(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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16話 ツァイスの人々

 

 

「ここが工房都市ツァイスか」

 

 定期船の発着場から街に出たリィンは街を一望して言葉をもらす。

 ルーアンとは違った風景をリィンは物珍しく見回す。

 海に面した綺麗な街並みのルーアンに対して、様々な導力器が立ち並ぶ工場街とも言える街並みはそれはそれでリィンの目を引いた。

 

「あれが中央工房……」

 

 もらった地図と照らし合わせながらリィンはアルティナの手を引いて歩く。

 発着場を出てすぐに見える大きな建物がツァイスの中央工房。

 今日の目的地はすぐ目の前の建物だが、まずは遊撃士ギルドに向かうように言われている。

 

「ギルドは中央工房の前の大通りだったな」

 

 地図を確認し、道を確かめたリィンはそのまま中央工房の前までいく。

 高い場所に建っているため、そこから街を一望できるのだが、その景色よりも先にリィンはすぐ目の前の階段に目を奪われた。

 

「何だこれ……階段が動いているのか? って危ないぞアルティナ」

 

 リィンと同じ様に興味深そうにその動く階段を身を乗り出して覗き込むアルティナを手を引いて、踏み止まらせる。

 が、リィンの背中に誰かがぶつかった。

 

「きゃっ――」

 

「え――うわあああっ!」

 

 階段の方へと傾く体に、リィンは慌てて飛び退く。

 

「だ、誰だ今押したのはっ!?」

 

 危うくこの動いている長い階段を転げ落ちそうになったリィンは高鳴る心臓を押さえながら振り返る。

 

「いたた……」

 

 そこには金髪の少女が尻もちをついていた。

 

「ごめんなさい。ちょっと浮かれてて前をちゃんと見てなかったの」

 

「あ……いや、俺の方こそ、道の真ん中でぼうっとしていて、すいません」

 

 考えてみれば、物珍しいからといって階段の前に立ち尽くしていた自分にも非があると思い、リィンは謝り手を差し伸べる。

 少女はリィンの手を取って、立ち上がった。

 

「もしかして観光客の方ですか?」

 

「ふふ、そんな堅苦しい言葉使いなんてしなくていいわよ。同じくらいの歳みたいだし……

 観光じゃないけど、確かにこの街は始めてよ」

 

「ん……」

 

 アルティナが少女が落とした鞄を拾って差し出す。

 

「ありがとう」

 

「ん」

 

「そういうあなたも観光客なのかしら?」

 

「えっと……観光客ではないんです……ないんだけど、この街が初めてなのは君と同じだな」

 

「ふーん……あ、エスカレーター」

 

 少女は納得したように頷き、リィンが見ていたのに気付く。

 動く階段を覗き込んだ少女は思わず、といった調子でその言葉をもらす。

 

「それがこのオーブメントの名前なのか?」

 

「ええ、私の故郷にも同じものがあるの……って言ってもここのを真似して作ったみたいなんだけどね」

 

「へえ、そうなると帝国か共和国の出身か」

 

「あ……えっと……」

 

 リィンの指摘に少女は顔をしかめる。

 

「ああ……俺は帝国人だけど、あまり人種のことでとやかくいうつもりはないよ」

 

 帝国と共和国は国として仲が悪い。

 帝国人だとしても、十年前にリベールと戦争をしていたこともありリベールで声高々に名乗るのもおかしいだろう。

 

「そうなの? まあ私も帝国人なんだけどね……

 それより言い訳じゃないけど、いくら物珍しいからってエスカレーターの前で立ち止まらない方がいいわよ」

 

「ああ、それはさっき実感したよ……それにしても……」

 

 リィンは周囲を見回して見るが、このエスカレーター以外に下に降りるための階段は見当たらない。

 改めて動く階段に視線を落とす。

 それなりの速さで動くそれに乗ると思うと少し勇気がいる。

 そんなリィンの内心を察して少女はくすりと笑うと、躊躇うリィンの横をすり抜け動く階段に慣れた様子で乗った。

 

「ふふっ……それじゃあお先に」

 

「あ、ああ……」

 

 手を振って降りていく少女を見送り、リィンは下へと流れて行く階段を改めて見る。

 

「よし……行くか?」

 

「ん」

 

 アルティナの手を取り、リィンはエスカレーターに踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ごめんください」

 

 ツァイス支部の遊撃士ギルドはエスカレーターを降りるとすぐに見つかった。

 中に入り声を掛けると受付にいた黒髪の女性が振り返った。

 

「来たわね」

 

 リィンたちを迎えたのは東方風の女性だった。

 

「リィン君にアルティナちゃん、ツァイス支部へようこそ」

 

「はい。えっと……キリカ・ロウランさんですね。よろしくお願いします」

 

「ええ、短い付き合いだけどこちらこそよろしく」

 

 凛としたクールで知的な美人。

 ロレント支部のアイナさんとは違った綺麗さだが、リィンが気になったのはその立ち振る舞いだった。

 隙のない立ち姿に何らかの武術の気配を感じる。

 

「ふふ……流石は八葉一刀流の剣士ね」

 

「あ……すいません」

 

 不躾な視線を送っていたことに気が付いたリィンはすぐに頭を下げる。

 

「構わないわ。探ったのは私も同じ……

 ルグラン爺さんから話は聞いていたけど、聞いていたほどではないようね」

 

「えっと……」

 

「勘違いしないでね。良い意味でよ……

 聞いた話だともっと浮わついた子供が来ると思っていたけど、どうやら地に足はちゃんと付けているようだということよ」

 

「きょ……恐縮です」

 

 リィンがキリカから読み取れたのは他流派の武人であること。

 実力の程までは分からないが、自分よりも高みにいる武人からそう言われることに何とも言えないくすぐったさを感じる。

 

「それで、さっそく中央工房へ行くのかしら?」

 

「そのつもりでしたが、何かあるんですか?」

 

「こちらの都合で呼び出したのだから少しくらい観光してきても構わないよ」

 

「お土産とかは用事が済んでから買うつもりでしたけど……

 そうですね……アルティナ、お腹は空いているか?」

 

「んん」

 

 リィンの呼びかけにアルティナは首を横に振る。

 

「何か見たいものはあったかい?」

 

「んん」

 

 予想通りアルティナはそれにも首を横に振った。

 

「だそうなので、とりあえず先に用事を済ませてきます」

 

「そう、少し失礼するわね」

 

 一言断ってキリカは受付を離れて、奥に設置された導力通信器で何処かに連絡を入れる。

 程なくしてキリカは通信を終えて戻ってきた。

 

「どうやら博士は貴方が来るのを心待ちにしているようね」

 

「今の通信ですか?」

 

「ええ、中央工房で機材を整えて待っているそうだから行ってくれるかしら……

 受付で貴方の名前を言えば、案内してくれることになっているから」

 

「分かりました」

 

「大きな荷物はここに置いていって構わないわ……

 それから今日の宿はこちらで手配しておくから、用事が済んだらギルドに顔を出してくれるかしら」

 

「はい」

 

「それからこれに目を通しておいて」

 

「これは……依頼書ですね。いいんですか俺が見ても?」

 

「構わないわ。捜索願の依頼だから目撃情報が欲しいのよ。そこに書かれている人をもし見かけたら教えてちょうだい」

 

 なるほどとリィンは頷いて、依頼書を読む。

 

 

 家出したお嬢様の捜索願。

 依頼者:エレボニア帝国ルーレ市ラインフォルト社のメイド。

 私が仕えている家のお嬢様が、私が里帰りをしている間に家出をしてしまいました。

 定期船の乗客名簿を調べた所、リベールのツァイスに向かったようなので保護していただきたく存じ上げます。

 私も○月●日にはツァイスに迎えに行けるので、それまでに説得をしていただけるとありがたいです。

 

 

 

「家出娘……」

 

 そのフレーズになんだかとても居たたまれなくなる。

 

「帝国では家出が流行っているのかしら? 私が五年前に帝国に立ち寄った時も、家出して弟子入りに押しかけてきた子供がいたのだけど」

 

「それは……すいません」

 

「別にあなたが謝ることではないわ」

 

「いや……でも俺も家出中の身ですから」

 

「あなたの家出と彼女達の家出の理由は大きく異なるわ」

 

「はは……そう言ってもらえると助かります……あれ……金髪の女の子?」

 

 依頼内容の後に書かれた家出娘の特徴を読んで、リィンは脳裏に先程の少女の姿が浮かんだ。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「この子、もしかしたらさっき会ったかもしれません」

 

 リィンは先程、エスカレーターの上で会った少女のことをキリカに話す。

 

「……その少女が家出したラインフォルトの御令嬢と見て間違いないでしょう」

 

「そうなんですか? 自分で言っておいてなんですけど人違いの可能性もありますけど」

 

「エスカレーターが導入されているのはここを除けば帝国のルーレくらいよ……

 ともかく御手柄ね。捜索対象がツァイスにいることを確認できたのはありがたいわ」

 

「えっと……それなら見かけたらギルドに連れて来た方がいいですか?」

 

「それは遊撃士の仕事よ。むしろ下手に警戒心を持たせるから見つけた場所を覚えていてくれるだけでいいわ」

 

「分かりました」

 

 一応、依頼書の特徴を改めて手帳に書き写し、ふと周囲を見回してからキリカに尋ねた。

 

「あの……ところでエステルさんとヨシュアさんはまだこちらに来ていないんですか?」

 

「準遊撃士の二人なら今日、ルーアンでの推薦状をもらって明日にこちらに着くことになっているわ」

 

「そうですか……」

 

 また会えることを少し期待していたが、どうやら行き違いになるようだった。

 少し落胆していると、服の裾をアルティナに引かれた。

 

 ――どうしたの?――

 

 そう尋ねる様に首を傾げるアルティナにリィンは笑顔を浮かべて応える。

 

「何でもないよ」

 

 気を取り直してリィンは改めてキリカに向き直る。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 

 

 

「よく来てくれたねリィン・シュバルツァー君。それにアルティナちゃん」

 

「お忙しい中時間を取っていただきありがとうございます」

 

 受付で名乗り、工房長室に案内されたリィンたちを向けたのは二人の男性だった。

 

「いやいや呼び出したのはこちらの方なのだから気にしないでくれたまえ……

 初めまして、私がこの工房都市ツァイスを任されている市長兼、ここ中央工房の責任者をしているマードックだ」

 

 白衣を着た男性が名乗り、そして隣の老人を紹介する。

 

「そしてこちらがアルバート・ラッセル博士だ」

 

「うむ」

 

 威厳に満ちた声で鷹揚に頷く彼は老人でありながら、ユン老師に通じる威厳が感じられた。

 武の道とは違う道ではあるが、一つの分野を極めた者という意味では同じなのだろう。

 

「さっそくですまないが、例の戦術オーブメントを見せてもらっても構わんかな?」

 

「あ……はい。アルティナ、戦術オーブメントを貸してくれるか?」

 

「んっ」

 

 気押されるリィンに対して、アルティナは何も感じてないように戦術オーブメントをリィンに向かって差し出す。

 それを受け取ってリィンはラッセルに渡す。

 

「ふむ……」

 

 鋭い目で受け取った戦術オーブメントを睨むラッセル博士。

 かもし出す緊張の雰囲気に飲まれ、リィンはゴクリと唾を飲み込む。

 

「確かに七つのスロット……それにこの中央のクォーツはやはり初めて見るの」

 

 うむむっと唸り、ラッセル博士はおもむろにドライバーを取り出した。

 

「って、いきなり何をしてるんですかっ!?」

 

 一言もなく分解しようとしたラッセル博士の手からリィンは戦術オーブメントを奪う。

 

「何をするも何も、バラしてみなければ何も分からんじゃろ」

 

「そうかもしれないですけど、先に言うべきことがあるでしょっ!?」

 

「そうですよ博士。その戦術オーブメントについては彼らも知りたいことが多いでしょうし、まずは説明が先でしょ」

 

「ちぇ……」

 

 舌打ちをしてドライバーを懐にしまうラッセル博士にリィンはほっと胸を撫で下ろすと同時に少しの失望をする。

 名前こそ知らなかったが、彼は導力技術の開祖の直弟子の三人の内の一人。

 八葉一刀流で例えるなら、開祖の直弟子であるカシウスと同等の存在のはず。

 知的で理知的な科学者。

 そんなイメージを想像していたのだが、不貞腐れる今の姿は先程の威厳が嘘のようだった。

 

「はぁ……そもそもこちらの事情はどれくらい知っているんですか?」

 

 ため息を吐いて、リィンは尋ねる。

 

「出自不明のエプスタイン財団も知らない戦術オーブメントの調査依頼があったということくらいだね」

 

 リィンの問いに答えたのはマードックだった。

 彼は以前リィンが撮った戦術オーブメントの写真をテーブルに置いて続ける。

 

「そうですか……なら先にこの子の事情を説明させてください」

 

 アルティナに視線を向け、リィンは彼女が怪しい男のトランクに詰め込まれていたこと。そして唯一の身元を示すものとしてその戦術オーブメントを持っていたことを説明する。

 

「なるほど……随分キナ臭い代物のようだったわけじゃな」

 

 改めてラッセルは戦術オーブメントを手に取り観察する。

 

「だが、それならなおのことまずは分解してみないといかんな」

 

「そうなんですか? できればあまりそういうことはして欲しくないんですが」

 

 元々のアルティナの持ち物ではない可能性は高いが、それでも彼女の名前を示した唯一のもの。

 分解して元に戻らないなんてことにはならないと思うが、あまり心情的にはして欲しくない。

 

「気持ちは分からんでもないが、ちゃんと理由はあるんじゃよ……

 結晶回路には作り手のクセというものがあっての、リベールとエレボニアで同じ機能のオーブメントも中身や外観のデザインはかなり違うものなのじゃよ」

 

「剣でいう流派のようなものですか?」

 

「その例えで間違っておらん……

 まあ、どこで作られたかが分かった所で、その子の身元が繋がるとは思えないがの」

 

「それはどうしてですか?」

 

「ぱっと見たところ意匠は帝国産のものだと思うが、とても正規のものだとは思えん……

 形式番号も一応はつけておるようじゃが、身内の中だけで判断できればいいというくらいに短い……

 おそらくは非合法な工場で造られたものだろう」

 

 見ただけでそこまで読み取ったラッセルにリィンは彼を見直す。

 

「もちろん分解する理由は他にもあるぞ……

 こんなことはあまり聞かせるような話ではないが、第一世代の戦術オーブメントがテロリストに利用されたことがあるんじゃ」

 

「確かにこんな小さなオーブメントですごいアーツが使えますからね」

 

 アルティナが使ったアーツを思い出しながらリィンはラッセルの言葉に頷く。

 しかし、ラッセルは首を横に振った。

 

「アーツ適性が高い人間と同期すると戦術オーブメントは中に溜め込む導力の量が飛躍的に大きくなる……

 加えてアーツは少しの訓練で子供でも使うことができる……

 そんな特性を利用して行われたのが、戦術オーブメントに自爆術式を組み込んだアーツによる人間爆弾だったんじゃ」 

 

「っ……」

 

 リィンは思わず息を飲んでアルティナを見る。

 アーツ適正が高い子供。用途不明の戦術オーブメントとクォーツ。

 条件はアルティナにも揃っている。

 

「もちろん自爆術式は今では厳しく取り締まられておる。じゃが非合法な場所で造られたものだとしたらこの戦術オーブメントに組み込まれていない保証はない……

 そういうわけだから、本格的に調べる前に目視で細工がないか確認したいんじゃよ」

 

「そうだったんですか」

 

「というわけだからさっそく――」

 

 嬉々として戦術オーブメントに手を伸ばすラッセル。

 しかし、彼の手が届く寸前にリィンは横からそれを掻っ攫う。

 

「何じゃ、納得してくれたんじゃないのか?」

 

「納得はしました。でもまだアルティナに確認を取っていません」

 

「細かい小僧じゃな」

 

「何とでも言って下さい。だいたいそれくらいは普通の常識です」

 

 むしろどうして自分がそんな常識を説かなければいけないのか、リィンは内心で嘆く。

 と、そこに――

 

「あのーすいません」

 

 おずおずと言った様子で小さな女の子がドアを開けて顔を覗かせた。

 

「うちのおじいちゃんがこっちにいるって聞いてきたんですけど……」

 

「うえっ! ティータ」

 

 女の子の登場にラッセル博士はあからさまに怯む。

 

「あ、おじいちゃん」

 

 彼の姿を見つけると女の子は怒った様子で部屋に入ってくる。

 

「もうっ! おじいちゃん、新しく作った生体感知を無効にするオーブメント――」

 

 そのまま詰め寄った女の子は言葉を途中で止め、進路をラッセル博士からリィンに向かって急転換した。

 

「え……?」

 

 止める間もなく戦術オーブメントを持つ手に飛びつくと女の子は先程の怒りを忘れて目を輝かせた。

 

「わー何この戦術オーブメント? スロットが七つもある、それに真ん中のクォーツは何だろ!?」

 

 歓声を上げる様は誰かを髣髴させるもので、そして女の子はおもむろにドライバーを取り出した。

 

「って、君もいきなり何をしてるんだっ!?」

 

 まさかラッセル博士と同じことをする輩がいると思わなかったリィンは慌てて女の子の手から戦術オーブメントを頭上に逃がす。

 

「あ……」

 

 大好物の食べ物を目の前で取り上げられたような悲しそうな顔を女の子は浮かべるが、リィンは心を鬼にして諭す。

 

「いきなり他人のものを分解しようとしたらいけないだろ」

 

「あ……えっと……ごめんなさい」

 

「そうじゃぞティータッ!」

 

 自分がやったことを棚に上げ、ラッセルは女の子を叱るように声を上げる。

 どの口が言うんだとリィンは半眼でラッセルを睨む。が――

 

「それはわしが先にやるんじゃ!」

 

「ええっ! ずるいよおじいちゃん」

 

 ガクリとリィンは膝を着いた。

 子供と本気で張り合っているラッセルに眩暈を感じる。

 

「これがエプスタイン博士の三高弟の一人……いや、この人が例外なだけできっと他の二人はまともな人格者に違いない……うん、きっとそうだ」

 

 現実逃避をしていると、アルティナがぽんぽんと慰めるようにリィンの頭を撫でてきた。

 

 

 

 

「ティータ・ラッセルです。よろしくお願いします」

 

「ラッセル……道理で……」

 

 先程のラッセル博士とまったく同じ行動をした女の子にリィンは納得する。

 

「あはは……ごめんなさい。つい……」

 

「いいかい、ティータちゃん。君はあんな大人になったらいけないよ」

 

「おいおい、人を目の前に随分な言い様じゃの」

 

「むしろ聞こえるように言ってるんです」

 

 この手の相手ははっきりと言わなければ分からない。

 もっともそういう輩は都合の悪いことはスルーするのでどこまで効果があるかは分からないが。

 しかし初対面の、しかも歴史に名を残す偉人に向けていい言葉ではないのだが、リィンの言葉にマードックは頷いた。

 

「それについては私もリィン君の意見と同じですよ……

 この純粋なティータちゃんが将来は博士やエリカ君のようになると思うと……くっ……」

 

 目頭を押さえるマードックにラッセル博士は流石にバツが悪そうにそっぽを向く。

 

「ともかく、目視での検査は終わったんじゃ。次にいくぞ次にっ!」

 

 誤魔化すように一度分解して組み立てた戦術オーブメントを持って、ラッセル博士は工房長室から出て行ってしまった。

 

「だからそういう一人で突っ走る行動を自重しろって言ってるんですよっ!」

 

 慌ててリィンは追い駆けるが、廊下に出たリィンが見たのは閉まりかけるエレベーターに乗り込んだラッセル博士の姿だった。

 

「くそっ……」

 

 追い縋るが、手が届く寸前にエレベーターの扉が閉まり切る。

 苛立ちに任せてリィンは扉を叩く。

 そんなリィンの肩にマードックが優しく手を置いた。

 

「まあ安心してくれ。確かに博士はオーブメントが絡むと周囲の迷惑を顧みない傾向もある……

 ツァイスで起こるオーブメントのトラブルはほぼ博士の仕業だと言っても過言でない」

 

 マードックは今までの苦労を滲ませるように言う。

 

「だが、あれでもリベールの導力技術を他国に先駆けて発展させた天才であることは間違いないんだ」

 

「……なんというか心中お察しします」

 

 彼にいつも振り回されているだろう、マードックにリィンは親近感と共に同情した。

 エレベーターが戻ってくるのを待ち、案内された工作室に入るとラッセル博士が叫ぶように歓声を上げた。

 

「なるほど、そういう機能か面白いっ!」

 

「あーおじいちゃんずるいっ!」

 

 その声に真っ先にティータが駆け出した。

 

「おおティータ見てみろ、この波形データが――」

 

 専門用語を使ってラッセル博士とティータは盛り上がる。

 あの中に入って行くことに気後れしたリィンはマードックに何をしていたのか尋ねる。

 

「あれは何をしたんですか?」

 

「あれは導力測定器と言ってね。結晶回路に外部から導力波を当てて、その反応を読み取る装置なんだよ……

 しかし、あの測定器は特別製でね。博士が開発した高速演算器『カペル』と連動することでより高度な測定が可能なんだよ」

 

「それじゃあアルティナの戦術オーブメントについて何か分かったんですかね?」

 

「そのようだね。博士、何が分かったのか私達にも説明してくれませんか?」

 

「うむ……」

 

 マードックの呼びかけに、ラッセル博士はこほんと佇まいを直して話し始める。

 

「まず戦術オーブメントそのものはスロットの数と中央スロットを覗けば従来のものとほぼ同じ仕組みだということが分かった……

 じゃが、スロットの数はともかく問題は中央の大きなクォーツじゃ」

 

「何か問題があるような代物だったんですか?」

 

 リィンの質問にラッセル博士は首を横に振る。

 

「危険があるという意味では、何の問題もない……

 じゃが、このクォーツは一言で言えば未完成のクォーツなのじゃ……

 わざとクォーツの機能に余白を与え、戦術オーブメントに組み込まれた自己最適化するシステムにより、時間をかけて機能が最適化されるようになっておる」

 

「えっと……」

 

 戦術オーブメントの知識がないリィンは何とかラッセル博士の言葉の意味を理解しようと考える。

 そこにティータが補足するように説明を加える。

 

「えっと本来のクォーツは七曜石の欠片から抽出した導力を一つのクォーツにまとめて作るんです……

 普通のクォーツは単一的な仕様なんだけど、このクォーツは二重構造になっているんです」

 

「二重構造?」

 

「はい。まず中央の第一層がクォーツの性能を決める中心部分になります。第二層は第一層の性能を基にして性能強化しているんです。本来なら『攻撃1』のクォーツに、新しいセピスを使っても『攻撃2』のクォーツを作ることはできません。でも、このクォーツの構造ならそれができるんです。しかも今までは一度の大きな圧力でクォーツを作っていましたが、このクォーツは弱い圧力を継続的に与え続け、時間をかけることでより複雑な機能を作り出すことに成功しているんですよ」

 

「えっと……それはすごいことなの?」

 

「はい、とてもすごいことなんですっ!」

 

 彼女の言っていることを半分も理解できていないのだが、彼女の眼差しの熱意だけは十分に理解できた。

 

「とりあえずアルティナに危険が及ぶような機能はないんですね?」

 

「そのことじゃが、どうやら登録されているアーツは既存のもの以外のものがいくつか確認できた……

 使用者に対して攻撃的なものはないようじゃが、効果が分からん以上完全に疑いがなくなったとは言えんの」

 

「そういえばアネラスさんが見たことのないオーバルアーツだったって言ってましたね」

 

「それを早く言わんかっ! 良し地下演習場に行くぞ!」

 

 アルティナの手を取り、有無を言わせないで先程と同じ様に部屋を飛び出そうとしたラッセル博士の眼前をリィンは鞘に入ったままの太刀で阻む。

 

「少し落ち着いてください」

 

「おっ……おお。そうじゃの……」

 

 リィンは笑顔を浮かべて凄んでみせるとラッセル博士は理解してくれたのか、止まってくれる。

 とりあえずそれにほっと胸を撫で下ろす。

 

「リィン君……」

 

「あ……」

 

 マードックがリィンの肩を叩く。

 流石に不味かったかと、リィンは冷や汗をかく。

 一応は自重して太刀を抜かなかったのだが、武器を使って威嚇するのは流石にやり過ぎたのだろう。

 

「すいま――」

 

「リィン君。ここに就職しないかね?」

 

「え……えぇ……?」

 

 両手を掴んで懇願するマードックにリィンは困惑した。

 

 

 

 

 導力魔法――オーバルアーツ。

 戦術オーブメントを持つ最大の利点とも言える。

 七曜石を加工したクォーツによって様々な現象を引き起こす。

 ルーアンでリィンはその治癒術を体験したが、目の前で引き起こされる様々な攻撃魔法の迫力は中々のものだった。

 

「ん……」

 

 光子の弾丸を操り、出されたターゲットを即座に撃ち抜くその姿はまさにガンマンを連想させる。

 すごいアーツを扱えることは知っていたが、アルティナは初歩のアーツも十分に使いこなしていた。

 

「すごいっ! パーフェクトだよアルティナちゃんっ!」

 

 ティータが導力砲に似た装置で撃ち出した的を、アルティナが待機させておいたアーツで落ちる前に撃ち落す試験。

 それを一つも落とすことなく、全てのターゲットを撃ち落したアルティナは歓声を上げるティータに胸を張り、次いでリィンのところにやってくる。

 

「はは……すごいな。アルティナは」

 

 何を求めているのか察して、リィンは彼女の頭を撫でて褒める。

 

「ん……」

 

「アルティナちゃん。次のテストの説明するよ」

 

「ほら、呼んでるぞ。頑張ってな」

 

「ん」

 

 アルティナはコクリと頷いて、再びティータの元へ駆けて行く。

 ティータは身振り手振りを使って次のテストの説明をし、アルティナはその都度コクコクと相槌をつく。

 ティータがお手本と言わんばかりにアーツを発動し、それに倣ってアルティナもアーツを撃つ、

 使っているものは物騒極まりないのだが、同じくらいの年の子供と無表情だが楽しそうに遊ぶアルティナの姿にリィンは安堵する。

 

「ははは、そうしていると本当にお父さんみたいだね」

 

「やめてくださいマードックさん」

 

 からかうマードックにリィンは顔をしかめる。

 

「ただボースで公園とかに連れて行っても誰とも遊んだりしないから、それで心配だっただけですよ」

 

「ああ、その気持ちは分かるよ。ティータ君も、もっと外で同年代の子と遊べばいいのにいつも工房に来て仕事をしてるんだよ……

 確かに見習いとして受け入れているし、本人もオーブメントをいじくることが楽しいようだからそれはいいんだが、年頃の女の子としてどうかと思ってしまうんだよ」

 

「確かにそんな感じですね」

 

 孫とはいえ、ラッセル博士の会話について行けるだけの知識量を考えれば、あの歳ではすごい方だろう。

 本人が楽んでいるのならリィンがとやかく言う問題ではないのだが、マードックの気持ちも同じだろう。

 

「でも……もう少し見ていて安心できる遊び方をしてほしいですね」

 

「全くだ」

 

 リィンの呟きにマードックは頷く。

 導力砲を撃ったり、高位アーツを撃ったりと、テストが進むに連れてやることが過激になりティータはラッセル博士と同じ様に歓声を上げる。

 彼女の将来が少し不安になったリィンだった。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

『よし、テストは以上で終了じゃ』

 

 その声によってアルティナのアーツ試験は終了した。

 

「お疲れ様、よく頑張ったな」

 

「ん……」

 

 少し疲れた様子で戻ってきたアルティナの頭を撫でて、リィンは彼女を労う。

 

「私はおじいちゃんのところに行ってデータをまとめるのを手伝ってきます。すぐに戻りますから休憩室で待っていてください」

 

 ティータはそれだけ言い残して足早に試験場から出て行った。

 自分よりも一回りも小さい子供なのに、すごい体力だとリィンは感心する。

 

「ふう……やれやれティータ君も年々博士やエリカ君に似てきたな」

 

 その背中を見送ったマードックは悲しげに嘆く。

 

「えっと……」

 

「リィン君、本当にここに就職しないかい? 待遇は保障するよ」

 

「いえ、それは無理ですから」

 

 リィンの答えにマードックはがっくりと肩を落とす。

 

「えっと、ところで休憩室に案内してもらっていいですか?」

 

「おお、そうだね。こっちだ」

 

 マードックに案内され、休憩室に移動する。

 アルティナはソファに座らせ、リィンは自動販売機というオーブメントから飲み物を買う。

 

「あ……」

 

 少し目を離した隙にアルティナはソファにもたれるように目を閉じて眠っていた。

 

「無理をさせちゃったか……これじゃあ俺も人のことは言えないな」

 

 アーツやそれを操るアルティナの技量に見入って、彼女の疲労を見るのを忘れてしまっていたことにリィンは反省する。

 リィンはアルティナの横に座ると、彼女の身体をゆっくりと倒して膝枕をして頭を撫でてやる。

 しばらくするとラッセル博士がやってきた。

 

「実験の結果が出たぞっ!」

 

 大きな声を出して部屋に入って来たラッセル博士にリィンは口に指を当て、静かにと指示する。

 眠っているアルティナに気付いたラッセルは入って来たテンションを低くしてそれに従う。

 

「お疲れ様です博士……ティータちゃんはどうしたんですか?」

 

「うむ……少しあの子に聞かせる話ではないので、適当に言い訳をして席を外させたんじゃよ」

 

 その目はそれまでの趣味人の目から真剣な研究者の眼差しをしていた。

 

「まず、最初に報告させてもらうとその戦術オーブメントには少なくともその子自身を傷付ける機能は存在しない……

 この子自身もこの歳で信じ難いが、高位アーツもきちんと制御できておる」

 

「そうですか。それはよかった」

 

 その報告にリィンは安堵するが、ラッセル博士の眼差しに緊張は解けなかった。

 

「じゃがな……」

 

 言葉を濁すラッセル博士。

 

「何か分かったんですか?」

 

「この子は普通じゃない。それが分かった」

 

 リィンはアルティナが寝入ってしまっていることを確認して、続きを促す。

 

「この子のアーツ適性は高い。それは一本ラインの戦術オーブメントを見たときから分かっていたが、実際にアーツを撃たせてみて高過ぎるとわしは判断した」

 

「そんなにですか?」

 

「うむ……高度な戦闘訓練を受けているようでもあったが、まるでその子自身にアーツを増幅する何かがあると思えるほどの威力があった……

 もしかすると、そういう風に人体改造されている可能性もある。一度測定器でその子を見てみた方がいいかもしれんな」

 

「人体改造って、そんなことが本当にあるんですか?」

 

「残念なことに前例はある……

 というわけじゃから、明日にでもその子も測定器にかけてみようかと思うんじゃが」

 

「あの測定器……人体に悪い影響はないんですよね?」

 

「………………もちろんじゃとも」

 

「今の間は何ですか?」

 

 半眼でリィンはラッセル博士を睨み、ため息を吐く。

 

「何にしても、今回はやめておこうと思います」

 

「そうか?」

 

 残念そうなラッセルの声色にリィンは肩をすくめる。

 

「今回のことでいろいろなことをやりましたから、これ以上アルティナの負担になることはやめた方がいいでしょう」

 

 ただでさえ、今回のテストで疲れ果てるまでアーツを使わせてしまった。

 いくら特殊な身体の疑いがあっても、これ以上の負担は良くないだろう。

 

「それもそうじゃな」

 

「意外ですね。人よりオーブメントを優先するマッドサイエンティストかと思ったんですけど」

 

「人をシュミットの馬鹿者みたいに言うでない」

 

「そう思われたくないなら少しは自重というものを覚えてください」

 

 反論を聞き流して、リィンは常識を説く。

 

「ともかく今回の実験はこれで終わりでいいでしょう?」

 

「そうじゃのデータは十分に取れたから、まあいいじゃろ」

 

 ラッセル博士の目は物足りないと訴えていたが、リィンは気付かないふりをして寝ているアルティナをおんぶする。

 

「それじゃあ何かが分かったらボースの遊撃士ギルドに連絡してください」

 

「何じゃもう帰るのか? 今日はボース行きの定期船は終わってしまったじゃろ……

 どうせならうちに泊まらんか、ティータも同じ年頃の友達ができたと喜ぶんじゃが」

 

「お気持ちはありがたいですが、ギルドが宿の手配をしてくれていたのでそちらで一泊して明日に帰るつもりです」

 

「ちっ……」

 

「まさか泊めることを口実にアルティナの戦術オーブメントを調べるつもりじゃないですよね?」

 

「何を言っておる。これは純然たる好意じゃよ。ははは……」

 

 笑って誤魔化すラッセル博士にリィンは何度目になるか分からないため息を吐いた。

 

「それじゃあ、今日はありがとうございました」

 

 一礼して出て行こうとしたが、ふと頭に過ぎった考えにリィンは足を止めた。

 

「そういえば……」

 

「ん? どうかしたかの?」

 

「いえ……その……」

 

 思わずリィンは言葉を濁す。

 今日会ったばかりの人に話すことではないし、そもそもそれに意味があることなのか分からない。

 

「何じゃ何じゃ、とりあえず言ってみんかい」

 

「いえ、大したことじゃないですからやっぱりいいです」

 

「それを決めるのはわしじゃ。ほれ言ってみるがいい」

 

「……その測定器。俺に使ってみてもらってもいいですか?」

 

「お前さんに? 何でまた?」

 

「実は俺は『異能』を持っているんです。それが導力的な観点から見ると、どんな風に身体に作用しているのかと思って」

 

 口から出る言葉にリィンは自分で驚いていた。

 解決策を求めているとはいえ、鬼の力のことをこんなに気安く話題にしている自分の変化に信じられなかった。

 

「ほう……『異能』か……」

 

 顎に手を当てて考え込むラッセル博士。

 わずか数秒で考えをまとめたラッセル博士はにやりと笑う。

 

 ――あ……しまった……

 

 爛々と輝くその目は新しいおもちゃを見つけた子供のそれだった。

 

 

 

 

 

 





 いつかのカレイジャス。

 ラッセル一家
「来ちゃった♪」

 リィン
「内戦中に何してるんですか、あなた達はっ!?」



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