(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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121話 意外な再会

「ふーん……この間もそうだったけど、随分と面白いことになっているのね」

 

 その日の正午。

 遊撃士協会で待機して行っていた書類仕事を中断してリィンはレンと落ち合っていた。

 

「家出してきたなんて、まるで誰かさんみたいね」

 

「言わないでくれ」

 

 面白がっているレンの言葉にリィンは我が身の事のように恥ずかしい気持ちになる。

 

「まだ詳しい日時や場所を決めたわけじゃないけど、明日の夕方に仕合うつもりだ。それで構わないか?」

 

「そうね……それだけあれば街中に教えて上げられるわね」

 

「それはやめて上げてくれ」

 

「フフ……分かっているわ……

 でもできれば《ルヴァーチェ》か《黒月》の事務所の近くでやってほしいんだけど」

 

「いくらレンの頼みでも街中で戦うことはできないな」

 

「まあ……そうよね。でも一昨日のリィンの仕込みが効いている内に一番怪しいところは調べておきたいの」

 

「レン……」

 

 《ルヴァーチェ》と《黒月》。

 正確には《ルヴァーチェ商会》と《黒月貿易公司》。

 それぞれがエレボニア帝国とカルバート共和国に連なるマフィア。

 他にも小さな組織はあるらしいが、クロスベルの裏社会といえばその二つが幅を利かせている。

 

「君の実力や能力は疑っていないけど、無茶なことはしないでくれよ」

 

 リィンは手を伸ばしてレンの頭を撫でる。

 

「別に無茶なんてしないわよ。レンはヨシュアに潜入のコツを教えてもらったことだってあるんだから」

 

「それならいいけど、何だか焦っているように見えるぞ」

 

「それは……」

 

 自覚があるのか、リィンの指摘にレンは言葉を詰まらせる。

 

「もしも必要なら滞在期間を延ばしても良いんだからな」

 

 自己採点では合格していると思うが、絶対ではない。

 もっとも合格して三月の最終日に入学式が行われることになっても、レンが望むなら最後まで付き合うことも吝かではない。

 勝手な我儘だがオリビエならきっと聞き届けてくれるだろう。

 

「別にリィンのために早くしようだなんて思っているわけじゃないわ」

 

「それならいいけど、本当に無茶だけはしないでくれよ」

 

「リィンは心配性ね……」

 

 いつものように笑顔を浮かべるレンにリィンは苦笑を浮かべて、手を放す。

 

「そういえばレン……ブルブランと連絡は取れるか?」

 

「あら? リィンがそんなことを言うなんて珍しいわね。もしかしてそのポケットの中に関係してるのかしら?」

 

「まあ、そんなところだ。気は進まないが、こんな物このまま持っているのも落ち着かないからな」

 

 指摘された銀耀石の結晶を取り出してリィンはため息を吐く。

 

「ふーん……やっぱりあの狼さんは聖獣だったのね……銀耀石っていうことは《幻の聖獣》ということかしら」

 

「ああ、そう言っていたよ」

 

 つい先ほどのやり取りをリィンは思い出す。

 鋼の至宝の事、レグナートやローゼリアの名前を出し、果てには《箱庭》に入れてようやく信じて貰えたが、疑いをかけた詫びとロイド達へ自分が聖獣だということの口止め料として渡されたのがこの銀耀石だった。

 ローゼリアもそうだったが、人間の社会の構図を知っていながらも人間と価値観が違うためか、高価な代物を小銭代わりに使うのはやめてほしいとリィンは切に思う。

 

「それで彼とはどんな話をしたのかしら?」

 

「大したことは話してないよ……

 結社という組織が至宝を狙って大陸で暗躍しているから気を付けろ。レグナートも操られたからって忠告したけど、《幻の至宝》はすでに消滅しているらしい」

 

「あら、そうなの?」

 

「でも、近頃その消滅した至宝によく似た力を感じたらしい……

 その因果の糸が特務支援課、特にロイド・バニングスに集中していた。だから監視をするために出向いて来たらしい」

 

「…………他に狼さんは何か言ってなかったかしら?」

 

「《グノーシス》について何か知らないか聞いてみた……

 どうやらあれは、《幻の眷属》に利用された《教団》という組織によって作られたものらしい……

 《プレロマ草》――かつて《幻の至宝》が人と地上を識るために咲かせた依り代を原料にして、その《教団》が加工して作り出したものがグノーシスだって言ってたよ」

 

「《教団》…………」

 

「効果や原理については彼もまだ調べている段階でこれ以上のことは分からないみたいだ」

 

「そう……ありがとう……どうやら有意義な情報を聞き出せたみたいね」

 

「レン……?」

 

「大丈夫よ……図らずもレンが知りたかったことの一部を知ることができたから驚いちゃっただけ……

 おかげで手掛かりが見つかっても深入りしないで済みそうね」

 

「……さっきも言ったけど、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ……

 もしレンの身に何かがあったらエステルさんに怒られるのは俺なんだから」

 

「あら、もしかしてリィンはレンの心配よりエステルに怒られる方が嫌なのかしら?」

 

「別にそういうわけじゃない。俺もエステルさんも、君のことを心配していることを忘れて欲しくないだけだ」

 

「ふん……レンを子供扱いしないでちょうだい」

 

 そっぽを向いて拒絶するレンにリィンはもう一度苦笑を浮かべて、その頭を撫でた。

 

「それじゃあレンはもう行くわ……本格的に動くのは明日だから今日はあっちに潜ってソバカス君と遊んであげようかしら?」

 

「あっちって……導力ネットのことか?」

 

「ええ、そうよ。そうね……きっと学院でも教わることになると思うから、後でリィンにも使い方を教えて上げるわ」

 

「はは……お手柔らかに頼むよ」

 

 ユミルでの勉強を思い出し、身震いをしながらもリィンは応える。

 

「ところでリィン」

 

「何だ?」

 

 そのまま去って行くと思いきや、レンは立ち止まり振り返る。

 

「今日は夕食のデザートにリィンが作ったアイスが食べたいな」

 

「はは。分かった。用意しておくよ」

 

 年相応の女の子らしい要求をリィンは快く受け入れた。

 

 

 

 

 

 クルトが目を覚ましたのは、日が落ち始めた夕方だった。

 セドリックとの決闘の直後にそのまま道場を飛び出し、たまたま道端であった友人にミラを貸して欲しいと頼み込み、その勢いのままクロスベル行きの列車に乗り込んだ。

 車内ではずっと気を張り詰め、クロスベルについてからは宛もなく歩き回ってリィンの姿を探した。

 延べ53万人の大都市から一人の少年を探すことは無謀だったが、幸いなことにリィンは何かと目立つ行動をしてくれたおかげで足取りを掴むことができた。

 しかし、夜間だったこともあり、ローゼンベルグ工房への横道に気付かずマインツへ行ってしまったりと、クルトがリィンに会うことが出来た時にはもう満身創痍な状態だった。

 その後、リィンに促されるまま腹を満たせば、当然それまで無視してきた疲労が襲い掛かり、クルトは眠りに落ちて、ようやく目が覚めた。

 ようやく頭の熱が下がったクルトが最初に感じたのはどうしようもない羞恥だった。

 

「しかし、帝都からクロスベルに家出か……目的の人物がいるからって随分と無謀じゃないか?」

 

「きょ、恐縮です」

 

 ロイドによる事情聴取にクルトはいっそう肩を縮こませる。

 

「君が起きる前に立ち寄ったリィン君の伝言を伝えさせてもらうと、仕合の件は受けてくれるらしい……

 それから当面の生活費としてこれを渡して欲しいって」

 

 差し出された封筒。

 言葉から想像すれば少なくないミラが入っているのだろう。

 その気遣いにますますクルトは居たたまれなくなる。

 

「それは受け取れません」

 

「そうは言っても、ミラがなければ帰ることだってできないだろ?」

 

「う……」

 

 友人に借りることができたミラは片道切符を買える程度しかなく、今の所持金はパン一つ買えない小銭しか残っていない。

 

「いえ……帰るなら歩いて帰ります」

 

「君の家はたしかヘイムダルだったよな? 流石に歩くのは無理じゃないか?」

 

「それでも――」

 

「それに明日の仕合までどうやって過ごすつもりなんだ?」

 

「それは……」

 

 そもそも何も考えずに飛び出したクルトはリィンを見つけ出せただけでも幸運だった。

 もしも見つけることができなければ、それこそ野垂れ死んでいてもおかしくはなかった。

 

「まあもう日が落ちてしまったから、今日もうちに泊まるといいけど」

 

「重ね重ねすいません」

 

 ひたすらに恐縮してクルトは頭を下げる。

 

「しっかしお前さんもリィンに喧嘩を売るなんて命知らずなことをするねえ」

 

「そういえばランディとティオはリィン君と知り合いだったみたいだけど、どこで会ったんだ?」

 

「あ……ああ、ちょっと昔にリベールでな」

 

「わたしも同じですね。リベールで発売された限定み――ではなくエプスタイン財団の技術者としてツァイス工房へ出張した時にお世話になりました」

 

「リベールといえば、去年の《導力停止現象》で随分騒ぎになっていたよな……もしかしてその時の?」

 

「ええ……オリヴァルト皇子と共にオブザーバーとして《白い翼》アルセイユで浮遊都市に乗り込んだ少年……

 浮遊都市を占領した犯罪組織との抗争の中でオリヴァルト皇子を庇い、名誉の戦死を遂げたはずだったのだけど……

 先々月に奇蹟の生還を果たし、年末の帝都で行われる御前試合で華々しいお披露目をした男爵家の嫡子よ」

 

 ロイドの疑問にエリィが答える。

 

「すごいな……とても俺よりも年下とは思えないな」

 

 差し出された雑誌を軽く読み流し、ロイドは列挙される彼の功績に感心する。

 もっとも彼を褒め称える記事と共に、誹謗中傷する記事もあり顔をしかめる。

 

「やっぱりアリオスさんの弟弟子なら強いんだよな」

 

「どうだろうな……アリオスのおっさんの底は分からねえが、あいつも信じられないくらいに腕を上げているみたいだからな……

 正直、どっちが勝つか分からねえよ」

 

「そういえばランディさん、先程別れ際に何か話していましたが、何だったんですか?」

 

「あ……あーいや……大したことじゃねえ。ちょっと叔父貴からの伝言を受け取っただけだ」

 

「伝言?」

 

「本当に大したことじゃねえって、それよりクルトって言ったな。お前、勝算はあるのか?」

 

「勝算ならあります」

 

 ランディの質問にクルトは俯く。

 御前試合での立ち回りをインチキだとは思わないが、セドリックがやったような初見殺しの何かがあると予め分かっていれば対処はできる。

 

 ――それさえ凌げば、自分の強さを証明できる……

 

 クルトは気を逸らせて拳を固く握り締める。

 傍から見れば、巨大な敵に臆さずに挑む勇敢な少年にロイド達の目には見えた。

 しかしその実、クルトの胸中に渦巻くのは自分の力を証明したいという利己的な思考だけ。

 兄や父に劣らない確かなものの証明。

 それが護衛役に求められるものとは違うものだということに、クルトはまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

「とりあえず来てみたけど。どうするかな……」

 

 その翌日。

 リィンはそんなことを呟きながら裏通りを歩いていた。

 レンには《ルヴァーチェ》と《黒月》の目を引いて欲しいと言われたが、クルトを晒しものにするつもりはない。

 しかしレンが動き易いように援護はしたい気持ちもある。

 仮にここで遊撃士の立場を利用して、その事務所に《グノーシス》のことを聞きに行ったところで門前払い、逆に警戒心を高めてしまうことになるだろうし、協会にかける迷惑を考えるなら遠慮したい方法だった。

 

「なあ、団を抜けたとはいえお前さんも団長には恩があるやろ? せやから手を貸してくれって」

 

「断る。確かに何も言わずに退団を認めてくれた団長には感謝している……

 あの人が本気で困って、助けて欲しいって状況なら俺も手を貸すのは吝かじゃねえ……

 だがお前達の言っていることは支離滅裂だ。団長は死んだんだろ? 死人が生き返るわけねえだろ」

 

「確かにそうだ。俺達は現に団長を弔った……

 だが俺達はあの男の妄言を信じ、団長を生き返らせることはできた……

 だが、おそらく全てあの男に仕組まれたことだったんだろう」

 

「…………この声は……」

 

 ケビンと似ている方言の言葉にリィンは路地裏の通路を覗き込む。

 そこには見覚えのある黒いジャケットを着た二人と、白いスーツを着た一人が口論をしていた。

 

「はっ……だから何だって言うんだ。罠に嵌められて泣き言を漏らすなんて《西風の旅団》も地に落ちたもんだな……

 それに聞いたぜ……元服もしていないガキに団を半壊させられたってな……

 はっ——情けない。そんなんだからテメエらは副団長になれなかったんだよ」

 

「っ——言わせておけば……」

 

「しかも俺を勧誘しに来ておいてフィーは置いてきただと?

 家族を切っておいて、家族を捨てた俺に手を貸してくれ? 随分と都合がいいな、おい」

 

「それは団長の遺言だからだ」

 

「だからどうした? それがフィーの気持ちを蔑ろにして良い理由になるか?

 どうせお前たちの事だ。団長が生き返ったことも団を解散させた理由も、何一つ伝えていないんだろう?」

 

「当たり前や。あの子はまだ小さい、今なら表側の世界で生きることだってできるかもしれないやろ……

 お前かて、この世界に嫌気が差したから団を抜けたんちゃうか?」

 

「ふん……半端者が分かったこと言ってんじゃねえか。だったら分かるはずだ……

 俺は団に戻るつもりはない。あの人が直接頼って来たら考えても良いが、テメエらと関わる気は毛頭ない……

 分かったらとっとと消えろ。さもないと――」

 

 スーツの男が威圧するように拳を握り締める。

 

「さっきから聞いていれば好き勝手言いたい放題……ちっと調子に乗り過ぎとちゃうか?」

 

「おいゼノ」

 

 巨漢の大男が優男を諫めるが、それを振り切って捲し立てる。

 

「団抜けて、こんなしみったれたマフィアのお山の大将気取って、団長に並んだつもりか?

 確かに腕っぷしでアンタに勝ったことはないけど、猿山の大将の今のアンタなら俺でも殴り倒せそうやな……

 良い機会や。団を抜けた時のリベンジ、ここで果たさせてもらおか」

 

「はっ——《罠使い》が俺に腕力で挑むだと。お前らこそ、調子に乗り過ぎだ」

 

 一触即発の空気に路地裏が満たされる。

 その周辺で客引きをしていた人や、ただの通行人は慌てた様子で裏通りから逃げて行く。

 そんな人の流れに逆らってリィンは前に進み――

 

「そこまでだ」

 

 二人の目の前に鞘に入れたままの太刀を差し出してリィンは仲裁に入った。

 

「なっ!? お前……どうしてこないなところに……」

 

「何だテメエは!? 引っ込んでろっ!」

 

 優男とスーツの男は気配なく、自分たちの間に割り込んできたリィンに驚き声を上げる。

 

「ルトガーさんのところの猟兵団の人達ですよね?

 どんな理由で仲違いをしているかは分かりませんが、貴方達ほどの人が街中でやり合おうというなら、遊撃士として見過ごすわけにはいきませんよ」

 

「……ちっ」

 

 遊撃士の名前を出されスーツの男は拳を解く。

 

「ゼノ……」

 

「くそ……わーっとるよ」

 

 優男の方も相棒に諫められて戦闘態勢を解く。

 

「おいゼノ、レオ……こいつは何だ? 団長の知り合いのようだが」

 

「は……何言っとる。こいつがお前がさっき言っとったリィン・シュバルツァーやないか」

 

「こいつがあの《猟兵殺し》だと?」

 

 優男の答えにスーツの男は目を大きく見開き、リィンを見る。

 

「え……何ですか、その呼び方?」

 

 慄く熊のような体躯の大男の呟きにリィンは首を傾げた。

 

 

 

 

「そういえばボンは確かトールズ士官学院に行くんやったな」

 

 互いに名乗り合って、ゼノが唐突にその話題を投げかけて来た。

 

「ええ、そうですが……どうして貴方がそれを?」

 

「蛇の道は蛇と言う奴だ。 今、お前はいろいろな方面から注目を受けている……

 特に最近のものではお前の首を狙ってユミルに行ったことを切っ掛けにいくつもの猟兵団が解散したと話題になっている」

 

 レオニダスと名乗った大男がリィンの疑問に答える。

 

「俺はその話に関わっていないはずなんだけど……」

 

「それだけじゃねえぞ。リベールでは猟兵の百人斬りをしたそうじゃねえか……

 しかもその直後に行方を眩ませたから、猟兵の世界では一種の伝説みたいに語られているってわけだ」

 

「あれは俺だけでやったわけじゃないんだけど……」

 

 続くガルシアの言葉にリィンは肩を落とす。

 

「まあ、そんなことは今はええんや。それよりもな……

 もしかしたらうちの姫が、ボンの同級生になるかもしれないんや」

 

「姫……もしかしてあの時の女の子のことですか?」

 

 リィンは《影の国》で会った女の子のことを思い浮かべる。

 

「そうや……お前が傷物にしたあの子や」

 

 ゼノはボースで最初にやり合った時のことを思い出しながら頷く。

 

「傷物にしたって大袈裟な」

 

 確かに彼女の必殺技を一蹴して、彼女の自尊心を傷付けたかもしれないが酷い言い掛かりだ。

 

「大袈裟だと? 貴様、本気で言っているのか。お前がつけた傷は消えない傷痕になったというのに。まさか責任を取らないつもりか?」

 

 ゼノとレオニダスはリィンに威圧を掛けてくる。

 

「それは確かに悪いことをしたかもしれないですが、俺とあんた達は敵同士だったんだ。そんな風に責められる謂れはない」

 

「こいつ……」

 

「良い度胸だ」

 

 悪びれないリィンに二人の眼光は鋭くなる。

 

「やめろ見苦しい」

 

 が、それが爆発する前にガルシアが諫める。

 

「負けた傷を敵のせいにするだと? 猟兵のくせに随分な言い分だな。テメエらいつからそこまで落ちぶれた?」

 

「せやけど、ワイらならともかくフィーを傷物にされたんやで!?」

 

「同じだ馬鹿野郎っ! フィーが猟兵になると決めた時からそうなることは分かっていたはずだ!

 それをグチグチと文句をつけて……そんなんだからテメエらはガキなんだ!」

 

「くっ——」

 

「悪いな。こいつらとは昔馴染みなんだが、どうにも親バカが過ぎてな……きっちり言い聞かせておくから気にしなくていい」

 

「はあ……」

 

 ガルシアが二人の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせる。

 二人は抵抗するも、その太い腕によって完全に抑え込まれてしまっている。

 

「まあ、気持ちは分からなくもないですから良いですけど」

 

「そう言ってもらえると助かる。で、何が言いたかったんだゼノ?」

 

「別に……ただフィーと同じクラスになったらフォローしてくれって言うつもりだっただけや」

 

「本当だろうな?」

 

「ホンマやって」

 

 脅しつけるように凄むガルシアにゼノは不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

「そういうことらしい……まあ、その子は俺も知らない子ではないからな。俺からもよろしく頼む」

 

「ええ……分かりました」

 

「しかし、あのフィーがトールズ士官学院に入学するとはな……確か帝国の名門校だったはずだな?」

 

「はい、その通りです」

 

「しかもあいつは確かまだ十五歳だったはず、飛び級をしたのなら頑張ったんだろうな」

 

 昔を懐かしむようにガルシアは厳つい顔に何処か誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「ふふ……入学祝いでも贈ってやるとするか」

 

「はっ——アンタのことなんて綺麗さっぱり忘れられてるに決まっとるやろ」

 

「あぁん? 何か言ったか?」

 

「な、何でもあらへん」

 

 ガルシアに凄まれ、ゼノはがっくりと肩を落とす。

 

「けっ……熊がクマのぬいぐるみでも贈るってか? ウケ狙いかっちゅうの」

 

「ゼノ……」

 

「何でもあらへんって!」

 

 コントのようなやり取りにリィンは思わず笑みをこぼす。

 

「でも試験結果の発表は未だですから、入学祝いは気が早いですよ」

 

「なに構わんさ……それなら久々に娘へのプレゼントを贈るだけだ。

 リィン・シュバルツァーと言ったな。良ければ付き合え」

 

「え……?」

 

 突然の申し出にリィンは間の抜けた言葉を返してしまう。

 

「お前らも一緒に来い。そうだな……久しぶりに会った祝いだ。一人頭10万ミラまでなら俺が払ってやる」

 

「流石ガルシアの兄貴っ! 太っ腹っ!」

 

「…………はあ……すいません。ガルシアさん」

 

 先程まで噛みついていたゼノは掌を返して、ガルシアに擦り寄る。

 そんな相棒の代わり様にレオニダスは肩を竦める。

 

「えっと……どうして俺を?」

 

「俺は年頃の娘が何を貰って喜ぶか分からないからな。アドバイスが欲しい」

 

 そう言いながらも、ガルシアの目にはリィンを値踏みするような意図が感じられた。

 要するに、この機会を使ってリィンを見定めるつもりなのだろう。

 それはリィンにとっても悪くない展開だった。

 《ルヴァーチェ商会》の若頭の目を引けるのなら、当初の目的に適っている。

 

「分かりました……ただ、一応遊撃士協会に連絡させてください」

 

 そう一言断って、リィンは彼らの贈り物選びを手伝うのだった。

 

 

 




いつかのトールズ士官学院IF

リィン
「そういえば委員長は奨学金で学院に通っているけど、フィーは学費をどうしたんだ?」

フィー
「ん……サラが言うには足長お兄さんって名乗る人が是非私の学費を払いたいとか言ってたらしい」

リィン
「足長お兄さんって……」

フィー
「最初は誰だか分からなかったけど、入学祝いで誰か分かった。ただ……」

リィン
「ただ?」

フィー
「サバイバルナイフと闘魂ベルトはたぶんあの二人だけど、エヴァーグリーンのブローチが誰か分からない」

リィン
「ああ、それはガルシアさんからのだな……
 石の品質は高いものじゃないけど、フィーの目と同じ色の物を選んだんだ」

フィー
「ガルシア…………うん、たしかそんな名前の人が昔、団にいた…………え? 何でリィンが知っているの?」



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