(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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あけましておめでとうございます。
昨日は続きを書くのに集中して、感想の返信をせずにすいませんでした。

今回の話には自分が閃Ⅳで予想して外した設定を組み込んでいたりしますが、大まかな矛盾にはならないと思っています。

今年も、といってもあと少しでこの話は終わりますが、よろしくお願いします。




102話 《相克》

 閉じた瞼の裏に浮かぶのはこの一年と半年過ごした記憶。

 《鬼の力》に苦しむあまりに家出をして始まった冒険。

 様々な人と出会い、様々な事件に巻き込まれ、多くのものを得て、掛け替えのないものを失った。

 リィンは深く息を吐き、ゆっくりと目を開く。

 騎神と同一化したことにより、リィンはあたかも巨人になったかのような視点で自分の体の調子を確かめる。

 機械の手足は問題なく、リィンの意志に応じて微細に動く。

 手に持った太刀はリィンの戦意に呼応するように淡い光を宿している。

 

「これで終わりか……」

 

 不思議な気分をリィンは感じていた。

 目の前には倒さなければならない敵がいる。

 悪い魔法使いは己の体を始め、様々な力を貪り人智を超えた存在へと至った決して気を抜いて相手をできる存在ではない。

 目の前に立つ《黒》はそれだけでこちらを押し潰すような威圧感を放っているが、リィンの心に焦りも緊張もなかった。

 異様なまでに凪いでいる心にリィンは苦笑しながらも、頭は戦闘を行うものに切り替える。

 

「これが最後の戦いだ。力を貸してくれ、ヴァリマール、アルティナ」

 

 リィンの声に《灰》は霊力を漲らせることで応え、太刀は光を強くする。

 彼と彼女の意気を感じながら、リィンは前を見据え――最後の戦い《最終相克》が始まった。

 

 

 

 

「フハハハッ! 視エルッ! 視エルゾッ!」

 

 振り抜かれた刃を紙一重で見切り、哄笑を上げて《黒》は《灰》をその拳で殴りつける。

 

「っ……!」

 

 挑発するように太刀の間合いと拳の間合いを行き交って《黒》は攻め立てる。

 

「ドウシタソノ程度カッ!?」

 

 際限なく強化された《黒》は容易くリィンの見切りも予測を置き去りにする。

 鋭い爪が装甲を削り、見る間に《灰》はボロボロになっていく。

 肩の装甲が弾け飛び、中のフレームが剥き出しになる。

 角を掴まれて顔面に膝蹴りを叩き込まれ、顔は歪み角はへし折れる。

 仰け反る《灰》に追撃を仕掛けようとして――《黒》はそれを中断する。

 直後に、眼前を鋭い太刀が空を斬る。

 

「遅スギテ止マッテ見エルゾッ!」

 

 続く斬撃を《黒》は悠々と躱す。

 が、紙一重で避けたはずの刃が胸を掠めて傷を刻んだ。

 

「ナニ……?」

 

「その程度か? 勘ならレクターさんの方が鋭かったぞ」

 

「抜カスナッ!」

 

 《黒》はムキになって攻撃を再開する。

 さらに激しくなった攻撃が《灰》をさらに削る。

 反撃の余地を与えずに攻め続ける。

 しかし、一見すれば派手に《灰》はその身を削られているが、実際は動きに支障が出るような致命傷は出来ていない。

 

「ッ……」

 

 拳で殴られ、爪で削られ、防戦一方でありながらも割れた目の奥に感じるリィンの眼光に《黒》は言いようのない焦りを感じる。

 

「鬱陶シイッ!」

 

 堪えることもなく、《黒》は深く踏み込み貫手を突き出す。

 が、それを待ち構えていたように構えられた太刀に《黒》は慌てた様子で距離を取った。

 

「…………この太刀が怖いのか?」

 

 リィンは落ち着いた言葉を投げかける。

 

「黙レ……」

 

「そうだろうな。お前がいくら強化を重ねたところで、《影の国》の中ではこの太刀以上の概念武装はない……

 つまりどんなに劣勢でも俺がお前に勝つ目はあるということだ」

 

「黙レ黙レ――吾ハ何モノモ畏レナイ……

 吾ハ《巨イナル一》ノ代弁者。至高デアル吾ヲ何人タリトモ侵スコトハ許サナイッ!」

 

 《黒》が吠えると赤黒い瘴気が全身から溢れ出し、高まる力に呼応するように何もなかった背中に刃のような三対六枚の翼が現れる。

 

「魔槍ウル」

 

 さらには《黒》の周囲に六つの魔槍が浮かぶ。

 騎神が持つには小さなナイフのようなそれはそれぞれが意思を持つように四方へと飛び、《灰》の死角から襲い掛かる。

 

「ぐっ!」

 

 全方位からの同時攻撃は躱し切れるものではなく、紙一重で見切ることもできずに右腕や脇腹、足を穿たれ膝を着く。

 

「モラッタッ!」

 

 最大の懸念である太刀が《灰》の手からこぼれ落ちた瞬間、《黒》は好機と見て渾身の力を込めた拳を翼の推進力を全開にして身体ごと突き出す。

 突進してくる《黒》に対して、膝を着いた《灰》は逃げることはできず――むしろさらに身を屈ませて背中を向けた。

 

「ッ!?」

 

 その意図を読み解くよりも早く《黒》は背中を向けた《灰》に拳を躱され背中越しにその腕を掴まれた。

 

「せいっ!」

 

 《黒》の体の下に潜り込んだ《灰》はその身体を背負う様に持ち上げ、力の向きを真横から下へと変化させる。

 次の瞬間、《黒》は全開にした推進力の勢いで床に激突した。

 

「この右腕はもらった」

 

 さらに《灰》は捉えた腕を捩じり、肘と肩の関節を壊すようにもぎ取る。

 

「キサマッ!」

 

 激昂した《黒》の意志で魔槍が再び《灰》に殺到し、胸に突き刺さり、顔を抉り――もぎ取られた《黒》の腕によって打ち飛ばされる。

 

「ナッ!?」

 

 絶句している《黒》の顔面にその腕が棍棒のように叩き付けられる。

 顔に亀裂が走り、《黒》は倒れながらも困惑する。

 

「何ダ貴様ハ……貴様ハイッタイ何ナンダ!?」

 

 《黒》は得体の知れない《灰》の起動者に恐怖を感じる。

 力の総量も自分の方が圧倒しているはず。

 腕一本取られたとはいえ、内部の機械を剥き出しにして所々で火花を散らせる《灰》は小突けば倒れそうな程の満身創痍なのに勝てる気がしない。

 

「ふふ……」

 

 《黒》の恐怖に駆られて呟かれた言葉に答えたのは、自身の口だった。

 

「何を驚く……あれが、あれこそが《超人リィン・シュバルツァー》だ」

 

 愉悦を含んだ自身の言葉に《黒》は身を震わせて激昂する。

 

「認メヌ……ソンナモノ吾ハ認メナイッ!」

 

 《黒》は翼を広げ、天井を破壊して空高く舞い上がる。

 

「何をっ!?」

 

 見晴らしの良くなった広間。

 その遥か上空で身を翻した《黒》は残った左腕に腰溜めに構え、その背に《紅い聖痕》が浮かび上がる。

 

「あかん……まさか《聖痕砲》まで使えるのか!?」

 

「ケビンさん、それは?」

 

「メルカバっていう教会の飛行艇に搭載されている《聖痕》の力を利用した主砲や……

 せやけどあの騎神の力でそんなもん撃ったら……リィン君っ! 奴は《影の国》ごと全部ぶっ壊すつもりかもしれへんっ!」

 

 ケビンの言葉にリィンはそれが正解だと察するが、不完全な《灰》に空を陣取った《黒》を追い駆ける手段はない。

 しかも、《六の型》が届かないギリギリのところを陣取っている念の入りよう。

 起動者の性格の悪さがにじみ出るようだった。

 

「どうする?」

 

 全力で闘気を練っても分が悪い。そう思ったところでケビンとヴィータがそれぞれ星杯の紋章と魔女の杖を《灰》にかざす。

 

「二人とも……」

 

「この期に及んで逃げろなんて言うのはなしやからな」

 

「私としても、リィン君にはここで是非とも勝ってほしいからね……それに逃げ場はなさそうだし」

 

 《聖痕》の力と魔女の魔力が注ぎ込まれ、太刀がより大きな光を宿す。

 

「オライオンちゃん」

 

「……非科学的ですが、私たちにはそれしかできることはありませんね」

 

 特殊なクォーツをはめた戦術オーブメントをアネラスとオライオンは手を重ねて念じる。

 

「やっちゃえ弟君」

 

「リィン・シュバルツァー……ご武運を……」

 

 それによって分け与えた力の想念が彼女たちの想念を引き連れて戻って来る。

 彼女たちだけではない。

 情勢をそれぞれが察したのか、それぞれのクォーツから想念がリィンの下へと送られてくる。

 

「喧嘩は気合いだっ!」

 

「八葉の真髄、見せてやるといい」

 

「お前にならできる。自信を持て」

 

「負けたら承知しないわよっ!」

 

「ふ……これぞまさしく《愛》の力だね」

 

「破邪顕正――闇を払ってみせろ」

 

「どうか無事で……」

 

「せめてこの想念が少しでも君の力になれば」

 

「がんばってくださいっ!」

 

「何でもいいからやっちゃえっ!」

 

「貴方に女神の加護を」

 

「貴方を待つ人のためにも……」

 

「あたしたちの分までぶっ飛ばしちゃってよね!」

 

「行け……」

 

 そして――

 

「ああ……くそ……」

 

 胸を斜めに切り裂かれたマクバーンは荒野に大の字で倒れながら悪態を吐く。

 最高に楽しい時間だった。

 しかしその最高の敵を前にマクバーンは思わず余所見をして、それが勝敗を決した。

 

「まあ……そこそこ楽しめたからいいか……」

 

 “アツい”戦いだったが、どちらも決め手に欠ける千日手になっていただけに、負けた悔しさはなかった。

 

「向こうは向こうで随分と“アツく”なってるみたいだが、お前は良いのか?」

 

 解放の光に包まれながらマクバーンは己を斬り伏せた相手に尋ねる。

 

「その必要はないだろう……リィン・シュバルツァーなら必ず乗り越える」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 勝て。負けるな。

 そこに込められたみんなの《想念》にリィンの胸の奥で《焔》が目覚めた。

 

「え……?」

 

 その感覚はリィンにとって馴染み深いものであり、同時に懐かしい感覚だった。

 かつて自身の窮地を救う形で発現した《鬼の力》と同じ、しかしその衝動はあの時とは違いリィンの理性を奪うことはない。

 

「そうか……お前はそこにいたのか……」

 

 理屈ではなく心でそれが何なのかリィンは悟る。

 身体に残ったのがワイスマンと同調した鬼の力の《陰》の部分だとするならば、リィンの中に残ったのは《祝福》を受けた《陽》の部分。

 《カグツチ》と《聖女の銀》、そして《猟兵王の紫》を糧にして、みんなの陽の想念を受けて芽生えたリィンの《力》。

 

「《神気合一》」

 

 《神気》を持って《鬼の力》を抑え込むのではない。

 《神気》と《鬼の力》。二つの力が《相克》し、高め合う。

 

「これほどなんて……」

 

 想定を超えた莫大な霊力を漲らせる《灰》にヴィータは目を見張る。

 そんな彼女を尻目にリィンは太刀を構える。

 

「我ガ深淵ニ輝ク深紅ノ刻印ヨ……天ヨリ堕チテ総テヲ滅スル光ノ柱ト化セ――聖痕砲《メギデルス》」

 

 空から降り注ぐ破壊の光。

 世界を壊すほどの一撃にリィンは自分と、みんなの想念を練り上げて迎え撃つ。

 

「八葉一刀流――八葉一閃っ!」

 

 《残月》の構えから始まり、《螺旋》の力を込めた一振りを《疾風》の速さで振り抜く。

 鋭い斬撃が破滅の光を割断する。

 そして手の届かない空に陣取っていたはずの《黒》は一刀で七つの斬撃を受けたかのようにバラバラに斬り裂かれ、焔が焼き尽くす。

 総てが灰塵と化し、《核》だけが残り落下する。

 それをレンが乗ったドラギオンが受け止めた。

 

 

 

 

 ――始まりは二つの願いだった……

 

 《焔》を司る至宝《アークルージュ》と《大地》を司る至宝《ロストゼウム》は互いの眷属の願いによって争うこととなった。

 その衝突は天変地異を引き起こし、地上を暗黒の焦土と化した末に相討ちとなる。

 そして最後の激突によって二つの至宝は融合し、制御不能な強大な力を持つ存在となった。

 《鋼の至宝》、《巨イナル一》と呼ばれることになったその存在を人は己の手に余るものとし、残された二つの眷属は聖獣と共に封印を試みた。

 度重なる失敗の末、《大地の眷属》が器となる七体の騎士人形を作り、《焔の眷属》が力を分割して注ぎ、《七の騎神》として管理されることになった。

 《鋼の至宝》はそうして封印されたはず――だった。

 《大地の眷属》は後の主導権を得るために、騎神の間に格つけ、最も強力な力を持つ一体が《大地の眷属》の血筋を起動者に選ぶように仕向けた。

 《焔の眷属》は後の主導権を得るために、作られた騎神に《因果を繰る力》を持たせ、その騎神が《焔の眷属》の血筋を起動者に選ぶように仕向けた。

 しかし、その両者の愚行を見ているものがいた。

 高位次元に封印された《鋼の至宝》は《七の騎神》を窓にして現世と未だに繋がっていたのだった。

 

 ――これが人の答え……

 

 未だに至宝の中で二つの願いはせめぎ合っている。

 力を分割され、高位次元という何もない無明の闇に追いやったというのに、二つの眷属は結局本当の意味で手を取り合うことはせず、互いを出し抜こうと牙を研いでいた。

 

 ――それが人の願いならば……

 

 《鋼の至宝》に芽生えた意志は絶望する。

 永遠の孤独の檻に繋がれた果ての結末は結局何も変わっていなかった。

 《至宝》同士を争わせた眷属たちは遠くない未来《騎神》を使って争い合うだろう。

 故に――

 

 ――そんなに争いたいのなら、永遠に闘い争えばいいんだ……

 

 《鋼の至宝》は二つの眷属を――帝国を《黒の呪い》で染め上げた。

 

 

 

 

「…………今のは……?」

 

 気が付くとリィンはどことも知れない場所に立っていた。

 

「ふむ……どうやら帝国の《至宝》と歴史といった所かな?」

 

「っ……ゲオルグ・ワイスマンッ!」

 

 すぐ隣に立っていたワイスマンにリィンは慌てて距離を取る。

 

「落ち着きたまえリィン・シュバルツァー。すでに勝負はついた。私としてもこれ以上の戦いは望まないさ」

 

 掌を前に出し、戦意はないというワイスマン。

 その姿はリィンのものではなく、元々の彼の身体だった。

 周囲を見回せば、彼の他にはほのかな光を宿す結晶体が浮かんでいるのみだ。

 

「それは……」

 

 直感的にリィンは察する。

 それは《黒》の源泉となっている《鋼の至宝》の封じられた意志。

 

「ふむ……《黒》の意志を作り出した《鋼の至宝》とはいえ、やはり力を分割されているせいなのか何の力もないようだ」

 

 ワイスマンは興味深そうにそれを眺め、すぐに興味を失う。

 

「さて、リィン・シュバルツァー……まずはおめでとうと言わせてもらう」

 

 ワイスマンはリィンに向き直り讃辞を送る。

 

「《最終相克》は君の勝ちだ……その錬成の賞品を君は選ぶ権利を手に入れた」

 

 ワイスマンがそう言うとリィンの周囲に色取り取りの太刀が浮かぶ。

 

「それぞれが《七の騎神》に由来する力を持つ、現世では完成することはできない究極の概念兵装だ……

 後に起こるだろう本物の《相克》に役に立つ力になるだろう」

 

 黒に金、銀、緋、紫、蒼、灰、そして碧。

 

「この碧の太刀は?」

 

「それはまた別の至宝の力が紛れ込んだに過ぎない。《相克》に役に立つかは分からないが強力な概念兵装だということは保証しよう」

 

 八つの太刀はそれぞれ特別な力を宿していることは一目でも理解できる。

 

「君の《聖痕》として選べるのはこの中の一つだけだ……おすすめは《黒》か《銀》だが、好きなものを選びたまえ」

 

「随分と協力的だな……いったい何を企んでいる?」

 

「フフフ……私たちの《相克》は決したと言ったはず。ならば敗者として、勝者に尽くすのは当然だろう?」

 

「白々しい」

 

 そんなことを言ってメガネを怪しく光らせるワイスマンにリィンは疑いの眼差しで睨む。

 

「疑われるのは仕方がないが、単に私の最後の仕事だという感傷によるものだよ」

 

 そう言うワイスマンは以前にリベル=アークで顔を合わせた醜悪な気配はなかった。

 この《錬成の場》であり、混じり合っているからこそ彼のその言葉に悪意がないのだと何となくリィンは理解する。

 むしろ、数多の力を混ぜ合わせて一つの《聖痕》を作ることにワクワクとした高揚が伝わってきてため息を吐く。

 

「さあ、早く選びたまえ」

 

 アルバ教授の時のような笑顔を向けてくるワイスマンにリィンはもう一度ため息を吐く。

 

「俺が選べるのはこの中から一つだけか……」

 

 八つの太刀の中で、一際大きな存在感を誇っているのはワイスマンが言った通り《黒》と《銀》の二つだった。

 リィンはその二つに足を向け――その間をすり抜けた。

 

「何を……?」

 

 期待に満ちていたワイスマンは困惑して首を傾げる。それを無視してリィンはそれに手を差し伸べて語り掛けた。

 

「初めまして……なのかな?」

 

 声は返ってこないが、《鋼の至宝》は困惑したように光を明滅させる。

 

「いったい何をしているリィン・シュバルツァー?」

 

「俺がここから持ち出せるものは一つだけなら、俺はこの子を選ぶ」

 

「馬鹿なっ! それは《七の騎神》に力を奪われたただの残りカスに過ぎないのだぞ! そんなものを得たところで何の益にもならん! 考え直したまえ」

 

「ワイスマン……お前は黙っていろ」

 

「うぐ……」

 

 リィンが上位に存在しているからなのか、ワイスマンは言われた通りに自分の意志とは無関係に口を噤む。

 静かになってリィンは改めて《鋼の至宝》――らしき結晶体に向かって話しかける。

 

「ああ……その……何だ……」

 

 《鬼の力》の源泉の《黒》。さらにその元凶とも言える存在の《鋼》は確かにワイスマンが言った通り何の力も感じないか弱い存在にしか見えなかった。

 しかし《箍》の外れたリィンの目には、力の抜け殻というよりも、永劫の暗闇の中で泣いている幼子のようにしか見えなかった。

 それを感じてしまったのなら、もはやどれだけの名刀を目の前に並べられてもリィンは迷わなかった。

 

「君の愛憎はよく分かった……何の関係もない俺が《眷属》たちがしたことを許してくれなんて言う資格もないけど、これだけは言わせてくれ」

 

 リィンは真っ直ぐ《鋼》を見つめ、終わらせる言葉を投げかけた。

 

「もう焔と大地の眷属の願いなんて叶えなくていい……今まで、よく頑張った……」

 

 そして絶望の淵で一人で逃げ出した自分に向けて、手を差し伸べてくれた彼女のことを思い出しながらリィンは同じように手を差し伸べる。

 

「《人》は一人でいるべきじゃない……だから俺と一緒にこの世界から出よう」

 

 そのリィンの言葉に《鋼》は拒絶するように光を強くして――力を振り絞って《黒の騎神》を作り上げる。

 見上げるほどの巨大な騎士人形を前にリィンは背後の太刀を取ることもせずに黙って、その巨躯を見上げる。

 《黒の騎神》はその拳を振り上げ、振り下ろした――が、リィンの眼前で巨大な拳は止まった。

 視界を覆いつくす拳はゆっくりと引かれ、そのまま拳を地面に着き、膝も着いて頭を垂れる。

 

「リィン・シュバルツァー」

 

 《黒の騎神》――《鬼の力》が語りかける。

 

「ここに誓おう……吾は汝と共に生き、汝と共に滅びる。吾の総てはこれより汝のものだ」

 

 《鬼の力》はその姿を一瞬で白く染め上げると《鋼》の結晶体に光となって吸い込まれ、それはリィンの《聖痕》に吸い込まれるように消えた。

 

 ――ありがとう……

 

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 

「何という愚かなことを……」

 

 その言葉にリィンは振り返る。

 よろめくワイスマンの背後には八つの太刀が光となって消えていくところだった。

 

「リィン・シュバルツァーッ! 貴様は自分が何をしたのか分かっているのかっ!?」

 

 先程までの上機嫌が嘘だったかのようにワイスマンは唾を飛ばして叫ぶ。

 

「神の武具を作る機会を見逃し、寄りにも拠って私の《聖痕》をそんなゴミで満たすだと……」

 

 本性を剥き出しにするワイスマンにリィンは呆れたため息を吐く。

 そんな態度にワイスマンは眦を上げ、手に杖を呼び出しリィンに向け――

 それよりも早く、ゼムリアストーンの太刀を手にしたリィンがワイスマンを杖ごと斬り裂いた。

 

「さよならだ《白面》のワイスマン……煉獄で自分の罪と向き合うといい」

 

 ワイスマンは光となって消滅し、そしてリィンの視界もまた白く染まった。

 

 

 

 




ありえないIF

クロウ
「……これが《煌魔城》で俺が戦う奴の候補か……
 《銀の騎神》アルグレオン。
 起動者はリアンヌ・サンドロット……? 特記事項――第三形態……次……
 《紫の騎神》ゼクトール。
 起動者はルトガー・クラウゼル……特記事項――追加武装、多武装搭載の飛行艇と合体……さながら空飛ぶゴライアス……次……
 《金の騎神》エル・プラド―。
 起動者は《剣帝》レオンハルト……特記事項――空の至宝の力を利用した疑似的な瞬間移動《ゼロシフト》……次……
 《緋の騎神》テスタ・ロッサ。
 起動者はセドリック・ライゼ・アルノール(予定)……特記事項――暗黒竜の血を受けエンド・オブ・ヴァーリミオンへと暴走可能性大……
 くそっ! どいつもこいつもやばい奴等ばかりじゃねえかっ! 手ごろな奴はいないのかっ!
 …………ん?
 《灰の騎神》ヴァリマール……何だちゃんといるんじゃねえか。ヴィータの奴、最初からからかうつもりだったなこれは……
 それにしてもこの特記事項は書き間違ているし、武器はいくらなんでももう少しまともな武具を用意すればいいのにな、まあ俺とすればありがたいが」


 《灰の騎神》ヴァリマール。
 起動者リィン・シュバルツァー。
 特記事項――リィン・シュバルツァー 武装《はがねの太刀》脅威度プライスレス。



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