桜の木に蕾が出来始めた。三月になったというのに、まだまだ上着が手放せない。かと思えば、昼間は長袖シャツでも十分なぐらいに暖かくなる。
ただ、今日は寒い。鉛色の空のおかげで全然気温が上がらない。
「もう三月やいうのに…かなんなぁ…」
そうボヤくのは、高原 まこと。俺の母さんの遠い親戚だけど、母親同士の仲が良くて小さい頃からの腐れ縁だ。妖狸族には珍しいアルビノで、真っ白な髪と丸い耳、透き通っているような白い肌に丸い大きな赤い眼。
「なんやねん…人の顔じぃーっと見よってから…」
「いや、寒いけどそれ、やり過ぎじゃね?」
まことは寒がりだ。真っ黒なダッフルコートを着て、深紅色のマフラーに顔を埋めている。
「しゃあないやん。寒いんやし」
「筋肉が足りねえんだよ。筋肉が」
こいつ、俺よりも食うクセに細いし小さい。あの食事量がどこに消えてるか不思議だ。着替えやらを詰めているキャリーバッグに腰掛けてるのに、キャリーが余裕で耐えている。
ひょっとすると、俺の半分もないかもしれない。体質のせいなのか、俺と一緒に筋トレしてはいるんだけど、まことに筋肉がつく気配は全くなかった。
「吉成と一緒に鍛えとるはずなんやけどなぁ?」
「知ってるよ。俺より回数少ないけど」
改めてまことの身体を見る。コートの上からだと分かりにくいけど、やっぱり細い。肩幅の倍はありそうな、太くてふさふさした白い尻尾のせいか、より細く見える。
「ってか、言葉。コッチに合わせんじゃなかったっけ?」
そうだ。こいつは言葉をコッチに合わせようとしていたはずだ。春からウチに下宿して、コッチの学校に通う予定になっている。ついこの前、受験のために二泊していた。その時はボストンバッグだったはずだ。合格通知がまことの実家に着て、あらよという間に決まってしまった。しかも何故だか俺の部屋に寝泊まりするらしい。母さんも父さんと同じ部屋になってくれればいいのに。
「無理やったわ…イントネーションも抜けへんし、もーこのままのキャラで行くわ」
まことが言った『イントネーション』も少し抑揚が違う。十年以上話してきた言葉を変えるのは難しいらしい。まぁ、俺もやれって言われても無理だけど。
「それにしても…」
「オカン遅いなぁ…」
確かに遅い。家の用事で一緒に来る筈が遅れているらしいけど、遅い。この寒空の中小一時間待ち惚けというのはなかなか厳しい。
「お前オカンって言ったら…お?」
「なんなん?チクる気ぃ…あ」
駅前を行き交う人混みの中、見覚えのある和服姿の美人さんが重そうにキャリーバッグを引いて、こちらに近付いてくる。
「えらい待たせてしもて…堪忍なぁ」
遥さん―まことのお母さんのことだ―と合流し、キャリーを預かる。
「ありがとうねぇ、吉成くん」
「いえいえ…遥さんにこんなの持たせられませんよ」
「ホンマ、うちの坊が頼りにならんばっかりに…」
「そんなことないですよ。まことも俺と一緒に筋トレしてますから」
「そら結構やねぇ。これで背ぇ伸びて男らしゅうなってくれたらえぇんやけど…うちの旦那も
やれやれ、と溜め息を吐く遥さん。
「俺かて好きでこうなったんちゃうわ」
「小魚お食べゆうてんのに、全然食べへんからやで?」
まことの愚痴に遥さんが反論する。寒そうに縮こまりながら歩くまことは本当に小さく見えた。反面、着物のせいか、背筋を伸ばして歩く遥さんはとても大きく見える。雰囲気のせいなんだろうか。
「…しゃあないやん…苦手やねんから」
拗ねて口を尖らせるまこと。男なのにこういう子供っぽいところがナメられる原因になるって気付いてないらしい。
「そやけど、相模さんとこでお世話になったら、背ぇ大きなるやも知れまへんなぁ」
「いや、確かに俺はデカい方ですけど…まことはなぁ…?」
「なんやねん。俺かて大きなるわ!あと40センチぐらい!」
お前に40足したら2メートル越えませんかね。いや、越えないか。
「ほな、吉成さん?あんじょう
「…はい!任せてください!」
一瞬方言がわからなくて間が開いてしまったけど、胸を叩いてアピールした。俺たちと一緒に晩御飯を食べた遥さん。今夜は泊まっていくと思っていたら、どうやら近くにホテルを取っていて、そこに泊まるらしい。で、朝一番に帰るそうだ。ちなみに、遥さんに方言を聞き返すとすっげぇ怒る。
玄関の外までお見送りして、家に入る。陽が落ちてめっきり冷え込んでしまった。俺の身体も超冷えた。玄関ではまことが待ってくれていた。
「オカンの方言、きっついやろ」
「いや…そんなこと…あるようなないような?」
「否定できてへんで。なんや知らんけど、京ことばにこだわりがあるんやて…」
「へぇ…羨ましいな。そういう風に誇れるって」
適当に靴を脱ぎ散らかす。それを目ざとく見つけたまことが揃えてくれる。流石は高原家、躾がキチンとされている。ホンマにもう…と零しながら靴を揃えるまことへお礼として、キンキンに冷えた両手を頬にくれてやった。
「ぅひんっ!なにすんねん!」
「何って、お礼」
あー…手ぇあったけぇ…こいつのホッペあったけぇ…
「お礼になるかぁ!こんなもん!!」
母さんは夕食の片付け、父さんはまだ帰ってこない。特にやることはないし、あとはゆっくり風呂にでも入って寝よう。まことがぷりぷりと怒りながら手を外そうとする。
「はっはっはっはっ。そんな力じゃあ外せねえなあ!」
「このクソ力!アホ!」
「なんとでもいえ。負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」
顔を挟んだままリビングまで引き摺って行く。引き摺られまいと抵抗してくるが、無駄な抵抗だった。ホント力ないな。コイツ。
熱いシャワーで身体を温めた後、適当に頭と体を洗い、湯船に浸かる。思わず息が漏れる。少しぴりぴりとするが、コレが心地よくて堪らない。さっき放り込んだ発泡入浴剤もいい仕事をしている。ミルク色になった湯船って…こう、ゴージャス感あるよね?
「邪魔すんでー」
「邪魔するんだったら帰ってー」
「はいよー…ってちゃうわ!よぉ知っとんなぁこんなネタ!」
いきなり、まことが突撃してきた。珍しい。今までも何度か一緒に風呂に入ったことがあるけど、だいたいはテレビの時間に間に合わないとかそういう理由だ。一番風呂に入ればいいのに、それは気が引けるとか言ってた気がする。
素っ裸のまことを見る。線の細い身体。体毛も薄く、腋と下の毛は一応生えてるけど、ちょろっと生えてるぐらいで銀に近い白色。肌の白さも相まって、ほとんど生えてるかどうかわからない。そのちょびちょびの毛の中にいる象さん。妖狸族の性器はデカいって聞いたのに、コイツは小柄だ。
「…なんやねん…メンチ切ってんの?」
「いや、ホント細いな。あんだけ食うのに」
あの量が入ってるなら、胃がぽっこり膨らんでてもおかしくないのに、平坦だ。
「どこに消えてんだ?あの米とおかずは」
「知らんがな…」
頭、体と順番に洗っていくのを眺める。お、尻尾は専用のボディ?テール?ソープで洗うんだ。見慣れないボトルだと思ったら、尻尾用だったんだ。
「大変そうだな…手伝ってやろうか?」
「…せやったら、吉成のチ○コ洗うで」
「は?なんで?」
「いくら吉成でも、俺に洗われるん嫌やろ?」
「おう。男に触られるのはな…」
「俺かて吉成に触られるんは嫌や。尻尾も一緒や」
「そ、そうか…悪い…」
「
ついてないのが人族の証、みたいなとこあるもんな。
◇◆◇◆◇
こうして、俺の家にまことが住むようになった。時折一緒に風呂に入ったり、抱き枕にされたりしながら、短い春休みを俺たちは過ごした。まことだが、少なくとも三年間はこっちにいるらしい。入学式までの三週間、俺はまことに色々と街のことを教えた。ショッピングモール、公共交通機関、プレイスポットなどなど。一通りこの街のことを教えてやった。ま、俺らがメインで遊ぶのは区内の方だから、あんまり遊ぶところでもないんだけどなぁ…
四日ほど経ったある日、まことに一本の電話がかかってきた。どうやら、至急で戻らないといけないらしい。いきなりだったから、大慌てで準備をして、まことは地元に戻っていった。
それから三日後。慌ただしいけども、また、まことが帰ってくると連絡があった。明日は制服の採寸日だから、間に合ってよかったとほっとしている。人騒がせなヤツだ、ホント。
今度は遥さんも一緒にいるらしい。まことからメッセをもらい、指定された時間ジャストに喫茶店へ向かった。
喫茶店に着いて、店内を見渡す。入口に向かって背中を向けた、焦げ茶色の丸い狸耳に艶やかな黒髪、真っ白な狸耳にキラキラ光る白い髪が見えた。遥さんとまことだ。前に回って俺は声をかけた。
「すいません!遅くなりま…した…」
二人の顔というか、着物というか…とにかく、姿を見て、俺は言葉を失った。後ろから二人を見ると、いつも通り。ソファーの背凭れで服装は見えなかったけど、一週間前に見た狸耳と髪色。まったく変わらない。前に回ると、遥さんはいつも通り、美人。艶やかな黒髪と焦げ茶色の耳に、薄い化粧。鮮やかな小豆色?の着物がよく似合う、和服美人!な感じ。背筋もピンと伸ばされている。
もう一人。真っ白な狸耳にきらきら光る白い髪。お年寄りの艶を失った白髪じゃなくて、艶やかな白い髪の毛。髪の毛だけじゃなくて、眉毛も白く、血のような赤い眼。アルビノだ。アルビノの妖狸族といえば…
「ま、まこと…か?」
「う、うん…」
たった三日会わなかっただけで、まことの髪がやけに伸びた。男らしいショートヘアだった髪はボブカットぐらいに伸びている。ありえない。服装もおかしい。春を意識しているのか、桜色の鮮やかな着物。色白のまことによく映える…じゃなくて、女物の和服。男のまことが着るのは少し、いや、かなり違和感がある。それと帯の上のふくよかさ。遥さんもそうだけど、かなりのモノなのかもしれない。だから違う。そこを注目してどうする。そういえば顔立ちも変わった気がする。三日前より丸みを帯びた柔らかい感じがする。前はどっちかっていうとシャープなイメージだったのに。あ、遥さんに似てるんだ。可愛らしいのになんかそわそわと落ち着きがない。あぁ、俺も混乱してきた。
「え、えぇっと…」
「まぁまぁ、そないなとこに立ってはってもなんやさかい、お座りやす」
はいと返事をしてソファーに座った。返事をしておいてアレだが、声がきちんと出たかどうか怪しい。
「珈琲でかまへん?」
「あ…はい…」
まこと?が衝撃的過ぎて気づかなかったが、二人とも何も頼んでなかったらしい。水とおしぼりだけが置かれていた。俺に気づき、注文を取りに来たウェイトレスに遥さんがコーヒーを2つ、オレンジジュースを一つ頼んだ。
「……あんま見んといて…」
声が高くなっている。不機嫌そうなまことの表情を加味しても、低めに出したつもりだと思う。ただ、今までの聞きなれていたまことの声とは違う。前はもっと低かった。悪い、と一言謝って視線を逸らす。遥さんを見ると、瞑想するかのように目を閉じたまま微動だにしない。背筋はピンと伸びて、俺からは見えないけど、膝の上に手を重ねて置いてるような姿勢。一方、まことは落ち着かないのか、ちらちらと俺を見たりもぞもぞと動いている。
コーヒーとオレンジジュースが運ばれてくる。三人で会釈して飲み物をを受け取った。ウェイトレスがテーブルを去ったのを合図に、目を閉じていた遥さんが話し始めた。
「この子が、うちら妖狸族の『儀』を終えた後、こないなったんです。こん春から三年間、こっちにお世話んなるいう話ですやろ?『儀』が間に合わへんかったらかなん、いうことで、先に受けさしてもろたんです。そしたら…」
ちらりと遥さんが少女を見た。隣に座る遥さんと目を合わせた少女は、気まずそうに視線を下げた。
「まこと…ここからは自分でいいよし」
「そ、そやけど…お、俺…」
「まこと」
ぴしゃりと遥さんがまことの懇願をシャットアウトする。あと、一人称が俺っていうのが気になったらしい。厳しい表情でまことを睨んだ。睨まれたまことは挙動不審に縮こまっている。なんだか可哀想になってきた。
「そ、その……うち…高原まことは………お、女の子になりました…」
うん。なんとなくわかってたけど、言葉にされると、こう…どうしよう。
遥さんはわざわざまことを送ってくれただけらしい。喫茶店で少し話をしただけで帰っていった。俺に数日分の着物やらなんやらを預けて。取り急ぎで付き合いのある呉服屋さんで揃えて貰ったらしい。呉服屋さんて。
洋服はこっちで適当にそろえてくれ、とのことだった。まことも予算としてそこそこの額をもらったらしい。そこそこと言い難いような金額だったのを覚えている。
とりあえず、家に連れて帰った。道中は俺もまことも何を話していいかわからず、無言だった。
家に帰ると、母さんが出迎えてくれた。でも、めっちゃくちゃ驚いてた。そりゃそうだ。男だった親戚の子供が女物の着物を着てやってきたって話になる。驚かない方がおかしい。っていうか、遥さん言ってなかったのか。
流石にお預かりしてる女の子を年頃の男の部屋に寝かすのは不味いという話になった。当たり前だ。ただ、父さんの部屋を勝手には触れないので、週末までは俺か母さんの部屋で寝ることになった。まことは母さんの部屋だと気後れするらしく、俺の部屋で寝ることになった。
翌日、着物姿のまことを連れて電車に乗り、春から通う学校へ向かった。幸いにして顔見知りと出会わずに済んだ。俺もまこともちゃっちゃと採寸してもらい、制服のサイズを決めた。まことからすれば周りに顔見知りは誰一人としていない。笑ったりすれば愛嬌のあるヤツだとわかるけど、澄ました顔していればアルビノっていうこともあって、冷たい感じになる。特に今日のまことは濃い藍色の着物を着ていた。
「お待ちどうさん」
「おう。どうだった?」
女子の採寸場所の近くで待っていると、まことがやってきた。着物を着ているまことはわざわざ別室で採寸されたらしい。まぁ、体のラインの出にくい和服だ。多分、脱いで採寸してもらったんだろう。
「別に。なんも変わったことしてへんしなぁ…あ、帰りにモール寄って帰りたいんやけど、かまん?」
「いいけど…あ、服か?」
「うん。俺…ちゃうわ。うち、和服でもかまへんねんけど、学校は制服やろ?さすがに襦袢着てくわけにもいかへんからなぁ」
まだまだ男口調が抜けないらしい。遥さんがいなくてよかった。今のは絶対に睨まれてる。
地元のショッピングモールに着いた。和服姿のアルビノ美少女を連れて歩く俺。超目立つ。獣人族自体は珍しいものでもなんでもないけど、アルビノは目立つ。カラーバリエーション豊富な妖猫族や種族豊富な犬人族、元々白い毛の人が多い兎人族ならともかく、丸い耳と太い尻尾が特徴の妖狸族のアルビノ。目立つ。さらに同行者が冴えない人族の俺。男同士で歩いてる時はそうでもなかったと思うけど、男女になると急に目立った気になる。
「…マジで入るの?」
「………」
そして、俺たちは余計に目立つ行いをしてしまっている。目の前に並ぶのは首と肩から先のない女性体型のマネキンが数体。これは普通だ。どこのショッピングモールの服屋に行っても並んでいる。ただ、そのマネキンが着ている…もとい、身に着けているモノが問題だった。女性用下着だ。赤やら黒やら白やら…とにかく、色々。つまり、俺たちは女性用下着売り場の前で立ち尽くしている。
顔を真っ赤にしている和服姿のアルビノ美少女妖狸族。肌が白いせいで赤くなっているのがすぐわかる。そのうち頭から煙でも出すんじゃないだろうか、ってぐらい赤い。俺も今からここに入るとか考えていると、顔が熱くなる。恥ずかしいだろ。普通。
道行く人々が生暖かい視線で俺たちを眺める。初々しいカップルに見えているんだろうか。違うんです。そういうのじゃないんです。
たっぷり10分は葛藤して、まことが踵を返して、小走りで下着屋の前から立ち去った。
「きょ今日は日が悪い!また今度や!」
「あ、こら置いてくな!」
◇◆◇◆◇
そんなことがあった翌日。母さんと父さんが急に出かけることになった。なんでも、母さんの実家の方で不幸があったらしい。二人ともかなり世話になったらしく、顔を出さないわけには行かないようだった。俺たちも行くのかと思いきや、かなり遠い血筋らしいから行かなくていいらしい。まぁ、俺たちも連れて行ったら交通費跳ね上がるもんな。
そんなこんなで、今日から四日間、決して広いとはいえない家で俺たちは二人っきりにされてしまった。今までは男同士だったから気にならなかったが、今のまことは女の子。意識しないで済む道理がない。ぶっちゃけ気まずい。本当は今日、母さんとまことが下着を買いにいくはずだったんだけど、それも流れた。襦袢や和装用の下着で洋服はおかしいし、らしいのでまことは和服のままだった。こいつ、服買いに行くのが恥かしいだけじゃないのか。
ただ、寒いのか抱き枕が欲しいのかは知らないけど、薄い寝る用の着物で抱きついて眠るのはやめていただきたい。理性が持たない。必死になって男だった頃のまことを思い出してたけど、なかなか難しかった。柔らかいお餅も太股も絡みついてきて、大変だった。
さらに翌日の昼。
萌葱色の着物に白いエプロン姿のまことがあんかけうどんを作ってくれた。なぜか遥さんが渡した荷物の中に入っていたらしい。萌葱色の小袖をたすきでまとめ、その上にエプロンをつけている。しかも二次元の新婚さんが着てそうなフリル付のアレ。あの人何考えてんの。可愛いけど、似合うけどさ。
「はい。たぬきうどん」
「…これが?」
たぬきうどんって揚げ玉入ってるうどんじゃないの?某牛丼屋じゃ、はいからうどんとか名前ついてるけど。まことが作ってくれたのは薄揚げと葱の入ったあんかけうどんだった。
「なにいうてんの?これがたぬきうどんやろ?」
「そうなの?これ、あんかけうどんじゃん」
「…文句あんねやったら食べんでよろしい」
「いえ、いただきます!」
音を鳴らし、合掌して挨拶する。初めて食べる種類のうどん。
あんかけっていうことはかなり熱いんだろう。よく冷ましてから啜る。うん。普通のうどんよりも出汁が聞いてるし、『あん』にされてる分、味を濃く感じる。
「…大丈夫?」
「え?うん。大丈夫っていうか、美味いよ。初めて食べたけど」
うん、葱もほど良く火が通ってる。俺は夢中になってうどんを啜った。あんかけだし、さっさと食べないととろみがなくなってしまうかもしれない。
「ほぅ…よかった。うちもいただくわ」
エプロンをつけたまま、まことが席についてうどんを啜り始める。顔を横から垂れてくる髪をかき上げながら、うどんを啜る。食べ進めて行くうちに熱くなってきたのか、まことの顔が赤くなってきた。
「…何見てるん?」
まことに見惚れていたらしい。慌てて俺も食事を再開する。いや、こう…ほら、わかるよな?わかってくれるよな?…まことには自分が美少女になったって自覚が欲しいもんだ。
必死になって啜って、出汁を全部飲み干す。薄い色のツユなのに、味がしっかりしてて美味しかった。
「ふぅ…ご馳走様」
「よろしゅうおあがり」
さて、夜が来た。
なぜか高原家からタンスが送られてきたりして、それの対応に追われていたが、夜が来た。
夜が来るとどうなるか。気を利かせてベッドを譲ってやったにもかかわらず、まことが俺の布団に入ってくる。今夜もそうだった。ゆっくりと掛け布団をめくり、俺の寝床に入ってくる。今日は不味い。本当に不味い。ここ数日忙しかったりしたせいもあり、処理できていない。しかも両親がいない。二人っきり。まことを拒否しているというポーズもあって背中を向けてたのに、それでもコイツは入ってきた。静かに俺と枕の間に腕を通し、首に絡み付いてくる。距離がゼロになって、巨大なお餅が背中に引っ付く。暖かく、柔らかい。足が蠢き、俺の左足が柔らかな太股に挟まれた。俺のジャージ越しにまことの体温が伝わってくる。
「ま、まことさーん?」
「……ぅるさぃ…」
寝惚けているらしく、返事も小さい。って、うるさいってなんだ。人の安眠妨害しやがって。抱き枕が喋るな、といわんばかりにさらに強くまことが抱きついてくる。これは不味い。抵抗として、ちょっと勿体無い気持ちと戦いながら、まことの腕を外した。小さなうめき声を上げて、まことが仰向けになった。
「………」
見なきゃいいのに、仰向けになったまことを見てしまった。真っ暗では眠れないというまことのために、常夜灯が点いている。オレンジ色の光に照らされ、まことの白い身体が浮かび上がる。目が慣れているせいもあり、形がはっきりと見える。染み一つない滑らかな肌も、細い首も、寝乱れてしまった襟から覗く鎖骨も、その下にある豊かな膨らみも。
ゴクリ、と喉が鳴る。既に俺の分身は臨戦態勢だ。解放しろとうるさい。よし、このままトイレに…いや、もうちょい見たい。少し起き上がり、まことを上から眺める。布団をめくられ、寒くなったのか、まことが自分で自分を抱きしめるみたいにして縮こまった。柔らかそうに潰れ、襟元から深い谷間が見える。
もう、ここまできたらちょっとぐらい触ってもいいんじゃないかな?
俺の中で悪魔が囁く。この年代の理性なんてこんなもんだ。むしろ二日もよく我慢した方だよ。指先をゆっくりと谷間に近づける。谷間に指が吸い込まれた。うわ…柔らか…しかも暖かい…
下半身がヒクつく。さらになんか濡れてる。あぁ、うん。大変なことになってるわ。俺の。
欲望のままに指先を動かす。柔らかいのに張りがある感触を味わっていると、指先だけでは物足りなくなった。ゆっくりとまことの腕を避ける。変に力が入らないように気をつけながら両脇に置き、馬乗りになって抵抗されないように抑えた。そのまま、まことの胸元に顔を寄せる。甘い香りがする。
「ん…」
鼻先が谷間に辿り着いた。暖かで柔らかな感触を鼻といわず顔全体で味わう。ゆっくり顔を動かして、滑らかな肌も味わう。やばい。コレ癖になる。何で男がコレを求めるかという真理を味わった気分になる。
「……なにしとんねん」
まことのお餅に夢中になっていると、絶対零度の声が頭から降ってきた。
「…我慢できなくなって…」
「アホか。なにやっとんねん。気色悪い…ほら、さっさと退きや」
俺に抑えられてる腕を動かそうとするまこと。だけど、俺も力を込めて抵抗した。
「…なぁ、何考えてるん?俺…男やで?」
「今は女じゃん」
「とりあえず、手ぇ放そ?な?」
さらに動かそうとする。俺も全力で抵抗する。
「っっ…な、なぁ……今やったら冗談で済ませられるで?な?」
バレた時点で引き返せなくなった。それに、分身がやめられない所まで来たとアピールしてくる。まことの抵抗を利用して、万歳の形にした。俺は片手でまことの両手首を押さえ込んで、ジャージをパンツごと下ろして再度馬乗りになった。自由になった分身が喜んでいる。
「ひっ……アカンって…コレ以上はシャレならんって…」
「何ビビってんだよ。お前にも付いてたんだろうが」
「うちのそんな大きない…ちゃうねん。な、うち男やで?な?」
少し涙ぐみながら、まことの視線が俺と分身を行き来する。ソッチの気はないけど、美少女に見られてると思うと興奮してくる。勝手に息が荒くなってくる。
「男に…こんなもん付いてるかよ…!」
浴衣の上から片手で巨大餅を揉みこむ。この感触と興奮だけでヤバい。元気になりすぎて痛いぐらいだ。
「やめっ!な!な!?ホンマやめよ!?な!?」
まことが俺から逃れようと体を揺する。体格差もあって、まったく抵抗にならない。アピールするように左右に揺れる。そんなにアピールされたら不味い。もう止められない。襟元に手をかけ、まことのも解放してやった。
ガスガスと衝撃を受ける。脇腹を蹴られている気がする。真っ暗な眠りから段々と意識が覚醒してきた。
「んごふうぅっ!?」
鳩尾にデカい衝撃を食らい、一気に覚醒した。身体がくの字に曲がり、俺の鳩尾にはまことの踵が置かれていた。どうやら踵落としを食らったらしい。
「よぉやっと起きたなぁ…このドアホ」
ジロリと冷たい目でまことが睨みつけてくる。声の方を向くと、寝巻き用の浴衣を羽織っただけのまことがそこにいた。一応襟は合わせられているけど、谷間が見えてしまっている。
「どこ見とんねん」
もう一発腹を蹴られる。目覚めてた分、さっきよりかはマシな声が出てた。あと痛い。
「ホンマ呆れるわ…あんだけやらかしといて、まだ治まってへんのかいな…」
はぁ、と溜め息を吐く。お前はそうじゃなかったかもしれないけど、同年代の性欲なめんなよ?
「うちシャワー浴びてくるから、出てくるまでになんとかしときや」
呆れた声と溜め息。浴衣の裾を抱き合わせて、まことが部屋を出て行った。少し歩き方がぎこちない。
何とかしろ、と言われてもコレは生理現象だ。まぁ、あんだけやった後でもコレって正直どうかなって俺も思うけど。
まことの後を追って、風呂場にやってきた。俺もシャワーが浴びたい。昨夜頑張り過ぎたせいで身体がベトベトだ。擦りガラスの向こうで、まことがシャワーを浴びている。輪郭がぼやけてるけど、まことのラインがはっきりと見える。体を流し終わったらしく、シャワーの音が消えた。そのタイミングを見計らって、風呂場のドアを開けた。
「きゃあ!?」
悲鳴を上げて、自らの体を抱いて座り込むまこと。
「きゃあって…恥ずかしがらなくてもいいじゃん。夕べだって…」
「明るいとこやとちゃうやろ!?ってちゃうわ!入って来んなや!」
「俺も早くシャワー浴びたかったし、遅いまことが悪いんだよ」
「う、うぅぅ…」
時間をかけてしまっていた自覚があるのか、まことは急に黙りこくった。それから、気まずそうにちらちらとジュニアに視線を向け始めた。
「…しかも治まってへんし…」
「まことが出てくるまでって話だったろ?まだ出てねえし」
「…屁理屈ばっか捏ねよって…」
シャワーで濡れて、暖まって赤くなった肌。濡れて顔にへばり付いている白銀の髪。恥かしそうに俺を見上げるその表情。膝と腕で拉げているお餅。桃色に染まり、左右に張り出している桃。今のまことは俺のドストライク。ヤバい。滾る。
「……なぁ」
舐めるようにまことを見ていた。怒られると思い、身体が震えてしまった。
「うちのこと…どう思ってるん?」
まことがこちらを見上げてくる。その赤い瞳に不安、期待、恐れ…色んな感情が表れては消えて行っている。あ、これ間違ったら死ぬやつだ。
「…その、いい、と思ってる」
「覚悟、できてるん?」
覚悟とかいうな。怖いだろ。ここでNOって言ったらBAD END一直線だよね?
「あ、あぁ…」
「…うちをこないにした責任、ちゃあんと取ってや?」
「う、うん…」
言葉が続かない。お互いに無言で見詰め合っていた。ただ、相変わらず空気を読まない分身だけが元気だった。ぴくぴく動くソレを見て、まことが溜め息を吐いた。
「…ホンマに信用してえぇんか知らんけど…吐いた唾飲んだらあかんえ?…とりあえず、うちがなんとかしたるから、大人しぃしとき…」
まことの手が伸びてくる。彼女が動くたび、誘うように揺れる。急にまことの雰囲気が変わり、少したじろぐ。
「よぉ尽くす都の女、娶る覚悟できてるんやろ?」
◇◆◇◆◇
アレから三日間。両親が帰ってくるまで大変だった。俺が。まことも多分大変だったろうけど。で、帰ってくるまでにまことと一緒に下着を買いに行ったりもした。『俺好み』の下着を数点選ばされるという羞恥プレイまで受けた。まことは完全に自分が女であることを受け入れたらしい。
そして、入学式を迎えた。俺たちは先に家を出て、学校へ向かっている。
四月に入り、かなり暖かくなってきた。俺もまことも真新しい制服に袖を通し、土曜の朝の電車に乗っている。土曜日ということもあり、比較的電車は空いていた。ただ、これが平日になると混んでくる…いや、今からそんなことを考えても仕方がない。既にこの学校に通うことを決めた時点で、その覚悟はできている。
「どないしたん?お顔が暗いで?」
ぴったりと俺の横に寄り添うまこと。心配しているのかは知らないが、前かがみになって俺の顔を覗き込んでくる。前かがみになると、お餅が重力に従って、さらにアピールされる。サイズも感触も散々味わったけど、見てしまう。注目してしまう。
「なんでもない…満員電車のことを考えてただけだよ」
「ふぅーん…もぅ、助平やなぁ…」
バレてる。仕方ないだろ。男の子なんだから。
アナウンスが学校の最寄り駅に着いたことを知らせる。俺が立ち上がると、ワンテンポ遅れてまことが立ち上がった。電車を降り、二人で揃って…いや、俺の一歩後ろをまことが歩く。改札までかと思いきや、改札を出た後もまことは後ろを歩いた。
「まこと?」
「どないしたん?」
「話しづらいから、横来ない?」
「えぇのん?ほな、お言葉に甘えさせてもろぉて…」
まことが横に並んだ。そのまま他愛ない話をしながら、これから毎日歩く通学路を歩く。まことの歩みは遅い。和服のときの歩き方が癖になっているのか、小股で歩いている。自転車に乗って同じ制服を着た人たちが追い抜かして行く。場合によっては歩いている人にも追い抜かされている。ただ、男子は高確率で振り返ってくる。チラッと見る者も、ジッと見る者もいた。しばらくまことから視線を外さずに歩き続けるヤツもいた。
そんな視線をまことはどこ吹く風と気にしていない。周りから見えないように、俺の左小指だけを軽く握っている。俺も堂々と手を繋ぐのは少し恥かしいし、これぐらいでちょうどいいかもしれない。
長いお話やらが終わり、新入生一同はそれぞれが教室へ移動した。各クラス平均35名、全8クラス。それだけの人数が入学式を終えて、教室に向かって移動し始めた。ちなみに、俺とまことは同じクラスだったりする。移動中も式の最中も常にまことが隣にいた。見知った顔が見つからない中で、まことの存在は結構大きかったりする。
『1-5』と書かれたクラスに入る。規則正しく並んだ7×5の机。教室の黒板には、誰がどの席に座るか指定されていた。運よく俺は窓側から二番目の最後尾。そして、まことは俺の隣だった。
「お隣さんやねぇ」
「だな。よろしく」
俺とまことの前に座ってる人は周囲に話しかけている。五分もしないうちに、担任と思わしき女の先生が来た。手を叩きながら注目を集め、場をコントロールした。そこそこ教師暦は長いらしく、適当そうな雰囲気もあるが、便りになりそうだった。
先生に促され、順番に自己紹介を始める。そこそこの進学校であるせいか、ほぼ全員が初対面らしい。こういう場での自己紹介は大事だ。ちなみに前に座っているのは斉藤くんで、前はバスケをやっていたらしい。で、俺の番が来た。
「相模 吉成です。前はハンドやってました。ここではハンド部がないみたいなんで、どこに入るかはまだ決めてません。よろしくお願いします」
自己紹介が終わり、頭を下げる。全員から拍手をもらった。特にデカい失敗はしてないらしい。さらに自己紹介が進み、まことの番が来た。まことが立ち上がると、男子が少し色めき立つ。立ったり座ったりするだけで揺れるもんなぁ…
「高原 まこと、いいます。産まれも育ちも都の方で、事情でこっちに越してきました…そうそう、さっき自己紹介したはった相模くんは、うちの旦那なんで。手ぇ出すんやったらそれなりに覚悟しといてください。おおきに。よろしゅう」
…わお。このやろう。特大爆弾落として行きやがった…いや、まことを裏切ったりするつもりはないけど、いきなり公表ってどうなのさ。
クラスの視線が一気に集まる。先生も含めてみんなが俺を見てる。とりあえず、俺は男女交際の規定が校則にあったかどうか、あとで確認することに決めた。
京ことばとヤンデレって合うと思います。思います。強く思います。
まことちゃんは身体から堕ちるタイプだったみたいです。
お読みいただきありがとうございました。
R-18シーンは別にアップします。
完成し次第、活動報告にてお知らせいたしますので、よろしくお願いいたします。