(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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45話 交差、そして――

「そっか……」

 

 霧降りの峡谷でヨシュアと会ったことをエステルに伝えると、彼女はそこに居合わせた新聞記者が撮った写真に視線を落とす。

 

「すいません。俺がその場で止め切れていればよかったんですけど」

 

「ううん。リィン君が責任を感じることはないよ……

 ヨシュアが元気そうで安心したし、むしろヨシュアがリィン君たちに迷惑をかけたことが逆に申し訳ないというか……

 みんなも今まで黙っていてゴメン。ちょっと動揺しちゃってなかなか言い出せなくて」

 

 グランセルを出発する前に渡された写真だったが、仲間たちにはまだ話していなかったエステルは言葉とは裏腹にすでに覚悟は決まったような清々しい顔をしていた。

 

「ヨシュアが何をするつもりかあたしには分からないけど……

 多分、ヨシュアなりの方法で《結社》に迫るつもりなんだと思う。空賊たちと一緒になって悪さはしないと思うんだけど」

 

 エステルはカウンターの席に座っているアイナを振り返る。

 

「ええ、分かっているわ……

 写真とリィン君の証言で証拠としては十分だけど、この情報はギルド内に留めておくことにしましょう」

 

「ありがとうアイナさん。それであたしはこれまで通り《結社》の実験を調査しようと思っているの」

 

「でもエステルさんはそれでいいんですか?

 せっかくヨシュアさんの手掛かりが見つかったのに」

 

「うん……あたしがあたしである限りヨシュアとの絆は無くならない。そう思えるようになったからあんまり焦らないことにしたわ」

 

 心配するように尋ねたクローゼの言葉にエステルは力強く頷く。

 

「違う道を歩いているけど目指す場所はきっと同じだから……

 だから今は自分自身の道を行こうと思う。そうじゃないとあたしはあたしとして強くなれないから……

 なんて、カッコ付けてるけど……ヨシュアとボクっ子の関係は気になるのよね」

 

「ボクっ子……

 カプア元男爵家の末娘でしたよね……そういえば随分とヨシュアさんに馴れ馴れしかったような――」

 

 言葉の途中でリィンは思わず黙り込む。

 何故か冷ややかな目でエステルとクローゼに睨まれてリィンは震え上がる。

 

「へえ……そうなんだ」

 

「やっぱり納得いかない気持ちが沸き上がってきますね」

 

「ク、クローゼさんまでどうして?」

 

「お、お姉ちゃんたち……何か怖い……」

 

 二人の変貌を理解できない子供組のリィンとティータは体を震わせる。

 

「あ、あのそれよりもエステルさん」

 

 これ以上、この話をしていてはいけないと悟り、リィンは別の話題を振る。

 内容はやはりミュラーと赴いたハーメルのことだろう。

 彼からは口止めされているが、エステルは無関係ではない。

 帝国の暗躍はともかく、山崩れで滅びた村だと説明する分には問題はないだろう。

 

「リィン君」

 

 しかし、リィンが言葉を続けるよりも先にオリビエが小さく名前を呼んで口に指を立てた。

 

「ん、どうかしたリィン君」

 

「あ……えっと……」

 

 突然の口止めにリィンは慌て、誤魔化すようにヨシュアと対峙した時と同じことを口走った。

 

「じ、実は《結社》の事件が終わったらエステルさんに聞いて欲しいことがあるんですが」

 

「おや?」

 

「あらまあ……」

 

「あっ……」

 

「お……」

 

「弟君……」

 

 上から順にオリビエ、シェラザード、クローゼ、ジン、そしてアネラスが驚いた目をリィンに集中させる。

 

「え、あたしに? 今じゃダメなの?」

 

 しかし、エステルはきょとんとした顔でリィンに聞き返す。

 

「えっと……できればもう少し覚悟を決める時間が欲しいというか……

 ヨシュアさんに宣戦布告をした手前もありますし」

 

「ほほう」

 

「あらあら」

 

 リィンの呟きを聞いてオリビエとシェラザードは一層目を輝かせる。

 

「えっと……シェラ姉、リィン君が何を言いたいのか分かったの?」

 

「まあね……でも教えないわよ。それこそリィン君が言う覚悟を決めるのをちゃんと待ってあげなさい」

 

「うん。分かった」

 

 素直にエステルは頷くが、周りからの温かな視線にリィンは居心地が悪くなる。

 

「えっと……どういうことなんですか?」

 

 意味が分かっていないティータが純粋な眼差しで首を傾げる。

 

「ふふふ、ティータ君。何を隠そう――」

 

「ちょ、オリビエさんっ!」

 

 シェラザードが止めたにも関わらずオリビエがその場で暴露しようとする。

 リィンは拳を固めて物理的に止めようとする。

 

「あいたっ……」

 

 が、周囲から肘鉄を次々と入れられてリィンが何かをするまでもなく黙らされた。

 

「まったくあんたは、いつものノリで茶化していいことじゃないわよ」

 

「流石に自重してくださいオリビエさん」

 

「それは野暮ってもんだろ」

 

「馬に蹴られて死にたいんですかオリビエさん」

 

「おお、まさかクローゼ君やジンさん、それにアネラス君にまで突っ込まれるなんて……我が生涯一片の悔いなし……」

 

 気色の悪い笑顔を浮かべながら沈むオリビエにリィンはため息を吐いた。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「どうして止めたんですか?」

 

「おや、リィン君。こんな夜更けにどうしたんだい? はっ! まさかリィン君の方から夜這いに!?」

 

「誤魔化さないでください」

 

 いつものノリで応えるオリビエをリィンは強い口調で諫める。

 

「ミュラーさんからの報告は聞いているはずです……

 《ハーメルの悲劇》が人災だったかもしれない。確かに帝国にとっては醜聞かもしれませんが、少なくてもエステルさんには聞く権利があるんじゃないですか?」

 

「ふふ、若いね」

 

「オリビエさん!」

 

「落ち着き給えリィン君……

 ボクたちはまだ《ハーメルの悲劇》が何故起きたのか確証を得られていない……

 帝国が本当にそれをしたのなら、ボクもこのまま黙っているつもりはないが、今それを彼女たちに話すのは時期尚早だよ」

 

「でも……」

 

「その後の百日戦役のことは一先ず置いておくとして、国が村を焼かなければならない理由はいくつか考えられる」

 

「そんなものあるわけ――」

 

「一つは疫病。この被害は対処を間違えると爆発的に広がる可能性がある……

 苦渋の選択ではあるが、納得の行く理由でもある。公表しない理由も含めてね」

 

 オリビエが上げた例にリィンは押し黙る。

 

「だけどそれは二人の生き残りがいた時点であり得ないことですよね?」

 

「さあ、どうだろうね……

 他にもエレボニアとリベールを争わせたかった第三勢力がいた。考えればキリがない……

 それに不用意にハーメルのことは口にしない方がいいと、ミュラーからも言われているだろ?」

 

「そうかもしれないですけど……」

 

「君がエステル君に特別な気持ちを抱いているから、ヨシュア君の情報なら少しでも伝えたいと思っているのだろう?

 いいのかい、それはライバルに塩を贈る行為だよ」

 

「べ、別にそれは今は関係ないでしょ」

 

「ははは、青春だね……

 ともかくハーメルのことはエステル君に伝えるのは待った方がいい。ここで話したとしても、あの村で起きた悲劇をボクたちは何一つ語れないのだからね」

 

「オリビエさん……そうですね。確かにその通りです」

 

 気が逸っていたことを認めてリィンは頭を下げる。

 

「ミュラーさんはオリヴァルト皇子の密命で動いていたようでしたけど、もしかしてオリビエさんも?」

 

「おや、気付いてしまったかい?

 察しの通り、ボクはオリヴァルト皇子のお考えの下で動いている……

 言うなればオリヴァルト皇子の影……東方の言い方だと忍者と言うんだったかい?」

 

「たぶん違うと思います」

 

 しかし、思えばこれまでも自称ではあったがオリヴァルト皇子とただならぬ関係だとオリビエは言っていた。

 名前も似ているし、髪の色も皇族の金色。そして時々顔を見せるカリスマを感じさせる立ち振る舞い。

 

 ――いやまさかな……

 

 その可能性がリィンの頭に過るが、すぐに否定する。

 いくら継承権のない庶子の子供とはいえ、皇族の長男である皇子が自ら諜報員として他国に乗り込むとは考えられない。

 もしそうだとしたら、悪目立ちするようなことは自重するはずだ。

 

「安心すると言い、リィン君のことはオリヴァルト皇子にしっかりと伝えているよ。超帝国人のことも含めてね」

 

「なっ!? なんてことしてくれるんですかっ!?」

 

 以前に会ったレンもまた結社の一員だったことが判明して、その呼び名はまだ結社内でのことだと安心していたのだがよりにもよって皇族に知られてしまった。

 

「最悪不敬罪と言われる可能性だってあるんですよ!」

 

「ははは、安心したまえ。オリヴァルト皇子はそんなことで目くじらを立てたりしないよ」

 

「ええ、オリヴァルト皇子はそうでしょうね。でも、周りがそうとは限らないでしょ」

 

 以前に彼の名前を騙った時にいただいた親書の一言から読み取れる人柄を思えばオリヴァルト皇子は確かに気にしないかもしれないが、周りまでそうとは限らない。

 そもそも貴族は変にプライドが高い人種が多い。

 

「あんまり皇族の人と関わるつもりはないんだけどな」

 

「おや? リィン君は男爵家の長男なのだから全く関わらないのは無理ではないかな?」

 

「だからこそ、最低限にしたいんですよ……

 ただでさえ、父さんは俺を養子にしたせいで社交界の誹謗中傷を受けたわけですから……

 オリヴァルト皇子と個人的な繋がりができてしまったら、どんなやっかみを受けるか分かったものじゃありませんよ」

 

「だが逆に考えるといい。オリヴァルト皇子の後ろ盾があれば、今後シュバルツァー家ひいては君の事を後ろ指を指すようなことは貴族たちを黙らすことができるんじゃないかな?」

 

「そんなの表向きだけに決まってますよ……

 それに父さんは煩わしい社交界に出なくて済んだとも言っていましたし、そのおかげなのかエリゼに対して婚約を提案してくる貴族もいないようですから、悪いことばかりではないみたいです」

 

「ほほう、つまりエリゼ君は今フリーなわけか。それなら――」

 

「何か言いましたかオリビエさん?」

 

「おっと、それはそうとリィン君ボクは君に聞いておきたい重要なことがあるんだ」

 

 真剣な眼差しにリィンは唾を飲み込み、姿勢を正す。

 

「リィン君……エステル君のどこら辺に魅力を感じているのかな?」

 

「…………さてと、明日の準備を――」

 

「まあまあ待ちたまえリィン君。夜は始まったばかりだよ」

 

 肩を掴もうとしたオリビエの手をかわしてリィンは脱兎の如く逃げ出す。が――

 

「はぁい」

 

 開けた扉の前に笑顔のシェラザードに立ちふさがった。

 

「なっ!? シェラザードさん!? どうしてここにエステルさんの家に泊まるはずじゃなかったんですか?」

 

「飲みに行くって言って抜け出してきたわ……

 安心していいわよ。エステルはラッセル博士に送るレポートをティータちゃんと一緒に書いているからこっちには来ないわよ」

 

「……そうですかっ!」

 

 わずかな隙を見つけ出し、シェラザードの脇をすり抜けてリィンは逃げ出す。が――

 

「はい。弟君。残念でした」

 

「ごめんなさいリィン君」

 

 左右から現れたアネラスとクローゼの二人に両手を掴まれてあえなく捕まってしまった。

 

「どうして二人までっ!?」

 

「ふふふ、弟君がようやくエステルちゃんへの気持ちに気付いたんだから姉弟子としてちゃーんとお話を聞かないといけないと思って来ちゃった」

 

「えっと……私も気になってしまって」

 

 満面の笑顔と少しバツが悪そうな苦笑に挟まれ、そこにパシャリとカメラのシャッターを切る音が響く。

 

「これが両手に花という状態ですか…………不埒と言って良いんでしょうか?」

 

「アルティナまでっ!?」

 

「さあ、アーベントに繰り出すとするわよ」

 

 シェラザードが仕切り、リィンは抵抗空しくアネラスとクローゼに引きずられて晒し者にされた挙句羞恥の質問攻めを食らうことになった。

 

 

 

 

 

「それじゃああたしたちは最初の予定通りボースに行くけど……大丈夫、リィン君?」

 

「ええ……大丈夫です」

 

 首を傾げるエステルにリィンは項垂れたまま頷いた。

 寝不足という程に拘束されていたわけではないが、その精神的な消耗は一晩経っても抜け切れなかった。

 逆に女性陣やオリビエはとてもいい笑顔を浮かべていた。

 

「それなら良いんだけど……

 ごめんね。ロレントの仕事を任せるみたいになっちゃって」

 

「気にしないでください。ルーアンでも言いましたがそれが俺の仕事でもありますから」

 

「そうかもしれないけど……ありがとうね。リィン君」

 

「何ですか改まって?」

 

「ほらルーアンの時もそうだったけど、あたしが結社の事件に集中できてるのはリィン君や他の遊撃士の人達がいてくれたおかげだと思って……

 それにヨシュアのことも……」

 

「リベールに残るって決めたのは、俺にもやることがあったからですよ」

 

 リィンはアルティナを一瞥しながら答える。

 

「ふ……しかしエステルさんがどうしてもお礼がしたいというなら、ハグ一回で手を打っていいですよ」

 

「え……?」

 

 その言葉にエステルは戸惑い。リィンはゆっくりと振り返る。

 

「おや? どうしたんだいリィン君?」

 

「人の声音を使って変なこと言うんじゃない!」

 

 惚けた顔をしていたオリビエの腹にリィンは拳を叩き込んだ。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「あれ? まだ定期船は来てないみたいですね」

 

 エステル達の見送りに来たリィンは発着場に定期船がない光景を見て呟いた。

 

「本当だ……あ、でももう見えてるわよ」

 

 エステルが空を指すとそこには確かに定期船の姿があった。

 発着場には遅れて、定期船の到着を告げるアナウンスが流れる。

 それに合わせて、周囲が慌ただしく動き始める。

 霧が晴れた翌日の運行なだけあって、発着場は多くの人で賑わっている

 そんな中でリィンは見つけた。

 

「リィン君? どうかしたの?」

 

「いえ……すいません。知り合いがいたので、ちょっと失礼します」

 

 エステルにそれだけ応え、アネラスに目配せを送りリィンは一同から離れる。

 人混みをかき分けた先は降りてくる定期船を一望できる展望台。

 そこに赤毛の大男が立っていた。

 リィンの知り合いではない。だが、おそらく十中八九自分に用がある者だと理解する。

 彼が纏うただならぬ気配に怯えてなのか、誰も彼に近付こうとしない。

 そんな人が遠巻きにする空間にリィンは足音を立てないよう、さらには気配も消して踏み入った。

 十分近付いたところでリィンは止まり、緊張に唾を飲みながらも話しかける。

 

「あの――」

 

「よく見ておけ」

 

「え……?」

 

 しかし、声を掛けようとしたところで、逆に大男は背を向けたままリィンに話しかけて来た。

 機先を制されたリィンは反射的に言われたことを反芻する。

 

「今降りて来た定期船だ。よく見ておけ」

 

 何のことだと首を傾げながらもリィンは言われるがまま、眼下の定期船を見下ろす。

 完全に着陸して、接岸用の橋が展開される。

 そして柵が下がり、乗客達の下船が始まり人の流れが途切れると、逆に船を待っていた人たちが乗り始める。

 

「今、あの定期船から降りた乗客は何人だった?」

 

「え……?」

 

「よく見ておけと言ったはずだ。何人だ答えろ」

 

 背中を向けたまま赤毛の大男は有無を言わせない様子で詰問してくる。

 

「それは……」

 

 記憶の中の光景を思い出しながらリィンは数え――

 

「52人だよ」

 

 リィンに代わり、遅れてそこにやってきたアネラスが答えた。

 

「ほう当たりだ……マグレかどうか知らんが良い目をしているようだな」

 

「一応これでも正遊撃士だからね」

 

「フフ……お前も姉弟子を見習って目は鍛えておけ……

 漫然と眺めるな。状況そのものを俯瞰しろ。その上で、そこにある要素を瞬間的に掴み取っておく……

 それが戦場で生き残るコツってやつだ。まあ、覚えておくがいい」

 

「御高説ありがとうございます。それで貴方が何者なのか、自己紹介してもらえますか?」

 

 展開についていけないリィンに代わってアネラスが尋ねる。

 

「そうだな……」

 

 大男は振り返る。

 真っ赤な赤い髪にいかつい髭面。そして右目を眼帯で隠したその男は名乗る。

 

「《赤い星座》の副団長、シグムント・オルランドだ」

 

 

 

 

 


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