(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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20話 怪盗の試練

 西ボース街道。

 まだ日の高い街道に激しい剣撃の音が間断なく響く。

 

「ちっ……」

 

 リィンが相対しているのは胸に蒼い鷲の紋章をつけた黒いジャケットを着た銀髪の少年。

 もっとも、時たま周りの森の中から彼を援護するように弾丸が飛んでくるので一対一ではない。

 

「くっ……」

 

 慌てて身を引き、眼前に空気を裂いてナイフの刃が通り過ぎる。

 しかし、それで安心はできなかった。

 

「ふっ……」

 

 彼は同じ武器を両手にした二刀流。

 すかさず身を捩り、二つ目のナイフをリィンの顔面に突き出す。

 その一撃をバックステップで避け、ナイフに取り付けられた銃口を見て慌てて身を捩る。

 乾いた炸裂音が響き、弾丸がリィンの頬を掠める。

 

「くそ……厄介な武器を使うっ!」

 

 思わず悪態がもれる。

 彼の武器はリィンにとって初めて見る銃剣。

 慣れない武器にリィンは防戦を強いられていた。

 怯んだリィンに少年はすかさず斬りかかる。

 少年の斬撃をいなし、斬り返す。

 交差した刃でリィンの太刀を少年は受け止め力の押し合いに持ち込む。

 

「君のような子供が猟兵だなんて……」

 

 間近に見えた顔を見てリィンは思わず呟いていた。

 アルティナと同じ銀色の髪。

 ゴーグルで全体の顔は分からないが、小さな体躯と時折聞こえる息遣いに掛け声は自分よりも年下だと察することができる。

 

「む……自分も子供のくせに」

 

 リィンの予想通り声変わりしていない高い声。

 言葉を返されたことに会話が可能だと思ってリィンは声を上げる。

 

「君はっ! 自分が何をしようとしているのか分かっているのかっ!?」

 

「ミラをもらって仕事をする。それが猟兵の在り方」

 

 淡々とした言葉にリィンは苛立つ。

 

「ボースの街を……戦う術を持たない人たちを一方的に殺すって言うのか、ミラのために!?」

 

「…………団長がその仕事を請けたからわたしはそれに従う」

 

「ふざけ――」

 

 叫んだ瞬間、押し合っていた力が消えリィンは太刀を空振る。

 鞭のようにしなやかな足がリィンの腹を捉えて蹴り飛ばす。

 

「ぐっ……」

 

 その衝撃に息を詰まらせる。

 太刀の間合い以上の距離を取らされたが、少年が銃撃するよりも先に四方の殺気が膨れ上がるのを感じてリィンはその場から跳び退いた。

 直後、連続した銃声が響き、直前までリィンがいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。

 無理な緊急回避に少年との距離がさらに開く。

 銃も持っている彼には圧倒的に有利な距離を取られるが、少年は身体を前に倒し前傾姿勢となる。

 

「いくよ」

 

 疾走。開いた距離を助走に使い、少年は驚異的な速度で斬りかかる。

 

「シルフィードダンス」

 

 少年の必殺にリィンは――

 

 

 

 

 一時間前、遊撃士ギルドボース支部。

 

「怪盗Bですか?」

 

「うむ、帝国を騒がせている盗人なのじゃが、先日ルーアンに現れての。ここボースにも現れたんじゃ」

 

 ギルドに戻ってきたルグランに事情を聞いたリィンは何とも居たたまれなくなる。

 

「なんか……また帝国人がすいません」

 

「リィン君が謝ることではないよ。それに帝国が一番被害を受けているが、怪盗Bが帝国人とは限らんからの」

 

「そう言っていただけると、助かります……

 それで怪盗Bが盗み出した銃火器を探すためにみんな出払っているんですか」

 

「うむ。最初の試しで見つかったのはトランプでの、その一枚一枚にこのボース地方の各所を示した謎かけが記されておったんじゃ」

 

「トランプって、まさか52枚全部ですか」

 

「うむ」

 

 リィンの問いにルグランは頷く。

 

「……怪盗Bって暇人なんですね」

 

「そこは間違いないの」

 

 軍施設から大量の銃器を盗み出したことは単純にすごいと思うが、それを隠すために52の謎かけをつくり、さらには各地に盗んだ銃器を隠す。

 どれだけの労力が費やされたのか、リィンには想像もつかない。

 呆然とするリィンにルグランは同意するように頷いて話を続ける。

 

「現在、ハーケン門とボースに隠されていた銃器はおおよそ発見できた……

 残っているのは霧降りの谷、ヴァレリア湖、琥珀の塔、ラヴェンヌ村、それからそれぞれの街道じゃな」

 

「アネラスたちにはそれぞれの地方に散ってもらって回収に動いてもらっておる」

 

 全部で52箇所ともなれば確かに遊撃士が総出でことに当たる必要があるだろう。

 これが単純な美術品などならともかく、引き金を引けば簡単に人を殺せる銃器では早期の回収が求められる。

 誰かが偶然見つけ、おもちゃと思って引き金を引けばそれだけで一大事。

 悠長に時間をかけているわけにはいかないだろう。

 

「あれ? でもそれなら軍は何をしているんですか?」

 

 元々はハーケン門の中で起きた事件。

 そこの責任者であるモルガン将軍は大の遊撃士嫌いとして有名なのはリィンも知っている。

 そんな彼が遊撃士に依頼を頼むとは思えないが、事が事なだけに自分の感情を押し止めているのかもしれない。

 だが、それなら探索に軍の人間も参加しているはず。

 なのに遊撃士の全員がそれぞれの場所に散っているのは何故なのだろうか。

 

「どうも軍の方で別件の何かがあったらしくての、こっちに回せる人員は少なく……

 依頼に来た五人がそのまま探索に協力しておる」

 

「計八人でこのボース地方全域を探索しているんですか……」

 

 あまりの人数の少なさにリィンは言葉を失い、すぐに気を取り直す。

 

「俺も手伝います。何処に行けばいいでしょうか?」

 

「いや、リィン君は緊急依頼があった時のためにここにいてくれんかの」

 

「あ……でも……」

 

「ロレントからシェラザードを応援に呼んでおる……

 あやつが着たらアネラスのところへ手伝いに行ってくれ」

 

「……分かりました」

 

 ルグランの方針にリィンは納得する。

 そして、まるでタイミングを計っていたかのように依頼人がギルドに入って来た。

 

「すいません」

 

「いらっしゃい、ご依頼ですかの?」

 

 先程までの深刻な顔を一変させ、ルグランはいつものように朗らかに笑顔を浮かべて訪ねてきた壮年の男性を迎える。

 壮年の男性はルグランの言葉に首を横に振り、困った顔をして一枚のカードを差し出した。

 

「実はさっき、これを遊撃士ギルドにいるリィン・シュバルツァーという子供に届けてくれって頼まれまして」

 

「俺に、ですか?」

 

 それを受け取って見ると、大きさはトランプと同じ。

 だがそこに書かれているのは数字や王様ではなく、ピエロの絵札。

 

「ジョーカー?」

 

 トランプの道化、鬼札とも言えるカードにリィンは首を傾げ、すぐにハッと気が付く。

 

「53枚目のカード!」

 

「リィン君、謎かけは裏に書かれておる」

 

 ルグランに言われ、リィンはカードの裏側に書かれた文章を読み上げる。

 

「『これより始まるは殺戮の試練……

  西方より来る風の猟兵により、人の営みは究極の美へと昇華する……

  鬼の子よ選択せよ。この地の安寧は君の肩にかかっている 怪盗B』」

 

「これは……まさか……」

 

 謎かけというのに分かり易い文章。

 芝居がかかった物言いだが、最初から分かるように記された意味をリィンは素直に読み取る。

 『西方』は西ボース街道。

 『風の猟兵』はそのまま猟兵団。

 『人の営み』はボースの街そのもの。

 『究極の美』が何のことかは分からないが、その後の『鬼の子』は自分を示し、『安寧』という言葉と先の『猟兵』を結び付ければ自然と答えは一つに絞られる。

 同じ結論に達したルグランは絶句する。

 

「ルグラン爺さん、今からアネラスさん達を呼び戻すのにはどれくらい時間がかかりますか?」

 

「霧降りの谷に行ったスティングには連絡はつかん、グラッツとアネラスはそれぞれの場所に着けば導力通信があるから呼び戻せるが、二人ともさっき出発したばかりじゃ」

 

「ラヴェンヌ村とヴァレリア湖なら往復だと急いでも半日近くかかる……各地に武器をばら撒いたのはこれが狙い」

 

 現在ボースの街に遊撃士はいない。

 そして何故か軍も動かない。

 

「ルグラン爺さん……この文面にある猟兵って、もしかして帝国の遊撃士ギルド襲撃事件の奴らですか?」

 

「分からん……向こうでの事件は一通り鎮圧が完了したとは聞いておるが……」

 

 その猟兵の目的がギルドなのか、街全体なのかは判断がつかない。

 それでも由々しき事態だということだけは間違いなかった。

 

「ルグラン爺さん。俺は先に西ボース街道に行ってみます」

 

「リィン君っ!? いやダメじゃ」

 

「怪盗Bはわざわざ俺を名指ししてきた……ならまだ挽回は効くはず……

 とにかく時間を稼ぎますから、シェラザードさんが着き次第、応援をお願いしますっ!」

 

「待たんかっ! リィン君!」

 

 ルグランの言葉を最後まで聞かずに、リィンは駆け出していた。

 

「くっ……この馬鹿者がっ! あんた、すまぬがこのカードをメイベル市長の所へ届けてくれ」

 

「それはできない相談だな」

 

「何……?」

 

 壮年の男は尊大な口調でルグランの申し出を拒否した。

 そして男はおもむろに腕を上げ、指を鳴らした。

 音と共に花吹雪が舞い上がり、それを正面から見たルグランはゆっくりと身体を傾け、その場で眠りについた。

 

「ふふふ……さあ、君の力を見せてもらおうか」

 

 不敵に笑う壮年の男はいつの間にかその装いを顔を含めて全てを変えていた。

 白い衣装に目元を覆い隠す仮面を着けた紳士は不敵に笑い、リィンが走り去った方角を見て笑う。

 その傍らにアルティナは無表情のまま佇ずんでいた。

 

 

 

 

「シルフィードダンス」

 

 小さな身体が疾走してリィンに迫る。

 子供とは思えない速度。自分よりも速い疾走にリィンは舌を巻く。

 だが、リィンはそれより速い動きを知っている。

 目の前の少年と似た双剣で、少年以上の速さで魔獣を殲滅した彼に比べれば、少年の速さはリィンの脅威にはならなかった。

 リィンは落ち着いた気持ちで太刀を鞘に戻し、抜き放つ。

 

「伍の型『残月』」

 

 カウンターの居合いを一閃。

 刃を返した峰打ちで打ち払う。

 

「がっ!?」

 

「フィーッ!?」

 

 彼を援護していた誰かが森の中で叫ぶ。

 その声の方向に向かってリィンは駆け出し――

 

「二の型『疾風』」

 

 木々の幹を足場にしてデタラメに森の中を速度を緩めずに飛ぶ様に疾走する。

 そうして少年と同じ黒いジャケットを着た猟兵を見つけては斬り伏せて行き、隠れていた五人の猟兵を叩きのめした。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「とりあえず縛るか」

 

 街道に投げ出した六人の猟兵たちを前にリィンは行動を開始する。

 遊撃士と敵対している猟兵ということで警戒はしたが、実力はリィンでも対処できるものだった。

 おそらくは下っ端の偵察部隊だろうと判断し、それでも拘束もせずに放置するのは危ないと判断する。

 とはいえ、慌てて出てきたリィンは彼らを縛るものなど持ち合わせていない。

 

「こういう時は、相手のベルトとかを使えばいいんだったけ?」

 

 遊撃士の講習としてアネラスに教わったことを思い出してリィンは呟く。

 相手を拘束する必要があり、紐などのものがなかった場合。

 大抵の人間はベルトなどを着けているからそれを利用すればいいと教わった。

 

「くっ……触るな、エロ、変態」

 

「へんっ……男同士で何を――」

 

 少年の罵倒にリィンは絶句して言い返そうとした瞬間、背中に凄まじい殺気を感じて振り返った。

 そこには色黒の肌にサングラスをかけた大男が巨大なガントレットを振り被り、リィンを殴り飛ばした。

 

「がっ……」

 

 少年に蹴られた時とは比べものにならない衝撃。

 体がバラバラにされたかと感じるほどの痛みが全身に走り、リィンは大きく飛ばされて地面を転がる。

 視界が歪み、立ち上がろうにもうまく身体に力が入らない。

 

「た……しか……」

 

 リィンは手探りで戦術オーブメントに触れ、治癒術を駆動させる。

 幾分かマシになった身体でようやく立ち上がると、先程リィンが倒したはずの猟兵たちも治癒術を受けて立ち上がっていた。

 

「――――――」

 

 六人の猟兵たちは大男に何かを指示されるとライフルを手にリィンを取り囲む。

 

「――にする――がリィ――――ルツァーだな?」

 

 痛みで呼吸がまだ整わない。

 それに耳の奥で耳鳴りがなって大男の声もうまく聞こえない。

 

「もう――聞く、お前がリィン・シュバルツァーだな?」

 

 ようやくはっきり聞こえた言葉にリィンは小さく頷くと、大男は厳かにそうかと頷いて、再びリィンを殴り飛ばした。

 

「かはっ……」

 

 仰向けに倒されたリィンに大男は容赦なく追い討ちする。

 胸に足を乗せて踏み抜く。

 

「っ……」

 

 その衝撃にリィンは悲鳴を上げることさえできなかった。

 さらに二度三度踏みつけられ、地面に埋められて行く。

 

「…………こんなものか……」

 

 全く抵抗する気配のないリィンに大男は足を退ける。

 が、それでもリィンは動かなかった。

 

「おいおい、やり過ぎとちゃうか?」

 

「ふん。俺が出てなかったらお前が頭を撃ち抜いていただろう?」

 

「ま、そうやな」

 

 大型ライフルを担いだ糸目の優男は地面に埋まったリィンに可哀想にと呟き、両手を合わせる。

 

「団長、これで依頼は達成ですか?」

 

「あーどうだろうな。っていうかお前ら、少しは自重しろよ。フィーがやられたくらいでこんなにやりやがって、可哀想に」

 

「む……」

 

「おっと……あれは魔獣か?」

 

 団長の指摘に大男は黙り込み、優男はあからさまなことを呟いて茂みに向かってライフルを構える。

 

「何にしてもこれで一応は依頼達成か……

 それにしてもお前達、たった一人に全員のされるなんて情けない。帰ったら鍛え直してやるから覚悟しておけ」

 

 団長の言葉にリィンと戦った六人の猟兵たちは身を震わせる。

 

「さて、それじゃあとりあえずボースに繰り出すか。今日はレオの奢りだ」

 

「だ、団長!?」

 

 団長の言葉に大男はうろたえる。

 一見すれば、仲間同士の他愛のないやり取り。

 それは死神と恐れられる猟兵とは思えないアットホームな雰囲気だった。

 彼らは街道に埋めたリィンに背を向けて歩き出す。

 もはや彼に興味はない。

 そしてここで彼がのたれ死んだとしても構わないと放置する。

 そんな非情な対応を責める者は誰もいない。

 が、団長と呼ばれている男は足を止めて振り返った。

 

「団長……?」

 

 釣られて団員達も足を止め、振り返る。

 そこには埋められて見えないリィンと、風が木々を揺らす静かな光景しかなかった。

 

「全員、構えろ」

 

 それでも団長は鋭い眼差しでリィンを睨み、団員に指示を出す。

 

「団長、何をゆーとるんや? レオにあれだけやられたボンが――」

 

 優男が団長に言葉を返したその瞬間、地面が爆発した。

 

「何やとっ!?」

 

「これは……ウォークライか!?」

 

 大男も戦慄して身構える。

 が、次の瞬間それは彼らの中心にいた。

 白く染まった髪に灼眼の少年。

 ドス黒い闘気を纏う雰囲気は、容姿も含めて同一人物とはとても思えない。だが、それは確かにリィン・シュバルツァーだった。

 

「全員退避っ!?」

 

 団長は銀髪の少年を抱えて跳びながら叫ぶ。

 同時にリィンが振り放った剣閃が団員達を薙ぎ払う。

 

「こいつっ!」

 

 なんとかその剣閃を回避した大男は反撃に巨大なガントレットの仕掛けを起動して殴りかかる。

 

「ディザスターアームッ!!」

 

 巨腕から繰り出されたガントレットの一撃は野太い杭を発射してリィンを捉えた――かに見えた。

 気付けばリィンはすでに大男の脇をすり抜けて、太刀を鞘に納めた。

 

「ば……かな……」

 

 巨大なガントレットにいくつもの斬線が走ったかと思うとバラバラに崩れ落ちる。

 それだけに留まらず、大男にも無数の斬線が走り、一瞬遅れて全身から血を噴出して倒れた。

 

「レオッ!」

 

 銀髪の少年が悲鳴を上げ、他の団員達はあまりの光景に言葉を失う。

 大男はその猟兵団の中でも分隊長を務める団長に次ぐ実力者。

 それがこうも一方的に倒される光景など団員達は初めて見た。

 

「この化物がっ!」

 

 それでも取り乱さず、団員の一人がリィンにライフルを乱射する。

 それに続いて我に返った団員達が次々に同じ様にリィンに一斉射撃を集中させる。

 その弾幕を一切無視するように、リィンは気付けばそんな彼らの目の前で太刀を振り被っていた。

 その黒い一閃が衝撃波を生み出し、団員達をまとめて吹き飛ばす。

 

「くそっ!」

 

 とにかくがむしゃらに銃弾を浴びせる。

 それしか考えられない猟兵団は――

 

「うろたえるなっ!」

 

 団長の一喝に動揺していた団員達は我に返った。

 

「確かにすごい闘気だが、お前達が今まで戦ってきたものは何だ?」

 

 団長の一喝に動揺に揺れていた団員達が冷静さを取り戻す。

 子供が放つにしては異常な気迫と闘気。そして分隊長を一蹴した異常な力。

 だがそれは歳不相応なだけで、歴戦の猟兵たちからすれば既知のものに過ぎなかった。

 彼らの商売敵である猟兵団の団長や副団長。

 帝国軍の精鋭。

 異常発生する強力な魔獣。

 彼らがこれまで通ってきた修羅場と比べれば、リィンの鬼の気などすでに経験した脅威でしかない。

 

「第二小隊、攻撃はしなくていい。防御に徹して足を止めろっ!

 第三小隊は右、第四小隊は左から回り込んで狙撃しろ。急所は狙わなくていい、とにかく足を削れっ!

 第五小隊は負傷者の回収、急げ!」

 

 矢継ぎ早の支持に統制を失っていた猟兵は速やかに一つの群れと化す。

 それはまさしく狩りだった。

 人の身では敵わない獣に道具と知恵、そして仲間との連携で獲物を追い詰めるハンター。

 決して無理はせず削り、負傷者は後方へ下がらせて回復し、再び戦列に戻す。

 その末にあれだけの猛威を最初に振るった白髪鬼は誰も斬ることができずに徐々に動きを鈍らせていく。

 そして、とうとうその足が止まった。

 

「とどめは私がやるっ!」

 

 それをチャンスと見た銀髪の少年が飛び出す。

 それは先程の意趣返しでもあった。

 彼が正気の時に無様に負けた汚名を少しでも返上したい気持ちで少年は疾走を加速させる。

 

「…………っと……」

 

 リィンは何かを呟いていたが、少年は聞く耳持たず双銃剣を振り被り――

 そしてそれは叫んだ。

 

「もっと力を寄越せっ!」

 

 胸の中の焔にリィンは初めて望んだ。

 

「え……?」

 

 気が付けば、突き出されたリィンの太刀が少年の腹を貫いていた。

 

「あ……」

 

 呆然とその事実を認識するよりも、少年はリィンの双眸に目を奪われた。

 灼眼は金に染まり、白い眼球は黒に。その形相はまさしく鬼。

 その目に間近から射抜かれた少年は貫かれた腹の痛みなど感じる余裕もなく、背筋を凍らせて身体を震わせた。

 

「フィーッ!」

 

 団長が叫ぶ。

 それに反応するようにリィンは少年を串刺しにしたままの太刀を振り、その勢いで少年は投げ飛ばされる。

 投げつけられた少年を団長は受け止め、そこにリィンは襲い掛かる。

 

「おいおい冗談だろ?」

 

 少年を脇に抱え、団長は重槍でそれを向かえ討つ。

 先程まで余裕に満ち、泰然と構えていた団長はその表情に緊張を貼り付け、言葉をもらす。

 

「星座の《血染め》……それ以上の化物じゃねえか」

 

 先程まで連携で与えた傷が早回しするように治っていく。

 それにつれ、最初の時よりもさらに速く、強くなっていく太刀筋に、荷物――少年を抱える団長は徐々に追い込まれていく。

 

「団長、援護しますっ!」

 

「馬鹿野郎っ! 手を出すなっ!」

 

 叫ぶが手遅れだった。

 十分な距離を取り、まだ撃っていなかったにも関わらず、銃口を向けられた一瞬でリィンは彼我との間合いを詰め、太刀を振り下ろす。

 咄嗟に盾にしたライフルと高い防刃性のジャケットはいとも容易く斬り裂かれる。

 だが咄嗟に後ろに跳んで致命傷を避けたのは流石は一流の猟兵とも言えた。

 もっとも、その程度の危機回避は今のリィンにとって何の役にも立たない。

 

「ひっ……」

 

 さらに踏み込んだ一歩で容易く追いつき、返す刃が―― 

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 刃が届くよりも先に『戦場の雄叫び』を上げながら血塗れの大男がリィンに突進して組み付いた。

 

「レオ小隊長っ!?」

 

「隊長クラス以外は全員この場から速やかに離脱しろっ!」

 

 安堵を交えて彼の名前を叫ぶ男に、大男はリィンを大木に力任せに押さえつけながら叫ぶ。

 熊さえも絞め殺すことができる怪力がリィンを締め上げる。

 しかし――

 

「馬鹿な……」

 

 団の中で一番の怪力を自負する大男は両腕を掴まれ、拘束をそれこそ力任せに抉じ開けられた現実に絶句する。

 自由を得たリィンは大男の両腕をそのまま握り潰し、顎を蹴り上げる。

 

「がはっ」

 

 仰け反って倒れていく大男に目もくれず、リィンは落とした太刀を拾い、団長に視線を向ける。

 

「させるかっ!」

 

 そのリィンの行く手を阻むように空からいくつもの槍が降り、リィンを囲む。

 すかさず、リィンの背後に落ちた槍の先端を優男がライフルで撃ち抜き、槍がそれを起点に連鎖爆発を起こしリィンを飲み込む。

 

「やったか!?」

 

 そう叫んだ優男の目の前に黒い斬撃が降ってきた。

 咄嗟に後ろに跳んで被害はライフルだけになんとか治めたが、それは先程の団員と同じでまだ着地できていない優男にリィンは刃を――

 

「させんって言ったやろっ!」

 

 優男は懐からグレネードを取り出し、流れる動作でピンを抜いて目の前に放る。

 自分も巻き添えになる覚悟をして、両手で顔を守り優男はダメージを最小限にして爆発を受ける。

 爆発でなんとかリィンの太刀から逃れた優男は地面を転がり、衝撃を殺してから顔を上げ、絶句した。

 

「嘘やろ……」

 

 爆発を正面から受けたはずのリィンはすでに団長と打ち合っていた。

 分隊長が身体を張って作り出した時間で銀髪の少年を他の団員に任せた団長は十全の力でリィンの太刀と槍をぶつけていた。

 小さな体躯と細い刃。対するは巨漢と肉厚な槍。

 一見すれば、どちらが競り勝つかなど明白にも関わらず、打ち合いは拮抗していた。

 

「だいぶ人間を捨てているようだが、まだ俺には届かないぜボウズ」

 

 互角の鍔競り合いをしながら、団長はどこか楽しげに狂戦士と化したリィンに無駄だと分かっていながら声をかける。

 それはまさに王者の余裕だった。

 いくら人間を捨てたとしても、猟兵の王と呼ばれた彼に届くにはまだ足りない。

 故に――

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

「何っ!?」

 

 余裕を持っていた団長の顔が驚愕に歪む。

 交えた太刀と槍を押し合い、間近にあったリィンの顔に禍々しい紋様が浮き上がる。

 それに伴い、槍を押す力の圧力が増した。

 

「馬鹿な……」

 

 ジリジリと押し込まれ、ついには太刀が振り払われ槍が真っ二つにされ、振り抜いた切っ先が団長の胸を斜めに切り裂く。

 

「うぐっ!」

 

「団長っ!」

 

 少年の悲鳴が上がる。

 だが、リィンはそれを意に介さずに太刀を斬り返し――殴り飛ばされた。

 巨腕から繰り出された拳を受けたリィンは大きく吹き飛ばされて、二度三度地面にバウンドして転がる。

 仲間の手当てを受けた少年は殴り飛ばされた敵に目もくれず、膝を着いた団長に縋りつく。

 

「団長っ! 団長っ!」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 少年を安心させるように団長は笑みを浮かべ、乱暴な手付きで彼の頭を撫でてから立ち上がる。

 

「まさかこれほどの化物だったとはな……」

 

 前衛に立ち、彼と直接対峙した者たちは大なり小なりの手傷を負っている。

 さらには分隊長の一人が戦闘続行不能な重傷。もう一人の分隊長も武器のほとんどを失いそれなりの怪我を負った。

 そして団長である自分も決して軽くない傷を負った。

 その被害は十四の子供と戦った結果だと、誰が信じるだろうか。

 

「楽な仕事だと思ったんだがな」

 

 思わず団長は愚痴る。

 ボースから出てくるターゲットの子供に、これからボースを襲うと偽り、半殺しにするだけでかなりの報酬が約束されていた割の良い仕事のはずだった。

 怪しい仕事だったが、若手育成のために遊び感覚で引き受けたがこの結末。

 自分の勘も鈍ったものだと嘆くが、まだ終わってはいなかった。

 

「あ……」

 

「ん……」

 

 少年がもらした声に団長は首を傾げながら、その視線を追って絶句した。

 

「なっ!?」

 

 ゆらり、緩慢な動きだがリィンはゆっくりと立ち上がる。

 

「馬鹿な……」

 

 先程の一撃は素手だったとはいえ、殺すつもりで打ち込んだ。

 魔獣やそれこそ人間の頭蓋骨を砕いた経験は何度もあり、砕いた手応えこそなかったが、確かな手応えはあった。

 にも関わらず、リィンは立ち上がった。

 

「おおおおおおおおおっ!」

 

 そしてさらに力を引き出そうと咆哮が上がる。

 まるで底を見せない鬼の気に何度も修羅場を潜り抜けてきたはずの猟兵たちは息を飲む。

 これが中堅の猟兵団だったら、統率を失い恐慌が起こっていたかもしれない。

 現に団長に寄り添っていた少年はリィンが放つ威圧感に腰を抜かしてしまっていた。

 

「まずいな、こりゃ……」

 

 これ以上の戦闘は死人が出る。

 団長はそう判断し、依頼人の目的はすでに果たせていることもあり撤退を考える。

 

「お前らっ――」

 

 団長が声を上げた瞬間、リィンは胸を押さえて膝を着いた。

 

「ぐ……ああ……」

 

 苦悶の声をもらす一方で、鬼の気はさらに膨れ上がっていく。

 

「……力が暴走してやがる」

 

「どうします団長?」

 

「放っておけ、仕事は果たした。これ以上は割りに合わん」

 

「それもそうか……お?」

 

 団長の言葉に優男は納得し、次いで現れた気配に視線を送る。

 タタタッと年相応の速度で駆け寄ってくるのは長い銀髪の女の子。

 彼女は猟兵たちに目もくれずにリィンに駆け寄り――

 

「あかん、嬢ちゃん。そいつに近付いたら――」

 

 苦しみ喘ぎながらもリィンは近付いてくる何者かの気配に反応し、太刀を振る。

 凶刃が女の子の首に触れ――そこで止まった。

 

「ぐ……アル……逃げ……」

 

 顔を苦悶の表情で染めながら言葉を最後まで言い切れず、リィンはそのまま倒れた。

 

「…………止まったんか?」

 

 止まることのなかった鬼の気の奔流は幻だったかのように消え去った。

 暴力の嵐が唐突に治まったことに、信じられないと優男は困惑の呟きをもらす。

 惨劇を予想したが、女の子から血は一滴も流れることはなかった。

 

「はは……大したボン……いや大した男やな」

 

 あの状態からかすかにでも自分を取り戻し刃を止めたリィンに優男は賞賛をもらす。

 

「団長、どうします?」

 

 改めて優男は団長に尋ねる。

 が、それに真っ先に反応したのは少年の方だった。

 

「ゼノ危ないっ!」

 

「あ……?」

 

 優男は少年の言葉に虚を突かれながらも、素早く意識をリィンに戻す。

 が、優男に襲い掛かったのはリィンではなく銀髪の女の子だった。

 戦術オーブメントを駆動させ、光の弾丸を至近距離から優男の顔面を狙って放つ。

 

「うおっ!?」

 

 撃ち出された光弾を優男は慌てて回避する。

 

「このガキッ!」

 

 思いがけない奇襲に優男は拳を向ける。

 が、それよりも早く女の子は優男の懐に入り込み、全力で跳び上がって、彼の足の間を蹴り上げた。

 

「――――ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げ、優男は糸目を大きく見開き倒れた。

 唖然とする猟兵たちの注目を浴び、女の子、アルティナは無表情ながらも何処か誇らしげに胸を張り戦術オーブメントを構える。

 

「よ……よくもゼノ分隊長をっ!」

 

 我に返った猟兵たちは一斉にライフルを構える。

 そしてアルティナのアーツが発動――

 ライフルの引き金に指が掛かり――

 

「そこまでよっ!」

 

 そこにいる誰よりも早く『紫電』が降り注いだ。

 紫電を纏った彼女はアルティナを庇うように降り立ち、大型拳銃を乱射して今まさにライフルを撃とうとしていた猟兵たちを逆に撃ち抜く。

 それに怯んだ猟兵を紫電を纏った剣閃で薙ぎ払う。

 

「《西風の旅団》……最強の猟兵がこんな子供に寄ってたかって、地に落ちたものね」

 

「おいおい『紫電』のバレスタインが何でここにいる? お前さんは帝国を拠点にしている遊撃士だろ?」

 

 予想外の敵の援軍に団長は驚き、尋ねる。

 

「ちょっと人を追い駆けていてね。あんた達のせいでもう追いつけそうにないけど……

 それにしても、まさかあんたたちまでジェスター猟兵団の馬鹿騒ぎに便乗してくるなんて思わなかったわ」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ」

 

「よく言うわよ。怪盗Bと組んでボースで略奪しようとしていたくせに……

 ま、何にしてもこんな子供二人に止められるなんて、今の最強の猟兵も大したことなかったみたいね」

 

「ま、確かにこれじゃあ最強は名乗れないな」

 

 この一戦で猟兵側の被害は甚大だった。

 両手を折られた大男と、股を押さえて痙攣している優男。

 どちらも分隊長を務める、団長に次ぐ実力者。

 それが子供二人に戦闘不能に追い込まれたことが噂として広まれば、今まで築き上げてきた名声は地に落ちるだろう。

 もっとも、団長としては今回の被害は一人を除いて、相応のものだったと考えてはいるが。

 

「で、どうするつもりだ嬢ちゃん?

 確かに俺たちは手負いだが、一人でこの首が取れると思われているなら教育が必要だな」

 

 団長の言葉に、残っていた団員が女遊撃士を囲む。

 

「あら、やってみないと分からないじゃない」

 

 女遊撃士は地面にブレードを突き刺して、意味深な笑みを浮かべる。

 

「それに一人じゃないわよ」

 

 女遊撃士を中心に竜巻が巻き起こる。

 ブレードをアンカーにして女遊撃士は風をやり過ごすが、猟兵たちの身体は高く舞い上がり、地面に叩きつけられる。

 

「ちぃっ!」

 

 風に耐えた猟兵が身体を低くして耐えていた女遊撃士に剣で襲い掛かる。

 

「まだあたしたちのターンはまだ終わってないわよ」

 

 何処からともなく撃ち込まれた導力の弾丸が彼の足を撃ち抜く、そして体勢を崩した彼に女遊撃士は地面からブレードを引き抜き一閃、撥ね飛ばす。

 

「なるほど、伏兵は二人か……」

 

 団長は森の中の二箇所を順に睨み、肩を竦ませる。

 

「言っておくけど、あんたたちが陽動した遊撃士たちと軍にも連絡がついているのよ、これ以上の抵抗は無駄よ」

 

「そこをなんとか見逃しちゃくれないか?」

 

「冗談……いくらあたし好みのオジサマの頼みでも、最強の猟兵の一角を討ち取れるチャンスを見逃すわけないでしょ」

 

「お、この歳になって口説かれるとは思わなかったな」

 

 銃口を突きつけられているというのに団長は嬉しそうに笑う。

 

「降伏はしないようね」

 

 女遊撃士はそんな猟兵の反応にこれ以上の会話は無意味と悟って引き金を――

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 女遊撃士と団長の間の空間が炸裂したかと思うと、花吹雪が舞い上がり、いつの間にか白い貴公子がそこに立っていた。

 

「あんたはっ!?」

 

「お、ようやくお出ましか」

 

 突然の闖入者に女遊撃士は身構えたのに対し、団長の方は緊張を解く。

 

「お初にお目にかかる『紫電のバレスタイン』。私は怪盗Bと呼ばれている者」

 

「怪盗B!? あんたがっ!?」

 

 女遊撃士は貴公子然としたその怪盗に少なからずの失望を感じた。

 彼女が勝手に考えていた怪盗Bは、無精髭に煙草を咥えたハードボイルドな男。

 しかし、蓋を開けてみれば真逆で軽薄そうな男。

 内心でがっかりしながらも女遊撃士は油断なくブレードと大型拳銃を構え直す。

 それを意に介さず、怪盗Bは芝居掛かった仰々しい仕草で腕を振り、マントをはためかせる。

 

「これ以上の戦闘は蛇足、私の美に反する」

 

「と言うことだ。依頼人の許しも出た、お前ら撤収だっ!」

 

 団長の言葉に団員達はその通りに動く。

 団長は傍らに控える少年の背を押して、撤収作業を進める猟兵たちに合流させ、自分は女遊撃士の前に残る。

 

「っ……」

 

 ふざけた格好。おおよそ戦闘者のそれではないのだが、女遊撃士は怪盗Bに気圧され、引き金を引くことを躊躇う。

 隠れた伏兵の二人も、その異様な佇まいを警戒して猟兵団の撤収作業に手を出さない。

 

「あんたの目的は何っ! 街を猟兵に襲わせるなんて今までの怪盗Bじゃ考えられないわよっ! まさか偽物っ!?」

 

 せめて目的だけでも聞き出さなければと女遊撃士は威嚇をしながら怪盗Bに言葉を投げかける。

 

「ああ、私らしくないことは自覚しているよ。だが、それは全て彼を舞台に上げるための仕込みなのだよ」

 

 むしろそれを聞かれ、ネタ晴らしをするのが嬉しいのか嬉々として怪盗Bは語り始める。

 

「ハーケン門から武器を盗み、ボースの各地へ散らばせれば遊撃士たちはそれを探しに街から離れる……

 そして守りの篭手を失った街が襲撃されふとなれば、舞台には彼が上がるしかない」

 

「彼……リィン・シュバルツァーのこと?」

 

「そうっ! 十年前、帝国ユミルの男爵が拾った子供……

 果たして平民なのか、貴族なのか、帝国人なのか、外国人なのか、一切分からない……

 そして謎めき、得体の知れない力に怯え、『剣仙』の指南を受けた少年」

 

 怪盗Bは虚空に両手を広げ、悦に入ったように続ける。

 

「おお、なんと魅惑的で謎めいた真実っ! 私はそれが知りたいのだよ」

 

「それだけのことのために、《西風》を雇ったっていうの?」

 

「試練は大きくなくては面白くない。それに《西風》はまだ猟兵の中では良心的、一応は殺さないように言い含めていたが、まさかこんな結末になるとは思ってもみなかったよ」

 

 それについては女遊撃士も同意だった。

 ボースに着いてから感じた異様な気配。

 定期船の発着場から遠く離れた街道での出来事だというのに分かった鬼の気。そして半壊した《西風の旅団》たち。

 この場にいなければ、背後に倒れている白い髪の少年がやったとはとても信じられない。

 

「流石は超帝国人。私の予想を遥かに超えた存在だったよ」

 

「超……帝国人……何それ?」

 

「超帝国人。それは帝国に伝わる伝説の戦闘民族――」

 

「団長、撤収作業完了しましたっ!」

 

 猟兵の声が怪盗Bの言葉を遮る。

 

「そういうことだ。俺たちは軍が来る前にずらからせてもらうぜ」

 

 怪盗Bの言葉など興味はないと団長は一方的に言って、二人に背を向ける。

 

「ふ……これだから《美》を理解できないものは困る」

 

 そんな様子に怪盗Bは頭を振って嘆く。

 と、去って行く団長は不意に足を止めて振り返った。

 

「そうだ。遊撃士の嬢ちゃん。受け取りな」

 

 おもむろに団長は懐から小さな瓶を取り出し、それを女遊撃士に投げた。

 

「……何よこれ?」

 

 ブレードを地面に突き刺し、拳銃を向けたまま女遊撃士はそれを受け取る。

 瓶の中身は白い粉だった。

 

「ゼラムパウダー西風の特別ブレンドだ。その坊主に使ってやりな」

 

 そう言って、団長は背を向け手を振りながら去って行く。

 その背に敵ながらぐっと来た女遊撃士はそれを顔に出さずに改めて怪盗Bに向き直る。

 

「ふむ……では私も行かせてもらうとしようか」

 

「逃がすと思う?」

 

 女遊撃士は改めて怪盗Bに銃口を突きつける。

 《西風》と怪盗B。

 その両方を同時に相手にするならともかく、片方だけならと女遊撃士は戦闘体勢に入る。

 

「フフ……この度の宴はまだ前座の前座、これ以上の介入は本番の舞台に差し障る」

 

「人の話を聞きなさいっ!」

 

 女遊撃士は叫んで引き金を引く。

 しかし、銃口から飛び出したのは弾丸ではなく、花束だった。

 

「なっ!?」

 

 驚く女遊撃士の前で白い花吹雪が舞い、怪盗Bを包む。

 

「彼に伝えてくれたまえ、君の真実は私が怪盗の名にかけて必ず暴くと――バサッ!!」

 

 怪盗Bがマントを翻す。

 

「その時を楽しみにしているがいいっ!」

 

 一際大きな風が吹き、白い花吹雪が吹き飛ばされるとそこにはもう怪盗Bの姿はどこにもなかった。

 

「…………あれが怪盗B……」

 

 周囲の気配を探ってみるが、それらしい気配は見つけられない。

 女遊撃士はため息を吐いて、振り返る。

 銀の女の子が必死に治癒術をかけている白い髪の少年。

 数ヶ月前、彼の調査をした時に見た写真では黒い髪のはずだったが、一体何が彼をそんな風に変えたのか女遊撃士には分からない。

 茂みに隠れていた褐色の肌の同僚とその協力者の金髪の男が女遊撃士よりも先に彼に駆け寄って介抱を始める。

 女遊撃士はもらった小瓶を手の中に確かめて、ため息を吐いた。

 

 

 




いつかのトールズ士官学院

リィン
「そうかフィーは猟兵だったのか……
 猟兵といえば俺もリベールにいた時に一戦交えたけど」

フィー
「あ、それは――」

リィン
「そういえばフィーと同じ武器を使う男の子がいたような」

フィー
「………………(無言で足を振り被り――)」



いつかのトールズ士官学院 part.2

フィー
「二年前、わたしリィンに傷物にされたんだけど(お腹を摩りながら)」

リィン
「…………え?」

フィー
「あんな風に貫かれたのは初めて……たくさん血が出て、すごく痛かった」

 その日、リィンの好感度が(以下略)
 ちなみにある意味では家族公認の傷。



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