(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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126話 小さなみっしぃの大冒険

 

 

 

「みっ……みし……みしし……」

 

 ポンポンポンとまるでボールのように一つ1000ミラのSサイズみっしぃぐるみは雑居ビルの欄干から落ちていく。

 その視点はミシュラムにあるアトラクションのジェットコースターのような落下の勢いで

 

 

「みしっ!」

 

 ぼふっと頭から墜落したみっしぃは何の痛痒も感じていないかのように体を起こすが、目を回したように頭を揺らす。

 

「みしし……?」

 

 みっしぃは周囲を見回して首を傾げる。

 鉄板張りで、大小様々なコードやパイプが入り乱れた機械的な通路。

 上水道、下水道、ゴミ処理施設に加えて、導力ケーブルや各種プラントなどのクロスベルの全てのインフラ設備が押し込められた地下施設、ジオフロント。

 増設に増設を重ねられた設備はまるで迷路のように入り組んでいる。

 リィンも何度か入ったことがあるが、その全様は把握し切れていない。

 

「みしし……」

 

 上を見上げて途方に暮れる。

 地上の光は小さく見えるが、とてもではないが登れるような高さではない。

 とはいえ、救助を待つなら遭難場所から動かないのがセオリーなのだが――

 

「みししっ!?」

 

 みっしぃは導力灯が照らす薄暗い闇の中に魔獣の息遣いを感じて振り返る。

 ゴクリとない喉と鳴らして緊張をするが、ぬいぐるみの表情は変わらない。

 

「みしし……」

 

 みっしぃは自分の両手を見下ろし、徐に腰を落として拳を構える。

 

「みししっ!!」

 

 気合いの声を上げてみっしぃは壁に向けて拳を突き出した。

 ぽふっと柔らかい音を立てて、腕が折れ曲がる。

 

「…………」

 

 そっと壁から離れてみっしぃは振り返り――鼠型魔獣と目が合った。

 暗闇を好む鼠型魔獣、ニードル・ポー。

 魔獣の中でも戦闘能力は低く、大きさも普通の鼠よりも一回り大きいくらいで、戦闘の心得があるものなら簡単に蹴散らせる雑魚魔獣。

 しかし、20リジュ程度のSサイズみっしぃにとってはそれはもはや大型魔獣と変わらない脅威だった。

 

「み……みしし……」

 

 珍しい存在に鼠の魔獣はみっしぃを観察してすぐに襲い掛かってこない。

 

「みしし……みしし……」

 

 まるで自分はおいしくないぞと言わんばかりにみっしぃは首を振って、じりじりと後退る。

 ふと脳裏に懐かしい記憶が蘇る。

 リベールのカルデア隧道。

 魔獣にとってオーブメントの中に使われている七耀石の回路は好物であり、魔除けの導力灯が壊れた時に群がるのはある種のお約束だった。

 そして今、みっしぃの中にはリィンが作った《聖痕》のクォーツが内蔵されている。

 つまりぬいぐるみであるみっしぃだが、魔獣にとってはおいしそうな餌でしかない。

 

「しゃーーーーっ!」

 

「みししっ!!」

 

 品定めを終えた鼠の魔獣が威嚇するように吠える。

 同時にみっしぃは悲鳴を上げて振り返り、全力で逃げ出した。

 

 

 

 

「みしし……みしし……」

 

 しつこく追い駆けてくる鼠を撒いて、グロテクスな昆虫型の魔獣を狭い小さな通風孔でやり過ごし、足の遅いジェル型の魔獣の間を駆け抜け、忍び足で蝙蝠型の魔獣に気付かれないように移動する。

 

「みしし……」

 

 周囲に魔獣の気配がないのを確認してみっしぃは疲れたように腰を下ろす。

 肉体的な疲労はないが、精神的な疲労がひどい。

 普段は一蹴していて忘れがちだった魔獣の脅威を改めて思い知る。

 

「みしし……?」

 

 それにしてもここは何処だろうかとみっしぃは辺りを見回す。

 人が通れない通風孔やパイプの上を走ったせいですっかり迷子になってしまったみっしぃは途方に暮れる。

 ふと、そんなみっしぃの耳に音が聞こえて来た。

 

「みししっ!?」

 

 魔獣が立てるようなものではない軽快な音楽。

 ジオフロントには不釣り合いなそれにみっしぃは首を傾げながら音の出所を探して歩き始める。

 魔獣から逃げる際に気が付いたが、クォーツに内包される七耀の力を闘気に見立てて使うことができた。

 もっとも量は微々たるもので、使い過ぎれば手足の動きが鈍くなるというデメリットもある。

 さらに言えば力が増しても、身体を支える力も維持しなければ容易く変形して動作を失敗することもある。

 それらを知るために尻尾が半分犠牲になったのは尊い代償だろう。

 ともかく少ない力をいかに効率よく、そして無駄なく配分することを意識してみっしぃは音源に向かって進む。

 そして辿り着いたのは『第8制御端末室』とプレートが掲げられた鉄のドアだった。

 

「みししっ――!」

 

 ドアの上部にある小窓に向かってみっしぃは飛び上がるが、飛距離が足りずノブにさえ届かない。

 

「みしし……」

 

 仕方ないとみっしぃは肩を落としてドアを叩く。

 ぽふぽふという柔らかい感触はノックの役に立たない。

 

「みししっ! みししっ! みししっ!!」

 

 次いで大きな声を上げて呼びかけるが、扉越しでも聞こえる大音量な音楽に掻き消されてしまっているのか反応はない。

 

「みし……みしし……」

 

 いや、諦めるなと言わんばかりにみっしぃは首を振って弱気を払う。

 考えてみれば、ミシュラムのみっしぃは人の言葉を話せる設定だった。

 みししとしか言えないのは結局のところ思い込みにしか過ぎない。

 さらに言えば《聖痕》が未完成だということもあるだろう。

 ならば簡単なことだ。今までがそうであったように、この場で限界を超えればいい。

 

「みしし……」

 

 表情を変えずにみっしぃは凄む。

 精神統一から自己に埋没し、《聖痕》に力を注ぐ。

 

 ――見えたっ!

 

 何かが嵌った手応えを感じてみっしぃはその確信のまま、声を上げる。

 

「エンジョイみっしぃっ!」

 

 声を上げる。

 

「エンジョイ! みっしぃっ!」

 

 次の瞬間、みっしぃはその大きな頭を何度もドアに叩きつけた。

 やがて力を失ったようにその場にへたり込む。

 こうなったら持久戦だと中にいる誰かが出て来るまでドアの前で待つしかないと、みっしぃは小窓から外を覗いて見える位置に移動して――金髪の少年と窓越しに目が合った。

 

「みししっ!」

 

「ひいああああああっ!」

 

 腕を上げて挨拶してみると、少年は悲鳴を上げた。

 

「みししっ! みししっ!!」

 

「何でみっしぃがこんなところにいるんだよっ!? アイツのクッキーを勝手に食べたからってボクを祟るなんておかしいだろっ!? そんなのもう時効だっ!!」

 

 訳の分からないことを叫ぶ少年の声に負けないようにみっしぃは声を上げて、ドアを叩く。

 が、少年は中で音楽の音量を上げて、それらを掻き消してしまう。

 

「みしし!?」

 

 その音に誘われたのか、蝙蝠の甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 

「みしし……」

 

 みっしぃは断固拒絶の態度を崩しそうにない少年の説得を断念して、その場を後にした。

 

 

 

 

「みしし……」

 

 魔獣を撒くのに慣れてきたなと、何故かそこにあった宝箱の中からみっしぃは這い出る。

 改めてここは何処なのだろうかと、みっしぃは地図を探そうとするとすぐ近くから声が聞こえて来た。

 

「それじゃあ《黒の競売会》での段取りはそれでお願いするわ」

 

「ああ、心得た」

 

 一つは女性の声。もう一つは聞き覚えのある声だが、彼はレミフェリア公国に出張でクロスベルにいなかったはず。

 みっしぃは頭を半分だけ出して通路を覗き込む。

 そこには金髪をロール型にセットした女性と赤いコートの遊撃士アリオス・マクレインがいた。

 

「それにしても、難しい仕事だと思うのだけど、本当に大丈夫なの?

 別にもう少し、難易度を下げたとしても構わないのだけど」

 

「何事もインパクトが大事だ……これを機に《ルヴァーチェ》の力を削ぎ落とし、このクロスベルの何処かに潜伏している奴を引きずり出すならこれが最良だ」

 

「まあ、貴方がそれで良いと言うのなら、わたくしは構わないですけど」

 

 人気のないジオフロントでの怪しげな密会。

 ましてや出張に行ったはずのアリオスが発した物騒な物言いに自然とみっしぃは視線に力が篭り――

 

「曲者っ!」

 

 その視線を敏感に察したアリオスは二つ名に恥じない速度で駆け出し、一瞬でみっしぃが隠れていた通路に現れると峰を返した太刀の一撃を横薙ぎに放った。

 

「むっ……?」

 

 空振りに終わった一撃にアリオスは眉をひそめる。

 

「あらあら、《風の剣聖》ともあろう御方が気配を読み違えたのかしら?」

 

「……いや……逃げられたようだ」

 

 嫌味な言葉を意に介さず、アリオスは足元に転がるぬいぐるみを見下ろす。

 

「あら……みっしぃぐるみですわね。随分と汚れていますが、どうしてこんなところに?」

 

「さあな、曲者が身代わりにおいて行ったのだろう。不用意に触るな、爆弾が仕掛けられているかもしれん」

 

「…………そうですわね……それなら――」

 

 徐に金髪の女性はその手に大きな杖を現出させると、その石突でゴミを払う様にみっしぃぐるみを弾き飛ばした。

 吹っ飛んだみっしぃぐるみは大きな放物線を描いて、水路に落ちた。

 

「みししーっ!!」

 

 ぬいぐるみのふりをしていたみっしぃは堪らず悲鳴を上げる。

 

「え……?」

 

「何……?」

 

 二人はそれに驚くも、みっしぃは水流に呑み込まれて流されていった。

 

 

 

 

 

 エステルはヨシュアを伴って湾岸区の灯台の下で釣り糸を垂らしていた。

 エステルの他にも昨日の夜の雨の影響を期待して、釣り人達は何人かいる。

 

「そういえば今日はリィン君ってばまだ協会に来てないのよね?」

 

「そうみたいだね。何か用事があって来れない時はいつも前もって連絡してくれていたはずだけど珍しいね」

 

「もしかして何かあったのかな?」

 

「やっぱり気になるなら僕が見てこようか?」

 

「確かに気になるんだけど……やっぱり《工房》に直接行くのはルール違反になりそうだと思うし」

 

 ううむと唸るエステルだが、竿を引く手応えに意識を一瞬で切り替える。

 

「キターーーーッ!」

 

 歓声を上げてエステルは一気にそれを釣り上げる。

 

「お見事。タイタンの……150リジュはあるかな?」

 

「本当ヨシュア!? やったあ記録更新っ!!」

 

 釣果に喜ぶエステルとヨシュアの前で、ぴちぴちと跳ねていたタイタンはその口から何かを吐き出した。

 

「なにこれ……?」

 

 毛玉のようなものにエステルは首を傾げて、湖の水で乱暴にそれを洗う。

 

「…………みっしぃ?」

 

 それは尻尾の先が半分なくなっているみっしぃのぬいぐるみだった。

 

「誰かが湖に落としたのかな? それを魚が餌と勘違いして食べたのかも?」

 

「ヨシュア、それはいくらなんでも――」

 

「み……」

 

「み?」

 

「みしし……」

 

「しゃべったぁ!?」

 

 手の中で鳴いたみっしぃにエステルは目を点にする。

 みっしぃは呆然とするエステルとヨシュアを他所に頭を振って意識をはっきりさせる動作をすると顔を上げた。

 

「みししっ!?」

 

 エステルの顔を見るや否や、みっしぃは歓声を上げて手を伸ばす。

 

「エステルッ!」

 

「へっ……?」

 

 その動きにヨシュアは咄嗟に反応してエステルの手からみっしぃを弾き飛ばした。

 

「ちょっとヨシュアッ!?」

 

「気を付けて、何か普通じゃないっ!」

 

 ヨシュアは腰の双剣をいつでも抜けるように構える。

 

「確かにそうかもしれないけど、かわいそうじゃないっ!」

 

「かわいそうって……もしかしたら結社の新兵器なのかもしれないんだよ」

 

「だとしてもよ!

 それにほら……結社じゃなくてもツァイス工房で作っていたはずのにがトマトが魔獣化した例もあるんだし、ぬいぐるみが魔獣化したのかもしれないじゃない?」

 

 確かにニガトマトマンの存在にはクロスベルに来た時に驚いた。

 しかし流石にぬいぐるみが魔獣化するのは飛躍し過ぎているだろう。

 ここが街ではなく街道なら、ゆっくりと見聞してもいいのだが街中でそんな悠長なことはしていられないというのがヨシュアの考えだった。

 

「エステル……」

 

「あー! みっしぃだぁーっ!!」

 

 何とか説得しようと言葉を選んでいると子供の歓声がそれを遮った。

 

「みししっ!?」

 

 みっしぃは振り返ると子供たちの一団が目に入った。

 

「動いたっ!?」

 

「え……本物のみっしぃなの?」

 

「すげぇっ!」

 

 口々に歓声を上げる子供たちにみっしぃはたじろぐ。

 

「捕まえろっ!」

 

 誰かがそんなことを叫び、子供たちはそれを合図に駆け出した。

 

「みししっ!」

 

 堪らずみっしぃは未だに警戒を解いていないヨシュアの方へと走ってしまった。

 

「君たち、待って――」

 

 流石にヨシュアも子供たちの前で剣を抜くことに躊躇い、そうしている内にみっしぃはヨシュアの足元をすり抜ける。

 

「待ってみっしぃ!」

 

「わわっ!?」

 

「くっ……」

 

 子供たちに駆け寄られたエステルとヨシュアは身動きが取れないまま、みっしぃを追い駆ける子供たちを見送る。

 灯台の周りをぐるりと回ってみっしぃは湾岸区へと侵入する。

 

「いけない。追い駆けないと!」

 

 あくまでも魔獣の一種として扱い、みっしぃを追い駆けるヨシュア。

 

「う~ん……大丈夫じゃないかな?」

 

 子供たちに追い駆けられながらも反撃しなかったみっしぃに危機感を覚えず、それでも釣り道具を片付けるエステルだった。

 

 

 

 

「みしし……」

 

 まだ一日も経っていないのに、太陽の光とその温かさにみっしぃは涙ぐむように目元を擦る。

 ジオフロントの水路からエルム湖に流され、そのまま沈んでいくのかと思いきや、みっしぃは女の子の幻影を見た。

 助けの手を差し出した彼女だったが、次の瞬間には女の子は魚に代わり頭から喰われた。

 結果的にはその魚をエステルによって釣り上げられ、地上に戻ることができたがあんまりではないかと思う。

 

「動くみっしぃっ! 特ダネよっ!」

 

 女性、グレイスの声に反応してみっしぃは身を隠す。

 湾岸区で注目を浴びてしまい、興味本位の子供を始めとした多くの人に目撃されてしまったが、これ以上追手が増えては困る。

 

「みししっ!」

 

 ここに至るまでにぬいぐるみの動かし方に慣れたみっしぃはその力を十全に発揮し、まるでネコのように背の高い建物を排水パイプを伝って登り切る。

 

「みっしぃどこ~!」

 

 下で子供たちが探している声に少しだけ罪悪感が湧くが背に腹は代えられない。

 このまま屋根伝いに行政区と歓楽街を抜け、住宅街、その先のマインツ山道に出ることをみっしぃは決意する。

 屋根の上で導力の回復を待ちつつ、水気を吸った体を絞って少しでも軽量化する。

 

「みししっ!」

 

 よしっと意気込んでみっしぃは駆け出した。

 流石に屋根から屋根へと飛び移ることはできないが、できるだけ飛距離が短い所を確実に見つけて移動していく。

 そして思惑通り、湾岸区を抜け市庁舎、警察署を抜けて歓楽街へと辿り着き、それは現れた。

 

「え……?」

 

「みししっ!?」

 

 助走をつけた大ジャンプの着地地点に誰かが一足先に着地する。

 彼女は近付いて来る気配に考えるより速く手刀を放つ。

 

「みししっ!」

 

 鋭い手刀をみっしぃは身を捩り躱し、跳んだ勢いのまま彼女の胸に命中して弾き飛ばされた。

 

「躱された!? 不覚……って……え……? みっしぃ?」

 

「みしし!?」

 

 見覚えのある少女にみっしぃは思わず身構える。

 

「動いた……え……何なん――っ」

 

 身構えたみっしぃに混乱した少女は次の瞬間、息を呑んで気持ちを引き締めた。

 

「このみっしぃ……」

 

 それは何の変哲もないSサイズのみっしぃぐるみだった。違いを上げるなら尻尾が半分なくなっていることだが、少女にとって問題はそこじゃない。

 

「このみっしぃ……私の間合いを理解している?」

 

 信じ難いことにみっしぃは少女の必殺の間合いを理解しているようにジリジリと後退っている。

 

「できる……」

 

 思わず唾を呑み込む。

 こちらの間合いを読み取る能力。隙の無い堂に入った構え。そして鋭い――鋭くないが気合いの篭った視線。

 少女は油断ならない相手だと構えを取って――

 

「いたぁ! みっしぃ発見っ!」

 

「っ……」

 

 響いた雑誌記者の声に少女は咄嗟に戦技で身を隠す。

 同時にみっしぃは少女から離れるようにその場から駆け出した。

 

「待ってみっしぃー」

 

「待ちなさい特ダネッ!」

 

 眼下でそんなみっしぃを追い駆ける一団を見送って少女、リーシャ・マオはやはり困惑した様子で首を傾げた。

 

「何だったんでしょうか?」

 

 

 

 

 

「ちっ……確かにこっちの方に来たはずなのに」

 

 住宅街に入り、獣道を通ることで子供たちを撒くことに成功したかに見えたがグレイスによって統率が取られた子供たちは組織だってみっしぃを追い詰めていく。

 

「みしし……」

 

 とある一軒家の導力車の下に身を隠し、みっしぃは一息吐く。

 この導力の回復のインターバル中に離れてくれると良いのだが、あまり期待はできそうにない。

 

「それじゃあ行ってくるよ」

 

 すぐ近くの家のドアが開く音にみっしぃは体を強張らせる。

 頭上の導力車に乗り込む音。

 

「みしし……みし、みしし……」

 

 せっかく見つけた隠れ場所が無くなると落胆するも、すぐに別の考えに至る。

 この車にしがみ付いてこの場から離れれば、追手を撒くことが出来る。

 思い立ってみっしぃはすぐにしがみ付けそうな突起がないか探す。

 

「コリン、良い子でお留守番しているんだぞ」

 

「うんっ!」

 

「みしし?」

 

 聞き覚えのある名前にみっしぃは首を傾げる。

 彼らのやり取りの反対側から這い出て、回り込み彼らの姿をみっしぃはその三人家族の顔を確認する。

 

「みししし・みししーし」

 

 うち一人は見覚えはない子供だったが、導力車に乗った男性とそれを見送る夫人には見覚えがあった。リベールでレンが連れていた夫妻とそっくりで、男性とは実際に出会ったこともあった。

 

「ところであなた、来週のお墓参りだけど」

 

「ああ、分かっている。必ずその日までには帰るよ」

 

 ハロルドは妻とそんな言葉を交わして導力車を発進させる。

 

「みししっ!」

 

 咄嗟にみっしぃは動き始めた導力車の下に戻り、予め見つけていた場所にしがみ付く。

 

「あれ……?」

 

 そんな子供の呟きをみっしぃは聞き逃していた。

 

 

 

 

「ああ……もう完全に逃げられた」

 

 グレイスは見失ったみっしぃを思いため息を吐く。

 子供たちを使っての人海戦術でこの辺りにいるはずなのだが、全く見当たらない。

 

「おねえちゃんっ! みっしぃを見たって子がいたよ!」

 

「でかしたっ! 者ども続けっ!」

 

「「「「おおっ!」」」」

 

 グレイスは子供たちを先導して、コリン・ヘイワースの後を追うのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「ちょ、君たち街道はまずいっ! ストップッ! ストーップ!!」

 

 

 

 

 

 身体から七耀の力が薄れ、みっしぃは握力を維持できず走行する導力車の底から落ちた。

 

「みしし……」

 

 仰向けに転がったみっしぃはそのままの姿勢で青い空を眺める。

 動いた感覚から西クロスベル街道だろう。

 目的地から遠ざかってしまったが追手を撒けたのだから良しとしよう。

 街道は閉鎖されて行き場のない地下道と違い、導力灯の効果で舗装された街道には魔獣はやってこない。

 気を付けなければいけないのは導力車くらいだろう。

 

「みしっ……」

 

 休憩を終わりにしてみっしぃは立ち上がる。

 

「きゃああああああっ!」

 

「みしし!?」

 

 次の瞬間、響く子供の悲鳴に慌ててクロスベルへの道を戻る。

 

「ああもうっ! だから言ったのに」

 

 そこにはグレイスが背後に十数人の子供を庇いながらヒツジンの群れに木の棒を持って威嚇している姿だった。

 

「あっち行きなさいっ!」

 

 ブンブンとグレイスは木の棒を振り回すが、ヒツジンの蹴りによって弾き飛ばされる。

 

「くっ……」

 

「メエッ!」

 

「メエエッ!」

 

 ヒツジンはそんなグレイスを嘲笑ってから号令をかけて、一斉に襲い掛かる。

 

「みしし――みししっ!」

 

 次の瞬間みっしぃが何処からともなく現れ、手に持った木の枝でグレイスたちに襲い掛かったヒツジン達を一撃ずつ強打し駆け抜けた。

 

「アリオスさんっ――じゃなくてみっしぃ!?」

 

「みししっ!? みしししっ!」

 

「あ……はい。何を言われているか分からないけど、ごめんなさい」

 

 怒った鳴き声を向けられてグレイスは思わず謝る。

 

「みしし……」

 

 全くと呆れた様子で肩を竦めたみっしぃは振り返って、ヒツジン達に対して木の枝を構える。

 するとヒツジン達の群れから一匹、前に出てくる。

 

「みしし?」

 

「メエエッ!」

 

 ヒツジンは挑発するように手招きをする。

 

「えっと……あいつがこの群れのボスで一騎打ちをしようって言ってるのかな?」

 

「みしし……」

 

 グレイスの優れた洞察力から来る通訳にみっしぃはなるほどと頷く。

 それを証明するように周りのヒツジン達からの敵意は薄れ、これから起こる一騎打ちを囃し立てるように鳴く。

 

「みしし……」

 

 みっしぃはその手招きに応じるように前へと進み出る。

 

「みししっ!」

 

「メエエッ!」

 

 みっしぃは木の枝を剣に見立てて構え、ヒツジンは人間がやるように足を開き、手を拳にして腰で固める。

 

「「「メエエッ!!」」」

 

 まるで示し合わせたかのように周囲のヒツジン達が揃えて声を上げ、それを合図に二匹が動く。

 

「みししっ!」

 

「メエエッ!」

 

 二匹は激しくぶつかり合う。

 振られた木の剣を堂に入った身のこなしで躱して反撃する。

 短い手足から繰り出される拳打と足蹴りの連打は木の剣によって防がれる。

 一進一退の攻防に、グレイスと子供たちはヒツジン達と同じように拳を握ってその戦いを見守る。

 

「まけないでみっしぃっ!」

 

「がんばれ! みっしぃ!」

 

 子供たちの声援を背にみっしぃは木の剣を振り――

 

「メエエッ!!」

 

 怒涛のヒツジン三段蹴りがみっしぃの木の剣を砕いた。

 

「メエエ」

 

 勝ったと勝ち誇るヒツジン。

 だがみっしぃは砕かれた木の枝を投げ捨てると同時にヒツジンの懐に潜り込み、腕が曲がるのを構わず押し付け――次の瞬間どんと鈍い音が響いた。

 

「メエッ!?」

 

 ヒツジンは何が起きたか分からずに血を吐いて倒れた。

 

「今の技はまさかっ!?」

 

「知っているのお姉ちゃん?」

 

「あれは遊撃士のリンが使う東方格闘術の奥義、寸勁……まさかみっしぃが使うなんて」

 

「みっしぃすげえっ!」

 

「やったーっ! みっしぃが勝ったぁ!」

 

 子供たちが口々に歓声を上げる。しかし――

 

「メエエエエッ!!」

 

 みっしぃと戦っていたヒツジンは血を吐きながらも認めないと言わんばかりに咆哮を上げて立ち上がった。

 

「お、おうじょうぎわがわるいぞっ!」

 

「そーだそーだ!」

 

「メエエッ!」

 

 子供たちの野次を一喝して黙らせるとヒツジンは空高く跳び上がった。

 

「みしし?」

 

 そのヒツジンを追って、五匹のヒツジンも跳び上がり空中で一つになる。

 

「あ、あれはっ!」

 

「ヒツジンが合体した!?」

 

「あの技はまさかヒツジン阿修羅合体っ!?」

 

 グレイスが合体したヒツジンに慄く。

 

「みしし!?」

 

 何だそれはとみっしぃは振り返る。

 その一瞬の隙を突いてビッグヒツジンはその場で回り始め、竜巻を作り出して放つ。

 

「みしっ!?」

 

 竜巻に捕らわれたみっしぃは空高く打ち上げられ、受け身も取ることができずに地面に叩きつけられた。

 

「みっしぃっ!!」

 

 ヒツジン巻旋風波をまともに喰らったみっしぃは体を震わせながら立ち上がり、膝を着いた。

 ジオフロントから酷使してきた体が限界を迎えたように鈍く動かない。

 

「みししっ!」

 

 しかしそんな泣き言は言っていられない。

 背中に守るべき者がいるのなら、どんな状況であっても諦めるわけにはいかない。

 決死の覚悟でみっしぃは立ち上がる。

 

「メエエエッ!」

 

 だが、そんなみっしぃを嘲笑う様にビッグヒツジンは再び竜巻を放つ。

 

「みっしぃにげてっ!」

 

 背後で子供たちがみっしぃの身を案じて叫ぶ。

 だがみっしぃは一歩も退かず、むしろ前に向かって駆け出した。

 

「メエ――メエッ!?」

 

 勝利を約束する竜巻はみっしぃが触れた瞬間に解ける。

 それどころか竜巻は風の方向を変え、圧縮されるようにみっしぃの拳に集約する。

 

「みししっ! みしししっ!」

 

 相手から奪った風を乗せた拳がビッグヒツジンを砕いた。

 

 

 

 

 子供たちの歓声を背にみっしぃは今度こそ地面に倒れた。

 完全な導力切れ、意識はまだ繋がっているが当分体は動かせないだろう。

 

「メエ……エェ……」

 

 そんなみっしぃに最初に戦ったボスヒツジンは毛皮を赤く染め、足を引きずりながらみっしぃへと近付いていく。

 

「メエエッ!」

 

 俺の勝ちだと言わんばかりに吠え、ヒツジンは満身創痍の体で拳を握り込み、みっしぃに振り下ろす。

 

「カラミティスローッ!」

 

 その瞬間、何処からともなく飛来した大鎌がヒツジンの身体を両断した。

 同時にアーツの風が吹き荒れ、グレイスや子供たちの視界を塞ぐ。

 

「いったい何が……」

 

 目を開いた時にはもうそこに傷付いたみっしぃの姿は何処にもなかった。

 こうしてみっしぃを巡る事件は多くの謎を残して唐突に終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 







 いつかのトールズ士官学院IF
リィン
「ラウラも随分強くなったな」

ラウラ
「そうは言うが、まだまだリィンの足元に及んではいないではないか……
 ところでリィン、その……私はリィンが戦った相手の中でどれくらいの強さなんだ?」

リィン
「そうだな……
 《結社》の人達とは比べるまでもない……赤い星座もそうだし……
 うーん……だけどあの時のヒツジンの方がずっと手強かったしなあ……」

ラウラ
「……待てリィン……ヒツジンとはあのヒツジンか?」

リィン
「ああ、あの白いヒツジンだな」

ラウラ
「…………そうか……リィンにとって、私はヒツジンよりも下なのか……ふんっ! 今に見ていろっ!」

 捨て台詞を残してラウラは去って行った。



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