(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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28話 集う人々

 リィンはエステル達とギルドで会う約束をしてから教会へ来ていた。

 

「あの通路がなくなっている……」

 

 多くの参拝者に紛れながらリィンは祭壇の横にあったはずの通路を探すが、そんなものはなかったかのように石の壁がそこにはあった。

 隠し扉だったとしても、こんな人が多い中で調べることはできないと断念する。

 

「仕方ない。ギルドに行くか……」

 

 一緒に来たアルティナを促してリィンは踵を返す。

 と、そこに声がかけられた。

 

「おお、迷える子羊よ。本日は我が教会にどのような御用件や?」

 

 仰々しい軽薄な言葉と独特な訛りのある口調にリィンはアルティナを抱えてその男から距離を取った。

 

「お? 何や驚かしてしもうたか?」

 

 リィンの突然の行動に話しかけてきた青年は目を丸くする。

 

「…………貴方は……?」

 

 警戒心をそのままにリィンは尋ねる。

 

「ワイは巡回神父のケビン・グラハムや。ついこないだこっちに赴任したんやけど、初めて見る顔やな」

 

「……ええ、まあこの教会に来たのは今日で二度目ですから」

 

 ケビンに不信感を覚えながらもリィンは質問に答える。

 

「まあまあ、そんな警戒せんでもええやろ?」

 

「……ええ、そうですね。失礼しました」

 

 彼の言う通り、リィンは警戒を解く。

 いくら似たような口調だからといって、安易に疑うのはいくらなんでもやり過ぎだろう。

 少なくとも白装束のように、ケビンからは丁寧な言葉の奥に潜む暗い感情は感じない。

 だから、目の前の青年と昨日の白装束は別人なのだと、リィンは思い――込まされる。

 

「それで今日は何の用や?」

 

「実は昨日……」

 

 リィンは昨日、白装束に襲われたことを話し、この教会の地下にあった遺跡のようなもののことを話す。

 

「う~ん……昨日は俺もその時間起きとったけど、不審な物音は聞いてないし、そんな地下室があるなんて聞いたこともあらへんな……

 二人して同じ夢でも見たんとちゃうんか?」

 

「夢……そうかもしれません」

 

「ん……」

 

 ケビンの言葉にリィンとアルティナは頷く。

 

「でも、それじゃあこれはいったい何なんでしょうか?」

 

「うん? 何や、その包みがどう――ブッ!?」

 

 リィンは布を巻いて持ってきた槍を見せると、ケビンは目を向いて吹き出した。

 

「ケビン神父?」

 

「わ、悪い悪い。いきなりありえへんもの見て驚いただけや」

 

 ケビンは周囲を見回して、奥で話そうと言い出した。

 案内された部屋のテーブルにリィンは促されるままに槍を置き、包みを外す。

 ケビンは目を鋭く細め、その槍を手に取る。

 

「これは《ロアの魔槍》ちゅうアーティファクトでな、持った者を化物にする危険なものなんや」

 

「えっ!?」

 

「安心せい、これはレプリカやて。オリジナルはちゃんと管理されとる。けどこれはどこで?」

 

「今朝、起きたら部屋に転がっていました。実は夢で俺の胸を貫いた槍もそれだったんですけど」

 

 リィンの言葉にケビンは考え込む。

 

「あの……ケビン神父。やっぱり昨日の出来事は夢じゃなかったんじゃ……」

 

「いいや、夢や……そう思っておれ」

 

 強い否定の言葉を、リィンは反論を飲み込んで頷いた。

 

「それじゃあ、その槍はどうしますか?」

 

「あーリィン君がよければワイが預かってもええかな?

 レプリカとはいえ、絶対に安全とは言い切れんからな、ええやろ?」

 

「はい。俺が持っていても仕方がないですから。よろしくお願いします」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 リィンとアルティナを見送り、ケビンは息を吐く。

 

「ったく、ロアを食らって昨日の今日でピンピンしとるって《力》を使ってなくても化物かいな……」

 

 ケビンは手の中の槍を弄びながら、リィンが出て行ったドアをじっと見つめる。

 昨夜、《鬼の力》を警戒したあまりに繰り出した攻撃がまさかクリーンヒットするとは思わず流石に焦った。

 《鬼の力》を見据えて多少の手心を加えていたとはいえ、下手をすれば死んでいてもおかしくない状況だった。

 だが、気を失ってはいても彼に大きな怪我はなかった。

 その頑丈さに呆れつつも、彼の意識を奪うことに成功したことには変わらない。

 ケビンは本来の目的を遂行し、彼に刻まれた《聖痕》を調べ、そこに自分の暗示も上乗せしておいた。

 

「暗示もうまくできておるようだし、当分はこれでええやろ」

 

 かなりの鋭さがあるのか、ファーストコンタクトで警戒心を剥き出しにしたリィンにケビンは早速暗示を試して彼の中の疑いを晴らした。

 とにかく、これでリィン・シュバルツァーはいざとなればケビンが操作できる駒になった。

 その駒をどう扱い、生かして使うか、それとも捨て駒にするのかは今後の展開次第。

 

「ま、せいぜい女神に幸運を祈っとるんやな」

 

 先程までの軽薄な笑みを一転させ、暗い笑みをケビンはもらす。

 

「しかし、何でこいつがリィン君のところにあったんやろな?」

 

 リィンが届けた槍はケビンの《聖痕》の力によって作られたロアの模造品。

 本来なら、その一時的に現実に写し身として顕現したそれはすぐに消えてなくなるはずなのだが、何故かそれはケビンの知らないところで存在していた。

 現に昨日の段階でリィンの身体に刺さっていたわけでもないし、ケビン自身も暗示で二人を帰したので部屋には近付いていない。

 

「あー分からん」

 

 こんなことは初めてのことだった。

 何よりも自業自得とはいえ寝不足のケビンとしては、これ以上の面倒事を考えるのは億劫だった。

 なので早々にケビンは残った魔槍を念じて霧散させる。

 だが、しっかり見聞して調べなかった故に、ケビンはその魔槍に自分の《聖痕》の力が欠片も残っていない、器だけの残り滓だということに気付かなかった。

 

 

 

 

「いい加減落ち着いたらどうだいリィン君」

 

 遊撃士ギルドの三階の待機所で、リィンはアンゼリカに注意を受ける。

 

「アンゼリカさん……でも……」

 

「君の懸念は分かるが、この事件については彼らの言い分が正しい……

 私達は他国の人間の上に民間人、君は半分くらい足を突っ込んでいるようだが、それでも弁えるべきだ」

 

「分かっています」

 

 アンゼリカの指摘は分かっている。

 現に作戦を聞かされた段階で自分もエルベ離宮に捕らわれた人質解放作戦に参加するつもりだったが、同じことを言われて協力を拒まれた。

 それにリィンが作戦に参加することはアルティナも巻き込むことであり、それはリィンも望むところではなかった。

 しかし、それでも待っているだけなのが落ち着かなかった。

 そんなリィンにエルナンは苦笑する。

 

「安心してください。リベールの遊撃士だけではなく、共和国と帝国のA級遊撃士が二人……

 それにユリア中尉を始めとした親衛隊員、いかに情報部の精鋭が相手でも遅れは取りませんよ」

 

「相手がただの雑兵だけなら俺もここまで心配はしませんよ」

 

「それはやはりロランス少尉のことですか?」

 

 エルナンが聞き返した言葉にリィンは頷く。

 

「昨日、観客席から見ていて気付きました。あの人はおそらく本気で戦っていません……

 決勝戦も、俺達を含めた全ての試合でも」

 

「おいおい、リィン君。それでは君は手を抜かれて負けたというのかい?」

 

「認めたくはありませんがその通りです」

 

 驚くアンゼリカにリィンは頷き、エルナンに向き直る。

 

「あの人の経歴について何か知りませんか?」

 

「それならエステルさん達が知り合いの新聞記者に調べてもらったそうです……

 ですが、年齢、国籍共に不明。リシャール大佐が《ジェスター猟兵団》から引き抜いたそうですが、それより前の経歴も不明だったそうです」

 

「その《ジェスター猟兵団》は有名な猟兵なんですか?」

 

「いえ、知名度ではそれ程の名のある猟兵団ではありませんね」

 

「これは私見な上に、その時の記憶も曖昧ですから正確とは言えないんですが、俺は少なくともロランス少尉の実力は《西風の旅団》の団長と同等にあったと思います……

 それほどの実力者がいる猟兵団が無名だなんておかしくありませんか?」

 

「そうですね……」

 

 リィンの指摘にエルナンは考え込む。

 

「邪魔するわよ。エルナンいる?」

 

 と、そこに階下からリィンに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「今の声は、もしかして……」

 

「ええ、おそらく」

 

「おや、お二人の知り合いかな?」

 

 アンゼリカの言葉に頷き、リィン達は一階へと移動する。

 

「やっぱりシェラザードさん」

 

 そこに待っていたのはリィンが想像した通りの銀髪に褐色の肌の妖艶な女性、シェラザードがいた。

 

「久しぶりって言うにはそんなに経ってないけど、また見違えたわよリィン君」

 

「はは、どうも」

 

「リィン君、この美女とお知り合いなのかい?」

 

「ええ、彼女はシェラザードさん、リベールのロレント地方を拠点にしている遊撃士です……

 それからこちらはアンゼリカ・ログナー。帝国の四大名門の一つの御息女です」

 

 リィンが互いの紹介をすると、アンゼリカはふむっと顎に手を当てて唸る。

 

「どうしたんですか?」

 

「リィン君、君は確かリベールにはカシウス・ブライトに会うために来たんだったね?」

 

「はい。そうですが、それが何か?」

 

「実はそれは嘘で、年上のお姉さんときゃきゃうふふなことをするために来たんじゃないのかな?」

 

「何を言っているんですか?」

 

 いきなり戯言を言い出したアンゼリカにリィンは白い目を向ける。

 

「それはそうとシェラザードさんはどうしてここに?

 今は関所は封鎖されていて、定期船も遊撃士は規制されていたはずなのに?」

 

「ああ、それならヴァレリア湖をボートで突っ切ってきたのよ」

 

 豪快な方法に一同は唖然とする。

 

「それよりもエステル達はいないの? 実はハーケン門を調べていてまずいことが分かったのよ」

 

「それはもしかして情報部のクーデターのことですか?」

 

 シェラザードの言葉に先じてエルナンが答える。

 

「あら? こっちでも掴んでいたの?」

 

「ええ、エステルさん達からの情報で。シェラザードさんはどういった経緯でそれを?」

 

「怪盗Bの事件で軍が動かなかったのが気になって調べてみたのよ……

 どうやらあの頑固爺も孫娘を人質に取られて行動を制限させられていたみたい」

 

「だからあの時の軍は動かなかったんですか」

 

「ええ、それで今こっちの状況はどうなっているの?」

 

 エルナンはシェラザードに現在、女王陛下からの依頼を受け、人質救出作戦を決行していることを説明した。

 

「なるほどね……エルベ離宮なら今から急げば間に合いそうね」

 

「シェラザードさん、もしかして一人で行くんですか? なら俺も――」

 

「大丈夫よ。それだけの戦力が揃っているなら問題はないわよ……

 私はちゃんと頑固爺の孫娘のリアンヌちゃんの安否を確認しておきたいだけ、リィン君はここで待機していて」

 

 シェラザードに同行を拒否されて、リィンは肩を落として――

 

「ちょっと待ったっ!」

 

 そこに扉を勢いよく開いてオリビエが現れた。

 

「あら?」

 

「話は聞かせてもらったっ! 全く水臭いなぁシェラ君もエステル君達も……

 一緒に熱い一時を過ごした戦友のボクを置いて行くなんて」

 

「はいはい、今はあんたの相手をしている暇はないの、後にしなさい。それじゃあ私は行くわね」

 

 シェラザードは激しい自己主張をするオリビエを無視してギルドを出ようとする。

 

「待ってくれたまえシェラ君。ここに武術大会を優勝した凄腕の天才演奏家がいるんだが、護衛に雇わないかい?」

 

「遊撃士が民間人を護衛にするわけないでしょ」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

「ああ、もう勝手にしなさい」

 

「ワァイ」

 

 問答の時間が惜しいと言わんばかりに、オリビエの同行をシェラザードは認める。

 そんな二人を見送って、アンゼリカはポツリと呟いた。

 

「リィン君もあれくらい強引にすれば一緒に行けたかもしれないよ」

 

「やりません」

 

 嵐のように現れて消えた同郷人にリィンは後で帝国大使館に行くことを決意した。

 

 

 

 

『人質の救出に無事成功』

 

 その一報が白隼のジークに届けられて、ギルドに満ちていた緊張の空気が弛緩する。

 しかし、もう一枚の手紙にそれはすぐに引き締まる。

 

『クローディア姫殿下からの王城の解放並びに女王陛下救出の依頼』

 

 その報せにリィンはエルナンから頼まれて、王城の偵察に向かった。

 

「今見てきましたが、城門は完全に封鎖されて、警備の人員も昨日よりも増えていました」

 

 ギルドに戻りエルナンに見てきたものを報告する。

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「それから途中でヨシュアさん達とすれ違いました……

 どうやら姫殿下が地下水路から王城へ続く通路の地図を持っていたらしくて、それを使って正午に城門を中から解放してアネラスさん達と親衛隊の人たちで突撃、同時に飛空挺でエステルさん達が王城の内部に乗り込む作戦のようです」

 

「それは……重ね重ねありがとうございます」

 

 情報部の目を盗んで行動する以上、ヨシュア達はギルドに立ち寄ることはできなかった。

 リィン達は三人で観光を装って王城を偵察して、遠回りをしてギルドに戻ろうとしたところでヨシュア達に出くわして詳しい作戦の概要を伝言することになった。

 

「ふう、しかしスパイにでもなった気分だね……

 こんな経験をするとは、人生何が起きるか分からないものだ。ね、アルティナ君」

 

 楽しそうに笑うアンゼリカはドサクサに紛れてアルティナの頭を撫でようとするが、さっとアルティナは避ける。

 慣れ親しんだ光景にリィンは苦笑して、天井を仰いだ。

 

「…………誰かいますね」

 

 上の階に人の気配がする。

 

「流石鋭いですね。リィン君の知っている人ですよ」

 

 エルナンはリィンの言葉を肯定する。

 彼に促されて階段を上がったリィンを迎えたのは見覚えのある三人だった。

 

「ラッセル博士、それにティータちゃん。あと……たしかアガットさんでしたか?」

 

「おおっ! リィン君じゃないか」

 

「あ、リィンさん」

 

「二人とも無事だったんですね。エステルさん達から話を聞いて心配したんですよ」

 

「あうう、ごめんなさい」

 

「とにかく無事でよかった」

 

 恐縮するように身体を小さくするティータにリィンは苦笑してその頭を撫でる。

 

「ん……」

 

 と、アルティナも手を伸ばしてリィンと同じ様にティータの頭を撫でる。

 

「あ……アルティナちゃんも久しぶり」

 

「ん……」

 

 頷くアルティナは心なしか嬉しそうに見えた。

 そして、リィンは改めて赤毛の男に向き直る。

 

「ど、どうも……」

 

 ボースで彼に吊り上げられたことを思い出しならがリィンはおずおずとアガットに挨拶をする。

 

「…………おう」

 

 またあの時のような罵声が飛んで来ると思いきや、アガットはただ頷くだけだった。

 

「えっと……」

 

 その沈黙にリィンは気まずい空気を感じて視線を彷徨わせ――

 

「あれ……?」

 

 アンゼリカが異様に静かなことに首を傾げて振り返った。

 彼女は何故かティータを見て固まってしまっていた。

 

「アンゼリカさん?」

 

 名前を呼び、肩を揺らしてようやくアンゼリカは反応した。

 

「……天使だ……」

 

「ふえ……?」

 

「まだまだ幼い愛らしさと可愛らしさ、ようやく成長を始めたばかりの柔らかい身体つき!

 見ただけでも分かるぷにぷにのほっぺ!

 ミルクのような匂いのハニーブロンドとギャップ萌えでしかない工具と機械油!

 まさかこんな場所で君のような天使に出会えるとはっ!」

 

「ふええっ!?」

 

 両手を広げるアンゼリカにティータは驚き悲鳴を上げる。

 

「何だお前は?」

 

「はぁ……どうして帝国人はこうなんだろう」

 

 そのまま抱き締めようとして前に踏み出したアンゼリカを、アガットが割って入り正面から顔を鷲掴み受け止めて、リィンは後ろ襟を掴んで嘆いた。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「ああ、アネラスの同類か」

 

 簡単にアンゼリカのことを紹介すると、アガットは彼女の奇行をその一言で片付けた。

 

「アガットさん、それは聞き捨てなりません。アネラスさんはここまで分別のない節操なしではありませんよ」

 

「あれ? リィン君、私のフォローはないのかい?」

 

「フォローして欲しければ、帝国貴族の代表として恥ずかしくない態度を取ってください」

 

「ははは、何を言うかなリィン君。私はこれまで自分に恥ずかしい行いをしたことはないよ」

 

 悪びれない本気の言葉にリィンはため息を吐き、彼女の代わりにティータに謝る。

 

「ごめん、ティータちゃん。俺の国の人が……

 何か変なことをされたらすぐに言ってくれ。これで黙らせるから」

 

 もはや四大名門なんて気にせずにリィンは実力行使を辞さないつもりで警告する。

 

「あ……はい、分かりました」

 

 拳を握って見せるとティータは苦笑して頷く。

 

「で、エルナン。こいつらが協力者なのか?」

 

「ええ、先程王城の偵察をしていただいた際にヨシュアさん達と接触できたそうです」

 

 そう言って、エルナンは先程リィンが報告したことをアガットに伝える。

 

「そうか、もうそんなところまで話は進んでんのか」

 

「王城の解放と女王陛下の救出は今の段階では五分五分ですが、人質を解放したという報告が各所に届けば王国軍の増援も望めますので、この事件の解決も時間の問題かと」

 

「いや、そう悠長に構えておる時間はないかもしれん」

 

 エルナンの意見にラッセル博士が異を唱えた。

 

「あのリシャール大佐の目的がわしが想像している通りなら、とんでもないことになるじゃろう」

 

「爺さん、エステル達にもそんなことを言っていたがそれはどういうことだ?」

 

「本来なら女王陛下に口止めされておったことじゃが、この王都の地下には未だに機能を失っておらん巨大な《古代遺物》が存在している可能性が極めて高い」

 

「《古代遺物》というと暗黒時代の遺物ですよね?」

 

「そうじゃ、そして黒のオーブメント――ゴスペルの導力停止現象を踏まえた上でわしが出した結論じゃが……

 その《古代遺物》の機能はおそらく封印の役割をしているのではないかと思っておる」

 

「封印ですか? つまりリシャール大佐の目的は地下に埋まっている《古代遺物》の機能を止めて、封印された何かを手に入れるということですか?」

 

「おい、爺さん。その封印された何かって何なんだよ!?」

 

「女王陛下は《輝く環》と言っておった……古代人が空の女神から授かった《七つの至宝》のひとつ……

 全てを支配する力を持つ伝説の古代遺物。王家の始祖が封印したそうだが、これらのことを繋げて考えれば、そうとしか考えられん」

 

「《七つの至宝》か……帝国にも似たような伝承があるが、まさか本当に実在するのかね?」

 

 にわかには信じがたい話にアンゼリカが聞き返す。

 

「状況を踏まえればそう考えるのが妥当じゃろ。仮に《至宝》でなかったとしても、王家がその危険性から封印したものならば、それを蘇らせてしまえば何が起きるか分からん……

 すまんが、アガット。わしを城に連れて行ってくれんか?」

 

「おじいちゃん!?」

 

「おい、爺さん。仮にその話が本当だったとして、爺さんを連れて行って何ができるっていうんだ?

 封印の解除を停めるならあの大佐からゴスペルを奪うだけの話、要はこいつがものを言う状況だろ」

 

 アガットは重剣を叩いてその存在を示す。

 

「そうじゃの、わしにできることなどもうないのかもしれん。だが何かできることがあった時、そこにいなければそれこそわしは何もできんのじゃよ」

 

 しかし、ラッセル博士はそんなアガットの言い分に怯むことなく言い返す。

 

「無理を言っているのは重々承知しておる。それでもリベールのために、そこに住む家族を守るためにわしは行かなければならんのじゃ……

 それがゴスペルの制御法を突き止めてしまったわしのけじめなのじゃ」

 

 真剣な眼差しのラッセル博士にアガットは舌打ちをして頭を掻く。

 

「ちっ……無理言ってくれるぜ……

 逃げも隠れもできない橋の上、それも情報部と親衛隊が入り乱れる中を爺さんを連れて突破しろだと?」

 

「あ……アガットさんあたしも――」

 

「お前はここに残っていろ」

 

 一緒に行きたいというティータの主張を遮ってアガットは一喝する。

 

「で、でも……」

 

「戦場のど真ん中で足手まといを二人なんて、俺一人じゃ守り切れねえんだよ」

 

「あう……」

 

 アガットの言うことを理屈の上で理解できているティータは俯いてしまう。

 リィンとアンゼリカは顔を見合わせて頷き合い、提案した。

 

「それなら俺達も協力します」

 

「あん?」

 

「君一人では守り切れないのだろ? ならば私達も同行すればいいだけの話だ」

 

「ん……」

 

 リィンに続いてアンゼリカとアルティナも賛同する。

 その三人にアガットはため息を吐き――

 

「おい、エルナン」

 

「三人の実力は、アルティナちゃんも含めて『不動』のジンさん、『紫電』のバレスタインさん両名から保障されています……

 それにこういう時のために後詰の協力者としてギルドに待機していただいていました」

 

「ちょっと待て、そうじゃなくてっ!」

 

「先程の話を考慮すれば、ラッセル博士の協力が必要になる場面はたしかにあるかもしれません……

 ですが、博士を連れて橋を突破するのはアガットさん一人では厳しいものがあるのも事実です……

 ならば、ここは素直に協力をしていただくべきかと思います」

 

「くっ……」

 

 理路整然と言葉を並べられてアガットは怯む。

 そこに鐘の音が鳴り響いた。

 

「っ……もうそんな時間かっ!」

 

 時間を確認すれば時計の針は正午を示していた。

 それはエステル達の王城の解放、並びに女王陛下の救出作戦が始まった合図でもある。

 

「ちっ……分かった。ただしお前ら、危なくなったらすぐに逃げろ。それだけは絶対に守れ」

 

 乱暴に言い捨てて、続けと言わんばかりにアガットは背中を見せてギルドのドアを開け放った。

 それに嬉しそうに小走りでティータが続き、ラッセル博士とアンゼリカが続く。

 リィンは用意していた二本の太刀の内から使い慣れた方に手を伸ばし――

 何となく予感を感じ、ゼムリアストーン製の太刀を取り腰に差した。

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!」

 

「チェストーッ!!」

 

 王城へ続く橋はまさに戦場だった。

 情報部と親衛隊員、それにアネラス達を始めとした遊撃士が激しい剣戟の音を響かせて戦っていた。

 状況は拮抗していた。

 城門は開いているが、そこから増援が現れ、敵の数は倒してもすぐに補充される。

 もっとも、彼女達の役割は陽動。

 今頃は飛行艇で直接城内に乗り込んだエステル達が直接女王陛下の救出に向かっているはず。

 彼女達はそれを信じて、敵を城門に引きつけるべく奮戦していたが、彼の介入で一気に形勢は傾いた。

 

「二の型《疾風》」

 

 リィンが一気に駆け抜け、一撃づつ叩き込まれた情報部の黒装束たちは大きく弾き飛ばされて橋の上から湖に落ちていった。

 

「おいおい……」

 

 十数人まとめて敵を無理矢理戦線から離脱させたリィンの後姿にアンゼリカは慄く。

 

「予選の時からさらに強くなっていないかい? もしかしてもう《鬼の力》を使っていたりするのかな?」

 

「いえ……《鬼の力》は使ってません」

 

 背後から飛びかかってきた軍用犬を危なげなく避け、すれ違い様に峰打ちの一撃を叩き込み湖に落とす。

 その合間にもリィンは自身の身体の調子を確かめる。

 髪の色は変わっていなければ、胸の《焔》も変わらずに存在している。

 だが、やはりあの夢の中での戦いの時のように《焔》はリィンの呼び掛けに応えない。

 しかし、それでも今のリィンはまるで《鬼の力》を使った時の様に力が漲っていた。

 一度は落ち着いたはずの変化が再び起きていることにリィンは訳が分からなくなる。

 

「これじゃあ、まだユミルには帰れそうにないな」

 

 まるで人の姿のままに、怪物の身体を得たような違和感。

 一つの爆弾を処理したら、二つ目の爆弾が現れた気分だった。

 しかし、それでも今のこの状況で《鬼の力》に匹敵するほどの戦闘能力を発揮できることには何の問題もなかった。

 

「んっ!」

 

 アルティナの高位アーツが炸裂し、前方の黒装束たちをまとめて吹き飛ばす。

 広い空間なので、橋を壊すようなアーツ以外でアルティナは思う存分にアーツを乱れ撃つ。

 本来なら駆動の合間に距離を詰めてアーツ使いを潰すのだが、彼らの前にはリィンが立ち塞がり、当のアルティナを攻撃範囲に捕らえることもできずに沈められる。

 予想していたよりもずっと楽に橋を進み、いっそ情報部の方が哀れに思えてしまうほどの蹂躙がそこにあった。

 そして、彼が現れた。

 

「やれやれ、あそこで手を引くつもりだったんだがな」

 

 城門の奥から悠然とした足取りで現れたのは一人の男。

 年齢は二十代後半だろうか。

 アッシュブロンドの髪に冷たい双眸。

 どこか見覚えのある顔だが、彼のまとう赤い装束と左手に携える金色の剣の方がリィンにとっては見覚えのあるものだった。

 

「ロランス・ベルガー少尉……」

 

「その金色の剣と赤い装束……てめえがあの時の隊長かっ!」

 

 その姿を見た途端、アガットが叫ぶように咆える。

 そんな咆哮にロランスは何も応えず、代わりに黒装束達が士気を取り戻して叫ぶ。

 

「隊長だっ! ロランス隊長が来てくださったっ!」

 

「これで勝てるっ!」

 

「反逆者共め、もうお前たちはおしまいだ」

 

 そう口々に威勢のいい言葉を放つ彼らは次の瞬間、ロランスが一閃した剣の衝撃波に吹き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 絶句する一同にロランスは冷笑を浮かべる。

 

「てめえ、味方を切るなんてどういう了見だっ!」

 

「ふっ……衝撃波で派手に飛ばしただけだ。あれくらいで死ぬような鍛え方はしていないから安心しろ……

 それとアガット・クロスナー、お前に用はない。この先に進みたければ勝手に行けばいい」

 

「何だとっ!?」

 

「だが、リィン・シュバルツァー。お前だけはこの先に行かせるわけにはいかない……

 お前に行かれると、間に合う可能性が出てくるのでな。邪魔をさせてもらう」

 

 そう言ってロランスは左手に持った金色の剣をリィンに向けた。

 

「…………アガットさん、先に行って下さい」

 

「何だとっ!?」

 

「何が目的なのかは分かりませんが、彼の目的が俺だけならむしろ好都合なはずです……

 ラッセル博士たちを連れて早く女王陛下の所へ」

 

「生憎とあいつには俺も借りがあるんでな。そっちこそ引っ込んでろっ!」

 

「アガットさんっ!」

 

 言うと同時にアガットは重剣を振り被り、ロランスに突撃する。

 ロランスは半身をずらして重剣を避け、すれ違い様に足を払って剣を一閃。

 峰の一撃を背中に食らったアガットは城門の中に無理矢理叩き込まれた。

 

「この野郎っ! ……くっ……」

 

 勢い良く立ち上がった、と思ったらアガットは膝を着く。

 

「みなさん……行ってください……

 おそらくですけど、みなさんのことは見逃してくれると思います」

 

 背後のアガットを一瞥すらせずにロランスはリィンだけを見ている。

 

「リィン君、大丈夫なのかい? 彼は……」

 

「ええ、分かっています。アンゼリカさん」

 

 ロランスは今、左腕で剣を振った。

 その一撃は何気なく振ったものでも、武術大会において右手で剣を振っていた一撃とは比べものにならないほどに鋭く、力強い剣だった。

 あの時、彼は本気ではなかったと改めてリィンは実感する。

 

「彼は俺が何とかして抑えてみせます」

 

 そう言うしかできなかった。

 彼の言葉を信じるのなら、リィンはここから先へは彼を倒さなければ進めない。

 逆にここでリィンが退けば、彼の剣はおそらく親衛隊と遊撃士たち、もしくはアガット達を追うかもしれない。

 そうなればこちら側に傾いていた形勢は一気に逆転する。

 

「八葉一刀流《初伝》リィン・シュバルツァー」

 

 自分に喝を入れるようにリィンは名乗りを上げる。

 それに何を思ったのか、ロランスも名乗る。しかし――

 

「情報部所属ロランス……いや、《剣帝》レオンハルトだ」

 

 彼は名乗り直して金色の剣を構える。

 そこに何の意味があるのか、リィンには分からなかったがそれ以上の言葉は互いに必要なかった。

 リィンとレオンハルトは互いに剣を構え、何の前触れもなく同時に踏み込む。

 

 彼らの三度目の戦いが始まった。

 

 

 




《鬼の力》
「もぐもぐ……ぺっ」

《メガネの考古学者》
「何てことをしてくれるんだこの痴れ者がっ!
 3、4へと続く私の超帝国人進化計画が台無しではないか!」

《ヘタレたネギ》
「はっ、アホか……番号重ねるなんてそんな古臭いもんは今時流行らんわ。今はレッドやブルーの時代や」

《灰色の騎士(予定)》
「二人とも、そこに直れ」

《メガネの準教授》
「そんな君にこれ一つ飲めばたちまち神の如き叡智を得て、赤く変身できる赤のグノーシス。これで今日から君も超帝国人ゴッドだ」

《灰色の騎士(予定)》
「帰れ」

《東方出身の師匠》
「リィンよ……明鏡止水の極意に至ったその時こそ、お前は金色に輝く真の超帝国人として完成する」

《灰色の騎士(予定)》
「老師までっ!?」



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