今回は導入なので短めです。
いつも誤字の指摘ありがとうございます。
そこは地の底。
――して……
銀の髪の女性と青い髪の少女が抱き合う様に血だまりの中に倒れている。
――どうして……
赤い髪の青年が折れたスタンハルバートの柄を握り締めながら蹲っている。
――どうして……なの……
そして砕け散ったトンファーが彼の手から零れ落ちて、そのまま一人の青年は前のめりに崩れ落ちた。
灰色の魔人が己の勝利に耳障りな哄笑を上げる。
………………
…………
……
場面が変わる。
小さな子供たちが赤い薬で人喰いの化物にされる。
………………
…………
……
場面が変わる。
天に向かってそびえ立つ塔が蒼い騎士人形によって崩壊する。
………………
…………
……
場面が変わる。
劇場で赤毛の少女が殺戮劇を演じる。
………………
…………
……
場面が変わる。
大柄な警察官が赤毛の大男に挑み、返り討ちにされる。
………………
…………
……
場面が変わる。
戦争に駆り出された女性士官が呆気なく、敵の凶弾に倒れる。
………………
…………
……
場面が変わる。
空から降り注ぐ凶弾の雨がピンク色の髪の姉弟たちを吹き飛ばす。
………………
…………
……
場面が変わる。
異形の腕を持つ教会騎士が三騎士の前に力尽きる。
………………
…………
……
場面が変わる。
物言わなくなった娘を抱き締め、八葉の剣士が修羅に堕ちる。
………………
…………
……
場面が――
………………
…………
……
気付けば、目の前に女の子がいた。
俯いて顔が見えないその子は暗い雰囲気を全身から滲ませて、敵意を叩きつける。
「あなたのせいだ……」
顔を上げた碧の少女は怨嗟に満ちた眼差しで睨み付ける。
「あなたさえいなければ……」
少女は泣きながら叫んだ。
「お前なんて……消えちゃえばいいんだっ!」
*
「っ!?」
身体に電気が走ったかのような衝撃にリィンは目を覚ます。
「ここは……?」
すぐさまリィンは周囲の状況を確かめて、そこが列車の中だと気が付く。
「フフ……リィンがそんなに深い眠りで隙をさらすなんて、そんなに受験で疲れていたの?」
対面に座って景色を眺めていたレンがそんな慌てた様子のリィンをおかしそうに笑う。
「どうしたの? もしかして怖い夢でも見たのかしら?」
「あ……ああ……」
レンの質問にリィンは曖昧に頷く。
――夢だったのか?
それにしては生々しい情景の数々だった。
それに体に走った力と、それに対抗した力のせめぎ合いがあった余韻がただの夢ではないと確信させる。
だが、考えられることはそこまでだった。
誰が、何の目的で、そしてどんな手段で干渉して来たのか分からない。
対面に座っているレンも特に異常を感じた様子はない。
「お前のせい……か……」
そんなことを言われても何が何だか分からない。
誰にも迷惑を掛けず――なんて言えないが、それでも清廉潔白に生きてきたつもりだった。
少なくてもあんな小さな女の子に恨まれた覚えはない。
――どうしたものか……
どこの誰かも分からない少女の怨嗟をリィンは持て余して途方に暮れる。
「…………あっ」
不意に窓の外を眺めていたレンが小さく声を上げ、そして導力列車の内部でアナウンスが流れる。
「乗客の皆様にお伝えします……
まもなくクロスベル自治州、クロスベル市に到着いたします……
リベール、レミフェリア各方面への定期飛行船をご利用のお客様はお乗換えください」
「…………」
「レン……」
直前まで普通に話していた女の子が体を震わせて黙り込む。
「だいじょうぶ……だいじょうぶよ……先に一度来てるんだから。大丈夫に決まってるわ」
「そうか……」
リィンはあえてレンを見ないように窓の外へと視線を送り、丁度クロスベルから出たばかりですれ違う列車を見る。
「…………あれ?」
「どうしたのリィン?」
間の抜けたリィンの呟きにレンは首を傾げる。
「いや……気のせいだったのかもしれないけど……今すれ違った列車にエステルさんとヨシュアさんがいたように見えた気がして」
すれ違う速度でリィンが見えたのはほとんど影のようなものだった。もしかしたら見間違いだったのかもしれない。
「あら……フフフ……エステルったらようやく置いて来た挑戦状をクリアできたのね」
「レン……もしかして……」
「ええ、ブルブランの真似をしてクロスベルにいろいろ置いて来たの……でも一ヶ月も掛かるなんてエステルも大したことないわね」
そうは言うが、導力ネットを通じて遠隔で新しい問題などを作っていたことをリィンは知っている。
エステル達の目的地はおそらく昨日までいたユミルだろう。
「安心していいわよ。エステルがリィンの初恋の相手だっておば様達にはちゃんと伝えておいて上げたから、すぐに二人がクロスベルに戻ってくることはないわ」
「何てことをしてくれたんだっ!?」
小悪魔な笑みを浮かべるレンに思わずリィンは声を上げ、そしてため息を吐く。
先程までの緊張した様子は払拭されたことに安堵するべきなのか、迷う。
ともかく、リィン達は帝国と共和国に挟まれる自治州、魔都クロスベルに到着するのだった。
*
「ここがクロスベルか」
駅から街へと出たリィンは立ち並ぶ街並みに感嘆をもらす。
背の高い真新しい建物。道を行き交う導力車。多くの人で賑わう街並みは帝都の首都ヘイムダルにそれに勝るとも劣らない。
「人口比較だと帝都は88万、クロスベル市は53万くらいだけど、人口密度でならいい勝負になるんじゃないかしら?」
そんなリィンの思考を読み取るようにレンが補足説明をする。
「その53万人の中からヘイワース家を探すのか……」
考えて見れば途方もない作業だ。
「レンはお父――ハロルドさん達が住んでいる場所は知っているのか?」
「ううん。レンはそんな人のこと知らない」
そっぽを向いた答えに説得力はなかったが、リィンは追及はしなかった。
「そうか……ならとりあえず遊撃士協会に問い合わせるか」
「そのことだけどリィン。先に調べて欲しいことがあるの」
「調べて欲しいこと?」
話を逸らす、という様子ではなく真剣な眼差しで見上げるレンにリィンは気持ちを切り替える。
「《グノーシス》……リィンがヨシュアにもらった薬のことを調べたいの」
「それはどうして?」
聞き返した問いにレンは答えない。
リィンがクロスベルにいられるのは、試験の結果次第だが三月いっぱい。それが分かってないはずはないのだが、決して軽い気持ちで言っているのではないことは分かる。
「そもそも俺はそういうものの調査なんてしたことはないし、調達して来たヨシュアさんに聞くべきだと思うけど――それじゃあダメなんだよな」
「うん……」
力無く頷くレンにリィンはため息を吐いて、その頭を撫でる。
「分かった……ただし、何をどうすればいいのか教えてくれよ」
「あら、リィンってば補習がお望みだったのかしら?」
「茶化さないでくれ……。それじゃあ、まずは《パテル=マテル》を預けたおじいさんの所へ行くか」
「ええ、それじゃあエスコートしてもらえるかしら?」
「ハハ……なら御手をよろしいですか。お嬢さん?」
リィンは自然な動作でレンへ手を差し出した。
いつかのクロスベルIF
ユウナ
「ここが東通りの宿酒場、おいしいカルバード料理が出てくる《龍老飯店》よ」
看板娘サンサン
「あれ、もしかしてリィン君? うわぁ……久しぶり、元気してた?」
ユウナ
「……ここがロイド先輩の幼馴染が働いているベーカリーカフェ《モルジュ》です!」
オスカー
「お、ユウナじゃないか。それにそっちはもしかしてリィンか?」
ユウナ
「…………クロスベルと言えばここっ! 劇団《アルカンシェル》!!」
アバン劇団長
「おや、リィン君……いえもうリィンさんと呼ぶべきですね……その節はどうもありがとうございました」
ユウナ
「この子たちが私の弟と妹のケンとナナですっ!」
ケン
「あれ……?」
ナナ
「もしかして……あの時のお兄ちゃん?」
ユウナ
「……………………」