(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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100話達成。ここまで読んでいただきありがとうございます。
残念ながら、100話に合わせて物語を終えることはできませんでしたが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。




100話 最後の扉

 

「「太極無双撃っ!」」

 

 張り巡らされた鋼糸を断ち切り、エステルの棒がシャロンを捉えた。

 

「結社にいた頃はわたくしの方が強かったはずなのに……強くなりましたね、ヨシュア様」

 

 膝を着いたシャロンはため息を漏らす。

 

「ええ……結社から離れて、エステルや多くの人たちと出会って、僕はあの頃から少しだけ前に進むことができたから」

 

「フフ……羨ましいですわね……

 わたくし以上に虚ろな人形だった貴方が、そんな風に人間らしくなれるなんて……」

 

「シャロンさん……貴女は……」

 

「これが本当の《愛》の力なのですね……わたくしには到底真似のできないものですわ」

 

 言いながらシャロンは光に包まれる。

 

「どうやらここまでのようです……あなたたちの行く末が幸福であることを祈らせて――」

 

「あのさ、ちょっといい?」

 

 シャロンの言葉を遮ってエステルが口を開いた。

 

「あなたのことや生い立ちは知らないけど、あまり自分のことを卑下しない方がいいんじゃないかな? だいたい何よその虚ろな人形って」

 

「エステル?」

 

 責める口調のエステルにヨシュアは驚く。

 

「もしかして、あなたもヨシュアみたいに自分は人間じゃないとか思っている口?

 それならはっきり言って的外れも良いところよ」

 

「え……」

 

 はっきりと断言するエステルの言葉と勢いにシャロンは目を丸くする。

 

「確かに家に来たヨシュアはそんな感じだったかもしれないけど……

 《人》っていうのはいろんな人の《縁》を交わして《絆》を作って、そうやって《人》になるんじゃないかな?

 ヨシュアが人間になれたのはあたしのおかげなんて、自惚れるつもりはない……

 父さんやシェラ姉、アイナさんとか沢山の人と《縁》を作ってそれを《絆》にして今のヨシュアがいる……

 もしかしたら、あたしだってそうやって《人》になったのかもしれない……

 最初は確かに取り繕った《縁》かもしれない。でも、今だと大切な《絆》があなたにはあるんじゃないの?」

 

「それは……」

 

 エステルの問いかけにシャロンは図星を突かれたように俯く。

 そんなシャロンの反応にエステルは力強く頷いて断言する。

 

「だったらあなたは《人形》なんかじゃない、ちゃんとした《人》なのよ」

 

「ですが、わたくしには罪が……わたくしにはお嬢様の傍にいる資格なんて――」

 

「それはあなたが一人で決めることじゃないと思う……

 あなたはいつかいなくなるつもりかもしれないけど、置き去りにされるその子からすれば勝手過ぎるわよ、そんなのあなたの自己満足よ」

 

 そんなはっきりとした断言にシャロンは言葉を失う。

 

「《結社》から足を洗えなんて偉そうなことを言うつもりはないけど、もしかしたらあなたは《執行者》なんて向いてないんじゃないかな?」

 

「…………どうしてそう思うのですか?」

 

「だって《執行者》って何だか自分勝手に好き勝手やっている人達ばかりみたいだし?

 なんていうか、ブルブランとかヴァルターと比べると常識人みたいな感じだし」

 

 その答えにシャロンは呆気に取られる。

 

「えっと……」

 

 黙り込んでしまったシャロンにエステルは何と言って締めくくるべきか迷うと、先にシャロンの方が口を開いた。

 

「エステル様、わたくしの完敗です」

 

 スカートの裾を摘まみ上げ、シャロンは恭しく頭を下げる。

 

「貴女様のことを、汚れを知らない小娘だと侮っていたことをここに改めて謝罪させていただきます」

 

「え……は、はい……?」

 

 かしこまった謝罪にエステルは戸惑いながら頷く。

 

「素晴らしい金言をありがとうございました。名残惜しいですが、限界のようです。それでは失礼します」

 

 シャロンは笑顔を浮かべて《影の国》から消え去った。

 最後の作り笑いではないシャロンの笑顔を見ることができたことにエステルは満足そうに頷き、本来の目的を思い出してヨシュアに振り返る。

 

「行こうヨシュア……ヨシュア?」

 

 呆けた様子で立ち尽くすヨシュアにエステルは首を傾げる。

 

「どうかしたのヨシュア?」

 

「いや……どうかしたのって……」

 

 我に返ったヨシュアは自覚なくエステルがしたことに呆れる。

 ヨシュアもシャロンの生い立ちを詳しくは知らないが、そこに自分と同じものを感じて瞬く間に攻略してみせたエステルの手腕に感心すればいいのか、慄けばいいのか迷い、ため息を吐いた。

 

「本当に君はすごいと改めて思っただけだよ」

 

 結局口に出て来た言葉は彼女を誇るものだった。

 そんなヨシュアに自分がしたことの意味を分かっていないエステルは首を傾げた。

 

 

 

 

「っ……ぐう……」

 

 光となってヴァリマールに吸い込まれた《紫の騎神》を見届けて、リィンは騎神から降りると膝を着いて喘いだ。

 騎神越しに受けたダメージに眩暈を感じ、正直どうやってあそこから勝ったのか記憶は曖昧だった。

 無策で突っ込んできたこと、そして無手だからこそ投げることで攻撃力の差を埋めてきたことは流石の一言に尽きる。

 

「やっぱり……まだまだだな」

 

 今回も突き動かされるような衝動による勝利なだけにその実感はなく、改めて未熟を痛感する。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……ああ、すまない助かった」

 

 いち早くリィンの下に駆け付けたオライオンが治癒術をリィンに施す。

 眩暈が治まり、身体に感じていた痺れが引いてリィンは息を整えて周囲を見回した。

 

「これは酷いな……」

 

 その広間の有様にリィンは言葉を失った。

 城というだけあって荘厳な装飾で彩られていたはずの広間は見るも無残な廃墟になっていた。

 

「そういえばみんなは?」

 

「心配には及びません……

 最後の対峙の直前に、余波を警戒し戦闘を中断して避難しました」

 

 淡々と告げるオライオンの目には非難の色が見えた。

 

「えっと……」

 

「正直、生きた心地はしませんでした」

 

「文句ならあんな滅茶苦茶な戦い方をしたあの人に言ってくれ」

 

 消えてしまった男に責任を擦り付けてリィンは立ち上がり、振り返るとそこには仕切り直すようにシグムントとバレスタインが立っていた。

 

「やれやれ、あんな策に引っかかるとはな……鍛え方が足りなかったようだな」

 

「猟兵王が賭けに出る程に追い詰められたのだから、その評価は厳しすぎるのではないか?」

 

 厳しい採点をするシグムントにバレスタインは呆れる。

 まだ健在な様子の二人にこの戦いがまだ終わっていないことを思い出してリィンは太刀を――

 

「シュバルツァー、お前はこのまま進め」

 

 抜こうとしたところで、アガットが重剣でリィンの前を遮った。

 

「アガットさん?」

 

「今の戦闘で位置が入れ替わった……

 こんな化物どもと最後まで戦っていたらどれだけ消耗するか分かったもんじゃねえ、ここは俺達に任せて先に行け」

 

 言われて、確かにリィンの背中にある通路が向かう先のものだったことに気が付く。

 

「でも――」

 

「元々遊撃士と猟兵は犬猿の仲だが、それはそれとしてもそのトップとやり合える機会はないからな。むしろここは俺達に譲ってくれ」

 

「ま、そういうことよ。ただしアネラス、あんたはリィン君について行きなさい」

 

 アガットの提案にジンが頷き、シェラザードもそこに並ぶ。

 

「シェラザード先輩、でもいくら先輩達三人でもその二人が相手じゃ」

 

「ふむ、それなら私も残ろう」

 

 渋るアネラスに、リシャールが応える。

 

「リシャール大佐?」

 

「実は以前に准将にある猟兵団の調査を頼まれて東方人街に出向いていてね……

 そこで顔を合わせたわけではないが、そういう意味では因縁がある相手でね」

 

 リシャールはシグムントを見てリィン達の疑問に答える。

 

「あの時にこそこそ俺達のことを嗅ぎ回っていたネズミはお前だったか」

 

 シグムントは獰猛な笑みを浮かべて二つの斧を担ぐように構える。

 

「すまんな。サラの同輩と戦うことは気が重いが、与えられた役目に逆らえんようでな」

 

 楽しそうなシグムントに対して、バレスタインはひたすらに申し訳なさそうにしながら剣と銃を構える。

 

「しかし――」

 

 バレスタインはリィンを見る。

 

「さっきは聞けなかったが、君とサラとの関係はどういうものなのだね?」

 

「え……?」

 

 質問の意図が読めずリィンは首を傾げる。

 

「聞いたところによれば、サラは君の縁でこの《影の国》に現れたそうだな?

 まさかとは思うが、君がサラに不埒な行為に及んだとしたら。私は女神に誓って君をこの場から逃がさず、八つ裂きにするつもりだ!」

 

「ええー」

 

 バレスタインから向けられる途轍もない威圧と言葉の内容にリィンは微妙な顔をする。

 

「どちらかと言えば、不埒なことをされたのは俺の方な気が……」

 

 できることなら忘れ去りたい記憶を思い出しながら呟くと、バレスタインの殺気が強まった。

 

「どうやら詳しい話を聞く必要がありそうだな」

 

「何だか聞いていたのと全然違う……」

 

 以前、ツァイスで一緒に生活していた時に彼女の父親について聞いたことはあるのだが、その時に思い描いた人物像と異なるバレスタインの姿にリィンは唸る。

 

「娘から見た父親と、父親から見る娘だと結構違うのかもしれないわね……

 気にしなくていいわ。ちゃんと足止めしておくから、リィン君は先に進みなさい」

 

 シェラザードに促され、リィンは後ろ髪を引かれながらも奥へと進む。

 

「待てっ!」

 

「待つのはテメエの方だっ!」

 

 追い駆けようとしたバレスタインの前にアガットが立ち塞がり、邪魔だと言わんばかりに振られた剣の一撃を受け止める。

 

「っ……」

 

「ウオオオオっ!」

 

 雄叫びを上げて切り返された重剣の一撃をバレスタインは大きく跳んで避ける。

 先に進むリィン達にバレスタインは顔をしかめるが、そんな彼にアガットは獰猛な笑みを浮かべて威嚇する。

 

「それじゃあ、第二ラウンドと行くか」

 

 そしてそのまま重剣を構えて、仕切り直しを宣言した。

 

 

 

 

 最奥と思われる荘厳な造りの巨大な扉。

 その前には騎神に似た巨大な人形が二体、門番のようにリィン達を待ち構えていた。

 

「クロチルダさん、あれは?」

 

「魔煌兵、暗黒時代に錬金術師に造られた騎神を模した“魔導のゴーレム”よ……

 騎神ほどではないけど、それでも生身で戦うには難しい相手ね」

 

「そうですか……」

 

 ヴィータの説明にリィンは頷き、もはや慣れてきた騎神の召喚のために精神を集中する。

 

「おっと、ちょっと待ってくれるかなリィン君」

 

 しかし、その集中はオリビエの一言で中断された。

 

「どうかしましたかオリビエさん?」

 

「いや、大したことではないんだが、先程の《紫の騎神》との戦いでどれくらい消耗したのか気になってね……

 《銀》と同じように何かを得られたのかな?」

 

「それは……」

 

 言われてリィンは調子を確かめるように体を確認する。

 

「はい。二つの力はここにあります」

 

 リィンは自分の胸に手を当てて頷いた。

 

「それは重畳。では魔女殿、質問を一つ……

 仮にここでリィン君があの魔煌兵なるものを騎神を使って倒したとして得られるものはあるのかな?」

 

「全くないとは言わないけど、多少の戦闘経験くらいにしかならないんじゃないかしら?」

 

「では、話は簡単だ。魔煌兵はボク達が相手をする。リィン君は隙を見て奥へと進んでくれたまえ」

 

「ですが――」

 

 無謀とも言えるオリビエの提案にリィンは言葉を返すが、それをミュラーが遮った。

 

「いや、オリビエの言う通りだ」

 

「ミュラーさん」

 

「情けないことだが、騎神同士の戦いでは俺達は見ていることしかできない……

 ならばせめてそこまでの道を作るのが、俺達ができる最大の援護だろう」

 

 ミュラーの言葉にリィンは納得するが、頷くことはできなかった。

 騎神もそうだが、それを模した“魔煌兵”にしてもその巨大さから生身で戦うには危険だと分かる。

 それこそ、オリビエやクローゼは帝国と王国にとって重要人物なのだから、彼らにこの場を任せることに抵抗を感じる。

 

「…………いえ、やはりここは俺がやった方が確実です」

 

「リィン君」

 

 考えた末に出した結論にオリビエは首を横に振る。

 

「君が今何を考えているのか、おおよその事は想像できる。だが今のボク達は皇族や王族などではなく仲間として扱って欲しいな……

 そして皇族としてではなく、君の一人の友人として言わせてもらうが、君は確かに強くなった……

 パルムで君と初めて会った時よりも力も心も強くなった。そして《騎神》という大きな力さえも手に入れた……

 そのことについてはボクも我がことのように誇らしく感じるが、だからこそ一人で抱え込むようなことはしないでもらいたい」

 

「オリビエさん……」

 

「リベールで君が学んだことは全てを一人で抱え込むことだったかな?

 それにボク達はリィン君にとってそれほどまでに頼りない存在なのかな?」

 

「その言い方は卑怯です」

 

 増長していたつもりはない。

 《騎神》での戦いはそれだけの規模というだけの話なのだが、いつの間にかオリビエに指摘された通り抱え込んでいたのかもしれない。

 彼にそれを指摘されたことにリィンは何となくやるせないものを感じて半眼になって言い返す。

 

「だからどうして普段からその調子でいられないんですか?」

 

「ハッハッハッ! 何を言うんだいリィン君。ボクはいつもと何も変わらないよ」

 

 笑うオリビエの背後でミュラーがリィンに同意するように無言で力強く頷いていた。

 

「何はともあれ、これはリィン君だけの戦いではないのだよ……

 それにここで君に何かあったとしたら、それこそボクはエリゼ君に腹を切って詫びなければいけないとさえ思っているのだから」

 

「やめてください。絶対にやらないでください」

 

 責任を感じるという意味では理解できるが、彼にそれをやられたらいろいろと洒落にならない。

 

「ならば、互いに最善を尽くすとしようじゃないか」

 

「…………分かりました」

 

 丸め込まれた感があるが、オリビエの言葉にリィンは頷いた。

 そんなリィンの答えに満足したようにオリビエは頷き、

 

「肩の力が抜けたようだね……

 君の命はもう君一人でのものではないということは覚えていてくれたまえ。くれぐれも刺し違えても、何ていうのはなしにしてくれよ」

 

「……そんなこと、分かっています」

 

 深呼吸を一つして、リィンは頷く。

 何が何でも自分の肉体を好き勝手に使っているワイスマンを滅するという気持ちは変わらないが、落ち着くことはできた。

 《リベル=アーク》で拾った命。

 あれからすぐに気を失って生きていることを報告することもできなかった。

 エステル達や、エリゼ達にどれだけの心労を掛けたのか想像もできない。

 

「必ず帰る」

 

 決意を改めて口にしてリィンは呟く。

 

「その時は是非リベールにも来てくださいね。おばあ様もリィン君が生きていると知ったら喜んでくれますから」

 

「そうですね……現実に戻ったらいろんな人に会いに行かないといけないですね」

 

 クローゼの言葉にリィンは頷く。

 ボース市長のメイベルに遊撃士協会のルグラン爺さんなど、多くの人に生存を報告しないといけないだろう。

 そんなことを考えるリィンに改めてオリビエは頷き、仕切る。

 

「ふ……それではラストバトルとしゃれこもうじゃないか」

 

 オリビエの号令でミュラーとユリアが先陣を切って二体の魔煌兵に切り込む。

 続いてクローゼとオリビエが高位アーツを放ち、ジョゼットとティータが銃と砲で追撃する。

 魔煌兵が怯んだその隙にリィン達、五人はその足元を駆けるが、魔煌兵はオリビエ達の攻撃を無視してリィン達に向かって剣を振り被る。

 が、リースとルフィナの法剣の剣片がそれを牽制する。

 かくしてリィン達は扉を開き、最奥へと辿り着いた。

 

「ようこそ、待っていたよ。《超帝国人》リィン・シュバルツァー……この時を待ちわびていたよ」

 

 そんなリィン達を上半身裸にマントと王冠で着飾った変態が出迎えた。

 胸に《鬼の力》に似た衝動が湧き上がるが、直前のやり取りを思い出してリィンは湧き上がる衝動を抑え込み、自制することに成功した。

 

 

 

 

 


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