魔導兵 人間編   作:時計塔

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天王寺

「瑠璃……」

 

 天王寺瑠璃――――現代に生きる最強の魔術師である少女の前で、今跪きながらも闘志を燃やし続けている者がいた。

 

「――もうおやめになってください。お義姉様」

 

 慈悲をかけられたのは砂上百合――瑠璃の義理の姉である。

 腹違いの姉妹――正しくは先妻をなくした秀蓮の後妻が瑠璃の母親なのだ。

 砂上とは母親方の性で、天王寺家を出て行った百合が母親方の本家に帰省したことによりそう名乗ることになった。

 天王寺というブランドを掲げればどんな者でも跪き、屈服するほどの権力を持つことが可能だ。しかし百合はその権利をまるごと溝に投げ捨てた。

しかも先妻の、長女である。本来天王寺を継ぐべき真の後継者は本来なら砂上百合なのだ。

 

「――――あなたこそ私の学園から出て行ってちょうだい、義妹」

 

百合の右目には黒い炎が燃え上がっている。代々天王寺の血筋である証、『黒炎』だ。

黒い太陽は天王寺の家紋。炎は紅く、蒼く、そして黒く燃え上がる度にその威力を増す。

つまり、黒炎とは全てを灰塵と化す最強の火。

今、互いの黒炎を右目に宿した義姉妹は相対し、そして無言のまま戦闘に入った。

元々話すことなどない。全ては終わったこと。言葉など幾万も語り尽くした。

――――そして、彼女らは決別したのだ。

 

「お義姉様、あなたが出て行ってから何年経ったとお思いですか?」

「さぁ……もう忘れてしまったわ」

 

 百合は当然覚えていた。忘れるわけがない、あの寒い冬の日だ。

 ――――あの、寒くて凍えて、己の中の太陽を忘れてしまった日……。

 

「お父様、母様が亡くなってから一年も経っておりません。なのにこれは一体なんの冗談ですか!?」

 

 目の前にいる女性は鋭い目つきで百合を見つめていた。一二歳の少女を見つめる眼ではない。敵を見る眼だ。愛する夫を横取りした女にしてはふてぶてしい輩だと、この瞬間に決して相容れない存在であると確信した。

 ―――どうでもいい。たかが妾の一人を気にしたところでこの好色漢の父を止めることなど出来やしないのだから。

 

「この部屋に入っていいのは、私と、あなたと、我が母である京香だけのはずです!」

「何度も同じことを言わせるな、百合。私は璃々を正式に後妻として認めたのだ。ならばそれ相応の部屋をあてがうのは必然」

 

 だが、この一線は触れてはいけないという暗黙のルールがあった。

 広大な屋敷の中でも『禁居』と呼ばれる天王寺家の直系だけが入れる、つまり家族団らんの一室だ。その一線だけは破るべからずと、決められていた。

 寛大だと思う。母、京香は父の浮気症を知っていたはずだ。であるのにそれを許していたのは母の寛大な心と、少なからず罪悪感を持っていた父の心ばかりの配慮なのだろう。

 この国では一夫多妻制が奨励されていた時代があった。巨大な組織となればなるほど古い仕来りに縛られることが多くなる。噂によると霧島家の男児が生まれた場合より強い遺伝子を残すためにかなりの女性が通い詰めるのだとか。

 いずれにせよ、反吐のでる事実であることに変わりはない。

 

「百合、お前はいずれ天王寺の当主として皆をまとめなくてはならない。その為には協力し合う仲間が必要だ。それは血が濃ければ濃いほどいい。血の繋がりはより強固な楔となる」

 

 百合は奥歯を噛み締めてどうにか耐えた。父の顔を殴りつけることなど許させることではない。

 方便だと、確信した。ならばなぜ父は母との間に自分以外の子を作らなかったのか。血の繋がりが強固であるはずなら、その言い分は明らかにおかしい。

 簡単な話だ。父は母を愛していなかった。いや違う、興味を失ったのか。 

 

「百合さん、私は秀蓮様を愛しておりました。ずっと昔から――ですがあなたのお母様、京香さんの家系は私なんかとは到底及ばないほど強大な家柄なのです。わかりますか? 私たちは別れなくてはならなかったのです。愛していたのに、別れなくてはならなかったのです」

 

 女は恍惚として瞳で秀蓮を見ていた。幼い百合はその瞳が妙に艶かしくて思わず目を逸してしまった。

 女だ。女の目。初めて見た。いやらしい女だ。

 何が別れなくてはならなかった、だ。散々逢引していたくせに。目の前が真っ赤に燃え上がった。右目の黒炎が奴を殺せと疼く。女は微かに怯えたが、父が前に立つと安心したように寄り添った、自らの腹を撫でながら――。

 え――――? グルグルと頭が回る。どういうこと? 百合はその一点を凝視する。璃々のお腹は僅かに膨れ上がっていた。

 ――まさか、そんな。

 

「百合、わかってくれるな? お前には支えが必要なのだ。この子はいずれお前の力になってくれる。なにせ、私と彼女の子なのだから……」

 

 グルグルグルグルグルグル……。その直後に百合は意識を失った。だが、璃々と呼ばれる淫売の瞳はギラギラと輝いていた。蒼色の髪の奥底ではそんな野望が渦巻いていたのだ。         お前の思い通りにはならないぞ、と。お前を王座から引きずり下ろしてやるぞ、と。

 

 それから、祝福された子供が生まれた。名を天王寺瑠璃と名付けた。容姿は淫売の義母に似て美しい顔立ちで蒼色の艶やかな髪。そして頭脳は父に似て明晰で魔術に対してもその実力を遺憾なく発揮した。

 義妹はとても可愛らしかった。百合のあとにくっついて離れない。仕事で離れようものなら泣いて喚いて大変だった。おそらく父や母よりも自分に懐いていただろう。自信はある。

 義母とは決して相容れなかった。食事以外の時を一緒に過ごすことなど有り得ない。表向きそんなことを口にすることはなかったが、お互い分かっていたのだろう。

 このまま過ごすのも悪くはないと思った。義妹を恨むことなどどうして出来ようか。悪いのは全て親であり、私たちには何の罪もないのだ。義妹をあやしながら穏やかな日々を送っていた。

 

「お義姉様! やめて! お母様をいじめないで!!」

 

 寒い冬だった。きっかけは単純。母の死があの淫売によって謀られたことだと知った時だ。

 璃々は瑠璃を決して天王寺の臣下で終わらせるつもりなどなかった。才能から見ても明らかに瑠璃は卓越している。対して義姉である百合は、実力こそまだ上だが、瑠璃の才能には到底及ばなかった。

 いずれは時間の問題。しかし、後継者はあらかじめ定められていた。もはや覆すことなど不可能。璃々は何度も進言した。娘こそが後継者にふさわしいと、あの子は天才だと。

 父にも威厳があったのだろう。当然それは聞き入れてもらえなかったようだ。歳を考えても瑠璃にはまだ無理な話であり、それを承諾した上で、璃々を後妻として認め、その瑠璃を天王寺の家系に入れたのだから。

 

 皆が寝静まった深夜だった。天王寺の侵略計画の筆頭に立たされている百合にとっては考えることが山のようにある。父はどうやら『烏の森』と呼ばれる地域を標的にしているらしく執拗に足を踏み入れていたようだ。頼りにされているのか、押し付けられているのかその判断は難しかったが、少なくとも必要とされていたことを嬉しく思ったものだ。

 

 ――――嫌な胸騒ぎがした。それは戦闘で危機に陥った際に感じる死の予感。絶対に安全であるはずの禁居からそのような気配を感じうるはずがない。そう油断していた。

 布団の中でジッと耳を潜める。足音が一つ、二つ、三つ、四つ、

 ―――五つ目の足音で誰がいるのか確信した。大した教養もないくせに仕草だけは一人前の憎らしい義母のものだった。

 百合は信じたかった。流石にそこまでは、と思いこんでいた。思いたかった。少なくとも同じ家に住み、共に志を同じくする者たちであることに変わりはないからだ。

 きっとこのまま通り過ぎてくれるだろう。何か別の用事があったに違いない。義妹の元に向かったのだ。

 

「――――殺りなさい」

 

 冷たく凍てついた心。されど体は焼け付くように熱い。熱くて死んでしまいそうだった。

 障子の破れる音と共に崩れ込んできた魔術師たち。布団をはねあげて百合はそれらを迎え撃った。

 もはや決定的だ。奴は闇討を仕掛けたのだ。娘を後継者の座に着かせるために。

 義母は内部で何やら謀を企んでいたようだ。百合を支持する大勢の者たちに対抗するために派閥を分裂させようとしていた。だがそんなことは上手くいくはずがなかった。淫売の娘と正妻の娘、どちらを大勢が支持するか。そんなことは目に見えていた。

 業を煮やした璃々は遂に決行したのだ。浅はかすぎて笑ってしまった。こうなると義妹の瑠璃は可哀想になってくる。

 

「覚悟は出来ていますか? お義母様」

「――こ、殺すのですか? この母を?」

「あなたを母、などと思ったことは一度もございません」

「わ、私が死ねば、秀蓮が黙ってはいませんよ?」

「天王寺の次期当主を闇討にした罪は重いですよ? それこそあなたの大事な娘にすら及ぶほどに、ね」

「あ、あなたは! あなたさえ、あなたさえいなければぁ!」

 黒炎は炎上し辺りを燃やす。その中で璃々は苦しそうにもがきながら懸命に生きようとする。一酸化炭素が僅か十秒ほどで充満するほどの威力だ。顔がいいだけの平凡な女に対処の仕様などあるはずがない。

 初めからこうすればよかった。何故しなかったのか。決まっている、義妹が悲しむからだ。父が悲しむからだ。

 あなたさえ、いなければ、だと?

 その言葉、そっくり返してやる。

死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。

 

「お母様をいじめないでぇ!」

 

 瑠璃はいつの間にか全身に大火傷を負った母親の傍にいた。ボロボロと涙を流し、顔を歪ませて必死で何かを守ろうとしていた。

 

どきなさい。その人はね、守る価値なんてないの。

 

「お義姉様やめて! 私が、私が、代わりになりますからぁ!」

 

 天才で秀才のお前が、いつも冷静なお前が、取り乱すほどの価値なんてないの。

 

「私の、お母様なのぉ! 死んじゃヤダァ!」

 

 分かっていた。全て、私の傲慢なのだと。

 あなたから見れば私は悪魔なのでしょうね。

 みてちょうだい。あの目、あの殺気! 今にも噛み付きそうな可愛い瑠璃!

 

「バイバイ、瑠璃」

 

 互いの黒炎を燃え上がらせたまま、姉妹は別れた。

 外は冷たい雨が降っていた。凍えそうなほど冷たい雨。だけど心は焼き付くほどに熱い。

 初めて、天王寺の力が呪わしいと思った。

 永遠の姉妹喧嘩の始まり、始まり。

 

 

「随分と、強くなったのね、瑠璃」

「あれから、七年ですわ、百合義姉様。あなたを支持する派閥を皆殺するまでこんなにかかってしまったけれど」

「そして、心をなくしたのね、可哀想な瑠璃」

「いいえ、そんなことはありません。私は当主たる者の務めを果たしているに過ぎません」

「今、あなたがやっていることは、かつて私があなたにやったことの延長線でしかないわ」

 

 瑠璃は、傍で目を閉じたまま動かない人形を一瞥した。

 雪ノ宮雪江――サンプル00と呼ばれる魔導兵だ。帝国はこのサンプルを回収することを天王寺に求めてきた。帝国の勅令は絶対、断ることなど不可能だ。特に天王寺は皇室と繋がりが強くより密接な関係ある。

 もちろんそれだけではない。その勅令を理由に天王寺の侵略計画を進めていこうと画策していたのも事実。そして今、ようやく作戦は終了しようとしていた。

 

「ここであなたが学園長を殺せば、あなたに恨みを持った誰かがあなたを殺しにくるわ。今の私のようにね」

「魔術師としての戦いに情など必要ないわ。これはルールに則った正式な勝負よ」

「その魔術師のルールっていうのはつまり、あんたが天王寺家で教えられたルールなの。つまりね、そんなルール初めから存在しない。あんたはただの人殺し、親殺し、鬼畜外道以外の何者でもないわ」

 

 今にも倒れそうな百合は、それでも義妹を諭すようにしっかりと言葉を綴った。瑠璃の表情は乏しい。昔は少なくとも自分に対して何かしらのアクションを起こしてくれた。

 いや、それも無理な話か。もう七年も前の話だ。父が殺されたこともおそらくは相当のショックだったに違いない。家族思いの優しい子なのだと、百合は知っていた。

 

「逃げたくせに」

「え?」

 

 突然、瑠璃は体を震わせて俯いた。聖人のような瞳がグラグラと揺らいだ。まるで長年の鬱憤を晴らすように瑠璃は内に秘めた魔力を辺りに叩きつける。

 

「逃げだした癖に! いつまでも姉みたいに接しないで! 私の心をかき乱さないで! あなたが逃げてから数年間! 私は常に当主としての品格を求められた! それがどんなに苦しいことだったかわかる!? あなたは私に全てを押し付けたの!」

「そ、それは、だって」

「お義母様がお姉さまを殺そうとしたから? だからあなたは私まで捨てたの? 私が憎かったの?」

「ち、違う、あなたが憎かったことなんて一度もない!」

「でも!!!! あなたは私を捨てた!! あの冬の寒い日に!!」

 

 百合は全身を魔力で叩きつけられた。自分の魔力はもはや枯渇している。時雨は既に百合の隣で倒れ伏している。出血が激しい。瑠璃の使役する精霊にやられたのだ。

 

「私はどうでもよかったの! あなたが母を嫌おうが、父がどこの誰と密会していようが! お義姉様が傍に居てくれれば! あの家族がそのままでいてくれるなら!」

 

 なんて勝手な言い分だろうか? だがそれは自分にも言えることだ。あの時、苦しかったのは自分だけだったのか? ギスギスした家の中、頼りにできるものは義姉以外に誰もいない。その義姉すらいなくなった家。

 瑠璃は一体どう過ごしていただろうか? どんなことをして過ごしていたのだろうか?

 あの日から天王寺家を捨てた百合は彼女のことを少しでも考えただろうか。

 例えば、あの日、この子を連れて逃げ出していたならば? 追っ手が来ようとも自分なら守れたはずだ。砂上ほど大きな家ならば匿うことも出来たはずだ。

 

「ごめ、ごめんね、ごめんね。瑠璃……」

 

 後悔の言葉は謝罪となって溢れてきた。それほどまでに義妹が自分の存在を頼りにしてくれていたとは思わなかった。いつも賢くて、言うことをはいはい、と素直に聞いてくれた義妹を、自分はどんなふうに思っていただろうか。

 

「私がね、雪ノ宮を滅ぼそうと決めた本当の理由はね、お義姉様なの」

 

 嬉しそうに瑠璃は笑った。華やか子だ。笑っただけでここまで自分と差が出るのか。容姿端麗頭脳明晰――だけどその心は深淵としていた、百合には分からなかった。

 

「お義姉様――――」

 

 瑠璃、ごめんね。百合はもはや言葉を発する力をなくした。それは己のことしか考えてこなかった数年間と後継者に仕立て上げられた可哀想な義妹を思う、せめてもの罪をこの命を持って償おうと決めたからだ。

 

「絶対に許さない」

 

 黒い竜が口を開けた。最初からその場で待機していた精霊は瑠璃の一声で姿を現した。圧倒的な存在に、時雨は動くこともできず、ただ出血箇所を抑えるのに手一杯だった。

 ただ、彼女たちは互いに苦しそうだった。お互いの歪さを確かめ合うように彼女たちは戦った。

 そして義姉はやられた。時雨にはわかる。百合は本気で戦ってなどいなかったことに。

 義妹が学園を攻めてくると知った時、彼女の目に宿ったのは決して憎しみなどではなかった。義妹と接する最後の機会だと覚悟を決めていた。だからこそ必死だった。だからこそ罠にはまった。

 義妹に声は届かなかった。最初から当主という重圧に負けてしまった瑠璃にとって百合は尊敬すると同時にどこまでも越えられない壁だったのだ。

 ならば、ここでおしまいにしてあげるのも救いなのではないだろうか。

 時雨とて、家柄の縛りを疎ましく思うこともある。

 竜が鼻息を荒くし百合の傍に寄る。瑠璃は震えながらその姿を見ている。

 なんだ、ただの少女じゃないかと時雨は笑った。あの圧倒的な魔力もあの悲しそうな顔を見れば一瞬で和らぐものだ。

 誰か、救ってやってくれ。

 神がもしもいるのなら、なぜ彼女たちのような弱い存在を貶める?

 魔術は、本当に人を幸せにすることが出来ないのか?

 少女たちはなぜ戦わなくてはならないのだろうか?

 魔術師とは、何なのだ?

 

 

「やれやれ、久しぶりに走ったら足がフラフラだ」

「ニートにしてはやるじゃないの」

「お前、体の癖に妙に重いぞ? 食い過ぎじゃないのか?」

「あんたんとこクソ精霊にひたすら筋力トレーニングさせられてたの! あと乙女に向かって重いとか言うな、ふん!」

「これで二〇回目頭突きだ。顎が割れてしまうとあれほど」

 

 突然ドアを突き破って切った――傍から見ればカップルにしか見えない二人組は、やっぱりカップルのように喧嘩をしながら入ってきた――お姫様抱っこで。

 

「――雪子、どうやら口論をしている暇はないらしい」

「あんた話を逸らし――!? お母様!!」

 

 雪子はすぐに左霧から離れ、母の元へ寄った。半裸の状態でまるで死んでいるように動かない母を抱きしめて泣いた。

 

「お母様、お母様! 私です、雪子です!」

「あ、せ、せつ、こ、い、いき、生きて……」

 

 雪江は安心したようにまた目を閉じた。どうやら命に別状はないらしい。普通なら死んでいてもおかしくない状態だ。自分に起こった不思議な現象を思い出し、雪子は改めて自分の身に起こった出来事に違和感を覚えた。

 

「あなたは――――?」

 

 蒼色の少女が男の名前を聞いた。分かっていた。自分と張り合う男はおそらくこの世界でこの男だけだろうと。

 未だに最強を名乗れない訳はすぐそこにあることに。

 

「霧島左霧。お前の父親の右目を奪った男だ――そしてお前を倒す男の名前だ。覚えておけ」

「フラフラな癖に、言うことは達者なのね」

「睡拳の構えだ。初心者にはわからんだろうがな」

「息が荒いけれど」

「武術の達人とは息継ぎからもう違うのだ。初心者にはわからんだろうがな」

 

 ――いえ、それはフラフラで息切れをしているだけです。時雨は目の前の男が武術の素人であることを確信した。

 

「あなたが父を殺しただなんて信じられないわ」

「殺してなどいない。あいつは母にちょっかいを出したからちょっと殴っちゃっただけだ」

「それでも死んだわ。あなたの呪いで」

「そうか。すまなかった。だが俺は死ぬわけにはいかんのだ」

 

 左霧はチラリと母を抱きしめて泣すがる雪子を見た。

 自らに生きろと言ってくれた少女。己がした過ちを全て受け入れ、それでも前に進めて激励してくれた少女。

 その少女を傷つけた悪い女。

 

「お尻ペンペンではすまんからな、小娘」

「鬼の首、討ち取ってあげるわ、変態男」

 

 再び戦闘は激化した。

時雨たちはただその様子を見ているしかなかった。

あの、天王寺瑠璃を相手に対等に戦っているのだ。

目の前の男は一体何者か?

あれが霧島左霧なのか?

 

「おにー様」

「桜子様、いかがなさいました?」

「おにー様がね、頑張っているの」

「そうですね、頑張っていると思いますよ」

 

 華恋は桜子の傍に控えていた。屋敷を襲った連中は全て撃破した。この屋敷に入った瞬間に勝敗は決まっていたのだ。

 

「頑張ってね、おとーさま」

「え?」

「ううん、何でもないわ」

 

 桜子はそれきり何も喋らなかった。だが、確かに言葉にした。

 おとーさま、と。

 

「戦っているのですか。左霧様」

 

 全てを失ったあの人は、傷つきながらも戦っているのだろうか。

 その先が、絶望だったとしても。

 

「ニートの癖に……」

 

 悪態をついて目に溜まった涙を華恋はひたすら拭った。

 

 

 


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