(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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136話 帝国の壁

 

 

 東クロスベル街道の橋の先にある広場。

 一ヶ月前にクルトと決闘を行った場所にて、リィンは彼が現れるのを待っていた。

 

「あの……リィンさん……本当にこんなことが必要なんですか?」

 

「どうだろうな。効果はあまりないかもしれないが、クルトに本気を出させるためなら意味はあると思うが」

 

「そうかもしれないですけど……」

 

 クリスは微妙な顔をして自分の今の姿を顧みる。

 後ろ手に縛られ、さらにはこれ見よがしに体は簀巻きにするように縄で縛られている。

 

「ここまでやらないといけないんですかね?」

 

「クルトはこれまで護衛役として教育されていた……当然こんな事態も想定して訓練を行って来たのだろう。

 だけど実際に、クルトもクリスもそんな危機的な状況に陥ったことはないだろう? 今回も事前に示し合わせただけのごっこ遊びみたいなものにはなるが、それでも普通にやるよりかは気合いが入るんじゃないか?」

 

「リィンさんって意外とスパルタなんですね」

 

「はは、この程度でスパルタなんて何言っているんだクリス?

 君がユミルで受けた特訓に比べればまだまだ軽い方じゃないか」

 

「そ、そうかもしれないですけど……

 クリスとしての僕にそれ程真剣になってくれるかな?」

 

「少なくとも友人を蔑ろにするような人間じゃないだろ? それに例え失敗しても別に失うものがあるわけではないし、正体を明かす切っ掛けには丁度良いんじゃないか?」

 

「それは……」

 

 リィンの指摘にクリスは押し黙る。

 最初は軽い気持ちと学院へ通うための予行演習としてクルトを騙すつもりだったが、まさか一ヶ月の間、寝食を共にして気付かない彼の鈍感ぶりに複雑な気持ちになる。

 

「ところで……」

 

 リィンはクリスから視線を移して振り返る。

 

「緊張感が削がれるので、殿下達にはお引き取り願いたいのですが」

 

 そこには今朝合流したばかりのクレアを含めたアルフィン達がいた。

 

「そんなリィンさん。これからクリスさんを巡って二人の殿方が熱くぶつかり合うというのに、なんて無体なことを言うんですか!?」

 

「そうです。わたくしはエレボニア帝国の皇女としてこの戦いを見届ける義務があるのです」

 

 リィンの指摘にミュゼが涙交じりに訴え、アルフィンは毅然とした態度で言い返す。

 が、二人とも口元に浮かべた笑みを隠し切れていなかった。

 

「クレアさん……」

 

「私には無理です」

 

 助け舟を求められたクレアは疲れたように首を横に振る。

 

「エリゼ……」

 

「こうなってしまった姫様とミュゼは梃子でも動きません。そもそもこんなことを始めた兄様が悪いんです。反省してください」

 

「別に仮想訓練なだけで何もおかしいことをしているわけじゃないんだけどな」

 

 義妹からの非難の眼差しにリィンは納得がいかないとばかりに首を傾げる。

 

「それにしてもどうしてこんな回りくどいことを?

 クリスさんを人質役にするにしても、すぐに始めてもよかったんじゃないですか?」

 

「実戦を想定しているからだよ……

 戦いは準備の段階で既に始まっている。もしかするとこのタイミングで不意を打ってくるかもしれないから、エリゼ達は見学するにしてももう少し下がっていて欲しんだけど」

 

「不意打ちって……クルトさんがそんな卑怯なことをするとは思えないんですけど」

 

「まあ、正面から来るというならそれでも構わないさ……

 どちらにしろ。断られるかもしれないと考えていたクルトに一度頭を冷やして欲しかっただけだからな」

 

 エリゼ達はまだ仕合が始まっていないつもりでいるが、リィンは既に始まっているつもりで構えている。

 クルトはただもう一度剣士として挑戦するだけのつもりかもしれないが、リィンはその一つ上を試すつもりでいた。

 

「リィンさん。クルトさんが来たら是非、『クリスが欲しければ俺から奪ってみろ』って言ってください」

 

「あ……ミュゼ、ずるい。そこはやっぱり――」

 

「二人とも、邪魔をするなら強制的に帰ってもらいますよ」

 

 はしゃぐミュゼとアルフィンにリィンは少しだけ威圧を込めて睨む。

 

「も、申し訳ありません」

 

「静かに見学させてもらいます」

 

 リィンの笑顔の威圧に体を震わせて二人は大人しくなる。

 

「それじゃあエリゼも殿下達と一緒に下がっていてくれ……クレアさん、お手数をかけてすみません」

 

「これくらい構いませんよ」

 

 クレアは嫌な顔一つせずにアルフィン達を促して、リィンから距離を取る。

 

「リィンさん……この仕合、クルトは最悪本当に剣を捨てる覚悟で臨むと思います……だからその……」

 

「手加減して欲しいか? 生憎だがそこまで本気なら俺も本気で相手をするつもりだ」

 

「でもリィンさん――」

 

「そもそもセドリックはクルトにどうして欲しいんだ?」

 

「え……?」

 

「君がオリヴァルト皇子とミュラーさんのような関係が理想だと思っているのは分かっているが、そんな関係になるためにセドリックは何かしたのか?」

 

「それは……クルトと初めて会った時にそう言って呼び捨てにして欲しいって言ったんですけど……でも今は……」

 

「呼び捨てだけか?

 君はクルトの才能を羨んでいたが、そこにあるクルトのコンプレックスにちゃんと向き合ったことはあるのか?」

 

「それは……」

 

 先日、クルトが吐き出した(わだかま)りを思い出してクリスは俯く。

 

「他人からみたら大した問題じゃないかもしれないが、そんなの本人がどう感じるかが問題なんだ。それに」

 

「それに?」

 

「オリヴァルト皇子とミュラーさんの関係のようになれるなら、それこそクルトではなくても良いんじゃないのか?

 君が守護役はクルトが良いという《根拠》はないのか?」

 

「それは……」

 

 リィンの問い掛けにクリスは押し黙る。

 

「…………この仕合が終わるまでに考えておくといい。どうやら来たみたいだから」

 

「え……?」

 

 その言葉にクリスは顔を上げる。

 クロスベルへと続く橋の上にはこちらに歩いて来る人影がある。

 その数は四つ、しかしその中にクルトの姿はない。

 

「ロイドさん達……? クルトに聞いて見学に来たのか?」

 

 それにしては殺気立っているように感じた。

 ランディに至っては、スタンハルバートの他に長大なケースを背負っている。

 

「おはようございます。クルトから話を聞いて見学に来たんですか?」

 

 リィンの前から20アージュ程の距離で足を止めたロイド達にリィンは朗らかに話しかける。

 

「ああ、クルトから仕合の話は聞いた。だが見学ではなく助太刀のつもりで来させてもらった」

 

 四人を代表するようにロイドはトンファーを構えて宣言する。

 

「意外ですね。クルトは一対一に拘ると思っていたんですが」

 

「仕合をクリスを人質にした仮想訓練にしたのは、こういう思惑もあったんじゃないのか?」

 

「《剣士》として挑むのか、《守護役》として挑むのかを見るつもりだっただけです……

 特務支援課の皆さんを巻き込むとは思っていませんでした」

 

「それを説明しないと意味はないと思うんだが?」

 

「これから手合わせする俺が懇切丁寧に説明するわけにはいかないですよ」

 

「だろうな……だからリィン君が考えていそうなことを俺が助言させてもらった……

 その上で《剣士》以外の手段として俺達を使うかどうかを提案したんだ」

 

「それで、そのクルトはいったい何処に?」

 

「さあな。人任せにして逃げたのかもしれないぜ」

 

 リィンの質問にランディがおどけた様子で応える。

 

「……そういうことにしておきましょう」

 

 あえて周囲の気配を探らずにリィンは一歩前に進み出る。

 

「それにリィン君はもう帝国へ帰るんだろ?

 いろいろと借りが多かったから少しでも返しておきたい気持ちもあるし、《帝国の壁》がどれだけ高いのか知っておきたい気持ちもある」

 

 ロイドはトンファーを身構えて意気込みを語る。

 

「そうですか……ランディさんはベルゼルガーを持ってきたんですね?」

 

「まあ、お前さんを相手にするにはスタンハルバートだけだと心許無いからな……

 安心して良いぜ。ちゃんとゴム弾を装填してあるから」

 

 長大なケースから凶悪な外見のブレードライフルをランディは取り出す。

 

「はあ……男の人はどうしてこんなにめんどくさいんですかね?」

 

「そう言わないのティオちゃん」

 

 ため息を吐くティオをエリィがたしなめるが、二人ともやる気は十分のようだった。

 

「それでは始めると――」

 

 リィンが左の腰と肩に掛けて後ろ腰に固定している二つの太刀から、重い方の太刀に手を掛ける。

 

「――っ」

 

 その瞬間、言葉の途中にも関わらずランディはベルゼルガーを抜き打ちで構えて引き金を引き、撃ち出されたゴム弾がリィンを捉えた。

 

「ラ、ランディ!? まだ合図が」

 

「何言ってんだ。これは仕合じゃなくて仮想戦闘だ。開始の合図なんてあるわけねえだろ」

 

「いや、でもこんな終わり方って――」

 

「いえ、ランディさんの言い分は正しいですよ」

 

「え――」

 

 バツが悪そうに仰向けに倒れたリィンを見るエリィの背後から掛けられた声に振り返ると、そこにはリィンが当たり前のように立っていた。

 

「エリィッ!」

 

 思考停止するエリィに対して、リィンは後ろ腰の太刀を抜いて斬りかかる。

 その間にロイドが割って入り、両のトンファーで受け止める。

 

「なっ!?」

 

 しかし、細身の太刀から繰り出されたとは思えない重い衝撃にロイドは大きく吹き飛ばされた。

 

「ちっ……呆けている暇はねえぞ、動けっ!」

 

 呆然と飛ばされたロイドに視線を追い駆けさせてしまった二人に喝を叫び、ランディはベルゼルガーからスタンハルバートに持ち替え、リィンと切り結ぶ。

 

「その程度ですかランディさん?」

 

「抜かせっ!」

 

 ランディはいっそう激しく攻め立てる。

 少しでもクリスから引き離そうとするが、リィンは足で躱すよりも太刀で捌くことを優先して闘う。

 

「孤影斬」

 

 その合間に遠巻きに回り込んでクリスの方へ駆け出そうとするティオに牽制の斬撃を放つ。

 

「ちっ……随分と余裕じゃねえか」

 

「ええ……今のランディさんは以前戦った時よりも弱いですから。もしかしたらシャーリィの方が強いかもしれないですね」

 

「言ってくれるな」

 

 悔し気に顔を歪めながらもリィンの守りを崩せないことにランディは歯噛みする。

 

「ならこれでどうだっ! おおおおッ!」

 

 ウォークライを使い体に爆発的な闘気を纏い、攻撃の手を加速させる。

 

「……以前の黒いウォークライはどうしたんですか?」

 

「ちっ――」

 

 だが、動じず《鬼の力》を使う素振りもなく攻撃を捌き、さらには話しかけてくるリィンにランディは舌打ちして叫ぶ。

 

「お嬢、ティオ助っ!」

 

「「コールドゲヘナッ!!」」

 

 二人掛かりで構築した導力魔法をエリィとティオが放つ。

 頭上から降り注ぐ絶対零度の光線。

 ランディは自滅覚悟でリィンをその場に釘付けにしようとして、腕を掴まれた。

 

「なっ!?」

 

 突然の事態に反応出来ないランディを置去りに、リィンはそのまま一気にランディを上空へ投げ飛ばした。

 

「っ――」

 

 リィンの盾となる様コールドゲヘナの射線上に投げ込まれたランディを前に、エリィとティオは咄嗟にアーツの駆動を中断する。

 

「二の型《疾風》」

 

 リィンがその隙を見逃すはずも無く、彼女たち目掛けて駆け抜ける。

 

「させるかっ!」

 

 より近くにいたエリィを狙った最初の一撃に対し、すんでのところでロイドが割って入り、そのまま抑え込む。

 

「ここは俺の間合いだっ!」

 

 そのままロイドは前へと踏み込み、ラッシュを掛ける。

 いくらリィンが強くても太刀の間合いの内側になら自分に分があるとロイドは意気込む。

 しかし、その目の前でリィンは躊躇うことなく太刀から手を放した。

 

「え――っ!?」

 

 次の瞬間、重い拳がロイドの顔面を打った。

 

「くっ――」

 

 仰け反りたたらを踏みそうになるのを堪えてロイドは反撃のトンファーを突き出す。

 リィンは掌で受け流し、ロイドの一撃に対して腹、胸、顔と三撃の拳を叩き込み、殴り飛ばす。

 

「ロイドッ!?」

 

 拳の間合いで一方的にロイドが打ち負けたことにエリィは驚愕する。

 

「エリィさんっ! ゼロ・フィールドッ!」

 

 致命的な隙をさらすエリィにティオは絶対障壁を割り込ませる。

 リィンはエリィに密着するように身体を寄せ、障壁越しに拳でエリィに触れる。

 

「かはっ――」

 

 次の瞬間、障壁で守られていたはずのエリィは体に走った衝撃に肺から空気を絞り出し、膝を着いた。

 

「そんな……」

 

 リィンが絶対障壁を無視して攻撃を(とお)したことにティオは絶句する。

 呆然とするティオにリィンは太刀を拾い無造作に振って、彼女の足元に斬撃を刻む。

 そして天高く投げられたランディが背中から地面に叩きつけられた。

 

「終わりですか?」

 

 息一つ乱さずに聞いて来るリィンにティオは身震いする。

 ティオは武芸者ではなく技術者。

 それでも特務支援課に参加するようになってから体力は付いたと思うし、荒事も何度も経験した。

 一人ならともかく四人掛かりならいい勝負ができるのではないかという密かな期待は一瞬で消えてしまった。

 

「こ、これが超帝国人の実力……」

 

「その呼び方はお願いだからやめてくれ」

 

 慄きと共に漏らした言葉にリィンはがっくりと肩を落とす。

 

「お、俺は……まだやれるぞ……」

 

「くそ……ここまで差をつけられていたとはな」

 

 荒い息を吐きながらロイドとランディが立ち上がる。

 

「エリィ、ティオ……大丈夫か?」

 

「っ……え、ええ……まだ何とか立てるわ」

 

「こちらも大丈夫です。ですが……」

 

 この化物を相手にクルトがクリスを解放するために必要なおよそ三十秒をいったいどうやって確保すればいいのか。

 ティオだけではなく支援課メンバーは一様に頭を悩ませる。

 

「…………お嬢、悪いが背中は任せたぜ」

 

「ランディ?」

 

 名指しされたエリィは首を傾げるが、詳しい説明をせずにランディは行動に移る。

 

「おおおおおおおおおっ!」

 

「ウォークライ……それはさっき見ましたよ」

 

「まあ慌てんなって……」

 

 激しい闘気の奔流を纏いながら、息を整えたランディは改めて大きく息を吸い込み――

 

「オオオオオオオオオッ!」

 

 更なる力を込めて叫ぶ。

 それに伴い、ランディの体から血が噴き出し、彼のジャケットを内側から血に染める。

 

「二重強化……なんて無茶なことを……」

 

「うっせい……そう思うんだったら少しは驚け」

 

 全身に漲る力に比例するような激痛を感じながら、ランディはベルゼルガーを構える。

 

「いくぜっ!」

 

 次の瞬間、十数アージュの間合いを一瞬で詰めてランディはリィンに肉薄し長大なブレードを力任せに叩きつける。

 リィンの反応は速く、振り下ろされた凶刃に対して太刀を添えて受け流し、狙いが逸れたブレードはその衝撃で地面を陥没させる。

 

「くっ――」

 

 反動に全身が軋み、何もされてないのにランディは口から血を吐く。

 が、その背にエリィが打ち込んだ治癒術を乗せた戦技が命中する。

 

「まだまだ行くぜっ!」

 

 一撃一撃に体力の全てをつぎ込むようにランディは暴虐の風となり、その体力を補填するようにエリィが治癒術を掛け続ける。

 

「なんて無茶苦茶な……らしくないですよ」

 

 捨て身過ぎる戦い方にリィンは呆れる。

 味方に背中を預けるのではなく、自分の命を仲間に預ける戦い方などシグムントから聞いた猟兵の戦い方から激しく逸脱している。

 

「はっ……たしかにオルランドの戦い方じゃねえが。悪い気はしねえぜ」

 

 薙ぎ払ったブレードがとうとうリィンを捉える。

 太刀を盾にして受けるが、その勢いを受け止め切れずリィンは大きく弾かれる。

 

「今だクルトッ!」

 

 ランディが叫ぶと、橋の下からクルトが跳び出した。

 

「ここが正念場だ気合いを入れろっ!」

 

 ロイドはランディの隣に並び、一同を激励する。

 クルトがクリスの下に辿り着き、拘束を外すに掛かる時間はおよそ三十秒。

 その時間をロイド達は決死の覚悟で足止めする。

 

「当たってっ!」

 

 エリィは二丁拳銃で弾切れや結晶回路が焼き付くことも構わずに連射して弾幕を張る。

 

「ガトリングモード……アブソリュート・バレットッ!」

 

 魔導杖を変形させたティオも一撃の威力を捨て、氷の弾丸をばら撒く。

 

「おおおおおっ!」

 

 ランディはベルゼルガーに炎を宿し、弾幕に怯むことなく突っ込んでくるリィンを迎撃する。

 振り下ろされた一撃はリィンを切り裂き――分け身を跳び越えてリィンはランディを躱す。

 

「くっ――」

 

 ロイドはトンファーをリィンに向かって投げつける。

 しかし、リィンは回転して飛んでくるトンファーを難なく切り払い、返す刃を構える。

 

「六の型――」

 

「まだだっ!」

 

 ロイドは我が身を省みずに体当たりをしてリィンの体制を崩す。

 体当たりと太刀の重さにリィンの体は大きく傾き、太刀は地面に深々と突き刺さる。

 

「よしっ!」

 

 偶然の賜物とは言え、一瞬でもリィンの太刀を封じたことにロイドは確信し、他の三人も安堵の息を吐き――

 

「六の型――秘技《裏飛燕》」

 

 太刀を突き刺した地面から小さな火柱が走る。

 それは真っ直ぐ突き進みクリスを目前にしたクルトの足元に辿り着くと、そこから剣閃の刃を噴出してクルトをかち上げた。

 

「なっ――」

 

 予想外の攻撃にロイド達は絶句し、放物線を描いて落下するクルトは空中で態勢を立て直し危なげなく着地するが、そのまま膝を着く。

 

「今のは惜しかったな」

 

 リィンは地面から太刀を引き抜き、揃った一同を見回し――横に跳んだ。

 直後、背後から忍び寄った青年が足払いをするようにリィンの足元をスライディングで駆け抜ける。

 

「ヘミス――ワジッ!?」

 

「やれやれ……今のを躱すのか」

 

 涼し気な青年は立ち上がると呆れたように肩を竦める。

 

「まさか君まで協力しているとは思わなかったな」

 

「それは嫌味かい? 綺麗に躱しておいてさ……

 ま、ロイド達に協力しているのはたまたま東通りですれ違って面白そうだからついて来ただけなんだけどね……

 っていうか、今の技はいったい何だい?」

 

「あれは……たぶん帝国のオーレリア将軍の戦技です」

 

 ワジの問いに答えたのは呼吸を整え、双剣を抜いて立ち上がったクルトだった。

 

「帝国の将軍……具体的にはどんな戦技なんだ?」

 

 我に返ったロイドはトンファーを回収しながら聞き返す。

 

「剣乱舞踏……地面に剣を突き刺し、闘気で一時的に具現化した大量の武具を隆起させて攻撃する技です……

 リィンさんのは飛ばす斬撃を地面を伝って任意の場所で撃ち出していたみたいですが、まさかヴァンダールとアルゼイドの複合剣技を修得していたんですか?」

 

「そんなまさか……確かにオーレリア将軍の技は見た事はあるけど、これは少し前にある人物から教わった技を俺なりに再現しただけだよ」

 

 そう答えながらリィンは太刀を一振りして汚れを払うと鞘に納める。

 

「それにしてもクルト、随分と形振りを構わず人を集めたんだな」

 

「っ――」

 

 視線に込められた軽蔑の眼差しにクルトは思わず怯む。

 

「てっきり一人で正々堂々正面から向かってくるんだと思っていたんだが、言い訳はあるか?」

 

 既にロイドからある程度の答えは聞いているが、改めて責め立てるようにクルトに答えを求める。

 

「…………最初はそのつもりでした」

 

 クルトは非難の眼差しに体を震わせながらゆっくりと答える。

 

「今の僕とリィンさんの実力差を考えれば万が一にも勝ち目はない……

 それでも全身全霊でぶつかれば、僕が剣を握る意味を見出すことができるのではないかと考えていました」

 

「それがどうしてロイドさんやワジを巻き込んでいるんだ?」

 

「…………あの後、支援課に戻って貴方ともう一度決闘することをロイドさん達に伝えました……

 その時にロイドさんに聞かれたんです……

 僕が一番したいことは何なのか……

 リィンさんに一矢報いることなのか、それとも人質役となったクリスを助けることか」

 

 その答えはこの状況が示していた。

 

「その答えに後悔はないのか?」

 

「はい……」

 

 クルトは伏せた顔を上げて、真っ直ぐにリィンの目を見返す。

 

「リィンさんはクリスをセドリック殿下と見立てて戦えと仰いましたよね?

 ならば僕が――僕がやるべきことはあらゆる手を尽くし、1%でも救出の可能性を引き上げて殿下をお救いすることに全力を尽くすこと……

 ここに僕の安い意地やプライドは必要ありません」

 

「…………そうか……ちゃんと自分の道を見つけられたようだな」

 

 非難の眼差しをやめて、リィンはクルトの答えに頷く。

 

「貴方と、貴方の意図を教えてくれたロイドさんのおかげです……

 もっとも既に《守護役》を外された僕が今更それを理解したところで遅いですけど」

 

「そのことだがクルト……《守護役》に戻る方法が一つあるぞ」

 

「え……?」

 

「簡単なことだ。ここにいる殿下に力を示せばいい」

 

「殿下の……」

 

 クルトは周囲を見回し、十分な距離を取って見学しているアルフィンの姿を見つける。

 

「なるほど……確かにアルフィン殿下の口添えならその可能性はありますね」

 

「いや、クルト……」

 

 ある意味では間違ってないのだが、未だに気付いた様子のないクルトにリィンは困ったように顔をしかめる。

 

「まあいいか……そう言うことだがまだ続けるか?」

 

「…………はい」

 

 クルトは改めて双剣を構える。

 それを確認してリィンは静かに目を伏せ、《力》を解放する。

 

「鬼気解放」

 

「っ――!?」

 

 膨れ上がったリィンの覇気にクルト達は息を呑み、身構える。

 

「髪が白く……それに目が……」

 

「これはいったい……」

 

「エリィさんとロイドさんは見るのは初めてでしたね……

 あれこそが《超帝国人》リィン・シュバルツァーの真の姿です」

 

「え……その話って本当だったの!?」

 

「事実なんだよなこれが、もう一段階変身できることも含めて」

 

 思わず聞き返すエリィにランディが頷く。

 

「二人とも、無駄口を叩くなら二人には手加減抜きで相手をしますよ」

 

「うっ……」

 

「ちっ……」

 

 あからさまに顔をしかめる二人を横目にリィンはクルトに改めて向き直る。

 

「怖気づいたかクルト?」

 

「い…………いいえ!」

 

 クルトは《鬼の力》の覇気に負けないように胆力を込めて言い返す。

 

「それでいい……

 最後に一つだけアドバイスだ……

 どんな敵を前にしても、負けて仕方がないなんて思うな……

 そんなことを考えている者はそれ以上に成長することはありえない……

 だからクルト……俺から言えるのは一つだけだ」

 

「…………はい」

 

 続く言葉を予想してクルトは頷く。

 

「俺に勝ってみせろ――以上だ」

 

「はいっ!」

 

 リィンの言葉にクルトは力強く答え、駆け出した。

 

「俺達も行くぞっ!」

 

「やれやれ……毒を食らわば皿までも、かな」

 

 乗り掛かった舟だと言わんばかりにロイド達支援課とワジがそれに続いた。

 

 

 

 

 東クロスベル街道。

 そこには無残な姿の男女が死屍累々に横たわっていた。

 

「《超帝国人》には勝てませんでした……がくり……」

 

 六人の男女がリィンやクレアに介抱される中、拘束を解かれたクリスは地面に大の字に倒れている手当てを後回しにされたクルトに近付いて声をかける。

 

「随分と派手に負けたねクルト」

 

「ああ……まさかリィンさんの本気がこれ程とは思わなかった」

 

 勝つことはできなかった。

 それでもどこか清々しいものを胸に感じながらクルトは見上げていた蒼い空からクリスに視線を移し――首を傾げた。

 

「クリス…………?」

 

「ん……? どうかしたのかいクルト?」

 

「………………そういえばクリスは四月からトールズ士官学院に通うって言っていたよな?」

 

「ああ……受験の合間で身体が空いていたからクルトのお目付け役を任せてもらったんだ……

 一ヶ月もあればクルトの処遇も決まるということだったから、とりあえずヴァンダール家は僕と一緒にクルトを帝国に帰国させるつもりだったみたいだけど」

 

「そ、そうか……」

 

 自分の処遇のことなど耳に入っていなかった。

 それよりも目の前で朗らかに笑っている見覚えの在り過ぎる少年の顔にクルトは冷や汗が止まらない。

 

「クリス…………そういえば、君の家名は何て言うんだ?」

 

「レンハイムだけど、それがどうかしたかい?」

 

「っ――」

 

 《レンハイム》。その名の意味が分からないクルトではなかった。

 

「…………セドリック殿下?」

 

「はは、やっと気付いてくれたかい? でも殿下はいらないよ」

 

 笑って肯定するクリス――セドリックは眼鏡を外す。

 改めて見るその素顔にクルトは絶句する。

 

「あうあう……」

 

 何かを言わなければいけないのに、頭は真っ白になって言葉が出て来ない。

 そんなクルトの反応にセドリックは楽し気に笑ってから、顔を引き締める。

 

「改めて言うけど、派手に負けたねクルト」

 

「お恥ずかしい限りです。やはり僕は《守護役》には力不足だったようです……

 ロイドさん達の力を借りて、伏兵まで用意したというのに……」

 

「気にする必要はないさ……

 僕も《結社》の《鋼の聖女》にはオーレリア将軍やクレアさん達の力を借りて戦ったのに手も足も出なかったんだから。まったく世界は広いね」

 

「…………ええ、そうですね」

 

 《鬼気》を使ったリィンの強さはクルトの常識を遥かに超えていた。

 そしてそれはセドリックが言った通り世界の広さを思い知らされる程の強さだった。

 

「…………クルト、実は僕もリィンさんに仕合を申し込むつもりなんだ」

 

「そんな無謀な」

 

「今すぐじゃないよ……二年後、トールズ士官学院を卒業する時に挑もうと考えているんだ」

 

「二年後……それなら……」

 

 今すぐではないことにホッと胸を撫で下ろすが、果たして二年でリィンに追い付けるものなのか疑問が浮かぶ。

 

「僕はトールズ士官学院に行って強くなるよ、でもそれは僕の力だけじゃない……

 信頼できる仲間を作ること、それも力の一つだって教わったから今日のクルトみたいに一人で戦うつもりはない」

 

「そうですか……」

 

 そこにクルトが知っているか弱い皇子の顔はなかった。

 ようやくセドリックの顔を見たクルトはもう自分が守るべき弱い皇子はいないのだと実感し、ようやく彼に負けたことを受け入れる。

 

 ――これで潔く身を引ける……

 

「それでクルトはどうする?」

 

「え……?」

 

 何を言われたか理解できずにクルトは間の抜けた言葉を返していた。

 

「今日のクルトの戦いを見て、改めて思ったよ……僕にはクルトが必要だって……

 リィンさんに挑むための仲間、その一人目は君しかいないって」

 

「な……に……を言っているんですか? 僕は今さっき負けたばかりで――」

 

「だからこのまま負けたままで良いのかい?」

 

「それは……」

 

 負けて清々しい気持ちはある。だが、同時にやはり悔しさも存在している。

 それでもセドリックの提案を簡単に頷くことはできなかった。

 その心境を見透かしてセドリックはさらに言葉を重ねる。

 

「だったらクルト、君に勝負を申し込む」

 

「…………え……?」

 

「二年後、僕が勝ったら君は問答無用で僕の仲間になってもらう。これはお願いじゃない、セドリック・ライゼ・アルノールの命令だ」

 

「セドリック……」

 

 はっきりと言ったセドリックにクルトは唖然とする。

 

「さっきも言ったけど、僕はこれから強くなる……だからこれはもう覆らない決定事項だよ」

 

「…………調子にのるな」

 

 挑発してくる言葉にクルトは眉を潜め、歯を食いしばって立ち上がる。

 

「僕に勝つ? たった一回勝っただけでもう格上気取りか?

 二年なんか待たずに今ここで勝負を付けてもいいんだぞ」

 

「立つこともやっとのくせに何を言っているんだい」

 

「ちょうど良いハンデだ」

 

 言い合って睨み合い、どちらともなく二人は苦笑を浮かべる。

 

「二年後か……その決闘、御受けしますセドリック……

 それまでに僕も今以上に強くなっていることを約束します。簡単に勝てると思わないでください」

 

「うん……楽しみにしているよ……

 君が勝ったら、僕にできる範囲で君の願いを一つだけ叶えて上げるよ……

 それからこれは関係ない話だけどトールズにいる間は新しい《守護役》を決めるつもりはないから」

 

「セドリック……」

 

「ところでクルト、僕達が出会った時に言った言葉を覚えているかい?」

 

「ええ……オリヴァルト皇子と兄上のような関係になりたいと、仰っていましたね」

 

「あの頃から僕にとってクルトは友達だった……

 でも実は今までクルトには言ってなかったけど、こうも思っていたんだ。クルトは僕の好敵手だって、とても張り合えるような力なんてなかったのにね」

 

「それは……」

 

「二年後……お互い、今の自分自身を見つめ直して改めて向き合おう……

 一人の人間として、好敵手として、何よりも友達として……

 そしてそれを兄上たちとは違う僕達の関係にしたい……ダメかな?」

 

 そう言って気弱な顔を覗かせたセドリックはあの日と同じように手を差し出す。

 

「……ああ、そうだな。セドリック……貴方は僕の一番の好敵手だ」

 

 変わったと思った。しかし変わっていない彼の手にクルトは笑って握手を交わす。

 

 ――ここに誓おう……

 

 クルトは言葉にせず誓いを立てる。

 自分が前に立ってあらゆる害悪から護らなければいけない弱い皇子はもういない。

 大きな困難に立ち向かうと決めた強い皇子を隣で支え護る剣となろう。

 

 ――これが僕のヴァンダールだ……

 

 そう誓うと、途端に自分が今まで拘っていた《剛剣》や《双剣》への蟠りがとても小さなものだったと感じてしまうことにクルトは苦笑するのだった。

 

 

 

 

 





 いつかの聖アストレイア女学院IF
ミュゼ
「ふふ……ぶつかり合って初めて気付く殿方の友情……筆が進みますわ♪」

アルフィン
「二年後の決闘……改めて認め合った二人の殿方が手を取り合って大きな《壁》に立ち向かう……これは見逃せませんね」

エリゼ
「ミュゼ……姫様も何をしているんですか……はぁ……」



 ランディ強化プランIF

ランディ
「おい、ティオ助……これはなんだ?」

ティオ
「それはランディさんのベルゼルガーの改造プランです……
 殺傷力の高いライフルの部分を魔導杖の機構と組み替えて、殺傷力を抑えた凍結弾を撃てるようにします……
 さらにはわたしでは持てない大型導力ジェネレータを乗せてエーテルバスターも撃てるようにしようかと考えています」

ランディ
「それはまた随分と凶悪な……いや殺傷力が低くなるなら俺も引き金は引きやすいがティオ助の役割を奪っちまうんじゃねえか?」

ティオ
「わたしは……ゼロ・フィールドの強化を優先しようかと考えています……
 何ですかバリア貫通って? これだから《超帝国人》は困るんです」


 ランディ新Sクラフトその一
 《ベルゼルガー改》
 アブソリュートゼロの弾丸を連射モードで撃ち、相手を凍結させ動きを止めたところでブレードで薙ぎ払う。

 ランディ新Sクラフトその二
 《エーテルブレイカー》
 ティオでは体格の問題で扱えない出力の導力砲。

 ティオ強化Sクラフト
 《ゼロ・フィールドⅡ》
 物理の完全防御に反射攻撃を付与、アーツ攻撃も反射する防御結界。




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