(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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137話 明日への鼓動

 

 

「それではお世話になりました」

 

「あら……もう帰っちゃうの? 来週まではいるって言ってなかったかしら?」

 

 クスクスと笑うレンにリィンは肩を竦める。

 クルトとの模擬戦闘を行った翌日、リィンはローゼンベルグ工房でレンとヨルグに別れの挨拶をしていた。

 

「そのつもりだったんだけど、エリゼ達を見送ってクロスベルに残るわけにはいかないだろ」

 

 正確にはアルフィンを、となる。

 とにかく早さを重視して、クレアは単独でクロスベルにやってきて彼女の護衛に着いた。

 ひとまず自分がいるからという理由でクロスベルの小旅行は認められたらしく強制送還とならなかったのは幸いだが、そうなるとリィンは彼女たちを見送る事は出来なくなってしまう。

 

「まさかそれを見越してエリゼ達を呼んだのか?」

 

「さあ……どうかしら?

 でも、リィンのことだから来週には帰国するとか言ってギリギリまでクロスベルに残っちゃいそうよね」

 

「それは……」

 

 レンの指摘にリィンは押し黙る。

 遺憾なことだが、レンの推測は正しい。

 まだ《グノーシス》の調査が終わっていないことを理由にレンとクロスベルに残るつもりだった。

 調査の段階でレンが少しづつ開示してくれた情報から《グノーシス》の効能、造られた過程、そして《D∴G教団》の名前を知ることになった。

 《グノーシス》が出回っているということは、その残党がクロスベルのどこかに潜伏していることに他ならない。

 そんな外道を放っておいて進学の為とはいえ、一人で帰国するのはやはり気分が良いものではない。

 

「ふふ……ダメよ……

 年始だって試験勉強ばかりで、ちゃんとおじさま、おばさま達とゆっくりお話ししてないんだから、トールズに進学する前にちゃんと帰らないと」

 

「それは分かっているんだけどな……」

 

 《影の国》から解放されてユミルに顔を出し、そのままオリビエやエリゼに生存報告をするためにヘイムダルへと赴いた。

 御前試合を終わらせて帰郷したら、トールズ士官学院の受験、それが終わればクロスベルと落ち着いて話す間もなく駆け回った。

 既に三月も半ば。

 レンの両親との問題は概ね解決できたことを考えると、リィンがクロスベルに残る理由はもうないのだが、やはり《教団》の存在は無視できなかった。

 

「ここから先は根気の勝負……とにかく時間が掛かるからリィンができることはないわ」

 

「本当だろうな?」

 

「ええ、本当よ」

 

 澄まし顔で頷くレンの真意は相変わらず読み取り辛い。

 

「…………分かった。でも何かあったら遠慮しなくていいから呼んでくれ」

 

 リィンはため息を吐きながら、レンの意見に折れた。

 すでに《ARCUS》の番号は交換し合っている。

 とは言え、クロスベルにはエステルとヨシュア、それに特務支援課などレンに手を差し伸べてくれる人は十分に居るのだから、役目はないかもしれないが。

 

「そんなことはまずないと思うけど、覚えておくわ」

 

「そうしてくれ……でも別にお喋りしたいからって理由で連絡してくれるのも歓迎するよ」

 

「ふふ……気が向いたらそうするわ……

 でも来月になったらまたクロスベルに来るんでしょ? ブルブランから聞いたわよ《黒の競売会》に行くって……

 レンもおもしろそうだから行ってみようかしら?」

 

「こらこら、オークションなんてレンの歳で行くようなものじゃないぞ……

 それにその返事は保留にしているし、そもそも入学して二週間で外泊届けは受理されないだろ」

 

「あら残念……」

 

「とにかく、あんまり無茶なことはしないでくれよ……

 あと導力ネットばかりやってあまり夜更かしをしないように、それから――」

 

「分かってるわよ。もう子供扱いしないでちょうだい」

 

「はは……」

 

 頬を膨らませるレンにリィンは笑ってその頭を優しく撫でる。

 

「エステルさんとどんな事になっても、俺はレンの味方だからな」

 

「…………うん」

 

 リィンの言葉にレンは小さく頷く。

 

「それじゃあヨルグさん、この一ヶ月お世話になりました……

 特にルフィナさんやノイ達の人形やドールハウスまで作ってもらって……本当にミラを払わなくて良いんですか?」

 

「ふん……子供のくせに生意気な口を叩くんじゃない……

 人形は押し付けられた戦術殻の処分になった。ドールハウスは昔に造ったものに過ぎん……

 それに対価になるものはこちらも十分に貰っている」

 

「そうかもしれないですけど、これだって……」

 

 リィンは纏めた荷物の中で一際大きな存在感がある長大なケースに視線を落とす。

 ランディのベルゼルガーを収められる程に大きなケースの中にはリィンが思い付き、ヨルグに協力してもらった実験成果が入っている。

 

「気にするな。それよりも人形のメンテナンスは怠るなよ。それにたまには見せに来い」

 

「はい。分かっています……ヨルグさんもお体に気を付けてください」

 

 リィンは別れの挨拶を済ませるとローゼンベルグ工房を出発した。

 

 

 

 

「来たか……」

 

 クロスベルのマインツ山道口の門の下には赤いコートの男がリィンを待っていた。

 

「アリオスさん……」

 

 まさか会えると思っていなかった彼との遭遇にリィンは言葉に緊張を乗せてしまう。

 

「どうしてここに?」

 

「ミシェル達から今日、帝国に帰ると聞いてな……

 先週は俺の出張と、お前がアルカンシェルの依頼が重なって顔を合わせてなかったからな……

 弟弟子を見送るくらいはするさ」

 

 言葉にすれば何のことはない当然のことだった。

 

「アリオスさん、少し時間を貰っても良いですか?」

 

「ああ、何だ?」

 

 荷物を下ろすリィンにアリオスは頷く。

 周囲にあの因果が書き換わる気配はない。

 直接アリオスと会うことが条件ではないことに疑問を感じながら、リィンはそれを口にする。

 

「単刀直入に聞きます――」

 

 その瞬間、あの奇妙な気配をリィンは感じる。

 同時に方石を起動してアリオスを有無を言わせずに《箱庭》に取り込んだ。

 

「アリオスさん、貴方がガイ・バニングスを殺した犯人ですか?」

 

 因果が組み変わる前兆が途切れ、リィンの質問はアリオスに確かに届く。

 突然《箱庭》に引きずり込まれたことに瞠目しながらも、アリオスは無表情を繕い応える。

 

「何のことを言っているか分からないな。そもそもお前がどうしてガイのことを――」

 

「お互いに《観の目》を持っている者同士、腹の探り合いはやめましょう」

 

 アリオスの言葉を遮って、リィンは言い切る。

 実際は完全な確証はない。

 半分はブラフなのだが、リィンの言葉にアリオスは押し黙り――頷いた。

 

「ああ、その通りだ」

 

 真っ直ぐとした眼差しで頷かれ、リィンは息を吐いて肩の力を抜く。

 

「……黒幕は他にいるということですか?」

 

「リィン……俺は――」

 

「ガイ・バニングスの死因は背後からの銃撃だった……

 あの雨の日、ガイさんの前に立っていた貴方は現場に居合わせたのかもしれませんが、撃ったのは別の誰かだったんじゃないですか?」

 

「リィン……それをいったいどこで?」

 

「先日、共同墓地で婚約指輪に残っていたガイさんの残留思念と会いました……

 何故か彼の亡霊にだけ波長が合って、生前の記憶を少しだけ読み取ることができたんです」

 

「それはおそらく年始に俺がこの《箱庭》に入った時に、ガイの想念を具現化させたことが原因だろう」

 

「そうだったんですか?」

 

「ああ……良い夢を見させてもらった」

 

 満足そうに笑うアリオスに毒気を抜かれながらリィンは続ける。

 

「あとレミフェリア方面に出張に行っていたはずの貴方がジオフロントで怪しい女性と密会しているところを見ました……

 貴方はこのクロスベルでいったい何をしようとしているんですか?」

 

「何だと…………いや……八葉を使うみっしぃが現れたと噂されていたが、あの時のみっしぃを操っていたのはお前だったんだな」

 

「…………ええ、その通りです」

 

 リィンはわずかに目を逸らしながら肯定する。

 

「ならば何故、ミシェル達にそのことを伝えなかった?」

 

「それは俺が聞きたいことですよ……

 話そうとしても因果が組み変わって邪魔をする。それがクロスベルに存在していた《幻の至宝》の力なんですか?」

 

「因果の組み換え……

 なるほど、どうやら奴等が言っていた幻想もただの妄想というわけではなかったのか」

 

 あえて失われたはずの《幻の至宝》の名前を出しても当たり前に受け入れているアリオスにリィンは訝しむ。

 

「アリオスさん……どうして貴方程の人が……」

 

「買い被ってもらって悪いが、俺も所詮何も守れなかった弱い人間でしかない……

 五年前にサヤが亡くなり、シズクから光が失われた時に俺は無駄だと分かっていても時間を巻き戻したいとさえ考え、遊撃士の仕事の合間にゼムリア大陸中の遺跡を探し回った……

 その時に声を掛けられたわけだ」

 

「《結社》に、ですか?」

 

「いや……《結社》が全く関わっていないわけではないが、別口だ」

 

「まさか《D∴G教団》じゃないでしょうね?」

 

「ある意味正解であり、不正解だ」

 

「アリオスさん、悪いことは言いません。今からでも手を切るべきではないんですか?」

 

「それはできない」

 

「ガイ・バニングスさんの死に責任を感じているからですか?」

 

「それもある……

 が、奴等にとって俺は替えの利く駒でしかない……

 その上こちらの弱味を知られている以上、ここで計画から降りるとなればどんな報復をされるか分かったものではないからな」

 

「弱味……たしか娘さんがいましたね」

 

「そういえば結局、お前に会わせることはできなかったな……

 もしかするとその因果の組み換えのせいかもしれないな」

 

 穏やかな口調でリィンの質問に答えるアリオス。

 全くの正論を並べられ、すでにアリオスの立場が詰んでいることにリィンは歯噛みする。

 

「そんな顔をするなリィン……

 俺はガイと約束したんだ。誰もが納得する最高の結末を掴み取れとな。それを反故にするつもりはない……

 それにこの状況も考えてみればそこまで悲観することではない……

 あの者達の計画を内側から制御できるわけだから」

 

「そうかもしれないですが……」

 

「リィンよ。一つ頼んでも良いか?」

 

「何ですか?」

 

「俺にもしものことがあれば、娘のシズクの事を頼みたい」

 

「アリオスさん、まさか――」

 

「あくまでも保険の話だ。同じことをミシェルや親族にも以前から言っている……

 だが、俺が暗躍していることを含めて知っているのはお前だけだからな、どうか頼む」

 

 真摯に頭を下げられるが、リィンは答えに迷う。

 

「気持ちは分かりますが、俺も帝国で結社の《幻焔計画》に巻き込まれることは決まっていますから無理です」

 

「もちろん余裕があればで構わない。あくまでも選択肢の候補として話している」

 

「それなら、俺の手が空いている時は必ず何とかしてみます……

 そういえばシズクちゃんは入院しているんですよね? 何か病気なんですか?」

 

「数年前に事故で目の光をな……

 だが、まったく回復の見込みがないわけじゃない。少しずつ回復治療を受けながら療養生活をしている」

 

「そうですか……俺が保護するなら、法国の心霊医療を紹介してそっちに預かってもらうなんて方法もあったんですけど、治療が順調なら――」

 

「その話詳しく説明してくれ」

 

「っ――」

 

 ある程度警戒心は解いていたとはいえ、いつでも太刀を抜ける状態だったにも関わらずリィンが反応できない速度で近付いたアリオスはリィンの肩を掴む。

 

 ――これが《風の剣聖》の本気の速度……

 

 何度か速さ比べをしたことがあるが、その時の比ではない《速さ》にリィンは戦慄しながらアリオスの問いに答える。

 

「俺の、というよりルフィナさんのコネですね……

 星杯騎士団の中には治療系のアーティファクトを扱う人がいるらしいので、紹介してもらうことができると思います」

 

 七耀教会には借りもあるし、星見の塔で手に入れた中世の魔導士が残した魔導書でも対価にすれば話を聞いてもらうくらいはできるかもしれない。

 あくまでも可能性だと付け加えるが、アリオスはそれでもいいと頷く。

 

「……是非紹介してくれ……いや、だが今は迂闊に動けないか……」

 

 葛藤するアリオスにリィンは思わず苦笑する。

 

「えっと……とりあえず紹介状だけでもいります?」

 

「ああ、頼む……だが何も返せるものがないというのも心苦しいな……今は手元にこんなものしかないが」

 

「え……?」

 

 徐にアリオスが懐から取り出したのは黒耀石でできた鍵だった。

 

「以前レミフェリアの方にあった《時の神殿》と呼ばれる遺跡から見つけた鍵だ……

 何か曰くがあるアーティファクトなのは間違いないのだが、俺には使い方も分からなかった代物でね……

 もしよければ星杯騎士団の取引にでも――」

 

「アリオスさん待ってくださいっ!」

 

 思わず声を上げるがリィンがその鍵を認識した瞬間、それは光を放ち《箱庭》を照らした。

 

 

 

 

 

「お待たせしました、クレアさん」

 

「いえ時間通りですけど……どうしたんですかリィン君? まるで一戦死闘を繰り広げて来たみたいな様子ですけど」

 

「聞かないでください」

 

 クロスベル駅にやってきたリィンは待ち合わせの時間に間に合ったことに胸を撫で下ろす。

 見回せばすでにクリスとクルトもその場にいる。

 

「どうやら俺が最後だったみたいですね」

 

「ええ、でも列車の時刻には間に合っていますから気にしなくて良いですよ」

 

 クロスベルでお世話になった人達には昨日の内に挨拶に回っているので見送りはない。

 そもそも急に決まった帰国なのでそれも仕方がないだろう。

 

「リィンさん、昨日はありがとうございました」

 

 と、リィンが来たことに気付いたクルトが話しかけてくる。

 

「クルトも帰るんだな?」

 

「はい……でも、すぐに戻ってくるつもりです」

 

「それはどうして?」

 

「実は以前からティオさんにエプスタイン財団に雇われないかと言われていたんです……

 《ビームザンバー》という導力武装のモニター要員として役に立てるそうなので、一度家に帰って父上と母上を説得したらクロスベルに戻ってくるつもりです」

 

「ビームザンバー……ティオちゃんが使っていた導力剣のことか」

 

「セドリックがトールズ士官学院にクリスとして入学するように、僕もヴァンダールでは得られない経験を積もうと思っているんです……

 エプスタイン財団に雇われれば、ティオさんと同じように特務支援課に正式に参加することもできますから」

 

「なるほど……口添えが必要なら言ってくれ。半分くらい俺が嗾けたようなものだからな」

 

「いえ、そこまでしてもらうわけにはいきません……

 両親の説得も含めて、僕が新しい歩みを始めるための一歩ですから……

 それよりもリィンさんにはくれぐれもセドリックのことをよろしくお願いします」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 そんなことクルトに言われるまでもない。

 着々とオリビエに似て来ているセドリックだが、士官学院にいる間にしっかりと矯正すれば手遅れではないとある種の使命感を持って頷いた。

 

「それにしても随分と大きな荷物ですね。いったい何が入っているんですか?」

 

 クルトはベルゼルガーを持ち運ぶケースに匹敵するリィンの荷物に興味を示す。

 

「ちょっとした実験の産物だよ。気にしないでくれ」

 

 本当ならカプア特急便で送ろうかと思っていたが、そんな時間もなく直接持って来てしまった。

 

『間もなくヘイムダル方面行きの列車が到着します。ご利用の方はそのままホールにてお待ちください』

 

 駅にアナウンスが響く。

 

「皆さん列車が来ますのでホームに移動しましょう」

 

 そのアナウンスにクレアはアルフィン達を促して移動を開始する。

 その後に続いたリィンは不意に足を止めて、振り返る。

 

「どうかしましたか兄様?」

 

「いや……何でもない」

 

 結局あの碧の少女とは出会うことはなかった。

 あの少女は何だったのか、因果の組み換えとどんな関係があったのか。

 心残りはいろいろとあるが、エステルやヨシュア、それにロイド達もいるのだから心配はないだろう。

 むしろ《幻焔計画》の中心になる自分の方をエステル達には心配されてしまったが。

 

「たった一ヶ月だったのに、随分といろいろなことがあったと思ってね」

 

 そうクロスベルに来てたった一ヶ月しか経ってない。

 その間にクルトと二度戦ったり、みっしぃになったり、レンの誕生会をしたり、アルカンシェルの舞台に出演したりと本当に濃い一ヶ月だった。

 クロスベルにはまだまだ問題が多い。

 だが、リィンがそればかりにかまけているわけにはいかないのは事実だった。

 

「それじゃあ行くか」

 

 後ろ髪を引かれる気持ちを振り切ってリィンは踵を返す。

 日曜学校とは違う、高等教育を受けるための学院生活。

 その明日という未来に年相応の不安と期待に胸に躍らせながら、リィン・シュバルツァーは歩き出した。

 

 

 

 





クルトの魔導剣
平たく言えば魔導杖の剣タイプ。
本体は筒状の剣の柄で、スイッチ一つで刃が導力の刃が構築される光の剣。
質量がないことがクルトには不満だったが、幻属性と地属性の回路を使うことで刃に疑似質量を持たせることができる。
また、クルト用の改造として二つのユニットを直列に接続することで長剣――長さ、質量や重心のパラメータを自由に設定できるため、クルトの体格にあった剛剣を使うことも可能かもしれない。

余談だが、ティオが本来テストするためのユニットだった。
しかし、エーテルバスターをランディに、ビームザンバーをクルトにそれぞれ割り振ったおかげで実戦データの精度と量が増えたおかげでエイドロンギアの開発が想定を超えて早まることになる……かもしれない。



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