魔導兵 人間編   作:時計塔

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変化

「久しいな、我が愚かなる母よ」

「……愚かなる愚息、とでも返せば気が済みますか?」

「なに、ただの挨拶だ。商売は順調か?」

「あなたに聞かれるまでもありません。あなたこそ、何を企んでいるのですか? いきなり帰ってくるなど、どのような風の吹き回しなのやら」

「ほんの気まぐれだ。強いて言うなら、霧島領を拡大してやった手柄が欲しいところだ」

「なるほど、恩着せがましいところは父親に似たようですね」

「ハハハハハハ!! これは妙なことを言う。貴様の夫になる男など、鬼か悪魔しかいるまい。さしずめ、魑魅魍魎の類だろう!」

「鬼子の分際で、父親を愚弄するのですか? フフフフフフ……あなたの父親は……ああ、もう忘れてしまったわ。千を数えてからはもうどの男がどんな顔だったか、思い出せなくて。ごめんなさいね」

 

 悪びれもせずに、己を産んだらしい自称母親は頭を下げた。なるほど、久方ぶりに帰ってきてみれば、少し老けただろうか。歳をとらないのではないかと疑ったことも一時期はあったが、どうやら我が母は普通の人間らしい。長年の疑問が氷解のごとく溶けていったことに少しばかりの安息を得た。

 いつもの如く、母の部屋は趣味が悪い。初めて入室した者はまず間違いなくその部屋を「座敷牢」だと思い込んでしまうだろう。内側からは外側の様子が、外側からは内側の様子を覗くことが出来ない作りになっているらしい。部屋には御香が焚かれ、明かりは薄暗い提灯が赤々と灯っている。真っ白の襦袢を着崩した黒髪の化物が自分を見つめながら笑っている。何がそんなにおかしいのか、はたまた頭が狂っているだけなのか。

 帝国から――――この森から出ることを『禁止』されれば、おかしくもあるか。左霧はある意味でこの女に同情している。外に出れば害を与え、欲望を刺激してしまう『淫魔』の母親は帝国から厳しく行動を制限され、その存在を秘匿とされている。

 魔術師の中には霧音や左霧のように存在するだけで相手に何らかの影響を与えてしまう者が存在する。その理由は偏ったホルモンバランスのせいだと医学的に解明されている。ホルモンバランス――――心体の一部の何らかの欠損と引き換えに、異常な魔力保有量を持つことがある。これは障害児が一部の能力で天才的実力を発揮するケースに似ている。つまり、魔力の多い魔術師は、人間としての機能を欠落している者が多数を占めるのだ。

 

 霧音は感情が狂ってしまったのだ。嬉しい時に悲しみ、楽しい時に怒り、愛しい時に憎む。人間として、初めから狂っていた。と、思えば正気に戻る時がある。それがまた左霧を惑わせる。結局この女はどこで狂い、どこで正気に戻っているのか、検討がつかない。

 物心がついた時から、ずっとこの調子なのだ。息子と話すときだけ、母は狂ったように喜怒哀楽を変化させる。これを狂気と言わずになんと例えようか。

「左霧、どうしていなくなったの? 死んでくれなかったの? いなくなってしまえばいいのに」

「あいにく、貴様にもらった体が不死身なものでな。感謝している、殺したいほどに」

「そう、ありがとう。母はお前を何よりも大切に思っています。この手で殺してあげたいくらい」

 

 己の首に白い骨ばった手がするりと入ってきた。しかも本気で首を絞めてくるから立ちが悪い。仕方がないから振り払うように体を揺する。その拍子に母親の体が横に崩れた。咄嗟に支えようとしたがその手を母親が振り払う。ああ、少し痩せたなとこの時にやっと気が付いた。首も手も足も、母親の体全てが小さく見えた。あの日、見下ろされるだけだった子供時代の記憶が鮮明に映し出される。強大で、恐怖の対象だった女は、哀れな一人の小さな女に過ぎない。それがなんとなく哀れに思えた。

 

「帝国を潰す。目的は神になることだ。今、最も神に近い存在を倒すことで天界に行ける。そうだったな?」

「バカな子。闘神などなれるわけがない。あれはお前ごときが辿りつける場所にはないのよ」

「ならば、なぜ俺を魔導兵として作り上げたのだ? 魔導兵は神の寄り代。つまりお前は神を作りたかったのではないのか?」

「…………」

「だんまりか。いつもそうだな、都合の悪い時はいつもそれだ」

「左霧、体は大丈夫ですか?」

「……そうか。それが貴様の答えなのだな。いいだろう。例え貴様がどんな思いを抱えていようが俺は神になる。お前の作りあげた業深き人形の役割を果たすためにな」

 

 笑ってしまう。目の前の女は本当に魔導兵という神の人形を作り上げることが出来たのだろうか。自分と対しているのはただの知恵遅れではないのか。こんな馬鹿女に何の力があったのだろうか。侮蔑の篭った目で左霧は母親を見下ろした。当人は蝶でも探しているようにキョロキョロと辺りを探っている。意味がわからない、この部屋には布団と畳以外に何もないはずなのに――と次の瞬間、左霧は言い知れぬ恐怖に襲われた! 今まで感じたことのない背筋がゾッとするような生まれて初めての感触を味わったのだ。

 

「風邪には気をつけて……」

「っ!! 触るな!」

 

 ただ、手が顔に近づいただけだ。なんのことはない。殺意なら散々受けてきた。それならば怖くなど微塵もない。女と男、年、実力を考えても自分が有利な位置にいることに何ら変わりはないのだから。

 であるならば、今の感覚はなんだろう。感じたことのない気持ち悪さに吐き気すら覚えた。おぞましい、まさかこの霧島左霧にここまでの恐怖を味あわせることの出来る者がこの世にいたとは――――左霧は額に浮き出た冷や汗を拭い切れずにいた。霧音はまたキョトンとしたように目を下に移し、しきりに何かを探していた。心臓が脈打つ。動悸が激しい。一体今のは何なのだろう? 訳も分からず目の前の化物から逃げるように左霧はその場を離れるのだった……。

 

 

「……っ、はぁ、くそっ!」

 

 この年になって未だに超えられぬ壁。おそらく己を陥れることの出来る者は、あの女しかいないだろう。霧島左霧の永遠なる敵であり、最も憎悪すべき相手だ。

 長い廊下を早足で渡り歩く。勝手知ったるなんとやらだ。だが、久々だというのにこれといって懐かしさを感じることはなかった。当然だ、あの時とは何もかもが違うのだ。

 妻はいない。知っている女たちもほとんどいなくなった。それでも人口は増えているらしい。商売が繁盛している証拠だ。悔しいことに。

 

「これは……坊ちゃんではありませんか! いつお帰りで!?」

「神楽か。今さっきな」

「珍しい。坊ちゃんがいる……十年ぶり?」

「皐月は相変わらず適当か。六年だ」

 

 浴衣姿の二人組が目の前に現れた。一人は目の下に泣きボクロがあり、パッチリとした瞳が特徴的なハツラツとした女だ。ショートヘアーの髪を揺らしながら驚きを隠せないように大きく開けた口を手で押さえている。

 対するもう一人の女は眠そうな眼でこちらをジッと見つめている。おっとりとしていて正直何を考えているのか分からない。いや何も考えていないのか。櫛で梳かしただけの洒落っ気のない女だが素体がいいので十分魅力的だ。

 

「坊ちゃん! もう坊ちゃんったら! 坊ちゃんが天王寺領をいきなり占領するなんて言うから大変だったんだよ!?」

「そう。何日も働きすぎて死にそうだった。責任とって」

「ふん……普段暇なのだから、当然だ。これからもっと忙しくなるだろう。覚悟しておけ」

「坊ちゃんったら、帰ってきて早々不機嫌ですね……また霧音様ですか?」

 

 神楽は心配気に左霧の表情を伺った。久方ぶりであるはずなのに、長年の蓄積された経験からなのか。表情に出ないように気をつけていたつもりだが、彼女たちには容易く見破られてしまったようだ。

 

「いくら坊ちゃんの命令でも、権限は当主の霧音様にある。霧音様が許可しなければ私たちは動けない」

「…………」

 

 皐月は淡々とした口調で呟いた。何が言いたいかは予想がつく。あまり母親を嫌ってくれるなということだろう。

 霧音は当主として有能らしい。部下たちには的確な指示を与え、仕事の経営も順調なようだ。何も知らない者から見れば素晴らしい人物なのだろう。あの部屋に入室して良いのは、霧島家の血縁だけ――――つまり左霧と、今のところ桜子だけだ。

 

「あはは……皐月、坊ちゃんも分かっているんだよ。ほら、今日帰って来たこともその証拠でしょ?」

「いや、気まぐれだ。これから帝都に反逆するからな。一応許可を貰いに来た」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんな話聞いていなっ」

「今言った。覚悟しておけ」

「……勝手すぎ。いい加減大人になって、坊ちゃん」

「決定事項だ。そもそも霧島家は総会にすら出席せず、帝国からの風向きが良くなかった。いい機会だ」

「それは霧音様が外に出ることが出来なかったからでしょう!? 坊ちゃんさえ出席なされていたら!」

「俺は帝国に屈服するようなクズではない。霧島家は魔術師の家系だ。魔術師は何のために存在する? 力を示すためだ。何のために魔力を使う? 圧倒的は支配のためだ」

 

 神楽と皐月は不満そうに左霧を睨む。所詮は母親の私兵だ。実力こそあるものの、その志は魔術を行使するものの生き方と遠く離れていた。長い間ぬるま湯に浸かっていた証拠だ。

 

「坊ちゃんは、魔王になりたいのですか?」

「それは違うと言っておこう。俺は闘神になる。魔王すらひれ伏すほどの存在になるのだ」

「どうして、坊ちゃんは闘神になりたいの?」

「……それは」

 

 魔王ですら叶えることの出来ない夢を叶えるためだ。

 

「坊ちゃん、坊ちゃんは何のために戦うの? 坊ちゃんは何が欲しいの?」

 

 守りたい者がいるから。全てが欲しいから。

 

「私たちは霧島家の魔術師だから。坊ちゃんにだって従うよ? でもね、今の坊ちゃんはやっぱり当主の資格はないと思うな。霧島家は変わろうとしているんだよ。霧音様は争いごとを最小限に抑えてようとしているの。もう、誰も傷つかなくていいようにね」

「バカな。あの女は人殺しの兵器を作るよう奴だぞ? 誰も傷つかなくていい? どの口でそんなことを」

「自分のこと、そんな風に言わないで! そんな風に言う坊ちゃんなんて嫌い!」

 

 突然皐月が叫びだした。普段大人しそうに装っているが、そのくせ一番情に熱いのは今の健在だったか。いずれにせよ、皐月を怒らせてしまったのは失態だった。決して間違ったことを口にしたわけではないとしても。

 

「坊ちゃん、どうしちゃったの? 何を焦っているの? 私を、私たちを使ってくれるのはいいの、でもね、坊ちゃんがやろうとしていることの後ろには何百人の命が犠牲になること、ちょっとは心の隅に置いておいて、ね?」

 

 神楽は皐月を落ち着かせながら左霧の前から去っていった。

 何百人――――それは霧島家の――――烏の森に捨てられた者たち、それを拾って育ててきた霧島家に従事する者たちの命のことだ。神楽や皐月も、孤児だった。魔力を持っているというだけで実の親から捨てられた哀れな娘。それを育てのが、霧音。

 自然と手に力が篭っていることに気がつき、呆れてしまった。一体、自分は何に怒りを向けているのか。

 

「母が、魔術を捨てようとしている、だと?」

 

 させない。させるわけにはいかない。己を作り上げたあの女が、魔術師の夢を作り上げた女が、逃げることなど、今更出来るわけがない。

 そう、俺はつまり、母親の業を証明させるために戦うのだ。俺が生まれたことによりどれだけの災厄が生まれ、どれだけの命が犠牲になるのか。

 なるほど、と左霧は納得してしまった。驚く程気持ちの良い清々しい気分だ。単純明快な結論に行き着いた。

 自分はただ、傷つけてしまいたいのだ、グチャグチャに。あの女の理想とやらを。

 

「助けて! お願い! 誰か!」

「逃げんじゃねぇ! ヘヘヘ、バカな奴だ。ここなら誰にも見つからねぇ! おい、ヤッちまえ!」

「いやぁ! お願い! 誰か助けてぇ!!」

 

 知らずに、森を彷徨っていた。頭がズキズキと疼く。気がつけば既に薄暗く、森は鬱蒼として、何人たりとも近づくことを許さないかのように見えた。

 女の悲鳴が聞こえたことで、咄嗟にその方向に体を動かす。近くまで来てみると、どうやら数人の男が寄って集って女に群がっているようだった。一人が馬乗りになり、女の衣服を破き、丸裸にしている。男は獣のように息を荒くし、周りの人間も同様にその情景に興奮を隠しきれないようだった。

 弱者を強者が虐げる。弱肉強食の世界。魔術師はその背景が色濃く映し出されている。実際、霧島家に乗っ取られた天王寺だって、少なからず許されている部分もあった。瑠璃もそれには目を瞑り、沈黙を決めていたはずだ。

 

 

「お前が悪いんだよ……俺から逃げるから……弱いくせに俺に逆らうから」

「お願い、許して……いや、こんなのいやぁ!」

 

 なるほど、男の言うことは間違ってはいない。女は男に対抗する術を持たないまま、こんなところまで逃げてきたらしい。浅はかな知恵と恐怖心、誰を縋ろうとする胸糞の悪い叫び声が何とも心地よい。このまま黙っていれば絶望の瞬間を垣間見ることができるかもしれない。

 だが、左霧は無意識のうちにノロノロと男たちの前に現れてしまった。

 

「おい、誰だお前!?」

 

 一人の男は驚きの声をあげた。しかしそれはやがて歓迎の声へと変わった。それはこの森では何があってもバレることはない、見つかることはない、という固定観念に縛られているからだ。

 

「おい、そいつも姦せ! スゲェ! 超美人だぜおい!」

「神様が俺たちにやれって言ってるんじゃねぇか!?」

 

 左霧は男達に小突かれて中心に立たせられた。女は怯えきっていて、何も言葉にすることができない。愚かなことに、少し安心したように頬を緩ませている。絶望を分かち合う仲間を見つけたとでも言いたいのだろうか。

 

「さぁて、お楽しみと行きますかね……」

 

 再び男は女を押さえつけた。女はもう抵抗することはない。何もかも受け入れたように諦めきっている。

 この女は母親と同じだ。理不尽も屈辱も受け入れ、ただ停滞した時を過ごすだけの愚かな母親と、そっくりだ。

 

「さぁお嬢さんも脱ぎ脱ぎしましょうね♪ すっげぇ胸! 弾力も半端ねぇ!」

 

(左霧! ぼぅっとしてないで! 嫌よこんなやつに好き放題されるなんて!)

 

 同化している精霊が不満を口にした。左霧としてはいくら体を触られようが何も感じることはない。犬がじゃれているような感覚でしかないのだから。

 

(ちょっと、聞いているの左霧!? 左霧ったら!)

「うるさい」

「あぁ!? 何だとてめぇ!? こらぁ!」

 

 頬を軽く叩かれた。それが妙におかしくてクツクツと笑ってしまった。非力でいて、そのくせ人を虐げることに快楽を見出した者。本気で悪者になることができない、中途半端な者たち。

 

「どっちがいい?」

「あぁ、何言ってんだてめぇ? もう一発喰らいてぇのか?」

「どっちがいいかと、聞いているのだ」

「お前とその女のどっちがいいかってことか? てめぇに決まってんだろ! こんなイイ女ヤれるなんて俺はついてるぜ!」

「そうか、欲張りな奴だ」

 

 左霧は馬乗りになっていた男からゆっくりと体を動かす。それを見て、無理矢理男は左霧を上から押さえつけようとするが、何故かビクともしない。有り得ない、こんな非力そうな女が自分を持ち上げていることに。

 

「ひ……な、なんだお前!? おい、早くこの女を抑えろ!!」

 

 男は叫ぶが、周りは何故か動くことが出来ない。目の前の女から異様な気配を感じ取っているのだ。

 近づけば、ただではすまない、と。

 

「お前の言っていることは間違っていない。その欲望のままに従う純粋さも、俺は好きだ」

「ひ……いてぇよ、た、助けてくれ……」

 

 ギチリと骨が軋む音がした。それを無視し、左霧は男の腕を更に九〇度回転させた。断末魔が森に反響する。もちろん誰も助けてなどくれない。ここは、烏の森なのだから。

 

「だが、一つだけ違っているぞ。――――俺は男だ」

 

 反対側の腕もへし折った。男は再び断末魔を上げ、涙と鼻水を垂れ流す。小便の匂いが辺りに充満した。

 

「おい、やべぇよあいつ!! に、逃げようぜ!」

「馬鹿、あんなイイ女放っておくのか!」

「お、俺は逃げる、勝手にやってくれ!」

 

 逃げようとした男の足が切断された。なぜなら、既に女は目の前に現れていたからだ。手を横になぎ払い、男を二度と立ち上がれぬ体へと変えてしまった。

 

「あ、あ、ああああああああああああああああああ! 足が、足がぁ!!」

「ば、化物だ! た、助けてくれ、な、ほんの出来心なんだよ! 命だけは許してくれ!」

 

 残ったものは許しを願った。既に逃走は諦めてしまったのだろうか。久方ぶりに鬼ごっこも悪くはないと思っていたのだが。左霧は村雨と命かけの鬼ごっこをした日を思い出す。あの時のスリルに比べれば遥かに劣っている。

 

「安心しろ、命は取らん。約束したからな」

 

 女との約束は守る。しかしそれはなんて残酷な約束だろう。

 

「ほんのちょっと、生きていくのに苦労する姿になってもらうだけだ」

 

 烏の森は静寂に包まれた。

 左霧は夜空を見上げる。腕は返り血で真っ赤だった。

 化物――――魔術を使わずともこんなことが出来るなど化物以外にあるまい。

 殺戮衝動を懸命に押さえつけ、頭に昇った血を抜くように深呼吸を繰り返した。

 

「――――っ――――っ」

 

 女は相変わらずすすり泣きを繰り返していた。左霧はゆっくりと近づき手を伸ばす。

 

「いや……殺さ、ないで」

「こらこら、何を言っている。お前を森から出してやろうという親切心だ。ここから北に行けば外に出られる。さっさと行け、俺は弱い奴が大嫌いだ」

 

 女は転がるようにその場から去っていく。さっきまで腰を抜かしていたのに調子のいい女だと呆れてしまう。

 

「ハハハ……こんなに優しげに話しかけているのに失礼な女だ。もう二度と助けてなどやらん」

(左霧、顔、よく見なさい)

「ハハハ……あ?」

 

 水たまりに映し出されたのは紅い双眸と邪悪な笑みを零している一人の化物だった。

 

「ハハハハハ……くそ、笑いが止まらん。なんだこれは」

(……神降ろしの影響よ。あなたは闘神に近づいているの。あの時の術を使えば、それだけあなたは神へと変わっていく……)

 

 自分が自分でなくなっていく。そんな感覚に戸惑いながらも左霧は前を見据える。例えそうだとしても何の影響もない。喜ばしいことではないか。

 

(左霧さん)

 

 だが、何故だが左霧はその力を使うことに躊躇してしまった。

(左霧さんは、私が守りますから)

 

 それは、何か取り返しのつかない大きな間違いを冒しているような気がしたからだった……。 

 


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