「ぽちさん!」
ぽちが久しぶりに一人で自室で惰眠を貪っていた所に袁紹が扉を激しい勢いで開け怒鳴り込んできた。ぽちは何事だろうと飛び起きる。袁紹の後ろには慌てた様子の徐晃がいた。
「ぽちさん! 香風さんと最近いつ会話をしましたか!」
「え、昨日だけど?」
「仕事の話以外でです!」
「仕事以外で……、あれ、いつだっけ?」
「……あの、麗羽様、シャンは大丈夫なので……あの」
「大丈夫ではないでしょう!? ぽちさん! 香風さんは貴方をずっと支えてきた大切な方ではないのですか!」
「はい、その通りです」
「それなのに、貴方は香風さんが最近ときおり悲しい顔をされているのに気付いていないのですか!」
「え」
「麗羽様、あの、シャンは……」
「香風さん。奥ゆかしいのも美徳ですがこういう事はきちんとしなければいけません。ぽちさん、もう一度聞きます。貴方をずっと支えてきた大切な方と最近仕事以外の話をされましたか!」
「……してないです」
「ぽちさん。わたくしが貴方の側室が増えようと今まで何か言った事がありますか?」
「ないです」
「ええ。わたくしはぽちさんの周りの方も貴方なら全員幸せにすると思っていますもの。始めから幾人側室にしようが貴方ならその全員を幸せにする器量があると信じていますもの」
「……あの麗羽様」
「香風さんは黙って下さい」
「……はい」
「ぽちさん!」
「はい」
「今からきちんと香風さんと話をして下さい。それに香風さんだけではありませんわ。ここに帰ってきて、仕事以外の話をされてない方々全員とです。貴方と相手が望むのであればお互いが幸せを享受出来る形をきちんと取って下さい」
「はい。でも麗羽さんは……」
「わたくしに遠慮なんていりませんわ。わたくしがその程度だと思われるほうが心外ですわ」
「麗羽さん、ごめ───」
「ぽちさん、わたくしは謝罪は望みません。感謝ならありがたく受けとりますわ」
「麗羽さん、ありがとう」
「いえ、どういたしまして。では香風さん、きちんとぽちさんと話をされて下さいね?」
「……麗羽様、ありがとう」
「礼には及びませんわ」
袁紹はそれだけ言ってぽちと香風を部屋に残しさっさと出ていった。部屋の外には文醜と顔良が待っていた。
「ひゅー、麗羽様かっこいー!」
「麗羽様、ご立派でした」
外で話を聞いていた二人が声を掛けた。が、何なら袁紹の様子がおかしい。
「……麗羽様?」
「わたくし、言い過ぎてしまった気がしますわ。必要な事だとは思ったのですがぽちさんならきっと分かっていたような気がします。余計な事を言って嫌われてしまったかも知れませんわ!」
部屋の中で気丈にぽちを叱った袁紹とは一転、ぽちの前から離れ急に不安になったらしい袁紹は気落ちしていた。その様子を見て二人は思った。可愛いと。
「大丈夫ですよ麗羽様。ちゃんとぽち様に麗羽様の気持ちは伝わりましたって!」
「そうですよ麗羽様、ぽち様の器量、信じてるのでしょう?」
「そ、そうですわね」
二人に励まされなんとか袁紹も気を持ち直した。
「ふぅ……、それで二人が来たと言う事は董卓さんから返答がありましたか?」
「はい、陛下と陛下の妹、お二方を益州へ移動させる手筈は整ったとの事でした」
「そうですか。では全てを始める前に後一つ、やっておかなければなりませんわね」
「まだ何かあるんですか?」
「ええ、憂いは断たねばなりませんから」
「華琳さん、失礼しますわ」
袁紹が返事を待たず遠慮なく曹操の私室に入った。突然で驚いた曹操に袁紹はぶしつけに言う。
「あら、華琳さんに会いに来たのにいないのですか」
「なんですって?」
「わたくしの幼なじみの華琳さんは誇り高く凛とした立派な女ですわ。うじうじとした小娘などではありません」
「貴女何を言って……」
「華琳さん、貴女いつまでぽちさんとの事をうやむやにしておくつもりですか」
「──ッ」
「姉弟だから? 言い訳など華琳さんらしくない」
「貴女に何が分かるって言うの!」
「分かりませんわ。わたくしが分かるのは貴女が思いをぶつけた結果の良し悪し程度であなた方姉弟の仲が崩れなどしないという事だけ」
「……麗羽」
「大事の前に片付けられる事は片付けたほうがいい、ただそれだけですわ。貴女なら分かるでしょう。前を見て、前に進みなさい。貴女ならそれが出来る筈です」
「……でも」
「あら、まだ悩むのですか。なら光武帝が言ったとされるこの言葉を貴女に送りましょう。『とにかく頑張れ』」
「絶対嘘でしょうそれ!?」
「ふふ、叫ぶ元気が出たようで何よりですわ」
「はぁ……、まったく。強くなったわね麗羽」
「わたくしは弱い華琳さんなどみたくありませんわね」
「分かったわよ。ちゃんと、ちゃんとするわ」
「では今夜ぽちさんの私室へ行って話をなさい。他に誰も近付けさせないようにしておきますから。貸し一つ、でいいですわよ?」
「一つ、ねえ。しょうがないわね」
その夜の姉弟の会話は、他の誰も知る所ではない。一つだけ言えるのは、ぽちは夜中姉がぺろぺろしに来るのに気付いていながら寝た振りをしていた程度には姉の感情を受け入れていたという事だけである。ま、夜な夜なぺろぺろされてたらそりゃあ気付くわ。