(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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130話 少女の受難

 

 

 

「――以上が《ルヴァーチェ商会》と《黒月貿易公司》、そしてイアン弁護士から聞いた《銀》についてです」

 

 夕方、一通りの聞き込みをしてきたロイド達はアルカンシェルに報告に戻って来た。

 

「それから俺達を指名してもらって申し訳ありませんが、《銀》の介入の可能性を考慮して捜査一課がアルカンシェルの警備を引き継ぐことになってしまいました」

 

「《銀》……まさかそんな危険なヤツが……」

 

「そ、そんな……本当にそんな人がこの街に……?」

 

 その報告にアバン劇団長とリーシャは驚き身震いする。

 臆面もない演技をするリーシャに流石女優としてスカウトされただけあると、感心しながらリィンは口を挟む。

 

「俺も詳しい来歴を聞くのは初めてですけど、それくらいの暗殺者ならもしかしてもうイリアさんのすぐ傍に何食わぬ顔でいるかもしれないですよね?」

 

「り……リィン君、怖いこと言わないでください」

 (余計なこと言うんじゃない)

 

 リーシャは怯えたふりをしながらも目が別のことを訴えているようにリィンを睨む。

 

「でもあり得ない話じゃないですよ。帝国を騒がせる怪盗Bは変装の達人でそれこそ誰かに平気で成りすまして事件を起こしていましたから」

 (だったら早く説明してくれ……あんたにイリアさんが無防備に近付くたびに気が気じゃないんだから)

 

「怪盗Bですか……話には聞いたことはありますけど」

 (私だって貴方が《銀》のことを話さないかハラハラしているんです! でもイリアさんが放してくれないんですよ!)

 

「…………ねえリィン君、リーシャ……貴方達ってどういう関係なの?」

 

「ど、どうっていきなり何ですかイリアさん? それはさっき説明したじゃないですか」

 

 突然のイリアの指摘にリーシャは動揺する。

 

「いや……リーシャが写真家をしていた時に会っただけにしては距離が近くない?

 練習の時もそうだけど、目と目で通じ合っている時があるじゃない。単なる知り合いにしては親密過ぎると思うのよね」

 

 鋭い指摘にリーシャは押し黙る。

 そんな姿にリィンは内心でため息を吐きながらフォローに入る。

 

「リーシャさんは護身のために東方剣術を修めています。俺の八葉一刀流も東方剣術をまとめたようなものがありますから、その時随分と話が弾んだんですよ」

 

「そ、そうなんです」

 

 嘘ではない言葉にリーシャは何度も頷く。

 

「ふーん……役者同士の共感みたいな奴か……それならあたしにも覚えはあるわね」

 

 その説明でイリアは納得してくれる。

 

「それにしても面白いじゃない。東方人街に伝説と謳われた影のごとき不死の暗殺者か……

 うーん、いいわね~! 舞台向きのキャラだわ!

 そうだ! 第三幕の白装束のイメージに使えるんじゃないかしら?」

 

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ」

 

「あらそう? でも弟くんは何か解決の糸口を見つけたみたいじゃない?」

 

 気楽な様子でイリアがロイドに話を振る。

 

「本当なのロイド?」

 

「そういえばメガネスーツの人にも何か言って譲歩させていましたよね?」

 

「後で説明してくれるって言っていたが、何だったんだ?」

 

「ああ、その前に一つ確認したいんだけどリィン君」

 

「はい、何ですか?」

 

「率直に聞くけど、《銀》は一つの仕事を引き受けている間に別の仕事を引き受けるような人だったかな?」

 

「いえ、凶手にしても猟兵にしても一度引き受けた仕事を完遂するまで別の仕事をやるような人達ではなかったと思います……

 ただ、その仕事を行う上でのカモフラージュとかで副業を行ってはいたみたいですが」

 

「そうか……ならおそらくこの脅迫状は《銀》が出したものじゃないだろう」

 

「え……?」

 

「おいおいそれはどういうことだ?」

 

「《銀》のことを調べれば調べる程、この脅迫状はあまりにもコケ脅しのようにしか感じられないんだ……

 それにここで重要なのは《銀》がどうしてアルカンシェルに脅迫状を送ったかじゃない……

 《銀》という大きな名前に目が行ってしまうのは仕方ないが、本当に目を向けるべきなのは《銀》を雇った何者かがどうして脅迫状を出したのかだ」

 

「あ……」

 

「《銀》は誰かに雇われる者ですから確かにその通りですね」

 

「少なくても《黒月》は芸能関係でクロスベルに関わっていることがないのは本当だと思う……

 仮にルヴァーチェと同じように自国での興行を考えていたとしても、むしろここでアルカンシェルの評判を落とすメリットはないはずだ……

 今回のアルカンシェルは共和国人の新人アーティスト、リーシャ・マオの初舞台でもあるのも理由の一つだよ……

 その気になれば共和国人同士として関わる接点もあるし、彼女の実力を見てから芸能の分野に手を出すかどうか考えてもいいんじゃないかな?」

 

「たしかにそう考えると《黒月》がアルカンシェルの邪魔をする理由はほぼないわね」

 

「それじゃあ弟くんはいったい誰が犯人だと思うの?」

 

「それはまだ分かりません……

 単に共和国で有名な名前を騙っただけの愉快犯の可能性もあります……

 この場合だと《銀》が実際にクロスベルにいるかどうかは関係ありませんから」

 

「それをあのオッサンに話して譲歩させたのか?」

 

「脅迫状の《銀》が偽物だとしたらあの時の強引な物言いを突っぱねることもできたんじゃないですか?」

 

「いや……イリアさんを名指しで狙うと宣言された以上警察は無視することはできないし、犯人が本物の《銀》でなかったら全ての人を疑わなくちゃいけなくなる……

 だから俺達だけじゃこの広い劇場を警備し切れないから仕方ないことだよ……

 それにここまで言っておいてなんだけど、この推理が正しい保証もない。だから別の事で俺達を売り込んだんだ」

 

「売り込んだ? 売り込めるものが私たちにあったかしら?」

 

「捜査一課には達人級の使い手はいない。そういう意味ではいくら警備を固めたところで《銀》を止められる人間はいないんだ……

 だけどうちにはランディがいる。ランディは以前、その《銀》と戦って勝ったことがあるらしいから、だからもしも戦うことになれば、役に立てるはずだってね」

 

「げっ……ロ、ロイド」

 

 ロイドの説明にランディは狼狽する。

 

「勝った……?」

 

 その言葉にリィンは首を傾げる。

 確かにランディは《銀》と戦ったことがある。同じ雇われとしてどちらが主導権を握るかで口論に発展したが、その勝負は時間切れの引き分けだったはず。

 それにどちらかといえば優勢だったのは《銀》だったと記憶している。

 

「良いんだよ。あの時の俺は別に本気じゃなかったし、ベルゼルガーを使えてればあんな黒坊主けちょんけちょんに瞬殺していたのは間違いねえんだから」

 

 ランディはリィンが何かを言う前に肩に腕を回して囁く。

 その言葉はロイド達には聞こえていないのだが、リーシャは目を細めてランディを睨んでいた。

 

「黒坊主……けちょんけちょん……瞬殺……へえ……」

 

 ランディの言葉を小さく繰り返すリーシャを見ないようにリィンはランディに応える。

 

「さっきその名前を出して不機嫌になったのは誰ですか?

 それにそのベルゼルガーは手元にないでしょ? どうするつもりですか?」

 

「それはそれ、これはこれだ」

 

 清々しい言い訳にリィンは呆れる。

 

「うーん……とりあえず方針は分かったけど、弟くんはこれからどうするつもりなの?

 協力するとはいえ、あたしたちの依頼は捜査一課に取られちゃったんでしょ?」

 

「調査はこのまま続けさせてもらいます……

 流石の捜査一課も《黒月》の動向に気を配りつつ姿なき暗殺者を警戒しながらだと、脅迫状の真偽を調べることにまでは手は回らないと言質を取りましたから……

 それに犯人が捜査一課を呼び込むためにイリアさんの名前を出したのなら、一課が警備を始めたことで何か反応があるかもしれません。俺達はそれを調べようと思います」

 

 ロイドの堂々とした物言いにイリアは堪え切れずに大きな声を上げて笑い出した。

 

「あはははっ! なるほど、これはガイの弟だわ」

 

「イリアさん……兄貴を知っているんですか?」

 

「言ったでしょ? あたしはセシルと日曜学校からの縁だって。当然ガイ、貴方のお兄さんとも会ったことがあるわよ」

 

「強引かつ無鉄砲、一人で突っ走るくせがあるから心配だってセシルに何度も愚痴られていたわ……

 でもガイとは違って、弟くんにはちゃんと仲間がいるみたいだから安心ね」

 

「イリアさん……」

 

「でもセシルの親友として言わせてもらうけど、犯人の確保なんて二の次にしていいわよ……

 大事なのは舞台の邪魔をさせないことと、貴方達が無事でいる事、セシルを悲しませることは許さないわよ」

 

「はい……肝に銘じておきます」

 

「そうすると俺はどうしますか? 今夜にでも《銀》を呼び出そうかと思っていたんですけど」

 

「それはそれでやってくれると助かる……

 結局、今の推理は憶測で語っている部分が多いから、本人に認めてもらえるならとりあえず安心できるだろ……

 護衛に関してもイリアさんの指名だから、認めてもらえるように言ってある」

 

「分かりました。とはいえ、場合によっては時間が掛かると思いますし、無視されるかもしれないのであまり期待しないでください」

 

 内心で、そこにいるけどと付け加えるがそのことをリィンはおくびにも出さなかった。

 

 

 

 

「それで……」

 

 アルカンシェルの前。

 ロイド達を見送った後、リィンはようやく二人きりになれたリーシャにようやく話しかけようとして言葉に迷うとリーシャは詰め寄ってきた。

 

「どうして貴方がここにいるんですか!?」

 

 後退るリィンを壁に追い込み、両腕を付いてリィンの逃げ道を塞ぎ問い詰める。

 

「どうしてって……それはこっちの台詞なんですけど」

 

 リーシャに顔を寄せられてリィンは緊張に体を強張らせながら同じ質問を返す。

 女性として整った顔立ちに、密着するように押し付けられた体の感触。

 そして漂う甘い香りに思わず鼓動が高鳴るが、リィンは必死に理性を保つ。

 

 ――落ち着けリィン・シュバルツァー。これは気功による作り物。本当の姿は百歳の老婆なんだ……

 

 アリアンロードとローゼリアのような可能性も考えたが、リベールで彼女はそう答えたのだから間違いない。

 煩悩を振り払うためにもリィンは会話に集中する。

 

「とりあえず確認しますけど、《銀》はイリアさんをどうこうするつもりはないんですよね?」

 

「当たり前です。確かに《銀》はミラ次第でどんな仕事もこなす凶手ですが、罪のない真っ当な一般人を狙う仕事を受ける程に落ちぶれてはいません……

 そんな依頼が来たら法外な報酬を吹っ掛けて断ります」

 

「なら良いんですが、それならどうしてアルカンシェルに? クロスベルに滞在する仮の身分にしても女優は向かないような気がするんですけど?」

 

「それはイリアさんに捕まったからとしか言えません」

 

 リーシャのその答えに、遊撃士協会に来た彼女の姿と強引さを思い出してリィンは納得してしまう。

 

「それじゃあ、この後はどうするつもりなんですか?」

 

「思っていたよりも特務支援課が頼りになりそうなので犯人探しはロイドさん達に任せたいと思います……

 ただ実力の程を確認したかったので明日ちょっと呼び出すつもりだったんですけど……フフ、あの赤毛は特に念入りにすり潰して上げます」

 

「えっと……程々にしてあげてくださいね」

 

 先程のランディの発言を思い出して、思わず彼の冥福を祈る。

 

「何を言っているんですかリィン君……私は以前、彼に負けたそうなんですから汚名を濯ぐためにも全力で――」

 

 顔をまじかに近づけたままリーシャは殺気立った笑みを浮かべるが言葉の途中でリィンから離れて距離を取る。

 同時にドアが開いてイリアが顔を出した。

 

「リーシャ……実は――どうかしたの?」

 

「な、何でもありませんよイリアさん」

 

 先程までの殺気を何事もなかったように引っ込めてリーシャは笑顔で応える。

 その完璧な擬態にリィンは内心で舌を巻く。

 

「そう……」

 

 イリアはあっさりと頷き、用件を切り出す。

 

「実は明日のことなんだけど、練習時間増やすわよ」

 

「え……?」

 

 イリアの突然の言葉にリーシャは固まった。

 

「戦技についていろいろ聞いてインスピレーションが湧いて来たのよっ!

 クライマックスのシーンでちょっとやりたいことができてそれを試したいから付き合って」

 

「…………え……?」

 

「あとそれから闘気を練る気息って奴もちょっと見て欲しいわね。午前の練習も早めに来てもらえるかしら?」

 

「ま……待ってください。イリアさん」

 

「よーしっ! 燃えてきたっ!!」

 

 夕日に向かって叫ぶイリアは今にも泣き出しそうなリーシャに気付きもせずに咆哮するのだった。

 

「…………それでは俺はこれで、《銀》と会わないといけませんから……

 イリアさんは一応、まだ安全だと思いますけど、できるだけ一人で行動しないであまり遅くならない内に家に帰ってください」

 

「おっけー! できるだけ早く済ませてよね」

 

 踵を返すリィンにイリアは上機嫌で応える。

 リィンは知っている。

 今のイリアは餌を目の前にしたラッセル博士と同じだと。

 だからこそすぐにその場から離れることにしたのだが、リィンの肩をリーシャが掴んだ。

 

「待ってくださいリィン君……ちょっとお話しましょうか」

 

 万力のように締め上げる手をリィンは振り解くことはできなかった。

 

 

 

 

 





 いつかのクロスベルIF

リィン 通話中
「すみません。わざわざアルカンシェルのチケットを贈ってもらったんですが、その日は特別実習があるので行けそうにありません」

イリア 通話中
「あらそうだったの。それはごめんね」

リィン 通話中
「それで、もし良ければ俺の妹に譲っても構わないですかね? 二枚頂きましたから友達でも誘わせて代わりに行ってもらおうかと思っているんですけど」

イリア 通話中
「ほほう……リィン君の妹……ちなみにどれくらいの胸をしているのかしら?」

リィン 通話中
「…………やっぱりやめておきます。精々空席がある観客を悔しがってください」

イリア 通話中
「うそうそ、小さいのはあたしの守備範囲外だから安心して良いわよ」

リィン 通話中
「はあ……相変わらずみたいですね。それじゃあそういうことなのでよろしくお願いします」

イリア
「――ということだから次の公演にはリィン君の妹とその友達が来ることになったから」


当日
エリゼ
「本日はお招きいただきありがとうございます。リィンの妹のエリゼ・シュバルツァーです」

アルフィン
「その友人のアルフィン・ライゼ・アルノールです」

クレア
「アルフィン皇女殿下の護衛のクレア・リーヴェルトです……
 私は護衛なので外で待たせていただきますが」

アバン劇団長
「何でエレボニア帝国のお姫様が!? リィン君って何者っ!?」

イリア
「美少女&おっぱいさんキターーッ!!」

リーシャ
「わたしが守らないと」



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