ボース支部遊撃士ギルド。
「それじゃあ、まだ手紙は来ていないんですか?」
「うむ。それらしいものはうちにもロレントにもまだ届けられてないようじゃ」
ルーアンの時のように肩透かしをくらった気持ちになりリィンは微妙な顔をする。
「それにしても《北の猟兵》に続いてまさか《東方の魔人》とはの……
《怪盗紳士》の実験も驚くべき技術だが、資金力も侮れんの」
「《北の猟兵》? ツァイスで襲ってきた奴等のことですよね? 身元が分かったんですか?」
「うむ。そいつらはノーザンブリアの元軍人によって構成される軍人でな……昔、サラが所属していた猟兵団でもある」
「サラさんの……」
アルティナ一人を殺すために十数人で完全武装して形振り構わずに襲ってきた最初の刺客。
「一応言っておくが、サラがいた頃は最低限の秩序は保っていたんじゃ……
だが今ではミラのためならそれこそ仕事も手段も選ばないようになってきての。成り立ちには同情するが危険度という意味では二大猟兵団に勝るとも劣らんの」
「そうですね……」
国土の半分が《塩化》して貧困に喘いでいる国だということは知っている。
だからといって、《自国の民》のためと大義名分を掲げれば何でも許されるわけではない。
「まあ、過ぎたことは良いとして……
流石にここまでのビッグネームが続くとなっては対策を考えなくてはいかんな」
「ルグラン爺さん。でも相手は俺とアルティナだけで来いって指定されているんですよ?」
「じゃが馬鹿正直に行っても勝ち目は怪しいもんじゃろ?
《北の猟兵》、《東方人街の魔人》。それに以前の《西風の旅団》……
もしかしたら次は《赤い星座》が来るかもしれんぞ」
「《赤い星座》……そういえばそっちの猟兵団の話は聞いたことなかったですね。どんな猟兵なんですか?」
「うむ……こと戦闘能力だけで見れば《西風》を凌ぐ者たちじゃ……
一人一人が一騎当千の実力の持ち主。もしそんな相手が試練の相手となったらリィン君はどうするつもりじゃ?」
尋ねられてリィンは押し黙る。
銀との戦いも最後は《鬼の力》に頼った力押しによるものだった。
あの時の域にまで感情を燃え上がらせなければ《鬼の力》は使えそうにないことを考えるとあまり宛にはできない。
《銀》がそうであったように相手側にリィンの勝ち目はあえて作られているようだが、だからといってそれが安易な条件ではないことは痛感させられた。
「でも何か良い方法はあるんですか?
おそらく結社が外部の人を雇っているのは、リベールで暗躍している計画とは別物だからだと思うんです……
戦う前に相手を特定することも、後で尾行しても結社のアジトへ向かうわけじゃないですから、どうしようもないですよ」
リーシャがその最たる例だろう。
観光客などいくらでもいるとは言わないが全くいないわけではない。
見慣れない人間を全て警戒するなどできるはずもない。
「簡単なことを上げるなら、塔を監視しておけば人数の把握と援軍を阻止することはできる。ちょうどアネラスとシェラザードがツァイスから戻って――」
その名前が出た瞬間、ギルドの扉が音を立てて派手に開かれた。
「アルティナちゃんっ! 三ヶ月ぶりっ!」
名前が上がったばかりのアネラスは現れるやいなやアルティナに両手を広げて突撃した。
が、アルティナはしゃがんでアネラスのハグを回避してリィンの背中に隠れる。
「うう……せっかくの再会なのに……」
涙目になるアネラスにそれを言いたいのは自分の方だとリィンは嘆く。
「はあ……相変わらずですね」
「全くよ。いきなりアルティナちゃんの匂いがするなんて走り出したと思ったら」
リィンのため息に同意したのは、彼女に遅れてギルドに入ってきたシェラザードだった。
「お久しぶりです。アネラスさん、シェラザードさん」
「ん……」
「ええ、二人とも女王生誕祭以来ね」
「久しぶり。弟君、アルティナちゃん」
泣いたカラスがもう笑ったという言葉の通り、姉弟子のアネラスは満面の笑顔を浮かべた。
*
「へえー……そのゲームを仕掛けた外道はどこにいるのかな? ちょっと八葉滅殺してくる」
「アネラスさん、気持ちは十分に分かりますが落ち着いてください」
これまでの経緯を二人に説明したリィンが早速動こうとしたアネラスを宥める。
「そうよ……どこのどいつが仕掛けてきたのか分からない以上、探しようはないわ」
「シェラザード先輩、それはそうですけど……」
「現状ではリィン君について私たちが介入できることはほとんどないわ……
仮にルールを犯してリィン君に同行したとして、どんなペナルティを吹っ掛けられるかも分からない……
私たちにできることはリベールのどこかにあるはずの《結社》のアジトを見つけて、それこそ元凶を締め上げることだけよ」
「うう……」
シェラザードの言葉に反論できず、アネラスは唸る。
「そういえばどうしてシェラザードさんがボースに?
確か、ロレントにいるってエステルさんに聞きましたけど」
「結社の件とは別件でちょっとアネラスと一緒に動いているの……
女王生誕祭の時に逃げた空賊団と特務兵の残党を追って各地を回ってるのよ……
そういえばカルデア隧道でエステル達に会ったけど、ルーアン地方でまた世話をかけてしまったみたいね」
「いえ……今は臨時とはいえ俺も遊撃士の一員ですから当然のことをしたまでです」
「はぁ……ティータちゃん……かわいかったなぁ」
「じー」
「はっ、もちろんアルティナちゃんも負けないくらいかわいいよ」
「アネラス……今真面目な話をしているから少し黙ってなさい」
「はい……すいません」
「とりあえず一通り有力な情報があった場所は回ってきたから、次の情報が入るまで手を貸せるけど何か要望はあるかしら?」
「要望ですか……ならアネラスさんに鍛錬をつけてもらいたいんですが」
「私……? もちろん構わないけど、数日だけじゃ大したことはできないと思うよ」
「それは分かってます……だけど何もやらないよりかはずっとマシなはずです」
銀との戦いは多くのことを考えさせられるものだった。
近・中・遠の三距離を武器を使い分けて立ち回る様は八つの型がある八葉一刀流に通じるものがある。
しかし、隙のない銀の戦い方に対して自分のそれがどれだけ稚拙だったか痛感した。
クナイ一つ投げるにしてもそこに含まれた技の深さはリィンには漠然としか読み取れなかった。
あの練度までとは言わなくても、早急に自分の技を見つめ直す必要があるとリィンは考えていた。
「そのことですが、提案があります」
「アルティナ?」
珍しいことにアルティナがリィン達の会話に割って入ってきた。
「次の戦闘では私もリーンと一緒に戦います」
「アルティナちゃんそれは――」
「私は欠陥品ですが元々戦闘を前提として調整されています。体が小さい欠点こそあれ、戦闘能力は通常の子供以上であることは保証します」
「アルティナ……」
紺碧の塔で自分の身を犠牲にして良いと主張した彼女が今度は共に戦うと言った。
そこに複雑なものを感じるが、彼女は彼女なりに考えていると思うと嬉しく思う。
「う、うーん」
「アルティナの気持ちは嬉しいけど……」
アルティナが普通の子供じゃないのは重々に承知しているが、やはり保護者としては十歳前後の子供を戦闘の参加させるのを認めるには抵抗があった。
「ねえ、アルティナちゃん」
何と説得しようかと頭を悩ませるアネラスとリィンに対して、シェラザードはアルティナのもらした言葉について追究する。
「貴女は今、自分のことを欠陥品だって言ったけどそれはどういう意味かしら?」
「あ……」
指摘されたアルティナは失言だったと思ったのか黙り込む。
「貴女の出自が普通じゃないのは何となく分かっていたわ……
そのことについて、リィン君が敢えて報告しなかったこともあるみたいだけど――」
「シェラザードさんっ!」
彼女の言う通り、リィンはまだアルティナの出生についてはギルドに報告していなかった。
いずれはするつもりだったし、まずはアネラスなど親交がある人から説明して徐々に受け入れてもらうようにするのが、アルティナの心情を考えてのリィンの方針だった。
「大丈夫よ……
何も私は貴女がリィン君を裏切るような真似をするとは思っていないわ……
ただ一緒に戦いたいと言うなら、貴女が話してくれるのを待っているリィン君に説明するのが筋ってもんでしょ?」
シェラザードの責めるような言葉にアルティナは黙り俯く。
「あ、あのシェラザード先輩――」
「アネラス。ちょっとお酒とジュースでも買って来なさい」
「ちょ、こんな時に何を――」
「良いから行ってきなさい!」
「は、はいっ!」
ドスの利いたにアネラスは背筋を伸ばして立ち上がる。
後ろ髪を引かれながら出ていくが、シェラザードはそれ以上問い詰めることはせず黙って待つ。
そして待つこと数分。覚悟を決めたアルティナが顔を上げ――
「私は――」
「買ってきましたっ!」
息を切らせて戻ってきたアネラスの声にアルティナの言葉はかき消される。
アルティナはジト目でアネラスを睨み告げた。
「アネラス、嫌い」
「はぐっ!?」
その一言にアネラスは胸を押さえて膝を着いた。
………………
…………
……
「製造番号《Oz70》素材タイプ《アルティナ》……それが《結社》における私を示す識別コードです」
改めて語り出したアルティナの出自はリィン達の予想を遥かに超えるものだった。
「《OZ》は結社が作り出した戦術殻と同期して操るために一から生成された人造人間です……
ですが、私はその戦術殻と同期することができないという欠陥があり、凍結されていました……
本来であれば、後日原因追究のため解体されるはずでしたが、リベールでの計画にとって不確定要素となるリーン・シュバルツァーの監視のために再利用されました……
以上が私が開示できる情報です」
語った時間は一分にも満たない短い時間だった。
しかし語られた内容なとてもその短い時間で飲み込めるものではなかった。
ある程度予想していたことだが予想を遥かに上回る。
そして自分のことなのに淡々と無表情に語ったことがそれに拍車をかける。
「アルティナ……」
何かを言わなければいけない。
そう思っても、話に飲まれてしまったリィンの思考は明確な言葉を作れなかった。
それは話すことを促したシェラザードも同じだった。
「アルティナちゃん」
そんな中で真っ先に動いたのはアネラスだった。
アルティナの《嫌い》という一言でいじけていたアネラスはいつの間に立ち上がってアルティナに寄り添い、その手を取った。
「辛かったんだね。アルティナちゃん……」
「辛い?」
アネラスの言葉にアルティナは意味が分かっていないように首を傾げる。
「だけどもう大丈夫だよ……
アルティナちゃんのことは遊撃士ギルドが総力を上げて守ってあげるから」
自分のことのようにアネラスは涙を浮かべ、アルティナを抱き締めようと手を広げ――いつものように空を切った。
「あ、あれ……?」
「不埒な気配がしました」
いつものようにリィンの背中に隠れるアルティナに毒気が抜けたようにリィンは息を吐いた。
「よく話してくれたなアルティナ」
「……ん」
労う様にリィンはアルティナの頭を撫でる。
「それにしても胸くそが悪くなる話だったわね」
遅れてシェラザードもアルティナの語った話の感想を呟く。
「ええ……人をいったい何だと思っているんでしょうね」
人を造り、不良品と定め、有効活用という理由で使う。
そして気まぐれのようにゲームと称してアルティナを利用している。
いったい何様のつもりなのか、改めてアルティナを守る気持ちが強くなる。
「これでリーンと一緒に戦うことを認めてもらえますか?」
「ええ、もちろん……でも今の貴女は結社ではどういう扱いになっているの?」
「任務を継続しリーンの下にいること、特に報告の義務はなく、リーンが試練を乗り越えることができれば結社から抜けていいと許可されました」
「そうか……それは絶対に負けられないな」
アルティナが予めこの試練について知っていたことについては今さら問うつもりはない。
しかし、リィンは改めてこの試練の重要度を認識するのであった。
*
「というわけでやって来ましたボースマーケット」
「アネラスさん、今は呑気に買い物をしていられる気分じゃないんですけど」
異様なテンションのアネラスに対してリィンは冷めた目を向ける。
「それは私も同じなんだけど……シェラザード先輩に鍛錬禁止って言われちゃって……」
「それはどうして?」
彼女もアルティナの話を聞いていたのだから、自分の胸の中にある昂りを感じているはず。
なのに、試練に備えて少しでも強くならなければいけない時にそんなことを言うシェラザードの意図が分からなかった。
「えっと……あんな話を聞いた後だからこそ、頭を冷やす時間を置くこと……
それから普段通りに見えるのかも知れないけど、だからこそアルティナちゃんを今は気に掛けて上げるべきだった」
「それは……」
言われてみれば、確かに自分が今冷静だという自信はない。
それにアルティナも平然とした顔をしているから分かり辛いが相当な覚悟で自身の秘密を打ち明けてくれたはず。
そんな彼女を放って鍛錬をというのは確かにありえない。
「確かにこれじゃあ冷静とは言えないな」
逸る心を自覚してリィンは切り替える。
「それじゃあシェラザードさんに言われた通り、今日一日はお休みということで……
せっかくだからエリゼ達に贈るプレゼントを選ぼうと思うけど、アルティナも選ぶのを手伝ってくれるか?」
「ん……」
リィンの呼びかけにアルティナはいつものように頷いて、リィンの手を取る。
その姿はどこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった。
………………
…………
……
「やっぱりエリゼちゃんへのプレゼントはぬいぐるみがいいと思うの」
「またですか? 前に贈ったものがありますからこれ以上ぬいぐるみは邪魔になるだけですよ」
「甘いよ弟君……ぬいぐるみが一つだなんてその子がかわいそうじゃない……
それに邪魔物扱いはひどいよ。ぬいぐるみはそこにあるだけで正義なんだから。ねーアルティナちゃん?」
「いえ、言っている意味が分かりません」
「がーん」
にべもないアルティナの一言にアネラスは大袈裟に膝を着く。
「いいもん……何て言われたって私は新しい子を買うんだから」
頬を膨らませたアネラスは拗ねたようにそっぽを向き――ハッと目を輝かせた。
「あれは……たしかみっしぃでしたか?」
初めてここで買い物をした時のことだからよく覚えている。
クロスベルのミシュラムのマスコットキャラクター、ねこをモチーフにしたぬいぐるみ。
「うん……そうだけど違う。よく見て」
アネラスは首を横に振る。
言われた通りよく見るが、あの時と同じ顔がリィンを見返す。
「そういえば服を着ていますね」
違いと言えばそれくらいだろうか。
リィンも見たことがあるリベール王室親衛隊の青い軍服をまとい猫耳が飛び出した帽子には羽が飾られている。
「おじさん、この子はどうしたの!?」
アネラスは以前と同じように店主に真っ先に尋ねる。
「おお、アネラスちゃんか……
そいつは以前に買ってくれたみっしぃなんだが、つい先日そこのテーマパークが開店したことを記念した限定品なんだよ」
「限定品……」
「ああ、なんでもリベール、エレボニア、カルバードや他の国でもその国に沿った限定みっしぃがそれぞれ発売されているらしい……
リベールは見ての通り王室親衛隊の制服を着たみっしぃだ……
それにしてもアネラスちゃんは相変わらずタイミングが良いね。そいつが最後の一つだ」
「この子買います!」
アネラスは一切の躊躇いもなくそう宣言した。
そして――
「あ……」
悲しげなその声にリィンは振り返った。
そこにいたのは小さな女の子が手を宙に不自然に伸ばしていた。
アルティナよりも少し大きい、ティータよりも小さい。レンと同じくらいの水色の長い髪の女の子。
その頭の上には猫耳を模した飾りが乗せられている。
リィンの記憶が確かならボースの子供ではない。
リーシャのことを思い出してリィンは自然と警戒心を募らせる。
が、少女はそんなリィンのことなど眼中にないのか、少女は伸ばした手を戻す。しかし、そこから一歩も動かず、じっとアネラスが抱える親衛隊みっしぃを見つめる。
「えっと……」
その強い眼差しに気付いたアネラスは困ったように苦笑いを浮かべる。
「もしかして、この子が欲しいの?」
「いえ…………はい……
ですが、私は競争に遅れた負け犬です。敗者は潔く去ります」
一歩二歩、少女は後ずさるがそこで動きが止まる。
物静かな印象を受ける少女だが、その眼差しに籠る熱はとても熱かった。
「えっとお嬢ちゃん……この限定みっしぃならグランセルのデパートにもいくつか入荷しているはずだけど」
「残念なことに、そちらを確認してからこちらに来ました……
つまりそれがリベールに残された最後の限定みっしぃだったんです」
しっかりとした口調で受け答えをする少女だが、その姿には哀愁が漂っていた。
「えっと……………そんなにこの子が欲しいなら譲ろうか?」
長い葛藤をしてからアネラスはそんなことを言った。
その言葉に少女は俯いた顔を勢いよく上げた。しかしすぐに首を横に振った。
「いけません!
見たところあなたは同志。今回の私は先程言った通り間に合わなかった負け犬です、情けなど不要、私はそう考えます」
少女は高潔にもそう言い切って――
「ですが! みっしぃの魅力の前では、それにあらがうことなど不可能! ですので、ここは素直に受け取るべきです」
前言を全力で撤回する少女にリィンは毒気を抜かれる。
第三の試練の相手かと思ったが、この様子では在り得ないだろう。
「リーン、この人はいったい?」
「あー……その、マニアっていう人種だな、たぶん」
と、アルティナの疑問にリィンが答えていると、アネラスと少女の交渉は続いていた。
「あ、この子を譲るのは良いんだけど……ちょっとお願いしたいことがあるんだけど良いかな?」
「はい。私にできることなら何でも言ってください」
「何でも…………それじゃあリボンを付けてもいいかな?」
「リボンですか……別に構いませんが……」
「それからこのみっしぃを抱き締めたところを写真に撮ってもいい?」
「ええ、構いません」
「それから――」
「あ、あの……」
鼻息を荒くして詰め寄るアネラスに少女はたじろぐ。
まだみっしぃを受け取っていないので逃げるに逃げれない少女はそんなアネラスに身の危険を感じ始める。
「はぁ……」
リィンは大きくため息を吐いた。
よく見れば、アネラスの好みにクリーンヒットなかわいい女の子だった。
このまま放置したら、みっしぃをモノ質にして超えてはいけない一線を越えてしまうかもしれない。
まあ、不用意に知らない人に何でもするなどと言った少女の方にも非がないわけではないのだか、ともかくこのまま放置はいろいろとまずいと判断してリィンは拳骨を振り上げた。
*
「レマン自治州から来ました。ティオ・プラトーです」
「レマン自治州とはまた遠いところから来たね」
適当な公園のベンチに座り、とりあえず名乗り合い、リィンは少女の口から出てきた場所に軽く驚く。
「もしかして、それを買うためだけにリベールに来たのか?」
「いえ……」
まさかの考えにティオは首を横に振って否定した。
「私がお世話になっている主任をきょ――ではなく説得してツァイスに出張する彼に同行させていただきました」
なんだか不穏な言葉を言いかけていた突っ込まない方がいいとリィンは判断して聞き流す。
「じゃあ何で君はその人と一緒にツァイスに行ってないんだ?」
「愚問ですね。みっしぃは何を置いても先に優先されるのです」
「そ、そうなのか……」
物静かな雰囲気の少女だが、その目に宿る眼光に思わず怯む。
「ともかくすまなかったな。この人はその……かわいいものを見るとタガが外れるというか……とにかくごめん」
「いえ、その気持ちは私も少しだけ分かります。私もみっしぃを前にする時、冷静でいられなくなる時がありますから」
「そうだよ弟君。こんなにかわいい子を前に冷静でいられるわけないよ!」
「アネラスさん、何だか言動がオリビエさんに似て来ましたよ」
「え……? 弟君……それはちょっと言い過ぎじゃないかな?」
「いえ、割と本気で言ってますけど」
「あうあう……」
「ですが、まあ限定みっしぃを譲ってもらったことは感謝していますので常識の範囲内でなら先程のことをしても構いませんよ」
「ほんと! ティオちゃんっ!」
せわしなく表情が変わるアネラスにリィンはやれやれと肩をすくめる。
「リーン……あれ……」
と、不意にアルティナがリィンの服を引っ張りあらぬ方向を指差した。
「どうした、何かあったのか?」
アルティナが指を差した先を目で追い、アネラスとティオも釣られてそれを見る。
そこにあったのは上部が開いたダンボール箱だった。
側面には《拾ってください》の文字。
しかし、少し離れていても見える中身は――みっしぃだった。
「…………何だあれは?」
「さあ?」
リィンとアルティナは首を傾げる。
犬猫ならば分かるし、珍しくもないもないのだがぬいぐるみが捨てられるというのはどういうことなのだろうか。
「アネラスさん、不審物の処理――」
「みっしぃが捨てられている!」
「まさかの捨てみっしぃ……一刻も早く保護しなければ!」
が、かわいもの好きとみっしぃマニアは目の色を変えて駆け出した。
「ああ、もうっ!」
冷静さを欠いたアネラスとティオの行動に悪態を吐きながらリィンは彼女たちを追い駆ける。
それにアルティナも続く。
「よし……」
すれ違った男が小さく勝ち誇ったように呟く声が聞こえた気がした。
次の瞬間、リィンは強く地面を蹴り、二人を追い抜いた。
「え……?」
「弟君!?」
二人の声を背後に置き去りにして誰よりも早くみっしぃの下に辿り着いたリィンはその頭を鷲掴みにする。
腕を振り被る間に、振り返り先程の男を目で確認する。
男はリィンの突然の行動に慌てた様子で手元のスイッチを押す――
「伏せろっ!」
同時にリィンはぬいぐるみにしては重いみっしぃを空高く投げた。
直後、みっしぃは光を伴い爆発した。
爆風をやり過ごし、落ち着いたところでリィンは立ち上がる。
「無事かアルティナ?」
「問題ありません」
彼女の返事にリィンは安堵し、同時に激しい怒りを感じた。
元々、試練のルールは向こうが勝手に言い出したことであり、その全容をきちんと協議して説明されたわけでもない。
仮にそのルールを相手が守るつもりがあったとしても、尖兵となる敵が守る保障もない。
手紙がないことで安心して気持ちを緩ませていた自分を恥じる。
そしてこんな一歩間違えれば何の関係もない民間人を巻き込むような方法をとってきた相手には相応の報いを受けさせなければと、それこそ《修羅》になる覚悟をリィンは決める。
「アネラスさん。ティオちゃんとアルティナのことをお願いします……
俺はさっきの爆弾を操作していた男を追い駆けます」
しかし、アネラスからの返事はなかった。
「アネラスさん?」
リィンが爆弾を空に投げる刹那に正気に戻ったアネラスは並走していたティオを押し倒して、その上に覆い被さった。
もしかして、爆弾は囮で別の攻撃を受けたのかもしれない可能性が頭に過る。
「アネラスさん、返事をして――」
二度目の呼びかけは途中で止まった。
ゆっくりと地面に伏せた体勢から起き上がるアネラスとティオ。
不気味なほどに静かな気配にリィンは唾を飲み込む。
「二人とも……怪我はないですよね?」
恐る恐る尋ねながらリィンは二人の姿をざっと確認する。
特に外傷は見当たらないのだが、二人は黙ったままブツブツと何かをしきりに呟いていた。
そして先に動いたのはティオの方だった。
「広域サーチ……」
先端に導力器を取り付けた杖を掲げ、ネコ耳の飾りが光る。
「……この場から南に走り去って行く男性らしき存在を確認しました」
「ありがとうティオちゃん……
あ、リィン君。周りの人達の安全確認とシェラザード先輩への説明をお願いね」
「え……いや……でも……」
「私は犯人を追い駆けるから」
「お供します。アネラスさん、犯した罪の重さを思い知らせてやりましょう」
「ありがとうティオちゃん…………
ふふふ、私の目の前でぬいぐるみに爆弾を仕込むなんて……ふふ……うふふふ……」
「みっしぃ……あなたの仇はこの私が命に代えても必ず取ります。どうか安らかに……
そして犯人、覚悟してください……どこへ逃げようが絶対に逃がしませんから」
そこにはすでに《修羅》がいた。
それも一人ではなく、二人も。
彼女たちの狂ったような忍び笑いに熱くなっていたリィンの頭は急冷される。
「ふ、二人とも一度落ち着きましょう」
正直、声をかけるのも怖いと思えるほどの負のオーラを漂わせている二人はリィンの言葉など耳も貸さずに走り出した。
「……どうしてこうなった?」
「さあ……?」
取り残されたリィンとアルティナは途方に暮れた。
ティオ
「これで分かっていただけたと思います」
ロイド
「どうしたんだティオ、いきなり?」
ティオ
「私がゲスト出演できたのはみっしぃの導きがあったからです!」
エリィ
「えっと、それは考え過ぎじゃないかしら?」
ティオ
「いいえ! ロイドさんが警察学校を卒業できたのも、ランディさんが猟兵を抜けることができたのも、特務支援課ができたこともクロスベルにみっしぃがいたからです……
そう! 私たちはみっしぃの下に集ったんです!」
ランディ
「D∴G教団よりも厄介な宗教ができたな……みっしぃ教ってか?」
ティオ
「みっしぃを信じるんです。みっしぃがいればみんな幸せになること間違いなしです!」
*
感想の返信で掲載したリーシャルート時の閃の軌跡をこちらに改めて投稿させていただきます。
以下の内容は閃の軌跡でリィンがトールズに通わない。代わりの誰かをそこに差し替えたものになります。
リィンの登場は閃Ⅱになってからとなります。
主人公の差し替えや、ヴァリマールにはリィンではないとダメだという人はここで読むのをやめることをお勧めします。
*
帝国貴族の少年は英雄に憧れた。
その英雄は14歳で身一つで他国へ渡り、想像もできない大冒険をした。
その活躍に胸を打たれた少年は兄に初めての我儘を言った。
来年入学するはずだったトールズ士官学園への入学。
少年クリスにとって、付き人もメイドもいない、全てを自分でやらなければいけない寮生活は新鮮であり、同時に楽しいものだった。
しかし、学院生活は楽しいものだけではなかった。
特別実習を通して突き付けられる現実。
足を引っ張ってしまうことを自覚しながら、Ⅶ組の仲間と絆を育み少年は少しずつ成長していく。
かけがえのない仲間。旧校舎の探検。
狭い世界しか知らなかったクリスに世界の広さと少しの悪いことを教えてくれた先輩。
だが、楽しかった日々は突然終わりを告げる。
一発の弾丸によって引き起こされた帝国全土を巻き込む内戦の始まり。
灰の騎神に選ばれたクリス・レンハイム――本名、セドリック・ライゼ・アルノール。
憧れた宰相の闇を知り、親友とも呼ばれる兄貴分の裏切り。そして、敗北。
クロウに負けたクリスはアイゼンガルド連峰で目を覚まし、ユミルで保護される。
そこにはクリスが憧れを抱いたリィンが帰郷していた。
カイエン公はセドリックである身の証を立てられないクリスを偽物と称して、軍を向けられる。
リィンに守られたクリスは、クロウとの戦うことも考えて、彼に弟子にしてほしいと頼み込む。
各地を回って仲間を集めるクリス。
その中で自分の未熟さと弱さを痛感する。
ユミルが襲撃され、ヴァリマールを駆って機甲兵に無双するが、その力に酔う。
クリスの暴走を止めるため、リィンはヴァリマールと対峙、死闘の末にクリスに修正の拳を叩きこむ。
療養を余儀なくされたリィンはクリスに《鬼の力》が宿るマスタークォーツを貸し与える。
兄、オリヴァルト皇子からはカレイジャスを与えられ、自分が思った道を信じて進むと良いと背中を押される。
幼く頼りなかったクリスはいつしかⅦ組の前を歩くリーダーとして認められていた。
果たしてクリスは幽閉されている父と母、緋の騎神を目覚めさせる鍵にさせられた姉を助け出すことができるのか?
そして帝国に憎悪を抱えていたクロウにどんな答えを出すのか?
閃の軌跡0 IFルート リィンのいないトールズ士官学院
*
なんだこの綺麗なセドリックは!?
しかも原作リィンよりも下手したら主人公らしくなっているかも!?
ちなみに閃Ⅲ以降は未定です。
ヴァリマールに関しては戦闘能力の資質はともかく血筋からして問題なさそう。
特別実習はむしろこの子こそ、貴族と平民の対立を知るべき。
Ⅶ組の重心になれるか、むしろこの子は将来の帝国の中心になる人物。
クロウとの因縁。ただの先輩後輩だけに終わらず、帝国の皇子と併合されたジュライ市長の息子という因縁もある。
入学を早めた理由は14でリベールに行ったリィンに触発されたのと、来年ではセドリック皇子が入学するとすでに知れ渡っているので身分を偽っても効果はないがないから。それにクルトもいるので、冒険にならないため。