(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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41話 第三の試練、そして――

 琥珀の塔、屋上。

 

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

 明日の決闘に備えてリィンは琥珀の塔に来ていた。

 リベールに来て半年になるが、あの日のことは昨日のことのように思い出せる。

 

「リベールに来て真っ先に入ったのが牢屋だとは思わなかったけどな」

 

「ん……?」

 

 屋上からの景色を写真に撮っていたアルティナがリィンの呟きに振り返る。

 

「何でもない」

 

 そう言うとアルティナは写真撮影に戻る。

 

「思えばここで俺はエステルさんに惹かれたんだろうな」

 

 何故かここで《鬼の力》が暴走してしまい、それで彼女を傷付けた。

 ずっと目を逸らしていた最悪の出来事が起こしてしまい、絶望して自らの命を絶とうとしたリィンに彼女は少しも怖がらずに手を差し伸べてくれた。

 

「ああ、くそっ!」

 

 あの時、向けてくれた笑顔を思い出すだけで顔が熱くなる。

 今まで不確かにそうなのかもしれないと思い始めていたが、ここに来たせいで言い訳のしようがないくらいに心が無理矢理頭に理解させてくる。

 そしてついでに思い出す言葉が一つ。

 

『次にエステルを毛ほどでも傷付けたら、ありとあらゆる方法を使って、君を八つ裂きにしてやる……分かったね?』

 

 あの後、ヨシュアから受けた忠告は今思い出しても背筋が寒くなる。が――

 

「自分で傷付けていたら世話ないだろ」

 

 空を仰いでリィンは呟く。

 今、エステルの心はヨシュアに向いている。それが恋心なのは分かる。

 しかし、果たしてヨシュアの気持ちがどうなのかまではリィンには分からない。

 ヨシュアがエステルのことを大事にしているのは間違いない。

 だが、それが家族愛によるものか、果たして一人の女性としてなのか、ここにいない彼の気持ちは分からない。

 

「俺で言えばエリゼがそうなるんだろうけど……」

 

 義理の姉弟なら、自分の方は義理の兄妹であり、よく似ている。

 それこそエリゼを毛ほどでも傷付けたら、八つ裂きにしてやるという気持ちは大いに共感できる。

 しかし、その先の気持ちまではいくら考えても分からない。

 

「ヨシュアさん……いったい貴方はどこで何をしているんですか?」

 

 眼下に広がるリベールの地のどこかにいるはずの彼にその言葉は届くわけもなく消えていった。

 

 

 

 

 琥珀の塔を降りてリィン達が足を向けたのはヴァレリア湖畔の川蝉亭だった。

 

「今日はここに泊まるんだ」

 

「ん……」

 

 リィンの言葉にアルティナは頷く。

 明日の決闘の時間が正午だが、ボースから行くよりもこちらで一泊した方がいいとルグランが手配してくれた。

 負けられない戦いである以上、遠慮せずにその配慮を受け入れたのだが、琥珀の塔と同様にここに来ると感慨深いものを感じる。

 空賊事件からすでに半年。

 あの時一緒にここに来たアネラスとシェラザードらもバックアップとして来るはずだったのだが、ラヴァンヌ村で情報部の目撃情報があったため、彼女たちはいない。

 

「リーン?」

 

「っとすまない。早くチェックインして夕食でも食べるか。ここは魚料理がおいしいんだぞ」

 

 中に入ると食堂にはちらほらと他の観光客がいた。

 と、その中でテーブルに一人で食事をしている風変わりな女性にリィンは目を引き付けられた。

 

「モグモグ……何でわたくしがリベールなんかに……」

 

 髪を三つ編みにしてお団子に結った女性はぶつぶつと文句を言いながら、料理を口に運んでいく。

 

「パクパク……マスターの命でなければ誰があんな《蛇》の指示を聞くものですか」

 

 周りの迷惑にならないように小声で愚痴を漏らすその女性のテーブルにはすでに空の皿が何枚も重なっていた。

 まるでヤケ食いしているかのようにその手は全く鈍らない。

 と、不意にその手が止まり、彼女はリィンの視線に気付いたのかおもむろに顔を上げる。

 女性の食事姿を凝視していたことに気付いて、リィンは謝ろうとして――

 

「あなたは! 超帝国人リィン・シュバルツァーッ! どうしてここに!?」

 

「いえ、人違いです」

 

 女性の叫びに他のお客たちが一斉に振り返る。

 リィンは間髪入れずに他人の振りをする。

 効率は悪いがボースに戻って一夜を過ごそう。少し早起きすれば時間までには塔に到着できるだろう。

 

「ちょ、待ちなさいっ!」

 

 しかし、リィンの考えは空しく一瞬でその女性に背後を取られてあえなく捕獲されてしまった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「信じられませんわ。こんな子供が《剣帝》から一本を取っただなんて」

 

 強引に彼女が座っていた席の対面に座らされたリィンは値踏みする無遠慮な視線にさらされる。

 

「人のことを値踏みをするのはいいが、その前に名前くらい名乗ったらどうだ? そっちは俺たちのことは知っているようだが」

 

「そうですわね……」

 

 コホンと一つ、咳払いをして佇まいを直して彼女は名乗る。

 

「《身喰らう蛇》が第七使徒、その直属たる《鉄機隊》筆頭隊士を務める《神速》のデュバリィです……

 我がマスターに代わり、貴方を試すべくこの地に推参しました」

 

 今度の相手は雇われではなく、結社の人間なのかと半ば予想していたが結社にこんな女性までいるのは少し意外だった。

 

「使徒……執行者とは何が違うんだ?」

 

「使徒とは《盟主》直属の七人の幹部のことですわ……

 執行者は《結社》の実働部隊にして最高位のエージェント……

 結社の長である《盟主》様が見出した者たち――何らかの《闇》を抱えたものしかナンバーは与えられないとか……

、私は執行者ではありませんが《武》において彼らに劣ってはいないと自負していますが」

 

「確かに、こうして相対してるだけでも貴女の強さは分かるけど……

 その君のマスターがこのゲームを取り仕切っている人なのか?」

 

「はぁ!?」

 

 リィンの質問にデュバリィは心底心外だと言わんばかりに顔をしかめた。

 

「違うのか? 今聞いた話だと執行者を統括しているのが使徒に聞こえたんだが」

 

「あいにくですが、執行者はあらゆる自由を与えられており、使徒であっても彼らを束縛することはできませんわ……

 それよりも今すぐ訂正しなさい。よりにもよってこんな趣味の悪い試練をマスターが取り仕切っているなんて、疑うだけで万死に値しますわっ!」

 

「そんなこと言われても……俺は君のマスターのことも知らなければ、結社の誰かを知っているわけでもないんだが」

 

「マスターはわたくしたち《鉄機隊》の主にして偉大なる導き手――

 麗しくも凛々しく、誇り高くも慈悲深き御方……《武》の頂点を極めし、超絶、素晴らしい方ですわっ!」

 

 陶酔した様子で語るデュバリィにリィンは何とも言えない顔をする。

 

「……す、凄い人なのは分かったけど、でも麗しいって……その人も女性なのか?」

 

「ええ、そうですけど……

 貴方程度の剣士が百人束になっても足元にも及びませんわよ? いいえ千人――ううん、一万人でも無理ですわねっ!」

 

「そんなに強調しなくても分かったから……その人は《剣帝》レオンハルトよりも強いのか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 間髪入れずに返ってきた答えにリィンは息を飲む。

 

「それじゃあ君も《剣帝》並みの強さだと思って良いのか?」

 

「え!? ……ええ、当然ですわ。《剣帝》に迫ると称されし、神速の剣。それがわたくしが《神速》の渾名をいただいた由縁ですから」

 

 一瞬、どもったような気がしたが胸を張って答える姿にリィンは気のせいだと流す。

 

「結社――身喰らう蛇……あれから他の執行者とも戦う機会はあったけど、つくづく底知れない組織だな」

 

「あら? 前の二つの試練の相手は執行者の方でしたか?」

 

「いや、最初の試練では《北の猟兵》と戦った」

 

「なるほど……高ランクの《猟兵》程度の力はあるようですわね」

 

「次の試練は東方人街の魔人《銀》だった」

 

「……え? 《銀》ってまさか本物?」

 

「ええ、伝説の名に恥じない見事な戦闘力でした……

 執行者とは別の機会で戦うことになって、ツァイスで《痩せ狼》ヴァルター。軽く手合わせした程度でしたが、あのまま続けていれば間違いなく押し切られていたでしょう」

 

「《痩せ狼》と? 単純なパワーとスピードなら《剣帝》以上ですわよ!」

 

「それからルーアンでは《怪盗紳士》ブルブラン……次に会ったらあいつは絶対に斬る……」

 

「ちょ!? いきなり暗黒面に落ちるんじゃないですわっ!」

 

「あと、先日《道化師》カンパネルラとも戦いましたね」

 

「はぁ!? 何であの人まで出張っているんですのっ!?」

 

 連なる名前にとうとうデュバリィは頭を抱える。

 

「って言うか、どうしてリベール入りしている執行者の半分と貴方は戦っているんですの!?」

 

「そう言われても、リベールで良からぬことを企んでいるんだから戦うことになるのは当然じゃないか?」

 

「そうですけど、そうなんですけど……つくづく道理を弁えてない人たちだと痛感しましたわ」

 

「そういう貴女だって、こうして第三の試練の相手として来ているんじゃないか」

 

「わたくしはリベールに入ることを許されなかったマスターに代わって《剣帝》から一本を取った貴方の力を試すために《教授》の申し出を受けたに過ぎませんわ」

 

「《教授》? それがこのゲームを取り仕切っている《使徒》の渾名なのか?」

 

「ええ、このゲームというよりもリベールでの《福音計画》を取り仕切る第三使徒《白面》のワイスマン……

 良いですこと? 次にマスターを《教授》のような外道と同列に見ましたらその目、わたくしがくり抜いて差し上げますわよ」

 

 凄んで睨むデュバリィの目は本気だった。

 リィンはそれになんとか頷いて、話題を逸らす。

 

「それにしても結社では俺の事は何て伝わっているんだ? 正直《剣帝》から一本を取ったって言ってもまぐれとしか言えないんだけど」

 

「ええ、そうでしょうね。私でもマスターと劫炎との模擬戦の後でようやく――」

 

「ようやく?」

 

「何でもありませんわ!」

 

 ごにょごにょと小さく呟くデュバリィに聞き返すと、怒鳴り返された。

 

「こほん、貴方の結社内での評価ですか?

 それについては《怪盗紳士》が楽しそうに触れ回っていましたわよ」

 

「でしょうね……」

 

 改めてリィンは次に会ったら斬ると誓う。

 

「何でも帝国に伝わる伝説の戦闘民族だとか」

 

「いや、それ全部嘘だから信じないでくれ」

 

「ええ、そうでしょうね。そもそもマスターを差し置いて《超帝国人》を名乗るだなんて……わたくしは認めませんわよっ!」

 

「そう呼ばれるのは俺ももの凄く不本意なんだけど」

 

「とにかく、明日の決闘で貴方の鼻っ柱を叩き折ってやりますから覚悟しておきなさいっ!」

 

「生憎だが、折られるような鼻なんてない」

 

「ふん、どうやら生意気な口だけは一人前のようですわね」

 

 誇れるような戦歴ではないことからそう答えたのだが、デュバリィはそうとは受け取らなかった。

 

「話はここまでにしましょう」

 

 そして、おもむろにデュバリィは席を立ち上がった。

 

「明日は互いに殺し合う身、これ以上は馴れ合うべきではありませんわ」

 

「そうだな……」

 

 デュバリィの申し出にリィンは頷き、ふと頭に過った疑問を最後に尋ねた。

 

「そういえば君は今までの刺客たちと違ってアルティナに懸けられた賞金が目当てで戦いに来たわけじゃないんだよね?」

 

「ええ……わたくしの目的はただ一つ、貴方の実力を測ることだけですわ」

 

「そうか……」

 

 彼女が嘘を言っているようにも見えないので、一先ず安堵する。

 そんなリィンの様子を気にせずデュバリィは踵を返して――

 

「精々最後の晩餐を味わうことですわね」

 

 ポケットに手を入れて――その身を固まらせた。

 

「……どうかしたのか?」

 

「い、いえ……何でもありませんわ」

 

 デュバリィは自分の体を一通りまさぐり、次いで足元の大きな荷物を開ける。

 中には鎧などの荷物や彼女の着替えが見えてリィンは咄嗟に目を逸らすが、一通り中を漁ったデュバリィは動きを止めた。

 

「えっと……もしかして……」

 

「何でもありませんわっ!」

 

 一連の動作から何があったのかを察して声をかけるが、デュバリィは牙を剥いて威嚇してくる。

 

「あり得ませんわ……あり得ませんわ……何たる失態……」

 

 ぶつぶつと呟くデュバリィの顔は蒼褪めているが、次の瞬間笑顔になった。

 

「道中で倒した魔獣のセピス。これなら――」

 

「一応言っておくが、セピスの換金は然るべき場所でないとできないぞ」

 

「…………」

 

「いや、そんな顔されても……普通に考えてセピスで代わりに支払いされても困るだろ?」

 

 セピスも一つの欠片で大きさは様々なので一定の値段は付け辛い。

 専門家でなければその価値を正確に測れないのだから、店ごとにセピスを換金する事は出来ないのだ。

 デュバリィは笑顔のまま固まった。

 

「ちなみに無銭飲食はハーケン門の牢屋に連行されるぞ」

 

 自分の実体験をそのまま伝えるとデュバリィは小刻みに震え出した。

 

「いくら結社の人間だからって、麗しくも凛々しく、誇り高くも慈悲深き、《武》の頂点を極めし、超絶、素晴らしいマスターを崇める貴女が食い逃げなんてことはしませんよね?」

 

「と、当然ですわ。食い逃げなど騎士がするわけありませんわ、ええ、あり得ませんわ」

 

 リィンの言葉に当たり前だとデュバリィは胸を張って答える。

 が、額からダラダラと汗が流れている。

 

「そうだよな。でももし逮捕されたら、身元引受人は誰が来るんだ?」

 

「う……」

 

「そもそもちゃんと入国手続きをして来ているのか?」

 

「あう……」

 

「それにもし貴女が逮捕された場合、第三の試練は俺の不戦勝ということにして良いんだろうか?」

 

「あうあう……」

 

 涙目になって唸るデュバリィにもう少しいじめたくなったが、それをぐっと堪えてリィンは助け舟を出すことにした。

 

「俺が支払いをしましょうか?」

 

 その申し出にデュバリィは、リィン達が夕食を終わらせるまで悩み、悩み抜いて涙目になりながら小さく頷いた。

 

 

 

 

「良いですこと! 借りを作ってしまいましたが、明日の決闘では手は抜きませんわよ!」

 

「それは分かったからもう少し静かに喋ってくれないか、他のお客に迷惑だ」

 

「うぐ……」

 

 強気に出て威厳を保とうとしていたデュバリィはリィンの指摘にそれ以上の言葉を詰まらせる。

 場所は川蝉亭の二階の一室。

 彼女の部屋も別に借りようかと思ったのだが、デュバリィはそれを拒み、野宿すると言い出した。

 リィンとしては敵だとしても、女性一人を魔獣の出る街道で野宿させるのはどうかと思っての提案だったのだが、デュバリィは頑なに拒み、川蝉亭の扉を開いたところで雨が降り出した。

 止みそうにない雨にデュバリィはまた涙目になってリィンの申し出を受けることとなった。

 

「それにしても財布を忘れたって、ここに来るまでに気付かなかったのか?」

 

「ここには結社が所有する小型の飛行船を使って来たので、ミラを使う機会がなかったんですわ」

 

「あれ? それならそっちに寝泊まりすることができたのか?」

 

「……飛行船は哨戒のついでに乗せてもらったので今はボースにはいません」

 

「それは……何と言うか……すまない」

 

「謝らないで下さいっ! 余計に惨めに感じるじゃないですかっ!」

 

 思わず謝ってしまったリィンにデュバリィは威嚇するように声を上げる。

 

「良いですか! これはあくまで緊急処置です! ここで襲ってくるならば明日を待たずに斬って捨てますわよ」

 

 ベッドに座りながら威嚇するように剣を向けてくるデュバリィにリィンはため息を吐く。

 

「それはこっちのセリフだ……

 君にその気はないのかもしれないけど、完全に信用したわけじゃない」

 

「なっ!? わたくしの方が襲うですって!?」

 

 何故か顔を赤らめるデュバリィにリィンは首を傾げ、続ける。

 

「数日前に結社の人間にぬいぐるみに爆弾を仕込まれて襲われているんだよ」

 

「あ……そういう意味ですの……」

 

「他にどんな意味があるんだ?」

 

「う、うるさい……どうでもいいでしょそんなことっ!」

 

 赤らめた顔でリィンの質問を誤魔化し、デュバリィは咳払いをする。

 

「御安心なさい。そのような外道な方法はおろか、一宿一飯の恩を仇で返すような真似はマスターの名に誓ってしませんわ……

 何でしたら、この剣を貴方に預けても構わないですわよ」

 

「そこまでしなくても……」

 

「わたくしとしても、警戒して貴方が寝不足で明日の決闘に本調子でないと言い訳されたくありませんわ」

 

 そう言うとデュバリィは強引に剣を鞘に納めたまま差し出した。

 引っ込める様子のないそれにリィンは観念して受け取る。

 

「何と言うか、イメージ通りの人だな」

 

「え……?」

 

「真っ直ぐと言うか――曲がったことが嫌いそうだし、今まで会った結社の人間の誰よりも好感が持てるよ」

 

「な、何をしれっと歯の浮くようなことを!」

 

「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだが……」

 

「余計にタチが悪いですわよ! まさか誰彼構わずそんなことを言っているんじゃないでしょうね!?」

 

「そんなことは――」

 

「概ねその通りです」

 

「アルティナ!?」

 

 否定の言葉はアルティナの肯定に遮られた。

 

「リーンは隙があれば人の頭を撫でようとします。リーンの手は不埒です」

 

「……もしかして頭を撫でられるのは嫌だったのか?」

 

「いえ、そんなことはありません。今のは冗談です」

 

「冗談って……」

 

 リィンはがっくりと肩を落とす。そういうことを言えるようになったのも含めて成長なのかもしれないがこういう形でそれを実感したくなかった。

 

「驚きましたわね」

 

「驚くって何のことだ?」

 

「その子、《Oz70》……

 他の《Oz》と違って、随分と人間らしく動くようですわね」

 

「まるでアルティナが人間じゃない言い方だな?」

 

「まるでではなく、《Oz》は人間じゃありませんわよ……

 貴方がどこまで知らされているか知りませんが、一体およそ50万ミラで同じ姿と顔で量産できるものをどうして人間扱いできますの?」

 

 デュバリィの言葉にリィンは激昂しようとしたのは堪える。

 アルティナが語ったことを疑うつもりはなかったが、別の人間から改めて言われたことでアルティナの出生を再認識する。

 

「例え、他にアルティナと同じ存在がいたとしても、このリベールで過ごして俺たちと《縁》を繋いだのはこの子だ……

 それを否定する奴は誰であっても許すつもりはない」

 

「生意気な……ですが、そうですね……その子はどうやら結社の枠を外れたことで、《教授》たちの思惑とは異なる成長をしたようですわね」

 

「え……?」

 

「何ですのその顔は? わたくしだって、どのような出自で生まれた命であったとしても、それがきちんと自分の意志を持って動くのならその存在を認めるのもやぶさかではありませんわよ」

 

 あっさりとそう言うデュバリィにリィンは再び苦笑を浮かべて――

 

「やっぱり貴女は良い人みたいだな」

 

「え…………?」

 

 リィンの一言にデュバリィは面を食らって、頬を紅潮させる。

 

「また貴方は歯の浮くようなセリフを……」

 

「いや、別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど」

 

 わなわなと震えるデュバリィにリィンは弁明をするが、デュバリィは枕を掴み――

 

「とっとと寝やがれですわっ!」

 

 リィンの顔面に全力で投げつけた。

 

 

 

 

 翌日、昨夜の雨が嘘のように晴れ渡った青空の下でリィンとデュバリィは向き合っていた。

 彼女は白い鎧と兜、そして両手には剣と盾を携えた一目で騎士と分かる格好をしていた。

 

「さあ、覚悟はよろしいですわね」

 

 剣の切っ先を向けてくるデュバリィが纏う気配には昨日のような残念さは微塵も残っていなかった。

 どこかまだ昨日のやり取りを引きずっていたリィンはその張り詰めた空気に改めて目の前の女性が第三の試練の相手なのだと実感する。

 

「ああ……俺の勝利条件は、貴女に膝を着かせること」

 

「そしてわたくしの勝利条件は貴方を叩きのめし、アルティナを斬ること」

 

 真っ直ぐなその目に躊躇いはない。

 女子供さえも、必要であるならば斬るとその目が雄弁に語っている。

 《教授》の思惑はともかくとして、デュバリィはそれこそアルティナが《結社》を抜ける試練として本気で立ちふさがるつもりのようだった。

 

「だけど、本当に良いのか?」

 

「ええ、構いませんわ。むしろ丁度良いハンデですわ」

 

 デュバリィの言葉を聞いて、リィンは振り返ってアルティナの姿を確認する。

 

「サポートは任せてください」

 

 無表情ながらも張り切った様子のアルティナが戦術オーブメントを握り締め、万全の状態で身構えている。

 《銀》の時は十本の猶予があったように、今回のハンデがそれだった。

 アルティナの戦闘の参加を認める。しかも、リィンが健在の場合はアルティナを直接狙わないという制約まで課して。

 

 ――当然の余裕か……

 

 彼女が《剣帝》に匹敵する実力の持ち主ならそれこそただの二対一でも歯が立たないだろう。

 あれから二ヶ月。

 果たしてどれだけ差を縮めることができたのか。

 リィンは緊張を感じながらも、太刀を抜き構える。

 

「さあ、来なさい」

 

 対するデュバリィも盾を前に構えて不敵に笑う。

 

「我がマスターより授かりし神速の剣――いざ尋常に勝負ですわっ!」

 

 開幕と同時にアルティナがファイヤボルトを放つ。

 正面から撃ち込まれてそれをデュバリィは剣に冷気を纏わせて一閃して斬り払う。

 

「っ……」

 

 炎が散る中、リィンは踏み込み太刀を振り抜く。

 が、デュバリィは冷静に盾でその一撃を受け止めて、払いのける。

 

「もしかして盾は初めてですの?」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 たった一太刀で見透かされ、彼我の実力差を思い知らされる。が、怯んではいられない。

 再び太刀を振るい、太刀は弾かれるものの、その勢いのままリィンは立ち位置を入れ替える。

 

「卑怯かもしれないが、形振りを構うつもりはないんだ」

 

 アルティナと挟撃する形を取りながらリィンは鍔競り合いをする。

 決めたルールをデュバリィが守るのなら、この形になっても彼女はアルティナを狙いに行けない。

 

「ええ、卑怯だなんて言いません――わよっ!」

 

 デュバリィはリィンを押し飛ばし、振り返り様に背後から撃たれた光弾を斬り払う。

 すかさずリィンはもう一度斬りかかるが、それは盾に阻まれた。

 

「甘いですわよ!」

 

 丸みを帯びた盾を巧みに使い刃を逸らして、剣が突き出される。

 堪らずリィンは大きく後ろに跳んでそれを避ける。

 が、突然リィンの前からデュバリィの姿が消え、風が吹いた。

 

「こっちですわ」

 

 声は背後から、跳び退いたリィンを追い越して背後を取ったデュバリィは声を掛けてから剣を振り被り――咄嗟にリィンが太刀を盾にして身構えたところで逆側から盾に殴り付けられた。

 

「くっ……」

 

「盾がただ防ぐだけの防具だと思ったら大間違い。打撃武器としても使えるんですわよ」

 

 言われるまでその可能性を失念していたことにリィンは歯噛みする。

 盾の使い方一つとっても完成した技術を感じさせる。

 そして何より――

 

「あれが貴女が《神速》の渾名の由縁ですか」

 

 リィンの目を置き去りにして、リィンが跳んで着地するまでのわずかな刹那で背後を取るほどの速度はまさに《神速》だった。

 

「どうしました? まさかもう怖気づいてしまったわけではないでしょうね?」

 

「誰が怖気づくか」

 

 太刀を構え直したリィンの体に補助アーツが重なって施される。

 

「安心しましたわ……それでこそポッと出の雛鳥に格の違いというものを思い知らせてやる甲斐がありますわ」

 

「…………何だか随分恨まれているようだけど、まさか昨日の施しがそんなに気に障ったのか?」

 

「違いますわっ! いきなり現れて《剣帝》から一本を取った? 私がそれをするのにどれだけ苦労したか分かっていますのっ!?」

 

「ええ!?」

 

 突然怒り出したデュバリィにリィンは困惑する。

 

「しかもそのことでマスターに気に掛けていただくなんて……

 その上、マスターを差し置いて超帝国人を名乗る傲岸不遜ぶり……その罪、死を持って償いやがれですわっ!」

 

 理不尽な叫びを上げ、剣に炎を宿してデュバリィは斬りかかってくる。

 状況は全く理解できないが、リィンはその斬撃を受け止める。

 

「っ……」

 

 女性の細腕とは思えない程の膂力に舌を巻く。しかし――

 《剣帝》の一撃はもっと鋭かった。

 《痩せ狼》の勢いはもっと荒々しかった。

 《怪盗紳士》の戦術はもっと意表をついてきた。

 《銀》は全く隙を見せなかった。

 彼らと比べれば、そしてアルティナの補助アーツで支えられている今の状況ならば決して勝てない相手ではないと、リィンは考える。

 

「雛鳥ごときが舐めるなっ!」

 

 剣を合わせて、リィンのそんな思考を読み取ったのかデュバリィは叫ぶ。

 その叫びに、例え彼らと比べて劣るとしても決して侮っていけない相手だとリィンは気を引き締める。

 

「豪炎剣っ!」

 

「業炎撃っ!」

 

 互いに炎を纏った剣戟を打ち合わせる。

 反動でそれぞれが後ろに後退し、そこを狙いすましてアルティナのアーツが放たれる。

 が、一瞥もくれずにデュバリィは危なげなく回避する。

 

 ――すごいな……

 

 その技量にも場違いながら感心してしまう。

 対峙するリィンに集中しながらも、アルティナの動きを見逃さない視野の広さ。

 改めて剣士としての彼女の完成度を実感する。

 しかし、見惚れてばかりはいられない。

 

 ――まずはあの盾をどうにかしないと……

 

 攻撃をことごとく防ぐ盾を攻略しない限り、リィンの勝ち目はない。

 剣を交えながら隙を伺い、リィンが出した答えは――

 

「四の型、紅葉切り」

 

 丸みを帯びた表面を巧みに使うデュバリィの技に真っ向から挑む。

 彼女の呼吸を、リズム、速度、全てを見切り。ここぞというタイミングで放った鋭く速い一閃が盾を真っ二つに両断した。

 

 ――よし……

 

 リィンは内心で喝采を上げる。

 これで防御の要は崩した。戦況は自分の方に傾いたが、ここからが本番だと一層気を引き締める。

 が、当のデュバリィは半分になった盾を見下ろして呆然としていた。

 

「……あり得ませんわ……確かに手加減をしていましたが、わたくしがこのような遅れを取るなんて……」

 

 ぶつぶつと呟くデュバリィの異様な雰囲気を醸し出す。

 

「あの方より授かりし剣が……こんな雛鳥に……あり得ない……絶対に……絶対にあり得ませんわッ!!」

 

 半分になった盾を投げ捨てて、デュバリィは叫びと共に闘気を放出させ目の前から消えた。

 それを待ち構えていたリィンはデュバリィの姿が消えたと同時に《疾風》の歩法で駆け出した。

 集中してかすかに見える影を追い全力で駆ける。

 

「遅いっ!」

 

 しかし、本気を出した彼女の速度に追い付くこともできず、いつの間にか背後を取られて斬り付けられた。

 

「うぐっ」

 

 痛みに怯み、足が鈍る。そこに三人のデュバリィが畳みかけるように殺到する。

 

「プリズム・キャリバーッ!」

 

 全方位からの攻撃にリィンは成す術なく切り刻まれた。

 

 

 

 

「ふぅ…………は、しまった」

 

 残心を解いて、デュバリィはしまったと顔をしかめた。

 一宿一飯の恩もある。

 《教授》の思惑に乗るのも癪なので、マスターに十分な報告ができるだけの成果が得られればそこで退こうかとも思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればリィンの奮戦にデュバリィはつい本気を出してしまった。

 

「わたくしもまだまだ未熟ですわね」

 

 大人気ないことをしてしまったと反省するも、すぐに切り替えてデュバリィはアルティナを見る。

 

「残念でしたわね……見ての通り貴方の保護者は――」

 

「ま……だだ……」

 

 勝利の宣言を遮ってリィンは立ち上がった。

 全身から血を流しながらも、その目に宿る意志の光は少しも衰えていない。

 

「立ち上がったのならば、覚悟は出来ているんでしょうね?」

 

「俺は……まだ負けてない」

 

 息を荒くしながらもしっかりと言葉を返してリィンにデュバリィは敬服する。

 アルティナを守ろうとする強い意志。

 どんな強敵を前にしても物怖じしない精神力。

 剣の腕こそまだまだ未熟だが、目の前の子供はすでに一人前の戦士だった。

 だからこそ――

 

「ならば、ここでその意志……挫かせてもらいますわ」

 

 ここでデュバリィが勝ちを譲ったとして、おそらく次の試練もリィンは切り抜けるだろう。

 しかし、これはあの《白面》が用意した試練。

 勝ち抜いたからといって、本当に彼がアルティナを解放するとは思えなかった。

 何か、最低最悪で趣味の悪い謀があるのではないかと、勘ぐってしまう。

 もし、リィンがそこまで行きついてしまえば、心が折られるだけではすまないだろう。

 

 ――ならばここで、折っておくのがせめてもの慈悲……

 

「瞬迅剣っ!」

 

 デュバリィは一気に加速し、そのままの勢いでリィンに斬りかかる。

 が、リィンは歯を食いしばり太刀をその場に落として前へ、剣を振り被ったデュバリィにへと踏み込んだ。

 

「なっ!?」

 

 予想外の行動にデュバリィは剣筋を乱す。

 そこにリィンは彼女の胸に頭をぶつけるように体当たりをして、そのまま突き進む。

 

「ちょ!? まさか刺し違える気ですの!?」

 

 突き進む先、デュバリィの背後には塔の縁。

 リィンの腕はデュバリィの腰をがっしりと抱え、決して放さないという意思が伝わってくる。

 流石のデュバリィもこの塔の高さから地面に叩きつけられては一溜りもない。

 

「往生際が悪いですわよっ!」

 

 押し込むリィンに対してデュバリィもまた足に力を入れてその場に踏ん張る。

 男と女の膂力の差はあっても、リィンは今半死半生、容易くリィンの進撃は止まる。

 

「さあ、観念して――」

 

「確か……こうっ!」

 

 リィンの呟きにデュバリィの背筋は粟立つ。

 

「何を――がっ!?」

 

 次の瞬間、リィンが触れていた脇腹に凄まじい衝撃が貫いた。

 

「く……あ……」

 

 たった一撃で膝が笑い、肺の空気が絞り出される。

 

 ――まさか、この技は《痩せ狼》の!?

 

 まともに呼吸さえできなくなったデュバリィは思考の中で戦慄する。

 拳を振るえない零距離から接触打撃、寸勁。

 それは執行者の一人が大道芸と称する技に違いなかった。

 

「もう……一発っ!」

 

「がっ!?」

 

 二度目の衝撃は最初の一撃よりもさらに衝撃を伝えて、あばら骨を軋ませる。

 

「倒れ――」

 

「調子に乗るなっ!!」

 

 さらにもう一撃が叩き込まれると同時にデュバリィは吠え、左腕を乱暴に振り回しリィンを殴りつけた。

 リィンの腕が外れ、仰け反って倒れていく。

 

「くっ……」

 

 がくがくと震える足にデュバリィは必死に力を込めて、膝を着かないように耐える。

 

「何たる……無様……」

 

 手心を加えたところで手痛い反撃を受けてしまった自分を恥じる。

 まだ未熟な雛鳥だと思っていたが、とんでもない牙と爪を隠し持っていた猛獣だった。

 そしてデュバリィが呼吸を整えている間にリィンは太刀を拾う。

 

「こっ……のぉっ!」

 

 震える足を殴り、喝を入れてデュバリィは前へと踏み出す。

 先程まで考えていた引導を渡すなどの余計な思考はそこに一切ない。

 ただ目の前の男を全力を出して倒す。その意志だけを剣に乗せる。

 対するリィンもまた小細工なしで前へと踏み出した。

 剣が甲高い音を立てて交差する。

 二人はそのまま互いの横を駆け抜けて、振り返り、同じように駆け出して剣を交える。

 

 ――苦しい……ですが……

 

 膝が震える。呼吸はまともにできない。コンディションは今まででないくらいに最悪なのに意志だけが体を突き動かす。

 

 ――こいつには絶対に負けたくありませんわっ!

 

 剣を交えては離れてを繰り返し、その末に――

 

「喰らいなさいっ!」

 

 デュバリィはリィンの太刀より一歩速く、カウンターの要領で剣を振り抜く。が、リィンは咄嗟の反応でそれを避けた。

 

 ――ちっ……しぶとい……

 

 何合目かの仕切り直しだが、すでにリィンの剣筋を見切り始めたデュバリィは次こそはと意気込み、それまでと同じように加速した勢いをそのままに駆け抜けようとして――

 

「え……?」

 

 目の前の光景が止まったかのようにデュバリィの目にそれは映った。

 デュバリィの剣を避けたリィンは体勢を崩し、それまでに乗っていたスピードも乱しているはずだった。

 だが、デュバリィの前にいるリィンは身を深く沈ませて、直前まで抜き身で持っていたはずの太刀を鞘に戻して腰溜めに身構えていた。

 

 ――ありえない……

 

 この高速戦闘で勝敗を分かつのはどちらが先に相手の速度を上回るか、もしくは失速するかのどちらかだと思っていた。

 だが、リィンは逆にデュバリィの剣を見切り、剣を振る動作を囮にして身を躱すと同時に納刀していた。

 そしてそこから繰り出される技は東方剣術の抜刀術。

 

「伍の型《残月》」

 

 リィンの太刀は《神速》を捉えた。

 

 

 

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 太刀を振り抜いた姿勢のまま固まっていたリィンは酸欠で白く染まりかけた意識のまま、その場に膝を着く。

 どれほど《疾風》で斬り合っていたのか分からない。

 だがその末に、デュバリィの剣が目の前に迫り、リィンは自分の敗北を察した。

 が、そこから先はもうリィンの意志とは関係なく体が勝手に動いていた。

 二の型《疾風》の中に伍の型《残月》を織り交ぜる。

 それをしたと自覚したのはデュバリィが倒れた後だった。が、言う程簡単なものではない。

 相手の攻撃を紙一重で避けられなければ、《疾風》の速度が少しでも緩めば、納刀する速度に少しでも淀みがあれば、そんな技は成立しなかっただろう。

 

「勝ったのか……?」

 

 そんな奇跡のような技を自分で放ったと自覚できず、呆然とリィンは大の字に倒れたデュバリィを見下ろした。

 

「…………わたくし……負けましたの?」

 

 そしてデュバリィもまた大の字に倒れたまま、自分の敗北を受け入れ切れていなかった。

 そのまま呆然と二人は荒い呼吸の音だけを共有する。

 そして――

 

「ひぐ……」

 

「え……?」

 

 嗚咽の声にリィンは耳を疑った。

 

「うあああああああっ!」

 

 顔を両手で隠し、抑え切れない激情を吐き出すようにデュバリィは声を上げる。

 

「デュバリィさん!?」

 

 大人とは言え、泣き出した女性を慰める術など知らないリィンは大いに慌てた。

 しかも自覚できなくても仮にも勝者が敗者へと語るべき言葉などあるものなのか。

 とにかく、声を上げて泣くデュバリィにリィンは取り乱す。が――

 

「デュバリィ」

 

 その凛として女性の声に慌てていたリィンの思考は静まり、泣き叫んでいたデュバリィの嗚咽もぴたりと止まった。

 

「顔を上げなさいデュバリィ」

 

 いつの間にか現れたその女性をリィンは座り込んだまま見上げる。

 長い金髪の美女。

 服装はデュバリィの私服と似たものだが、彼女が着ると素朴な服なのに気品さを感じさせるほどの触れ難いものを感じさせた。

 

「……マ゛ス゛タ゛―」

 

 涙が混じった声でデュバリィは彼女の事をマスターと呼んだ。

 

 ――この人が《結社》の幹部……

 

 なるほど、確かに彼女が絶賛する程の存在だった。

 

「も、申し訳ありません……マスターより授かった剣に泥を塗るような――」

 

 よたよたとデュバリィは体を起こして――

 

「そのままで構いません。デュバリィ……」

 

 彼女の言葉を遮り、女性は続ける。

 

「負けましたね」

 

「…………」

 

 単刀直入な言葉にデュバリィは黙り込む。が、女性は気を悪くした素振りもなく続ける。

 

「悔しいですか?」

 

「で、ですがもう一度戦えばわたくしが――」

 

「もう一度、なんてものは戦場にありません」

 

「うぐ……」

 

「もう一度聞きます。デュバリィ、悔しいですか?」

 

「………………………………………………はい」

 

 長い沈黙の末にデュバリィは頷いた。

 

「ならばその気持ちを大切にしなさい」

 

「え……?」

 

「貴女は私やレオンハルトを尊敬するあまり自分では敵わないと、心の中で見切りをつけていましたね……

 ですが、《武》において、例え敵が誰であろうと、負けて仕方がないなどと思っている者はそれ以上の成長することはありません……

 彼に負けて泣いてしまうほど悔しいと思えるなら、貴女はまだ強くなれます」

 

「マスター……」

 

 感激の表情を浮かべるデュバリィからその女性はリィンに向き直る。

 

「感謝しますリィン・シュバルツァー。貴方のおかげでデュバリィは殻を破ることができたようです」

 

「あ……いえ……そんな俺は敵として戦っただけで」

 

 突然話を向けられてリィンは狼狽える。

 

「そして貴方の戦いぶりも見事としか言えないものでした……

 《痩せ狼》の技に、極限の中で見出した新たな境地、来た甲斐がありました」

 

「そういえばマスターはどうしてここに? 《教授》には計画の邪魔になるから関わるなと言われていらしたはずですよね?」

 

「デュバリィ……もういいのです」

 

「はい……?」

 

 労うような女性の言葉に意味が分かっていないのか、デュバリィは首を傾げる。

 

「あえて道化を演じ、私がこの場に来れる口実を作ってくれたのでしょう?」

 

「あ……あの……マスター、何を仰っているのか分からないのですが……」

 

 全く心当たりがないデュバリィは困惑を極める。

 それを惚けているのだと思った女性は懐から、それを取り出してデュバリィに渡した。

 

「忘れ物です」

 

「え、あ……これはわたくしの財布……え……?」

 

「私は部下の忘れ物を届けに来ただけ……《白面》の計画とは全くの無関係です。そういうことですよね、デュバリィ?」

 

「…………へ……?」

 

「あ、そういうことだったのか」

 

 あくまで白を切るデュバリィに対してリィンは理解した。

 あえて財布を忘れることで、本来ならこの場に来れないはずの彼女が来る口実を作った。

 

「てっきり素で間が抜けているとか、ポンコツとか残念な人だと思っていたけど、全部演技だったのか」

 

 敬愛するマスターのためにそこまでするデュバリィにリィンは思わず尊敬の眼差しを送る。

 

「ええ、デュバリィは私の自慢の部下ですから」

 

 そして敬愛する方から慈しみの笑みを向けられたデュバリィは顔を伏せた。

 

「い……いえ……マスターのお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 あくまで自分の失態だったと言い張るデュバリィに、リィンはこれが騎士なのかと感心する。

 

「……そういうことにしておきましょう」

 

 そして女性はそれ以上何も言わず、デュバリィの謝辞を受け入れた。

 そして、おもむろにリィンに向き直る。

 

「リィン・シュバルツァー……この偶然の機会、是非とも私と一手交えてもらえませんか?」

 

「っ……」

 

 向けられた覇気にリィンは息が詰まる。

 面と向かって対峙するだけで分かる圧倒的な格の違い。

 デュバリィが絶賛して褒め称えた言葉は決して誇張でないと実感する。

 

「…………貴女程の達人と手合わせができるなんて、願ってもありません。この偶然に感謝したいくらいです」

 

 体が震えて今にも逃げ出したいが、この場を作り出した騎士に敬意を払って強がる。

 

「ありがとうございます」

 

 女性は虚空へ手を翳すと、眩い光が溢れ、次の瞬間には大きなランスがその手に握られていた。

 

「我が名はアリアンロード……

 結社《身喰らう蛇》の《使徒》第七柱を任されています。何卒よしなに……」

 

「っ……八葉一刀流《初伝》……リ、リィン・シュバルツァー」

 

 ランスが現れたところで覇気はさらに研ぎ澄まされ、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 対峙して、デュバリィの気持ちを理解する。

 気合いや根性でどうにかできるような話ではない。それ程までに圧倒的な差があった。

 ふと、鍔を無様に鳴らす手に温かなものが触れた。

 

「え……?」

 

「リーン、私も戦います」

 

 見下ろすと、アルティナがそう主張してきた。

 緊張に固まるリィンの横で、アリアンロードの覇気に体を震わせながらもアルティナは気丈にも戦術オーブメントを構える。

 

「まったく……情けない保護者だな」

 

 自嘲してリィンは鞘から太刀を抜き放つ。

 アルティナのおかげで手の震えは治まった。ならばあとは玉砕覚悟で突き進むだけ。

 

「マスターアーツ駆動――《神気合一》」

 

「オーバルエネルギー出力最大」

 

 クォーツの《鬼の力》を開放し、リィンは変身する。

 そして目の前にはアルティナが作り出した炎球が現れる。

 それを一閃、二閃、三閃。

 自身の闘気の焔を纏う刃で斬り付けるたびに、炎は焔に飲み込まれ、より大きく、そして激しく燃え上がる。

 

「いくぞっ!」

 

 準備に多大な時間を掛けたが、アリアンロードはこれまでの執行者同様にリィン達の準備が整うのを待っていた。

 

「是非もなし」

 

 スタンスを広くし、アリアンロードはランスを構える。

 アリアンロードを中心に風が荒れ狂う。

 そして、焔の羽ばたきを携えてリィンは突進する。

 

「合技――鳳凰烈波」

 

 迎え討つは鋼の一突き。

 

「聖技――グランドクロス」

 

 焔と鋼。

 その勝敗は語るまでもない結末だった。

 

 

 




 もしもあの人の出番がなかったら……

痩せ狼
「そいつは《鬼の力》を使って《北の猟兵》を蹴散らしやがった……ククク、あれは強くなるぞ」

怪盗紳士
「私の時は、剣帝の剣術を真似た技を使われたな。まったくここまで私の心を揺さぶるとは罪な男だ」

道化師
「僕は《塩の杭》のレプリカを刺してあげたね。いやー見事に黒い焔で焼き払われちゃったよ」

神速
「今回は遅れを取りましたが、次は必ず私が勝ちますわ」

鋼の聖女
「彼らの真っ直ぐな技に私も思わず、最高の技で返してしまいました……次にまみえる時が楽しみですね」

劫炎
「………………」

痩せ狼
「しかも俺の技まで使いやがるとはな、ますます気に入ったぜ」

怪盗紳士
「ふむ、ここは一つ私も彼に有用そうなマジックを一つ披露してみるとしようかな」

道化師
「いいね、分け身なんか覚えさせて上げたら面白くなりそうだね」

神速
「ちょ、彼に変な芸を仕込むのはやめてください!」

鋼の聖女
「数年後の幻焔計画……彼が起動者になるなら……ふふふ……」

火炎魔人
「がああああああああああああああああああっ!」




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