魔導兵 人間編   作:時計塔

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花も恥じらうお年頃?

「霧島先生、覚悟はいいですか?」

 

「は、はい」

 

 左霧は少し上ずった声で砂上に返事をした。場所は一年三組の教室手前。その扉を開ければ、もう生徒たちはすぐそばにいるのだ。

 今左霧の思考を支配しているのは、ただ一つ。上手くやれるだろうかという一点のみ。

 

「大丈夫よ、霧島先生。ちょっと元気すぎるけど、みんないい子達だから」

 

「はい……」

 

 そんな不安を和らげるように砂上は柔らかい声で左霧の緊張を解そうとする。

 

(今からこれじゃ先が思いやられるな……よし!)

 

 左霧は気合を入れ直し、自らの思い描く理想の先生像を思い描――妄想し、自然と笑みを浮かべるのであった。

 そんな左霧の不審な態度に砂上は不思議そうな顔をしていたが、時間も迫っているため問いただす時間もない。

 

「じゃあ、私から先に入りますからね?」

 

「わかりました! 僕はそのあとに続いて入ればいいのですね!」

 

「違います。私が名前を呼んだら入ってきてください。さっき言いましたよ?」

 

「そうですねっ! そんな気がしましたが、気のせいだと思います!」

 

 もう自分で何を言っているのかわからなくなっていたが、気にしない。もう彼の頭は既に混乱状態に陥っているのだから。だが、やる気だけは大いになる。新人教師に求められる能力なんてせいぜいこのやる気くらいなのだから、彼は十分に条件を満たしていると言えるだろう。

 やがて砂上が教室に入り、自分の名前を呼ぶ声がした。突撃、制圧、ではない。失礼します、よろしくお願いします。左霧は昨日何回も練習したシチュエーションを頭で巡らせながら未知なる世界へと、今旅立つ。

 

「し、しつれいしま……ぶっ!」

 

「…………」

 

 クラスの中は静まりかえっていた。それもそのはず、この場合どのようなリアクションを取ればいいのか、大抵の者は分からないはずだからだ。

 結果からいえば、左霧はやらかした。大いなる失敗である。大失態である。彼は教室に入った途端、何でもない場所で見事に転んでしまったのだ。そんな天然ボケをかますよなキャラは、今時どこを探しても見つからないだろう。天然記念物に賞されても問題ない。

 

「い、いてて……やっぱり慣れない革靴だと歩きにくいなぁ」

 

 とうの本人は、自分がどのような状況に陥っているのか、まるで気づいていない。初対面での、生徒たちとの邂逅が、彼の夢見た初めての触れ合いが、残酷にもこのような形で迎えてしまったことに。

 

「き、霧島さん。大丈夫ですか?」

 

 その空気の中、最初に端を発したのは砂上だった。担任である以上、この面倒な状況を何とか収束させるしかない。なるべく彼の尊厳を傷つけないように、穏便に且つ迅速に……。

 

「あ、はい、大丈夫です。参ったなぁもう」

 

「じゃ、じゃあ、霧島先生、自己紹介をお願いします」

 

「はい!」

 

 立ち上がった左霧は、そのまま回れ右で、生徒たちの方へ振り向く。生徒たちが静まりかえった教室に、冷たい空気が漂う中、この男は堂々と自己紹介をしたのだ。

 

「霧島左霧です! 生徒の皆さん初めまして! 趣味は菜園! 座右の銘は一日十善! えっと……ああ、担当科目は国語です! 皆さんとは一緒にお昼ご飯を食べられるようなそんな関係を築いていけたらいいなと思っています! よろしくお願いします!」

 

 新米教師の自己紹介はほとんど彼の自己主張で終わった。元気よくハキハキとした、大変よくできました、と花丸をあげたいくらいの紹介であった。無論、先ほどの大失態がなければ、だが。

 さて、肝心なのは生徒たちの様子だ。このお嬢様学校と名高い学園の彼女らの反応やいかに――。

 

「ふふふ……おかしな先生!」

 

「男性の方? それとも女性の方かしら?」

 

「はいはーい! 先生質問でーす!」

 

「ドジっ子先生だぁ! かわいい!」

 

 笑っていた。どの生徒も屈託のない笑みを浮かべていた。まるで左霧が来ることを待ちわびていたかのように、生徒たちの笑顔が教室を包み込む。

 左霧は驚いていた。心配だったのだ。自分という異質な存在が、彼女たちに受け入れてもらえるのか、という不安に内心ではビクビクしていた。だが、どうだろう。この純粋な暖かい笑みの数々は。これが、学校なのだと、左霧の心は歓喜に震えている。

 

「あ、霧島先生? 質問されてますよ?」

 

 砂上自身も驚いていた。流石に第一印象としては最悪の対面としか言い様がなかったが、それすらもプラスに変えてしまったのは、左霧が醸し出す柔らかく、真っ直ぐな雰囲気なのだろう。さっきまで慌てていた彼はもうどこにもいない。どうやってスイッチを切り替えたのか、彼は教室に入った途端、生き生きとした本来の状態に戻っていたのだ。

 

「はい、何でしょうか?」

 

「せんせーは、男の方ですか? それとも、女?」

 

「僕は男です。よく間違われますけど」

 

 ええー! と周りから驚愕の声が響き渡る。それはそうだ、と砂上は生徒たちの反応に共感した。彼と初対面ならば、まず訪ねなくてはならないのは性別だろう。色白の肌、曲線を描く肢体。……胸の大きさ? とにかく、彼を男性と判断する材料が少なすぎる。だが、履歴書に男と書いてある以上、砂上はそうなのだろうと思い込まなければならない。詐称する必要性などどこにもないからだ。

 

「何歳ですかー?」

 

「今年で二四です。皆さんとは、ええと……大体九歳違いですね」

 

「だけど、百合先生とは四歳違いでーす!」

 

「私はまだ、二七歳! 三歳違いよ! 小娘!」

 

 またもや教室内が笑いの渦に巻き込まれた。どうやら砂上は年のことネタにされることが多いようだ。自が出てしまったことを恥じるように顔を赤くする砂上だったが、左霧自信は人気者なんですね! と尊敬の眼差しを向けるだけだった。純粋とは、時に恐ろしい。

 

「彼氏……じゃなかった、彼女はいますか?」

 

 当たり前のようにそんな質問が飛び交った。周りからは黄色い悲鳴が上がり、場も最高潮に達している。が、一人だけ瞳孔が開いたように左霧を見つめる熱い眼差しがあった。もちろん、砂上教論である。こういう仕草をするから生徒からからかいの対象になるのだと、本人はまるで気づいていない。

 左霧はニコニコしながら、

 

「秘密です」

 

 と言うのだから周りは色んな噂を交わし、あるいは妄想することが出来る。当然、行き遅れの方は地団駄を踏んでいることに、生徒たちも気づいている。気づかないふりをしている。

 趣味は? 家族は? どんな食べ物が好きですか? 好きな女性のタイプは? 好きな男性のタイプは? 薄い本に載りませんか? いっそBLになったらどうですか?

 途中から収集がつかなくなるような大惨事になったが、答えられる限り、左霧は気持ちよく答えた。従って、彼の対面は大成功と言えるだろう。

 

 

 

「とても元気のいい生徒さんですね! 僕ビックリしました!」

 

「ふふ、そうでしょう? お嬢様なんて信じられないくらいよね」

 

 職員室に戻った左霧は、先ほどのクラスの熱狂を興奮気味に話していた。砂上は長年勤めているだけあって態勢があるらしい。だが、今年は去年を上回るほどの賑やかっぷりに面食らっていることを隠せない。

 

「私も一週間くらい前にあの子達に会ったばかりなんだけど、今年はかなりクセ者ぞろいよ。霧島先生、一緒に頑張りましょうね」

 

「はい先輩! よろしくお願いします!」

 

「ところで、年上の女の人って霧島先生的にどんなポジション?」

 

「はい?」

 

 意味の分からない質問をここでもぶつけられ、左霧は戸惑っている。質問時間はもう終わっているし、今までの中で彼女の質問が一番意味不明であった。

 そんな左霧の反応に、イライラしながら、仕事中に関わらずとんでもない質問を更に続ける砂上。

 

「年上の先生は好きですか? 嫌いですか! あいた!」

 

「仕事中だ砂上、新任にセクハラするな」

 

 砂上は教頭先生に書類で叩かれ注意されてしまった。教務室から微笑する声が聞こえる。緊張感と程々の暖かい空気が、左霧は気に入った。だが、教頭先生と砂上はかなり仲が悪いらしい。さっきから、ハゲ死ね失せろ邪魔すんなと小さく呪っている砂上の声は、聞かないことにした左霧だった。

 

「諸君! おはよう!」

 

 バン! と戸が壊れるくらいの音を出し、隣の部屋から小さな少女――――雪ノ宮学園長が姿を現した。朝礼はもうとっくに終わっている。今日は生徒たちとの顔合わせと、簡単なガイダンスの午前授業なので教師たちは気が楽だった。それなのにこの学園のボスが直に顔を出したとなれば、皆の緊張も高まるというものだ。

 当然、さっき会ったばかりの左霧も驚きを隠せない。その、幼さに。

 

「楽にしてくれていい。特に用事という訳ではないのだが、うむ。改めて、今年も生徒たちをよろしく頼みたい。彼女たちは高校生とはいえ、一般の学生とは育ち方が違う。世間のことなどまるで知らないような者ばかりだ。君たちには世話をかける。だが、いずれの生徒も、この国を担う大事な人物には相違ない。教師として、あるいは『守護者』として彼女たちを守ってやってくれ。頼んだぞ」

 

 そういって雪ノ宮学園長はペコリとスカートを摘み、頭を下げた。先程は傲慢不遜に左霧を罵っていた彼女だが、やはりその仕草は大人である。ただ、何で小さいのかという謎が、左霧にとっては依然としてついてまわるのであった。

 

「……霧島、頼んだぞ?」

 

 片目でウインクをしながら熱い視線を送られた左霧。その目には、分かっているな? という脅しのような思念を感じて思わず唾を飲んだ。

 何故、自分だけ? そう思わないでもない左霧だが、おそらく自分の能力に関して不安な部分があるからなのだろうと判断した。ならば、それを覆すのみ。そう張り切る彼だったが、その意味はもっと深く、面倒な事情があるのだとこの時の彼には知るはずもなかった。

 何にせよ、彼の日常はこれから始まったばかりなのだ。周りから、ご愁傷さん、とか、死ぬなよ! とか おっぱい揉んでいい? とか言われても気にしない。だけどセクハラに男も女も関係ないので今度は注意しようと左霧は心に誓った。

 


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