「前にお前に難癖をつけて突っかかった貸しがあるが、それとは別だ……

 俺じゃくてもクルツでもグラッツでも構わねえ、とにかく一発殴れ」

 

「意味が分からないんですけど」

 

「あーそのつまりだな」

 

 バツが悪そうにアガットは頭を掻いて言葉を探す。

 

「お前が自分を責める気持ちは分かる……

 八つ当たりでも良いから、少しは吐き出せ。傍から見ていて痛々しいというか……」

 

「昔の自分を思い出して居たたまれない?」

 

「ば――そんなんじゃねえっ!」

 

 言い淀む言葉を代弁したシェラザードをアガットは声を上げて否定する。

 そんな様子にシェラザードは苦笑する。

 

「馬鹿ねえ。こういう時は飲むに限るのよ。すいません、果実酒を一本もらえるかしら」

 

「おい、この後軍の奴らと会うのに酒なんて飲んでんじゃねえよ」

 

「何言ってるの、一本くらい空けたって酔ったりしないわよ」

 

「はは、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。まだアルティナは生きてるはずですから」

 

「いや、お前――」

 

 アガットが何かを言いかけるが、外から飛行艇の音が響きそれを掻き消した。

 

「どうやら軍の人達が来たみたいですね」

 

 窓の外、着陸態勢に入っている二機の飛行艇を見てリィンは呟く。

 一つはコンパスを使ってエステルを捜索する組にシェラザードにジンやケビンが同行し、もう一つの飛行艇は負傷者の回収とリィンが手に入れたゴスペルと黒の戦術殻を調べるために分かれることになった。

 リィンは前者への同行を望んだが、満場一致で後方送りにされるのだった。

 

 

 

 

「てっきりツァイスに行くと思っていたんですけど王都なんですね?」

 

 怪我人の搬送が終わるのを見送ったリィンは軍用の発着場から見える王宮を見上げて呟く。

 ゴスペルと戦術殻の解析を考えれば工房都市へ行くのかと思いきや、連れて来られた先は意外なことに王都グランセルだった。

 

「はい。今ラッセル博士には少し前からアルセイユの改修を行ってもらうために今は王都に来てもらっていたそうです……

 でも、リィン君。本当によかったんですかアネラスさん達と一緒に治療を受けなくて」

 

「大丈夫ですよ。俺はアネラスさん達と違って暗示を掛けられたわけじゃないですから、それに状況の説明をする人は必要ですよね?」

 

 取り残されたアネラス達はあの後、暗示を受けて救出にきたエステル達を迎え撃つ尖兵として利用された。

 その暗示は人に限界以上の力を引き出すものでもあり、対峙したエステル達も彼女たちを無力化させるために随分と痛めつけてしまったらしい。

 川蝉亭では平気そうにしていたが、当分は療養が必要だと診断された。

 

「そう言ってもらえると助かるな」

 

 リィンの言葉に応える声が背後からかけられる。

 

「カシウスさん」

 

「久しぶりだなリィン君……姫様たちも無事なようで何よりだ」

 

 カシウスは朗らかな笑顔でリィン達を出迎える。が、彼の手には何故か棒があった。

 

「すいませんでした。俺がもっとしっかりしていれば、エステルさんを攫わせることになってしまって」

 

「いや謝るのなら俺の方だ……

 《結社》の行動を読み間違え、君を危険な目に合わせてしまった。それにアルティナちゃんも――」

 

「アルティナなら大丈夫ですよ。教授にとっては俺の《刻印》を《聖痕》にするのならアルティナの存在は必要なはずです……

 だからきっと生かされているはずです」

 

「ふむ……」

 

 リィンの言葉にカシウスは眉をひそめる。

 

「時にリィン君、この後の事なのだが」

 

「はい。俺は――」

 

「君はもう国へ帰るといい」

 

「…………え……?」

 

 いきなりのカシウスの言葉を理解できず、リィンは固まる。

 

「確かオリビエ殿はそろそろ帰国する予定でしたな?」

 

「ええ、川蝉亭でのバカンスが終わったらエステル君たちにお別れを言うつもりだったんだけどね」

 

「では、リィン君のことを頼めますかね?」

 

「ええ、任されましょう」

 

「待ってくださいっ!」

 

 勝手にそうすることを決めるカシウスとオリビエにリィンは声を荒げる。

 

「勝手なことを言わないでください。俺はまだリベールでやることがあるから帰れません」

 

「そのやることとはアルティナちゃんを《結社》から取り戻すことかね?」

 

「そうですっ!」

 

「諦めろ」

 

 カシウスは短い言葉でリィンの意志を切って捨てた。

 

「《結社》の君への目的が明確になった以上、君をこれ以上戦わせるわけにはいかない」

 

「どうしてですかっ!?」

 

「どうしてか……それは君が一番よく分かっているはずだ」

 

「……何のことか分かりません」

 

「私としても、君を親御さんから預かっている以上、死地に突撃する無謀は止める義務がある」

 

「死ぬつもりはありません」

 

「だろうな。だが、今のリィン君に《結社》との戦いに協力してもらっても足手まといだ」

 

「……お言葉ですが、俺はあれから力を付けました。今回は遅れを取りましたが、次は必ず奴らを斬ってみせます」

 

 リィンは努めて冷静にカシウスに言い返す。

 カシウスはそんなリィンの物言いにやれやれと肩をすくめる。

 

「実力の問題じゃない。理由はリィン君が抱えている《欺瞞》だ」

 

「っ……」

 

「はっきり言わないと分からないのなら、言わせてもらう」

 

「――ろ……」

 

「リィン君も理解しているはずだ……

 その時の状況と、与えられた情報を照らし合わせて考えれば、もう手遅れだと」

 

「……やめろ……」

 

「アルティナちゃんはもう――」

 

「ダマレッ!」

 

 体から箍が外れたような尋常ではない陰の気が溢れ、呼吸をするように自然に、そして一瞬でリィンは変身し、踏み出した。

 一瞬でカシウスとの間合いを詰め、刃を返すことを忘れて太刀を抜き放つ。

 それを待ち構えていたカシウスは棒で振り抜かれた凶刃を難なく叩き落として、リィンが目を背ける事実を突きつける。

 

「彼女はもう死んでいる」

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

 抑え込まれた太刀を力任せに振る。

 

「その時の状況と、彼女が戦術殻とやらを本来使えない身であったことを考えれば彼女の生存は絶望的ではない、もう確定している」

 

「ダマレダマレダマレッ!」

 

 《鬼の力》を乗せた斬撃を苦もなく防ぎながら、カシウスは言葉を続ける。

 

「教授があの子の亡骸を持ち帰ったのは、それでもまだ利用価値があるからだ……

 死体を晒し物にするか。それとももう一人のアルティナにあの子を演じさせるか。最悪の手段を考えればキリはない」

 

 激情に駆られながらもリィンは体に染みついた技を次々に繰り出す。

 《紅葉斬り》、《孤影斬》、《疾風》、《焔の太刀》そして《暁》。

 その全てをカシウスは棒で受け切る。

 

「あの子の死を突き付けた程度で簡単に我を忘れ暴走する未熟者など、足手まといどころか邪魔にしかならん」

 

 そう言い切ってカシウスはリィンを強く押し返して、距離を取らせる。

 

「理由は以上だ。それでも意地を通すと言うのなら俺に勝ってみせろ」

 

 棒を構えるカシウスの闘気にあてられてリィンはわずかに怯む。

 その怯みを逃さず、カシウスはリィンよりも速く踏み込み、棒から繰り出された連続突きがリィンを滅多打ちにする。

 

「ぐっ……」

 

 大きく後ろに弾き飛ばされたリィンにカシウスは畳み掛けるように迫る。

 

「《残月》」

 

「甘い」

 

 納刀から抜刀を一瞬でこなしたリィンをあざ笑う様に、カシウスは突進の進路を変えてリィンの太刀を空振りさせて棒を薙ぐ。

 

「どうしたその程度か!? 《剣帝》の本当の実力はこんなものではないぞっ!」

 

「ウルサイッ!」

 

「憎悪で剣を振るのは結構だ。その怒りは彼女が君にとって大切だからこその正しき怒り……

 だが、それに飲み込まれ感情で剣を振るなどとは言語道断だ!」

 

「アンタニナニガワカルッ!?」

 

 目の前の手の届くところにいた。

 最初から見た目などに惑わされず、それこそ本質を見極め、割り切ってオライオンを斬れていればそもそもあんなことにならなかった。

 それでなくても自分がもっと強ければ、あの場で全てを皆殺しにできていた。

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

 リィンは吠えさらに力を引き出す。

 

「やれやれ……無茶をする」

 

 際限なく力を求めるリィンの姿にカシウスは自分が爆発させたとはいえ、肩をすくめる。

 

「やはりこのままでは少しきついか」

 

 そう呟くとカシウスは戦術オーブメントを取り出して操作する。同時に呼気を溜め込み、自分を高める戦技を使いながらそれを叫ぶ。

 

「《神気合一》」

 

 複製されたマスタークォーツによる疑似的な《鬼の力》がカシウスを強化する。

 見た目こそ変化はないが、彼の戦技と相まって尋常ではない覇気を周囲に撒き散らす。

 

「さあ、来いっ!」

 

 一片も揺るがない精神を持って、巨大な力を飲み込んだカシウスは箍の外れたリィンに一歩も引かずにその凶刃を受け止める。

 

「お前と彼女が繋いだ絆は確かなものだったのだろう……

 だからこそ、そこまで自分を追い込んで責めるのだろうが、自分の身を削るような復讐をあの子が望むとでも思うのか?」

 

 一合を交わす度にカシウスはリィンに言葉をぶつける。

 リィンはただカシウスを黙らせるために必死に太刀を振り続ける。

 カシウスの百裂撃がリィンを滅多打ちにする。

 カシウスの雷光撃がリィンを地に叩き付ける。

 カシウスの裂甲断がリィンを吹き飛ばす。

 どれだけ打ちのめされてもリィンは立ち上がり、そして――

 

「おおっ!」

 

 炎を纏った棒の一撃がリィンの太刀を捉えた。

 最高の強度を誇るはずのゼムリアストーンの太刀はこれまでの酷使してきたこともあってか、その一撃に耐え切れず折れ飛んだ。

 

「あ……」

 

 太刀が折れたと同時にリィンの中の何かが折れ、膝から力が抜ける。

 

「…………もう眠れ、君はこれまでよくやってくれた。今君に必要なのは休息だ」

 

 そんなリィンにカシウスは引導を渡すように棒を振り上げて――機能を停止していたはずの黒の戦術殻が割って入り、その一撃を受け止めた。

 

「む……?」

 

「あ……」

 

 ただでさえ半壊していた戦術殻はその一撃に耐え切れず、バラバラに砕け散る。

 アルティナの仇だったはずなのにその姿にリィンは胸が空くこともなく、呆然と砕けた戦術殻を見下ろす。

 

「y―ha―k」

 

 戦術殻はノイズ交じりの言葉を作り、砕けた腕をリィンに向かって差し出す。

 

「何だよそれ……何がしたいんだよお前は……」

 

 リィンはただ呆然と誘われるがまま、差し出された腕に触れ――それは起きる。

 戦術殻が光に包まれ、同時にリィンの手には懐かしいとさえ思える温もりが触れる。

 それに触れることでリィンは否応なく思い知らされる。

 

「もう……本当にいないんだな……」

 

 戦術殻に残ったアルティナの命令、とも言える意志に触れてリィンは受け入れることができなかったそれを受け止める。

 そして、最後に彼女が伝えたかった言葉を知る。

 

「アルティナは……もう……」

 

 光が治まると共に、リィンは黒髪に戻っていた。

 

「さて、これはどうしたものか?」

 

 想定外の出来事にカシウスは追い打ちをするのではなく、リィンに言葉を掛ける。

 その言葉にリィンは冷静に言葉を返す。

 

「…………カシウスさんの気持ちは分かりました。でも、俺はここで退くことはできません」

 

 戦術殻が姿を変えた太刀を手にリィンは立ち上がる。

 

「例え、この先でまた傷付くことになったとしても、ここで逃げたらそれこそあの子に顔向けできない」

 

「それは復讐を遂げるということかな?」

 

 リィンはその問いに首を横に振る。

 

「確かに白面を生かしておくのは害悪でしかないと思います……

 でも、アルティナを利用するならすればいい、どんな形であってもあの子にもう一度会わないといけない。例えもう手遅れだったとしても今ここで諦めることはできません」

 

「そうか……意志は固いようだな……」

 

 カシウスは目を伏せ、リィンの言葉を受け入れる。

 《欺瞞》の晴れた眼差しにこれ以上の問答は無粋だろう。

 

「ならばリィンよ。俺から言えることは一つだけだ」

 

「……はい」

 

 リィンはゼムリアストーンの太刀と寸分違わない新たな太刀を構えて頷く。

 カシウスは棒を回し、闘気を高めてリィンに突き付けて構えを取る。

 

「この先に進む力を俺に勝って示して見せろ……以上だ」

 

「はいっ!」

 

 頷くと共にリィンは駆け出した。

 それをカシウスは迎え撃つ。

 リィンが下から太刀を振り上げる。

 カシウスが上から棒を叩き込む。

 交差は一瞬、二人はすれ違い背中合わせに残心する。

 

「……ふっ……見事だ……」

 

 棒を半ばから両断されたカシウスはその結果に満足したように笑みを浮かべる。

 

「《理》には至れたようだな?」

 

 振り返って賞賛するカシウスにリィンは首を振って否定する。

 

「いえ、そんな大層なものは見えてません……ただ、《剣聖》や《修羅》が何なのか少しだけ分かった気がします」

 

「ほう……ちなみにどんな答に至ったのか聞かせてもらえるかな?」

 

「両方ともただの言葉です」

 

「そうか……ただの言葉か……ククク……」

 

 リィンの答えにカシウスは堪え切れないといった様子で笑いを押し殺す。

 

「まさか至らずにそこに行きつくとは……良いだろう。この戦い、お前の気が済むように動けばいい……そしてこれをお前に授けよう」

 

 そう言ってカシウスが取り出したのは一本の巻物だった。

 

「俺が老師から授かった《無にして螺旋》の型の目録だ……

 おそらく老師は君に別の型を授けるつもりだろうが、その上で俺の型を飲み込み昇華させてみろ」

 

「カシウスさん……いえ……」

 

 差し出された巻物にリィンは一度首を振ってから、彼の前に膝を着いて頭を垂れる。

 

「はい……有難うございます。師兄」

 

 

 

 





それぞれの一言。

オリビエ
「カ、カシウスさんが超王国人になった!?」

ティータ
「マスタークォーツの量産に成功してたなんて、お爺ちゃん黙ってるなんてひどい……」

クローゼ
「皆さん、そんなことを言ってる場合じゃ……」

リィン
「………………グラン=シャリネ十本分の太刀がっ!」

カシウス
「まあ、その何だ……武器はいつか壊れるものだ。うん……すまん……」


おまけ
オズボーン
「ほう、あの剣聖と戦って太刀を折られたか……まあ戦いの場においての事、とやかく言うまい……
 ふむ……《空の至宝》の力により帝国の巨人伝説の正体となる《灰の騎神》と契約を交わした…………んんっ……?
 …………あの失敗作の魂により、《理》の外にある《根源たる虚無の剣》が錬成された……
 …………どうしてこうなった……?」


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