話を分かりやすくするための連投です。
それではどうぞ。
「カケカケさん、逃げるってこんなに胸がムカムカするモンなんすかねえ」
不意にミッテルトが俺に話しかけてきた。その内容と堅い口調が今まで聴いたことが無かったものだった。
「アタシは今まで逃げ出す事に何も感じてなかったんすよ。なのに、今じゃあイライラしてたまんないんすよ」
ミッテルトが顔を伏せたまま呟くのを見て、トリーがその胸に彼女をもたれさせる。
「逃げ出す悔しさを知ると、自分を許せなくなるのよ」
「……分かったっす……」
トリーにもたれたまま、ミッテルトは彼女の言葉をかみ締めるように受け止める。
「だから我々は強くならなければ成らないのか?」
「逃げることで守れる命があるなら別だが、俺達は守るために勝たなきゃならないんだよ」
「そうなのね」
ドーナシークの確認に対して俺は答え、カラワーナが賛同する。
「補佐官は、この辛さを知ってるのかしら」
「知ってるよ。あっちの世界で神を何柱も相手にしたんだそうだ」
組織に初期から所属している隊員たちは全員、強さ弱さを知っている。だからこそ負けない様にと強くなった。そしてダークネスもまた、自分達が血に塗れる事で救える命があると信じて戦場に躍り出る。
「……アタシ、決めたっすよ」
「ミッテルト?」
「明日1日で竜騎士になるっす。そして絶対に竜戦騎ってのになってやるっすよ」
「そうだな。時渡、帰ったらすぐに私を鍛えてくれないか。出遅れている私が竜戦騎になるには今からでなければ出来ない気がするのだ」
ドーナシークもミッテルトに触発されたのか、これから鍛錬をしろと言ってくる。その瞳に濁りはまったく見られない。
「私も混ぜてもらいたいわね。のけ者なんてゴメンだわ」
カラワーナもそうなのか、やる気を見せてきた。
なら、俺の言うことは1つしかない。それにやることも見えてきた。
「……分かった。部隊長として命令する。お前等3人、翌朝までに証を揃えろ! ドーナシーク、厳しくても泣き言は聞かねえぞ!」
「望むところだ!」
俺の命令以下、3人の叩き上げが本腰を入れて始まる瞬間だった。
深夜にもかかわらず、補佐官は叩き起こされた事に文句を言わず、地下室でミッテルトの竜気鍛錬に全力を注ぎ、トリーはカラワーナの、俺はドーナシークの格闘訓練に全力を傾けた。
そして朝日が昇り始める直前にドーナシークは竜戦士の証を手に入れ、ミッテルトは竜騎士の証を手に入れた。
「じゃあミッテルト、これから竜羅の行を行います。中は樹海で、どこに竜は潜んでいるのか分からないけど、行を果たすことだけを考えるように」
「分かったっす」
何も持たぬまま、竜羅の行でのみ開かれるという竜羅の門をくぐるミッテルトに補佐官は声を掛ける。だが彼女の顔に迷いは無く、やり遂げる覇気に満ちていた。
そして朝日が昇り、カラワーナが竜戦士の証も手に入れた。
「それじゃあ、行って来るわね」
「無事に行を果たしなさい。皆が待っているから」
ミッテルトが入っていった門に、今度はカラワーナが入っていく。
それから遅れること1時間、ついにドーナシークが証を揃えた。
「これで私も竜戦騎に!」
「竜羅の行を終わらせてからだ」
はしゃぎだすドーナシークをなだめてから俺は補佐官に彼を任せる。
「……やれやれ、やっと、肩の荷が下りたか」
「お疲れ様、カケカケ」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはコーヒーの入ったカップを両手に持つトリーの姿があった。
「ああ、トリーもお疲れさん」
俺はトリーの労をねぎらい、カップを受け取る。
「連中、どうだろうね」
「心配か? トリー」
「まあね。私の弟子のようなものだから」
トリーはカップを両手で持ちながら不安げな表情を浮かべている。だが俺は不安は無い。あの瞳は必ず事を成し遂げると決めた戦う者の眼差しだからだ。だから不安は無い。
「そうだね、君達の弟子なんだよ、あの3人は」
補佐官もいつの間にか近くに来ていた。いつもの格好ではなく、竜巫女の正装と云われる朱袴の白振袖である。頭の飾りが凄すぎて重そうに見えるのは間違いなさそうだ。金とプラチナを格子状に編みこんだ烏帽子に珊瑚をつけて竜の角を模している。それが頭3個分の長さを誇るところは凄まじい。
「門の所に居なくて良いんですか?」
「門なら持ってきてるよ。そこに」
補佐官が指差す先には、転送装置の横に別の場所で出していたはずの門が置かれていた。
「後は3人がドラゴンを倒して出てくるのを待つだけ。誰がどんなドラゴンを倒したかは竜巫女にしか分からないけどね」
「連中、武器を持たずに入っていったけど……俺の時と同じか?」
「そうだね。ドラゴンが武器を渡して正々堂々と勝負するだろうね」
俺がふと気づいたことを呟くと、補佐官は武器のことを口にする。
「帰ってくるのを待つのも、もどかしいものね」
「だけど彼等は帰ってくるよ。勝利は常に欲して足掻き、成した者にのみ与えられる、魔界の格言だよ」
補佐官は魔界の格言を出して不安を拭い去ろうとする。彼女もまた、不安なのだろう。
嫌な予感がしないでもないが、俺は3人を信じると決めた。だから隊長として3人を待つ。