魔導兵 人間編   作:時計塔

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永久に願う 第一部 完

気がつけば雪子は屋敷の布団で眠っていた。予想の斜め上をいく答えに脳が処理を出来ずにいたのだ。

 恥ずかしい――――相手にとても失礼な行為だと思った。例えどんな仕事であれ、賃金を稼いでいる以上、誰も文句を言うことなど出来ない。そんな時代はとっくに過ぎたのだ。

 そうは思っていてもやはり抵抗がある。自分の体を、他人に触られて黙っていられるはずがない。

ましてや、セ、セ、セ……など。

 

「ごめんなさいね。柑奈が変なことを言ってしまって。気が強くていい子なのだけど」

「いえ、私の方こそ、ゴメンなさい! その、立派なお仕事、だと思います!」

「うふふ……いいのよ正直に言って。確かに私たちは己の肉体を売って商売をしているのです」

「その、辛く、ないんですか?」

「どうなのでしょう。私はただこの座敷に座って日々報告を聞いているだけですから……彼女たちの苦労の一片も知ることができないのです」

 

 霧音は憂いた目をそっと下に落とした。雪子が飛び起きた時に乱れた布団を丁寧に直しながら慈しむように彼女を見る。

 どことなく母親という言葉を連想させた。それもそうだろう、この人とて一児の母なのだから。それを感じさせることのない若々しさと少女のように浮かべう笑みが、そう思わせないだけだ。

 ――――さて、と霧音は語る。その目は先ほどの優しそうな瞳を感じさせない。雪子を対等な人間とみなし、商売相手として接するためだ。どんな相手にも金銭が含まれれば客とみなすのが霧音の定義であり、今回の依頼である『魔導兵』の修理に関する詳細を霧音の口から聞けるということだ。

 自然と雪子の体は強ばる。今だって本当にこれでよかったのか、わからないから。

 

「人形の修理についてですが――――」

 

 人形。分かっていても雪子にはそれを受け入れることが出来ない。それは自分の存在も人形だと肯定することと同じだからだ。例えそうだったとしても母と自分の生活が作り物だったとは思わない。自然と雪子は霧音の瞳を強く見つめてしまった。それは否定の意志だ。

 

「――――お母様の修理ですが――――実際に見てもらった方が早いでしょう」

 

 その意志を感じ取ることができたのか、霧音は言葉を直しその名前を呼ぶ。

 

「――――雪江、いらっしゃい」

「――――はーい!」

 

 小さな少女が奥から飛び出て来た。

無邪気な笑顔、バタバタと騒がしい足音。黒いドレスを雑に払い、櫛で解かされた黒髪が空を舞う。

 

 ――――ママ?

 

「――――――!」

 

 言葉が出なかった。少女は霧音の傍で雪子をジッと見たあと、彼女をそう呼んだ。

 雪江と雪子には今、なんの繋がりもない。記憶の楔を解き放たれた二人に残ったものは、感覚のみ。触れ合った感覚、抱きしめられた感覚。全てを忘れてしまっても、それだけは忘れない。

 

「――――――マーマ?」

「――――――雪江?」

「――――――マーマ?」

「――――――うん」

「――――――ママ! ママ!」

 

 それは衝動。走ってくる雪江を抱きしめて、頬とうなじにキスをした。くすぐったそうに笑う雪江の首筋から頭にかけるまで匂いを嗅いだ。太陽の匂いだ。雪江の匂いだ。大好きで大好きでどうしようもない雪江の。

 

「ママ! あのね! あのね! ただいま!」

「――――ああ、よかった」

 

 

 よかった。ようやくそう思えた。苦悩も、苦痛も、全てが杞憂だと思い知った。失っていい命なんてない。それが例え人形の命であったとしても。

 ――――私たちは、生きる。その足で、その手で、その心で。

 ――――何かを掴むために生まれてきたの。

 

「お母様を愛しているのですね?」

「当然です」

「だけど、もうあなたのお母様ではありません」

「わかっています」

「それでも、あなたは愛を」

「もっと愛します。狂おしいほどに愛します。私は、愛を知る。この命、尽きるまで永遠に永久に、この子を抱きしめ、そしてキスをする」

 

 

 母親になった。少女はこの瞬間に母親になったのだ。一人の女がその命の灯火を見つけた瞬間に感じる――――母性。

 されど霧音は思う。少女は若く、未熟だ。子供という者は残酷に自らの時を奪い取る。決して愛しいだけの存在ではない。覚悟だけなら誰でも出来る。衝動に従うだけなら誰でも愛する。

 ――――あの時の、わたくしのように。

 

(分かっているの!? 霧音! 掟を破って生まれた子供は『呪い』を受ける! その子は誰からも愛されることはないのよ!)

 

 

 ―――――分かっていると答えた。誰かに愛されることがないのなら、わたくしがその分だけ愛してあげるのだと。豪語した。

 ―――――その先は、目に見えていた。

 ―――――だから、求めた。

 ―――――誰にでも愛されることが幸せだというのなら。

 ―――――わたくしは、その母性こそがわたくしを狂わせたのだと。

 ―――――あの子を、

 ―――――我が子を、

 ―――――殺す、力を。

 ―――――わたくしの犯した罪と罰。

 ―――――わたくしの手で、終わらせなければ。

 

 

「それでは雪子さん、今回の依頼料なのですが」

「――――――はい。お金なら」

「私はお金には興味がありません。いいえ、違いますね。あなたに金銭を求めてはいません」

 

 ゾクリとした。妖艶な笑みを浮かべる霧音の奥底に眠る不気味な感情を読み取れない。雪江は母の下でそっとその手を差し伸べていた。迷わずに雪子はその手を握りしめた。小さくて暖かい手だ。途端に勇気が湧き出てきた。

 

「――――いい瞳ですね。黄金の、そう伝説の神の巫女のよう」

「――――雪ノ宮家、当主としてできる限りのことはさせたいただく所存です」

「そうですか、ならばわたくしと同盟を結んでいただけませんか?」

「ど、同盟!? そ、それは私としては願ってもないことですが」

「まぁよかった。わたくし、雪子さんと争いたくはありませんわ。だって私たち、もうお友達ではありませんか」

 

 意外な申し出に雪子はたじろいだ。いや、雪子としては今や天王寺すら凌ぐほどの組織である霧島家と同盟を結ぶことになるなど、恐れ多いとしか言い様がない。今の雪ノ宮は実質雪子一人が担っているようなものだ。雪江の代で仕えていた魔術師たちはほぼ壊滅。東野や砂上も戦闘ができるレベルではない。

 ましてや、魔術すらロクに使えない自分が当主などでは――――最弱もいいところだ。

 そこにきて霧音は同盟を申し出た。もちろん友達という言葉は冗談(だと思いたい)ではあるが、その目的は一体なんだろう? 

 霧島に同盟を結ぶメリットはない。逆に雪ノ宮にはある。

 この交渉、口を出す余地などない。

 

 

「女よ、何が目的だ?」

「あら、綺麗な黒猫さん。まるで雪子さんを守る騎士のよう」

「はぐらかすな。淫魔の女王。その奥底に押さえ込んだ野望、洗いざらい吐いてもらおうか」

「これは失礼、騎士殿。ですが野望などと大それたことは――――強いて言うなら、賭けているのです」

「賭け、だと?」

「はい。雪子さんが魔王になれるという一種の望みは、少なからず抱いております」

「貴様に何の利益があるのだ。魔王はなったものだけが願いを叶えることのできるシステムだ」

「魔導兵の宣伝です。魔導兵を使えば、魔王にすらたどり着ける。もう、人間が争うことのない世界……」

 

 霧音は少女だった。儚い夢を見る少女。壊れることのない世界で、その夢ばかりを追い続けている少女。

 今、やっとわかった。

 霧音は間違っていることを。

 争いのない世界などという実現不可能な望みを抱いていること。

 人間が争わなくていい世界=人形たちの戦争、だと?

 

「あなたは王位継承権第十番目。帝すらあなたに手を出すことは難しい。そんなあなたと同盟を結べるのです。それはこちらに大いに利がある」

 

 全てを知っている。見透かされている。

その奥底に秘めた邪な心。

 この人は、いけない。何かが、間違っている。

 それがわかっていても、今の雪子には何も言えなかった。

 霧音の醸し出す音色に、心を奪われてしまった。

 

「あなたが、あなたを取り戻したとき、私の味方となるのか敵となるのか」

 

 これが、当主か。道理で左霧が邂逅を渋るわけだと、と雪子は納得した。

 体が動かない。最後の最後で、見せつけられた。無言の威圧。

 思い上がるな、と。お前ごときが口を出すな、と。

 ただ、踊らされていろ、と。

 

「――――楽しみです」

 

 

 美しい女だった。誰もが彼女を愛するだろうと確信した。

だが、雪子は決意する。

自らが大成した暁には、この女をどうにかしなくてはならないと。

左霧のためにも、自分のためにも。

私はこの女を倒さなくてはならない、と。

母性を失った彼女のためにも――――。

 

 

 

(口惜しい、口惜しい、左霧、左霧、どうして……)

 

 

右霧は泣いている。いや、泣くフリをしている。人間は悲しいとき、涙を流すらしい。精霊である自分にはそんな機能はない。ただ、この抑えきれない感情を暴れさせるだけだ。

この監獄の中で。左霧の体の奥底で。彼のぬくもりの感じられない場所で――――。

 

(私は、ただ守りたいだけ、あの人をあの子を底知れぬ闇の力から)

 

 光の精霊として生まれた右霧にとって左霧は切っても切れない存在だった。彼が絶望の淵で生まれてからずっとその傍にいた。彼の殺戮衝動と魅了の力を押さえ込むために。

 今でもそれは続いている。彼は右霧がいなければ兵器として暴走してしまうだろう。男の魔導兵は『母性』を持たない。それはつまり、何かを守ることで存在意義を得る魔導兵がその存在意義を見いだせない――――出来損ないなのだ。

 それを助けてあげられるのは自分だけだと思っていた。そう言われたのだあの日あの時、自分を左霧の体に転生させたあの女――――霧音という女から。

 

 

「右霧、あなたは右霧と名乗りなさい。そして呪われし我が息子の光となりなさい。それがあなたの生まれた意味です」

 

 

 あの人の傍にいたい。あの人の子供を産みたい。何度となく願った。願いは右霧を動かし、そして途方もないほどの罪を犯した。

 右霧の願いはただ一つ。体が欲しい。

 あの人に愛される体が欲しい、ただそれだけだったのだ。

 なぜ自分は実体化できないのだろう。あの黒猫でさえ、猫の姿を保てているというのに。自分には体がない。生まれた時から左霧と同化していた。

 魔導兵とは精霊の魂を埋め込んだ人形?

 ならば、なぜあの女、雪子や雪江は平然と精霊を使役していたのだ?

 魔導兵は精霊の死骸を埋め込んだ魔導石とやらが命そのものなのだろう。ならばなぜ自分は生きている。左霧の体の中で、左霧を思い、患うことができる?

 分からない。分からないが、自分が特別な存在だということは昔からわかっていた。

 なぜなら、自分は魔術を否定し、魔術とは相反する存在だからだ。

 良くはわからない。だが、この力が左霧の身を幾度も助けたのは確かだ。

 ――――あの女、雪子も使えた。自分だけが使えると思っていた光の魔術を、未完成とはいえ、あの女も使えた。

 どういうことだ? 右霧、咲夜、雪子の三人の共通点とは……。

 

 分かることは、咲夜と雪子は同じ存在だということ。

 まるで生まれ変わったかのように瓜二つの少女。

 私の邪魔をするために転生したというの。

 そこまで左霧が好きだというの。桜子を守ろうというの。

 

 ――――面白い。この右霧に立ち向かう愚かな女どもよ。

 始めようではないか。光の精霊として私はお前たちを認めよう。

 左霧の傍にいるべきは誰が。

 桜子の愛すべきは誰か。

 

 私は光の精霊、精霊右霧。

 

 天使になるべき精霊である。

 

 

 

 

「ただいま」

 

 その声が玄関から響いた。待ちわびたかのように華恋は居間から飛び出した。数日間も帰らなかった主の顔は、とても勇ましかった。

 憑き物が落ちたか、ようやく見ることのできた数年前の彼。

 

「お帰りなさいませ、左霧様」

 

 堂々と声に出して言えた。今度こそ、本当に。自分は笑っているだろうか。そうでなくてはならない。主が帰ってきたのだ、泣き出すような少女ではもういられない。

 

「知らない間に綺麗になったな華恋。見違えたぞ」

「女は常に高みを目指すのです。左霧様何だかニートっぽくなりましたね」

「にーとだったからな」

「どうしてそんなに得意げなのですか?」

 

 呆れてしまった。やはり根本的には馬鹿な男なのだ。心配をかけたことを謝りもせず、ニートを豪語する。

 典型的な社会のゴミ!

 

 

「桜子様は眠っておられます」

「そうか、風呂に入る」

「桜子様は、ぐっっっっっっすり眠っておられます」

「そうか、飯にする」

「桜子様は」

「わかったわかった! 首を絞めるな、胸ぐらを掴むな! 行く! 行けばいいのだろう!」

 

 無言のプレッシャーと力攻めにより左霧は子供部屋に幽閉された。時刻は一一時過ぎ。子供なら眠っている時間だ。薄暗い部屋の中、輪郭が徐々に浮き出てきた。

 白い珠のような肌。『妻』のように綺麗な黒髪。無垢なる寝顔。

 それを見ても、左霧は何も思わなかった。例え、自分の『娘』であるとしても、何の感情も沸き起こることはない。

 

「ただいま戻ったぞ、我が娘よ」

 

 小さく、呟いた。意味などない。ただそうだと世間が言うから自分とこの娘は血の繋がりがあるのだろう。あの母と自分がそれと同じように。

 ――――あの母と同じように。娘を愛する感情は、ないのか。

 

「愛している、誰よりも」

 

 言葉だけ、そう伝えた。そうしなくてはならない。あの母とは違うと否定したいから。決して娘を魔導兵に変えることなどしない。

 

「お……とーさ」

「父、などと呼ばれる資格はない。俺はお前から逃げた。何もかも捨てて逃げ出した」

 

 夢を見ている娘の言葉をすら否定した。それでも娘は父を呼ぶ。そして涙を流す、会いたい、会いたい、と。

 ――――涙。

 魔導兵は、涙を流さない。

 

 つまり娘は人間なのだ。

 そして今まで疑問に思っていたこと。

 そう、雪子の、涙。

 

 

「――――馬鹿な。至ったのか、母は? 魔導兵の究極へ」

 

 

 人間になる。母はそう言っていた。魔導兵はいずれ人間へと変わる。その時、人はいなくなり、神々の束縛から解き放たれ、自分たちは抗おうことが出来るのだと。

 偽りの神を――――倒すのだと。

 俺を神に仕立て上げるのだと。

 

 

「――――狂っている。宗教だ。母は魔道に堕ちた」

 

 娘の頬に触れる。嫌そうにそれから逃げる娘。

 やはり、何の感情も沸き起こらない。

 

 それが魔導兵の在るべき姿。

 

(救ってあげるわ、左霧)

(黙れ)

(あなたを救えるのは私だけ)

(黙るがいい、愚かなる精霊よ)

(あなたは神になるの。そして私はその花嫁となるの。私を天国へ連れて行って、左霧)

(黙るがいい愚かなるシンデレラ。いつまでも俺が黙っていると思うなよ。貴様の正体を突き止め、そして必ず俺の体から消し去ってやる。その魂ごとな)

(私は天使になる。そしてあなたは神の座に就くの。この世界に私たちの居場所はどこにもないの。左霧、私はずっと一緒よ。絶対にあなたを裏切らない)

 

 煩わしいノイズを遮断するように左霧は右霧を閉じ込める。この数日間、ずっとこのような戯言を口にしている。

 爆弾のような存在だと左霧は認識を改めた。

 妻を殺し、雪子すら危機に陥れた。本来なら滅するべき存在だ。

 だが、この精霊がいなければ自分が生きていくことは出来ない。右霧は魂そのもので、己の力を抑えることのできる抑止力。

 それさえなければ――――。

 

「それでも、俺は――――」

 

 おそらく、殺すことなどできないだろう。どうしてだろうか。どんなに右霧が間違ったことをしたとしても決して彼女を恨むことなど出来ない。

 何かが引っかかる。精霊に霧の名前を付けたこと。右霧とは何なのか。

 

 

 妻の生き写しの少女を。

 決して愛さないと誓った少女を。

 それでも左霧は助けを求める。

 自らの運命に足を挫かれそうな時、生きることが辛くなったとき、

 いつも傍に居てくれた妻の姿を重ねてしまう。

 

「指輪は、どこにやったか」

 

 妻が死んだ日。

誓い合った時に購入した小さな金剛石の指輪。

当主にしては安上がりな品だ。それでも彼女は頬を赤らめて喜んだ。

もうなくしてから数年経ったなと、感慨にふけってしまった。

 

「――――咲耶、俺はどうしたら」

 

 お前を忘れることができるのだろうか。

 その日、左霧は娘の横になり風呂も入らずに寝入った。

 幸せな夢だった。娘と、妻と、三人で庭の桜の木を見ながら過ごす昼。

 幸せだと思えた。こんな日々がずっと続けばいいなと心底思えた。

 

 

「ただいま、左霧さん! 雪江、挨拶なさい」

「初めましてパーパ! 雪ノ宮雪江です!」

「誰がパーパだ! 雪子どういうことだ?」

「どうもこうも、パパはどこって言うから」

「俺を引き合いに出したのか? 浅はかすぎる」

「だって男の人の知り合いって左霧さんしかいないんだもの。それにこれ、霧音様にもらっちゃったし」

 

 もじもじしながら出した手には、小さな指輪がはまっていた。魔力を高める効果があると霧音に言われ、渡されたのではめたのだが、その後それは左霧たちの結婚指輪だと付け加えられた。そんな大それた品、受け取れないと霧音に返そうとしたのだが、まるでその指に付けるために作られたかのようにピッタリと離れない。結局そのままもって帰ってきてしまったのだ。

 頭を抱えた左霧の手にもう一つの指輪を渡す雪子。それは黙って付けろという無言の圧力だ。

 

「雪江が見ているのよ、早くつけて」

「馬鹿な! どうして俺がそんな茶番に付き合うなど」

「パーパ? 指輪!」

「……くっ! 俺は霧島家の次期当主で、これから過酷な運命に立ち向かう主人公なのだぞ!」

 

 訳のわからないことを口走る左霧の指に雪子は強引に指輪をはめた。二つの宝石は互いに太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

 

 

「左霧様、どういうことですか? 雪子さんがどうして指輪を付けているのですか? 私には愛人として何も送ってくださらないではありませんか?」

「久しぶりに会ったかと思えばなんだいきなり!? 訳がわからんぞ」

 華恋は病んだ女のように左霧を責め、

 

「左霧様、瑠璃は、瑠璃には指輪はないのですか? あんなに誓い合った仲だというのにあんまりです。瑠璃にも指輪を下さい。三〇カラットでいいですよ」

「瑠璃! いきなり現れるな! そして図々しいお願いをするな! 貴様は従者だとあれだけ言っているではないか!」

 

 瑠璃は空間転移などという高等魔術を使いこなし、左霧の肩にもたれかかる。

 

「あっ! おにー様! 帰ってらしたのね!」

「パーパ!! 大好き!」

「おにー様!? 誰よその子! 離れなさいよ!! あーん離れてー!」

 

桜子と雪江は出会った瞬間に喧嘩を始め、

 

 

「左霧さん。随分といいご身分で……それじゃあ、説明してもらいましょうか、ね!?」

「――――すいませんでした」

「で済むと思ってんの!? あんた学園が始まったら覚えてなさいよ! あ、ちゃんと働く気あるんでしょうね!? 私が学園長になった暁には馬車馬のように働いてもらうから覚悟なさいよ!」

「いや、俺は当分働く気など」

「あ!???」

「――――歴史が得意だ」

 

 よろしい、と満面の笑みで頷く雪子。後ろから阿弥陀如来の気配がしたが、おそらく気のせいなどではない。

 

 晴れやかな青空と暖かい太陽の下。

 残酷な運命など気にする必要は、どこにもない。

 今、この時は、全ての時間よ止まれ、と誰もが願う。

 

 永遠の時を生きるものも、贖罪の日々を生きるものも、新たな時間を生きるものも、運命を知らず生きるものも、過酷な運命を生きるものも、己の価値を知らぬ者も――――。

 

 時よ止まれ、汝は美しい。

 

 全ての者が、それを願う。

 


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