王都グランセル支部遊撃士ギルド。
「失礼します」
「リィン君。お待ちしていました」
リィン達三人をエルナンが迎えたが、そこにいたのは彼だけではなかった。
「やあ、女王生誕祭以来だねリィン君アルティナちゃん……アネラス君とは訓練所以来だね」
「よう、しばらく見ない間に随分とたくましくなったな……いやマジで」
「話には聞いていたが、相当な相手と戦っていたみたいだな」
エルナンの他にリィン達を迎えたのはクルツにグラッツとカルナ。
リベールのベテラン遊撃士達だった。
「先輩たち、戻っていたんですか?」
彼らの出迎えにアネラスは嬉しそうに声を上げる。
「皆さんは確か上級者向けの訓練をするということで訓練所に残っていたんですよね?」
リィンの質問にクルツが首肯する。
「ああ、私は一度不覚を取ってしまったからね、心身ともに鍛え直させてもらった……
すまなかったね。リィン君、君に我々の不在を任せる形になってしまって」
「いえ、俺にもリベールに留まる理由はありましたから気にしないでください」
真面目に頭を下げるクルツにリィンは恐縮する。
「そう言ってもらえると、助かるな……それはともかく――」
クルツは挨拶をそこそこにしてリィンを受付に促す。
「話は聞いています。リィン君、早速で申し訳ありませんが手紙を拝見してもよろしいですか?」
「はい」
エルナンの言葉にリィンは頷いて、《赤い星座》との戦いが終わった翌日にロレント支部に届けられた手紙を取り出した。
エルナンはそれを受け取ると、中身をみんなに聞こえるように読み上げる。
「よくぞ試練を乗り越えた……
君の健闘を祝して我らの拠点へと招待しよう。迎えの者を送るので王都で待つといい……以上です」
読み終えたエルナンがそう締めくくるとグラッツが舌打ちをした。
「ちっ……こっちがアジト探しに奔走しているって時に舐めた真似してくれるじゃねえか」
「試練のことといい、あまりいい性格をしている相手ではないのは間違いないわね」
「それとも、我々遊撃士など敵とは思われていないか……何にしても侮られているということなのだろう」
さらにカルナとクルツも顔をしかめて感想をもらす。
「何だかすいません」
そんな三人にリィンは思わず頭を下げる。
結社の拠点を探すのにリベールを巡っていた彼らの苦労をこんな形で台無しにしてしまって申し訳なくなる。
「リィン君が謝ることではないですよ。それに試練が終わった時にはこうなる可能性はすでにカシウス准将が予測されていました」
「やれやれ流石はカシウスさんと言ったところか」
「ええ、ですのでこのようなオーブメントを用意しておきました」
エルナンがそう言って出したのは方位を見るための二つのコンパスだった。
「エルナンさん、これは?」
「一見すればただのコンパスですが、これは針が北を指すものではなく互いを指し示すものです……
この片方をリィン君に持っていただいておけば、もう片方のオーブメントが指す針を辿って結社の拠点を見つけ出すことができるということです」
「なるほど……」
結社の迎え方次第だが、おそらくはリィンとアルティナだけ。
移動の手段にもよるが、リィンには分からないような最低限の用意はされるだろう。
だが、これがあれば後からアネラス達が追跡することができることになる。
「ところで結社の案内人らしき人物は来ているんですか?」
「いえ、まだそれらしい人物は現れていません」
「そうですか……」
エルナンの言葉にリィンは少しだけ考えて、
「それなら申し訳ないですが、今日は遊撃士の仕事を休ませてもらってもいいですか?」
「弟君?」
「すいません。時間が空いたなら魔獣調査に向かうべきなのかもしれないですが、四つの試練が終わって少し疲れが出たみたいで」
そう言いながら実際は言う程疲れていないリィンは目配せでアルティナを見る。
それで一同は納得し、エルナンが代表してリィンの提案に頷く。
「ええ、ロレントから街道を歩いてきてもらいましたし、これまでのリィン君の仕事振りから考えても全く問題ありません……
調査はクルツさん達に行ってもらうことにしますので、リィン君は結社からの迎えが来るまでしっかりと英気を養ってください」
「ありがとうございます」
要求を受け入れてくれたことにリィンが頭を下げる。
「そういえば、あれからボースの事件の進展はありましたか?」
「古代竜の話ですね。それなら安心してください……
軍の捕獲作戦は失敗したものの、その後に霧降りの峡谷の奥地で古竜を発見……
アガットさんがラッセル博士の発明を用いてゴスペルを破壊したおかげで操られていた古竜は正気を取り戻し事件は解決したそうです」
「そうですか……」
「でも、ボースマーケットやラヴェンヌ村の果樹園が酷い被害を受けたんですよね? みんな大丈夫かな……」
リィンと同じくそれを聞いて安堵したアネラスは顔見知り達の安否を心配する。
「不幸中の幸いですが、怪我人こそ多いようですが死者はいなかったそうです……
結社の《剣帝》がうまく古竜を操って不必要な被害を抑えていたそうです……
それに操られていたとはいえ、被害の謝罪としてその古竜から一千万ミラ相当の金耀石の結晶をそれぞれに頂けたようなので復興作業も心配いらないでしょう」
「二つ合わせて二千万ミラ…………四十本分……」
「弟君、何言ってるの?」
「え……あ、何でもありません」
思わず金額をあるものと比較して考えてしまった。
変な思考をリィンは頭を振って追い出す。
「とにかくボースの事件が解決したのなら一安心ですね」
「ええ。ですがこれで結社の実験も五つの地方でそれぞれ行われたわけになります……
今回のリィン君の招待を切っ掛けにこちら側からも仕掛けたいところですね」
「分かりました。それではこのオーブメントは俺が預かっておきます」
「はい、お願いします……
あ、そういえばリィン君。話は変わるんですが」
そう前置きをしてエルナンは続ける。
「先日、リベールとエレボニア、カルバードの三国で不戦条約が締結されたのは御存知かと思います」
「はい……確か俺たちがロレントにいる間に調印式が行われていたはずですよね、それが何か?」
「実は古代竜の出現により、飛行艇の使用が昨日まで制限されていました」
「それは当然の配慮かと思います」
帝国、共和国の大使が乗ったそれぞれの飛行艇が古竜に襲われでもしたら不戦条約どころか国家間戦争の切っ掛けになりかねない。
「それで正式に事件解決の通達もあり、両国の大使は今日帰国するんですが、帝国側の大使が鉄血宰相ギリアス・オズボーン氏だったんです」
「え……?」
突然出てきた名前にリィンは間の抜けた声を返してから、腰に差している太刀に視線を下ろす。
以前に《西風の旅団》を退けたという功績の下で皇族の名の下に下賜されたゼムリアストーンの太刀。
その事情を知っているエルナンはリィンに尋ねる。
「先方は特に何も言ってきていませんでしたが、どうしますか?
今から約束を取り付けることは難しいかもしれませんが、リィン君にその気があるのなら大使館に連絡を取ってみますが?」
「お願いします」
エルナンの提案にリィンは即答を返した。
一度感謝の言葉は手紙にして送ったことがあるが、それでも直接会って礼を言うのが筋だろう。
帝国に戻った時にと考えていたが、機会があるのなら是非もない提案だった。
「分かりました」
エルナンは頷いて背後の導力通信を操作する。
「そういえばリィンの太刀はその宰相さんからもらったんだよな?」
「ええ、武術大会の前にオリヴァルト皇子の親書と一緒に」
グラッツの言葉にリィンは頷く。
「良い太刀だよね……いいな。私もいつかこんな業物を持ちたいな」
「確かそいつは500万ミラの太刀だよな……
竜といい、宰相といい、気前が良過ぎるだろ。正直羨ましいぜ」
「二人とも、気持ちは分かるがそれくらいにしておきたまえ、リィン君が困っているだろ」
羨望の眼差しを向けるアネラスとグラッツをクルツがたしなめる。
「あたしは得物が導力銃だからそこまで高価な武器には興味はないけど、そんなに違うもんなのかね?」
「そうですね……
俺が以前に使っていた太刀やアネラスさんのお古と比べてしまえば、雲泥の差ですね……
前の太刀を悪く言うつもりはありませんが、この太刀でなければここまで戦い抜くことはできなかったと思います」
クーデター事件の時の《剣帝》との戦いを始め、もしこの太刀がなければ試練の度に太刀を折られていたかもしれない。
改めてこれまでの戦いを振り返り、この太刀をくれた鉄血宰相にリィンは感謝する。
「…………そうですか、分かりました……それではこれから伺わせていただきますのでよろしくお願いします」
リィン達が話をしていると、エルナンが通信を終わらせてリィン達に向き直った。
「エルナンさん、もしかして?」
「ええ、会ってくれるそうです。ただ出立の時間があるのであまり時間はないので今から大使館に行っていただけますか?」
「分かりました」
リィンはそう頷いてから、アルティナに向き直る。
「ちょっと行ってくるからアルティナはここで待っていてくれるか?」
「わたしも同行しますが?」
リィンの申し出にアルティナは首を傾げる。
「流石に帝国の皇帝に次ぐ権力者の人に会うわけだから、そのな……」
子連れで帝国No.2の人物に会いに行くわけにはいかないだろう。
人柄も伝え聞く程度の事しか知らないので、宮廷作法は覚えているリィンはともかくアルティナが思わぬ無礼をしてしまうことも考えられる。
「じー」
「大丈夫だって、お礼を言うだけだからすぐに戻る。それまでアネラスさんと一緒に買い物でもしてくるといい」
言いながらリィンはお小遣いを渡す。
「こんなもので誤魔化せると?」
無表情の目がさらに非難するように細められる。
「えっと……」
リィンは目を逸らしてアネラスに助け舟を求める。しかし――
「そうだよね……ロレントではシグムントのおじさんとばっかりで全然構ってくれなかったもんねー」
「ア、アネラスさん?」
「弟君が猟兵みたいな戦い方をするし、はぁ……これが反抗期って奴なのかな」
「いや、あの戦い方はシグムントさんからの要求と課題だったんですよ。ランディさん以外の相手は太刀を抜かないで倒せって」
「だからってあれはやり過ぎじゃないかな? 特にあの女の子にやったこととか」
「本人は何故か嬉しそうに気絶していましたけど。その後も随分と懐かれた様子でしたが」
アネラスとアルティナの冷ややかな目にリィンは居たたまれなくなる。
「…………な、何をすればいいんですか?」
「うーん……そういえば弟君が作ったアイスを久しぶりに食べたいな」
「でしたらわたしはリーンのパンケーキを所望します」
「分かりました。戻ったらちゃんと作りますから、それで勘弁してください」
どうやら思っていた以上に、前回の猟兵との戦いで二人に心労をかけてしまったようだった。
これまでの経験を昇華させることと、新たな技を試行錯誤する時間は楽しい一時でもあったが、リィンは猟兵になりたいわけではない。
時にはああいう戦い方も必要になる時があるかもしれないが、自重することをリィンは決意する。
「ふふ……二人とも、それくらいにしてあげてください」
やったーと歓声を上げるアネラスと無表情のまま彼女と手を叩くアルティナを微笑ましく笑いエルナンが仲裁に入る。
「それじゃあ弟君、気をつけてね」
「早い帰りを待っています」
そう二人に見送られてリィンは彼女たちの背後のグラッツ達の生温かい眼差しに気恥ずかしいものを感じながらも帝国大使館へと向かった。
「くくく……猟兵に鍛えられておっかない戦い方をしたって聞いていたけど、全然大丈夫そうだな」
ボースで過ごしていた時となんら変わらないやり取りにグラッツは笑いを堪える。
「むしろその猟兵との戦いで自信を得たのかもしれないな。以前にはなかった精神的な落ち着きが根付いている。頼もしい限りだ」
クルツもまたリィンの所作から感じられる成長に安堵する。
「とはいえ、年下を頼ってばかりはいられないからね。エルナン、今の段階で分かっている執行者の戦闘スタイルとか教えてもらえる?」
カルナはエルナンに尋ねると、すぐにそれをまとめた資料が差し出された。
「えっと……私は……」
「アネラスは後でいい。今はアルティナちゃんと買い物でもしてくればいい」
その申し出にアネラスは少し迷ってから頷いた。
「分かりました。それじゃあ行こうかアルティナちゃん」
「はい」
*
「全く……あいつはよりにもよって古竜退治にまで首を突っ込んでいたとは」
「まあ、今回は成り行きだったはずですから、大目に見て上げてください。住民の避難とか慰撫とかで珍しくあの人の歌とかも役に立ったみたいですから」
帝国大使館の中、ミュラーの先導について歩くリィンは先日の古竜の事件にオリビエも混ざっていたことを報告するとミュラーは険しい顔をして頭を押さえた。
「それに男爵家の自分も結社関連のことではオリビエさんのことをとやかく言えませんから」
「君とあいつでは事情が全く違うのだがな……しかし……」
「何ですか? やっぱりこの格好のまま宰相閣下にお会いするのはまずいでしょうか?」
「いや、格好のことは急な話だったから閣下も気にはしないだろう……
あの時から一週間あまりしか経っていないはずだが、また随分と成長したようだな。機会があれば一度手合わせをしたいものだ」
「そう言ってもらえるのは光栄です」
「それはそうとリィン君、あのことについてはくれぐれも口にしないように」
「っ……はい。分かっています」
あのこと。
ミュラーがそう釘を刺す事柄は考えるまでもなく、ハーメルのことだろう。
これから会う人物は帝国の宰相。
彼がその地位を授かったのがそれこそ、十年前の事件の後なのだから直接的な関りがあるとは思えないが、知らないはずがない。
真実は気になるが、安易に触れて良いことではない。
「今日、お会いする理由はこの太刀のお礼を言うためですから、余計なことはしません……
というよりも、余計なことを考えている余裕はないかもしれません」
これから会う帝国宰相ギリアス・オズボーンは言うなればエレボニア帝国の政府代表。
象徴として一番上に存在する皇族のすぐ下に位置している地位の存在。
平民出身のようだが、もはやそんなことは無関係な天上人に会うことにリィンは遅まきながらも緊張する。
「まあ、そこまで肩肘を張る必要はないだろう……
不戦条約は無事に締結し、古竜に足止めをされて帝都への帰還は遅れてしまったが、幸い閣下の機嫌は悪くない様子だった。安心するといい」
「はい……」
唾を飲み込みながらリィンは頷く。
もっともそれで緊張がほぐれたわけではないが、それを指摘することなくミュラーは苦笑して振り返った。
「こちらの部屋で宰相閣下が御待ちだ。君ならば大丈夫だと思うがくれぐれも失礼がないように」
「はい……案内ありがとうございます」
リィンは深呼吸をして覚悟を決める。
それを見て、ミュラーは扉を叩きその向こうへと声をかける。
「ミュラー・ヴァンダールです。宰相閣下、リィン・シュバルツァーをお連れしました」
「入れ」
扉の向こうから厳格で重い男性の声がそれに応える。
ミュラーは扉を開けて、リィンに道を譲る。
「ようこそ、エレボニア帝国大使館へ……
私は帝国政府代表、ギリアス・オズボーンだ。《鉄血宰相》という名前の方が通りがいいだろうがな」
そう名乗った中年の男性の立ち姿にリィンは圧倒されて唾を飲む。
「お初にお目にかかります――」
頭を下げたリィンはその言葉に違和感を感じて言葉を止めた。
胸が疼く。
今までにない焔の動きにリィンは困惑しながらも、すぐに言葉を続けた。
「北の温泉郷ユミルを治めるシュバルツァー男爵家の長男、リィン・シュバルツァーです……
この度は御忙しい中、時間をいただき誠にありがとうございます」
「公式の場ではないのだから楽にするといい」
緊張が見て取れるリィンに向かってオズボーンは強面の顔で笑みを作り座るように促した。
「まずは謝罪をしておこう。私の部下が君に多大な迷惑をかけたようだな」
「部下、ですか?」
「レクター・アランドール……
彼は一応、私の直属の部下でもあり、私の事情で留学を中断させてしまった……
その埋め合わせとして学園祭と合わせて休暇を与えたのだが、まさかあんなことになるとは思ってもみなかった……
立場上君を咎めはしたが、管理責任を考えれば私も君を責めることできないだろう」
「いえ、最終的にレクターさんの提案に乗ったのは自分ですから、宰相閣下に謝られるようなことはありません」
改めてオリヴァルト皇子の名前を騙ったことを咎められると思っていたが、逆に謝られてリィンは恐縮してしまう。
「オリヴァルト皇子本人からのお許しの言葉を頂いている以上、この件についてはこれ以上言及することはないので安心するといい」
「はい、ありがとうございます」
「それにしても……」
品定めをするようにオズボーンはリィンの姿を上から下へと視線を動かす。
「クレア少尉から聞いていたが、思っていた以上にやるようだな」
「恐縮です」
「その太刀も随分と様になっているようで何よりだ」
「はい。この太刀を頂いたこと改めてお礼を言いたくて伺わせていただきました」
「律儀なものだな、今日でなくても君が帰国した際には帝都に出頭することになっているというのに」
「そうですが、この太刀があったから俺はこれまでの戦いを切り抜けることができました……
その感謝は改めて言いたいと思っていました。こんな高価な物を頂き、本当にありがとうございます」
「それも気にする必要はない。武器は使われてこそ、その太刀も飾られているよりも君に使われて喜んでいるはずだ。これからも頑張るといいだろう」
「まだ未熟者の身ですが、この太刀を下さった宰相閣下と皇帝陛下に恥を欠かせないよう精進するつもりです」
「存分に励みたまえ……さて、せっかくだ……
君がこれまで描いて来た軌跡を聞かせてもらえるかな?」
「え……?」
「難しいことを聞いているわけではない。君の生い立ちなどは一通り知っているが、やはり本人の口から語られてこそだろう……
《西風の旅団》を退け、クレア少尉と共に出場した武術大会。その後のクーデター事件での大立ち回り……
そして、今は王国の影で蠢く結社との戦い。中々面白いことになっているようではないか?」
「お言葉ですが宰相閣下。自分は今リベールの臨時遊撃士として動いている身です……
そこで得た情報などは例え宰相閣下であってもおいそれと話すことはできません」
「確かに道理だな。守秘義務もあるが、国内情勢の問題でもあり軍からも口止めをされているのだろう」
「はい。申し訳ありません。ですが、自分の裁量で話せることが一つあります」
「ほう……?」
「実は先日、《赤い星座》の一個中隊と交戦しました」
その内容にオズボーンは目を大きく見開き驚く。
「相手は若手ばかりの中隊でしたので正確には《赤い星座》とやり合ったとは言い難いかもしれません……
それから模擬戦闘ではありますが、その《赤い星座》の副団長とも剣を交えました」
「…………ククク」
唖然と固まって数秒。
オズボーンは声を殺して笑いをもらす。
「まさか《西風の旅団》に続いて《赤い星座》とまで関わっていたとは驚きだな。結果はどうなったのだね?」
「中隊の方は問題なく撃破しました。《闘神の息子》も打ち勝つことはできましたが、《赤い戦鬼》には一太刀を浴びせるのがやっとでした」
「それは重畳。その太刀を譲った甲斐があるというものだ」
「そう言っていただけるなら光栄です」
リィンの報告を聞いて上機嫌になるオズボーンにリィンは安堵する。
少なくても期待を裏切ってはいない。それだけは心は軽くなる。
「そういえば君はテオ・シュバルツァー男爵に拾われた浮浪児だったな?」
「ええ、それが何か?」
思わずリィンは固い言葉を返してしまう。
ギリアス・オズボーンは平民出身であるため、養父を罵った貴族とは違うと思いたい。
「気を悪くしてしまったのなら謝ろう……
しかし、テオ・シュバルツァーも良い拾いものをしたようだ。今頃君の産みの親は君を手放したことを悔やんでいるだろうな」
「それはないと思います」
リィンは目を伏せてオズボーンの言葉を否定した。
「ほう、何故そう思うのかね?」
「俺は吹雪の雪山に捨てられたんです……
普通ならば一時間もあれば死ぬような環境。そして自分の手を血で汚さない方法として最も効率のいい殺し方です……
それほどまでに俺のことが疎ましかったんじゃないでしょうか?」
「……それは考え過ぎなのではないのかね?」
「いえ、《鬼の力》なんて得体の知れない異能を持って生まれた子供です……
両親だって選べるならばそんな化物みたいな子供よりも普通の子供を授かりたかったはずです」
「……しかし、それは君に非があるわけではない。現にシュバルツァー夫妻は君の異能を含めて君を愛しているのではないかね?」
「それを万人に求めるのは酷でしょう……
普通の子供であっても愛せない親もいるんです。それを考えれば産みの親が俺を捨てたことは致し方ないことだったのでしょう」
「……では君は産みの親を恨んではいないのかね?」
「恨む理由はありません……むしろ俺の方が謝るべきなのでしょう……こんな化物を産ませてしまったことを……
もしかしたら俺の顔も名前も二度と見たくない、聞きたくないと思っているかもしれませんし……」
「そんなことはないだろう」
「大丈夫です閣下。別に悲観してこんなことを言っているわけではありません……
ただ俺が今の段階で考えられる最悪の想像というだけです。実際は俺には考え付かない複雑な理由があるかもしれませんし」
「…………そうか……その歳で随分と地に足をつけた考えをできるのだな」
「それもこの地で多くの縁に結ばれたおかげだと思います……
あの人たちと出会えていなかれば、俺はきっと未だに自分の中の《力》に怯え、都合の悪いことから目を背け、逃げ続けていたでしょう」
「君のような若者が育っていることを帝国宰相として嬉しく思うよ」
「恐縮です」
リィンが頭を下げると、部屋にノックの音が響く。
「閣下、時間です」
「どうやら話はここまでのようだな」
声に応対してオズボーンは立ち上がる。
「帝都で君と再び会えるのを楽しみにさせてもらおう。リィン・シュバルツァー」
「はい。道中お気を付けください。オズボーン閣下」
*
「ふう……」
大使館を出たリィンは溜めていた息を吐き出し、肩から力を抜いた。
「すごい存在感だったな……」
改めて自分が顔を合わせた帝国宰相のオーラを思い出してリィンは身震いする。
「それにしても……」
リィンは左胸に手を当て、その奥にある焔を意識する。
疼いていた焔はいつの間にか静かになっていた。
「………………まさかな……」
頭に過った突拍子のない考えをリィンは首を振って否定し、今のことに思考を切り替える。
きっとギルドではアルティナとアネラスが首を長くして待っているだろう。
彼女たちのリクエスト、そして夕食の買い物を手早く済ませようとリィンは歩き出して――背後から振り抜かれた大鎌が彼を両断した。
「あら?」
襲撃者は鎌から伝わる手応えのなさに首を傾げ、次の瞬間首根っこを掴まれて持ち上げらえた。
「うにゃん?」
「随分と物騒な挨拶だな?」
猫のような声をもらす菫色の髪の少女にリィンは呆れたため息をもらす。
「幻術のクラフト……お兄さんったらちょっと見ない間に随分と強くなったみたいね。流石は超帝国人と言ったところかしら?」
「その呼び方は勘弁してくれ……ともかく、君が結社からの案内人で間違いないのかな、レンちゃん?」
「ええ、そうよ」
レンはリィンの拘束を難なく解き、リィンに向き直る。
「執行者No.ⅩⅤ。《殲滅天使》レン……
そんな風に呼ばれているわ。ちょっと品がなくてあまり好きじゃないのだけど」
「話には聞いていたけど、本当に執行者だったんだな」
「うふふ。《結社》に子供も大人もないわ。使えるか使えないかだけ」
「そうか……」
言いたいことはいろいろあるが、それを飲み込んでリィンは尋ねる。
「結社からの招待……もしかして今からか?」
「いいえ……日が落ちた七時に波止場に来てもらえるかしら? お兄さんには前に紹介できなかったレンの本当のパパとママを紹介してあげる」
「つまり一旦ギルドに戻っても構わないというわけか……」
随分と余裕を見せつけてくれるが、今すぐではないことはリィンにとっても都合がいいのでそれ以上は何も言わないことにする。
「一応聞いておくが、招待は俺とアルティナの二人だけなのか?」
「ええ、そうよ……招待状はお兄さんたちだけ。ふふふ、《教授》はどんな《お茶会》を準備しているのかしらね?」
「今までのことを考えるとろくでもことだとしか思えないんだけどな……それはそれとして……レンちゃん」
「何かしら?」
「うん、レンちゃんは好き嫌いはあるかな?」
「え……?」
リィンの問いの意味が分からず、レンはかわいらしく首を傾げた。
………………
…………
……
「さて、こんなところでいいか」
買い物を済ませたリィンは袋を抱えて帰路に着く。
そんな姿にレンは呆れた眼差しを向ける。
「お兄さん……随分と余裕なのね」
「焦っても仕方がないだろ?
それにちゃんと食べれる時に食べておかないといざという時に動けないからな」
「だからって、レンを食事に誘うのはどうかと思うけど?」
「それはそれだ。むしろ連れて来なかったらアネラスさんに何を言われるか……
それともレンちゃんは敵同士の俺たちと一緒に食事なんてできないかな?」
「別に構わないわよ。でも、レンを捕まえようだなんて考えたら殲滅してあげる」
「みんなには俺がちゃんと説明するから出会い頭にSクラフトはやめてくれよ」
「ふふふ、どうしようかしら」
話している内容は物騒だが、楽し気に笑う顔は年相応にしか見えなかった。
「つくづく信じられないな。君のような女の子が執行者だなんて」
「あら、それはお兄さんも同じでしょ?
レンの見立てだとお兄さんなら今結社に入ってもすぐに執行者になれると思うわ。他のみんなもきっと歓迎してくれるわよ」
「身に余る評価は光栄だが、生憎《結社》に入るつもりはない」
「どうして? お兄さんもきっと気に入るはずなのに」
「どうしてそう思うんだ?」
「だってお兄さんはレンと同じだもの」
「同じ……」
レンの言葉をリィンは繰り返す。
以前に会った時にいたレンの両親の姿を思い出す。
彼らはレンが操っていた人形だった。
実際にヘイワース夫妻なる人物はここからは遠いクロスベルに存在しているらしいが、今の段階では彼女との関係は不明だとリィンは聞いている。
「確かに俺と君は生い立ちが似てるかもしれないな」
互いに親に捨てられた身。
そこにレンは共感を感じたのかもしれない。
そう考えれば、リィンもレンに対して共感じみたものを感じてしまう。
――レンは俺の可能性の一つか……
もしもシュバルツァー家に拾われず、まともではない誰かに拾われたのならそれこそリィンは彼女と同じように歪み、《結社》の執行者になっていたかもしれない。
そうでなくても、《鬼の力》を始めて使ったあの日に《結社》に誘われていれば、リィンはその手を取っていたかもしれない。
だからこそ、おいそれとレンに執行者でいるべきではないと、エステルが言っていた言葉を口にすることはできなかった。
「レンは結社に引き取られて本物のパパとママに出会えたの……だからレンは世界一幸せな女の子なのよ」
「……本当にそうなのか?」
しかし、リィンは思わず聞き返していた。
「ヘイワース夫妻……クロスベルに在住している貿易商みたいだけど……その人たちがレンの産みの親なんだろ?」
「……知らない……あんなニセ物、レンのパパとママじゃない」
「でも、本当に忘れることはできないんだろ?」
「え……?」
「どうして操る人形をあの姿にして、その名前を名乗らせたんだ? 復讐のつもりか?」
聡明なこの子がそれに気付いていないはずはないだろう。
名前と姿形を利用されただけの無関係な人間かもしれないが、遊撃士が調査をすれば必ずその夫妻に聞き込みを行うだろう。
捨てた娘が犯罪者になっている。
果たして産みの親は何と言うだろうか、やはり呪われた子供だと罵るのだろうか。
自分に当てはめて考えても、リィンは何とも言えない気分になる。
「君は――」
「お兄さんにレンの何が分かるって言うの?」
「レンちゃんの言葉を借りるなら、俺もニセ物のパパとママに捨てられた身だ……
そういう意味ではエステルさん達よりも君の気持ちは分かるさ」
オズボーン宰相には偉そうなことを言ったが、果たして産みの親を前にした時、本当に冷静でいられるかリィンには分からない。
「確かに君とニセ物のパパとママとの間に何があったのか、俺は知らない……
でも君は自分でも気付いていないのかもしれないけど、そんなニセ物のパパとママとの縁を本当になかったことにできていない……
何か彼らに言いたいことや聞きたいことがあるんじゃないか?」
リィンの問いかけにレンは沈黙を返す。
「だから彼らの姿と名前を使って、自分はここにいるんだって見つけて欲しいと思っているんじゃないか?」
「ふふっ……お兄さんったら妄想が得意みたいね。流石は超帝国人を名乗るだけはあるということかしら?」
「そうかもしれないな……
でも、やっぱり俺はもしも機会があるのなら俺を捨てた理由をちゃんと知りたいと思っている……
レンちゃんはこの考えをどう思う?」
「…………レンは……」
何かを言いかけてレンは口をつぐむ。
それ以上はリィンもまた何も言わず、二人は黙々と歩き、ギルドに辿り着く。
「あー! 弟君がまたかわいい女の子をお持ち帰りしてきたっ!?」
「アネラスさん……違いますから……」
「お持ち帰り……やはりリーンは不埒だったんですか?」
「違うからなアルティナ」
出迎えてくれた二人の言葉にリィンはがっくりと肩を落とした。
外交官A
「オズボーン閣下、本当に調印式に御出席なさるのですか?
条約のすり合わせはすでに終わっているので、調印式はいわば民衆に向けた宣言でしかないのですから宰相閣下が直々に出席するほどのものではないと思いますが」
オズボーン
「私事で恐縮なのだが、以前私の部下がリベール女王に迷惑をかけたことがあったのでな……
せっかくの機会なのだから直接お会いして謝罪をしたいと思っていたところだ……
それに形だけの調印式だからこそ、私が出席することでカルバードよりも一つ進んだ関係を築いていると思わせることができるだろう」
………………
…………
……
レクター
「なんかあのおっさん、向こう一ヶ月の仕事をまとめて終わらせやがった……そんなにリベールに行きたかったのか?」
クレア
「どこか上機嫌でリベールに行った閣下が戻ってきた時にはどこか消沈した様子でした。一体何があったのでしょう?」
もしかしたらの一幕IF
レン
「ねえ、リィン……レンと一緒にクロスベルに来てくれないかしら?」
エステル
「リィン君…………レンと一緒なんだ……ふーん……」