魔導兵 人間編   作:時計塔

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不審

「深夜に学校を徘徊する生徒……ですか」

「正しくは学校の敷地内にある教会、なんだけどね。そこに入っていく生徒を見かけたって近隣の住民方から連絡があって」

 

 月曜日の出勤後、定時の朝会が終わり各人自分の作業に取り掛かる中、左霧は先輩にあたる砂上に招かれて学園長室を訪れた。相変わらず偉そうに、というか多分偉いであろう雪ノ宮学園長は、どっかりとソファに座り、詳細を聞いている。既に室内は学園長の吸ったパイプのせいで煙たかった。

 

「困ったものだ……うちの生徒は品行方正が売りだというのに、たまに飛んだ跳ねっ返りが入学してくるものだから……ああ、困った困った」

 

 本当に困っているのだろうか、と疑問に思うくらい適当に返事をしながらスパスパと幼女のような学園長はひたすらに嗜好品を口にしている。砂上は早くも額に青い筋を浮かべなからストレスに耐えていた。

 

「……警備員さんに立ち寄ってもらえばいいんじゃないですか?」

「それがね、左霧君……敷地内にある教会は一般人立ち入り禁止なの。で、学園長にお願いして特別に許可を貰おうとしたんだけど」

 

 砂上はこめかみを抑えながら目の前にいる幼女を睨みつける。とうの本人は全く気にした風もなく飄々として首を横に振った。

 

「あそこには大切な宝物が山ほどあるんだ。警備員だろうが、何であろうが立ち入らせる訳にはいかん! 雪ノ宮家の者以外は、な」

「って言っているの。じゃあどうしろってのよ、ねぇ?」

「……あはは、でも心配ですね。敷地内とはいえ、夜は危険です」

 

 規律を乱すこともしてはいけないが、何よりも生徒の安全が問題だ。人の子を預かっている以上は、誰ひとり危険な目に合わせるわけにはいかない。ここ何十年と万全のセキュリティで一人の被害を出していない、ということで有名なマリアナ学園の汚名にもなる。だというのにこの学園長は涼しげな顔をしている。困ったものだ。

 

「というかどうして私たちだけ?」

「一年三組の生徒だと思うからだ」

「ムカッ……失礼ですが、うちの生徒たちはそんな規律を破るような悪い子なんていません!」

「ぼ、僕もそう思います……多分」

「ちょっと霧島君! 多分ってどういうこと!? あんなに元気で素直な子達がそんな不良じみたことするわけないでしょう? ……おそらく」

 

 グダグダだった。というのも砂上も、左霧もまだ二、三週間程度しか見ていないわけで、その程度で生徒たち全員の素行を調べるのは無理難題だった。

 それを見計らったのか、意地悪そうに学園長は嘲笑い、押し付けるように一つの鍵を左霧の方へ押し付けた。

 

「教会の扉の鍵だ。今日辺り調べてとっ捕まえてくれ」

「でも、雪ノ宮家以外は立ち入り禁止だと……」

「馬鹿か君は。私が、この当主様が許可したんだ。いいに決まっているだろう。わかったらさっさと仕事に戻るがいい」

 

 古びた鍵を手の中で持て余しながら。理不尽な学園長のお叱りを受ける左霧だった。やれやれといった風に砂上は左霧と顔を見合わせながら呆れていた。最初から鍵を渡し、調べてくれと一言言ってくれればいい話だったのだ。どうにも学園長は気分屋でいけない。

 

「ああ、百合はダメだぞ?」

「どうしてですか?! 霧島君だけじゃ心配です! 私も、夜のデート、じゃなかった。付き添いとしてついていきます!」

「お前は公私混同するからダメだ」

「そんなことしません。ちょっと肩をくっつけたり手に触れてドキッとするくらしかしません」

「黙れさっさと結婚しろ」

「酷いです……学園長」

 

 砂上は学園長にいじり倒されてさっさと退室してしまった。左霧も砂上がいてくれた方が心強かったのだが、あてが外れた。というよりも何故副担任である自分に任せたのか、そこが一番の疑問なのだが。

 

「なぜ自分が、という顔をしているな?」

「ええ、まぁ……はい」

「砂上は私のお気に入りだが……いささか能力にムラがある。そこで君だ、私は君の能力について何も知らない。ちょうどいい機会だと思ったのだよ」

「ペーパーテストでは不満、だということでしょうか?」

「あんなもの、体裁を整えるだけの言い訳に過ぎない。大事なのは君自身の本当の力だ」

 

 左霧は少し内心残念に思った。その体裁を整えるテストの為に自分はかなり必死で勉強していたのだ。

 この学園に赴任している教師は、基本的に高学歴でその能力も非凡な人ばかりだ。左霧自身も生まれは比較的いいものの、他の先生方と比べると不安な点があることは事実だろう。そのため、採用試験では高得点を取って認めてもらおうという密かな野心があったわけだが。

 

「採用試験など通過点に過ぎん。本当に大変なのはこれからだ。君を、試させてもらう」

 

 頬杖をつきながら笑みを浮かべた学園長。つまり、これがホントの採用試験というわけだろうか。ならばどうすれば自分は認めてもらえるのか? そこまで考え、そして左霧は考え直した。

 

「学園長、一つ質問があるのですが」

「なんだね?」

「学園長はこの事態についてそこまで深刻に考えていないようですが」

「そんなことはないぞ。困った困った。困ったが、あそこにある資料は、『普通の人間』には理解できんからな。一体何をしているのやら」

 

 普通の人間、という言い回しに疑問を持ったが、それよりも大事なことがあるので、左霧は話を続けた。

 

「では――――生徒の処遇については、僕に一任してもらえませんか?」

「ふむ……まぁ、いいだろう。だがどうしてだ?」

「事を荒立てたくはありませんし、生徒にもきっと何かしらの理由があると思うので、僕一人で向き合ってみたいんです」

「一端の教師みたいなことを言う! いいだろう、許可しよう」

「ありがとうございます!」

 

 学園長の丸をもらったことで、左霧は気持ちよく退室した。その後ろ姿を確認した後、学園長雪ノ宮雪江は頭を悩ませていた。

 

「……困ったものだ、本当に」

 その心底疲れたような声は、誰に聞こえるでもなく広い学園長室へと響き渡るのであった。

「……お前が求めているものは、どれほど強大で危険な力なのか、分かっているのか……」

 

 雪江は二つの写真付きの書類を見つめ、また溜息をついた。

 

「まぁ何とかなるか! よし私はもう知らん! 何も知らん!」

 

 そう呟いたかと思うと、さっきとは一転して楽しそうに鼻歌を歌いながら、雪江は高そうなティーカップへと紅茶を注ぐのだった。

 

 

 

 

 

 雪子はいつも機嫌が悪そうである。ムッツリとした表情を変えることなくいつも机に佇んでいる。もともとこんな顔なのよ、なんて言い訳は通用しない。事実彼女はここ最近すこぶる機嫌悪いのだ。それは自分のやっていることが進まないことと、ここ最近赴任してきた先生が何だか凄く気に入らないのだ。何が気に入らないかって、まず一番に言いたいのが能力不足だということだ。まぁこの辺は経験がモノを言うことくらい雪子も知っているので大目に見てやってはいる。

 

「えー? せんせーって妹がいるの? 可愛い?」

「凄く可愛いよ! この前なんてね、遊園地に行ったときソフトクリームを顔に付けちゃって思わず写真撮っちゃったよ」

「わぁ、これって~シスコンってやつ?」

「そうなのかなぁ、普通だと思うんだけど」

 

 いえ、あなたは明らかにシスコンです。それもとびきりの! 雪子は立ち上がり堂々と叫んでやりたかった。だが今は授業の真っ最中。グダグダ状態とはいえ、雪ノ宮の娘である自分がこのふざけた会話に参加するわけにはいかない。

 そんな雪子の苛立ちも知らず、ヘタクソな授業と時折混ざるくだらない会話を続ける左霧。授業三割、雑談七割の状態。

 全面的に目の前の先生が悪いわけではない。授業に退屈した他の生徒が先生に質問をぶつけてきて、それを上手く避けることのできない可哀想な先生が、いちいち一つ一つ丁寧に返答しているのだ。激しく非効率であり、お人好し。雪子はそう分析した。

 だが、表面的には悪くない。ルックスもそれなりだし、顔も中性的。強いて言うなら胸やそのほかのラインがふっくらと丸みを帯びていて、正直最初は女性だと思っていた。

 まぁ世の中色々な人がいるし、詮索するのは野暮だろう。雪子はそう考えて、また小さく溜息を吐いた。

 

(何を考えているのかしら私は……)

 

 くだらない思考を一気に引き戻す。目の前の先生の容姿など知ったことではない。今自分が考えるべきことは他にもっとあるはずだ。まずは、この退屈な授業を終わらせる為にノートを取ること。静かに放課後まで過ごすこと。

そして――――。

 

「じゃあここ、雪ノ宮さん読んでくれるかな?」

「はぁ!?」

 

 思わず出してしまった反抗的な反応。正しくは「はぁ!? なんで私なんですか? どうして私なんですか? メンドくさいから他の人にしてください! というかどの行か分かりません勘弁してください!」なのだ。

 言える訳がない。自分の乱暴な本性(自覚している)を晒すわけにはいかない。何よりも聞いていなかった自分の失態だ。

 

「えっと……雪ノ宮さん?」

 

 だが、なぜだろう。ものすごく目の前の先生の困った表情がムカつくのは? 思わず意地悪をしてやりたいようなキョトンとしたつぶらな瞳。遂反抗的な態度を取らせてしまう威厳のない空気。

 どうする? 隣の人に聞くことも出来る。こんなことがバレれば雪ノ宮家の恥だ。母親から怒られ……はしないか。あの人はそんなことで怒ったりはしない。むしろ笑いの種にされてしまうだろう。

 

「雪ノ宮さん、もしかして具合でも悪いのかな? もしそうだったら保健室」

「すいません。先生の『雑談』に気を取られてしまい、どの行から読めばいいのかわかりませんでした。先生の『雑談』がとても面白くって……素晴らしい『雑談』でしたわ、先生」

「ご、ごめんね。五行目からです……」

 

 ありったけの嫌味を効かせたのだが、多少効果があったらしくオドオドとした表情でダメ教師は謝った。

 ――男らしくない人。そんな言葉を吐き捨てたくなった。今の状況はどう考えても自分は注意されるべき立場ではないか。そんなことも分からないで、まんまと雪子の罠に引っかかってしまった左霧。

 

(どうせ、学園長の娘だからってヘコヘコしているのでしょうけど……)

 

 雪子は雪ノ宮の人間ということもあり、初等部からこの学園に在籍している。だからほとんどの教師から正当な扱いを受けていないことは子供の頃から知っていた。教師たちだけではない。生徒たちからも雪ノ宮という名前だけでそれ以外は注目されることはなかった。おかげで、友達らしい友達はほとんど皆無。自分の暗い人生を省みて、思わず遠い目をしてしまう。

 

(まぁ、自分に非があるってことも認めているけどね……)

 

 そんな暗い幼少時代を過ごしていたこともあり、自分はひねくれている。そのひねくれた性格が災いして高等部に入って二週間程経ったが、依然として自分の周りには友達がいない。羨望やら時折感じる女の子からの熱い視線は当然無視するとして。

 

(いいのよ、私にはやるべきことがあるのだから)

 

 気に入らない先生の要求通りスラスラと教科書の文字を音読する。これで満足か? と鋭い視線を教壇に向け、苦笑いをしている男の顔を一瞥しながら、雪子は再び自分の椅子へと腰を下ろした。

 ノートをとる傍ら、雪子は教科書とは別の分厚い本を机から取り出してみる。

 

『魔道書~簡単な魔術の使い方~☆』

 

 それはあの古い教会から見つけた、長年自分が求めていた力。雪子は自然と口元に笑みを浮かべていた。絶対に手に入れなければならない。胸に秘めた熱い思いを奮い立たせ、雪子はその本をゆっくりと机の中にしまった。

 


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