虹架かる街   作:大野 陣

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二回目。
歪んだ愛も好きです。


主ジュウ関係(歪み気味、首絞め描写)

 霧澤 豊次郎は御曹司である。彼の祖父は一代で霧澤重工という超巨大企業を築き上げ、彼の父は軍部の奥深くに介入し、霧澤重工を更に発展させた。彼の兄は非凡と称するに相応しい才覚の持ち主で、齢二十二にして国防軍総司令部中佐の肩書きを持っている。

 では、彼はどうかというと…あまり秀でているとは言えなかった。まず、兄の様に武や知略に長けているというわけではない。理工学系への造詣は深いが、兄や父の様に飛び抜けているというわけでもなく、祖父の様な先見性のある発明が出来るわけではない。余所から見れば十二分に優れているが、霧澤家の嫡男としては劣っている…それが霧澤家内での彼の評価であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 午前七時。垂れた黒い耳を持った犬人族の青年が豊次郎の部屋を訪れた。ノリの効いた執事服に身を包む長身の青年。彼は豊次郎専属の執事であり、家庭教師であった。また、豊次郎の四歳上ということもあり、彼の兄代わりでもある。彼が部屋を一瞥する。彼の机の上には、内容が表示されたままの端末が放置されている。見る限りでは最新型支援機構の設計図の様であった。彼は切れ長の瞳を閉じ、溜め息を吐いた。ついでに眉間を揉みほぐした。

 

「豊次郎様、起きて下さい。ご起床の時間にございます」

 

 枕許に立ち、声をかける。しかし、全く反応がない。彼の主人は背を向けて眠りこけている。開発に夢中になり、かなり夜更かしをしたようだ。

 

「豊次郎様、ご起床の時間にございます」

 

 今度は肩を掴み、大きく主人の身体を揺すった。豊次郎も今度は流石に反応したが、むにゃむにゃと声を出しながら布団を頭まで被ってしまった。

 彼が先程より大きく溜め息を吐く。以前、大げさに溜め息を吐いた際、幸せが逃げるぞと豊次郎に言われたことがあった。幸せが逃げることなど有り得ない。何故なら、彼にとっての幸せは霧澤家に、ひいては豊次郎に仕える事こそが至上の幸せなのだから。

 数度同じやり取りを繰り返す。豊次郎に声をかける度、彼の布団虫度は上がっていき、蓑虫か簀巻きのようになっていた。

 頭まですっぽりと布団を被り眠っている弟分兼主人に愛らしさを感じつつも、彼は心を鬼にして掛け布団を掴んだ。

 

「…ハッ!」

 

 気合いと共に布団をテーブルクロス引きの要領で引っ張った。勢いよく剥ぎ取られる布団。身を包んで安眠していた豊次郎は勢いのまま空中で二回転ほどし、ベッドに着地した。

 

「おはようございます、豊次郎様。本日も良い天気ですよ」

「…おはよう…アイン…次はもうちょっと優しく起こしてよね…あと、名前で呼ぶなって何回言えばわかんの?」

 

 主人に声をかけながら、部屋の遮光カーテンを開けていく。アインの言葉通り、初夏の日差しが部屋に降り注いだ。その光を眩しそうに手で遮る豊次郎。

 

「…何かの設計図と思しき物が机に出しっぱなしでしたが…」

「出しっぱだった?それ、第六研のだから仕舞っといて」

「僭越ながら、坊ちゃん。お使いのセキュリティキャビネットですが、(わたくし)開けることが出来かねます。どうか、豊次郎様がお収め頂きますよう、お願い申し上げます」

「はーい…」

 

 緩慢な動きで端末のディスプレイを消し、セキュリティキャビネットへ仕舞う。その背中は『面倒くさい』と強く物語っている。アインは溜め息を吐きそうになるが、こらえて豊次郎の制服を用意する。彼が準備をする間に豊次郎は顔を洗う。豊次郎が身支度を整たのを確認し、アインはドアを開けた。

 

「それと…坊ちゃんってほどアインの年下なつもりもないからな」

「大変失礼致しました…ご主人様」

 

 

 

 アインが先を歩き、豊次郎が後についてく。朝食を摂るために食堂へ向かう二人。霧澤家では基本的に家族揃って朝食を摂るようにしている。

 

「今日は?」

「はい。大旦那様と旦那様は会合のため、ご出発済み。龍一郎様も軍令部総会のため、四時ごろにご出発済みでございます」

「また僕だけ?…大人って忙しいんだな」

 

 豊次郎の言葉に苦笑いを浮かべるアイン。ここ数ヵ月、家族揃って食事を摂った記憶がない。あのだだっ広い食堂で使用人に囲まれて食事を摂る。空腹なはずなのだが、食欲が湧かない。食堂のドアの前に揃って立つ。アインは豊次郎のためにドアを開け、彼のカバンを取りに部屋へ戻った。

 

 食事を終えた豊次郎は食堂を後にした。ドアの前では通学鞄を持ったアインが控えていた。彼から鞄を受け取り、玄関へ向かう。お互いに口数が少ない者同士であり、屋敷の厳かな雰囲気がさらに口数を減らす。無言で廊下を歩き、アインが外へとエスコートした。玄関先では黒塗りの車が待ち構えており、その横では運転手と護衛と思しき男性が玄関に向かって頭を垂れたまま静止している。

 

「本日は学校から直接のお戻りでよろしいですね?」

「うん。第四も第六も昨日行ったから」

「かしこまりました。あ、私事ですが、本日より三日ほどお暇をいただきます。留守の間は龍一郎様の侍女がお仕えいたします」

「げ…勘弁してよ…苦手なのに……でも、アインが休み取るなんて珍しい。どうかした?」

「はい。申し訳ございませんが『里帰り』の必要がございまして…お許し下さい」

「ふぅん…ま、いいや。いってきます」

「いってらっしゃいませ。どうぞ、お気をつけて」

 

 豊次郎が車に乗り込んだ。運転手と護衛たちも車に乗り込む。滑るように車が発進した。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 そして、三日後。アインが屋敷に戻ってくる。これで兄の侍女から解放される。

 豊次郎が侍女を苦手としている理由は二つ。一つは彼女が女性らしい身体つきであること。今までほぼ同姓としか接したことのない彼にとって、彼女はどのように接すればいいのかわからない存在である。もう一つは既に彼女が兄の『お手付き』であること。彼女を見る度に兄と情を交わしているということを意識してしまう。十四歳の彼には些か刺激が強い。気恥ずかしさとも照れとも言えない感情に襲われていたのであった。

 そんな彼女から解放され、豊次郎にとっての日常が帰ってくる。本来であれば研究所に寄る予定であったが、前倒しにして今日は学校から直接屋敷に戻ってきたのだった。

 

「おかえりなさいませ。ご主人様」

 

 車から降りた豊次郎を迎えたのは、黒髪黒たれ耳、長身のアインではなく、豊次郎とほぼ同じ背丈で侍女服に身を包んだ女性だった。

 

「…新しい人ですか?」

「なんと…ご主人様。このアインをお忘れだと仰るのですか?」

「は!?アイン!?!何!?女装!?」

「いえ、これが『里帰り』の結果でございます」

「うそ…アインって女だったの…?」

「私は男でしたが、女になりました。一緒にご入浴させて頂いた際、ご覧になられたことがあったかと。まぁ、その件については後ほど…一先ず、お部屋に参りましょう」

 

 さぁ、とアインが両手を差し出す。反射的に鞄を差し出し、アインは恭しく受け取った。踵を返し、屋敷に入るアイン。その背中を豊次郎は呆然と見つめていた。

 

 

 

「で、何があったの?」

「はい。我々獣人族は二十歳になる前に必ず一度は『里帰り』を行います。いわば成人のための通過儀礼のようなものですが、これを怠ると『獣』になると云われております。本来であれば性別は変わらないはずなのですが…」

「こうなった…と。で、父上と兄上はなんて?」

「旦那様と龍一郎様は特に気にされていないようです。このままお仕えさせて頂けます」

「そ、そう…」

「申し訳ございません。どうか、このままアインをお側において頂けると幸いでございます」

「……僕もアインのままの方が楽だからいいけど…いいんだけどさぁ…」

「やはり御不満でございますか…はっ!まさかご主人様は男色の」

「いや、それはない。それだけは絶対にない」

「…それは失礼致しました。知らずのうちに操を狙われておらず、安心致しました」

 

 今まで微動だにしなかった尻尾がゆっくりだが左右に揺れている。豊次郎が男色家でないことに喜んでいるらしい。

 豊次郎は制服も脱がず、ベッドの上に座り込んで頭を抱えた。尋常学校時代は男子校で過ごし、そのまま飛び級で大学校へ進んだ。大学校は共学ではあるが、理工学部機械科であるため、ほとんど周りにいるのは男である。さらに顔を良く出している霧澤重工技術研究所の職員はほぼ男である。受付嬢すらいない。つまり、異性に慣れていない。今まで頼りにしていた兄貴分がいきなり女性になった。しかも本人はそれを受け入れているように見える。どうすればいのか、どう接すればいいのか。答えを導き出すには、あまりに人生経験が足りなかった。

 

 

 

「ご主人様。まずはお着替えになられたほうがよろしいかと」

「い、いいいい!自分で着替える!」

 

 座り込む豊次郎の詰襟を脱がそうとするアイン。豊次郎は慌てふためきアインの腕を払いのけた。異性に服を脱がされる経験など一切ない。アインは元男であるが、今は顔の整った女である。切れ長の瞳はそのままで、輪郭などが柔らかくなっており、さらにメイド服。美青年が美女にクラスチェンジしてしまった。そんな美女にいきなり顔を近づけられ、詰襟のフックをに手をかけられた。腕を払いのけられ、アインの黒い尻尾がしゅんと垂れ下がった。

 

「あ…ごめん…とりあえず、自分で着替えるから…」

「かしこまりました…」

 

 着替えると言ったものの、豊次郎は一向に服を脱ぐ素振を見せない。第一ボタンに手をかけたまま、アインを見つめる。見られているアインは何が何だかわかっておらず、首を傾げてみせた。

 

「…何かご用が?」

「いや、見られてると着替えられないっていうか…外で待つとかないの?」

「はぁ…構いませんが、ご主人様。お召し物の場所はご存知ですか?」

「う゛……」

「ですよね?では、準備致しますので、お脱ぎになってお待ち下さい」

 

 失礼致しますと頭を下げ、衣裳部屋へ向かうアイン。手早く初夏用のズボンとシャツを取り、部屋へ戻った。部屋では豊次郎がベッドに腰かけたまま項垂れている。上着は脱いでベッドに置かれているが、ズボンとカッターシャツは身に着けたままだった。

 

「お着替えをお持ち致しました。ご主人様、差し出がましいですが、下もシャツもお脱ぎ頂きませんと…」

「その…パンツ一丁ってのが…」

「何を今更仰るのですか?今まで何度もご主人様の下着姿は拝見しておりますし、何度も一緒に入浴した仲ですよ?」

「い、今は違うっていうか…」

「………かしこまりました。お召し物はこちらに置かせていただきます。お着替えがお済になりましたら、お呼びください」

 

 そう言ってアインはため息をつき、部屋を出た。

 霧澤 豊次郎、十四歳。異性に下着姿を披露して悦ぶ趣味はない。今まで同性だった相手が異性になり、それに合わせて切り替えられるほど、器用な人間ではなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 アインの性別が変わってから、二週間が過ぎた。豊次郎はアインを異性として意識ししているが、アインは今までと変わらない距離感で接していた。いや、むしろ異性となったことを愉しんでいた。同性であった頃はよく豊次郎の背中をアインが流していた。それは今でも変えておらず、たまに入浴中の豊次郎に突撃し、慌てふためく様を見て愉しんだ。毎朝アインが起こしに行っている。その時に元気なテントを目敏く指摘し、顔を真っ赤にする豊次郎をからかった。

 そんな日々が続いた。アインは性が変わったことに最初は驚いた。ひょっとすると解雇されるかもしれない。そんな恐怖さえあった。だが、当の豊次郎は変に避けたり暇を言い渡すようなことをせず、信頼を寄せる彼をアインは好ましく思っていた。

 

 

 

 ある日のことである。

 研究所から戻ってきた豊次郎の様子がおかしかった。何時もなら研究員たちと議論を交わし、研究の成果を確かめる。その興奮醒めやらぬといった風にアインに話す。しかし、その日は違った。見るからに覇気がない。もし、彼に耳や尻尾が付いていたならば、ぺたんと垂れ下がっていること間違いなしであった。

 

「……ただいま」

「おかえりなさいませ、ご主人様……本日のご夕食はお部屋にお持ちいたしましょうか?」

「…うん」

「かしこまりました。ご入浴はあとでよろしいですね?」

「…うん」

「……では、私もご一緒させて頂いても?」

「…うん」

 

 これは重症である。何があったかは知らないが、余程精神的なダメージを受けているらしい。豊次郎の鞄を受け取り、手を引くように部屋へ案内するアインだった。

 

 

 

「さて…何があったか教えていただけますか?ご主人様」

「…うん」

「……制服を脱がせますよ。パンツごと」

「…うん」

 

 はぁーと長めのため息を吐いた。埒が明かない。アインは気を取り直し、豊次郎の目と鼻の先で柏手を打った。大きな破裂音が響く。いきなり聞こえた銃声のような音に、肩を震わせて豊次郎が顔を上げた。すかさず顔を両手で包み、逃げられないように固定する。

 

「豊次郎様、このアインに全てお話しください」

「うぅ…」

「アインはご主人様の味方です。どんなことであっても、微力ながら手伝わせていただきます」

「ぅぅ……」

「さぁ…じっとアインの目を見てください…」

 

 獣人族の瞳には少し特殊な力がある。個人によって特性は異なるが、何かしらの力を持っている。アインの場合は目を合わせて強く念じた相手の『箍』を外す力だった。主人に対して使いたくないが、本人が頑なに黙っている以上、使わざるを得なかった。この豊次郎の『我慢』が今回の原因のように思えてならなかったのである。

 

 

 

 

「違うんだ…僕は…そんなことしてない…」

 

 しばらくお互いに目を合わせた後に、ぽつりと豊次郎が話し始めた。ゆっくりと話し出した豊次郎の言葉に相槌を打ち、話を聞いていく。

 話の内容はこうだった。いつも通りに研究員たちとの議論の途中、中座した豊次郎。その途中で、他の研究員が彼の陰口を叩いているのを聞いてしまった。しかも、それは普段から豊次郎を良くしてくれている研究員だった。彼曰く『親の七光り』『実力もないのにデカい顔をしている』『今付き合ってやっているのは自分のポストのため』『鬱陶しさなら一人前』などである。聞くに堪えなくなった豊次郎はその場を離れ、研究室へ戻った。急に覇気のなくなった豊次郎に周囲は心配していたが、その心配すら嫌になり、時間きっかりに研究所を離れたのであった。

 

「僕は…そんなことをしていない…実力なんだ…」

 

 豊次郎が若年ながらも研究所を出入りしているのは、実力である。今まで霧澤重工の製品は『大味』な製品が多かった。高燃費で高威力、運用さえ誤らなければ戦場をひっくり返せる切り札と高品質な汎用機…それが霧澤だった。しかし、豊次郎が開発・設計する製品は違った。品質の高さはもちろんのこと、いわば『痒い所に手が届く』製品が多かった。多くのメーカーが『あと一歩』となっている『一歩』を踏み出せる製品なのである。

 

「……何かと思えば…そんなことだったんですか…」

「アイン…?」

「なんでしょう?そんなことですよ?今後、若くして優秀なご主人様はあちらこちらで嫉まれることでしょう。今の陰口なんて可愛いものです」

「……」

「あぁ、でもお優しくてか弱い坊ちゃんは『そんなこと』で傷付かれるのですね。そして牙も向かず、尻尾を巻いて逃げると…これならそこらの小型犬の方が吠えるだけマシですよ」

 

 今まで萎れていた豊次郎の瞳に色が戻った。怒りの色を宿し、アインを睨み付ける。

 

「おぉ、こわいこわい。ですが坊ちゃん。睨んでいるだけでは何にもなりませんよ?首でも絞めてみますか?」

 

 ワンピースの第一ボタンを外し、真っ白な首筋を見せて挑発する。アインの浮かべる表情は侮蔑。やれるものならやってみろ、このタマ無しが。普段の豊次郎であれば尻込みするだろうが、今は『魅入られて』いる。

 

「……うわああああああ!!!」

「ぐぅっ…」

 

 完全に頭に血が上った豊次郎に呆気なく首を掴まれ、アインはベッドに押し倒された。馬乗りになった豊次郎が体重を乗せてアインの首を絞める。気道も頸動脈も頚静脈も関係なく絞める。アインは反射的に豊次郎の手を抑えようとしたが、そのまま添えるだけに何とか留めた。

 

「そう、です…ごしゅじ、さま…もっと…」

 

 ふぅふぅと息を荒げる豊次郎と、苦し気な呼吸でもっとと繰り返すアイン。命の危機を察した身体が頭痛という警鐘を奏でる。が、アインはそれを無視して豊次郎の手を求める。

 

 もっと、もっとです。豊次郎様。もっとアインを求めてください。もっとです―

 

 豊次郎の眼にはアインしか映っていない。アインは彼の瞳に映る自分の顔を見た。その顔は首を絞められているにも関わらず、蕩けた眼をしていた。まるで発情している女の顔である。アインの表情の変化に気付かず、彼は体重をかけ続けた。

 やがて、アインの意識が混濁し始める。眼の奥で稲光が見えた。視界が時々時真っ白になり、心地良い浮遊感に包まれる。まるで天国へ昇っていく心地だ。時折視界が元に戻り、彼の顔が見える。そしてまた視界が白くなる。それを繰り返した。

 

 やっぱり、豊次郎様が私を天国に連れて逝ってくれるお方なんだ―

 

 

 

 豊次郎の手に添えられていたアインの手が、パタリと落ちた。急に離れたアインの温度を感じ、自意識が豊次郎の手中に戻った。意識を失い、白目を剥くアインと、その首に添えられた自分の手が見える。

 

「ア、アイン…?」

 

 どう見ても殺人現場だ。しかも下手人は自分自身。違う。殺してない。アインに挑発されて乗ったのは自分だが、殺すつもりはなかった。

 腰が抜ける。手が震える。その震える手でアインの肩を揺すろうと近寄った。

 

 いきなりアインが噎せだした。空を仰いだまま、ゲホゲホと繰り返す。

 

「……大丈夫?アイン?」

「あ゛ー…もうちょっでご主人様の『初めて』になれたんですがねぇ…惜しいことをしました」

「いいよ…そんな初体験は要らない…」

「そうですか?大旦那様も龍一郎様も『非童貞』ですよ」

「それは……お爺様も兄上も軍人だし…」

「けほっ…何にせよ…ご主人様にはそういった思いっきりが足りません。お優し過ぎるのです…ですが」

 

 くいっと腕を引かれ、アインの胸元に抱き寄せられる。柔らかく暖かいクッションが豊次郎の顔を受け止めた。そのまま後頭部を撫でられる。豊次郎に母の記憶はほとんどないが、落ち着く。男のほとんどがマザコンであるという風説はあながち間違いではないように思えた。

 

「そのお優しさ、アインは好きですよ」

 

 ありがと…とアインには聞こえないように豊次郎は呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 アインと豊次郎の呼吸が落ち着いたころ、どちらから言い出すでもなく身を離した。アインの首筋に残る赤い跡が痛々しい。豊次郎はアインを直視できないでいた。また、彼に見られてないのをいいことに、アインは絞められ赤い跡が残る首筋をニヤニヤと笑いながら撫でている。

 

「アイン…その…ごめん」

「とんでもございません。ご主人様に求められるならばこのアイン、本望でございます」

 

 緩み切った表情を一瞬で引き締め、豊次郎に向き直った。首を絞めてしまったという罪悪感と、幼子のように甘えてしまった気恥ずかしさで彼は俯いていた。

 

 

 

「では、お夕食をお持ち致します。こちらでお待ちください」

「あ、うん…ありがとう」

 

 服の皺を伸ばしながら、アインが立ち上がった。何もなかったかのようにドアへ向かう。

 

「では、失礼致します…次は『頂きます』ので」

「ん?何か言った?」

「いえ、何も。それでは、少々お待ちください」




んー…あんまり歪みっぷりが表現できてない…?
どうなんでしょうかね。

書いた後に『TSする必要なかったよね』と思いました。
でも、普通のメイドだと最初の展開変わっちゃうしなー…

ご意見、ご感想お待ちしております。

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